ポケモンセンターにある食堂で朝食をとっていたシゲルとルカサは、珍しい事もあるものだとばかりにサトシを見ていた。 一人腕を組んでうんうん唸るばかりで、朝食に手が伸びないのだ。 いつもならば味付けがどうだと小うるさいぐらいなのに、目の前の朝食が目に映っていない。 一体どうしてしまった事か、コイキング詐欺に関しては警察が本格的に動き出し、もはや悩む類のものではないはずだ。 「サトシ、食べないのか?」 「ああ……」 「もうすっかり食べなれちゃった味だけど、それなりに美味しいわよ?」 「だったら昼は俺が作るからちょっと黙っててくれよ」 二人の目を見ることもなく、気のない返事をしてきたサトシにますます何かあったのかと思ってしまう。 朝っぱらから重い空気が漂い始めた頃に、救いの女神は現れた。 「あー、みつけた。おはよう、サトシ、シゲル、ルカサ。昨日はありがとうね」 「どういたしましてと言いたい所だけど、僕らの登場は少しばかり遅かったからね。そのお礼はサトシこそが受けるべきさ」 「そうよね、結果的にロケット団相手に持ちこたえたのはサトシだし。所でカスミってばあの後ポケモンセンターに戻らずにどっか行っちゃったけど、ハナダシティが地元なの?」 カスミのお礼を軽く受け流すと、ルカサが気になったように尋ねた。 名前程度はお互い自己紹介したのだが、カスミが水ポケモンを扱うトレーナーだと言うぐらいしか知らないのだ。 「それが、隠してたわけじゃないんだけど」 「決めた!」 言いにくそうにカスミが両の人差し指をつつき合わせていると、何を思ったのかサトシが急に席を立った。 それによっていざ言おうとしていたカスミの決心は吹き飛び、シゲルとルカサの朝食をとる手も止まっていた。 もっと言えば、他のテーブルで朝食をとっていた見知らぬトレーナーたちの視線までも集めてしまっている。 恥ずかしそうに隣にいたルカサがサトシの服を引っ張るも座ろうとする気配はない。 「シゲル、ルカサ。今日は何処かで色々なトレーナー達とポケモンバトルしようぜ。俺たちもっともっと強くなろうぜ。好き好んで会いたくはないけど、今度ロケット団と会った時には今度こそ捕まえられるように」 それはサトシが一人のトレーナーとして、初めて自らの力不足を口にした瞬間であった。 「ジム戦も控えてるし、修行しようってわけか。良いんじゃない、私もトランセルを早くバタフリーに進化させたいし」 「けれど問題はバトルしてくれそうなトレーナーを探す事だな。あいにくだが、このポケモンセンターに居るトレーナーたちは相手にしてくれなさそうだ」 シゲルが食堂の中を見渡すと、殆どのトレーナーが視線をそらしたり顔を背けてしまった。 それも仕方の無いことで、コイキング詐欺がロケット団の仕業だと言う事は周知の事実となり、サトシタたちはロケット団に立ち向かった命知らずだと思われてしまっている。 そんな人間にバトルを申し込まれて好き好んで受けてくれるトレーナーはそうそう居ない。 「どうにも困ったね。カスミ、この辺りで他に好戦的なトレーナーが集まる所を知らないか? 地元なんだよね?」 「ええ、そうね。この辺りだと、北のゴールデンブリッジを渡った先にある二十四番道路かしら。あそこは街から離れてるし、広い場所もあるからバトルをするには最適な場所なの。自然とバトルを望むトレーナーが集まってるはずよ」 「よし、そうとなれば早く飯食って行こうぜ。カスミはどうする?」 ようやく朝食に手をつけたサトシは、口一杯に詰め込みながら尋ねた。 「そうね、まだ今日明日にジムが開けられるはずもと言うか、姉さん達やる気ないし……私も付き合うわ。ただし、また帽子貸してねサトシ」 「なんだよ、また男装するのかよ。好きだな、お前も」 「誤解を招くような言い方はしないの。まったく」 初めは一人でごにょごにょと呟いていたカスミも、最終的にはついてくることにした。 サトシの余計な一言には手痛い拳骨をお見舞いしてから、同じテーブルに座って三人が朝食を食べ終わるのを待っていた。 サトシが急ぐおかげでシゲルもルカサもせかされてしまい、一気に慌しくなった朝食を済ませ四人は二十四番道路目指してポケモンセンターを出て行った。 カスミに案内された二十四番道路へと続くゴールデンブリッジは、激流流れる深い谷底を越える為に建設された橋であった。 風も強いらしくしっかりとした鋼鉄の橋が岸と岸を繋いでいた。 そこまでは地元人であるカスミが見慣れた風景であったのだが、何時もと違ったのはその橋に人だかりができていた事であった。 一体なんだろうと駆け寄っていくと、人だかりの中からトレーナーが一人、傷ついたオニスズメを抱えてハナダシティへと走っていった。 揉め事だろうかとサトシタたちが顔を見合わせてから向かうと、どうやらそうではなかったようだ。 「さあ、他に挑戦者はいないか。見事五人抜きを達成したトレーナーには、豪華賞品を献上するぞ」 橋の入り口ではマイクをもった男が、集まったトレーナー達を煽るように言葉を放っていた。 その男の後ろには橋を進むに連れて一人、また一人とトレーナーが待ち構えていた。 「豪華賞品?!」 「五人抜き?!」 ルカサもサトシも、違う箇所へであったが男の言葉に激しく反応していた。 止める間もなくサトシは強引に人垣を掻き分けて進んでいき、勢い良く手を挙げていた。 「俺、俺やります!」 「お、勇敢なトレーナーがまた一人挑戦だ。ルールは簡単だ、こちらの五人は一人一体までだが挑戦者は最大六体までOKだ。勝ち抜きなので一度出したポケモンは倒れるまで交代はなし。良いかい?」 「いつでもOKだぜ」 サトシが三体しかポケモンを持っていない事はいまさらであるので、別の意味でシゲルはサトシの肩を掴んだ。 「サトシ、確かに目的は修行だけど、もう少し様子を見て対策を練るとか考えたらどうだ?」 「シゲル……相手がどんなポケモン持ってるかなんて何時もわかるわけないじゃんか。ロケット団との戦いを思い出してみろよ。実践は何時だって何もわからない状況から始まってただろ?」 「ぐっ、確かに。サトシに教わるとは思わなかった。わかったよ、思いっきりやってみるんだな」 修行を目の前にして興奮しているサトシも、言い負かされていたシゲルも、そして豪華賞品に目がくらんだルカサも気付いていなかった。 サトシがロケット団という名を出した時に司会の男の目つきが一瞬だけ変わったことに。 余りに一瞬の事で人垣を作っていたトレーナー達も気付いておらず、カスミはといえば一人首を傾げていた。 公共の道路、しかもある程度有名なゴールデンブリッジでこうしたイベントを開くには、届出が必要になるはずだ。 なのにそう言ったイベントを行うといった話をカスミは全く聞いたことがなかった。 一人でカスミがいぶかしんでいても、サトシの五人抜き挑戦は始まってしまった。 「ポッポ、君に決めた!」 「ポーッ!」 一人目の相手が出してきたのはマダツボミ、大きな頭を細い体で支えた草タイプのポケモンである。 対するサトシは昨日良い所の無かったポッポをリベンジの意味も込めて取り出した。 「サトシ、ここが橋の上だって事を頭に入れて戦うんだ。相手にとってはバトルフィールドに限りがあるが、ポッポにはバトルフィールドの限りがない」 「わかったぜ、シゲル。ポッポ、電光石火だ」 シゲルの助言を頭に入れたサトシは、目にも留まらぬ速さの体当たりを要求した。 空中で優雅に羽ばたいていたポッポが、一気に加速して気を抜けば見失ってしまいそうなスピードを見せた。 かき消えるほどのポッポの動きにマダツボミがその姿を見失い、真正面からの電光石火をもろに受けていた。 「ひるむな、マダツボミ。葉っぱカッターだ」 「ポッポ、一端ゴールデンブリッジの外に出るんだ。鋼鉄製の柱を利用して葉っぱカッターをやり過ごせ」 ゴールデンブリッジを飛び出したポッポは、橋を支える柱をたくみにマダツボミとの斜線上に置きながら飛んでいた。 何度かマダツボミが葉っぱカッターを撃とうとしても、ポッポの姿を見失うばかりでなかなかタイミングを計り損ねていた。 そうしているうちにポッポが大きく旋回し、マダツボミへと正面から見据えた。 そしてもう一度マダツボミに攻撃を加える為に、その体を加速させた。 「もう一度、電光石火!」 「マダツボミ、出来るだけ内に引き寄せるんだ。通りざまにつるのムチを叩き込んでやれ!」 ポッポの電光石火がマダツボミを貫いた。 だが相手のマダツボミも根性を見せて、気を失う直前でポッポの背中をつるのムチで強かに打っていた。 一瞬ぐらついたものの、ポッポは空を飛び続けサトシの元へと戻ってくる。 「マダツボミは戦闘不能、ポッポの勝利で少年の一人抜き確定だ」 「いやったぜ。シゲル、アドバイスサンキューな」 拳の親指を立ててきたサトシに、やや照れながらシゲルが応えていた。 それを見てカスミは妙な勘繰りをする事をやめてしまっていた。 どう考えても普通のバトルであったし、マダツボミの育てられ具合もコレといった特徴のないものであった。 「喜ぶのはいいけど、ポッポはしっかり攻撃受けちゃったんだから気遣ってバトルしなさいよ、サトシ」 「ねえ、おじさん。勝ち抜きだから、やっぱり次のバトルの前にポッポの傷を看てあげるとかってのはなしよね?」 「そりゃあ、勝ち抜きだからね。それはなしだ。さて、少年のお連れの子たちは先に進んでくれ。次の相手が待っているぞ」 司会のおじさんに押されるように、サトシたちは次の対戦相手の前に差し出された。 つられる様に人垣を作っていたトレーナー達がもっと良く見ようとゴールデンブリッジに足をかけようとするが、止められていた。 大勢で押しかけると危ないからと言う理由らしく、サトシたちは四人で橋の上を進んでいった。 二人目の相手は、幸運にも虫タイプであるスピアーであった。 虫タイプと飛行タイプのポッポの相性は最良であり、鋭い針に冷やりとさせられる間もなく撃破となった。 三人目は有利でも不利でもないサンドが相手であったが、さすがにポッポに疲れが見え始め倒されてしまう。 二番手としてサトシが放ったのはプリンであり、歌う攻撃であっさりサンドを眠らせてしまった。 この時に気づいた事だが、プリンの歌が相手のポケモンだけに作用するように変化していた。 「どうやら、以前は誰でもいいから歌を聴いて欲しくて、歌を聴いた人全てに催眠作用が発生したんだろう」 とは、シゲルの説明であった。 順当に三人目も勝ち抜けたサトシは、そのまま四人目もプリンで。 さすがに五人目でフシギダネと交代させたが、無事に五人抜き達成を果たした。 「よし、五人抜き達成だぜ!」 「ダネ」 「豪華賞品、豪華賞品。一体何かしら!」 サトシがフシギダネを抱えてクルクルと回り、両手を叩いてルカサが喜んでいた。 「しかしこういう場合、五人目は橋の終点辺りにいるものじゃないのか?」 「そうね、ここって思いっきりゴールデンブリッジの中央よね」 今サトシたちが居るのはカスミの言った通り、計ったようにゴールデンブリッジの中央であった。 橋から少しでも顔を出せば、轟音を鳴らしながら流れる激流がはるか下に見える。 サトシがフシギダネをモンスターボールに戻してから先へ進もうとすると、ゴールデンブリッジの向こう側から一人の女性が歩いてきた。 すると今まで勝ち抜いてきたトレーナーたちが後ろから迫るように集まってきた。 どうやらここで豪華賞品とやらをもらえると思ったのは甘かった。 初めは遠目でわからなかったが燃えるような赤い髪を持った女性の隣には、正反対の水色の髪を持った男の影があった。 そして何よりも二人の薄いグレー色の特徴的な服装には見覚えがあった。 「五人抜きおめでとう、坊や。控えのポケモンとは言え、部下達を五人抜きするなんて随分成長したじゃないか」 「まあ、花を持たせる為に少しばかり手加減してた奴もいたけどね。折角自信がついたところ悪いね」 「お前達、確か……ほら、お月見山で」 カスミが一人誰だと首を傾げていたが、ルカサに耳打ちされエッと言う顔をしていた。 「前回は自己紹介がなかったわね、私の名はムサシ」 「俺はコジロウだ。もう解ってると思うが、君たちの後ろに居る人たち、司会の男も含めてロケット団さ」 振り返ってみれば、勝ち抜いてきた五人と司会の男達がモンスターボールを手に待ち構えていた。 後ろは完全に包囲され、前方はムサシとコジロウと完全にサトシたちは囲まれてしまっていた。 一応は一般のトレーナーが橋を戻った先に居るのだが、橋に足を踏み入れることなくどうなったんだと眺めているのみであった。 このイベントの主催者がロケット団などとは欠片も思って居なさそうである。 「僕らをどうするつもりだ。何故わざわざこんな手の込んだ事をする?」 今はまだ襲い掛かってくる気配のないムサシたちを前に、シゲルが問いかけた。 確かに現状ではサトシたちを罠にかけたように見えるが、ゴールデンブリッジに来たのは全くの偶然である。 あらかじめ先を読んでこのイベントを仕掛けておいたとも思えない。 「本当は一般のトレーナーに邪魔されたくなくて開いたイベントなんだけどね。コイキング詐欺での陽動を誰かさんたちが駄目にしてくれちゃって」 「コジロウ、余計な事は言わなくていいの。さて、坊や達。いくら無鉄砲が売りでも、この状況がわからないわけもないわね。よく考えて答えなさい。ロケット団に入る気はないかい?」 思いも寄らない誘いは、ムサシの目を見る限り本気であった。 「坊や達はまだまだ弱い。だが弱いながらもお月見山では私達から一方の化石を奪い返し、昨日はコイキング詐欺を任せた団員を退けた。見所があるって事さ」 「それに君らはチームとしてもバランスが良い。行動力を持つ切り込み隊長、知恵を持つ司令官。そして気付いたのはさっきだが、そこの女の子はドクターとしての知識があるみたいだね」 褒められたとしても素直に喜べるはずもなく、サトシたちは寄り警戒を込めてムサシとコジロウを見た。 答えなど初めから決まっており、言うまでもない。 三人の目つきから言葉以上に返答を貰ったムサシがふっと笑った。 それはあらかじめ答えがわかっていて、あえて聞いたとでも言うような笑みであった。 「そもそもそんな気があれば、最初から邪魔なんてしないか。残念だよ」 「さっきから聞いてれば、好き勝手言ってくれちゃって!」 ジリジリと橋の隅、落下防止柵がある所まで追い込まれている状況から叫んだのはカスミであった。 「これ以上ハナダシティの周りで、ハナダジムの周りで暴れられてたまるもんですか」 「まずい、ルカサ、カスミを止めてくれ」 ヒトデマンの入ったモンスターボールを投げようとしたカスミを、間一髪ルカサが後ろから止めた。 カスミは今日こそ複数のポケモンを持ってきて自信があるようだが、シゲルとしてはもう少し会話を長引かせて時間が欲しかった。 それ以上にムサシとコジロウを刺激したくなかったのだ。 以前は逃げる彼らを追う形で何時でも引くことが出来たが、あいにく今度はこちらが逃げられないように周りを固められてしまっている。 「ルカサ、私なら絶対に負けないから」 「普通のトレーナーには無理よ。特にあの二人は、ロケット団の中でも別格なんだから」 「おやおや、今まで気にしてなかったけどいつの間にか一人増えてたのね」 「一人増えようが、二人増えようがかまわないさ。お別れの時間だ、君たち」 コジロウが手を挙げると、ロケット団の団員達が一斉にモンスターボールを放り投げた。 どうすればこの窮地を脱する事が出来るのか、シゲルの脳が高速に働きだすと、サトシが静かな事に気づいた。 何も手が思い浮かばないせいで逃避の形でそう思ったのかもしれないが、シゲルの感に引っかかった。 振り返った時、サトシはロケット団ではなく橋の落下防止柵から身を乗り出してはるか下を覗き込んでいた。 そしてロケット団が放ったポケモンたちの嘶きを耳にすると、振り返り言った。 「シゲル、ルカサ、カスミ。こっちだ。飛び降りるぞ!」 「ば、馬鹿言わないで。この下は激流も激流で。水ポケモンでさえ流されかねない河って有名なのよ」 「いいから今はサトシの言う通りにするんだ。ルカサ!」 「わかってる、カスミほら。こっち」 サトシが最初に柵を乗り越え、続いてルカサやシゲル、そしてカスミが柵を乗り越えるのをムサシたちは黙ってみていた。 それは谷底の河の流れを知っているためであり、決してサトシたちが飛び降りないと確信していたからだ。 「ちっ、さすがにこんな状況じゃ、見物人のトレーナー達が異変に気付くわね。コジロウ、終わらせて上げなさい」 「ムサシが命令すりゃいいのに。俺だってこういうの好きじゃないんだけどな。ほら、お前ら逃げ場を失った可哀想な新米トレーナーたちを送ってあげてくれ」 明らかに数分も経たないうちにロケット団員たちが、ポケモンの技をサトシたちに放ってくるだろう。 下を見れば激流がうねり上げる冷たい河が待っており、助かる道など何一つ見えない。 だと言うのにサトシは全く諦めておらず、何事か耳打ちされたシゲルもまた同じであった。 「どうするの? やっぱり私がバトルした方がいいんじゃない?!」 「ロケット団を、しかも私達の倍居る人数を囲まれた状態で切り抜けられるはずないでしょ。サトシ、シゲル。何するか知らないけど、失敗したら思いっきり拳骨だからね」 「俺に任せておけばどうにかなる。いくぞ!」 次の瞬間、いつもの台詞を放ったサトシが、あろう事かルカサとカスミを巻き込みながら飛び降りた。 下からの強風に一瞬だが体が浮かび無重力を味わう。 橋の向こう側からは見物人たちの悲鳴が上がり、風に押し上げられていって消えた。 あとは遥か下まで落ちるのみであった。 「う、嘘でしょ?!」 「僕もサトシも大真面目だ!」 涙交じりのカスミの叫びに、ほぼ同時に飛び降りていたシゲルが答えた。 「フシギダネ、二人に向けてつるのムチだ」 無重力状態である刹那の間にサトシが行ったのは、モンスターボールを投げつける事であった。 飛び出したフシギダネが現れたのは、ゴールデンブリッジの裏側にある鉄骨が張り巡らされた僅かなスペースである。 そこへとしがみ付くと、落下を始めたルカサとカスミにつるのムチを伸ばし、胴へとくくりつける。 お腹が締め付けられて苦しそうに呻いた二人をフシギダネが引っ張り上げるも、サトシとシゲルはまだ落下中であった。 「サトシ手を伸ばせ。イシツブテ、君の力を貸してくれ」 モンスターボールを投げつけることなくイシツブテを飛び出させたシゲルは、その太くたくましい腕を掴み、同時にサトシへと手を伸ばした。 自分達もまたイシツブテに橋の裏側に運んでもらい、ロケット団たちに飛び降りたと思わせなければならない。 打ち合わせ通り、サトシとシゲルがお互いに手を伸ばした。 ここまで何一つのミスもなく、上手く行っていたのだ。 二人の手もまた打ち合わせどおりに行くはずが、真下から吹き上げてきた強風がそれを不可能にした。 「サトシ!」 丁度間を通り抜けた風が二人を引き離し、サトシが一人谷底へと落ちていこうとしていた。 「ダネダ!」 「こんな所から落ちたら本当にどうにかなっちゃうわよ、馬鹿サトシ!」 一度は助かりながらも、フシギダネとカスミが落ちていくサトシ目掛けて飛び降りていった。 思わず手を伸ばし落ちそうになったルカサを止めたのは、イシツブテの手により橋の裏側へと運ばれたシゲルであった。 歯を食いしばり、ルカサが悲鳴を上げぬように口を閉じさせる。 落ちていく三つの影を見失わないように目に焼き付けていると、その姿が小さな光に包まれ一瞬にして消えていた。 声も鳴くしばらくじっとしていると、橋の上をバタバタと複数の落下防止用の柵へと駆け寄るのが解った。 「意地を張った挙句、冷たい激流の中にどぼんか。馬鹿な坊やたちだよ」 「気にやむなんてムサシらしくないな。直にここも騒がしくなる。もう邪魔をしてくる奴は河の底だけど、急いで撤収の準備をはじめよう。もう十分に目的は果たしてる」 「本当に、命を粗末にして馬鹿な坊やたち。引き上げるよ。さすがに間抜けなトレーナーたちも騒ぎ出す。日が落ちるまでには、礼の物を持って撤収する。ないとは思うけれど、邪魔する奴が居たら適当に蹴散らしておやり」 ハナダシティとは逆方向へと、複数人の足音が進んでいくのをシゲルとルカサは聞きながらジッと耐えていた。 結局サトシはシゲルの手をすり抜けて谷底へ落ち、そのサトシを追ってフシギダネとカスミが谷底へ飛び込んでいった。 果てしなく絶望的な状況の中で、シゲルもルカサもまだ希望を失いはしていなかった。 なぜならその目でしかと見たからだ。 谷底へと落ちていこうとするサトシ、そしてフシギダネとカスミの姿が、光の中に消えていく瞬間を。
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