第三十三話 ミニリュウとの出会い
 気が抜けるほどあっさり勝ててしまったセキチクジムでのジムバトルの翌日、サトシたちは同じセキチクシティにあるサファリパークに訪れていた。
 これまで歩いてきた道のりとは明らかに種類の異なる気候と樹木、土地に合わせて独自の進化を遂げたポケモンたち。
 ここでしか見られないポケモンも多く、サファリパークは一部を除いてそのほぼ全てが保護区となっている。
 サトシたちはその保護区となっているサファリパークの中を自動車に揺られながら移動していた。
「二人ともアレ見てみろよ、野生のポケモン同士でバトルしてるぞ!」
 ジープの後部、本来は荷物を置くべきスペースに座ったサトシが指差した先では、確かに二体のポケモンが向き合い互いに威嚇し合っていた。
 若草色の体を持ち、両手に二本の大きく鋭い鎌を持ったストライクが鎌同士を打ち鳴らしながら切れ足を強調している。
 一方、即頭部から太く棘の多い角を持ったカイロスは、二本の角を開閉させて力強さを強調していた。
 同じ虫タイプのポケモンながら、持ち味は素早さと力とミスマッチなバトルである。
 だが悲しいかな、手に汗握りバトルを観戦しようとしていたサトシが乗るのは自動車であり、両者がぶつかり合うより先に道のりを進んでいってしまう。
 これからというところで小さくなっていく両者を見送るしかないサトシは悲痛な叫びで手を伸ばしていた。
「嗚呼、置いてかないでくれ!」
「いやいや、置いて行ってるのは私たちだから。残念だけど、諦めなさい」
 サトシほどではないが同じく残念そうにしながらルカサが呟いていた。
 ストライクとカイロスが豆粒ほどの大きさとなってようやく、サトシも諦めたのか前へと振り返り座りなおす。
「すみません、サリさん。後ろが五月蝿くて」
 サトシやルカサとは違い、ジープの助手席に座っているシゲルが頭を下げたのは、サファリゾーンで保護官をしているサリであった。
「賑やかでいいじゃない。ごめんね、サトシ君。パトロールが終わったら案内してあげるからさ、そうすればまた見られるかもよ」
「本当ですか?!」
「保証はできないけどね」
 サファリパークは保護区と言われているが、一般の人が足を踏み入れられる区域も存在する。
 だが今サトシたちがいるのは外界からは完全に隔離された区域であり、特別な資格のない限り立ち入り禁止となっている場所であった。
 ならば何故特別に保護官の車にサトシたちが乗っているのかというと、単純にシゲルの祖父、オーキド博士のコネであったりする。
 オーキド博士がサファリパークに生息するポケモンの情報が欲しいと言った為に、三人にその役目が回ってきたのだ。
 サトシとルカサは思い出したようにポケモンに対してポケモン図鑑を向けているだけであるが、シゲルなどは終始回りに目を光らせていた。
「それにしても本当大自然って感じ、サリさんはいつもサファリパークの中を車で走ってるんですか?」
「まあね。でもこれが単純なドライブだったら本当によかったんだけどね」
 ポニーテールに縛った髪に手を当てながら、サリの眼差しが少し真面目なものとなっていた。
「珍しいというだけでここにいるポケモンたちを欲しがる人がいるから、パトロールが欠かせない。本当なら、ここをこうして車で走り回ること事態、個人的にはどうかと思ってるんだけどね」
「やっぱりロケット団ですか?」
「代表的なところで言うとね。けれど結構個人的にやってる奴も多いんだよね、知られてないけど」
 サリの落ち込んだ声に釣られて、尋ねたルカサも言葉をなくし、それはサトシもシゲルも同様であった。
 サトシたちも他のトレーナーに比べれば格段にロケット団と関わってきたが、その基本理念が全く理解できそうにもない。
 ポケモンをただの道具に、商品に見立て取り扱い、戦わせたり捕獲していく。
 そんな人間がロケット団以外にもいるのかと、まだ世の中には知らない、あるいは故意に知らされていないことが多いのだと知る。
 急に静かになった三人を乗せた車のハンドルを指で何度か叩いていたサリは、そのハンドルを急にきった。
「うわッ!」
「ちょっと、サリさん危ない!」
「あはは、ごめんごめん。本当はいけないんだけど、寄り道しよっか」
 正規の座席である助手席にいたシゲルはともかく、荷台にいたサトシとルカサは振り落とされそうになり文句を言うも、サリは明るく笑いながら謝るのみであった。
 毎日通っているのか他に比べて若干草が禿げ上がった道を、ジープが外れていく。
 気のせいかジープが進むに連れて地面の上の草が瑞々しさを増していき、周りの緑が彩り濃くなっていっていた。
 水場が近いのか、少しジープのスピードを押さえたサリが前を見たままで問いかけてきた。
「君たち、ミニリュウって知ってる?」
「いるんですか、この先に?!」
 まさかとシゲルが声をあげるも、サリの反応は微妙なものであった。
「昔からそう言われてはいるんだけどね。誰も見たことがないのさ。まあ、そうでなくても綺麗な湖だから一見の価値はあるよ」
「なあ、ルカサ。ミニリュウって凄いのか?」
「アンタはまた。いい加減、勉強しなさいよ。ドラゴンタイプなんだけど、これがまた可愛いのよね。強くて可愛い、まさに理想よね」
 こそこそと荷台で話す声が聞こえていたのか、シゲルが補足するように言った。
「ルカサも何時も通り偏ってるぞ。サトシもミニリュウの進化系なら見たことあるはずだぞ。四天王のワタル、竜使いとも呼ばれる彼がミニリュウの進化系であるハクリューを持ってるはずだ」
「それなら知ってる。腹が白くて体は青いのになんでハクリューなんだって、疑問に思ってた」
「君たち、面白いよ。この調子だと向こうから会いに来るかもね。さあ、もう直ぐそこさ」
 緑色に染まった風景の中で異彩を放つ水色の湖。
 その湖面は風にわずかにそよぐ程度で、照りつける太陽の光を乱反射させきらめいていた。
 これほど見事な水場ならば多くのポケモンが寄ってきそうなものだが、何故かその姿を見る事はなかった。
 もしかすると水場と言うよりも、サファリゾーンに生息するポケモンたちにとって何か特別な場所なのかもしれない。
 止められたジープから降りたサトシたちは、座りっぱなしで疲れた体を労わるより先に湖に見入っていた。
「湖のおかげで他よりも空気が冷えてるし、良い休憩場所なんだ」
「この湖にミニリュウがいるかもしれないのか。出てきてくれないかな」
「サトシの大きな声を聞いて出てくるわけないだろ」
「だったら、私の可憐な声なら話は別ね。ミニリュウちゃ〜ん、出てらっしゃーい」
 ルカサが猫撫で声で湖に向けて言うが、もちろん出てくるわけがない。
 耐え切れず笑い出したサトシとシゲルを睨みつけるが、それでも諦めきれないのかルカサは湖に呼びかけ続ける。
 あまりにもルカサがあきらめない為に、そこへ笑っていたサトシとシゲルも加わり呼びかけ始めた。
 その様子を微笑ましそうに見ていたリサであったが、無線の呼び出し音が彼女の顔を一変させた。
「どうしたの?!」
 急に声を荒げた彼女へと振り返る三人であったが、リサの意識は無線の向こうに釘付けであった。
「密猟者だ、第三エリアの方まで至急応援をくれ」
「わかったわ、直ぐに向かうから待ってて。貴方達、悪いけれどここで待っていて直ぐに迎えに来るから」
 ジープのエンジンを掛け直したサリはそれだけを言うと、ジープをUターンさせて走らせて行ってしまう。
 待っているとの短い答えすら言えなかったサトシたちは突然すぎる密猟者の登場に少し戸惑っていた。
 もとより付いて行くと言う選択肢は持っていなかった。
 これまで散々ロケット団に関わってきたせいか、その危険性は十二分に理解していた。
 ただ問題なのは迎えがない以上、この場所から一歩も動けないと言うことである。
 自動車での移動であった為に日ごろ背負っているバッグは、置いてきているし、あるものと言えばベルトホルダーのモンスターボールぐらいであった。
「これは、大人しく待つしかないね。幸い水はそこにあるし、いざとなればポケモンたちに運んでもらおう」
「そうね、気長に待ちましょう。忘れてたけれど、湖があるんだもん。ゼニガメ、出てらっしゃい」
「ゼニ」
 ルカサがモンスターボールからゼニガメを取り出し、そのまま湖へと放した。
 すぐに二人も真似をして誰を出してやろうか迷い始める。
 全員出しても良いのだが、食事時でもなければ目が行き届かない。
 迷いに迷った結果、サトシはここしばらくご無沙汰であったモンスターボールを取り出した。
「君に決めた、イーブイ」
「しまった、サトシが先に。僕は誰に、水辺でヒトカゲとイシツブテは可哀想だし、かと言ってギャラドスは暴れないだろうけど、湖が小さい」
 迷い続けるシゲルを置いて、サトシとルカサはそれぞれゼニガメとイーブイを連れて湖の中で遊び始めた。
 ただポツンと所在なさげに待っていられるほど、我慢強くないのだ。
 結局シゲルはポケモンなしのまま湖に足を踏み入れ、水遊びに加わり始めた。
 あまり深みには足を踏み入れず浅瀬で遊ぶこと二十分程度だろうか、一番最初に気づいたのはルカサであった。
「あれ、車じゃない? 密猟者の方はもう大丈夫なのかしら?」
 遠方から砂煙を上げながら一台のジープが近づいてきていることにルカサが気付き、指差しながら二人に教えた。
 だがそれが戻ってきたリサではなかったことに気付くのに時間はかからなかった。
 かなりのハイスピードで疾走するジープに驚いたのか野生のポケモンたちが騒ぎ逃げ出し始めていたからだ。
 保護官であるリサならばまかり間違ってもポケモンを驚かせるような車の運転はしない。
 様子が変だと三人は湖からあがり迫り来るジープから視線を外さずにいると、運転席と助手席に座る良く知った顔が見えた。
 湖の手前、そこで急停止を行ったジープに乗っていた男女も、驚いたようにしながらも楽しそうな笑みを浮かべていた。
「あら、奇遇ね。もうここまで来ると腐れ縁って奴かしら」
「やれやれ、君らも大変だね。ムサシに気に入られてさ、でも運命だと思って諦めてくれ」
 燃えるような赤髪を持つロケット団幹部のムサシ、そして反対に水のような色を持つ髪を持ったコジロウであった。
 挑発的な言葉を発し笑みを浮かべながらも二人の視線は、サトシのそばで警戒の声を放つイーブイに少しだけ視線を向けていた。
 サトシは知らぬことだが、ロケット団の総帥であるサカキが贈ったポケモンである。
 楽しくなってきたと、ジープから飛び降りたムサシがモンスターボールを手に取った。
「あんた達とのバトルはちょっと久しぶりだね。少しは強くなったか見てあげるよ」
「待ってくれ、何が目的なんだ。僕らにはバトルをする理由がない」
 二人の理由が読めずシゲルが待ったをかけたが、想像ぐらいは出来ていた。
「またしらばっくれちゃって。保護区の中でもこの湖にいて知らないとは言わせないよ。ドラゴン使いのワタルしか持っていないと言われるレアもの、ミニリュウ。それが目的さ」
「ごちゃごちゃ五月蝿いわよ。やるの、やらないの。待ったはなし。行きな、アーボ」
「そう言うわけで、悪いね。ちなみに君らを排除したら、湖を干上がらせていぶり出すつもりだから本気出した方が良いよ」
「シゲル、迷ってる場合じゃない。フシギダ」
「ブーイ!」
 ここはバトル経験豊かなフシギダネに任せておきたかったサトシであったが、事前にイーブイを出しておいたことが災いした。
 最初から出てた自分ではないポケモンをサトシが出そうとした為に、自分だって戦えるとばかりにイーブイが前へと躍り出たのだ。
 イーブイはまだバトル未経験であるため、いきなりロケット団の相手と言うのも無茶だがイーブイはすでにやる気である。
「もうルールだとかなんとか言ってられないわ、ゼニガメ。イーブイを守ってあげて」
「ゼニガメガ」
「仕方がない、頼んだぞリザード。君がこのバトルのキーマンだ」
「グァーッ!」
 ゼニガメとリザードは目の前の二人との戦闘経験もあるため、油断なく睨みつけ何時でも跳びかかれ逆に攻撃をかわす準備は出来ていた。
「出て来い、ドガース。ヘドロ攻撃」
「ドガー」
 コジロウが取り出したいつものドガース、そう来るだろうなとすぐさま三人はそれぞれのポケモンにかわせと言う指示を出していた。
 普通の攻撃と違ってヘドロ攻撃は毒の属性がある為に受け止める事は出来ない。
 それに以前にイシツブテの目にヘドロが入り苦しめられた経験もある。
 ヘドロには要注意、だからゼニガメもリザードも必要以上にヘドロから距離を取ったがイーブイにはそれが解らなかったようだ。
 わずかに距離を下げることしかしなかったイーブイの顔に跳ねたヘドロが付着し、イーブイが苦悶の声を挙げた。
「イーブイ!」
「なんてお粗末なバトルだい。アーボ、イーブイを一飲みにしてあげな」
「シャーッ!」
「リザード、火炎放射でアーボを近づけさせるな」
 長い体を一気に跳ねさせイーブイに近付くつもりかと、リザードの火炎放射が一直線に伸びるがアーボの体が跳ぶ軌道が変化した。
 地を這うすれすれを跳んだアーボックは火炎放射をかいくぐりって、ヘドロに苦しむイーブイへとその大きな口を開いた。
 イーブイの体は三十センチぐらいでこのままでは言葉通り一飲みに飲み込まれてしまうことだろう。
 だがイーブイを守ってあげてというルカサの言葉をゼニガメが忘れていなかった。
 指示を待たずにイーブイの前に飛び出したゼニガメが、空に引きこもりながらも体を張ってアーボの顎を止めた。
「良いわよ、ゼニガメ。そのままだと貴方が飲み込まれるわ、高速スピンで牙を削り取ってあげなさい」
「ゼニッ!」
「アーボ、回転仕切る前に投げつけな」
 投げ先まで指示するまでもなく、アーボは咥えたゼニガメをイーブイ目掛けて投げつけた。
 ようやくヘドロを拭い終わったばかりのイーブイに避けられるタイミングではなかったが、鋭い爪を持った手のひらがゼニガメを受け止めていた。
 リザードは二体のポケモンの前に立つと猛り声を空へと向かい放ち、ゼニガメも甲羅から手足を出すとイーブイの前に立ちふさがった。
「育ってきてるじゃないか。だけど坊や、そのイーブイじゃ役不足さ。他のポケモンを、フシギダネを出しな」
「ブイ……」
 ムサシの台詞に激しく落ち込んだイーブイであったが、経験不足だけはどうしようもない。
「イーブイ、今は弱くてもまだこれからがあるんだ。そこで三体のバトルを見てろ。フシギダネ、君に決めた!」
「ダネダ!」
 フシギダネもまたサトシと同じように、イーブイへとそこで見ていろとばかりに鳴いていた。
「それじゃあ、楽しく再開と行こうかい。アーボ、毒針」
「リザード、火炎放射で焼き落とせ」
 アーボが口から放った毒針をリザードの火炎放射が焼き払っていくが、その分勢いが衰えて炎がアーボへと届かない。
 両者の威力は全くの互角と言って差し支えなかった。
 かつて弱々しい火の粉で立ち向かってきたヒトカゲの面影のない力強い姿に、むしろムサシが笑みを深めていた。
「これはちょっとやばいねえ。ドガース、スモッグで三体の体調を崩すんだ」
「ドガー」
「ゼニガメ、水鉄砲。直撃しなくても、薄められるはずよ」
「ゼニーッ!」
 ドガースが体に持った穴からスモッグを放つよりも先に、ゼニガメの水鉄砲が襲い掛かる。
 攻撃の最中に攻撃されながらも鮮やかにかわしたドガースであったが、水鉄砲は少しだけかすっており浮いた体を少しだけ地面に近づけていた。
 後数秒もかからずにスモッグを吐き出すであろうドガースを待っていたのは、沈み込んだ体の直ぐ下で待ち構えていたフシギダネであった。
 呼び動作の一つなく、落ちてくるドガースが射程距離に入るのを待っていた。
「まずい、コジロウかわさせなさい」
「もう遅い。フシギダネ、居合い斬り!」
「フシャーッ!」
 フシギダネが背負う大きなタネの下から伸びたツルが、一瞬にしてドガースを打ち払った。
 深々となぎ払われたツルのムチは、ドガースの体に痛々しい傷跡を残しながら吹き飛ばしていく。
 地面の上へと落ち、二転三転したドガースであったが、さすがロケット団幹部であるコジロウのポケモンと言うべきか。
 深い傷を負いながらも地面から体を放し、再び浮かび上がる。
「いけるか、ドガース」
「ドーガー」
「全く、油断してるんじゃないよ。坊やの居合い斬りは要注意だってわかってたことだろう?」
「悪い、けどさすがにもう三人同時となると、多勢に無勢な気がしないでもないね」
 ドガースが再び起き上がってきた事は驚きであったが、三対二と言うこともあってサトシたちに優勢であった。
 だがこれまで散々ムサシとコジロウに苦渋を舐めさせられてきたサトシたちは、自分たちが優位だと言うことがにわかに信じがたかった。
 このまま追い返す事が出来ればそれに越した事はないのだが、何か嫌な予感のようなものが拭えずにいた。
 そして、それは嬉しくもない事だが正しかった。
 ムサシとコジロウがいるその遥か後方から、二人が現れた時の様に砂煙を上げながら複数のジープが向かってくる。
「ムサシ様、コジロウ様。保護官をひきつけるのが限界です。お急ぎください!」
 数台のジープに乗るのは、真っ黒な服を着たロケット団員たちでありその数は十人を超えている。
 ムサシとコジロウ、二人だけでも強敵であるのにそこへ実力は定かではないが大勢でこられてはとサトシたちが青ざめる。
「一番嫌いな展開になってきたよ。坊や達、決めな。このまま十数人の部下達に一斉攻撃をされるか。それとも大人しく下がるか」
「僕も折角のバトルをこういう形で終えるのは不本意だけど、いるかどうかも解らないミニリュウに義理立てすることはないだろう?」
「ふざけるな。いるかどうかも解らないなら放っておいてやれよ。リサさんたちが戻ってくるまでぐらい、この湖は渡さない」
「サトシの言う通りだ。それにお爺様のコネで立ち入った以上、安易に見捨てましたとは言えない」
「ま、こういう選択になることだろうは長い付き合いでわかってたわ。ロケット団が気に入らないのは私も一緒、最後まで付き合うわ」
 止められたジープから次々に降り立ったロケット団員たちが、サトシたちの存在に気付いて手持ちのポケモンを放ち始める。
 その種類やタイプは個人の好みか統一性もなかったが、十数匹が目の前でそろう光景と言うのはこういう場合でなければ壮観の一言であった。
 だが敵対している以上、なんとしても目の前のポケモンたちを止めるか倒さなければならない。
 フシギダネたちも圧倒的不利を悟りながらも、トレーナーであるサトシたちが戦うと決めた以上退く様な素振りは見せなかった。
 一斉攻撃の合図の為にムサシが右手を上げると、ロケット団員達がポケモンに待ったをかけながら指示を出す。
 身構えたサトシやフシギダネたちに、今一度ムサシが忠告する。
「どうしても退かないんだね、坊や?」
「引かない、俺たちに任せておけばどうにかなる。絶対に!」
 サトシの決意を聞いてムサシがまるで苦渋の決断のように、唇を噛みながらもその右手を振り下ろした。
 ロケット団員達が次々にポケモンたちに指示を出す中で、サトシたちも全力で立ち向かえとばかりに大きな声で指示を出した。
「フシギダネ、葉っぱカッターだ!」
「リザード、火炎放射だ!」
「ゼニガメ、水鉄砲よ!」
 自分たちへと向かってくる毒針、十万ボルト、風起こし、様々なポケモン技へと三つのポケモン技が立ち向かう。
 ぶつかりあい爆発したエネルギーが辺り一帯の空気を震わせるが、たった三体で十体以上ものポケモン技を止められるはずがなかった。
 爆発が生んだ噴煙の中から、相殺仕切れなかったポケモン技が顔を出し、フシギダネたちのみならずサトシたちへも向かってくる。
 悲鳴を上げる暇もなく、サトシたちへとポケモン技が着弾し二度目の爆煙を轟かせる。
 爆煙の中で自分を庇うように両腕を目の前に持ち上げていたサトシであったが、何時まで経っても吹き飛ばされない自分に疑問を持つに時間はかからなかった。
 ゆっくりと目を開けた目の前にあるのは、綺麗としか形容のしようのない色の光であった。
 しりもちをついていたルカサや、サトシと同じように自分を庇っていたシゲルもやがてそれに気付いた。
「これって、もしかして」
「しんぴのまもり。けれど、これを使えるポケモンは僕らは持ってないはず」
 光の正体を言い当てながら、ルカサもシゲルも首を傾げていた。
 そして爆煙が晴れたその時、自分たちを守ってくれた存在に気付く。
 サトシたちの頭上にいたのは、ミニリュウ、そしてそのミニリュウを守るように寄り添うハクリューであった。
 白と青、まるで空とそこに浮かぶ雲のようなコントラストを持つ美しい姿でありながら、その瞳は赤という似合わない色に染まっていた。
「まずい、引き上げるよ。逆鱗にふれたようだ。大人しくさせよりも早く保護官が戻ってくる」
「偶然が招いた結果とは言え、初めての敗北か。おめでとう、君たち。また会おう」
 ムサシとコジロウがジープに飛び乗り、走らせ去った直後、ハクリューの竜の怒りが吐き出されロケット団員たちをなぎ払っていった。
 真っ先に逃げ出したムサシとコジロウのように逃げることに成功したものもいたが、失敗し手持ちのポケモンも一緒になぎ払われ戦意を喪失するものもいた。
 体そのものの大きさはギャラドスやイワークにおよばないものの、竜の名を冠するだけある暴れっぷりであった。
 一通りロケット団員をなぎ払うと落ち着いたのか、ハクリューの瞳の色も赤から黒い瞳へと戻っていった。
 その頃には遠くからこちらへと向かってくる保護官たちのジープの姿が見え始めていた。
「なあ、お前俺たちを助けてくれたのか?」
 目前で行われた大暴れを見ても恐怖心は抱かなかったのか、話しかけるサトシであったがハクリューは一度空へと嘶くとそのまま空の彼方へと消えていった。
 その姿はサトシたちやフシギダネたちだけでなく、イーブイの瞳にもしっかり焼き付けられていた。

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