第三十五話 フシギダネの不思議
 まだ日は浅く、日の出から一時間も経っていないであろうこの時間に、サトシはポケモンセンターの自動ドアを出て大きく伸びをしていた。
 つい先日、サファリゾーンでストライクをゲットし、ポケモンリーグの規定である保持数六体に到達したのだ。
 後はポケモンリーグへの挑戦権の為に、残り三つのバッヂを集めるだけである。
 これで気持ちが燃え上がらないはずもなく、サトシは張り切って一歩を踏み出そうとして、
「えっと、次は何処の街へ行けば良いんだ? おーい、シゲ……あれ、ルカサ?」
 相変わらずの不勉強を言葉にして隣を見てみればシゲルの姿が見えず、逆側へと振り返ってもルカサの姿も見えない。
 一体何処へ行ったんだと辺りを見渡してみれば、サトシが出てきた自動ドアから遅れに遅れて二人が姿を現した。
 ただし、サトシの張り切りようとは違い、二人ともが寝ぼけ眼で背筋も曲がっており、尋ねるまでもなくその姿が眠いと言う感情を体現していた。
「いくらなんでも早すぎよ、サトシ。もうだめ、私眠い。二度寝してくる」
「お、おい。ルカサ、そりゃないだろ!」
「二度寝とまではいかないが、ルカサと同意見だ。眠気覚ましにコーヒーでも飲んでくるよ」
「シゲルまで、ふーたーりーとーもー!」
 絶対に今すぐにポケモンセンターを出るんだと、中に入りなおそうとする二人の手を取ったが、二対一で勝てるはずもない。
 寝ぼけ眼の二人にずるずるとひきずられ、サトシの体がついにポケモンセンターへと入ろうとした時、急にルカサのベルトホルダーにあったモンスターボールが開いた。
 突然のことに驚いたサトシが二人を繋ぎとめていた手を離してしまい、ルカサとシゲルが雪崩れるように倒れこんでしまう。
 早朝には少し五月蝿い悲鳴が上がり、ルカサとシゲルがサトシへと文句を言おうとしたが、勝手にモンスターボールから飛び出したポケモンの吼える声がそれを止めた。
「バウッ!」
 二人の悲鳴よりもさらに大きな吼える声により、今度はサトシのベルトホルダーにあったモンスターボールが勝手に口を開けた。
 それが飛び出したガーディの吼える攻撃であると同時に、緊急事態を知らせるものであると気付くのに時間はかからなかった。
 サトシのモンスターボールから強制的に飛び出させられたのはフシギダネであったのだが、飛び出すなり地面にへたりと倒れこみ苦しむような唸り声を上げたからだ。
「ダネェ……」
「フシギダネ?」
 地面にへたり込んだフシギダネの背負っているタネが、淡い光を放ちながら点滅を繰り返していた。
 一見進化の時に発する光に見えないこともない。
 だがそうだとしても、フシギダネの苦しみようはただごとではなかった。
「しっかりしろ、フシギダネ。すぐにポケモンセンターに連れて行ってやるからな!」
「バウッ!」
 急げとまくし立てるようなガーディの声に、サトシはフシギダネを抱えるとポケモンセンターを背にして走り出した。
「って、ちょっと待ちなさい、サトシ。あんたたった今、ポケモンセンターから出てきたばっかりでしょうが!」
「そうだった。シゲル、ジョウイさんを呼んできてくれ!」
「わかった。その間、ルカサはサトシからフシギダネを取り上げておいてくれ。あいつ、何気に寝ぼけてるぞ」
「もう、普通に普通の時間に出ようとすれば、こんなに慌てなくてもすんだのに!」
 すぐさまシゲルがポケモンセンターに駆け込み、サトシからフシギダネを取り上げたルカサが続く。
 もちろんさらにその後からサトシとガーディがポケモンセンターへと駆け込み、今しばらくセキチクシティに滞在することが決定した。





 ガラスにて隔てられた向こう側にて寝台に横たわるフシギダネ、そのすぐそばではジョウイとラッキーが診察を行っていた。
 背中に背負ったフシギダネの大きな種は変わらず、不安定な明暗の光を繰り返し放っていた。
 苦しげに喘ぐフシギダネの呼吸と呼応しているかのようにも見える。
 サトシはガラスと一体化するのではと思えるほどに張り付いて、フシギダネを見守っていた。
 時おり弱々しくフシギダネの名を呼ぶと、ガラス越しに聞こえているのか、苦しげに閉じていた瞳を僅かに開くことがあった。
「しかし、ガーディのおかげで出発前に気付けてよかったのかな」
「あの子そう言うところに敏感だから。救助犬も真っ青よ」
「ラッキ」
 ガラスにへばりついているサトシとは違い、シゲルとルカサはまだ少しだけ落ち着いた様子であった。
 心配は心配であるが、ここがポケモンセンターと言う安心感の方が勝っていたのだ。
 ルカサは特に、先日ゲットしたばかりのラッキーをモンスターボールから出してあげて、同じラッキーの働き振りを見学させる余裕ぐらいはあった。
「光そのものは進化のものに見えるけれども……あの苦しみよう。前に看たピッピの時と同じ進化不順かな?」
「どうかしら。フシギダネって一番バトル経験豊富だし、とっくに進化していてもおかしくなかったけれど……」
 旅立ちの当初とも言える記憶を掘り返し、お月見山での経験を思い出した二人であったが、素直に進化不順と断定するには至らなかった。
 自身の体を根底から変えてしまう、ポケモンの進化。
 そのエネルギーは膨大なものであり、そのめぐりが悪ければ体を害してしまうこともある。
 ただしそれは体調が不調な場合に進化が起こったりと、悪い条件が重ならなければ決して起こることはない。
 つい昨日フシギダネたちをポケモンセンターに預けて検査を受けたばかりだと言うことを考えると、進化不順という答えには行き着かない。
「フシギダネェ……」
「サトシ、あまりへばりつくんじゃない。君がそんなに取り乱していると、フシギダネも落ち着いて診察を受けられないだろ」
「フシギダネェ……」
「思い切り、聞こえてないわね。気持ちは分からなくもないけれど」
 シゲルやルカサとて、フシギダネとの付き合いはサトシと変わらない。
 なにせ同じ日、同じ時刻、同じ場所で初顔合わせを済まし、それから直ぐに一緒にマサラタウンを旅立ったのだから。
 ただしそこはやはり、フシギダネ本人のトレーナーであるかどうかと言う点が大きかった。
 今回体調を崩したのがたまたまフシギダネであっただけで、これがゼニガメかもしくはリザードであれば、立場が逆転している事だろう。
 そっくりそのまま立ち位置が代わり、シゲルかルカサが窓ガラスに張り付いているはずだ。
 心配の度合いの程度の差はあれ、三人ともがちゃんとフシギダネを心配して待つこと二十分ばかり。
 ずっとフシギダネを看ていたジョウイが、診察の手を止めて、診察室から出てきた。
「ジョウイさん、俺のフシギダネは。どうしちゃったんですか?!」
 診察に気を張っていたところに、飛びかからんばかりにサトシが詰め寄った事で、ジョウイが驚きヒィッと息を呑む音が聞こえた。
「サトシ、近い。顔が近い。ジョウイさんが驚いているだろう」
「どうもすみません。サトシってば、猪君なもので。あはははは」
「ウグッ!」
 フシギダネ以外に目が入らなくなっているサトシをシゲルが後ろから羽交い絞めにして、ルカサが落ち着けとばかりに隠れて肘を打つ。
 わき腹に発生させられた痛みにより、サトシは勢いを止められてしまう。
 さらにじりじりとジョウイから距離をとらされるが、それでも詳細を聞こうと意識だけは繋ぎとめていた。
「大丈夫よ。まずは落ち着いて」
 詳細を聞かせてと手を伸ばしていたサトシへと、ジョウイはまず微笑みかけてきた。
 大丈夫だと囁き微笑みかける、それだけの行為ではあったのだが、効果は抜群でありサトシは気持ちを落ち着かせ居住まいを正す。
 言葉通りサトシが落ち着いた事を確認してから、ジョウイも事の次第を口にしてくれた。
「あの子は特別病気だったり体調を崩していたわけではないわ」
「じゃあ、やっぱり進化不順じゃないって事ですよね?」
「あら、珍しい症例を知っているのね。そうね、違うわ。あの子はただ、進化しようとする自分をさせまいと耐えているだけ」
 何故その様な事になっているのか首を傾げた三人であったが、ジョウイも何故と言う点までは分からなかったようだ。
「ポケモンの進化は必ずしも行う必要のあるものでもないの。トレーナーがポケモンを進化させるのもさせないのも自由。もちろんポケモン自身が進化するかどうかを選ぶのも自由。ただあの子の場合、進化しようとするエネルギーが普通の子よりも大きすぎるみたいで、止めるのが辛いみたい」
「そんなに辛いのか……なんでそんな辛い思いまでして、我慢してるんだよ」
 辛い思いまでして我慢するぐらいなら、進化をとめなくても良いのではと、サトシは寝台に眠るフシギダネを見つめた。
 ポケモンは進化するのが当たり前だと思っていただけに、進化を止めようとするフシギダネの気持ちがサトシには良くわからなかった。
 もちろん進化することで強くなったフシギダネをきたい気持ちもあるが、それ以上に苦しんでいるフシギダネを見たくはなかった。
「でも確か、一時的に進化を先送りにしても、またその兆候は現れるんですよね?」
「そうね。今は薬で和らげているけれど、今治まったとしても、次がまた来るわ」
「それじゃあ、フシギダネは進化しない限りこれからずっとあんな苦しい目に合い続けなきゃいけないんですか?」
「その辺りは一応の対処法があるから、夕方ぐらいまで待ってくれる? そのぶん出立は伸ばさなければならないけれど、ここなら急な事があっても大丈夫だから」
 シゲルとルカサからの矢次の疑問にも、ジョウイは言葉を詰まらせる事なかった。
 一度診察室の中に戻ると、眠り込んだフシギダネをストレッチャーにのせ、運ぶ準備を始める。
 どうやら診察室にこもりきりと言うことではないようで、シゲルが真っ先にチェックアウトした宿舎の部屋を取り直しに走った。
 その後から、サトシとルカサはストレッチャーを借りて穏やかに眠りながらも、背中の種をぼんやりと光らせるフシギダネを運び始めた。





 ポケモンセンターに用意されているトレーナー用の寄宿舎は、一部屋につき複数人が泊まる相部屋形式となっている。
 行動を共にしている三人はたいていが一つの部屋に固まって泊まることが多く、今回も例にもれはしなかった。
 部屋の両脇に置かれている二段ベッド、その片側の下にフシギダネは寝かされていた。
 お昼を過ぎたあたりから薬がきれてきたのか、フシギダネは時おり呼吸を乱して薄っすらと汗をかくことがある。
 朝からずっと付きっ切りで看病しているサトシは、こまめに汗をふいてあげたりしており、ルカサのラッキーがその行為を興味深げに眺めていた。
 そんなサトシは看病に忙しいのだが、急遽取りやめになった出立により、シゲルとルカサは暇を持て余していた。
 どこからか持ってきた本を読んでいるシゲルはまだ良いが、ルカサなどは床に座り込んでは、持っていたコンパクトに向けて奇妙な笑みを向け続けていた。
 コンパクトの角度を変えたり、笑みの種類を変えたりと、少し気味の悪い行動に耐え切れずシゲルが尋ねた。
「ルカサ……その、言っちゃ悪いけれど、一人で鏡に向かって笑いかけてる姿は気味が悪いんだけれど」
「ちょっと、私が意味もなくこんなことしてると思ってたの?」
 意味があろうとなかろうと、気味が悪いと思うのが普通である。
 怒りはしないだろうかとおっかなびっくり頷いたシゲルを前に、ルカサは少し怒ったようにその意味とやらを口にした。
「ほら、今朝大慌てだったサトシにジョウイさんが大丈夫って微笑んだら、落ち着いたじゃない。治療の技術も大事だけど、そう言う……なんて言うのかしら。心を形にするのも大事かなって」
「なるほど、だから笑みの練習をしていたのか。うん、勘違いしてごめん。でも、練習の成果のほどは?」
「さあ、よくわかんないわ。私が可愛いってのが再確認出来たぐらいかしら」
 もちろんルカサの自画自賛に図々しいなどと、シゲルは間違っても指摘したりなどしない。
 精々が手を滑らせて盛っていた本を落としてしまう事ぐらいである。
 小さな反逆ではあったが、気にしたのか、ルカサが矛先を変えてサトシへと呼びかけた。
「ねえねえ、サトシ」
「なんだ?」
 呼ばれて仕方なくといった感じで振り返ったサトシへと、ルカサが練習していた笑みを向ける。
「ん? なんだよ、急に気持ち悪いな」
 だがなに意味もなく笑ってるんだコイツと言う視線が送られただけで、サトシは興味を失いフシギダネに視線を戻していた。
 ルカサにとっては究極にも近い笑みであったのだが、ほとんど無視に近い扱いである。
 幼馴染と言う恋愛度外視の間柄とは言っても、それはないだろうとルカサは額に青筋が浮き上がる。
 その手は怒りの度合いを示すように、強く握り締められていた。
「麗らかな乙女の笑みに対して、その態度。万死に値するわ」
「こらこらこら、本来の用途は何処へいったんだ。ポケモンを心配するトレーナーを安心させる笑みの練習じゃなかったのか?」
 さすがに眠っているフシギダネの手前、ルカサはサトシを殴りに行くような事はなかった。
 ただし、どうにも腹に据えかねる思いはしっかりと心の中のサトシ、シゲル折檻メモに加えておくのを忘れない。
「ところで、シゲル。その本どうしたの? 手持ちの本は暗記するほど読んじゃってるでしょ?」
「ああ、これ? ちょっと今回の事が気になったから、ジョウイさんに借りたんだ。ポケモンの進化について書かれた本だよ」
 そう言ってシゲルが手に持ったまま見せてくれた拍子には「進化の軌跡」と表題が書かれていた。
「読み終わったら私にも貸して。ちょっと興味があるから」
「そうだね、ルカサも読んでおいた方が良いと思うよ。興味深い一文があるから」
 シゲルが勧めるからにはよほどの事が書いてあるらしい。
 ルカサはシゲルが読み終わるのを気長に待つことも出来ず、シゲルが座り込んでいた二段ベッドへと上がりこみその手の中の本を覗き込んだ。
 ページを丸々覆い尽くす文字の羅列の中から、直ぐにはその興味深い一文とやらが見つからず目をさまよわせる。
 だがその一文をルカサが見つける前に、ここだよとシゲルが教えてくれた。
 その興味深い一文とは、もちろんポケモンの進化についてであったが、ポケモンが進化を留めようとする内容について書かれていた。
 基本的にトレーナーにゲットされたポケモンは強くなろうとする傾向が強い。
 手っ取り早く強くなるには進化は近道とも言える行為であるが、今朝方ジョウイさんが言ったようにその進化を押し留めようとするポケモンもいる。
 強くなりたいのに進化を押し留めようとする理由はない。
 では、何故か。
 その理由を推察した一文を呼んでいくうちに、なる程と納得すると同時にルカサさは眠っているフシギダネと看病するサトシへと視線を向けた。
「なにこれ、冷やかすべきなの? エリカさんも大変なライバルがサトシのすぐそばにいたわね」
「あくまで一般的な意見だろうけれど、そうなんだろうね」
 しまいにはシゲルまでも加わり、二人してサトシとフシギダネへとニヤニヤと表現できる笑みを向けた。
 確かに一般的な意見かもしれないが、フシギダネは明らかに強くなりたいと言う意志を持った上で進化を拒んでいる。
 ならばその胸中に抱く気持ちも一般的なものなのだろう。
 後で絶対にからかってやろうと、ルカサが笑みを強めていると、部屋の扉を誰かがノックしてきた。
「ジョウイですけれど、ちょっと良いかしら? フシギダネの特効薬になるものを持ってきたわ」
「開いてますから、どうぞ」
 シゲルがノックに答えた後に入ってきたジョウイの手には、拳よりもやや小さいぐらいの石があった。
 意味もなくそんな石を持っているとも思えずに、特にサトシの視線がその石へと集中して注がれる。
「薬ではなくて、薬のようなもの。ポケモンの進化を止める、かわらずの石と言うものよ。これを持っていれば、とりあえず進化を拒むたびに苦しむと言うことはなくなるわ。すぐ近くの別のポケモンセンターに保管されていたのを取り寄せたの」
「じゃあ、それを使えば今すぐにでもフシギダネの苦しみを取り除く事が出来るんですか?」
「そう、なんだけれど。貴方はそれで構わないかしら? これがあれば確かに進化はとめられるけれど、同時に強くなるチャンスを不意にすることになるわ。次の進化の兆候がいつになるかは、わからないから」
「かまいません」
 ジョウイの懸念をよそに、サトシの返答は即答と言えるものであった。
「そりゃ、強くなるに越したことはないけれど。俺はフシギダネの意思を尊重したい。次がいつか分からなくても、俺とフシギダネは一緒にいると思うから。なにより、フシギダネが苦しんでいるのを見ているのは辛いから」
「ならこれを使ってもらえるかしら」
 ジョウイからかわらずの石を受け取ったサトシは、早速眠っているフシギダネの前足に石を触れさせた。
 この石の何がポケモンの進化を止めるのかと言う疑問は、この際遠くへと投げ飛ばしてサトシは効果のほどを待った。
 ルカサやシゲルもそれは同様で、フシギダネの様子が変わるのを待ち続ける。
 効果は驚くほどゆっくりであったが、見て分かるほどに進行していった。
 進化の兆候としてぼんやりと光り続けていたフシギダネが背負っていた謎の種、その光が薄れ始めたのだ。
 すでに明暗を繰り返すほどの光量はなかったため、色が水に溶けて薄まっていくように消えていく。
 やがて完全に光が消え去り濃い緑色を種が取り戻してほどなく、苦しげに閉じられていたフシギダネの瞳が開いた。
「ダネ……ダ?」
 自分の体を襲っていた進化の兆候が消えたことに不思議がっていたが、本能的に察したのか前足に触れていたかわらずの石をつるの鞭で掴み取り種の中に取り込んだ。
「ダネ!」
 そして、もう大丈夫だと力強く鳴いた。
「フシギダネ、よかった。びっくりさせるなよ!」
「ダネェ」
 すぐさまサトシが頬ずりをするように強く抱きしめると、まんざらでもないのかフシギダネは恥ずかしげにつるの鞭で頭をかいていた。
 結構強く抱きしめられて本当は少し痛いのかもしれないが、嫌そうな顔一つせずにサトシからの親愛の感情をうけとっている。
 とても旅立ち当初からは想像もできない様子に、二人の様子を見ていたルカサの心のなかで悪戯心がむくむくと大きくなっていた。
 どうやらそれはシゲルも同じようで、二人は顔を見合わせてから口にした。
「よかったわね、フシギダネ。それにサトシも。そうよね、進化しちゃったらこんな風に気軽に抱き上げたりするのが難しくなるものね」
 ニコニコと笑いながらルカサが呟いた台詞に、ピシリとフシギダネの動きが止まっていた。
 まだこの段階ではサトシがその意味を理解していなかったのが唯一の救いか。
 それでも時間の問題ではあったが。
「なんだ、どういう意味だ? フシギダネが進化を拒んだ理由が解るのか?」
「あくまで一般的な意見さ。ポケモンってのは進化を行う事で、大抵の場合その体が進化前から大きく肥大する。そうなるとどうしてもスキンシップのとり方が制限されッ」
「フシァ!!」
 それ以上言わせてなるかとフシギダネのつるの鞭がシゲルの口を遮るように巻かれたが、敵は一人ではなかった。
「だから大好きなサトシと気軽に抱き合えなくなるから進化を拒んでたのよ。普段そんな素振り見せないくせに、フシギダネってば結構ツンデレよね」
「フーシ、フシフシフシ!」
 違う違うとばかりに首を横に振るフシギダネであったが、現在サトシに抱きしめられている時点で説得力はなかった。
「なんだ……そうだったのか。フシギダネ、安心しろ。俺はお前がどんな姿になったって大好きだし、抱きしめてやるからな」
「フシャッ!」
「なんだよ、照れるなよ。いてて、愛い奴、愛い奴め!」
 サトシの言う通り照れ隠しでフシギダネはつるの鞭をばしばしぶつけ始めるが、サトシには効いていなかった。
 あんな苦しい思いをしてまで気軽に触れ合えるようにと進化を拒んだフシギダネを思えば、サトシにとってたいした痛みでもない。
 むしろその痛みが親愛の情にさえ思えて、サトシはさらに強くフシギダネを抱きしめ始めた。
「あ〜あ、照れてる照れてる。こうなったサトシはしつこいわよ」
「大変微笑ましい光景なのは間違いないのだけれど……」
 じゃれあうサトシとフシギダネを見ながら満足そうに頷いていたルカサとは違い、ジョウイがなにか思うところがあるかのような言葉を呟いた。
 なにか問題でもとルカサが視線で尋ねると、ジョウイはただそこを指差した。
 まだまだ長引きそうなじゃれあいを続けるサトシとフシギダネ。
 そのフシギダネの振るう二本のつるの鞭の一本はサトシをたたき続けており、もう一本が続く先。
 その先では口元をつるの鞭でふさがれ、顔を青ざめさせながら必死に床でタップを繰り返しているシゲルがいた。
「あ、なんかシゲルらしいわね」
「ンーッ!! ンー…………」
 助けるつもりが殆どない無慈悲な言葉の直後、何かの拍子でつるの鞭の巻きつけが強くなりついにシゲルは意識を手放す事になった。
 そんなことがすぐそばで起きているとは思いもしないサトシとフシギダネは、気がすむまでずっとじゃれあい続けていた。

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