第四話 トキワの森
 新緑が太陽の光を照り返し、思っていたよりもずっと明るい印象を持ったトキワの森の中。
 今回はサトシに加え、何故かシゲルまでもがポケモンを探せとばかりに森の中を駆けずり回っていた。
 サトシはサトシである故に仕方が無いのだが、シゲルは一体どうした事か、ルカサが声を荒くして言った。
「ちょっとシゲル、アンタまでサトシと一緒になって何やってるのよ。トキワの森を抜けてニビシティに行くんでしょ?」
「ニビシティは逃げやしないよ。それに次のポケモンリーグまではほぼ一年ある。サトシにも了解は得ているさ」
「私への了解はどうなってるのよ!」
 最後までルカサの言葉を聞かずにシゲルは行ってしまい、一人森の中に残されたルカサは寒気でもするように両腕で自分を抱きしめていた。
 キョロキョロと落ち着きなく辺りを見渡しては、どうか出てきませんようにと心の中で願う。
 ポケモンを治療するポケモンドクターを目指しながら、生まれ持ってしまった最大の弱点。
 そよ風一つに茂みが揺れる程度でさえ、ビクリと震えたルカサは警戒を張り巡らせ現れるかもしれないそれに備えていた。
「おっかしいな。トキワの森は虫ポケモンの宝庫だって聞いたんだけど、探してみるとなかなかいないもんだな」
「虫タイプのポケモンは、まわりの変化に敏感だからね。必死に探している僕らの気配を察して……」
 走り回っていたサトシとシゲルが落ち合い、出会わない虫タイプポケモンについて話し合っていると、何故かその視線がルカサに集中した。
「な、なによ。もう諦めたのなら、こんな森さっさと抜けようよ」
「「いたッ!!」」
 重なる声にビクリとしたルカサは、次に目の前に飛び込んできたそれにもっと驚いた。
 周りを包み込む新緑に似た色の体を持った、ウネウネと動く体。
 自らが吐いた糸を伝って上から降りてきたキャタピーを見て、ルカサは青ざめると同時に悲鳴を挙げていた。
「いや、出た。虫、ムシーッ! はやく、サトシもシゲルもこれをどっかにやってよ。欲しいならバトルしていいから!!」
 バタバタと振った手がキャタピーを直撃し、伝っていた糸が切れてキャタピーが地面へと落っこちた。
 不覚にも地面に放り出される形となったキャタピーは明らかにルカサへと怒っていた。
 サトシもシゲルもできる事ならゲットしたかったのだが、キャタピーはすでにルカサをバトルの相手と見定めている。
 うねる体を直立させて、精一杯自分を大きく見せて威嚇までし始めていた。
「ルカサ、ゼニガメ。ゼニガメを出せ、キャタピーはすでにバトルする気まんまんだぞ」
「しかし特定のポケモンを嫌うポケモンドクターって、職業的にどうなんだろうな」
「仕方が無いじゃない。駄目なものは、駄目なのよ!」
 煽るサトシと、人の気にしている事を逆撫でるシゲルを睨みつつ、ルカサは涙目で腰のベルトからモンスターボールを握った。
 男二人が役立たずどころか、助ける気配を見せない為に、せめて貴方だけはと放り投げた。
「ゼニガメ、お願い。デリカシーのない馬鹿二人の代わりに、あの子を追い払って!」
 モンスターボールの中から願いどおりゼニガメが登場したが、何もかも願い通りとはいかなかった。
 キャタピーの正面に飛び出したゼニガメが、あろう事か逃げ出すようにしてルカサの後ろへと隠れてしまったのだ。
 だがチラチラと顔を覗かせてはキャタピーを見ていることから、恐れたと言うよりも単に人見知りからなのは明白であった。
「ああ、もう。何時もは可愛い行動も今は駄目なの。お願いだから、まともに戦って」
「ゼ、ゼニゼニガ!」
 後ろに隠れたゼニガメをなんとか前へと押し出すと、何度か振り向いたゼニガメが少しだけやる気を出してくれたように見えた。
「キァーッ!」
 子供の悲鳴のような高い鳴き声を発したキャタピーが真っ白な糸を吐き出した。
 ゼニガメの近くにいたルカサは、自分まで巻き込まれそうになり一時退避したのだが、何時もよりも自分の足が重いことに気付いた。
 それもそのはずで、ちゃっかりゼニガメがルカサの足にしがみ付いてくっついてきていた。
「こらこら、君の相手はあっち。もうそのままでもいいわ、ゼニガメあわを吐くよ!」
「ゼニ!」
 ルカサの足にくっついたままで、指示通りゼニガメは口からあわを吐き出し始めた。
 ふわふわと風に流されて飛んでいたあわは、キャタピーを包み込むとパチパチと弾けてダメージを負わせていく。
 傍目には大した攻撃に見えないが、あわがはじける時に殴りつけたような衝撃が加わるはずである。
 これでもか、これでもかと吐き出されたあわは、キャタピーを包み込むほどに多くなり、やがてキャタピーの悲鳴も途絶えていった。
「あは、ありがとうゼニガメ。あ〜、良い子、良い子。もう大好き」
 ゼニガメを抱き上げたルカサは、自分の顔より上に持ち上げてクルクルと回りながら賞賛する。
 そこまでは良かったのだが、ゼニガメのあわはまだ口からこぼれてきていた。
 そのあわが地面に落ち、その上へとルカサが運悪く足を置いてしまった。
「あらッ?」
 ズルリと足元がすべり、ルカサの視界の中がグルリと回転した。
 綺麗に尻餅をついたルカサを、半分放り出される形となったゼニガメが心配して声を掛ける。
「ゼニゼ」
「痛ッ、大丈夫大丈夫。貴方のせいなんかじゃ……あれ、あッ!」
 大丈夫ではなかったのは、腰のホルダーから外れたモンスターボールであった。
 転々と転がっていき、未だキャタピーを包み込んでいるあわへと突っ込んでいった。
「ちょっと待っ!」
 無常にもあわのなかからポケモンを取り込む時の、赤い光があふれてきていた。
 そのまま詰まれたあわがもごもごと動いていた。
 しばらくして風によってあわが流された頃には、キャタピーの姿はなく、モンスターボールの姿だけが取り残されていた。
「うそ、ゲットしちゃった」
「やったじゃん、ルカサ。初ゲットだぜ」
「そこに至るまでにお笑い劇場が繰り広げられてはいたけれど、おめでとうルカサ」
「ちっともおめでたくなんかない。ねえ、よかったら貰ってくれない? 二人とも虫タイプのポケモン欲しがってたよね?」
 モンスターボールを拾いもせずに指差してそう言ってきたルカサに、サトシはもとよりシゲルも難色を示していた。
「そりゃないだろ、ルカサ。自分でゲットしたポケモンには責任持てよ」
「それにさっきも言ったけど、君のその虫ポケモンや毒、へびポケモン嫌いは早々に直すべきだよ。ここは一つ、キャタピーから攻略してみたらどうだい。キャタピーはそのうち蝶のバタフリーになるからお勧めだけどね」
「う〜……せめて最初からバタフリーならいいのに」
 そう言いつつ、ルカサはそろりそろりとキャタピーが入っているモンスターボールに近づいていく。
 多少は前向きになった現われなのか、モンスターボールを拾うと一呼吸してから投げつける。
「キャタピー、出てきなさい」
 モンスターボールの中から飛び出したキャタピーが特有の甲高い声を空へと向けてはなった。
 それはまるで早くバタフリーとなって空を飛びたいという憧れを込めた声のように聞こえた。
 が、あまりルカサには関係なかったようである。
 キャタピーの姿を見た途端に後ずさり、逃げようとした所を後ろからサトシとシゲルにとめられる。
「お願い、見逃して。無理なものは無理!」
「無理じゃねえよ。ちゃんと見てみろって、可愛いじゃないか」
「弱点は克服する為に存在してるんだ。急患のポケモンが虫タイプだから無理ですなんて、将来言えると思ってるのか?」
 ジタバタと暴れようとするルカサを二人が必死に止めていると、空を見上げていたキャタピーが自分のご主人たるルカサに気付いた。
 うねうねとその体をくねらせながら前進し、ルカサへとすりよろうとしてくる。
 本人は求愛を示すスキンシップのつもりだろうが、ルカサにとっては恐怖以外の何ものでもなかった。
 キャタピーが近づくにつれ顔色が悪くなっていき、足にピッタリとくっつき頬ずりされた時に限界が訪れた。
「いーやーッ!!」
 キャタピーの声よりもさらに甲高い悲鳴がトキワの森の中へとこだましていった。
 つい先ほどまでルカサを押さえつけていたサトシもシゲルも耳を押さえ、キャタピーはビックリした様子で後ろにコロンと転がっていた。
 そしてルカサの悲鳴が途切れる頃に、何が原因で主人が悲鳴をあげたか悟り、森の奥へと逃げ出してしまう。
「あ、待てよキャタピー!」
「サトシ、見失わないようにしてくれ。ルカサを落ち着けたら、僕も向かう」
 どちらが重労働だったかはともかくとして、サトシは逃げてしまったキャタピーを追って茂みの中へと飛び込んでいった。
 一方シゲルはと言うと、半ばパニックとなって暴れるルカサに殴られたり、ひっかかれたりと生傷を増やしていく事になった。





 ようやく落ち着きを取り戻したルカサを座らせると、シゲルは水筒から冷たい水をコップに注いで渡した。
 しばらくうな垂れていたルカサは、コップを受け取る時に傷だらけになったシゲルの手を見て小さく呟いた。
「ごめん、シゲル」
「まさかあそこまでパニックになるとは僕も思っていなかったよ。だから傷の事は気にしなくて良い。ただ、サトシの奴がキャタピーを連れて戻ってきてくれるといいんだが」
 自分よりも逃げ出したキャタピーをシゲルが心配したのには理由があった。
 まず第一にキャタピーはゲットされる前にゼニガメと戦い、殆ど体力が残っていないはずだからだ。
 そしてこちらの方が一大事なのだが、人にゲットされてたポケモンは正式な手順を踏まない限り、決して自然へと帰る事は出来ない。
 なぜならばゲットされたポケモンは、自然のポケモンから敵視されやすいからだ。
 体力がそこをついている状態でトキワの森のポケモンに襲われれば命すら危ういだろう。
「きつい事を言うようだが、大丈夫なら僕らもキャタピーを探しに行こう。理由はわかっているだろ」
「そうね。それに、このままじゃ駄目だってのは解ってた事なのよ。乗り越えなくちゃ、少しずつでも。よし!」
 立ち上がったルカサは、気合を入れるために自分の両頬を音が鳴るほどの勢いで叩いていた。
 ピシャリと鳴り響いた後には、意思の強さを瞳に宿らせ歩き始めた。
 キャタピーが逃げ出し、サトシが追いかけていった茂みへと入り込み、とりあえず真っ直ぐ歩いてみる。
 背丈の低いキャタピーを見過ごさぬように、時折しゃがんでは低い視界で周りをぐるりと見渡す事は忘れない。
 そうそう簡単にキャタピーが見つかるはずもなく、そして追っていったサトシが戻ってくる事もなかった。
「大丈夫よね、私のキャタピー」
 心配そうに呟いたルカサが、キャタピーを捉えたモンスターボールに触れながら呟いた。
 その言葉に嘘偽りは欠片もなく、本当にルカサはキャタピーを心配していた。
「僕らがポケモンを探し回っていた時には他のポケモンを見なかったから、しばらくは大丈夫だろう。それにしてもサトシの奴まで、何処に行ったんだ?」
「キャタピー、さっきは私が悪かったから帰っておいで!」
 声を張り上げてもやはり返事はなく、二人はさらに森の奥へと足を進めていった。
 真上にあった太陽が下り始め、トキワの森全体が薄っすらと影を覆い始めた頃、その悲鳴は聞こえた。
 人のものではなく、ポケモンのキャタピーの悲鳴であった。
 すぐに声に反応した二人は、互いに顔を見合わせるとすぐに悲鳴の聞こえた方向へと走り始めた。
 細かい枝や雑草で小さな怪我を負いつつ走ると、木々が少ない開けた場所にキャタピーがいた。
 ただし、そのキャタピーの目の前には同じ芋虫ポケモンのビードルが毒針をちらつかせながらキャタピーを威嚇していた。
「まだ間に合うか、ヒトカゲを」
 駆け寄りながらシゲルがヒトカゲの入っているモンスターボールに触れるが、それより早く一つの命令が飛んでいた。
「フシギダネ、つるのムチ!」
「フシャッ!」
 シゲルたちが走ってきたほうとは違う方向から飛び出してきたサトシであった。
 フシギダネの背中から伸びた太いつるが、キャタピーとビードルの丁度中間の地面を叩いた。
 ビクリと驚いたビードルへと、サトシはさらにフシギダネを突っ込ませた。
「体当たり」
 茂みの中から飛び出したときよりもさらに加速したフシギダネが、ビードルの横っ面に思い切りぶつかった。
 軽々と吹き飛ばされたビードルは、多勢に無勢とでも思ったのか一目散に森の奥へと逃げ出してしまう。
「よくやったな、フシギダネ。俺たち決行良いコンビになりつつあるよな」
「ダネダネ」
 笑いかけたサトシとは対照的に、まだまだだとフシギダネは首を横に振っていた。
「くぅー、頑固な奴。絶対に俺を認めさせて大好きにさせてやるからな。俺はすでにお前が大好きだけどな!」
 なかなか認めてくれないフシギダネに一方的な好意を送ってから、サトシはモンスターボールにフシギダネを戻す。
「サトシ、ナイスタイミングだ。どうやら見つけたのはほぼ同時だったらしいな」
「キャタピーって小さいからなかなか見つからないんだぜ。トキワの森中を走った走った。途中でトレーナーにバトルを挑まれたのに、我慢してまで探してたんだぜ」
「君にとっては大した我慢だったな。だけど、これで万事」
「キャタピー、よかった。早くモンスターボールに」
「キァーーッ!!」
 解決とは行かなかったようだ。
 誰よりも早くキャタピーに駆け寄ろうとしたルカサが、キャタピーから威嚇の糸を吐かれたのだ。
 キャタピーの方も直撃させるつもりはなかったようだが、近づくなと言いたかったのは十分すぎるほどルカサに伝わっていた。
 迎えに来るのが遅かったせいか、もうすでにキャタピーのルカサへの不満は不信感へと発展してしまっているようだった。
「ごめんね、キャタピー。貴方が怒るのも当然の事だと思う。私だって人やポケモンに悲鳴を挙げられたら傷つくもの。でも解って欲しいの。私は貴方が嫌いで悲鳴を挙げたわけじゃないの」
「キァー……」
「キャタピー?」
 自分の非を認めて、キャタピーに許しを貰おうと言葉を投げかけるルカサはある事に気がついた。
 妙にキャタピーの息が荒いのだ。
 最初は気がつかなかったのだが、今も木の幹にもたれ掛るようにして必死に自分の体を支えているようである。
 ゼニガメとのバトルの影響とも思えなくもなかったが、ルカサの中でキャタピーの動悸の荒さは引っかかっていた。
 注意深く、ゆっくりとキャタピーの体を見ていくと、小さな小さな傷に気がつくこととなった。
「ただの傷じゃない。傷口の周りが変色して、そう言えばさっきのはビードルだった。毒、キャタピー貴方さっきのビードルに毒針で攻撃されたのね?」
 思わず駆け寄ろうとしたルカサの足元に、キャタピーの吐いた糸が着弾し広がっていく。
 そうする事によって一段と体力を消耗するとわかっているはずなのに、それでもキャタピーはルカサが近寄る事を許してはくれなかった。
「どうしよう、早く手当てをしてあげないと」
「キャタピーを思うなら、多少手荒くなっても手当てをするべきじゃないか。サトシのフシギダネなら相性も悪いから、今よりも少しだけキャタピーを弱らせられると思うけれど」
「げっ、フシギダネって虫ポケモンと相性悪かったのか。さっきはポッポにしとくべきってそんな場合じゃないか。どうする、ルカサ」
 最終的な決断はルカサにゆだねるように、サトシもシゲルもルカサを見た。
 三人の中でポケモンの治療に関して一番詳しいのがルカサであるし、何よりもキャタピーはルカサのポケモンである。
 治療を優先させて一時的にでもキャタピーの意思を無視するか、それともキャタピーの気持ちを優先させて説得を先に行うか。
「私は、これ以上キャタピーを傷つけたくない。だから絶対に説得してみせる。多少私が攻撃されても、このまま治療を行うわ」
 そう言ったルカサは、糸を吐くで攻撃される事を覚悟で、キャタピーへと向けて歩き出した。
 キャタピーが慌てて糸を吐きかけるが、ルカサはかわす素振りも見せず吐かれた糸を左手に受けながら歩いた。
 どうしてと戸惑ったキャタピーが連続で糸を吐くも、動揺からルカサに直撃する事はなかった。
「キャタピー、お願い貴方の治療をさせて。そして出来ればしばらくは動かないで。貴方が動けば動くほど、毒は体を回っていってしまう。私は貴方を助けてあげたいの」
「…………キァ」
 決して歩みを止める様子のないルカサを前に、ついにキャタピーは糸を吐く事を止めた。
 ルカサを近づけさせまいと気を張っていた反動か、そのまま瞳を閉じてぐったりとしてしまう。
 すぐにキャタピーの元へとたどり着いたルカサは、すぐさまバッグの中から携帯治療セットを取り出した。
 いざ治療と言う段階で、ルカサの手がピタリと止まってしまう。
 良く見れば小刻みに震えているであろう手は、生半可な気持ちでは抑えることの出来ない苦手意識であった。
 ルカサはグッと唇を噛んで自分を叱咤した。
「私がキャタピーを嫌わなければ、キャタピーは苦しまなくて良かったんだ。止まりなさい、私の震え」
 止まらなければ手を痛めつけてでも震えを止めようとした決意から、ピタリと手の震えはやんでくれた。
 まずルカサは毒を受けた傷口を消毒し始めた。
 これ以上の毒が回らないように傷そのものの手当を済ませてしまうつもりなのだ。
 一通り傷口の治療を終えると、一瞬だけルカサの動きが止まった。
 すでに全身へと回ってしまった毒をどうするか悩んでいるのだが、すぐに携帯救急セットから錠剤タイプの毒消しの薬を取り出した。
 毒を取り出せないのなら毒の効果をせめて和らげようと、キャタピーの口に錠剤を含ませて水で押し流す。
 気絶している為に水が喉を通りにくかったことから、少しずつ、ゆっくりの水を飲ませていく。
 所要時間にして十数分の事であり、全ての治療を終えたルカサはキャタピーを木の根元に寝かせると、一つ大きく息を吐いた。
 やがて立ち上がり、そばで見守っていたサトシとシゲルへとゆっくりと振り返ると言った。
「安静にさせておけば大丈夫だから。後の事はお願いね、二人とも。私もう、限界」
 そう言い残してルカサはゆっくりと地面へと倒れこんでいった。
 治療そのものよりも、神経をすり減らしながら苦手なキャタピーの体をペタペタ触ったおかげだろう。
 キャタピーと同じように気絶するように寝入ってしまったルカサを見て、サトシとシゲルがおかしそうに笑っていた。
 あれだけ苦手だ苦手だと言いながら結局、キャタピーのすぐそばでルカサが寝入ってしまったからだ。
「となると、今日はここで野宿だな」
「俺はテントを張ってから飯の用意するぜ。悪いけど、シゲル薪になる木の枝を拾ってきてくれ」
「お安い御用だよ」
 野宿の準備を始めるには明らかに早すぎる時間帯であるが、ルカサが動けない以上それは仕方のないことであった。
 ルカサとキャタピーをしっかり寝かせてから、二人はそれぞれの塾の準備にとりかかった。
 すっかり野宿の準備を済ませてしまった頃には、夕焼けの色にトキワの森が包まれ始めていた。
 時間が余っていたためにサトシは何時もよりも料理に手間を掛けており、手伝う事のないシゲルはポケモンに関する本を読んでいた。
 相変わらずルカサは夢の中であったが、そのルカサをツンツンとつついて起こそうとするものがいた。
 最初は邪険に振り払っていたルカサであったが、何度もつつかれるうちに段々と意識が夢の中から浮上してきてしまう。
 そして視界の中に飛び込んできたのは、キャタピーであった。
「ウ、キュァ!」
 思わず妙な悲鳴を挙げながらルカサが飛び起きた事を責められようか。
 寝起きだった、何が目の前に居たのか解らなかった、むしろドアップで現れて怖かった。
 突然飛び起きたルカサを呆然と見つめるのはサトシやシゲルであり、怒って見つめているのはキャタピーであった。
「ち、違うの。今のはそうじゃないの。仕方ないよね、解ってくれるよね?」
 お願いのポーズをとりながら可愛くキャタピーに頼み込むも、次の瞬間にはルカサはキャタピーの吐いた糸だらけにされてしまった。
 グルグル巻きにされたまま倒れたルカサのベルトからモンスターボールが落ち、キャタピーは自分から戻っていってしまう。
「あ〜あ、折角キャタピーが許してくれたのに台無しだな」
「覆水盆に返らず。また明日からがんばろうな、ルカサ」
「違うのに、今のは違うのにー!!」
 違う違うとルカサが叫んでも、まだまだキャタピーが許してくれる日は遠そうであった。

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