「通行止め?!」 クチバシティとハナダシティの間にある、通行ゲートの中でルカサの悲鳴がこだました。 素っ頓狂な声を挙げたのはルカサだけであったが、サトシやシゲルも一緒に驚いていた。 「そんなずっと通行止めってわけじゃないよ。二、三日の間さ。それにどうしてもハナダシティに向かいたければ地下通路もあるしね。そちらで我慢してくれないか?」 申し訳なさそうに警備員が教えてくれたのは、言葉通り地下通路への入り口であった。 どうもクチバシティ、ハナダシティの間は頻繁に工事があるらしく専用の地下通路が作られているらしい。 通っても良いのだが、それでは当初の目的であるクチバシティとハナダシティの間に生息するポケモンとの出会いがなくなってしまう。 完全にないとは言えないが、少なくなる事は間違いない。 「サトシ、シゲル。どうする?」 「二、三日は少し長すぎるぜ。残念だけど、俺は地下通路に行くべきだと思う。一応は次のジムのことも考えなきゃならないしな」 「まあ、仕方が無い判断だ。どうしても行きたければまた三人で来ればいいさ」 仕方なく諦め、警備員のおじさんに頭を下げると、三人は教えられた地下通路へと足を向けた。 とは言っても通行ゲートのすぐわきにあるため、大移動と言うわけではない。 地下通路へと続く小屋へと足を踏み入れると、直ぐ目の前に大きな階段が飛び込んできた。 中はやや薄暗く怪物が大口を開けて待っているようで少し怖かった。 「サ、サトシさ、先に降りていきなさいよ」 「なんだ、ルカサ怖いのか?」 「そうよ、可愛い女の子は暗がりが怖いのよ。文句ある!」 「可愛いねえ」 ジト目で見られ、再度文句あるのかと問いかけるようにルカサがサトシを睨みつける。 二人の間に割り込んで止めたのはシゲルである。 何をやっているんだと溜息をついて、最初に下り階段に足をつけた。 「もめるぐらいなら、僕から行くよ。まったく、二人とも成長したようで、まったく成長の跡が見られない」 やれやれと言いたげに、シゲルが階段を下りていった。 成長がないと言われカチンときたサトシとルカサであったが、なんとなくシゲルを直ぐに追いかける気にはなれなかった。 本当になんとなくではあったのだが、予感が現実のものとなった。 「うわーッ!」 地下通路の奥から、シゲルの悲鳴があがったのだ。 「やっぱりこうなったわね」 「何があったか知らないけど、相変わらず運が悪い」 悲鳴を聞いた割には、やけに辛辣な評価を口にしつつ二人は急いで階段を下りていった。 薄暗い暗闇に目が慣れるにつれ地下通路の全貌がわかりだし、階段の終点ではシゲルが壁に背中から張り付いていた。 余程驚いたようで息が今にも途切れそうにヒューヒューと妙な音を立てていた。 そしてそんなシゲルが何に対して驚いたかと言うと、すぐそばでびっくりしたようにシゲルを見上げている女の子のトレーナーにであった。 もぞもぞと動く何かを抱え、その場に座り込んでいた。 「あの、貴方そんなところで何をしているの? 座り込んでるのは、解るんだけど」 「落ち込んでました。こういう暗いところの方が、良く落ち込めると思って」 満場一致で変な子だという意見であった。 「ニィー」 もっとも口にする事はなかったが、女の子の胸の内でもぞもぞと動いていた何かが鳴き声をあげた。 暗がりでぼんやりと二つの光を放つのはメスのニドランである。 モンスターボールにもいれずにどうしてニドランを抱いているのか、一度階段を上って戻り外で話を聞くことにした。 「私はカナコって言いいます。実はこの子のお婿さんを探してるんです」 そう言って女の子が持ち上げたのは、ずっと抱いていたニドランであった。 余程カナコになついているようで、ヌイグルミのように抱き上げられても嫌な顔一つせず可愛らしい声で鳴いていた。 「お婿さんって、お婿さんよね。でもなんでわざわざ?」 「はい、なんだか最近この子の元気がない日が多くて。寂しそうに鳴くこともあるから、そうじゃないかって思ったんです。だからオスのニドランを探してたんですけど、なかなか良い子が見つからなくて」 「だからあんな所で座り込んでたのか。それで、シゲルが驚いて悲鳴を上げたと」 暗がりで人がうずくまっていれば驚くのが当然ではあるが、それが同い年ぐらいの女の子であれば話は別であった。 顔を真っ赤にしたシゲルが、落ち着けと心の中で何度も繰り返しながら言った。 「たぶん今がニドランの繁殖期なんだろう。それなら相手になってくれそうなニドランがすぐに見つかりそうだけど。ここで会ったのも何かの縁だし、僕らも手伝ってあげよう」 「本当ですか、ありがとうございます」 「僕はシゲル、それでこっちの二人が」 「ルカサよ」 「俺はサトシ、よろしくな」 軽い自己紹介の後で、サトシたちはオスのニドランを探して散らばっていった。 カナコを地下通路前の小屋に一人待たせたままサトシたちが散らばって十数分後、最初に戻ってきたのはルカサであった。 一匹のオスのニドランを腕に抱え、駆け足で走って戻ってきた。 「カナコちゃん、お待たせ。この子なんてどうかな。可愛いわよ」 そう言ってルカサが差し出したのは、ややこじんまりとした感じを受けるオスのニドランであった。 そのニドランをルカサが地面に立たせたので、カナコも自分のニドランを地面に立たせてやった。 するとオスのニドランが鼻筋についている角を振り回し、求愛の行動をとり始めた。 角の立派さがステータスなのか、必死にアピールするもやはり体の小ささがネックだったらしく、カナコのニドランは見向きもしなかった。 やがてアピールに疲れたニドランが、がっくりと肩を落としながら野へと帰っていった。 「あっちゃ〜、ちょっと可愛い子を選びすぎたかしら?」 「そうですね、さすがに自分より体の小さな子はダメみたいです。ごめんなさい」 「気にしないで、直ぐに次のニドランを探してくるわ」 本当に申し訳なさそうにカナコが頭を下げてくる為、気にするなと大きく手を振ってルカサが再びオスのニドラン探しに向かった。 次にオスのニドランを連れてきたのは、シゲルであった。 今度はそれなりの体格を持ったニドランであり、悪く言うとやや太り気味にも見えた。 「僕が一番かな?」 「いえ、先ほどルカサさんが連れてきてくれたんですけど、残念ながらダメでした」 「ルカサのことだから、可愛いとかいう理由でつれてきたんだろう。でもこの子はどうかな?」 重そうにオスのニドランを地面に下ろすと、今度は多少興味を引かれたのか一応カナコのニドランが視線をよこした。 だが一応でしかないらしく、直ぐに視線をそらしてそっぽを向いてしまう。 オスのニドランが角を振り回してアピールしても、二度と振り向いてもらえる事はなかった。 「ダメか、難しいもんだな。カナコさんが落ち込んでた理由が少しわかったかも」 「はい、結構相手はアピールしてくれるんですけど、この子が……申し訳ないです」 「気にしないで、ポケモン同士のつがいには興味あるし。もう少し探してみるよ」 またしても申し訳ないとカナコが頭を下げ、シゲルが次なるオスのニドランを探しに行こうとするとサトシが戻ってきた。 これまでのルカサやシゲルが胸の所で抱きかかえるようではなく、原始人が獲物の肉を頭上に持ち上げるように走ってきた。 そしてコイツはどうだと二人の前にオスのニドランを置いたが、どう見ても目を回して気絶していた。 「どうだ、コイツなかなか強かったぜ。気に入ると思うんだけど」 「サトシ……このニドラン、どうやって連れて来たんだ?」 「どうって、一度バトルしなきゃ強いかどうかなんてわからないだろ。バトルして倒して連れて来た」 「馬鹿か、君は! お見合いさせる前にボコボコにする奴が何処にいる。少しは考えて行動してくれ!」 シゲルの怒鳴り声で、気絶していたオスのニドランが目を覚ました。 カナコは折角つれてきてくれたのだからと自分のニドランを目の前に差し出してみたが、またバトルかと脅えたオスのニドランは逃げ出してしまった。 「あ、おーい待てよ! ニドラーン!」 そのニドランを追いかけてサトシもまた、走って行ってしまう。 残されたシゲルとカナコは、微妙そうな笑顔で向き合っていた。 「じゃ、じゃあ僕ももう一度探してくるよ」 「がんばってください。お気をつけて」 再びニドランを探しにいった三人が、オスのニドランを見つけてはつれてくるもカナコのニドランは中々興味を示してはくれなかった。 オスのニドランのアピールに視線をちらりとでも向けてくれれば良い方で、見向きもしないことが余りにも多かった。 それが一度や二度であればまだしも、つれてくるたびにそれでは問題はむしろカナコのニドランにあるのではと思えてくる。 そしてカナコのニドランが相手のオスを振る事、十数回に到達使用としたところでルカサのかんにん袋が切れた。 「おかしいわ、絶対におかしい。この子ちょっと贅沢すぎるんじゃないの?!」 「俺たちが連れて来たニドラン全滅だもんな」 「すみません、私も薄々は気付いていたんですけれど……」 だったらもう少し早く言ってくれとサトシもルカサも思ったが、カナコの謝り様に何とか言葉を喉元で止めていた。 「もうこうなったら極端に攻めてみよう。サトシはいかにも強そうなニドランを探してきてくれ。僕は見た目が立派なニドランを探してくる」 「おう、多少バトルしてもいいよな。してみなきゃ、見掛け倒しって事もあるし」 「その辺りは任せる。ただ後で連れてくることを考えると怒らせない方がいいぞ」 最後の最後、サトシとシゲルがオスのニドランを探しに草むらを目指して掛けていった。 一人ニドラン探しを免除されたルカサは、行ってらっしゃいと手を振り、カナコの隣に座り込んだ。 同じ道を行ったり来たり、時には逃げるニドランを追いかけたりと結構な重労働だったのだ。 「それにしても、どうしてそんな我侭な子に育っちゃったのかしら」 「ニィー、ニィー」 「さあ、どうしてでしょうか。私は普通に育てているつもりなんですけど。ブラッシングは一日五回まで、オヤツは三時と九時だけ。お散歩はニドランの好きなコースを選ばせてあげて、もちろんバトルは、最後の美味しいところだけこの子に任せてみたり」 つらつらと当然のようにカナコが厳しいと思い込んでいる躾を口にするも、ズレていた。 その考え方が思い切りズレていた。 言っているそばからカナコがあっと声をあげて、思い出したようにオヤツを与え始めてブラッシングを始めた。 そんなに甘やかして我侭に育たないわけがなく、ルカサはなんだか嫌な予感がし始めていた。 ルカサの予感が現実のものになろうと、サトシとシゲルがそれぞれ一匹のニドランを連れて戻ってきた。 「お待たせ、立派なニドランを連れてきたよ。見てくれ、この立派な角を。コレだけ立派な角を持ったニドランはさすがに連れてきてないはずだ」 シゲルの言う通り、連れてきたニドランは誇らしげに鼻筋にある角を立たせ胸を張っていた。 みなぎる自信が体中からあふれており、ブラッシングの途中だったカナコのニドランが反応して視線をよこしていた。 「こっちだって負けてないぜ。見ろよこいつ。体は傷だらけだけど、歴戦の勇者って感じだろ。バトルだってすげえ強かったんだぜ」 次にサトシが見せたのは、アピールポイントである角にまで少々の傷を負ったニドランであった。 だが傷はそこだけではなく体中に見られ、サトシの言う通り行く戦の戦いを潜り抜けてきた貫禄のようなものが見えた。 やや鼻息の荒い性格のようだが、このオスのニドランもまた今まで連れてきたニドランにはない力強さがあった。 その証拠に、カナコのニドランが視線をよこすだけに留まらず、じっと眺めてきていた。 「さあ、ニドラン。この子たちのどっちが貴方の好み?」 カナコがニドランを降ろしてやると、今度は自分から二匹のオスへと進みだした。 ようやくお気にめす相手だったかとホッとしつつも、カナコのニドランがどちらを選ぶかグッと耐えて待つ。 チラリチラリと二匹の間で首を振っていたカナコのニドランは、一鳴きして自分の相手を選んだ。 「ニィー」 カナコのニドランが選んだのは、シゲルが連れてきた立派な角を持ったニドランであった。 そのニドランの前でアピールするように可愛らしい鳴き声を披露するが、反応は薄かった。 しかもあろう事かようやくチラリと視線を向けてきたオスのニドランは、興味がないとでも言いたげにフンっとそっぽを向いてしまった。 そのまま振り返ることなくこの場を後にして去っていってしまう。 激しくショックを受けたカナコのニドランは、せめてとサトシが連れてきたニドランへも鳴いて声を駆けた。 「ニドッ!」 当たり前だが、快く受け入れてもらえるはずもなかった。 目の前であっちがダメだったからと声を掛けられて嬉しいはずもなく、先ほどのニドランと同じように背中を向けて去っていってしまう。 四人ともがもうお手上げだとさじを投げたが、当のカナコのニドランはこれで終わる気配を見せなかった。 むしろ八つ当たりとでも言おうか、最初に自分を振った相手に向かって駆け出した。 「ダメよ、ニドラン!」 「ニィー!!」 余程悔しかったのか、カナコの静止も聞かずに後ろから体当たりを仕掛けた。 振られた怒りを込めた体当たりは、後ろからと言う事もあり強烈であった。 体当たりされたニドランは無様に転んでしまうが、カナコのニドランはそれだけでは終わらなかった。 どうだ参ったかと一鳴きすると、体の向きを変えて今度はサトシが連れて来たニドランへと駆け出した。 「ちょっと待った、そいつは他のニドランとは違うんだってば!」 サトシの言う通り、傷だらけのニドランはすでにカナコのニドランが向かってくる事を予測して振り返っていた。 真正面からカナコのニドランを迎え撃ち、体当たりを弾き飛ばした。 軽々と吹き飛ばされたカナコのニドランは、地面の上をバウンドしどさりと落ちた。 気絶とまでは行かなかったようだが、かなりのダメージでそれ以上動けそうにはなかった。 「ニドラン、大丈夫。どうしてこんな馬鹿な事を」 「ニィー……」 すぐにカナコが駆け寄り、弱りきった声を挙げたニドランを抱えた。 だがまだ終わってなどはいなかった。 シゲルが連れて来たニドランは後ろから体当たりを受けて怒り心頭であるし、サトシが連れて来たニドランも似たようなものであった。 まだまだ許さないとばかりに後ろ足で土を蹴り上げ、今にも突撃してきそうな様を見せていた。 「怒ってる、怒ってる。サトシ、シゲルポケモン出してあげてよ」 「いや、そうなんだけど。男として彼らの気持ちが、それに今まで振られたニドランの気持ちが解って。怒るのも仕方がないかと」 「一度痛い目見た方が、性格よくなるんじゃないか?」 シゲルとサトシの口から割と薄情な意見が飛び出した。 自分達のポケモンを出して助けるべきか否か、迷っているうちに二匹のニドランが地面を蹴った。 今だカナコは自分のニドランを抱きかかえたままで、このままでは巻き込まれる事は確実である。 ようやくサトシとシゲルがモンスターボールに手を伸ばしたが、その決断はやや遅かった。 思いの他二匹のニドランの足が速く、タイミング的に間に合わなかった。 「カナコちゃん、逃げて!」 ルカサが叫ぶも、カナコは自分のニドランを抱えて動く事が出来なかった。 怒りに燃えた二匹のニドランは、カナコごと吹き飛ばす勢いでさらに加速した。 後数秒、カナコにも危機が迫る状況で、一匹のニドランが間に飛び込んだ。 「あの子」 オスにしては小さい体を持ったニドランに覚えがあるようにルカサが呟いた。 自分の小さな体に気後れする事もなくニドランは、サトシが連れて来た傷だらけのニドランへと正面からぶつかった。 吹き飛ばされる事なく耐えるも、体格差からズルズルと踏ん張った足が地面の上を滑る。 それに相手は一体だけではなかった。 シゲルが連れて来たもう一体がカナコのニドランへと向けて駆けて行くが、小さなニドランはそれすらも止めようとしていた。 ガッチリ組み合っていたニドランへと僅かに横の力を加える。 真っ直ぐ前にぶつかり合っていた状態から横の力が加わった為、クルリと頭の矛先が変わってしまう。 「ニドッ!」 後は再度の体当たりで傷だらけのニドランを突き飛ばした。 傷だらけのニドランがよろよろとよろめいている所に、シゲルが連れて来たニドランが走ってくる。 互いに急には止まれず、ものの見事にぶつかりその場にへたり込んでしまう。 「すげぇ、ちっこい癖に強いぞ。俺もバトルしてえ!」 「それは後の話だ」 思わず今度は小さいニドランへと向けてモンスターボールを投げようとしたサトシをシゲルが止めた。 なぜならカナコの腕から抜け出したニドランが、小さなニドランへと向けて歩み寄っていったからだ。 一度振られたぐらいでは諦めず、小さな体で二匹のニドランに向かっていったのだ。 これがカナコのニドランにとって魅力的に映らないはずがない。 「ニィー」 「ニド」 求愛の行動をとるまでもなく、可愛らしく鳴いた二体のニドランは鼻先をこすりつけあいはじめた。 「愛は強しって所ね。あの二体にには悪い事しちゃったけど」 「あの皆さん、本当にありがとうございました。おかげで私のニドランにもお似合いの恋人が出来たみたいです」 「お礼は僕らよりも、頑張ったあの小さなニドランに言った方がいいよ。結局僕らは何も出来なかったし」 「と言うよりカナコのニドランに振られた相手を大量生産するぐらいだったよな」 確かにサトシの言う通りなのだが、カナコ本人は恥ずかしそうにするばかりであった。 それから気絶してしまった二体のニドランをサトシとシゲルが野に帰すと、カナコとは地下通路前でお別れすることになった。 どうやらカナコは二体のニドランをつれてクチバシティ方面へと向かうらしいからだ。 サトシたちとは向かう方向が違い、相変わらず何度も頭を下げながら別れを言うカナコに三人は手を振った。 「本当にありがとうございました。またいつか、何処かで会えたらいいですね。それでは」 「ニィー!」 「ニドォ」 めでたくつがいとなった二体のニドランも、お礼のつもりか元気良く鳴き声を上げていた。 一人と二体の姿が見えなくなると、サトシたちもハナダシティへと向かう為に地下通路へと足を踏み入れた。
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