第三十話 自作、ポケモンフーズ
 タマムシシティを離れ、次の街を目指すサトシたち。
 基本的に徒歩での移動の為、育ち盛りの三人の空腹は太陽が真上に繰るよりも早く訪れる。
 すると料理担当のサトシがその腕を振るうのだが、昨日から腕を振るう相手が増えていた。
 三人の旅路を、正確にはルカサの後を離れた場所からついて来るガーディである。
 サトシがご飯の準備をしている今現在も、少し離れた草むらの上で寝そべり体を休めていた。
「でもなぁ、食べてくれない事にはやる気が失せるんだけどさ」
「だからって、ここで何も与えないで再び不信感を与えるわけには行かないだろ」
 サトシが不満気な言葉を吐くのにも理由があり、ご飯を与えてみてもガーディは決して口をつけようとしないのだ。
 少しは心を開いてくれているルカサから与えても、結果は同じであった。
 かと言ってシゲルの言うように何も与えないわけにも行かず、サトシが涙をのんで手をつけられなかったご飯を破棄していた。
 一応サトシも与えるご飯に工夫を凝らして、味や匂いを変えてみたりするのだが今のところ効果は出ていない。
「ルカサ、また頼む。コレ、アイツにあげてきて」
「ごめんね、もう少し心を開いてくれれば食べてくれると思うから。それまでなんとかお願い」
 お皿に持った干し肉と白米、それを持ってルカサが寝そべっているガーディへと駆け寄っていく。
 すると足音で気付いたのか、寝そべっていたガーディは首を僅かに上げ右目でルカサの姿を確認する。
 そして興味を失ったかのように、再び寝入るようにうつぶせになってしまう。
「気が向いたらで良いから、食べてね」
 声をかけても反応はないが、目と鼻の先にお皿を置いてルカサは戻っていく。
 その後姿を再び顔を上げたガーディはルカサへと視線を送り、また直ぐに目を閉じた。
「興味がないわけじゃなさそうだよな。やっぱルカサにゲットされたいのか?」
「だと良いんだが。どちらにせよ、そろそろ本当に何かを食べさせないとガーディの体が持たないぞ」
「んなこと言ったって、俺はポケモンのご飯なんて作ったことないからな」
「タマムシデパートでポケモンフーズを買っておくべきだったか」
 こんな事になるとは思いもよらず、後悔しても遅いのだがシゲルは呟かずにはいられなかった。
 なんとかガーディに食事を取らせる方法はないものか。
 食事を口に運びながら三人で頭を抱えていると、天気が変わったのか風が強くなり始めた。
 土ぼこりが食事にかかってはと一斉に風に向かい背を向けていると、その風にほのかな甘みが含まれている様な気がした。
 サトシたちは互いに見合って同じ甘みを感じた事を確認しあう。
 気のせいではない、風が吹いてくる方角からと思っていると、先ほどまでへばっていたガーディが歩き出したのが見えた。
「ガーディ?」
 ルカサの呼びかけに一度振り返るも、ガーディはのろのろとした歩みでやがて最後の力を振り絞るような感じで走り出した。
「って、何処行くんだよ!」
「わからないが、追いかけよう。今さら放ってもおけないだろ」
「サトシ、片付けはまかせたわ!」
「あ、こらルカサ!」
 まず最初にルカサが、そして次いでシゲルが途中だった食事をサトシに押し付け走り出した。
 元々弱っていたガーディの足は元気な時の素早さには遠く及ばないが、それでも十分に速かった。
 お昼ご飯を食べてからゆっくりと歩こうと思っていたはずの街道を全力で駆け抜け、やがて見えてきたのは街道沿いに作られた果樹園であった。
 見渡す限りと言うわけではなく、軽く首を振るだけで全貌が瞳におさめられる果樹園へとガーディが飛び込んだ。
 目当てはその果樹園に成っている木の実らしいが、勝手に採って食べて良いはずがない。
「ガーディ、ストップ。駄目だって、食べてくれるのは嬉しいけれどここは駄目!」
「ここは一先ず力ずくでも」
「こらー、わしの果樹園になにしとるか。悪がきどもがッ!!」
 急いでガーディを果樹園から遠ざけようとした二人であったが、首を竦めるほどに大きな怒鳴り声が響き渡る方が速かった。





 果樹園の持ち主であるテツという名の老人から幾つかの実を恵まれたガーディは、それらを平らげ今は果樹園の木陰で寝そべり瞳を閉じていた。
 久方ぶりに満たされたお腹で眠気に襲われたのだろう。
 平気で人に唸り声をあげる気性の荒さは何処へやら、遠くからでも気持ち良さそうな寝息が聞こえそうであった。
 そんなガーディの様子を、果樹園の裏手にあるテツの家の窓から覗いていたのはルカサである。
「良く寝てるわね。大人しくしてれば結構可愛いのに……」
 何処かほっとした様子でルカサが呟いている後方では、果樹園の主であるテツに出されたお茶をサトシとシゲルがすすりながら事情を説明していた。
 ガーディとの出会いから、手持ちのポケモンではないのにガーディが着いてきたことまでである。
「そうか、人間不信に陥っておったポケモンか。それはなかなか手がかかることじゃろうて」
「そうなんですよ。ふらふらのくせに俺の飯は見てみぬふりだし……」
「でもテツさんの果物は食べた。そこに何かヒントが隠されているとは思うのだけれど」
 サトシとシゲルがそれぞれ違う理由で腕を組み考え込む中、アゴヒゲを触りながらテツが呟いた。
「ワシはポケモンに関してはとんと知識がないがの。普通に考えて、体調が悪い時に普通の飯を出されても食べる気はせんぞ。それにお前さんらは人間で、あのガーディはポケモンじゃろ?」
 一番最初にあっと何かに気づいた声を挙げたのは、シゲルであった。
 次いで窓からガーディを眺めていたルカサが、最後までわからずに首を傾げていたのはサトシであった。
「大事な事を忘れていた。人間とポケモンじゃ味覚が違うはずだ。僕らが普段食べてるご飯を出されて直ぐに食べるとは限らないじゃないか」
「病人には病人食。食べやすくて消化の良いものよ。さらにはポケモンフーズ」
「ああ、そう言うことか。で、タマムシシティまで戻るのか?」
 ようやく理解が追いついたサトシが呟いた一言は、なかなかに強烈なものであった。
 今から引き返そうにも一日以上は歩かなければならず、その間またガーディに無理をさせなければならない。
 しかもシゲルやルカサの知る限り、普通のデパートにはポケモンフーズはあれど、病ポケモン用のポケモンフーズがあるなど聞いたこともない。
 それならいっそポケモンセンターへと思うところだが、ガーディは現在人間不信中。
 タマムシシティにまで戻るメリットが何処まであるのかは見えてこない。
「それなら、自分達で作っちゃう?」
「一度も作ったことがないのに? 手順もレシピもないんだぞ」
「そう、問題はそこなのよね」
 シゲルに指摘されるまでもなく、発言したルカサ自身わかっていたらしい。
 ならばと望みを掛けて二人が視線をよこしたのは、旅に必要な知識のみを詰め込まれたサトシであった。
「俺もさすがにポケモンフーズまでは母さんに仕込まれてないぜ。それってポケモン関係だし」
 早々に道が断たれたかに見えたが、意外な所から道が示された。
「そのレシピとやらは、これでいいかの?」
 何時の間にやら席を立っていたテツが、一冊のノートを手に戻り、ページを開いて見せてきた。
 何度も何度も読み込まれた本のように擦り切れた感のあるそのノートには、文字と絵柄がびっしりと書き込まれていた。
 ポケモンフーズを作成する手順から、使用する実の事細かな量や食べさせるポケモンの種類にまで及んでいる。
 三人で一斉に覗き込んだ後、内容を確認して直ぐにテツを見上げた。
「それは死んだ婆さんのノートでな。元々あの果樹園も婆さんのポケモンフーズを作る趣味が高じて作らされたものなんじゃ。もっとも今じゃ果樹園を育てるのは、ワシ自身の趣味でもあるがの」
「テツさん、このノートを貸してください。それとぶっしつけなお願いなのは」
「わかっとる、わかっとる。果樹園の果物と調理場を借りたいと言うんじゃろ。婆さんの残したノートが、必要としている人間に出会えたのも何かの縁じゃ。好きに使うと良い」
 ルカサが最後までお願いせずとも、テツは快く果樹園の果物と調理場の使用を認めてくれた。
 すぐさまお礼と共にルカサが頭を下げると、シゲルとサトシも頭を下げた。
 そしてすぐにノートを開いて、目的のポケモンフーズがないかを探してページをめくる。
 恐らくは本人が書きとめのつもりで使用していたノートなのだろうが、余りにも濃い記述内容に目次でもなければ中々目的の記述にたどり着けない。
 やがてたどり着いたのは、炎タイプのポケモンに対するポケモンフーズの記述であった。
「結構意外な事が書いてあるわ。炎タイプのポケモンのポケモンフーズには、火傷治しに使われるチーゴの実を混ぜると良いって」
「それじゃあ、必要な木の実は僕がテツさんの果樹園から採ってこよう。サトシは調理担当で、必要な器具をキッチンに出しておいてくれ。その間にルカサはレシピを頭に詰め込むこと」
「まあ、ポケモンフーズって言っても料理には違いないよな。わかったぜ」
「詰め込んどくわ。でもこのノート本当に凄い。趣味の域を完全に超えてる、ポケモン用の病院食だって十分に作っていけそう」
「木の実の採取はワシも手伝うとしようかの。なんだか、婆さんが生きていた時のようでワクワクするの」
 シゲルの提案により、キッチンと果樹園で二手に別れて行動することになった。
 キッチンに移動してもルカサはテーブルにノートを開いて睨めっこをしっぱなしであったが、調理器具を用意しなければならないサトシはじっとしていられない。
 まずはどんな器具が必要であるかわからず、わかってもその器具がキッチンの何処にあるかがわからない。
 それでも調理しなれた人間であるだけに、無駄な行動はせずにすぐにルカサに尋ねた。
「ルカサ、漠然と出もいいからこんな道具がいるとか言ってみてくれよ」
「今いい所なのに……漠然とで良いなら、まずは木の実を砕いてすりつぶす道具でしょ。それから小麦粉とかと一緒にこねるから、大きな板とか」
「最初に包丁を入れて、それからすりこぎで潰せばよいか。お婆さんが趣味でやってたなら、大きなまな板もあるだろうし」
 他の人が使い慣れたキッチンを荒らすような罪悪感に苛まれながらもサトシは目的の道具を次々と探し当てた。
 ついでに勝手な想像から必要そうな道具を考え探し出し、キッチンにあるテーブルへと置いていく。
 後は木の実以外に必要な調味料他を取り揃えている間に、木の実を採取してきたシゲルとテツが戻ってくる。
「良く熟れた木の実がたくさん採れたよ」
「当たり前だ。あの果樹園は誰が育てたとおもっとる。婆さんは木の実の出来を良く褒めてくれたもんじゃ」
「こっちも器具や他もろもろの準備はオッケーだぜ。ルカサの方は?」
 サトシが尋ねると、ずっと開いて読んでいたノートをルカサが閉じて立ち上がった。
「すっかり頭に叩き込んだわ。それじゃあ、ガーディの為のポケモンフーズ病院食編行くわよ!」
「「「おー!!」」」
 テツまでも一緒に元気良く手を振り上げ、初めてのポケモンフーズ作成が始まった。
「まずは一番時間のかかる木の実を潰すことからね。まずはチーゴの実から、次に苦味と渋みを取るためにモモンの実。栄養価を高める為に、オボンの実ね」
「いきなり潰すのは難しいから、まずは俺が包丁で小さくするから。シゲルとテツさんはこれで次々に潰してくれ」
 目の前に置かれた木の実を順に手に取ると、まずサトシが慣れた手つきで包丁を手に取り木の実に包丁を入れた。
 縦に真っ二つに割り、中心部に鎮座していた種をスプーンで抉り出し、再び包丁を入れた四等分、八等分、さらに小さくしていく。
 サトシの手により細かくされた木の実は、すり鉢の中へと放り込まれていく。
 三種の木の実が色とりどりな果肉部を果汁できらめかせていた。
「じゃあ、僕がすりこ木で潰すので、テツさんはすり鉢を支えてもらえますか?」
「それはかまわんが、婆さんの手伝いをしておったワシは知っておるが、かなり力を使うぞ?」
「木の実を潰すぐらい大丈夫です。じゃあ、行きますよ」
 小さくなった木の実の中にすりこ木を何度も突っ込み、最初は磨り潰すのではなく少しずつ押しつぶしていく。
「じゃあシゲルとテツさんが磨り潰している間に、サトシはポケモンフーズの基になるタネを作りましょう。なんか小麦粉とか色々混ぜて……」
「色々じゃないだろ。とりあえず覚えてる材料全部言ってくれよ」
 小麦粉を水でこね、そこにルカサから言われた材料を加えてさらにこねていく。
 コレまでの経験からパンと焼き菓子の中間辺りかと見当をつけながらこねていると、木の実を潰していたはずのシゲルが両腕を上げながら踊り出した。
「痛ッ、イタタタタ。すみませんテツさん、交代してもらえますか?」
「まさかコレほど早くギブアップするとは。だから言ったじゃろうに、力が要ると。果肉部分だけでなく、皮も一緒に潰さねば成らんからの。どれ、すり鉢を抑えてなさい」
 ものの数分で磨り潰し役と、すり鉢の抑え役を交代してしまう。
 すりこ木ですった両手の痛みに顔をしかめながらシゲルがすり鉢を抑えると、テツが両腕の筋肉を膨れ上がらせながらすりこ木を回し始めた。
 その度にゴリゴリと低重音が伝わり、力強さが目ではなく耳から伝わってきた。
「これぐらい出来なければ、とても婆さんにキッチンへの立ち入りを許してもらえなんだからな。さあ、一気に潰してしまうぞ。あまり時間をかけては、木の実の味や色が変わってしまうからな」
 テツが力を入れる分、すり鉢を抑えるシゲルは同じように力を入れて押さえなければならず体力の消耗具合は似たようなものであった。
 木の実が徐々に磨り潰されていく中、サトシが作り上げるポケモンフーズのタネも順調に出来上がってきていた。
 こねていた状態から時にはまな板に叩きつけたりと、こちらは殆どパンを作成する時の要領である。
 両者が順調に出来上がりつつある中で、頃合を見たのかテツがすり鉢の中をすりこ木で手探りルカサを見た。
「こっちはそろそろ大丈夫じゃぞ」
「じゃあ、タネに混ぜましょうか。サトシ、丸く伸ばして」
「わかってるって、ここは殆ど俺の領域だぜ。木の実の方も、一度にたくさん混ぜるんじゃなくて、少しずつ満遍なく混ざるようにだろ?」
「はいはい、その通りよ。それじゃあ、その辺りはサトシに一任しましょうか」
 すり鉢を渡すと、丸く伸ばし中心部をへこませたタネへとサトシは果汁と果肉を流し込んだ。
 あふれ出ないように注意しながら、果汁と果肉を包み込むようにタネを折りたたみ一気に押しつぶす。
 多少果汁が零れることもあったが、恐る恐ると言う感じではなく一気に躊躇なくサトシは練りこんでいた。
 三種の木の実の色が混ざり出来上がったオレンジ色がタネの中に薄く広がっていった。
 まだ一度目と言うことで白とオレンジのまだら模様となってしまうが、二度、三度と練りこむにつれ色が安定し出した。
 全体的に木の実の色がいきわたり、果汁がしみこんだ所で今度はそのタネをガーディの口に合う一口大に千切り丸めていく。
「あとは小さくして形を整えたら焼くだけよ。ラストスパート、頑張るわよ!」
 ルカサの言う通り、本当にあとは形を整え焼くだけなので四人での作業となった。
 オーブン様の鉄板の上にシートを敷いて丸めたタネを配置していく。
 四人それぞれで丸めた大きさにバラツキが見られたが、多少の事はと作業を推し進めて、鉄板をオーブンへと放り込み焼きに入る。
 コレで終わったと四人中三人は肩から力を落としてしまったが、調理慣れしていると言うべきか、サトシだけは使用した器具の洗浄と片付けに奔走していた。
「だらけるのは良いけど、誰か一人ぐらいオーブン見ててくれよ。ここまで来て焦げて失敗しましたは嫌だぜ」
「私がちゃんと見てるわよ。今後の為にも、こういうのは作れた方が良いから」
「調理系になると、ポケモンバトルと同じぐらい張り切るなサトシは。ルカサ、オーブン見ている間にそのノートを見せてくれる? 僕も中身は気になってたから」
「ふむ、君らはどうやら単純にポケモントレーナーを目指しているわけではなさそうだな。今すぐに焼きあがるというわけではないからの、お茶でも飲みながらそのところ聞かせてもらえるかの」
 オーブンの中で熱を受け色合いと硬さを変えていくポケモンフーズを気にしつつ、ルカサとシゲルはコレまでの旅や自分の夢をテツへと語り始めた。
 途中からは片づけを終えたサトシも加わり、楽しそうに何度も相槌を打つテツへと語りかけた。
 ポケモンフーズが焼きあがるまでの一時間と少しの間で、テツが三人を見る目は、突然現れたポケモントレーナーではなく、もっと親しみの篭ったものへと変わっていた。





 そろそろ夕方へと指しかかろうと言う時間帯になっても、ガーディはお昼に寝転がった果樹園の木の根元にいた。
 サトシたちが離れた場所から見守る中、ルカサは焼きあがったばかりのポケモンフーズをお皿に盛ってガーディへと近付いていった。
 僅かなそよ風に乗った匂いで気付いたのか、鼻をひくつかせたガーディが顔を上げてルカサを見た。
 相手がルカサだと気付いて逃げる素振りは見せないが、瞳はしっかりとルカサを捕らえて離さなかった。
「ガーディ、今まで気付いてあげられなくてごめんね。これ、貴方のために作ってみたの。良かったら、食べてもらえる?」
 目の前にしゃがみ込み、お皿を差し出してもガーディはやはり警戒が最初に出ていた。
 おいしそうな匂いは感じているようで何度も鼻をひくつかせているが、口をつけようとはしない。
 お皿とルカサを何度も見比べ、時に後ろに控えていたサトシやシゲル、テツへと視線をよこす。
「一口で良いの。一口で良いから食べてくれない? 余り言うのも押し付けになっちゃうけれど、それでも食べてくれた方が貴方のためにもなるの。それで無理やりついてこいとか、モンスターボールに入れとか言わないから」
 何時も食べてもらえずサトシが凹んでいたが、今回はサトシだけでなくお婆さんの思い出を込めたテツ、シゲルや自分だって思いを込めた。
 どうにか食べて欲しいとお願いすると、ガーディがゆっくりと立ち上がり、お皿へと口を伸ばした。
 一粒前歯で拾い上げ、舌へと持ち運び数回の咀嚼のあと飲み込んだ。
 栄養価は十二分に配慮されてはいたが、味はどうだったのか。
 結果は、すぐに二口目を口に運びこちらを警戒もせず食べ始めたガーディの様子が語ってくれていた。
「ありがとう、ガーディ」
「ガウッ」
 吼えて答えてくれたガーディの頭をルカサが撫で付けやる。
 次いでサトシとシゲルが近付こうとしたが、その足は直ぐに止めなければならなかった。
 吼えるという行為こそしなかったが、ガーディが食べることを中止して二人へと視線を向けたからだ。
「このまま勢いで懐いてくれると思ったけれど、難しいもんだな」
「吼えられなかっただけでも今はよしとするしかないだろ」
「ごめんね、二人とも。少しずつ、慣れていってくれると思うから」
 直ぐには上手く行かないかと残念そうに呟いたサトシとシゲルへと、振り返りルカサは両手を合わせて謝った。
 そのルカサの頬っぺたをざらついた何かが滑っていった。
「ひゃ、ってガーディ?」
 ルカサの頬を撫でたのは、ポケモンフーズを全て平らげたガーディの舌であった。
 自然とルカサの瞳から涙が雫となって零れ落ちていた。
 止めようと拭っても次から次へとあふれ出し、わけもわからずガーディの首筋に抱きつき鳴き声をあげた。
 怪我を治療した時とは違う、うれし涙であった。
「直ぐに気持ちは伝わらずとも、少しずつなら伝えられると言うことじゃな」
「出来たらテツさんの奥さんに会ってみたかったな。こんなノートを残すぐらいだから、凄い人だったんだろうな」
「テツさん、このノートありがとうございました。とても役にたちました」
 シゲルがノートを返そうとすると、テツは何故か手の平を向けてそれを押し留めてきた。
「そのノートはお前さんらに預けよう。ドクターや研究家を目指すお前さんらにはそれが必要じゃろ」
「でもコレはお婆さんの大切な」
「なあに婆さんとの思い出ならここに腐るほどあるわい。それよりも、婆さんの思いを受け継いで役立ててもらえる方がワシも、恐らくは婆さんも嬉しいはずじゃ」
「わかりました。大切に使わせてもらいます」
 シゲルがノートを受け取ると、テツは何故かシゲルとサトシの頭を無骨な手の平で撫で付けてきた。
 その眼差しはまるで孫を見るかのように優しさで包み込まれていた。
 他にも思い出があるとは言え、大切なお婆さんのノートを預けるぐらいなので本心からそう思っていてもおかしくはない。
 何故頭を撫でられたのか見上げていた二人へとテツは笑いかけると言った。
「今日はもう、旅立ってもすぐに日が暮れてしまうじゃろう。泊まって行きなさい。ルカサも、気がすんだら家へと戻ってくるといい」
 ありがたい申し出にサトシもシゲルも快く頷き、ガーディへと抱きついていたルカサも小さく頷いていた。

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