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再び訪れたタマムシジムのバトルフィールドで、サトシとエリカは向かい合っていた。 一昨日の夜とは違い、サトシは切羽詰った様子もなく、むしろ堂々とした自信にあふれる様を見せている。 悩みを助長させてしまうような言葉を送ってしまったエリカは、サトシの様子を見て安堵するも、やや小首を傾げて見せた。 昨日公園で別れた時の様子から、サトシは朝一番でバトルを申し込みに来ると思っていたのに朝型には現れなかった。 サトシがタマムシジムの門を叩いたのは、現在時刻は昼を少し過ぎたところである。 「今日こそ、格好良いところ見せなさいよ。しっかり見ててあげるから」 「練習通りやれば問題ないはずだ。後はサトシの得意な臨機応変だ」 バトルフィールドを取り囲むように設置されている上階の観客席から、付き添いであるルカサとシゲルの声援が飛んでいた。 付き添いだからして応援するのはわかるが、不思議なのは二人の姿がポケモンセンターから直行してきたようには見えないところであった。 つい先ほどまで街の外を歩き、タマムシシティについたばかりのように衣服が汚れているのだ。 今エリカの前で身構えているサトシも例外ではない。 まるでジムに来る直前まで必死に特訓でもしていたかのようである。 シゲルの練習通りという言葉を深読みするのならば、事実なのかもしれない。 「サトシ君、今日は正式なジムバトルを行います。タマムシジムでのルールは一対一、どちらかのポケモンが戦闘不能になって時点でバトルは終了となります。よろしいですか？」 「あ、ちょっと待ってくれ。個人的な頼みで悪いんだけど、そのルールに一つ付け足して欲しい事があるんだ」 「ルールにですか？ さすがに例外を認めるわけにはいきませんので」 「たいした事じゃないんだ。ただポケモンは先に俺に出させてくれないか。それだけで良いんだ」 思いもしないサトシの申し出に、エリカは戸惑いながら考えをめぐらせた。 通常ポケモンバトルでは、ポケモンを後出しした方が圧倒的に有利となる。 当たり前だが、相手のポケモンと相性の良いポケモンを出せるからだ。 なのにあえて先出しを願いでたサトシの胸中を想像しようとしたエリカであったが、直ぐにそれを止めてしまう。 元々ジムバトルではジムリーダーが出すポケモンの属性は固定されているので、後出し先出しに有利不利もないからだ。 頼みを引き受けることがえこひいきに繋がらないのならば、わざわざサトシが言い出した頼みの先に何があるのかが気になってくる。 「解りました。それではサトシさんの方から、バトルに使用するポケモンをバトルフィールドに出してください」 エリカの言葉に、サトシだけでなく観客席のシゲルやルカサも喜んでいる様子であった。 一体何をするつもりなのか、ベルトのホルダーからモンスターボールを取り出したサトシを興味深く見つめる。 「さあ、ついに本番だぜ。最高に楽しんでやろうぜ、プリン。君に決めた！」 気合の入った声と共にモンスターボールを放ったサトシであったが、そこからすでに通常とは行いが違っていた。 バトルフィールドに対して水平か、やや下斜めに放つはずのモンスターボールを真上に投げはなったのだ。 実際は放物線を描いているのだが、全くその意図が読めずエリカはサトシを見てから宙に浮かぶモンスターボールを見つめた。 口を開いたモンスターボールから飛び出したのは宣言どおりピンク色の丸い体を持つプリンであった。 だがそのプリンは、空中で放り出されたことに驚くことなく、クルリと一回転した。 続いてもう一度、体が浮いている限り回転し続け、それが転がると言う技だとエリカが気付いた頃にはプリンは高速で回転していた。 回転する状態でバトルフィールドに降り立てば、正真正銘の転がるとなる。 フィールドの草花を巻き込みながら円形に転がり、段々と半径を小さくしていき、中心点にたどり着くと体を軽くスリップさせてプリンは止まった。 両足を地に着け、片手は腰に、もう片方は天をついてポーズを決める。 「プリー！」 どうだと言わんばかりの派手な登場に、それが何なのか理解してエリカはクスクスと笑い始めてしまった。 プリンが笑われて頬を膨らませても、笑いが止められない。 こんな登場方法は他にはなく、サトシとプリンはコンテストバトルを意識した登場を示したのだ。 その証拠に観客席のシゲルとルカサは上手くいったとばかりに拍手を送っている。 「プリプリー！」 「ごめんなさい。貴方を笑っているわけではないの、少し驚いてしまっただけです」 「そうだぞ、プリン。バッチリ決まったお前を笑う奴なんて居ないさ。百点満点だぜ」 サトシに褒められ機嫌を戻したプリンを見て、エリカもまたモンスターボールを取り出した。 お返しに自らもまたコンテストバトルにちなんだ登場をしたいが、こちらは打ち合わせは全くしていない。 だがこの子ならとエリカはモンスターボールの中で眠るポケモンに囁きかけながら握る手に力を込めた。 「それでは私もバトルに使用するポケモンをお出しいたします。急なことなのでつたない演技ですが、ご覧ください。さあ、お行きなさい、ラフレシア」 下手投げによってエリカが投げたモンスターボールから、ナゾノクサノ最終進化系であるラフレシアが飛び出した。 モンスターボールから元気良く飛び出したラフレシアであるが、何時もとは違う空中と言う状態に戸惑いを見せていた。 トレーナーであるエリカの姿を探して慌てふためいていた。 「ラフレシア、落ち着いて。アロマセラピーです」 だがエリカのたった一言の指示が我に返らさせた。 短い四肢を伸ばしたラフレシアがいななきをみせると、体全体が光を帯び始めた。 見ているだけで何処か穏やかになれるその光は風に乗るようにたおやかに広がっていく。 状態変化の全てを癒してしまう大技である。 癒しの匂いと光をしばらくの間放っていたラフレシアは、やがて落下をはじめバトルフィールドへと降り立った。 欲を言えば単純な落下ではなく回転なりひねりなり欲しい所だが、即興だと言う事を考えると無難な所であろう。 サトシのプリンへと続いて、シゲルとルカサから惜しみない拍手が送られる。 「ラフレシアも結構やるぜ。油断するなよ、プリン」 「プリー」 ラフレシアの高演技にサトシとプリンもやる気を倍増させていたが、そこへエリカが忠告するように口を挟んだ。 「サトシ君、貴方の意思は受け取りましたがこれはあくまでジムバトルです。貴方の演出がどうであろうと、勝敗に加味される事はありません」 「そんな事はわかってるって。でも、どういうバトルをするかは自由だぜ」 「はい、その通りだと思います。私も、私なりのバトルで貴方との勝負を楽しみたいと思います」 自分の考えを曲げない言葉をサトシが放つと、注意を行ったエリカの方も笑みを浮かべていた。 どうやら一応の注意を行ったまでで、エリカもまたこのバトル方式を貫くつもりらしい。 「ではジムバトル、スタートです」 「ようし、プリン久しぶりに思いっきり歌うだ。歌って、歌って歌いまくれ」 「あー、忘れてた。ちょっと待った待った！」 早速のサトシの指示に大きな声を挙げたのは観客席にいたルカサであった。 当然外野の声なので指示を受けたプリンは止まらず、大きく息を吸い込んで丸い体を膨らませていた。 その姿を見たルカサは無駄だと知りつつも、両耳を押さえて目を閉じると座席の手前に座り込んだ。 まるで爆発物を前にしたようなルカサの行動は、プリンの歌の威力を知っているだけに当然の行動であった。 だが一秒二秒とまったく眠気のこないルカサが目をあけたとき、シゲルの冷たい眼差しが突き刺さってきていた。 「あれ？」 シゲルの視線を無視し、恐る恐ると言った感じで階下のバトルフィールドを覗き込む。 プリンは確かに歌っていた、相変わらずの綺麗な歌声であるが眠気は一切襲ってこなかった。 「サトシから聞いてなかったっけ？ プリンの歌声が誰彼構わず眠らせる効果はとっくになくなっているんだ。恐らく以前は歌を聞いて欲しくて欲しくて、その思いが無差別に眠らせていたんだ。今はサトシが十分に歌を聞いてくれるから、相手を選んで眠らせる事が出来るようになった。っと僕は考えてる」 「聞いてない、初めて聞いた。私だけ馬鹿みたいじゃない！」 そんな小さな珍事件が観客席で起こっているも、二人と二体はバトルに集中して気付いてすらいなかった。 ラフレシア目掛けて思い切り歌声を飛ばしているプリンに対し、エリカは迷うことなくラフレシアを接近させた。 どうやらプリンの歌の危険さを十分に知っているようであった。 「ラフレシア、プリンに向かって大きくジャンプ」 跳び上がったラフレシアへと歌を届けるようにプリンがやや上を見て歌うが、懐に飛び込んでこようとするラフレシアは止まらなかった。 多少の眠気は誘われているようだが、どうにも歌の効果が薄いように見えた。 落下の風きり音で歌を聞こえにくくしつつ、跳び上がった以上多少眠気を誘われてもプリンの懐に到着する事になる。 一度歌を中断させてさがるか、効果が完全に現れるまで歌わせるか。 皮肉にもサトシの迷いを振り払ったのはエリカの指示であった。 「そのままプリンの体から直接すいとる」 「プリン一度さがれ。それからアレだ！」 ちゃんと歌で眠らせられなかった事に不満を見せたプリンであったが、アレと言う言葉を聞いてサトシの言う事を聞いた。 跳びかかって来るラフレシアから距離をとると、その勢いのままコロンと後ろ向きに転がった。 かと思うと、起き上がりこぼしのように今度は逆向きに回転し、そのまま転がり始めた。 着地直後を狙った行動か、だが身構えたラフレシアの横をプリンはそのまま通り過ぎてしまった。 「通り過ぎちゃった。シゲル、アレって何か知ってる？」 「いや、さすがに知らないな。何を考えているのやら」 二人は不思議がる程度ですんだが、対戦相手であるエリカは戸惑っていた。 プリンは転がり続けるもののいっこうにラフレシアに向かってくる様子はない。 戸惑っている間にもプリンの転がる速度は上がり続け、もうすでにラフレシアの攻撃力では止める事は難しくなっていた。 大技である花びらの舞を使えばなんとかなるかもしれないが、威力が大きい分その後の副作用が気になっていた。 大抵のポケモンの大技には副作用がつきまとい、花びらの舞は軽い混乱状態に陥るのだ。 その一撃で決まれば良いが、プリンが耐え切ってしまえば勝敗が危うくなってくる。 「ようし、いいぞプリン。その状態で歌うだ。攻防一体、お前の歌は誰にも止められないぜ」 「そんな、あんな状態でまともに歌えるわけが」 エリカだけでなく、観客席の二人もあまりの無茶振りに驚いていた。 それと同時に本当にそれができるのならば、サトシの言う通りプリンの歌は誰にも止められない事になる。 「プー、プリー？！」 だが歌い始めようとしたプリンの歌声は、直ぐに悲鳴に変わった。 歌おうとして息を吸い込んだせいで、まん丸に保っていた体がややいびつになったのだ。 ボコンと凹凸にかかったようにプリンの回転する体が飛び上がったそのまま着地すると地面を穿ち、バランスを崩したプリンの体は投げ出された。 当然回転は止まっており、ぺたりとプリンは草の上に寝転がる事になった。 見事な自爆技であった。 「ああ、プリン？！」 そんな馬鹿なと頭を抱えるサトシであったが、明らかに無理のある複合技であった。 「ぶっつけでやるまえに、試すぐらいしなさいよ。しかも転がる状態で歌えても、凄いけど綺麗じゃないし！」 「発想は凄いんだが、どうしてこう間抜けかな」 散々な評価を貰ったサトシを置いて、エリカは次の行動に移っていた。 「ラフレシア、今のうちにアロマテラピーで眠気を吹き飛ばして」 登場の時と同じようにラフレシアの体が光り始めた。 もともとたいした眠気は誘われなかった為、すぐに回復してしまう事だろう。 一方プリンは、思ったよりも自爆したダメージが深いのか立ち上がるのに苦労していた。 「ラフー！」 「ラフレシア、そのまま花びらの舞」 直ぐに眠気を吹き飛ばしたラフレシアへと、エリカの指示が飛んだ。 前にフシギダネが止めをさされた草系ポケモンの大技である。 揺れ落ちる花びらのような不規則な動きで、ラフレシアが踊り始めた。 踊りだけでも何処か心を捕まれるような動きであるのに加え、途中だったアロマテラピーの輝きが加わっていた。 スポットライトを一身に浴びた舞台俳優のようにラフレシアは踊りながらプリンへと近づいていく。 「プリン、無理に立ち上がる必要はない。転がるんだ！」 揺れる花びらが急加速し攻撃を加える直前、プリンは勢いをつけて転がり出しラフレシアの花びらの舞をかわした。 だが無理な体勢からの転がりでは転がり続ける勢いまで得られずに直ぐに止まってしまう。 ふらふらとした動きでプリンが立ち上がるが、ラフレシアは再び目前まで近づいて来ていた。 「ラフレシア続いて花びらの舞」 「プリン、なんとかかわせ！」 予想以上にダメージを受けているのか相変わらずふらふらしているプリンへと、ラフレシアが渾身の一撃を見舞おうとする。 二体が交錯する瞬間、まるで二つの花びらが宙を行きかうように、何の違和感もなく二体の体がすれ違っていた。 すぐに体を切り返したラフレシアが再度攻撃を加えるも、ふらふらとした動きのプリンを捉える事が出来ないで居た。 良く見てみれば、ふらふらとしたプリンの動きはラフレシアの動きと似ていた。 まるで花びらが宙を舞うようにひらひらとラフレシアの攻撃をかわしていく。 「これは、花びらの舞。まさか物まね？ いけない、早く勝負を決めないと。花びらの舞を先出ししたラフレシアが不利。ラフレシア、一気に決めなさい」 「ラフ！」 「なんだか良くわかんないけど、その調子だプリ……プリン？！」 「プリ〜……」 優雅にラフレシアの動きを交わしていたプリンであったが、直ぐにその様子がおかしくなり始めていた。 目を回したような、乗り物に酔ったような。 ひらひらからふらふらへ、そしてよろよろとその動きが鈍くなり始めた。 「花びらの舞を物まねした後遺症だ。物まねが完璧じゃない分、後出ししたプリンの方が先に混乱し始めたんだサトシ！」 「だあ混乱ってなんだよ。しっかりしろプリン、もう少し頑張ってくれ」 「その前にこちらが決めさせてもらいます。ラフレシア、最後の力を振り絞って花びらの舞」 完全に目を回してしまったプリンへと、ラフレシアが迫る。 一度はボロ負けしたエリカを相手に個々まで善戦したのに、ここまでなのか。 サトシは振り絞るように叫んだ。 「プリン、歌え。思いっきり、歌うんだ！」 サトシの声が混乱中のプリンに届いたかは定かではなかったが、プリンの口が歌う時のように大きく開いた。 ラフレシアの攻撃が届く一瞬前、プリンの口から声が放たれた。 普段のプリンの歌声とは百八十度違うかなきり声であった。 余りに酷い声に耳を塞がずにはいられなかった。 まさに脳天を直撃するような声が去り、ゆっくりとサトシが目を開くと今だふらふらしているプリンの目の前の地面が抉れていた。 そこにラフレシアの姿はない。 あれっとラフレシアの姿を探すと、サトシは自分の足元まで吹き飛ばされ気を失っているラフレシアの姿を発見した。 完全に目を回しており、ピクリとも動く気配を見せていない。 「アレを間近で聞いたら、たまんないだろうな」 同情的な声をかけながら、サトシはラフレシアを抱き上げた。 そのままバトルフィールドの中央まで歩いていくと、そこではふらふらのプリンを抱きかかえてくれているエリカが居た。 「見事なハイパーボイスでした。サトシ君、貴方の勝利です」 「俺の勝ち、なのかな。ものまねや、ハイパーボイス？ プリンの才能に救われた気がしないでもないけれど」 「そのプリンの才能を引き出したのは、貴方の力です。それは誇っても良いと思います」 互いにプリンとラフレシアを交換しあい、ご苦労様とモンスターボールに戻してやる。 「それではタマムシジムのジムリーダーに打ち勝った証のジムバッヂ、レインボーバッヂです」 「これで四つ目のバッヂじゃない。ついに折り返し地点よ」 「どうかしたのか、サトシ？」 エリカからレインボーバッヂを受け取ると、観客席から降りてきたルカサとシゲルが声をかけてくる。 だがサトシは受け取ったレインボーバッヂをじっと見つめたまま、何時もの台詞を吐く事はなかった。 感慨深げと言うか、妙に真面目な瞳をしていた。 「俺、タマムシジムにこれてよかった。凄く大切な事を思い出させてもらった気がするんだ」 「それは私も同じです、サトシ君。私も貴方と出会いバトルできた事を嬉しく思います。私はコレまで、ここに訪れるトレーナーのあり方を憂うばかりで、何も行動を起こしてきませんでした。今思えば、私自身彼らと何の代わりもありませんでした。でもサトシ君を見て、私は少し行動を起こしてみたいと思いました」 「俺を見て？」 「はい、サトシ君はジム戦だからといって拘る必要がないことを教えてくれました。私は多くのトレーナーにコンテストバトルのような戦い方、ポケモンの美しさを競うと言う考えを広めたいと思います。だから一度コンテストを受ける為に旅立とうと思います」 もちろんジムリーダーと言う立場から、今すぐにでもと言うわけには行かないだろう。 だがエリカの瞳には、それを成し遂げると言う明確な意思が見えた。 それぞれが自分の夢に向かっている最中であるルカサたちがそれを応援しないはずがなかった。 「コンテストを広めるって考えには私も賛成かな。そうすれば無理なバトルで怪我をするポケモンも減るだろうし」 「カントー地方はその方面で遅れてるからな。面白い考えだと思いますよ」 「サトシ君、貴方はどう思われますか？」 ルカサとシゲルに賛同を貰いながら、エリカは確認するように尋ねた。 「もちろん、応援するぜ。普通のバトルもポケモンと仲良くなる必要があるけど、コンテスト形式だともっともっと仲良くなる必要があるしな」 面白そうな話だと満面の笑みで答えてきたサトシに、エリカもまた満面の笑みで答えた。
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