第二十三話 無人発電所
 カスミと別れを告げてから、やってきたイワヤマトンネル前のポケモンセンター。
 そこは長いイワヤマトンネルを抜ける為だけに建てられたポケモンセンターであるにもかかわらず、ごった返すという表現を使いたくなるほどトレーナーがあふれていた。
 一体どういうわけだと耳をそばだててみると、すぐに飛び込んでくるのはサンダーという固有名詞であった。
 マサキが話してくれた噂話は、始まりは何時か解らないがかなり浸透しているようだった。
「この様子じゃ、個室が空いているか聞くだけ無駄だね」
「ならもう無人発電所に行こうぜ。マサキから聞いた抜け道からさ」
 足止めを喰らっているトレーナーたちを見渡して、多少の優越感に浸りつつサトシが笑った。
 無人発電所は、急な流れの河を下らなければ辿りつけないような辺鄙な場所にあった。
 それはまだ技術が発展途上の頃の発電所であるため、安全性の面等で人里離れた場所に建設されたのだ。
 しかし技術が進歩するにつれ安全性も確保され、街近くの交通に便利な場所に建てられるようになってやがて古い発電所は破棄される。
 今となってはその無人となった発電所へ向かう為の道のりは何も用意されていないとされている。
 だがマサキの話では、過去に発電所の所員が使っていた抜け道がイワヤマトンネルの中にあるというのだ。
「ピカチュウ、ピカチュウゲットよ」
 目的から外れた発言をルカサがしつつ、三人はポケモンセンターを出てイワヤマトンネルへと足を向けた。
 ポケモンセンターから歩いて五分も掛からない場所にある、岩山のなかにぽっかりと穴を空けたトンネルへと足を踏み入れる。
 入り口の向きが悪いのか、お月見山に比べるとイワヤマトンネルは、薄暗いを通り越して真っ暗であった。
 はぐれないように三人で手を繋ぎ、先頭に立ったシゲルがマサキに聞いた話を思い出しながら進み、とある場所の壁に触れた。
 滑らかな岩肌の中で、一箇所だけ不自然に平らにされた箇所を思い切り押した。
 ガコンと、何かが外れるような音の後、ずりずりと目の前の壁の一部がスライドし始めた。
 すると中から電気の灯りが漏れ始め、電灯が奥の奥まで連なっているのが見えた。
「大掛かりな、仕掛けね」
「良いじゃん、良いじゃん。なんだか宝探しの冒険してるみたいだぜ」
 発電所へと向かう為の専用通路だけあって、一本道であった。
 元々発電所へと向かう為に作られた人工のトンネルだけあって、イワヤマトンネルの地面と比べると平らに整備されていた。
 多少硬いことを覗けば普通の道と変わらず、サトシたちは長いトンネルの中を真っ直ぐ進んでいった。
 全く景色が変わらないせいでどれ程進んだか不明であったが、やがて洞窟の終わりが見え、太陽の光が差し込んでいるのが見えた。
 太陽が恋しいように小走りに駆けていき、トンネルを飛び出した。
 そして見上げた空には、一台のヘリコプターが今まさに無人発電所の目の前に着陸しようという所であった。
「二人とも戻れ、直ぐに隠れるんだ!」
 先頭を歩いていた自分を追い越して飛び出した二人を、シゲルが慌てて掴んで引き戻した。
 急に服の襟首を掴んだ事で、二人がぐえっと苦しそうな声を挙げたがヘリコプターに乗っている奴らに見つかるよりはましであった。
 以前に一度だけ見たことのあるヘリコプター、それはロケット団が使用しているものであった。
「あ〜ん、私のピカチュウが。なんで行く所、行く所奴らが来るのよ」
「ロケット団の奴ら、今度はサンダーが目当てって事か。シゲル、どうする?」
「逃げはしないが、正面から戦いもしない。奴らが発電所内に入ってから、僕らも続く。先にサンダーを見つけて、しばらく身を隠すように説得するんだ」
 洞窟内に身を隠し、サトシとルカサはシゲルの言葉に頷いた。
 出来れば戦いたくない事も、サンダーを放っておけないのも三人とも気持ちは同じであった。
 地面のほこりや砂を撒き散らしながら着陸したヘリコプターからは、やはりロケット団の黒い服を来た男達が数人降りてきた。
 そして他の面々とは明らかに違う白を基調とした服を着た、ムサシとコジロウが最後に降りてきた。
「本当にこんな所に伝説のポケモンがいるのかね。アタシにはどう見ても朽ち果てたボロイ建物にしか見えないけれど」
「それを調査するのが俺たちの役目さ。まあ、こういった地味な調査が嫌いなのは知ってるけどさ」
「別に嫌いってわけじゃないのよ。ただ地味な作業が嫌いなだけ」
 たいした違いはないよと言いたげにコジロウが肩をすくめた後、ムサシが部下達に命じて無人発電所の中へと突入させた。
 後からゆっくりとムサシとコジロウも入り口へと消えていき、その数分後、サトシたちは隠れていた洞窟から顔を出して慎重に辺りを見渡した。
 ロケット団が残っていない事を確認すると、まずシゲルが無人発電所の入り口へと素早く走り、開いていた入り口から中を覗き込む。
 ロケット団たちが灯りをつけたのか、元からか、電灯のついていた発電所内を盗み見て、サトシとルカサに合図を出す。
 先ほどのシゲルのように、二人は素早く入り口へと移動し、壁に背を預けるように立った。
「コレだけは言っておくけど、絶対に逸れない事。そして、戦うよりも逃げる事を優先する事。解ったら、行くよ」
「ルカサはシゲルの次な。俺はその後から続くぜ」
「ありがとう、先行くわ」
 外に居た時よりもさらに慎重にシゲルが無人発電所内へと足を踏み入れ、駆けていった。
 無人発電所内は、老朽化がたたって所々壁が崩れたり長年動かされずほこりの被った機材がそこかしこに見られた。
 その分まだまだ小柄なシゲルたちが隠れる場所に困る事はなく、無人発電所の通路を奥へと隠れながら進んでいった。
「でもどうするの。このまま闇雲に奥へ行ったら、いつか見つかっちゃうわよ?」
 慎重に足を何度も運び、気疲れを避けるようにルカサがシゲルの背中を見つめて言った。
 シゲルもそれは考えていたようで、次の行動が一歩遅れた。
 と、次の瞬間隠れていたドラム缶の束の影へとサトシが二人を押し込んだ。
 文句を訴える二人を黙らせるように、サトシは鬼気迫る顔で口元に人差し指を当てた。
 通路の奥から聞こえてくるのは二人分の靴音であり、シゲルもルカサも思わず口に手を当てた。
「ムサシ様の台詞じゃないが、本当にこんな人が作ったような場所に伝説のポケモンがいるのか?」
「さっきから電気タイプのポケモンは嫌ほど見たからな。あながち居ないとも限らないな」
 軽い談笑を交えて、二人の足音はドラム缶の向こう側を通り過ぎていった。
 どうやら見つからなかったようで、ほっと息をついたのも束の間、ロケット団の次の言葉に心臓が飛び出るほど驚いた。
「チッ、また出やがったか!」
 何度かロケット団と遭遇してきた事で、そういわれたかと思ったが、ドラム缶の隙間から様子を見ると出たというのは電気ポケモンのことであった。
 一匹のピカチュウが、住み慣れた住居に土足で上がりこんだロケット団を威嚇していた。
 今にも頬っぺたの電気袋から放電し、電気技を放ちそうな雰囲気である。
 だが苛立たしげな声を出しながらもロケット団員の態度は余裕そのものであり、それはロケット団員が放り投げたモンスターボールから飛び出したポケモンを見て態度の意味を知った。
「ツブテ」
「ピ、ピカ?!」
「ディグダ、ディグダ」
 二人組みのロケット団が放ったポケモンは地面タイプの技が使えるイシツブテとディグダであった。
 苦手なタイプ、そして二匹に囲まれた事でピカチュウは早々に戦意が鈍り始めていた。
 だが引くに引けないという態度のまま、今にも二体のポケモンに襲い掛かられそうであった。
「止めろ、お前ら!」
 シゲルと、ルカサが止める間もなく飛び出していたのはサトシであった。
 だが飛び出してどうするかまでは考えても居なかった。
 ロケット団員とバトルするなんて、もってのほか。
 突然の乱入者に、ロケット団員が事態を理解できず目を丸くしている事が幸いした。
「ルカサ、走れ。逃げるぞ、サトシ!」
「もう、サトシの馬鹿。解るけど、飛び出したアンタが正しいってのは解るけど!」
「ちくしょう、解っちゃ居るけどすまん、二人とも」
 バタバタと逃げ出した三人を見て、呆然としていたロケット団員たちが我に帰った。
 目の前のピカチュウなど眼中から外し、逃げ出した三人を追いかけ始めた。
「待て、ガキども」
「こちら第二班、不審なガキどもを発見した。発電所の奥へと逃げる所を追跡中だ」
 もちろん仲間達に通信機で連絡をする事も忘れず、サトシたちという招かれざる客が居る事を知らせていた。





 かつてこれほど真剣に走ったことが、誰かから逃げ回った事があるのだろうかと思う程に、死に物狂いで三人は走っていた。
 何時行き止まりにはまり込むかもわからない無人発電所内の廊下を一心に駆け抜ける。
「シゲル、私たち何処に向かってるの?!」
「正直解らない。道は暗記してるから迷う事は内が、まずは後ろの奴らをやり過ごさないと」
「おい、道が分かれてるぞ。そこで奴らをまこうぜ」
「考えている暇はない、左だ」
 見えてきたT字廊をサトシが指差し、即座にシゲルは左へ曲がると決断した。
 明確な根拠は何一つなく、今はただ決断だけが求められていたからだ。
 選んだ根拠もなければ反対する根拠もなく頷いたサトシとルカサであったが、大事なことを忘れていた。
 先を走るシゲルが一番に曲がり、人とぶつかった。
 そう、この無人発電所内には自分達以外にロケット団しか居ない場所で。
 尻餅をついたシゲルへとルカサが手を伸ばすが、目の前にはシゲルと同じように尻餅をついたロケット団員が一人と驚いているもう一人がいた。
 確かに忘れていた、シゲルの運の悪さを。
「う、うわあああ!!」
 このままではやばいと、本能的にサトシが残る一人へと飛び蹴りを喰らわせた。
 そして尻餅をついていたシゲルをルカサと二人掛かりで助けお越し、再び逃げる。
 後ろから届く罵声が一気に二倍に達していた。
「待てや、クソガキ。逃げられると思ってんのか!」
「怒ってる、怒ってる。アンタたち二人して何してるのよ。帰ったら、覚えてなさいよ!」
「俺はピカチュウを助けようと、シゲルが一番最悪だ」
「誰にだって間違いはある。口を動かす前に、足を動かせ!」
 殆ど涙目になって走る三人は、涙で余り前が見えなくなっていた。
 通路の先に一際明るい空間が見え、飛び込むようにしてその空間へと躍り出た。
 直ぐ目の前は鉄棒の手すりがあり、勢いあまった三人は手すりを乗り越えて宙を舞った。
 落ちながら認識したのは、地面を掘り下げて作ったホールであるらしく、自分達が落ちる先には山済みになったダンボールがある事ぐらいであった。
 連続して落下した三人はダンボールの山を押しつぶし、崩しながら乱暴に床へと投げ出された。
「地味な調査が、少しは楽しくなりそうじゃないのさ。ねえ、コジロウ」
「まったく、大人の世界に顔を出すなってちゃんと忠告したろうに。ご苦労さん、君たち」
 床に折り重なるようにして倒れていたサトシたちは、聞こえてきた声の主を見上げて後悔した。
 ロケット団の中でも一番会いたくない、出来れば近づきたくもなかった二人。
 ムサシとコジロウが、方や楽しそうに目を輝かせながら、困ったように眉を八の字にしてそこに居た。
 すぐさまサトシとシゲルは立ち上がり、ルカサを守るように立ちふさがった。
「シゲル、もうやるしかないぞ」
「仕方ない。恐らく電気ポケモン対策に岩ポケモンを持ってきてるはずだ。サトシはフシギダネを使うんだ。イシツブテ、君の力を貸してくれ!」
「フシギダネ、君に決めた!」
 シゲルは岩タイプに有利なポケモンを持っていなかったため、同じ岩タイプのイシツブテを繰り出した。
 一応コイキングは水タイプだが、水タイプの技を使えなければここには水もない。
「ムサシ様、コジロウ様。直ぐに我々もそちらに」
「あ〜、いいわよ別に。アンタらはサンダーの捜索を続けなさい。人の楽しみを横からかっさらうもんじゃないわよ。行きなさい、アーボ!」
「やれやれ、弱いもの虐めは好きじゃないんだけど。ドガース、適当に相手をしてやるんだ」
 階上の部下を追い払うと、ムサシは岩タイプではないいつものポケモンを繰り出してきた。
 コジロウも同様であり、少なからずサトシとシゲルは驚いていた。
「アタシらぐらいになるとね、タイプの有利不利なんてたいしたことなくなるのさ」
「タイプの相性ってのは勝負を決めるための一つの要素でしかない。結局は強いポケモンと優秀なトレーナーが勝つのさ」
「シャー!」
「へ、へび……」
 コジロウの講釈の後に続いたアーボの嘶きに、一度は立ち上がろうとしたルカサが再びペタンと尻餅をついていた。
 咄嗟にサトシとシゲルが庇うように立ったことに間違いはなく、今だ苦手意識が抜けていないようであった。
「くそ、速攻で決めてやる。フシギダネ、居合いぎり」
「ひきつけて、かわしなさいアーボ」
 フシギダネの閃光のような一撃が放たれるが、まるでタイミングを計っていたかのようにムサシが指示を出してアーボがかわした。
 余りにも良すぎるタイミングに、シゲルは違和感を感じた。
「ダネッ?!」
「お返しよ、アーボ。噛み付く攻撃」
「イシツブテ、丸くなるでフシギダネを庇うんだ」
「おっと、そうはさせないよ。ドガース、ヘドロ攻撃だ」
 硬い体を盾にして跳び出そうとしたイシツブテへと、ドガースが吐き出したヘドロが飛んだ。
 運が悪かったのか、それともコジロウが狙ったのか。
 ヘドロが目に入ったイシツブテが目を閉じてしまい、今まさに庇おうとしたフシギダネへとぶつかってしまう。
 なだれ込むように倒れこんだ二体を纏めて飲み込むように、アーボがその大きな口を開けて噛み付いた。
「さあ、急がないとイシツブテはともかくフシギダネには毒が回るよ」
「も、戻れフシギダネ」
 言われるまでもなくサトシがフシギダネをモンスターボールへと戻すと、緩んだアーボの顎の隙間をイシツブテが抜け出した。
 まだヘドロが完全に拭えては居ないがバトルは続行出来そうであった。
 ホッとしたのも束の間、シゲルは先ほど感じた不可解さを思い出し、違和感の正体を探ろうとしていた。
「フシギダネが居合いぎりを使えるなんて見たことがなければ、サトシ個人のフシギダネとバトルしなきゃ解らないはずだ。なのに、なぜ。どうしてあんなタイミングよく」
「偶然だ。フシギダネはやられちゃったけど、ユンゲラー、君に決めた」
「どのポケモンを出してきても同じさ。これに懲りたら、あんまり軽々しく自分のポケモンを見せないことさ。特に得体の知れない人間にはね」
 サトシがユンゲラーを出してきても、余裕の笑みを見せたムサシは、冗談めかして自分の髪の毛を無造作に纏め上げた。
 その姿を見て、シゲルの感じていた違和感がはっきりとした形となった。
 メイクや服装のせいで全く解らなかったが、シゲルたちは今目の前にいるムサシについ先日会っていた。
「釣りを見学させてくれって言ってきたあの時の女の人、あの人はお前だったのか!」
「まあね。ちょっと休暇を利用してブラブラしてたら、見知った顔が釣りしてたんでね。今後の事も考えてたっぷりとアンタたちのバトルを拝見させてもらったのさ」
「その話を参考に、僕も色々と君らの対策を練らせてもらったよ。もっとも、そんな事しなくてもまける要素は殆どないけどね」
「どちらにせよ、サトシとシゲルは手の内を殆ど知られちゃってるって訳ね」
 未だ声を震わせながら、立ち上がったのはルカサであった。
 その手の中には二人のモンスターボールが握られている。
「あら、やだ。もしかして手の内が知られてなければどうにかなるとでも思ってるのかしら」
「やってみなくちゃ、わからないわ。それにね、こう男の子に守られるのも悪くはないけど、守られてるだけってのは癪に障るのよ」
「少しだけ見直してあげるわ」
 同じ意見だとばかりに、ムサシがルカサを見直したように笑っていた。
「サトシ、シゲル。二人とも一時下がってて、ここは私がやるわ。多少なりともマシでしょう。お願い、ゼニガメ、バタフリー」
「ゼニ!」
「フリー!」
 サトシとシゲルは、互いに見合って一時この場をルカサに預けることにした。
 ユンゲラーとイシツブテをモンスターボールには戻さず、そのままで下がらせた。
「ルカサ、すまない。頼んだよ」
「出来るだけやってみるわ。サトシも、ギリギリまでは手を出さないで。チャンスを待って」
「ああ、解ったぜ」
 緊張で強張る体に鞭打って、ルカサは二人を守るように前へと一歩進んだ。
 どう考えても自分が二人と交代したからといって、状況が変わるとは思えなかった。
 少なくとも、動きを先読みされてポケモンが無駄に傷つく事はないだろう事だけを支えに、ルカサはムサシとコジロウへと視線を飛ばした。
「さあ、さっきの言葉が嘘でないことを願ってるよ。アーボ、溶解液」
「ドガース、煙幕で目くらましだ」
「バタフリーは風起こしで煙幕を跳ね返して、ゼニガメは水鉄砲で溶解液を押し返すのよ」
「フリー!!」
 バタフリーが羽を羽ばたかせ風を送ると、ドガースの口から吐かれた煙幕がこちらに流れてくる前に押し流された。
 上手くドガースの煙幕を封じ込めたが、コジロウの判断は早かった。
 すぐにドガースに煙幕を吐くことを止めさせ、自分達に被害が広がるのを防いでいた。
 アーボの溶解液はルカサの指示通りゼニガメが水鉄砲で押し流し、最初のターンはお互いに無傷であった。
 だがムサシとコジロウは、予想よりもやや上であったルカサの実力を計り直し、まだまだ敵ではないと嫌な笑みを浮かべていた。
 そして次のターンではルカサに先手を譲りながらも、アーボのヘビ睨みでゼニガメの攻撃を足止めし、バタフリーの念力をドガースが危なげなくかわさせた。
 完全にルカサの攻撃を封じることで、二人と大差がないと無理やり心に刻み込んだのだ。
 それだけではなく、アーボのヘビ睨みは確実にルカサの精神力を削り取っていた。
 元々苦手なポケモンであり、ルカサは出来れば今すぐにでも何時ものように怖いものは怖いと叫びだしたかった。
 だが、今だけはそうは行かなかった。
「ルカサ、目だけはそらすなよ。睨まれたら、睨み返せ。ついでにゼニガメは、噛み付いてやれ。まだいけるぞ!」
「バタフリーは多種多用なエスパー技も使える。それを上手く使うんだ」
 後ろで支えるように声援を送ってくれるサトシとシゲルが居るからである。
 だから脅える心に負けないように、ルカサはしっかりと床を踏みしめまだバトル出来ると心を叱咤してムサシとコジロウをにらみつけた。
「良い顔するようになったじゃないか。やっぱりアンタたちが欲しいよ」
「まあ、無理な注文だってのは解ってるけどね。そろそろ遊びも終わりにしようか」
 まだまだ余裕たっぷりのムサシとコジロウが、パートナーであるアーボとドガースに命令を出す直前、ガガッとノイズの様な音が聞こえた。
 不審そうに二人が手に取ったのは通信機であり、スイッチを入れた途端聞こえてきたのは悲鳴であった。
「ムサ……ロウ様、出ま……ガッ……ンダーが」
 ノイズ交じりの部下の声に不審そうに二人が首をかしげた瞬間、無人発電所ないが大きな揺れに見舞われた。
「ピ、ピカチュウ!」
 その揺れに耐えていると、少し前に自分達が落ちてきた上階から一匹のピカチュウが飛び降りてきた。
 狙い済ましたかのように、上を見上げたルカサの胸へと飛び込み人懐っこい笑みを浮かべた。
「ピカチュウ?」
「ピカッ!」
 抱きとめてもらったお礼か、一鳴きするとルカサの腕をすり抜けムサシとコジロウの前へと立った。
 ムサシとコジロウは先ほどの揺れと、不審な部下からの通信に気をとられピカチュウに目を向けなかった。
 恐らく攻撃されれば直ぐにでも対処できる自信からであろうが、過剰な自信が油断を招くこともあった。
 頬っぺたの赤い電気袋から放電を始めたピカチュが、ほとばしる電気を真上へと、天井へと向けて放った。
 その電気が天井を貫き、いつの間にか曇り空となっていた空へと伸びていた。
 そして、電気が逆流した。
 空へと伸びた電気が今度は空から、この発電所内へと一直線に落ちてきた。
 空気を破裂させて引き裂くような轟音が響き、同時に耳をつんざく鳴き声が屋内に響き渡った。
 鼓膜が破れてしまうかと思い耳と目を塞いだサトシたちが目を開けた時に見たのは、雷を全身に纏ったような輝かしい姿を持つ大きな鳥であった。
「サ、サンダー?」
 一番近くにいたルカサが、信じられないとばかりに呟くが、感動は長続きしなかった。
 伝説による感動よりも現実的な考えを持ったムサシの声が響いたからだ。
「本当に居るとはね。見つけたからには、容赦はしないよ。大人しく捕まりな、伝説。アーボ、ヘビにらみで動きを止めるんだよ」
「ドガースは大爆発で一気に弱らせるんだ」
 ムサシとコジロウが、アーボとドガースに命令した次の瞬間、サンダーが嘶き更に体から電気を放電させた。
 あまりの眩しさに目がくらみ、視力が戻った頃にはアーボもドガースも目を回して床に倒れていた。
 目がくらんだといってもほんの一瞬であり、何が起こったのか何もわからなかった。
 なぜなら、激しい放電を始める前と後で、サンダーは一歩もその場を動いていなかったからだ。
「そんな、アーボが一瞬で」
「これが伝説のポケモンの力なのか」
 単に驚くだけでなく、信頼するポケモンが倒されたことで明らかにムサシとコジロウは動揺していた。
 逃げ出すならば、チャンスは今しかなかった。
「今だ、逃げるぞサトシ、ルカサ!」
「お、おう。ルカサ、来い!」
「え、あの……サンダー、ピカチュウアンタたちも逃げなさい。いいわね、万が一って事もあるんだから!」
 サトシたちが逃げ出した後、まさか一瞬でやられるとは思いもせず呆然としているムサシとコジロウを置いてサンダーは空へと戻っていった。
 その背には先ほどのピカチュウも乗っており、今にも雷が鳴り響きそうな空へ消えていく。
 残されたムサシとコジロウは、今だ冷静になることもできず、サトシたちが逃げ出したことも気付かぬままそこで呆然としていた。

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