第八話 プリンの歌
 その光景はさながら地獄のようであった。
 ギラギラと照りつける太陽の下、死屍累々と辺り一面に倒れ伏すトレーナーとポケモンたち。
 石ころと岩ばかりの不毛な山道が光景の凶悪さに拍車をかけていた。
 意識を保っているものは誰一人おらず、ただ時間だけが何事もなかったかのように静かに流れていた。
 ニビシティからお月見山へと続く山道の途中で、サトシタたちが出くわしたのはそんな光景であった。
「ね、ねえ……なにが、一体なにがあったのよ。私こういう怖いの駄目なの!」
「お前いくら何でも弱点多すぎないか。怖いってのは同感だけど」
「うるさいわね。女の子は苦手なものがあるぐらいが可愛いのよ!」
 ギャーギャーと二人が言い争っていると、一人シゲルが身長に倒れているトレーナー達へと近づいていった。
 毒か何かの類か、ハンカチを口元に当てることを忘れずにゆっくりと近づいていく。
 手始めに、一番近い場所で倒れているトレーナーの女の子に近づいたシゲルが何かに気付いたように身じろいだ。
「シゲル、どうした?!」
 声を失ってしまったかのように、シゲルは振り向いて来い来いとサトシたちを呼び寄せた。
 二人で顔を見合わせたサトシとルカサは、ゆっくりと、特にルカサはサトシを盾にしながら近寄っていく。
 未だトレーナーの女の子の前でしゃがみ込んでいるシゲルに近づくと音が聞こえた。
 それは周りの光景に反して穏やかな、安らぎに満ちた音であった。
「すー……すー…………」
 三人の視線がある一点で交わった。
 トレーナーの女の子の口元である。
「寝ているだけだ。この子も、この子のポケモンも。恐らくはここにいる十数人全てが」
 それを聞いたサトシが今度は別のトレーナーへと駆け寄ると、こちらは男のため豪快な寝息を立てていた。
 シゲルの言ったことに間違いはなく、とりあえず空を吸い込むほどに口をあけて言い放った。
「なんだよ、それは!!」
 誰に向けたかも解らないサトシの突っ込みは、更なる謎を呼ぶことになった。
 思わずシゲルやルカサが耳を塞ぐほどの大声であったにも関わらず、眠っているトレーナーたちが一人も目を覚まさなかったのだ。
 場所もさることながら、眠りそのものが普通のものではないと思っていると山の上からサイレンを鳴らした救急車が勢い良く下ってきていた。
 スリップし、そのまま山の下まで落ちていくのではと思うような無茶な止まり方をした救急車からポケモンセンターのジョーイさんとピンク色のポケモンが降りてきた。
「まったくだから言ったのに。ラッキー、ポケモンたちをお願い。そこの君たち、トレーナーの子達を救急車に押し込むのを手伝ってちょうだい」
「それは構いませんが……後で事情を教えてくださいね。サトシ、ルカサ」
「俺たちだけでもきついな。フシギダネたちにも手伝ってもらおうぜ」
「それもそうね。ゼニガメ、少し手伝ってちょうだい」
 とりあえず眠りこけているトレーナー達を無理やり救急車に押し込む作業が始まった。
 サトシとシゲルが主に男のトレーナーを、女の子やポケモンたちをルカサやフシギダネたちが運び始めた。
 最初は丁寧に運んでいたサトシたちであったが、余りの人数の多さに、ジョーイさんのトレーナーたちの乱暴な扱いを見て真似をするようになった。
 どうやらジョーイさんはかなりイラついているようで、トレーナー達を救急車へと放り込んでいた。
 まるで荷物のように眠りこけているトレーナーやポケモンたちを運び込むと、救急車はあと運転席と助手席しか乗り込む場所がなかった。
「手伝ってもらったのにごめんなさいね。もう少し歩いたらポケモンセンターが見えるから、是非寄ってちょうだいね」
「ラッキー」
 ピコピコと手を振ってくれたラッキーに対して、特にルカサが元気良く手を振っていた。
 結局何があったのか聞く暇もなく、余計な作業ですっかり疲れてしまった手足を動かしてサトシたちは歩き出した。





 ジョーイさんの言っていたポケモンセンターは山道を上りきった先にあった。
 看板にお月見山への道しるべがあったため、山へ入る前の休憩所にもなっているのだろう。
 そのポケモンセンターへと足を踏み入れると、先ほどの山道以上の光景が広がっていた。
 ロビーのソファーはもちろんの事、果ては廊下に人が寝かされていたり、座った状態で壁にもたれかからされていた。
「これ全部さっきの人達と同じで眠ってんのか?」
「なんだか野戦病院みたい」
「ここまでとは、一体何があったんだ」
 一度ならず二度までも眠りこけているトレーナー達を見させられ戸惑っていると、先ほどのジョーイさんが忙しそうに走り回っているのが見えた。
 声を掛けるのも忍びないほどに急がしそうで、とりあえず勝手にその辺に座って休もうかとしているとジョーイさんの方がこちらに気付いてきた。
「君たちはさっき手伝ってくれた子たちね。本当に助かったわ。ラッキーと私だけじゃ、もっと時間がかかっていたから」
「それは良いのですが、この状況を説明してもらえますか?」
「あ、ごめんなさい。事情を知らない子たちだったのね。それなのに有無を言わさず手伝わせて御免なさい」
 ペコリと頭を下げてからジョーイさんはこの怪現象の説明をしてくれた。
「実はね、最近この辺りにどこからかプリンが現れるようになったの」
「プリンですか。プリンってあのピンク色でまん丸ですっごく、可愛い。いいなぁ、見てみたい。ゲットしたい!」
「丸くてピンクで……桃?」
「微妙なボケをかますな、サトシ。知りたけりゃポケモン図鑑を使えよ。割と有名なポケモンだから載ってるはずだ」
 一人話しについていけなかったサトシは置いておいて、見てみたいとはしゃぐルカサを前にジョーイさんは溜息をついていた。
 まるで貴方のような人が多くて困っているのよと言いたげに。
「そのプリンが現れるって噂からどんどんトレーナー達が挑戦したんだけれど、ことごとく眠らされちゃって。おかげでこのポケモンセンターは毎日大忙し。関わっちゃ駄目だって言っても、プリンは可愛くて人気があるから皆言うことを聞いてくれなくて」
「ラキ、ラッキー」
 本当に困ったように、迷惑そうにジョーイさんが言うと、ナースキャップを被ったラッキーが呼びにきた。
 何かカルテのようなものを渡され見ていたジョーイさんは、すぐに踵を返して仕事に戻ろうとする。
 ただし、サトシたちにきっちり釘を刺すことを忘れては居なかった。
「いいわね。プリンを探そうだなんて思っちゃ駄目よ。もし眠った状態で運ばれてきても、ポケモンセンターとしてはもう対処しきれませんからね」
「はーい、ジョーイさんお仕事がんばってくださいね」
 元気良くジョーイを見送るルカサの顔は、妙な笑みを浮かべていた。
 長年の付き合いのサトシやシゲルは、その顔を見ただけでルカサがこの後どうするかわかってしまった。
 人一倍弱点の多いルカサは、自分が可愛いと思ったものに対しては人一倍愛着をわかせるタイプである。
 厄介なことにならないように、ソロソロと二人が逃げ出すも、間に合うことはなかった。
 しっかりとルカサの両手が、サトシとシゲルの服の襟首を掴んでいた。
「何処へ行くのかな、二人とも。ちょっと私に付き合ってくれるかな?」
「すまないが、ルカサ。僕は忙しそうなジョーイさんの手助けになればと。手伝いを買って出ようかと思っていたところだ」
「お、俺はアレだ。勉強の為にポケモン図鑑でプリンの事を綿密に調べて」
「馬鹿!」
 シゲルが言い訳に失敗したサトシの口を塞ぐも遅かった。
 浮かべていた笑みを深めさせていたルカサが、信じられない力を発揮して二人を引っ張り始めたのだ。
「嬉しい、私の為にプリンをゲットする力になってくれるなんて。良い幼馴染を持って幸せ、私」
「サトシ、恨むぞ。このまま眠りこけてポケモンセンターに運び込まれてみろ。ジョーイさん直々の忠告を無視した僕らは、間違いなく叱られる」
「すまない、シゲル。でもプリンってポケモンと関わってなんで皆寝てるんだ?」
「プリンは可愛いだけじゃなく、その素敵な歌声で皆を眠らせるからよ。ああ、楽しみだなあ」
 ズルズルと二人を引っ張りながら、ルカサは苦労して上ってきた山の道のりを下り始めた。
 もちろん途中からは大人しく観念したサトシもシゲルも自分達の足で歩き始めた。
 いくら表向きは反対しようとも、人気のあるポケモンが気にならないかと聞かれれば嘘になるからだ。
 毒を喰らわば皿までの精神で、ルカサに協力することにしてしまった。
「とりあえずこの辺りに出ると言う情報はあるんだ。あと実際にゲットするのはルカサって事でいいな?」
「浮かれ状態のルカサに逆らって酷い目にあいたくないから了解だぜ」
「そうね、私以外がゲットしそうになったら一生懸命邪魔するから大丈夫よ」
 先ほど大勢のトレーナーが倒れていた場所まで戻ると、早速プリン探しが始まった。
 そして捜索開始一秒も経たないうちにプリンの方から姿を現した。
 どうにもプリンの方がトレーナーを探していたようなタイミングで、この辺りで一番大きい岩の上にプリンが現れた。
 余りに突然の事でルカサでさえ固まっていると、なにやらプリンが口の下、喉元辺りに手を当てて発生の練習をし始めた。
「プープリ、プー」
「二人とも耳を閉じるんだ。プリンの歌は強烈だぞ!」
 バトルを始める前から歌うのなんてありかと、シゲルが叫ぶも遅かった。
 何しろ探し物が向こうからやってきたおかげで、叫んだシゲルでさえ耳を塞ぐ事は叶わなかったのだ。
 身動き出来ない三人を前に、透明感のあるプリンの歌声があたりの岩にしみこむように響き渡っていく。
「プープルルップープリー」
 プリンの歌が体に染みこむにつれ、穏やかになっていく自分の心音。
 このまま心臓が止まってしまうかと思う程に、心臓の鼓動が落ち着いていき、やがて三人の膝が折れた。
 地面は硬い岩肌だと言うのに、まるでそれが至高のベッドであるように錯覚してしまう程の眠気に襲われる。
 抵抗と言う言葉も思い浮かぶことはなく、あと少しで熟睡の域に到達する直前、ピタリとプリンの歌が止んだ。
 誰かが邪魔をしたわけでもなく、プリンがプリンの意思で歌うことをやめていた。
「プリ…………」
 一体どういうことか、岩の上からプリンが飛び降りるとしょぼくれたように肩を落として何処かへ去ろうと歩き出した。
「効いたあ。シゲルの言った通り、本当に強烈な歌だったぜ。十分にバトルで通用するな」
「ああ、でもどうして。どうしてあのプリンは手当たり次第にトレーナーを眠らせてたんだ? 何が目的で」
「もしかして、バトルとかじゃなくて。単純に自分の歌を聞いて欲しかったんじゃない?」
「プリ?!」
 ポツリとルカサが漏らした途端、何処かへと去ろうとしていたプリンが振り返った。
 そして走って戻ってくると身振り手振りを交えて、ルカサの言葉を肯定し始めた。
 サトシたちにはプリっとしか聞こえない言葉であったが、一生懸命なプリンの情熱は十分伝わることになった。
 折角綺麗な歌声を持っているのだから、それを聴いて欲しいと思うのは至極当然なことである。
 こうなったらしっかり歌を聴いてやるのが望ましいのだが、一つ問題があった。
「肝心なのはプリンの歌の眠気作用をどう我慢するかだ」
「一応眠気覚ましなら幾つか常備してるけど。プリンが満足するまで効果持続するかしら」
「数でも勝負だ。眠気覚ましの分だけフシギダネたちも出そうぜ」
 歌を聴いてくれるとあって、先ほどからプリンはウキウキと待ち焦がれていた。
 ぷよぷよ体を上下させている姿は、さすが人気ポケモンらしく愛らしかった。
 可愛いもの大好きなルカサでなくとも、なんとか歌を聴いてやりたいと思ってしまう。
「決まりだな。常備薬の数だけポケモンを出して、プリンの歌を皆で耐える。もちろん耳を塞いだり、歌をやり過ごそうってのはなしだ」
「解ってるわよそれぐらい。あれだけ楽しみにしてるんだもん。ちゃんと聴いてあげないと可哀想よ。ほら、サトシもシゲルの分の眠気覚まし」
「俺たちが飲んでも大丈夫なのか?」
「確かにポケモン用だけど、人間が飲んでもしっかり効果はあるはずよ。あまりお勧めできないけれどね」
 ルカサの余計な一言で呑みづらくなったが、三人とも錠剤を口の中に放り込んで一気に飲み下した。
 残る薬は三つであり、それぞれがフシギダネ、ヒトカゲ、ゼニガメを出した。
 三匹にも眠気覚ましを与えてから、簡単に状況を説明していると、プリンの方も準備を始めていた。
 再びこの辺りで一番大きな岩へと上り始め、恐らくはそれがステージとなるのだろう。
 軽い発声練習をしながら、サトシたち観客の準備が終わるのを待っていた。
「状況がわかったのなら、プリンの歌をしっかり聴いてやるんだぞ」
「カァ」
「ゼニ」
「ダネダネ」
 シゲルの言葉に三匹がしっかり返事を行うとルカサが、プリンへと言った。
「こっちは準備オッケーよ。しっかり歌っちゃいなさい」
「プリー!」
 元気良くプリンが言うと、サトシたちから盛大とはいえないまでも拍手が送られた。
 応えるようにプリンがペコリとお辞儀をすると、その口を開いた。
 来るかとサトシたちにも力が入り、プリンが歌い始めた。
 相変わらず透明感のある澄んだ声があたりに響き渡り、全てを包み込むように広がっていく。
 心配していたような眠気はサトシたちにも起こらなかったが、安心するのはまだ早かった。
「プープルルップープリー」
 一向に眠る気配を見せないサトシたちに気を良くしたのか、プリンの声が少しばかり大きくなった。
 自分の歌を聞いてもらえて嬉しくなったからだろう。
 どんどんプリンの調子が上向きとなり、精魂込めて歌い始めた。
 それはとてもよいことなのだが、少しずつ弊害が出始めていた。
「ちょっと、まずくないかしら?」
 最初にそう言い出したのはルカサであり、隣に居たゼニガメは今にも首が甲羅の中に引っ込みそうであった。
 プリンの調子があがるにつれ、眠気覚ましが効かなくなってきたのだ。
 今直ぐに眠ってしまうというわけではなかったが、ジワジワと忘れていたはずの眠気が蘇ってくる。
「まさかここまでプリンの歌が凄いとは。だけどここで我慢しないと、気持ちよく歌えているプリンの気持ちが」
「カァー……カッゲー…………」
 言っているそばから、船を漕いでいたシゲルのヒトカゲが力尽きていた。
 揺り起こそうと延ばしたシゲルの手も、ヒトカゲを外れてがくりと地面についていた。
 首を振り払ってもこびり付いた汚れのように睡魔は離れてはくれなかった。
 助けを求めるようにシゲルがルカサを見たが、耐え切れずすでにゼニガメと共に夢の中へと落ちようとしていた。
「ごめんシゲル。もう、私駄目」
「くっ、サトシとフシギダネは……」
 自分ももう限界だとシゲルがサトシとフシギダネを見ると、二人ともつっかえ棒をまぶたに入れる勢いで瞳を開いていた。
 顔の全神経を酷使して、落ちてくるまぶたと戦っていた。
「シゲル、眠たいなら寝てていいぞ。プリンの歌は俺が最後まで聴いてみせる。俺はポケモンマスターになるんだ。世界一ポケモンが大好きで、世界一ポケモンに好かれる存在に」
 その言葉を聞いたのを最後に、シゲルは力尽きたように倒れこんでしまった。
 残るはサトシとフシギダネとなってしまい、それに気付いたプリンの声のトーンが若干下がってしまう。
 やはり駄目だったのかと表情まで曇り始めたプリンに対して、サトシはガチガチになった顔を酷使して笑いかける。
「プリン、どうせ歌うなら楽しそうに歌ってくれよ。歌の事はよくわからないけど、俺はお前の歌が大好きだぜ」
「プリー!!」
 感動したように鳴いたプリンの歌声が元に戻るが、同時に襲ってくる眠気もまた元に戻っていた。
 大好きだといった手前、何があっても眠るわけにはいかなくなったサトシは、限界の近いフシギダネに言った。
「フシギダネ、ヤドリギの種だ」
「ダネ?!」
「眠気を覚ますなんて生ぬるい考えじゃ駄目だ。もう後は痛みで無理やり自分を起こさないと。ヤドリギの種だ。その後は存分に眠ってくれ。後は俺に任せておけばどうにかなる」
「ダ、ネ……」
 最後に背中の種からヤドリギの種を放出してフシギダネは倒れた。
 サトシの背中に付着したヤドリギの種は、相手がサトシであろうと立派に発芽し体を絡めとり始めた。
 そのままギリギリとサトシを締め付け、今だけはありがたいことにプリンの歌による眠気を払ってくれた。
「プリ?!」
 さすがにコレにはプリンが驚いて歌うことをやめてしまうが、サトシは苦悶に顔をゆがめながらも先ほどのように笑って見せた。
「大丈夫だ。だから歌ってくれよ。聴かせてくれよ、俺の大好きなお前の、大好きな歌を」
 サトシの言葉に感極まったプリンは大粒の瞳に涙を浮かべ、大きく息を吸い込んで歌った。
 コレまでよりも一段と綺麗で優しい音色に、今度こそサトシは耐え切れず眠り込んでしまった。





 次にサトシが目を覚ました時に飛び込んできたのは、心配そうに自分を覗き込んでいるルカサとシゲルであった。
 自分が目を覚ましたことで安堵の表情を浮かべた二人を見ながら体を起こそうとすると、激しい痛みに襲われてまた横になる。
「あー、よかったわ。全く、自分の体にヤドリギの種を埋め込むなんて馬鹿じゃないの。少しは後のこと考えなさいよね」
「ここはポケモンセンターの病室の一室だ。気分はどうだ、サトシ」
「体がいた……プリンは? 俺寝ちまったのか?!」
 あれほど豪語したと言うのに寝てしまうとはと後悔していると、お腹の上にずっしりと乗ってきたものが居た。
 ピンク色の丸い物体、あのプリンである。
 サトシの意識がしっかりした事を確認してから抱きつくようにしている。
「プリ、プリー!」
「あれ?」
「その子がね、眠っちゃった私達をポケモンセンターまで運んでくれたの。ただしアンタだけはヤドリギの種のこともあって病室行き」
「相当気に入られたようだな。僕らをポケモンセンターに運んだ後も、お前のそばから離れようとはしなかったぞ」
 とりあえずゆっくりと体を起こすと、サトシは抱きついてくるプリンの頭を撫でてやった。
 結局約束は守れなかったが、十分プリンの気は済んだようであった。
 それ以上に、自分のそばからプリンが離れなかったことを聞いて、念のためサトシは聞いてみた。
「お前、俺と一緒に来るか?」
「プリーッ!」
 当然とでも言いたげな鳴き声に、サトシは空のモンスターボールをコツンとプリンに押し当てた。
 モンスターボールに収納される直前までサトシに抱きついていたプリンは、一切の抵抗を見せずに吸い込まれていった。
「プリン、ゲットだ……ぜ」
 しっかりとプリンが入ったモンスターボールを握り締めながら、サトシは再びベッドの上へと倒れこんでいった。
 まだまだ体力が回復しきっていないのだからそれも仕方が無いだろう。
 寝息一つ立てず眠るサトシを見ていたルカサが、唐突にサトシの鼻の頭をでこピンで叩いていた。
「あ〜あ、結局プリンをサトシにゲットされちゃったな。なんだか最近サトシに先を越されてばかりで悔しい」
「でもまあポケモンに対する覚悟の違いかな。ヤドリギの種をその身に宿してまでって考えは浮かんでも中々出来る芸当じゃないよ」
「ポケモンへの愛情で負けてちゃポケモンドクターを目指す身としては黙ってられないわ。まずは二人でジョーイさんに叱られてきましょう?」
「騒動の元だったプリンをサトシがゲットしたとは言え、言いつけを破ったことに違いはないからね」
 眠るサトシを一人置いて、二人はジョーイの下へと部屋を出て歩いていった。

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