第三話 ポケモンリーグ
 結局は野宿を何とか回避してたどり着いたトキワシティ。
 そこのポケモンセンターで一晩を過ごしたサトシたちは、朝食をとると早速サトシの主張の元、ある場所へと足を向けた。
 トキワの森と呼ばれる広大な森が近いせいか緑が多い街の道路を、サトシが息巻いて歩いていく。
 コレから訪れる戦いに気分が果てしなく高揚しているようだが、後ろで見ていたルカサやシゲルには不安しか浮かばなかった。
「ねえ、本当に本気なのサトシ。いくら何でも無謀よ。野生ポケモンとのバトルは片手で数えられる程度、トレーナーとのバトルにいたっては経験ゼロなのよ、アンタ」
「大丈夫、大丈夫。俺には強い味方がいるんだ。フシギダネとポッポ、こいつらが居れば何にも怖いものはない!」
「どっからそれだけの自身が湧いて来るんだか。シゲルも何か言ってやりなさいよ」
 聞く耳を持たない様子のサトシを指差して言うが、シゲルは不安に思いはしても止める様子は無かった。
「好きにさせるしかないさ。こうなったサトシが止まるとも思えないし、こっぴどく恥をかけば少しは自分を省みてくれるだろう」
「付き添う私たちまで恥じかきそうで怖いのよ」
「まあその辺りは、サトシと幼馴染になんかなった自分を呪うしかないね」
 かなり投げやりな意見に、ルカサもとうとう諦めてしまった。
 それでも最後の抵抗とばかりに、サトシの背中へと向けて大きな溜息を飛ばす事は忘れなかった。
 カントー地方にはポケモンリーグと言う年に一度行われるポケモンバトルの大会がある。
 その大会への挑戦権を得るにはカントー地方に散らばるポケモンリーグ公認ジムを回り、ジムリーダーとバトルして勝ち、その証であるバッヂを八つ集めなければならない。
 トキワシティにもそのポケモンリーグ公認のジムがあり、サトシはそのジムへと挑戦しようと言うのだ。
 サトシはやる気満々なのだが、普通に考えてポケモンを貰って数日の人間が挑戦するような場所ではない事は確かである。
「お、アレがそうじゃないのか?」
 サトシが指差した方向には、ポケモンリーグ公認の証である看板を引っさげた建物が見えていた。
 途端に走り出したサトシであったが、ルカサもシゲルも妙なものを感じ首を捻っていた。
 窓にはシャッターが下りており、人がいるような気配を微塵も感じなかったからだ。
「僕らも行こう、様子が変だ」
「変と言うか……行ってみるしかないわね」
 走り出したサトシを追っていくと、すでにサトシはドアを何度も叩いて名乗りを上げていた。
「頼もう、マサラタウンのサトシだ。ジム戦を申し込みたいんだけど。アレ、誰もいないのかな?」
 何の反応も見えないジムを不審に思ったサトシが、中を覗けるような場所を探し出したがそのようなものは何処にも無い。
 窓にはシャッターが、ドアは厳重にカギが掛けられており、完全に空き家のような風体をさらしていた。
 諦めずにもう一度サトシがドアを叩こうとすると、戸惑っている三人へと話しかけてきた老人がいた。
「君たち、トキワジムなら数年前からすでに閉鎖されてしまっておるぞ」
「閉鎖って、どうして?」
「なんでも当時のジムリーダーが突然失踪してしまったらしくてな。ジムを存続させるにも後継者がおらず、仕方なく運営停止となったようじゃて」
「そんな……俺の初めてのジム戦が」
 がっくりと肩を落としたサトシとは違い、シゲルとルカサはなんとなく納得していた。
 サトシがジム戦を行うと言った発言に押されて忘れていたのだが、トキワシティにジムがあるなど聞いたことも無かったのだ。
 数年前といったら、なおさらシゲルたちの記憶に残るはずも無い。
「随分とジム戦を楽しみにしておったようだのお。だったらせめて、ポケモンリーグ本部の入り口でも観光していってみてはどうじゃ? そこの二十二番道路を先に進めば見えてくるぞ。もっとも特別な許可証か、バッヂを八つ持っておらねば入る事は叶わんがの」
「よーし、ならせめてそこへ行って見よう。近い将来そこを潜るんだし、見ておいて損はないだろ」
「また無意味に自信満々なんだから。お爺さんご丁寧にありがとうございました。なんだかそこへ行って見ることになりそうです」
 落ち込んでいたサトシの復活は早く、お礼も言わないうちに二十二番道路へと足を向けていた。
 また一人で突っ走ろうとするサトシの後を二人は追って行った。
 二十二番道路を歩いていくと、トキワシティからは全く離れた場所にポケモンリーグの本部はあるようであった。
 途中の道でオニスズメやコラッタに遭遇しながら、先へ先へと歩いていく。
「ねえ、気になったんだけど。アタシ、ポケモンリーグの事余り詳しく知らないのよね。カントー地方最大のポケモンバトルの大会としてぐらいしか」
「う〜ん、実を言うと俺も良く知らないんだ。テレビでは決勝ぐらいしか見ないし」
「アンタそれでよくポケモンマスターになるだなんて大口叩いてたわね。シゲルはさすがに知ってるわよね。大会には珍しいポケモンも出るし、チェックしてるんでしょ?」
 どうせ知るなら詳しく知りたいと願いを込めつつルカサが言うと、思いのほかあっさりシゲルは答えてきた。
 思いもしないオマケつきで。
「まあね、お爺様につれられてスタジアムで決勝トーナメントを見たこともあるよ。お爺様は有名だから、何処からか見に来てくれってチケットが送られてくるからね」
「ちょっと待て、初耳だぞシゲル。なんで誘ってくれないんだよ!」
「そうよ。個人的にバトルは余り好きじゃないけど、ポケモンリーグは別。出る人は全員普通のトレーナーじゃないんでしょ?」
「そんな大勢を連れて行くほどチケットなかったんだよ。お爺様も研究所の人達を優先して連れて行くつもりで、たまたまいけない人がいたから僕がつれていってもらえただけなんだ」
 自分のためではないことに少しだけ悔しがりながらも、シゲルはポケモンリーグの説明を始めた。
「サトシ、とりあえずポケモンリーグに出るには八つのバッヂが必要な事は知っているだろ?」
「その為にトキワジムに、俺があともう少し早く生まれてたら……」
「ジムなら他の街にもあるんだ。気にしてもしょうがないだろ。それで八つのバッヂを集めたら挑戦する権利はもらえるけれど、すぐに出場できるわけじゃない。八つのバッヂを集めた人たちの中から決勝トーナメント出場者を絞る為に、チャンピオンロードに挑戦させられる」
「なんだか凄そうね。それにバッヂを集めるだけじゃ駄目なんだ」
 ジムのバッヂを一つ獲得するのも大変だと聞いたことのあるルカサは、本当に大変さがわかっているのかとサトシを見ていた。
「チャンピオンロードの中ではポケモンリーグ所属のトレーナーが待ち構えており、その人達を倒しながら潜り抜けなければならない。そしてチャンピオンロードを潜り抜けたトレーナだけが決勝トーナメントに出場できる。だが決勝トーナメントには四天王と呼ばれる、前年度の決勝トーナメントでベスト四にまで残ったトレーナーも参加する事になっている」
「つまり今年チャンピオンロードを潜り抜けた挑戦者と前年度のベスト四とで決勝トーナメントを行うんだ。あれ、でもチャンピオン。チャンピオンはどうなってるの?」
「決勝トーナメントでの優勝者だけがチャンピオンへの挑戦権を得るんだろ。それぐらいは知ってるぜ。チャンピオンが勝てば、チャンピオンのまま。負ければ四天王と王座の交代。燃えてくるぜ!」
 幾多のトレーナーの中から絞り込まれ、さらにその上にいる四天王、さらにさらに上にいるチャンピオン。
 その話を聞いて自分にそこまでたどり着けるか悩むのではなく、燃えると言えるサトシの思考回路に少し恐れを抱いたルカサであった。
 何処からともなくやってくる自信もここまでくれば大したものである。
「まあ、精々がんばんなさい。応援ぐらいはしててあげるわ」
「まかせとけって。その為にも、ポケモンリーグの本部を見たら、さっそく次の街に行こうぜ」
「言ってるうちに、見えてきたようだね」
 シゲルが指差した先には、大きなアーチを描いた門が見えていたが、建物のようなものは何処にも見えなかった。
 ポケモンリーグの本部とやらはどこにあるのか、サトシとルカサがキョロキョロとしていると、門の前にいた警備のおじさんが教えてくれた。
「君たちのように勘違いしている人が結構いるんだけど、ポケモンリーグの本部はこの門のずっと先だよ。セキエイ高原と呼ばれる場所さ。それで君たちはバッヂを八つ集めてきたのかな?」
「いいえ、まだ一つも。トキワジムが閉鎖されていたので、せめてポケモンリーグ本部でもと来たまでです」
「それは残念だったね。ここから一番近いジムのある街はトキワの森を抜けた先の、ニビシティだな。観光の気が済んだら行ってみると良いよ」
 シゲルの言葉に警備のおじさんは丁寧に教えてくれた。
 とりあえず見るべきものが門しかないとなると、サトシもルカサも観光の熱が一気に冷め切っていた。
 大した時間留まる事もなく、自然と回れ右をして帰ろうとしていた。
「門だけ見てもなあ。ちょっとがっかりだぜ。これならニビシティに直行した方がよかったな」
「そうね、せめて有名なトレーナーが可愛いポケモンとか見せれくれると思ってたのに」
「お前たち、せめて警備のおじさんに聞こえない場所でそう言う事は言ってくれ。親切にしてくれたのに悪いだろう」
 にこやかに手を振ってくれた警備のおじさんに手を振り返し、お辞儀をするとサトシたちは今通ってきた道をそのまま戻り始めた。
 朝一番にポケモンセンターを出たは良いが、もうあと数十分もしたら太陽が真上に到達しそうであった。
 トキワシティに戻ってからニビシティへと向かうには微妙な時間となってしまっていた。
 トキワの森を抜けるには最低でも一度は野宿が必要だろうが、このままでは二度は野宿になってしまう。
「一度トキワシティに戻ってからどうしようか。もう今からニビシティに向かうのは無理よね?」
「そのだな、自由行動にしても良いと思うけど」
「自由にする前に食料とかは全員で買いに行こうぜ。コレまで見たいに、殆ど俺が持つとかもなしだぜ?」
 これまでとは、トキワシティにたどり着くまでのことで、シゲルもルカサも大した食料を持っていなかったのだ。
 ハナコによってサトシが多めに食料を持っていたから良かったものの、シゲルもルカサも旅と言う点についてはかなり甘いところがあった。
「と言うわけで、旅の必需品をサトシの意見に従ってそろえてから、自由行動だな」
 シゲルが意見をまとめたところで、向こう側、トキワシティの方から一人の少年がこちらへと向けて歩いてくるのが見えた。
 彼もまたポケモンリーグの本部を見に行く口なのか、シゲルが軽く会釈をして通りすぎようとすると急にその肩をつかまれた。
「人違いだったらすまない。マサラタウンのシゲル、オーキド シゲルか?」
「そう、だけど。何か?」
「俺の名はミズキ。シゲル、この俺とポケモンバトルで勝負だ!」
 突然の申し出に戸惑うシゲルの変わりに反応したのは案の定サトシであった。
「ちょっと待った、バトルなら俺が」
「ただのトレーナーには興味はない。昔は凄腕のトレーナーとしても名を馳せたオーキド博士の孫だからこそ勝負する意味があるのだ。オーキド博士の孫が旅立ったと聞いて、この数日近辺を探し回っていたのだ。嫌とは言わせないぞ」
「うわ、トレーナーによくいる自己中心的な性格。シゲル、彼はこう言ってるけどどうするの?」
 知識はともかくとして、バトルと言う点ではシゲルはサトシ以上に経験が足りなかった。
 普通ならば断る所であるが、シゲルには引けない点があった。
 それは相手が尊敬する祖父の名を出してきた事にある。
「いいだろう。ただし使用するポケモンは一体ずつ。どちらかが戦闘不能、もしくはギブアップの声で終了でいいですね?」
 経験はゼロであってもシゲルはちゃっかり自分に勝つ可能性のある勝負方法を自ら申し出た。
 手持ちのポケモンが一体と言う事もあるが、最初に一対一と限定する事でポケモンを入れ替えられ弱点を攻められる可能性を減らしたのだ。
「シゲル、がんばってね。ほら、サトシ何時まで拗ねてるのよ」
「ただのトレーナーって言っても、俺は将来ポケモンマスターになるトレーナーだぜ。絶対俺とバトルした方が面白のにさ」
 いじけるサトシをルカサが引っ張って連れて行くと、本格的にバトルが始まった。
「挑戦したのは俺だ。俺からポケモンを出すぜ。行け、ニョロモ!」
「うわちゃ〜、思いっきり水ポケモンじゃない」
 ルカサが顔を抑えてまずいといったジェスチャーをしていた。
 相手が放り投げたモンスターボールから飛び出したポケモンを見て、シゲルもまた自分の賭けが失敗した事を悟った。
 おなかに渦巻き模様を持ちずんぐりむっくりとした姿のニョロモは、水タイプのポケモン。
 明らかにシゲルの持つヒトカゲが不利だが、シゲルはヒトカゲを出すしかなかった。
「頼んだぞ、ヒトカゲ」
「ヒトカゲ? 水タイプのニョロモに対して、コイツは期待できるバトルになりそうだ」
 シゲルの苦渋の決断も知らず、ミズキは勝手にシゲルの実力を予想して呟いていた。
 初めてのバトルが全く相性の悪い戦いである事に多少なりとも動揺しながら、シゲルは精一杯頭を回転させていた。
 だがいくら考えても水タイプのニョロモ相手に勝てる算段が浮かばず、シゲルは中々指示を出す事ができないでいた。
 いくら手を考えても水鉄砲一つ撃たれたら、そこでヒトカゲが負ける気がしてならなかったのだ。
「こないのならこちらから行くぞ。ニョロモ、あわを吐くだ」
「これならまだ、いけるか。ヒトカゲ火の粉だ」
 ニョロモが大量のあわを吐き出し、ヒトカゲに向けて飛ばしてきた。
 恐らくミズキは軽いジャブのつもりだったのであろうが、シゲルは相手の慎重さを逆に利用するつもりでいた。
 あわと火の粉が交わり、それぞれあわが火の粉に弾けさせられ、火の粉があわに包まれて消えていった。
 ややヒトカゲの火の粉が押されながらも何とか相殺すると、シゲルは間をおかずにヒトカゲを突撃させた。
「ひっかくだ、ヒトカゲ」
「カアゲッ!」
 しばらく様子見をするつもりだったミズキは、不用意とも言える踏み込みで近づいてきたヒトカゲに反応が遅れた。
 ニョロモにヒトカゲのひっかくが命中するが、さすがに倒すまでにはいたらなかった。
 一か八かの奇襲に失敗してしまい、シゲルの心には早くも諦めの二文字が降り始めていた。
 ヒトカゲを出したモンスターボールを取り出し、口をヒトカゲへと向ける。
「ここまでか。戻れ、ヒトカゲ」
「なに?!」
 早くも諦めの姿を見せたシゲルにミズキが驚きの声をあげていた。
 シゲルのモンスターボールから光が発せられヒトカゲへと向かうが、その光をヒトカゲがかわした。
 まだ自分は戦えると言った事を証明するように、繰り返し光を交わしていく。
「ヒトカゲ、もう良いんだ。奇襲が失敗した以上、僕らに勝ち目はない」
「カァー、カゲ!」
 いやいやと首を振ったヒトカゲは、オーキド研究所で見せた礼儀正しさを微塵も見せずにシゲルに唸りはじめた。
 意外に好戦的な、負けず嫌いな一面を見せていた。
 言う事を聞いてくれないヒトカゲに戸惑うシゲルへと、揶揄するようにミズキが言った。
「やれやれ、これがオーキド博士の孫の姿か。相性の悪いポケモンを出して何かあると思えば、危険を犯しての奇襲のみ。しかも失敗したら草々にリタイアか。どうやら俺が期待しすぎていたようだ。これじゃあ、オーキド博士が凄腕のトレーナーだったって話も眉唾物だな」
 必死にヒトカゲを戻そうとしていたシゲルの動きがピタリと止まった。
「今のは完全にシゲルが悪かったけど……」
「来るぞ、これは来るぞ」
 気持ち的にはシゲルの諦めの速さを諌めたい側であるルカサとサトシであったが、とある事情から恐れおののき一歩下がっていた。
 ミズキはシゲルに対して一番してはいけない事を言ってしまっていた。
 シゲルの目の前で、シゲルばかりかあのオーキド博士までも侮辱する発言をしてしまっていた。
 やや俯き加減になっていたシゲルが、先ほどまでとは違う細めた瞳と薄ら笑いでミズキを睨みつけていた。
 声まで変わって、冷えた声が発せられた。
「ヒトカゲは戻っていないし、僕もまたリタイアの宣言はしていない。そこまで言うなら、続行しようじゃないか」
「ふん、お望み通りヒトカゲを完全に戦闘不能にしてやろうじゃねえか。臆病者さんよ」
 あまりシゲルを追い詰めるなと声なき声で、サトシとルカサが悲鳴を挙げる中でバトルが再開された。
「ヒトカゲ、不満だろうけど後でいくらでも謝る。だからまずは奴を完膚なきまでに叩きのめす。僕の指示に従ってくれ」
「カゲッ!」
「今さら何が出来る。ニョロモ、水鉄砲」
「かわせヒトカゲ、それからあたり一面に火の粉」
 ニョロモの腹がぷっくり膨れたのを見計らい、ヒトカゲが地面を蹴った。
 間一髪水鉄砲をかわすとニョロモだけでなくシゲルの指示通り火の粉を辺り一面に振りまいていく。
 ニョロモに当たった火の粉は、相性の悪いタイプなため直ぐに消え失せてしまい残りの火の粉は地面に落ちていった。
「何をしようと無駄だ。ニョロモ、一度でも当てればそこで勝ちは決定だ。もう一度水鉄砲」
「かわしてもう一度火の粉」
 シゲルの指示はかわらなかった。
 ミズキの言う通り一度でも当たればそこで負け決定にも関わらず、ヒトカゲにギリギリの戦いを強制させていた。
 だがヒトカゲは指示に対して嫌がる様子も戸惑う様子も見せず、ひたすらにシゲルの指示に従い炎のついた尻尾を振って火の粉を撒き散らした。
 これほど緊張感のあるバトルを間近で見たこと無いサトシやルカサは、手に汗握って経過を見守っていた。
 三度、四度とヒトカゲが水鉄砲を交わし火の粉を振りまいた所で、状況に変化が訪れた。
 神経をすり減らして水鉄砲をかわしていたヒトカゲよりも、明らかにニョロモの方が疲労し始めていたのだ。
 ぜいぜいと荒い息を吐いて、体全体を上下に揺らしていた。
「ニョモロ? そんな高々数回の水鉄砲でお前が疲れるなんて」
 驚いたミズキが声を掛けると、風が吹き地表にあった砂を容易く巻き上げていった。
 その事にハッと気がついたミズキは、辺りの地面が水気を失い完全に乾ききっている事に気づいた。
「そうか、シゲルはずっとニョロモを狙ってたんじゃなくて、地面を乾かす為に火の粉を使ってたんだ」
「え、それがどうかしたのか?」
「あのねえ……水もない場所で何度も何度も水鉄砲が使えるわけないでしょ。さらに地面を乾かしちゃえば、水ポケモンのニョロモの疲労は早くなるのよ」
 ルカサの説明で何も言う必要のなくなったシゲルは、何も言わずただニヤリと口をゆがめた。
「くそ、ニョロモこちも当たり一面に水鉄砲だ。まずは乾いた地面を」
「ヒトカゲ、ひっかく。手を止めずに連続でだ。相手に休む間を与えるな」
 ニョロモが地面を向いた隙に、シゲルはヒトカゲニ距離を詰めさせた。
 疲労していたニョロモは水鉄砲一つ打つのにも時間がかかり、容易くヒトカゲの接近を許してしまう。
 何よりもひっかくはノーマル技である為、問題なくニョロモへとダメージを負わせて行った。
「ニョロモ、地面は無視だ。一度で良い、ヒトカゲに水鉄砲を」
「もう遅い。ヒトカゲ、全力でひっかくだ」
「カゲッ!!」
「ニョローッ」
 まともにヒトカゲのひっかくが当たり、ニョロモが激しく吹き飛ばされた。
 仰向けで乾いた地面へと倒れこむと、そのまま動かなくなってしまう。
「まいった、俺の負けだ」
「ならばお爺様への侮辱の言葉を取り消してもらおう。撤回しないと言うならば、容赦はしない」
「俺が悪かった言いすぎたのは認めよう、だから」
 ミズキを追い詰めに追い詰めようとしているシゲルへと、後ろからサトシが覆いかぶさるように止めに掛かった。
 放っておけば土下座さえ強要するかもしれないシゲルを体を張ってとめたのだ。
「ほら、シゲル。初めてのバトルで勝ったんだもの。オーキド博士の名誉は十分にまもれたから、ね? 少し落ち着きましょう?」
「僕は十分に落ち着いている。だが許せないものは許せない。この世にお爺様以上に優先されるものなど何一つない!」
「生まれて、生まれて初めてのバトルで負けたのか。負けだ、そりゃ俺の負けだ。さすがオーキド博士のお孫さんだ。まいった、俺の完敗だ」
 生まれて始めてのバトルだと言う事を聞いたミズキは、心底自分の負けを認めてそう言い放った。
 決してやけくそなどではなく、シゲルの実力を認めて自分の負けを宣言していた。
 シゲルもミズキの言葉によって次第に冷静さを取り戻し、キレた自分に対して恥じていた。
「すみません、途中からわけがわからなくなってしまって」
「いや、タイプによる不利をひっくり返すほどの十分すぎる良いバトルだった。良い経験になったよ。こちらこそお礼を言いたいぐらいだ」
 豪快に笑ったミズキは本当に後悔はなかったようで、倒れたニョロモを回収すると笑ってシゲルたちと別れて歩き出した。
 本当にキレて我を失ったシゲルは、頭が痛そうに抱えていた。
 昔からそうなのであるが、祖父の事を悪く言われた途端に、我を失う癖がシゲルにはあったのだ。
「いやぁ、久しぶりに見た、見た。シゲルがキレる所。何だかんだで炎タイプで水タイプのポケモンに勝ってすげえじゃん」
「言うなサトシ、僕は自己嫌悪の真っ最中だ」
「落ち込む所まで、落ち込んじゃいなさいよ。アンタがキレると、こっちまで怖くなるんだから。でもまあ、よかったじゃない。オーキド博士の名誉が守られて」
「お爺様の名誉、か」
 一通り落ち込んだシゲルは、まずは無理をさせたヒトカゲに近づく膝を折ってその頭を撫で付けた。
 自分の無茶に付き合ってくれたヒトカゲをいたわり、モンスターボールに戻すと立ち上がった。
 その顔にはコレまでとは違う、ある種の迷いが見て取れていた。
 今日はたまたま感情に促されるままに動いて勝てたが、本当にこのままで良いのか。
 物見遊山気分で旅をするだけでよいのか、シゲルの胸の中には前向きな迷いが渦巻き始めていた。

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