第三十四話 医者の卵と卵を抱えたラッキー
 岩のように硬く、棘のある体を持ったサイホーンと、岩そのものの体を持ったイシツブテが正面からぶつかり合った。
 思わず顔をしかめてしまうような痛々しい音がだだっ広いサバンナの大地に広がっていったが、両者共に痛がる様子は見せていなかった。
 お互いに組み合ったまま押しつ、押されつのまま力押しの格好となる。
 だがもともとの体重差に加え、地に足をつけていなかったイシツブテの方が徐々に押され始めていた。
 このままではいずれ押し負けたまま地面に落とされ、踏み潰されてしまう。
 そう判断したシゲルはイシツブテに向けて、組み合った状況を抜け出す為の指示を与えた。
「丸くなるの要領で、サイホーンの体の上を転がるんだ」
「ツブテ!」
 くるりとイシツブテが体を回転させると、たたらを踏んだサイホーンの背中の上を転がっていく。
 とげとげポケモンであるサイホーンの背中は地面の様に平らではないので、丸くなる効果はなかったがそれ以外の効果はしっかりと現れていた。
 器用に背中の上を転がり振り返ったイシツブテとは違い、押し合いから抜け出されたサイホーンは前のめりに倒れこんでいた。
 鈍感な性格からダメージが現れるのは遅いかもしれないが、崩した体勢はどうしようもない。
 今だとばかりにシゲルが手にしたのは、いつもの赤いモンスターボールではなく、緑色のサファリボールであった。
 それを倒れたままでいるサイホーンへと目掛けて投げつけた。
 転んだことに気付いていないのかなかなか立ち上がろうとしないサイホーンの頭にサファリボールがぶつかり、その口を開けた。
 大きなサイホーンの体を一瞬にして吸い込み、ぽとりと落ちる。
 ゆらゆらと揺れる緑のサファリボールを見つけること数秒、ポーンっと独特の音を最後にゆれが治まった。
「しかし、サトシやルカサと違って、ちゃんとしたゲットはお月見山以来だな」
 もっと頑張らないとと呟いたシゲルは、サファリボールを拾い上げるとイシツブテへと振り返った。
「ご苦労様、また頼むよ。イシツブテ」
「ツブテ!」
 イシツブテをモンスターボールへと戻すと、ベルトホルダーにサイホーンの入ったサファリボールと一緒に仕舞いこんだ。
 保護区であるサファリゾーンでのゲットは、基本的には禁止である。
 だが昨日に、ロケット団からミニリュウを守ったことから、一匹だけを条件にゲットする許可が与えられたのだ。
 空のモンスターボールは全て保護官であるサリに預けてあり、その代わりに与えられたのが先ほどサイホーンに投げたサファリボールであった。
 シゲルはこれで自分の分は終わりだと、別行動中のサトシとルカサを探して辺りを見渡した。
 別行動と言っても全く別の場所にいるわけでもないので、直ぐにサトシの姿を見つけることが出来た。
 しかもこれから丁度、目当てのポケモンとバトルを開始しようと言う所であった。
「昨日はカイロスとのバトルを見逃したけど、今日は俺とバトルしてもらうからな!」
 サトシの目の前に居たのは、手の平の代わりに鋭利な鎌を持つストライクであった。
 確かにジープの上で二体のバトルを見逃す結果となった事を惜しがっていたが、執念深くストライクを探し当てたらしい。
 ストライクの方もすでにバトルの準備は万端のようで、両手の鎌をすり合わせて刃を研ぎながら威嚇の声をあげていた。
「前はギャラドスとイワークの体格差で引っ込めたけれど。ピジョン、新化したての君に決めた!」
「ピジョッ!」
 サトシが投げつけたモンスターボールの中から、ピジョンが飛び出しそのまま空を上っていった。
 虫タイプであるストライクに対して鳥タイプであるピジョンを選択するのは当たり前のことだが、新化したてだからと言う理由がサトシらしい。
 手持ちのポケモンの中で、自分の手で育て新化させることが出来たのがピジョン一匹だけなので、戦わせて見たい気持ちが大きかったのだろう。
「ピジョン、電光石火だ」
 優雅に空を舞っていたピジョンが、一転して急降下を始めた。
 ポッポの時でさえ気を抜けば直ぐにでも見失ってしまいそうな速さであったが、ピジョンへと新化した今はより速かった。
 まさに電光のように空から駆け降りていく。
 だがストライクは驚くべきことに、背中にある薄い翼を開き地面から空へとピジョン目掛けて飛び上がった。
 その動きはピジョンと同じく、電光石火であった。
 真正面から二体のポケモンが同じ技でぶつかり合い、放れては旋回を行って再びぶつかりあおうとする。
「すっげえ速くなってる。なら攻撃力は……ピジョン、翼で打つだ」
 高速で飛びまわるピジョンが翼を刃のように伸ばし輝かせた。
 接触の瞬間、ピジョンの翼とストライクの鎌とが切り結びあい火花を散らしながら互角の攻撃力を見せていた。
 単純な攻撃力ではストライクの方が上かもしれないが、その差をタイプの相性が埋めている。
 このままではバトルが長引くかと思われたが、両方のポケモン共に一番の売りは翼を利用したスピードであった。
 攻撃力が互角であるのならば、より速く空を駆けることが出来た方の勝ちである。
「もっと速く、もっと。高速移動だ!」
 理解してか直感の命令か、サトシはピジョンにより素早い行動を求めていた。
 肉眼では視認が難しいほどの速さにピジョンが突入すると、その体がぶれて見え数匹のピジョンが隊列を組んで飛んでいるようにも見えた。
 ストライクもまたそう見えたのか、明らかに戸惑い空を駆ける翼をとめてしまっていた。
 そのストライクの周りを縦横無尽に駆け回ったピジョンは、その背後から一気に忍び寄り翼を強かに打ちつけた。
 慌てて振り返ったストライクが鎌を背後へ振るうも、その場に何時までもピジョンが留まっているはずもない。
 すっかり混乱に陥ったストライクが闇雲に両手の鎌を振り回し始めた頃、ピジョンはストライクの頭上にいた。
 新化して大きくなった翼をさらに広げ、羽ばたかせる。
 生まれた突風が上からストライクを抑え付け、抗う暇もないままに地面の上へと墜落させていた。
「ナイス、ピジョン。行け、サファリボール!」
 地面に墜落させられたストライクを待っていたのは、サファリボールを手に今か今かと待ち構えていたサトシである。
 その手から放たれたサファリボールがストライクの体に当たると、口を開いて一気に飲み込んでいった。
 自分以上の速さを持つピジョンに与えられた混乱が尾を引いていたのか、サファリボールのゆれは長くは続かず、直ぐにゲット完了の音が響いていた。
「よし、ストライク、ゲットだぜ!」
「ピジョー!」
 ゆれることを止めたサファリボールを拾い上げ、高らかに宣言したサトシに続きピジョンもまた嘶きをあげていた。
「これでポケモンリーグに必要な六匹集まったな、サトシ」
「お、そう言えばそうだな。よーし、後はバッヂを全部集めるだけだぜ。ピジョンもストライクも、一緒に行こうぜポケモンリーグ」
「ピジョ」
 今一度大きな声で高らかに宣言したサトシとピジョンであったが、高ぶった気持ちが収まると共に一人足りないことに気付いた。
「あれ、ルカサは?」
「いや、僕も知らない。その辺にいるとは思うんだけれど」
 今の今までサトシはバトルに夢中であったし、シゲルもまた自分のゲットを終えてからはサトシのバトルを見ていた。
 別行動にしてからずっとルカサの姿は見ていないのだが、遠くへ行ったとは考えられない。
 一体何処へ行ったのかと、二人で辺りを見渡してみると、少し離れた場所をとぼとぼと元気なく歩いているルカサを見つけることが出来た。
 体調でも悪くなったのか、歩いては俯いて溜息をついたりと、明らかに元気がない。
「おーい、ルカサ!」
 別行動を行う直前までは特に変わった様子はなかったはずだと、サトシが声を挙げて手を振った。
 だがやはり反応はいまいちで、とぼとぼといった歩調はそのままでルカサは歩いてきた。
 そしてサファリボールをサトシとシゲルの前へと差し出してきたのだが、その意味が良くわからなかった。
「二人とも、使う?」
 言葉で補足され、ようやくルカサの手の中にあるサファリボールが未だに空っぽであることに気が付いた。
「使うって、ルカサは何かゲットしないのかよ」
「それに一人一体って言われたから、それは駄目なんじゃないのか?」
「だって使わないのも勿体無いじゃない」
 だったら自分で使えば良いではないかと思ったサトシとシゲルであったが、次のルカサの言葉にようやく合点がいった。
「サファリゾーンって可愛いポケモンいないんだもん。ゴツイのとか変なのとか。普通に可愛いのが良い!」
「ニドランとかニドリーナは?」
「サファリゾーンに来てまでその二種類ってどうなのよ。ギリギリ可愛い部類に入るけど」
「コンパンとか……」
「シゲル、殴るわよ。思い切り毒ポケモンじゃない!」
 あげた例も悪かったが、理不尽にも怒鳴られたシゲルはこのままゲットしないのは勿体無さすぎると必死に辺りを見渡した。
 とにかく何でも良いからここにしかいなくて、尚且つ可愛いポケモン。
 ひたすらに条件が厳しい気もするが、探すしかない。
 サトシも一緒になって何か居ないかと首がねじりきれるほどに辺りを見渡すと、一匹のポケモンが目に入った。
 ただ何故こんな所にと言う思いが強すぎて、条件に完全合致したそのポケモンを直ぐにルカサに伝えることができなかった。
 言葉なく、座り込んで諦め始めたルカサの肩を二人で叩く。
「もういいわよ、私が欲しいのは珍しいんじゃなくて可愛いポケモンだもん。世界は広いのよ、何処かに居るわ。私だけの可愛いポケモンが」
 なんだがいじけ始めていたが、諦めずルカサの肩を叩く。
「慰めなんか結構よ。嗚呼、昨日のミニリュウ可愛かったなあ」
 現実逃避まで入りだしたルカサの方を二人は諦めず叩き、邪険に振り払われたのを期にルカサの首を力で無理矢理回した。
 ゴキゴキと面白い音を立てながら、滑稽な悲鳴をルカサがあげていたが、効果はあった。
 このサファリパークに全く似合わない卵を抱えたピンク色の物体、ポケモンセンターでしかお目にかかれないポケモン。
 野生のラッキーが直ぐ目の前にいた。
「ラッキー!!」
 思わず叫んだルカサの声にビクリと体を震わせたラッキーは、今までこちらに気付いていなかったのか一目散に逃げ始めた。
 野生のラッキーなどレア中のレア、それもポケモンドクターを目指すルカサにとっては必要不可欠と言っても過言ではないポケモンである。
 沈み込んでいた表情は何処へやら、捻りもぎ取るように自分の頭を手にしていたサトシとシゲルを振り払い走り始めた。
「待って、ちょっと待って。良い子だから!」
「ラッキーって意外に足が速え。ルカサもこんなに速かったっけ?!」
「欲が通常以上に体を動かしてって、喋っていると置いていかれる!」
 卵のような形の体に小さな足でサファリパークを駆け抜けるラッキーに、三人の中で一番速く走っているルカサでも追いかけるのが精一杯。
 あまり長く逃げ続けられると体力が持たず、かと言っていきなり背後からポケモンで攻撃を仕掛けることは出来なかった。
 なんと言ってもラッキーにはポケモンセンターで良くお世話になっているだけあって、攻撃するとなると罪悪感が果てしなく重い。
 出来れば話し合いで穏便にゲットしたいと言うのが本音である。
 サファリゾーンのポケモンたちに見物されながらラッキーとの追いかけっこを続けること十数分、ついにもう走れないとルカサがへたり込んだ。
 段々と視界の中で遠く小さくなっていくラッキーへと手を伸ばすと、ラッキーの歩調が減速していることに気付いた。
 なぜかと思い、よくよく辺りを見てみれば前の前には見上げるほどの崖が壁となって立ちふさがっており、その崖に出来た穴倉の中へとラッキーは駆け込んでいた。
 そこがラッキーの巣なのか、ルカサが息を整えて立ち上がろうとしたところへ、サトシとシゲルが追いついてきた。
「つ、疲れた……本当、可愛いポケモンが絡むと信じられない力を発揮するな」
「ルカサ、ラッキーは? 逃げられたのか?」
 二人とも、ルカサ以上に疲れている様子で、息も絶え絶えと言う感じであった。
 だがラッキーとこの二人を比べた場合、ルカサの中でどちらに傾くかは言うまでもない。
「ラッキーはあの洞穴の中よ。さっさと言って、とりあえずはお話よ」
「巣を見つけたなら、ちょっと休もうぜ」
「駄目よ、巣の中のもの持って逃げられたら堪らないわ。即決即断、行くわよ」
 せめて数分でもと言おうとしたサトシの頼みを無視してルカサは、ラッキーの巣と思われる洞穴へと足を踏み入れた。
 とは言っても、洞窟のような通路が続いているわけでもなく、洞穴の中は一つの大きなホールのような形となっていた。
 そしてそのホールの中では数多くのポケモンたちが横たわっていた。
 つい先ほどサトシやシゲルがゲットしたサイホーンやストライク、タマタマ等といったサファリパークのポケモンたちである。
 木の葉や枯れ草を敷いて作られたベッドの上に、傷ついたらしき体を横たえ、静かに眠り込んでいた。
「これって、もしかして」
 ラッキーの病院なのかと、一番近くに居た三本の首のうちの一つに怪我を負ったドードーへと歩み寄る。
 確かに治療らしきものの跡は見られるのだが、ルカサの目にはそれが一歩届ききっていないように見えていたのだ。
 だがドードーに後一歩と言うところで、奥にいたらしき先ほどのラッキーがルカサとドードーとの間に割り込んだ。
「ラキッ!」
 触れるなとばかりに両手を広げて立ちふさがったラッキーを前に、何と説明すべきか困ったルカサは、思いついたように持ち歩いている医療キットを取り出した。
 それをラッキーに見せて自分は敵意がないとばかりに微笑みかける。
「貴方を追いかけたのは悪かったけれど、気概を加えるつもりはないわ。少し、この子を診せて欲しいの」
「ラッキ?」
「そうポケモンドクターではないけれど、その卵」
 短い手を口元に当て、体を傾けながら問いかけてきたラッキーに、ルカサは頷いていた。
 それで通じたのか、一転して喜んだ様子のラッキーはどうぞとばかりにドードーへの道を空けてくれた。
 すぐにルカサはドードーの前に座り込むと、ドードーの首に巻かれていた包帯に巻かれた何かの長い葉っぱを剥がしていった。
 その下から見えてきた傷口は、清潔に保ちきれていなかったのか化膿し掛けて熱を帯びていた。
「治療が不十分だったのかしら?」
 でも何故ラッキーが看ていながらと思ったルカサであったが、その理由には直ぐに気付くことが出来た。
 追いかけているときには気付かなかったが、目の前ですまなそうにしているラッキーの頭には看護帽子が被られていなかった。
 野生のラッキーならばそれも同然の事かもしれないが、このラッキーは治療に関して何か勉強をしたわけではなかったのだ。
「ラッキー……」
「私と同じ、勉強中の身ってわけね。でも、傷ついている子達がいる前で、落ち込んでる暇はないわよ。サトシ、シゲル手伝って!」
 元気なく俯いてしまったラッキーへと力強く言ったルカサは、遅れて洞穴へと入ってきた二人へと言った。
「うわっ、なんだこのポケモンたちは」
「ポケモンたちの野戦病院って所か。僕らだけじゃとても手が足りない」
「ならシゲルはサリさんを呼んできて、保護官の人たちにも手伝ってもらいましょう。サトシはそれまで私を手伝って」
 すぐさまシゲルがもと来た道を走って戻り始め、サトシは腕まくりをしてルカサが看ているドードーの前に座り込んだ。
「サトシはドードーが暴れないように首を押さえて」
「ってことは、暴れるようなことをするんだな?」
「まずは清潔な水で傷口を洗ってから消毒、もの凄く痛いから暴れるわよ。フシギダネの鶴の鞭で抑えてくれても良いわ」
 サトシが言われた通りフシギダネをモンスターボールから取り出すと、ルカサもまた水を確保するためにゼニガメを取り出した。
 フシギダネのつるの鞭がドードーを押さえ込むと、ゼニガメが患部へと極小の水鉄砲で洗い流す。
 痛みにより暴れ出したドードーの力はフシギダネ一人では抑えきれず、サトシやルカサ自身もその手でドードーを押さえつけた。
 だがルカサまでも思わず押さえつけてしまった為に、消毒をする者が居なくなってしまう。
 今誰か一人でも力を弱めれば弾き飛ばされてしまいそうな状況の中で、ルカサの医療キットから消毒液を取り出す手があった。
「ラキ?」
「そう、それよそれ。吹き付けるタイプだから、難しくはないわ。一気にやっちゃって」
 ラッキーの手により、消毒液が吹き付けられ清潔な包帯が巻かれていく。
 あまり上手とは言えない手つきであったが、傷口に包帯を巻かれたドードーは、やがて大人しくなり眠り込んでいった。
「ありがとう、ラッキー。う〜ん、ここまで痛がるとは思わなかった。サトシのプリンで眠らせるべきだったかも」
「早く言ってくれよ……ルカサは胴体だったから良いけど、俺は顔抑えてたから無茶苦茶突かれたぞ。痛ぇ〜」
「ダネ……」
 サトシだけではなくフシギダネも頭にある方に居た為、少々傷だらけとなっていた。
 そんな二人へとラッキーは早速医療キットから絆創膏を取り出して、どうぞとばかりに差し出していた。
「ラッキ」
「お、サンキュ」
 差し出された絆創膏をサトシが受け取ると、突かれた自分の鼻先に貼り付け、同じようにフシギダネにも張ってやる。
「それじゃあ、次の治療行くわよ。目標はシゲルがサリさんを連れてくる前までに、半分。ラッキーも手伝ってね」
「ラッキー!」
 可愛いポケモンをゲットすること以上に本領を発揮したルカサにより、ラッキーの病院の患者は次々に治療されていった。
 もちろんルカサが持ち歩いている医療キットだけではとても治療しきれない怪我をしていたポケモンも居たが、症状の軽いポケモンは殆ど治療することが出来た。
 ルカサの宣言どおり、半分ほど処置が終わった所で、シゲルがサリやサファリパークの保護官たちや正規のポケモンドクターを連れて現れた。
 そこからはさらに野戦病院さながらの治療が始まり、症状の重いポケモンは直ぐさま車でポケモンセンターへと運ばれていった。
 ルカサもラッキーと一緒に治療に加わりは下が、さすがに本職であるポケモンドクターたちには腕も知識も及ばない。
 せめて邪魔者扱いだけはされまいと二人が奮闘し、全ての治療が終わり気が付いてみれば、すっかり空の色は夕暮れの茜色に変化していた。
「ああ、疲れた。ラッキーもお疲れ様」
「ラッキー」
 二人して洞穴の入り口で二人支えあうようにもたれかかる。
「やっぱり本物のポケモンドクターには全然叶わなかったね。一番症状が重い子には、見てるだけしか出来なかった」
「ラキ……」
 ラッキーはルカサに及ばず、ルカサは本物のポケモンドクターに及ばない。
 だが二人ともまだまだと言う点では同じであった。
「ねえ、ラッキー。私と一緒にこない? 今の貴方じゃ、怪我をした子をさらに悪化させかねないわ。私と一緒に、勉強しない? いずれここに戻ってくるのも良いし、そのまま私の看護婦さんとしていてくれても良い。どう?」
「ラッキー!」
 その声に確認はもはや不要で、ルカサは立ち上がると空っぽのままであったサファリボールを取り出した。
 優しく下手から投げられたそれにラッキーの方からぶつかってきた。
 サファリボールの中に取り込まれてからも抵抗はなく、すぐに捕獲の為の音が鳴っていた。
「もっともっと、一緒にがんばろうね」
 ラッキーの入ったサファリボールを拾い上げると、ルカサはそう呟いて抱きしめていた。

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