第十五話 ケーシィを救い出せ
 目を開けた時に飛び込んできたのは、視界ギリギリを真っ直ぐ伸びていく草花達、大部分を占めるのは空の色、そしてキツネ目をしたポケモンの顔であった。
 何故こうも自分が見つめられているのか、そもそも何故草花茂る草むらで寝転がっているのか。
 シゲルの手を掴もうと手を伸ばした瞬間、強風によって互いの体が離れそのまま落ちた。
 そう、深い谷底へと、激流の中へと落ちたのだ。
 サトシは跳ね上がるように体を起こして辺りを見渡した。
「ここは、確かあの後フシギダネとカスミが」
 そのフシギダネとカスミは、サトシのすぐそばで目をつぶったまま伏せっていた。
 二人の姿を見つけてホッとしたのか、ようやくサトシに落ち着きが戻ってきた。
 そして、すぐそばにいたキツネ目のポケモンへと声を掛ける。
「もしかして、お前が助けてくれたのか?」
 サトシが尋ねるも、キツネ目のポケモンは声を出すどころか頷く事一つしてくれなかった。
 もしかして寝ているだけなのかとサトシが目の前で手を振ろうと手を伸ばすと、キツネ目のポケモンが一瞬にして消えてしまった。
 直後、ややずれた場所にそのキツネ目のポケモンが再び現れた。
「消え……確かこれって、なんだっけ。ほら」
「テレポートよ。それでそのポケモンはケーシィ、ねんりきポケモンよ」
「ダネダーネ」
 ポケモン図鑑を取り出す前に答えてきたのは、気がついたらしきカスミであった。
 フシギダネも気がついたようで、その通りだとばかりに鳴いていた。
「ハナダシティの近くにはケーシィが住んでるって話には聞いたことがあったけど、見たのは初めてよ。トレーナーの気配を感じたらすぐにテレポートで逃げちゃう子たちだから」
「でもどう考えても俺たちを助けてくれたのはコイツだぜ。ほら、あそこ。あそこがゴールデンブリッジだよな」
 サトシが指差した方向には、確かにゴールデンブリッジが見えていた。
 今いるのはゴールデンブリッジから数百メートル程度離れた場所にある草むらであった。
 どういったわけか、ゴールデンブリッジから飛び降りたサトシたちを、このケーシィがテレポートで救ってくれたのだ。
 普段は逃げ回るのに、何故今回に限って助けてくれたのか。
 起きているのか寝ているのか解らないケーシィを、正面からサトシとカスミ、そしてフシギダネが見つめた。
「え?」
 カスミが違和感を感じた次の瞬間、三人の頭の中に見たことも無い場所の映像が流れ込んできた。
 急ごしらえの掘っ立て小屋の中であり、その小屋の中には不釣合いなほど頑丈そうな檻が安置されていた。
 それだけならまだ良かったのだが、その檻の中にはたくさんのケーシィたちが押し込められていた。
 特別製の檻なのかケーシィたちはテレポートで逃げ出す事もせず、ジッと耐え抜いているように見えた。
「捕まってるのか。でも誰が、まさかロケット団たちなのか?!」
「そうよ、さっきの男がコイキング詐欺は陽動だって言ってた。ロケット団の本当の狙いは、ケーシィたちだったんだ。ケーシィは進化するとユンゲラーって言う強力なポケモンに進化するわ」
「強力なポケモンに進化するとかはどうでも良い。檻に閉じ込めるなんて許せないぜ!」
 夢から覚めるように頭の中に流れ込んでいた映像が途切れた。
 すかさずサトシとカスミは、この映像を見せてくれたであろうケーシィへと顔を向けた。
 ケーシィは相変わらず寝ているのか起きているのかわからないキツネ目であったが、確かに助けを求めるように僅かに顔を上げていた。





 テレポートで移動を繰り返すケーシィに何とかついていくことで踏み込んでいったのは、命名すら成されていないような小さな山の中であった。
 もうじきロケット団が撤退するらしき映像をケーシィに見せられた二人は、シゲルとルカサに合流する事は後回しにして、急ぐ足で山中を駆け抜けた。
 木々よりも岩肌の多い山中を進んで行き着いたのは、切り立った崖の上であった。
 その崖下を覗き込むと、U字型に切り取られた平地の上に急ごしらえで建てられた小屋が見えた。
「見ろよカスミ、小屋の前。見張りが居るぜ」
「って事は、あれがさっきケーシィに見せられた小屋ね。でも一度何処かでこの崖を降りて回り込まないと、あそこまで降りられないわよ」
「だけど、それじゃあ見張りに見つけてくれって言ってるようなもんだぜ」
 地面に寝そべり覗き込んでいたサトシとカスミは、なんとか見つからずに降りられる場所を探そうと辺りを見渡した。
 だが都合の良いロープなどがあるはずもなく、正面突破しかないかと今一度小屋へと目を向ける。
 すると寝そべっているサトシとカスミの丁度間に、ケーシィがテレポートで現れた。
 今までほとんど接触をしてこなかったのに何故だと思う間もなく、二人はケーシィのテレポートで移動させられていた。
 日の光が明るい場所から一転、暗がりに放り込まれサトシとカスミは互いの頭をぶつけてしまう。
「痛ッ!」
「タァ〜」
 互いにぶつけた頭を抑えてうずくまっていると、自分達ではない声が聞こえた。
「おい、今何か言ったか?」
「いや何も言ってないが、ケーシィたちが何か言ったんじゃないのか」
「ケーシィが喋るとも思えないけどな。まあいいか」
 その声を聞いて、サトシもカスミも頭より口を押さえていた。
 窓一つないせいでほとんど真っ暗であったが、時間が経つにつれて目が慣れてきた。
 互いの姿を確認した二人は、次に巨大な檻の前で目を瞑ったままお座りしているケーシィを見つけた。
 どうやら崖の上で見ていた小屋の中にテレポートしてきたようで、背にしている檻の中には押し込まれるように沢山のケーシィがいた。
「この檻、なにか特別なもので出来てるのかしら。テレポートが出来るケーシィたちが逃げ出せないなんて」
「ロケット団のやる事だからな。カスミ、どいていてくれフシギダネに破らせてみる」
「破らせるって……格闘タイプも、炎タイプのポケモンもいないんじゃ、それしかないわね。ヒトデマン、出てらっしゃい」
「フシギダネ、君に決めた」
 小さな声で話し合った結果、二人はフシギダネとヒトデマンを放った。
 カスミの言った通り、鋼鉄には格闘技か炎などが効くのだが、それらを使えるポケモンを二人とも持っていない。
 となれば自然とポケモン個人個人の技と力で檻を破るしかなくなってしまう。
「でもどうするのサトシ。檻を壊すぐらい暴れたら、外の見張りが気付いちゃうわよ」
「そういやそうだっけ。なら、ケーシィ。もう一度俺を連れて外へテレポートしてくれないか。俺が表でロケット団を陽動する」
「わかったわ、その間に私がヒトデマンとフシギダネに檻を壊させるわ。檻さえ壊れれば、ケーシィたちのテレポートで何時でも逃げられる」
「そう言うわけだ。フシギダネ、カスミの言う事を聞いてやってくれ」
「ダネ!」
 それからサトシがケーシィに頼み込むと、了承の返事一つなく共にテレポートで消えていった。
「ようし、それじゃあ。ケーシィたち、これから檻を破るから出来るだけ隅っこに寄っていてちょうだい」
 話を聞いているのか、いないのか。
 サトシと共にテレポートしていったケーシィと同じく、檻の中のケーシィたちも静かなものであった。
 だが、お座りの状態から体をモジモジとさせて少しずつ狭い檻の中で移動を始めてくれた。
「狭いでしょうけれど、少し我慢してちょうだい。サトシが表で陽動を掛けてくれたら、フシギダネは葉っぱカッター、ヒトデマンはスピードスターよ。檻の鉄格子を一点集中よ」
「ダネ!」
「ゼァ!」
 正式なトレーナーでないにも関わらず、きちんと返事をしてくれたフシギダネの頭を撫でながら、カスミは表が騒がしくなるのをじっと待った。
 タイミングまでもを打ち合わせたわけではないが、サトシならば直ぐに陽動を掛けてくれるはずだ。
 そしてその時は直ぐに訪れた。
「おい、お前らロケット団だろ。大変だ、警察に、ジュンサーさんに知らせないと!」
 ほぼ棒読みに近い大根役者であったが、効果は抜群であった。
「なんでこんな所にガキが。捕まえるぞ」
「お、おい。見張りはどうするんだよ」
「ムサシ様とコジロウ様が戻る前に警察なんかに踏み込まれるわけには行かないだろ。行くぞ!」
 表がどういう状況かは解らなかったが、二人の見張りが小屋を離れて走っていく足音が聞こえ、やがてその足音もサトシを捕まえようとする声も聞こえなくなった。
「今よ、フシギダネは葉っぱカッター。ヒトデマンはスピードスター!」
 カスミの指示にすかさずフシギダネが背中の種から切れ味の鋭い葉を投げつけ、ヒトデマンは星型の体の中心にある宝石のような場所から星型の光を放った。
 二つのポケモン技が檻の鉄格子へと集中的に当たっていく。
 余り掃除のされていなかった小屋の中では砂とほこりが舞い上がり、カスミが大きく咳き込んでいた。
 二体の攻撃が一先ず止むのと砂とほこりが落ち着くのを待ってから檻を確認するも、殆ど無傷の状態であった。
 鋼にはポケモン技の殆どが効き難い事はわかっていたが、思った以上であった。
「まだまだ足りないみたいね」
「ダネェ……」
 カスミ以上に悔しげに呟いたのはフシギダネであった。
 まるでポケモンバトルを目前にしたかのように目つきを鋭くして、ビクともしない鉄格子を見据えていた。
「でもやるしかないわ。フシギダネ、ヒトデマンもう一度よ!」
「フシャー!」
 カスミたちが頑丈な檻を前に苦戦している頃、サトシもまた危うい状況へと陥っていた。
 元々見張りを引き離す事しか考えておらず、周辺を詳しく調べていなかったサトシに対し、ロケット団の二人はここ数日をここらで過ごしていたのだ。
 数日の差が大きな差となって、今サトシは逃げ場のない岩場へとケーシィと共に追い詰められていた。
「くそ、逃げ回るつもりが行き止まりだなんて」
 逃走経路を考えていなかった自分に腹を立て、サトシはロケット団が取り出したズバットとニドランを睨み返した。
「やれやれ、どうなる事かと思ったが間抜けなガキで助かったぜ。しかも最後のケーシィをつれてくるなんてついてるぜ、俺たち」
「なんせムサシ様とコジロウ様でも扱い損ねていたケーシィだからな」
「簡単に捕まえられると思うなよ。フシギダネはいないから……ポッポ、それにプリン君たちに決めた!」
 言葉通り簡単に捕まってたまるかと二つのモンスターボールを投げたサトシであったが、大事な事を忘れていた。
 ポッポは飛び出すなり目を回して地面に落っこち、プリンもまた傷だらけでフラフラであった。
 バトルどころではない怪我は、ゴールデンブリッジの五人抜きのときのものである。
 橋から落っこちたりケーシィに助けられたりと色々ありすぎて、すっかりその事を忘れていたのだ。
「しまったあ……も、戻れポッポ。それにプリン!」
「どうやら手持ちの二体がすでにノックダウンらしいな。さあ、しばらくケーシィと一緒にあの小屋の中で大人しくしていてもらおうか」
 ロケット団の一人がサトシへと近寄ろうとした時に、ケーシィがテレポートで二人の間に入り込んできた。
 サトシへと近寄ろうとしていたロケット団は、そこで一端足を止めたが、直ぐに意味ありげな笑みを見せた。
「テレポートで逃げる事しか脳のないケーシィに何が出来る。ズバット、少しばかり驚かしてやれ」
 ケーシィの前へと飛んで来たズバットが、大きく口を開けて鋭い牙を見せて威嚇した。
 するとケーシィの体が光だし、ロケット団の二人はそれ見たことかとその光をテレポートのものだと思っていた。
 だがつい最近の間に何度もその光を見ていたサトシは、それが何の為の光かすぐに察知していた。
「お前に何が出来るのか、俺はまだ知らないけれど。ケーシィ、思いっきりぶちかませ!」
「ユンゲラー!」
 瞳を閉じてずっと座ったままのケーシィが、何処からともなくスプーンを取り出し嘶いた。
 直後ユンゲラーの前の前で大口を上げていたズバットの動きがピタリと止まってしまった。
 そのまま羽ばたくことなく地面へと落っこち、凍ってしまったかのように二度と動く事はなかった。
「かなしばり。進化しただと、くそ。もどれズバット」
「厄介な事になってきた。ここは俺に任せて、お前はムサシ様とコジロウ様に連絡を。緊急事態だ」
 ズバットをモンスターボールに戻したロケット団の一人が背を向けて走り出した。
 あの二人を呼ばれてはまずいとサトシも追おうとしたが、残った一人が立ちはだかった。
 追う立場と追われる立場が完全に逆転してしまっていた。
「ユンゲラーはともかく、自分のポケモンの状態も把握できていないようなトレーナーが相手なら勝機は見えてくるってもんだ」
「確かに俺はまだ新米で、強いとは言えないけれど。お前達にだけは、負けてたまるか」
「吼えてろ、ニドラン。二度蹴りだ。エスパータイプは攻撃力がぬきんでている代わりに防御がもろい。そこに付け入るんだ」
「テレポートでさけるんだ、ケーシィ。それから攻撃!」
 地を這うようにして突撃してきたニドランの二度蹴りが当たる直前で、ユンゲラーの姿が消えた。
 キョロキョロと消えたユンゲラーの姿を探してニドランがうろたえた所で、ロケット団の指示が飛んだ。
「上だ、念力がくるぞ。走れ!」
 ニドランが地面を蹴った直後、その地面が大きく凹んでいった。
 完全にニドランの死角をついた攻撃であったが、サトシがユンゲラーの技を殆ど知らないのが災いしていた。
 いくらユンゲラーが強力なポケモンであっても、サトシがその力をまったく引き出せずにいた。
「くそッ、とりあえず今のは念力っていうんだな」
 実戦のなかで覚えるしかないと、サトシはユンゲラーの技を脳に刻み込むように呟いていた。
 とりあえず一つ攻撃技が解れば、後は当てるだけだと指示を出そうとした所で、会いたくもない人物が二人やってきてしまった。
 つい先ほど応援を呼びに言ったロケット団が、早すぎるほどにムサシとコジロウをつれて戻ってきたのだ。
「子供のトレーナーが暴れてるからってきてみれば、坊やだったのかい。まさかゴールデンブリッジから飛び降りて生きてるとはね」
「と言うか、あのユンゲラーに助けられたってのが近いだろう。しぶといね、最近の子供は」
 言い返す言葉一つ思い浮かばず、サトシはケーシィたちが捕らえられている小屋がある方角を見た。
 まだ助けられたといった合図もなく、カスミたちが手間取っていると考えるしかなかった。
「どうやらあっちが気になるようね。心配しなくても、小屋の方にも部下達を向かわせてるよ」
「ケーシィ、テレポートだ。小屋の方に戻るぞ!」
 聞くや否やサトシは、ユンゲラーに命令して自らもテレポートで飛んでいった。
 まだまだムサシやコジロウと戦えるとは思えず、またしても逃げる事を選択するしかなかった。
 ケーシィの時よりもテレポートの飛距離が伸びたせいか、一度のテレポートで小屋の目の前まで戻ってくる事ができた。
 だが振り返ればロケット団が走ってくる姿が見え、のんびりとはしていられなかった。
 すぐに小屋の中に飛び込んで、檻がどうなったか自分の目で確かめる。
「サトシ、戻ってきちゃったの?! まだ檻は壊れてないわよ!」
「ムサシとコジロウが。部下を大勢連れてゴールデンブリッジから戻ってきたんだ。もう時間がない」
 すでにフシギダネもヒトデマンも息も絶え絶えで疲れてきっているのに、檻の方はサトシが出て行った時と変わらなかった。
「フシギダネもヒトデマンも頑張ってくれ。今を逃したら、ケーシィたちを助けられないんだ」
「ダネ、ダーネ!」
 よろよろと立ち上がったフシギダネが葉っぱカッターを放とうとするも、一枚きりの葉っぱが放たれて直ぐに床に落ちていった。
 ヒトデマンの方も似たようなもので、胸が一瞬光だけでスピードスターが放たれることはなかった。
 サトシはこれで手持ちのポケモンがゼロであり、カスミの方も今さら他の水ポケモンに変えても結果は同じだっただろう。
 他に何があると頭を抱えたサトシとカスミの前に進み出たのは、ユンゲラーであった。
 右手に持ったスプーンを真っ直ぐ持ち上げて、ケーシィたちが捕まっている檻を睨むようにしてみていた。
「この子って、まさかあのケーシィ?」
「見張りとバトルになったら、進化したんだ。そうだ、ケーシィもうお前しかいないんだ。お前の念力でなんとかならないか?」
 じっと檻を見つめていたユンゲラーの体が淡く光り始めた。
 信じられないほど体に力が込められているようで、スプーンを持った腕は振るえていた。
「さあ坊やたち、追い詰めたわよ。大人しく出てくる事ね。ユンゲラーに頼っても無駄よ。その檻はね、ポケモンのエスパー技を封じ込める特別な檻で出来ているのよ」
 小屋の外からムサシの声が放たれた。
 ユンゲラーの努力をあざ笑うかのような声に、サトシは逆にユンゲラーを励ました。
「ロケット団の言う事なんて笑って吹き飛ばせ、ケーシィ。お前なら出来る。なんでって聞かれたら答えられないけど、出来る。お前は俺に助けを求めてきたんだ、だからさらにお前が頑張れば絶対にどうにかなる!」
 ミシリと、何かにヒビが入るような音が聞こえた。
 段々とその音は大きくなっていき、それにつれて檻の中にいたケーシィたちの体が光り始めた。
 ひび割れ出した檻が本来の効力を発揮できなくなっていったようで、檻の中のケーシィたちも必死の抵抗を見せ始めたのだ。
 そのうちにパキンっと、ヒビなど生易しいものではなく破壊されたような音が聞こえた。
「ユンゲラー!!」
 最後の一鳴きの後、ケーシィたちを閉じ込めていた檻は完全に破壊された。
 鉄格子を捻じ曲げるどころか粉々に砕け散っていくほどであり、放出しすぎた念力のおかげか小屋までもが破壊されていった。
 崩れ落ちていく小屋のなかで逃げ場はなく、慌てふためいたサトシたちを連れて、ユンゲラーがテレポートを行った。
 ユンゲラーがサトシたちを連れてテレポートしたのは、ゴールデンブリッジに程近い草むらの中であった。
 助け出したケーシィたちは別の場所にでも言ったのか、一匹さえも見つからない。
「はあ〜、助かった。一時はどうなる事かと思ったわよ。ヒトデマン、お疲れ様。戻っていいわよ」
「フシギダネも頑張ってくれたよな」
「ダネッ!」
 サトシもまたフシギダネにお礼を言ったのだが、何が気に入らないのかそっぽを向いてからモンスターボールの中に戻っていった。
 戻っていく瞬間にユンゲラーを見ていたようであった。
 そのユンゲラーはと言うと、何故かスプーンを地面においてサトシの前で片膝を付いていた。
 まるで忠誠を誓うようなその仕草に、サトシがうろたえていた。
「なんだよ、普通に立ってくれよ。結局ケーシィたちを助けられたのは、お前の力のおかげなんだし」
「なんかサトシがそうされるのはちょっと似合わないわよね。でもどう考えても、連れて行ってくれって言ってるようよ」
「そ、そうなのか?」
 恐る恐るサトシが問いかけると、こくんと一度だけユンゲラーが頷いた。
 少し考えてからサトシは空のモンスターボールを取り出すと、膝をつくユンゲラーへと向けた。
 赤い光に吸い込まれる間もユンゲラーは一切の抵抗も見せず、モンスターボールは揺れる間もなく落ち着いていった。
「なんだかわからないけど、ケーシィゲットだぜ!」
「ケーシィじゃなくて、ユンゲラーね。自分のポケモンになったんだから、ちゃんと名前ぐらい呼んであげなさいよね」
「でも会った時はケーシィだったんだし、いいじゃん」
 悪気もなくそう笑ったサトシを見て、カスミもまあいいかと笑った。
 散々ロケット団にはひやひやさせられたものの、ケーシィは助けられたし、サトシは新たな仲間をゲットできたのだ。
「さあ、早くハナダシティに戻ってシゲルとルカサに合流しましょう。二人とも心配してるわよ」
「あ、そうだっけ。ロケット団がケーシィを狙ってた事も警察に言わないと」
 すっかり疲れてしまっており、ユンゲラーのテレポートに頼りたい気持ちをグッと我慢して、サトシとカスミは並んでハナダシティへと向けて歩き出した。

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