第五話 無力な僕らに出来ること

 遅れてやってきた光輝は、自らが投げつけた火炎瓶の炎が続いている事を確認しながら孝也たちに駆け寄った。
 可燃性の液体をインターネットの情報通りに混ぜ込んだ特別品である。
 爆発的に膨れ上がった炎はなかなか消える様子を見せないままに、ウィルスの体表面を焼き焦がしていた。
 だがそれも長く続くわけではなく、手に入れた短い時間で光輝は二人の格好と持っている物を眺めた。
 一番に目に付いたのは孝也が持つ金属バットと、信博が持つサバイバルナイフである。
「孝也、その金属バットをガンちゃんに渡してくれ。ガンちゃんのナイフは、孝也に渡して」
「え、なんでだよ」
「いいから言う通りにしろ、時間に余裕なんかないんだよ」
 怒鳴るように言われしぶしぶ孝也と信博がそれぞれ持っていたものを交換すると、さらに光輝は続けた。
「いいか、僕らが子供だって事を忘れるなよ。こんな世界でなくても、無力なんだ。だからまずはセレナさんを助け出す」
 視線だけを動かし光輝が見上げたセレナは、天井からつるされたままである。
 そのセレナを助けるにはつるし上げている縄を切るしかない。
 だがそこにたどり着くには空を飛ぶしかないほどに高く、近づく事すらままならない。
「孝也、ガンちゃん良く聞いてくれ」
 決して手の届かない場所に手を伸ばす方法を光輝が口にした。
 それはとても危険な方法であったが、孝也も信博も迷わず頷いていた。
 それぞれが持っていた武器を交換させられた理由も理解した上で。
「くそッ、ようやく消えたか。絶対に、許さんぞガキどもが!」
 痛覚があるのか震える声の後にウィルスが腕を振り上げた。
 焼けて硬くなった表皮がひび割れ飛び散るのも構わずに、孝也たちを潰そうといきり立つ。
「散るぞ、二人とも」
 光輝の声が放たれるよりも前に、三人は振り下ろされる腕の目標地点からバラバラに逃げ出した。
 誰もいない場所にウィルスの腕が振り下ろされると、一度は逃げ出したはずの信博が急に方向転換をして戻ってきた。
 走る勢いのままに振りかぶったのは先ほど孝也から受け取った金属バットである。
「馬鹿め。酒が切れた今、ただの金属バットが」
「うおぉぉぉおッ!」
 ウィルスの声に普段は決して聞く事の叶わない信博の勇猛な猛り声が被さる。
 渾身の力を込めて振り切られた金属バットは、ウィルスの腕を削り取るように振り切られた。
 削り取られた肉は飛び散るようにして四散していった。
「そっちこそ、ガンちゃんの力を舐めるなよ。孝也と違って、大人顔負けの力を持ってるんだからな」
「ならそのガキを最初に」
「そうはさせないよ」
 削り痛めつけられた腕とは逆の腕をウィルスが持ち上げようとすると、その肩口を狙って光輝は改造銃であるマシンガンの銃口を向けた。
 引き金を引くと破裂音が立て続けに響き、プラスチック製の弾がばら撒かれる。
 ウィルスの体の大きさに対して威力は殆どないものの、逐一巻き起こる破裂音がウィルスの行動を鈍らせていた。
 実際に人が改造銃を向けられた時のように、一瞬ウィルスの体が硬直するのだ。
 異形へと変わる前のウィルスが人間の姿であったように、本当に人間くさい異形である。
「ガンちゃん、今のうちに。好きなだけ痛めつけて」
「わかったよ。でもお酒がないとやっぱり効果がいまいちで。ウィルスやヴァリアーってお酒が苦手みたいなんだ」
「お酒、アルコールか。ガンちゃん、そのリュックにキャンプセットが入ってるんだよね。傷薬とか消毒は入ってないの?」
「あっ!」
 マシンガンを打ちながらの光輝の台詞に、忘れていたとばかりに信博が声を挙げた。
 リュックを下ろしだした信博を見届けた直後、打ちっぱなしにしていたマシンガンから破裂音が消えた。
 トリガーを引き直してもスカスカの感触が手に残るだけで、弾丸が一切出てこない。
「早撃ちすぎるのも問題だな」
「ようやく、終わり」
「じゃないんだよね!」
 ばら撒かれる弾丸が終わったのを見計らいウィルスが活動を再開させたが、光輝の次の動きの方が速かった。
 ベルトのホルスターに納められていた液体の入った瓶。
 その口を開けて、中から伸びる油の染みた布に炎を添加させて投げつける。
 投げつけた先は、先ほどマシンガンを狙いつけた肩口で、瓶が砕けると同時に炎が燃え広がる。
「ぐぁ、なんてガキだ。何処でこんな危険なものを」
 ウィルスが苦しげな声を挙げると直ぐに、信博が消毒をたらした金属バットを床にめり込んだままのウィルスの腕に向かって振りぬいた。
 完全にウィルスを翻弄しているように見えはするが、信博は急げとばかりに今はそばに居ない孝也に願っていた。
 持ってきたマシンガンは弾切れで、火炎瓶も残り二本。
 あとはハンドガンタイプの改造銃が一丁あるのみである。
 自分達を守ってくれる武器が減るにつれ不安が増していくが、この場に踏みとどまり光輝はセレナを孝也が助け出す瞬間を待っていた。
 その孝也はというと、最初に散らばって直ぐにウィルスの後ろへと回りこんでいた。
 ウィルスの何処に視覚があるのか不明だが、後ろに回りこむと直ぐに光輝に言われた通りに山のようなウィルスの体をよじ登り始めていた。
 セレナを助ける為にはそこにたどり着くための足場が必要で、十分な高さを持ったそれはウィルス本人を除いてなかったのだ。
 金属バットという武器の性質上振り下ろされた腕しか攻撃しなかった信博はともかく、飛び道具を持つ光輝が体の中心を狙わなかったのはそのせいであった。
 できるだけウィルスを動かさないように、孝也が落っこちないようにと言う配慮であった。
「結構、きつい。光輝のやろう、遅れてきたくせに重労働まかせやがって」
 ほぼ絶壁に近いウィルスの肉の体にへばりつき、よじ登っていく孝也はそう零しながら真っ直ぐに上を目指した。
 ウィルスに気付かれないうちに、出来るだけ高く、セレナに届く場所まで。
 よじ登る途中で、吊り下げられていたセレナと目が合った。
 まだ距離は開いているものの、気が急いた孝也は慎重にという光輝の言葉を頭の隅に追いやり上るスピードを上げた。
 セレナを早く助けたかったと言うのもあるが、今この瞬間もウィルスをひきつけている光輝や信博の為もある。
 その焦りが体を支えようとした足を滑らせた。
「げッ!」
 しっかりとウィルスの体の凹凸に足を挟みこんだつもりが、凹凸を踏み損ねていた。
 瞬間的に数センチ体が落ちると、その勢いで手の平が滑った。
 次に感じたのは落下ではなく、浮遊感であった。
 落ちる、そう思って体が強張るよりも先に、孝也はベルトに指していたサバイバルナイフを引き抜いてウィルスの体につきたてていた。
 一瞬で浮遊感は消えて、代わりに全体重が腕とサバイバルナイフに集中する。
「……ふう。あぶ、あっ」
 ほっと息を抜いたのも束の間、孝也は自分がウィルスにサバイバルナイフを突き立てた事実を理解した。
「何処へ行ったかと思えば、そんな所で何をしている!」
 何処からか届くウィルスの声に、孝也は今度こそしっかり足を踏みしめた。
 もう慎重などと言っていられず、乱暴にサバイバルナイフを抜いては突き刺し上り詰める。
「孝也、くそ。急げ!」
 光輝の叫び声が聞こえて数秒後、ウィルスの体の上に二本の火柱が膨れ上がる。
 大きく揺らぐウィルスの体が傾き、孝也はその上を無理に立って走った。
 一時でも気を抜けば瞬く間に仰向けになって転がり落ちそうになるウィルスの背中を、しっかり足で掴みながら走る。
「セレナ姉ちゃん!」
 下を見る事はせず、ただ上を、セレナのつるされている天井だけを見て孝也は走り、跳んだ。
 手を伸ばし、つかめる筈だとさらに伸ばす。
「タカヤ、もっと手を伸ばせ。もう少し、来るんだ!」
 だが残酷にもセレナに届く前に孝也の体が勢いを失っていく。
 セレナも自由にならない体で何処でも良いから伸ばそうとするが、縛られている手はもちろんのこと足さえも伸ばせない。
 やがて完全に勢いを失った孝也の体は、セレナの目の前で落ち始める。
「ちくしょう、ちくしょお!」
 自分が落ちていく事よりも、目の前に迫りながら届かなかった事に声をあげる。
「タカヤ!」
 セレナが名を呼んだ次の瞬間、孝也は自分の体が何かに抱かれている事に気付いた。
 いつの間にかつぶっていた目を恐る恐る開くと、自分を包み込んでいたのはセレナの背中から生えていた泥の翼であった。
 一部ヴァリアーと化したセレナの体が孝也を掴み取っていた。
「来い、タカヤ」
「お、おう!」
 泥の翼を伝い孝也はセレナを縛る縄をサバイバルナイフで切る事に成功する。
 両腕を縛り付けていた縄を即座に振り払ったセレナは、孝也を抱き寄せたまま落下していった。
 さすがに光輝もそこまで策があったわけではなく、セレナは自分の足で全ての衝撃を受けることになった。
「くッ」
 受け流しきれなかった衝撃によってセレナが苦痛の表情を見せたのは一瞬。
「孝也、セレナさん」
「二人とも無事?」
「ああ、私は無事だ。タカヤもな」
「何度か死ぬかと思った。光輝、今度はもう少し安全な手を考えてくれよ」
 駆け寄ってきた光輝と信博に応えたセレナは、何時も自分が使っている剣の変わりに孝也が持っていたサバイバルナイフを受け取った。
 半分ヴァリアーと化した体は思うように動かず、先ほどは役にたったが、今はお荷物の泥の翼もついたまま。
 この姿のままで何処までウィルスと戦えるかは解らない。
 だがセレナは孝也たちにさがっていろとも、逃げろとも言わなかった。
 ただ一言、
「お前達、行くぞ。奴は今この場で完全に消滅させる。私への援護を頼む」
 頼りに出来る仲間として孝也たちに声をかけた。
 三人の重なる返事を聞き届けると、炎を身に纏ったまま苦しみ悶えるウィルスへと走った。
 自分の体ではないかのように鈍く重い体に下を打つが、それそのものを心苦しく不安に思う事は不思議となかった。
 振り向かなくてもわかる小さくも頼もしい三つの気配とその声援がセレナを支えてくれていた。
「セレナさん、援護が出来るのは僕だけだから出来るだけ低くしていてください」
「孝也君と光輝君は僕が守ります」
「行っけえ、セレナ姉ちゃん!」
 天井の上でも聞いた破裂音の後、炎によってではない何かによってウィルスの体が硬直した。
 それ自体チャンスではあったのだが、ウィルスを逆上させるオマケがついてきた。
「どこまでも、どこまでも馬鹿にしやがって。お前ら全員、死んでしまえ!!」
 自らの体を覆う炎を無視してウィルスがその大きな腕を両方振り上げた。
 完全に頭に血が上っているようで、その腕が何処に振り下ろされるかはまったく予測不可能であった。
 自分はまだそれでもかわせる自信があった。
 だが後ろで自分を支えてくれている孝也たちはそうはいかない。
 だからあえてセレナは叫ぶ事で自分と言う存在をウィルスに教える事を選択した。
「お前の相手はこの私だ。醜きウィルス!」
「うおあぁぁぁぁぁぁッ!!」
 交わるようにして振り下ろされた両の腕は、交差点が丁度セレナの居る場所であった。
 床がひび割れ建物全体を揺るがしたその一撃の直撃こそかわしたものの、泥の翼が巻き込まれセレナの足が止まってしまう。
 ヴァリアーと化した証のように生えていた翼を引きちぎり、セレナは動いた。
 打ち下ろされた腕に飛び乗り、一直線にウィルスの腕を駆け上っていく。
 引きちぎれた翼の痛みも忘れて、真っ直ぐウィルスの元顔があった場所を目指す。
「お前はこの世界にあってはならないものなのだ。お前自身が生み出したドラグナーの手によって滅びるのが、お前の最後に相応しい。永遠に滅びるがいい、ウィルスよ!」
 最後の最後で跳び上がったセレナは、サバイバルナイフを十字に振りぬいた。
 十字の切れ目から、うっすらと浮かび上がったのは異形へと変わる前のウィルスの姿であった。
 そのウィルスへと向かって体当たりをするようにセレナは最後の一撃としてサバイバルナイフを思い切り突き刺した。





 ウィルスが倒れるのと同時に崩れだした館は、燃え残っていた炎が燃え移り、瞬く間に炎上していった。
 直ぐに逃げ出した孝也たちは、燃え上がる館を一先ず離れる事にした。
 後でまたヴァリアーの残りがいないか探さなければいけないが、少しだけ優先しておきたい事があったのだ。
 まだ残っていた手頃な民家に入り込み、一先ずセレナを食卓の椅子に座らせると孝也たちはその目の前に一列に並んだ。
 そして一斉に三つの頭を下げて言った。
「ごめんなさい!」
 綺麗にそろった三つの声に、セレナは気を抜けばつい眠り込んでしまいそうだった目を大きく開けていた。
 何故自分が謝られなければいけないのか、全く解らなかったのだ。
「なにを頭を下げている? 私には謝罪を受けるような理由はないぞ?」
「セレナ姉ちゃんにじゃなくて、俺らが頭を下げる理由があるんだ」
「僕ら、僕があの時一番に逃げ出しちゃったから」
「ガンちゃん、言っただろ。ガンちゃんが最初逃げなければ僕が先に逃げてたって。だからこれは三人の謝る理由だよ」
 あまり説明にはなっていなかったが、理解するには十分であった。
 セレナは一言頭を上げろと言うと、伺うように頭を上げてきた三人に笑って見せた。
 魅了するようなその笑みに三人が見とれているのに気付かず言った。
「ちゃんと私はあの時に逃げろと言った。それでもお前達が気にすると言うのならば、もうその必要はない。お前達は恐れを勇気で克服し、戻ってきた。そして私を助け出し、こうして四人で無事この場にいる」
「でも、その傷が……」
 そう孝也が指摘したのは、セレナの体に残ってしまったヴァリアー化の跡であった。
 背中に生えた泥の翼は千切れてしまったが根元はそのままで、腕や足にも消えない泥のような瘤が残っている。
 セレナは一度ヴァリアー化したら、二度と戻れないと言った。
 つまりその傷は一生セレナと共にあるということだった。
 こうして四人無事でこの場にいることができると言ったが、もうセレナの姿のようにもう戻れないものもあるのだ。
 再び顔を暗くしてしまう孝也たちのなかで、光輝がもしかしてと声を挙げた。
「そうだ、ガンちゃん。消毒液、あれでセレナさんの体を元にもどせないかな? ただのヴァリアーには危険な薬かもしれないけど、セレナさんはまだ人間だ。もしかするとヴァリアーの部分だけ消せるかもしれない」
「え、でも危険じゃないかな。なんかヴァリアーは溶けちゃうみたいだし、痛いかも」
「セレナ姉ちゃんに聞いてみればいい。実際にやるのはセレナ姉ちゃんなんだから」
「あれがただの消毒液だったというのか? あんな強力な聖水を一体何処でと思ってはいたのだが、お前達の世界のものか。物は試しだ」
 信博から受け取った消毒を手の平にのせ、セレナはヴァリアー化した部分にそっと当てた。
 溶けて燃えるようなジュッといった音の後から真っ白な煙がもうもうとあがった。
 熱いのか顔をしかめたセレナを心配した孝也たちであったが、ゆっくりとセレナが手を離すとヴァリアー化した時の泥のような何かが砂に変わったようにポロポロとはがれていった。
「正直に言うと当てにはしていなかったのだが、本当にヴァリアー化がとけた。まさに聖水だな、これは」
 やはり女性だけあって醜くなった体を気にしていたのか、セレナはヴァリアー化の後を次から次へと消していった。
 大げさに喜びはしないものの喜んで消毒液を使っていくセレナを見て、最後に残っていた心のつかえがとれていく。
「セレナ姉ちゃん、背中は俺がぬってやるよ。届かないだろ」
「すまないな、頼む」
 あとは泥の翼のあった背中だけとなり、孝也が立候補をしてセレナの背中に消毒液をつけ始めた。
 ちょっと羨ましそうにしていた信博と光輝であったが、一つ気になることを光輝が聞いた。
「セレナさん、もしも言いたくないのならかまわないのですけど、ヴァリアーを倒した時のあの台詞。あれってどういう意味ですか?」
 質問の意味を直ぐに悟ったセレナとは違い、孝也と信博は一体何の事だと首を捻っていた。
「そのままの意味だ。この村のようにウィルスによって一つの村が滅びたりする場合、高い確率で一人か二人生き残る事がある。理由はわからない。だがその者たちは例外なく、ウィルスやヴァリアーに対する抵抗力が強い。そういった人間の集団を人はドラグナーと呼ぶのだ」
 セレナがドラグナーである以上、そう言う目にあったことは確かである。
 だが質問そのものをした光輝はもちろん、孝也も信博も何も言う事はできなかった。
 また暗い顔に戻ってしまう三人を見て、話題を変えるようにセレナは言った。
「タカヤ背中の傷はもういいぞ。これから私はその生き残りであるドラグナー候補と、ヴァリアーを探す。お前達はどうするのだ? 向こう側の世界の物を持っているようだから、戻る手段を見つけたようだがすぐに帰るのか?」
「あっ、忘れてた! 俺たちどうやって帰ったのか憶えてない、光輝、ガンちゃんどうしよう!」
「どうしようって言われても……どうしよう?」
 本当に忘れていたと慌て出した孝也と信博と違い、光輝の方はいたって冷静であった。
「二人とも落ち着け。こっちへ来た時と同じ、寝るだけで俺たちは元の世界に戻れるよ。戻れるか不安だったけど、実証済み」
「おおぉお、光輝がすげえ。冴えてる!」
「そっか、一度逃げた時大穴に落ちて気絶したから……」
 そんな方法でよいのかと思ったセレナであったが、一緒に喜んであげたいようながっかりしたような複雑な気分であった。
 もちろんもとの世界で過ごすのが孝也たちにとって一番だとは思うのだが。
「それならここの家のベッドを借りればいい。お前達、世話になったな。もう会う事もないだろうが」
「何言ってんだよ、セレナ姉ちゃん」
「何とはどういうことだ?」
 聞き返してきたセレナに光輝が続けた。
「来る方法と帰る方法さえわかっていれば、ちょっと遠出するぐらいの気分ですよ。また会いにきます」
「それに今度来る時は、僕らの世界の消毒とか他にも一杯お土産持ってきます」
「だから、これでさよならなんかじゃないぜ。また会おうなセレナ姉ちゃん」
 アレだけ怖い目にあってもそう言える孝也たちを眩しく思うのと同時に、セレナはまた会おうと言う言葉がとても嬉しかった。
 だから迷うことなく自分もまたなと言う言葉を使い、孝也たちを寝室へと見送った。
 寝室のドアが閉まってからしばらくはやかましい声が響いてきていたが、直にその声も途切れ人の気配さえ消えていっていた。
 セレナは寝室のドアに背を向けると、もう一度またなという言葉を投げかけた。





 一日のうちの最後の授業の鐘が鳴り、担任からのお知らせが終わったら放課後の時間である。
 どの学年のどのクラスの生徒も我先にへとグラウンドへ向かう熾烈な争いの時間でもある。
 三年二組、孝也たちのクラスからも担任のお知らせが終わると同時にクラス中の生徒たちが外へと駆ける。
 もちろん孝也はその先頭集団の常連であるが、その日は何時もと違っていた。
 まっすぐにグラウンドを目指すかと思えば昇降口で下穿きに履きかえると、まっすぐ校門を目指しては知っていってしまう。
「こらーッ、孝也。アンタきょうもまた一体何処行くのよ、ちゃんとグラウンドの場所取りしなさいよ!」
「悪りいな、男女。俺ってば忙しいから遊んでる暇なんてないんだよ。ボール遊びでもしてろお子様め」
「アンタだけにはその台詞を言われたくないわよ!」
 そう叫ぶ女の子を置いて孝也は校門を出て行ってしまう。
 何を急いでいるのかは知らないが、落ち着きなく走っていくお前が一番お子様だと憤っている女のこの横を二人の男子が駆け抜けていく。
「滝野さん、おつかれさま。また明日ね」
「僕達も急ぐから」
「あ、こら。ちょっと。アンタたちが居ないと私が思いっきり遊べないでしょうが!」
 追い抜いていったのは光輝と信博である。
 酷く理不尽な要求を耳にしながら、立ち止まる事もなく二人は校門を出て行った孝也を追っていった。
 一度それぞれの家に帰ってしまうのだが、目的地は同じである。
「あ、遅いぞ二人とも!」
 何時の頃からか世界樹などと大層な名前をつけられた裏山にある巨大な樹の根元、そこで待っていた孝也が遅れてきた二人に大声で怒鳴る。
 だが何時何分にと約束をしていたわけではない。
「孝也が急ぎすぎなんだよ。こっち側と向こう側じゃ時間の流れが違うんだから、急がなくても十分向こう側にいられるよ」
「孝也君は早くセレナさんに会いたいだけだろうけどね。そう言う僕もだけど」
 三人それぞれがあの日と同じ持ち物を持って世界樹の下に集まった。
 孝也は金属バットを、光輝は火炎瓶こそないものの改造銃を、信博はキャンプセット一式の入ったリュック。
 もうすでに定番となったスタイルであった。
「よーし、それじゃあ世界樹の向こう側に行くぞ!」
「コレから寝るんだから、テンション下げろよ孝也」
「毎回の事だけど仕方ないよ。ドキドキするのは」
 元気良く跳ねた孝也がそのまま世界樹の根元にある草の絨毯の上に寝転んだ。
 続いて光輝も、信博も。
 三人は今日もまた世界樹の根元から、世界樹の向こう側へと渡っていった。

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