第三十一話 サイクリングロード
 海から吹き寄せる潮風を切るようにサトシたちは借り物の自転車にまたがり駆け抜けていた。
 余りのスピードに暖かな陽気の中でさえ肌寒さを感じるほどである。
 ただそれもこぎ始めの頃だけであり、直ぐにペダルをこぎ続ける運動から体が温まり肌寒さは消え、上気した体からしっとりと汗が滲み出す。
 もっと風を感じたいとさらにペダルを強くこごうとサドルから腰を上げたサトシへと後ろから声がかかる。
「サトシ、あまりとばすとバテるぞ。それに転んだらどうするんだ!」
「大丈夫だって、めちゃくちゃ気持ちいいじゃん。鳥ポケモンっていつもこんな風を感じてるのかな?」
 完全に舞い上がっている、そう思ったシゲルは小さく溜息をついていた。
 彼らが自転車で走り抜けているのは緩やかな傾斜が続くサイクリングロードと呼ばれる公道であった。
 海岸線を片手に自転車を走らせられる風光明媚な観光スポットであると同時に、タマムシ地方からセキクチ地方へと続く一本道である。
 サトシたち以外にもちらほらポケモントレーナーや観光客が自転車に跨りながら悠々と景色や運動を楽しんでいる。
 ただし、サトシたちほどにスピードを出している者はほとんどいない。
「ちょっと、いい加減に……しなさいよ、サトシ。駄目、もう駄目。疲れた、次の休憩場で休むわよ。もう決定事項!!」
「バウッ!」
 最後尾にいたルカサからやけくそ気味に放たれた言葉に、併走していたガーディが吼えた。
 前方から振り返ったサトシはいかにもこれからがと言った顔であったが、しぶしぶブレーキを握ってスピードを落とす。
 ルカサの機嫌を損ねるのは回避したかったろうし、仲良くなりかけのガーディの機嫌はさらに損ねたくなかったのだろう。
 心を込めたポケモンフーズで心を開き始めたガーディも、まだルカサのモンスターボールに入る気配はない。
 ここ数日でようやくサトシやシゲルからポケモンフーズを与えて食べてくれるようになったばかりである。
「ガーディがルカサの心配をするか、モンスターボールに入ってくれる日も近いって事かな。それじゃあ、次の休憩場でお昼にしようか」
「やった。助かった、もうペースが無茶苦茶なんだもん。ガーディも美味しいポケモンフーズ食べたいよね」
 ルカサの問いかけにガーディは尻尾を振り、まるで人間不信を感じさせない答え方をしていた。
 本当にもう大丈夫だと、ルカサばかりでなくシゲルやサトシも笑みを浮かべていた。
 かなりのハイペースで進んできたサイクリングロードを、スロウペースに落として自転車をこいでいく。
 憂いがなくなり晴々とした胸のうちに潮風を吸い込み、伸びをしたりとリラックスした状態で次の休憩所を目指す。
 時間にして十分と少しで休憩所にたどり着いた。
 サイクリングロードから海側へと円形に少し突き出すように作られたスペースに簡易のベンチと日よけの屋根が設置されていた。
 他に休憩者はおらず、脇に自転車を止めて荷物をベンチの上に置いた。
「ん〜、走ってるのも良いけどこうして海を眺めるのもなかなかだよな」
 自転車に跨りっぱなしだった状態から抜け出した事で、伸びをしながらサトシが言うが、なぜかシゲルとルカサに失笑を買ってしまう。
「なんだよ、なんでそこで笑うんだよ」
「サトシの言う通りなんだけどね、なんか共感してあげたくないのよね。まだ飯だ、飯だって騒いでた方が安心できるわ」
「そんな事言う奴は飯抜きにするぞ。作ってるのは俺なんだからな」
「悪かった、悪かった。機嫌を悪くするなよ、サトシ。みんなを出してご飯にしよう」
 両手をサトシの前に出して抑えたシゲルが率先してモンスターボールからリザードとイシツブテをだしてやる。
 すぐに何時もとは違う塩分を含んだ風に興味を引かれ海と陸を隔てる柵へと駆け寄り、すぐに怖そうに後ろ足を引いていた。
 水に弱い炎タイプと石タイプだからして仕方のないことだが、最後にシゲルが取り出したコイキングは直接海に飛び込み嬉しそうに水を跳ね上げていた。
「ゼニガメ、バタフリー出てらっしゃい。イワークは……どうしようかしら」
「いいかげん出してやれよ。ガーディの事もあったし、良い機会だと思うぞ。お前達も出て来い、飯にしようぜ」
 続いてサトシも手持ちのポケモンを全てモンスターボールから飛び立たせた。
 これまでご飯時になってもサトシたちはポケモンを取り出すような事はなかった。
 何故ならモンスターボールの中で休眠状態でいる限り、ポケモンたちは殆ど食事を取る必要がなかったからだ。
 だがしかし、先日ポケモンフーズの作り方を覚えてからはその考えが変わり、コミュニケーションの為にも一緒にご飯をとなったのだ。
「それじゃあ、今日も特性のポケモンフーズと俺の弁当で」
 ポケモンたちの歓声の中で作り貯めしておいたポケモンフーズを取り出そうとした所で、何か普通ではない音が遠くかが響いてくる事に皆が気付いた。
 穏やかな天候と海から吹き寄せる波音と潮風に似合わない、まるで雷鳴の様な音である。
 自分達がやってきたタマムシ地方側からだと、眺めているとそれは現れた。
 最初は黒い何かとしかわからなかったが、何台もの黒塗りのバイクにGパンと革ジャンに身を包み刺々しい装飾を纏った男達であった。
 雷鳴に似た音も改造バイクから放たれた騒音であり、彼らが通り過ぎていく爆音を目と耳を塞いでまるで突発的な嵐のようにやり過ごすしかなかった。
 少しずつ音は小さくなっていったが、ある程度にまで落ち着くと何時まで経っても消えてはくれなかった。
 何時まで続くんだとうっすら目を開けるとそれも当たり前の事で、数台のバイクが目の前に止まっていた。
「おい、お前らポケモントレーナーか?」
 多種多様なポケモンがいて、そうでないはずがない。
 それよりも早く小うるさいバイクで立ち去ってくれと、煩わしそうにサトシが答えた。
「そうだけど、なんだよ」
「どいつも結構鍛えられてそうじゃねえか」
 一応は褒められたようだが、やはり爆音をがなりたてるバイクで現れた相手に好印象は抱けなかった。
 バイクを降りて近付いてくる男達を前に、気の弱いゼニガメなどはルカサの後ろに隠れてしまっている。
 警戒心まるだしのサトシたちを前に、男達もそんな態度はなれているのか全く気にした様子はなかった。
 そこでふと違和感に気付いたのはシゲルであった。
 相変わらずバイクの爆音は消え去っていないのだが、つい先ほどまで海の中でバタついていたコイキングの跳ねる音が聞こえなくなっていたのだ。
 雷鳴と間違えて海にもぐってしまったのかと柵に近付き海を覗き込むと、不自然なほど大人しく海の上に顔を突き出し浮かんでいた。
 慌てる事も跳ねる事もせず、ただジッとシゲルたちのいる場所を見上げていた。
「おい、見ろよ。コイキングがいるぜ。あんなポケモン連れてどうしようって言うんだよ。ポケモンたちが鍛えられてるように見えたけど、俺の目も狂っちまったか」
「違いねえ。コイキングだもんな」
「あれ、あのコイキングどっかで……」
 次々と男達が海を覗き込みコイキングを笑う中、一人が何事かを呟いた。
 そのときである、シゲルはコイキングの眼差しが見たこともない色合いを見せたのに気付いた。
 憎々しげな、怒りをたたえた瞳がコイキングの体から進化の光を放たせ始めた。
「ちょっと、ちょっと。バトルしてすらいないのにどうして?!」
 ルカサの悲鳴も最もだが、進化を始めたコイキングは止まらない。
 光に包まれた体が急成長を起こし、太く長く伸びていく。
 小さかった顎は大岩でさえ一飲みにし、噛み砕けるほど大きく発達し、体の色も赤から青へと変化していく。
 つい先ほどのバイクの爆音が可愛く思えるほどの鋭い咆哮が天を突き、怒りに目の色を変えるギャラドスがサトシたちの目の前に現れた。
「お、おい大丈夫なのかよ。お前らコイツのトレーナーなんだろ?」
 男の一人が及び腰になるのも無理はなく、ギャラドスは間違いなく危険なポケモンのトップスリーに入る気性の荒さが有名である。
「やっぱりコイツ、逃げるぞお前ら!」
 男達がバイクまで駆け寄りエンジンを掛けて逃げ出すと、逃がすまいとギャラドスが海から飛び出し空を泳ぎ始めた。
 爆音を上げながら逃げ始めたバイクを、それ以上の咆哮を上げながらギャラドスが追いかけるだけであるはずがない。
 人ぐらい簡単に丸呑みできる口が開き、その喉の奥に灯るのは灯火。
 熱く赤く燃え盛るそれが逃げ出した男達へと向けて放たれた。
 バイクに直撃し爆発炎上する事はなかったが、男達をバイクから投げ出しその足を止めさせるには十分すぎる威力であった。
「お、お前やっぱり俺が捨てたコイキングだろ。ハナダシティで、ほらご主人様だぞ」
 男の懇願はむしろギャラドスの怒りを増長させるものでしかなかった。
 更なる怒りを込めた咆哮が空へと上り、空の色が瞬く間に変化していく。
「まずいあまごいでさらにパワーアップするつもりだ。君の気持ちは解らないでもないけれど、サトシ!」
「解ってるって。アイツはもう俺らの友達なんだ。絶対に止めてみせる、ポッポ君に決めた!」
 やや離れた場所にいたサトシたちにも男の声は聞こえていたが、怒りよりも先にギャラドスにこれ以上暴れて欲しくはない気持ちの方が大きかった。
 辛い過去に怒りを向けるよりも、仲間達と共に旅をする明るい未来に目を向けて欲しい。
 特に現マスターであるシゲルの気持ちは誰よりも大きかった。
「ポッポ、空を飛べるのは君だけだ。僕が落ち着けさせるまで、ギャラドスの気を引いてくれ」
「ってわけだ、ポッポ電光石火!」
「ポーッ!」
 すぐさまポッポの後を追い、ギャラドスの元まで行こうと自転車に跨るサトシたちであったが、その前に立ちふさがるものがいた。
 まだ子犬でありながらも、強い眼差しと激しい気性に取り付かれたガーディである。
 少しずつ、少しずつルカサを始めサトシやシゲルにも慣れてきたはずなのに、ギャラドスの怒りを前にトレーナーへの怒りがぶり返していた。
「バウッ!」
「こんな時に……ルカサ、ガーディを」
「ガーディお願い道をあけて。貴方が同じく以前に傷ついたギャラドスの気持ちを理解してるのは解ってる。けれど、今さら復讐したって、ギャラドスはもうシゲルのポケモンなのよ。愛情をもって育ててくれたシゲルを無視してまで酷い記憶しかない前のご主人様に拘らなきゃいけないの?」
「グゥ……」
 迷いを含んだガーディの苦しげな唸り声が耳に届く。
「貴方だってそうよ、辛い過去に縛られてもその先には苦しみしかない。私たちは絶対に貴方達を裏切らない!」
「あ、ポッポ!」
 サトシの叫びは、ここから離れた空で戦うポッポが体勢を崩したまま落ちていく様子を見て叫んだものであった。
 もともと巨大な体格を誇るギャラドスに対し、ポッポはまだ一度も進化をしていないのである。
 地力が違う今、ポッポが一番必要としているのはサトシの指示であった。
 サトシの悲鳴にも似た叫びが通じたのか、ゆっくりとだがガーディが道をあけた。
「サンキュー、ガーディ。絶対にギャラドスは止めてやるからな。俺たちにまかせとけ、絶対どうにかなる。ポッポ、高速移動だ。大きなギャラドスをかく乱してやれ!」
 ガーディにお礼を言いつつペダルを思い切り漕いだサトシは、ハンドルから片手を放し口に添えて叫んだ。
「ポ、ポーッ!!」
 サトシの声に反応したポッポが、息を吹き返すと同時にその体から眩い光を発し始めた。
 間近にいたギャラドスが怯むほどの光の中から飛び出したポッポの姿は、もうすでに小鳥ではなかった。
 圧倒的なパワーと体格を誇るギャラドスに対して浮かんだ劣等感がそうさせたのか、ポッポが見事にピジョンへと進化を果たしていた。
 ギャラドスに比べればまだ小さいものの一端の成鳥の姿で空を駆ける。
 その速さもまた小鳥であった頃とは比べ物にならない。
「いいぞ、ポッポ!」
「いい加減、手持ちのポケモンの進化系ぐらい覚えなさい。あのギャラドスの体格に対抗できるのは私のイワークしかいないわよね。お願い、イワーク私たちを助けて!」
 ルカサが放り投げたモンスターボールから、ゲット後始めて外へ出ることとなるイワークが飛び出した。
 ただしまだルカサと情を交し合っていない為、いまいちやる気と言うものがかけていた。
 だが体格が体格なだけにピジョンに翻弄されていたギャラドスの前に、立ちふさがる形となってしまう。
 ギャラドスはイワークがピジョンよりも脅威に感じたのか、ピジョンをほぼ無視してまでその体を向きなおさせる。
 雨乞いもそこそこに吼え猛るギャラドスが、イワークへとあばれまわり体をぶちかました。
 地面を削りながら後ずさったイワークであったが、やる気のなかった瞳に闘志を燃やしぶちかまし返す。
 始まったのはポケモンバトルではなく、ほとんど怪獣大決戦であった。
 人間が小人に見えるぐらいのサイズの体でぶつかり合い、互いの口からはまったく同じ威力の竜の怒りがほとばしる。
 ぶつかり合った怒りが相乗効果を持って膨れ上がり雨乞いによって呼び出した雨雲を吹き飛ばしていく。
 これでギャラドスを止められると安心したのも束の間、今度はサイクリングロードの純粋な破壊が始まり、むしろ被害が拡大していた。
「わー、まずいまずい、イワーク止まって、もうちょっと穏便に!」
「ピジョン戻れ、進化したんだからもう十分だ。巻き込まれたらやばいぞ!」
 ルカサが大量の破壊音を前に叫んでも無意味であり、サトシは巻き込まれる前にと進化したばかりのピジョンを口惜しそうにモンスターボールに戻す。
 怪獣大決戦を前に右往左往するしかなかったルカサとサトシとは違い、シゲルはいまだペダルを漕ぎ続けていた。
 今は目の前の怪獣大決戦を見てみぬ振りをして、標的からそれたとなぎ倒されたバイクを起こそうとしている男達の中に飛び込んでいく。
 そして決して忘れぬと誓った、元コイキングを捨てた相手の前にスリップ気味に自転車を止める。
「た、助かった。お前らあいつのことひきつけておいてくれ。俺らはその間に」
「何処へでも消えてくれ、もう二度と僕らの前に現れるな!」
 一方的に押し付けて逃げようとした相手の頬へと、思い切り拳を付きいれなぎ倒す。
 心底腹を立てて人を殴ったのは初めてで拳が痛んだが、ギャラドスの気持ちを考えればたいした痛みではなかった。
「ポケモンをどういった方針で育てるかはトレーナーの自由だ。だがどんな自由の前でも、ポケモンを捨てることだけは絶対のタブー。君はトレーナー失格だ!」
 まだ言い足りない、殴り足りないと思いながらもシゲルはくだらないトレーナーよりもギャラドスの事を思った。
 一度は降りた自転車へとまた跨り、二大怪獣の決戦の地へと自転車を漕いでいく。
「おい、馬鹿。シゲル、危ないぞ」
「踏み潰されでもしたらぺしゃんこよ!」
「今の僕に怖いものなんか何一つない。僕はギャラドスを止める。ギャラドスは、捨てられたポケモンでも、復讐に我を忘れたポケモンでもない。僕の、ポケモンだ!」
 祖父であるオーキドを馬鹿にされた時以上に、シゲルは切れていた。
 大気を震わせ、大地を引き裂き、破壊と言う破壊を行う二体のポケモンへと向けて自転車を爆走させる。
 そのシゲルが止まったのは、地割れし盛り上がった地面に自転車のタイヤをとられた時であった。
 自転車だけがその場に留まり、前へと進もうとしていたエネルギーが全てシゲルへと移り投げ出される。
 一回転し、地面に激しく背中を打ちつけても痛みの声を挙げるより先に立ち上がり、叫ぶ。
「ギャラドス!」
 シゲルの渾身の叫びも、今のギャラドスには届かない。
 それでもシゲルは叫ぶことをやめない。
「君の怒りは最もだ。モンスターボールの中に収められたまま、何も知らず、捨てられる。けれど忘れないでくれ、だからこそ僕らは出会えた」
 ギャラドスの体当たりがついにイワークを吹き飛ばし、止めのハイドロポンプが襲い掛かる。
 弱点である水を盛大にかけられたイワークは目を回して沈黙し力尽きた。
 立ちふさがるものは全て消え、再びギャラドスの怒りに燃える真っ赤な瞳が、バイクに乗り逃げ出していた男達へと向かう。
 その目の前にシゲルは飛び出し、両手を広げ僕が見えないのかと立ちふさがり叫び続ける。
「僕にも不満があるなら、その怒りの炎で僕を吹き飛ばせ。そうすれば君はもう自由だ。人に、トレーナーに縛られず目の前の大海に身を委ね、自由に生きれば良い!」
「なに言ってんだよ、シゲル。頭がどうにかなっちまったのか?!」
「そうよ、今のギャラドスは復讐しか頭にないのよ」
「そんなことはない。僕とギャラドスの、コイキングのこれまではそんな薄いものじゃない。僕はギャラドスを信じてる。何故なら、僕がコイキングに向けた愛情は、嘘じゃないからだ。君はきっと知っている。僕がどれほど君を好きだったか!」
 意地になっているかのように見えるシゲルへと向けて、ギャラドスの口が開き炎が灯り始める。
 その怒りをシゲルは癒すことができなかったのか。
 始めは小さかった炎が口の中に納まりきらず、口の直前にて大きな火球となって大きくなっていく。
 ギャラドスは本気でシゲルを吹き飛ばすつもりなのか。
 ついに溜まりに溜まった竜の怒りがギャラドスの口より放たれた。
 地面をその上に咲き誇る草花を消し飛ばし、親愛を踏みにじられた怒りを込めたギャラドスの怒りがシゲルへと向かう。
 悲鳴を上げたのはルカサ、逃げろと叫んだのはサトシ。
 そしてシゲルは、ただギャラドスとギャラドスへと向けた自分の愛情を信じて両腕を広げたまま動かなかった。
 怒りの炎は着弾し、地面を穿ちながら空へと上り黒煙を上げる。
 シゲルがいた場所の、はるか後方にて。
「ギャラドス……」
 爆煙の熱を背中で感じながらも、シゲルはただ一言呟いた。
「ありがとう」
 緊張の糸が切れたのか、最後の力を振り絞りギャラドスへと向けたシゲルが倒れ込む。
 例え口では信じていると言ったとしても、ものには限度と言うものが存在したのだろう。
 気力を振り絞り倒れたシゲルへと怒りを納め、瞳の色を黒と白に戻したギャラドスが大きな下を伸ばしシゲルを舐める。
 サトシは無事に終わったかとその場に腰を落とし、ルカサは気絶したイワークをモンスターボールに戻しながら、近日中に仲直りすることを心に誓う。
 そしてもう一匹、真に仲直りを果たさなければならないポケモンがルカサの前に現れる。
「ガーディ、言葉は守ったわよ。私たちはギャラドスを裏切らなかったし、ちゃんと止めたわ」
「バウッ!」
 今までとは少し違うガーディの声がルカサへと向けられる。
 察したと言うよりも、そうなんだろうと理解したルカサがモンスターボールを放り投げると素直に飛びついたガーディが頭をぶつけ、吸い込まれる。
 抵抗もなく、ガーディが自分から望んでルカサのポケモンとなることを選んだ。
「こういうの、なんて言うんだっけか。終わりよければ全て良し?」
「違うわよ、雨降って地固まる。思いもよらないことが、良い風に作用すること。ギャラドスもガーディも本当の意味で吹っ切れたのよ」
 サトシもルカサも、シゲルに倣って大の字になって地面に寝転がった。
 サイクリングロードは荒れ放題だが、海風が爽やかに二人を、シゲルを含めた三人を覆いつくす。
 その一番の功労者はギャラドスに守られながらも、満ち足りた顔のままサイクリングロード上で寝転んでいた。

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