「アハハハハハ!! さあ、どこからでもかかっておいで!!」

 眼にする者を恐怖で凍り付かせるような笑顔を浮かべ高笑いを上げつつ、ソフィアは風車のように右手の剣を振り回し、モンスターの群れのど真ん中へと飛び込む。彼女の剣は竜巻のようにして、それに触れたモンスターを片っ端から細切れの肉片と化してゆく。

 だがモンスター達もやられっぱなしではなかった。彼女の振るう剣閃を潜り抜けた竜が巨大な顎を開け、彼女の左手に噛み付く。

 蒼白の肌は引き裂かれ、肉が食い千切られ、だがそこからはそれ程出血する事もなく、精々血が滲んだ程度だ。そしてそのまま竜は首を振り、それによってソフィアの左腕が喰い千切られた。だが、そうなっても。

「くははははははっ……それで終わりなのかい? そんな程度じゃアタシは逝かせられないねぇ!!!!」

 そうなっても彼女は哄笑を上げ続けていた。たった今腕が無くなったと言うのに痛みを感じていないのか、それとも感じていて、その激痛すらも彼女にとっては戦いという最高の娯楽の一部であり、快感以外の物では有り得ないのか。

 どちらにせよ彼女にとって腕を千切られた事はダメージでも、それどころかハンデですらなかった。

 喰い千切られた切断面から『闇』、そうとしか形容する事の出来ない黒々とした”何か”が滲み出し、それは徐々に形を成していく。そうしてその『闇』がたった今失われた腕の形になったかと思うと、次の瞬間にはガスか煙のようにふわふわとして見えていた”それ”が彼女の左腕として実体化した。

 無くなったはずの腕が戻った。ソフィアはその感触を確かめるように数度手を握って開いてを繰り返すと、再び調子の狂った絡繰のように笑い始めた。

「アーーーーッハッハッハッハッハ!!!! この激痛!! この血飛沫!! この興奮!!!! 楽しい!! 楽しいよ!! さあ踊ろうよ。もっと激しく、もっともっと激しく、もっともっともっと激しく!!!!! みんなで一緒に死んだり死なせたり殺したり殺されたりしようよ!! その代価としてアタシの腕や足、心臓だろうが眼球だろうがプレゼントするからさ……ハハハハハハハハハ!!!!」

 狂気の笑い声を上げながら突進するソフィア。彼女が全身から発する魔性に気圧されたのか、モンスター達の動きは鈍い。そこが命取りとなり、次々とソフィアの振るう双刃によって解体されていく。

 無論モンスター達とてまさに暴風の如き恐怖の戦乙女が相手でも、何もせずにただ殺られている訳ではない。剣や槍といった武器を持っている者はそれを振るったり突き出したりして反撃するし、魔法の使える者は攻撃魔法を撃ち込み、巨体の者はその体躯をフルに使った攻撃を繰り出す。

 それでもソフィアを止める事は出来なかった。

 彼女は斃れなかった。

 その体をハリネズミのように剣や槍、弓矢で貫かれても。

 殺す事を目的としない、肉片の一つとしてこの世に残さず消滅させる事を目的とした物量の攻撃魔法をその身に受けて、その躯がバラバラに飛散しても。

 巨竜の足に踏み潰され、骨や臓腑がぐちゃぐちゃの肉片と化しても。

 その都度彼女の躯は再生し、復元された整った顔には、変わる事のない狂気の笑みが浮かんでいた。

 そうして剣を振り回し、解体された魔物達の血飛沫によって彼女の躯が染まる。銀色の艶やかな髪も、蒼白のきめ細かな肌も、白魚のような手も、足も、顔も。全てが噴き出す血の色に。赤く、朱く、紅く、染まる。

「ハハハハハッハハ………アーーーッハッハッハッハッハ!!!!」

 全身を真っ赤に染めながら、死体の山の上で高笑いを上げるソフィア。その姿はまるで何かの前衛芸術のような、一種異様な美しさがあった。

 自分は死なない。彼女にはそれが分かっていた。

 ソフィアはこの世界において『死』に最も近く、そして同時に『死』から最も遠い存在だった。

 何故なら彼女は既に死んでいるから。

 彼女は吸血鬼。魔族の頂点に立つ最強無敵の夜の眷属であり、永遠に若く永遠に美しい闇の申し子。

 彼女はこの世に産まれた時には既に死んでいた。そこにどんな意味があるのか彼女には分からない。だが一度死ねば二度死ぬ事は出来ない。それは確かな事だ。昔、戯れに彼女は自分の躯を傷つけたりしてみたが、考えついて試みた限り、どんな方法を以てしても自分を殺す事は出来なかった。

 そうして何百年もただ生きて。彼女は許容しがたい”退屈”が自分を蝕むのを感じていた。

 そんな死をも超越して生きる退屈を抱えたまま更に何百年も生きて、暇潰しに足を踏み入れたのが戦場、そして闘争だった。

 そこで感じた物は、その全てが彼女に今まで感じたどんな娯楽をも越えた快感を与えた。痛みも、苦しみも、仮初めの『死』も。その全てが心地良い。何より戦場の血煙の中でだけ、彼女は感じる事が出来た。『アタシは生きている』と、そして『もしかしたらアタシは殺されるかも知れない』と。その想いは高純度の麻薬のように、一度足を踏み入れたらもう抜け出す事など出来なかった。いやソフィアはそもそもそんな事を考えた事すらなかった。

 アレクやファル、そしてミヤと出逢うまでは。







 そんな風に、文字通り魔物達を千切っては投げ千切っては投げしている妻を見ながら、共闘者であった筈がただの見物人となってしまったアレクは溜息をついた。

「今更だけどこんな女と結婚した僕って、勇敢な男だよね……」

 呆れたようにそう、彼が言ったその時、

 ズウウウン………

「!!」

 城全体に震動が走った。少年は上の階を睨み、表情を厳しくする。

「あっちはあっちで、盛り上がっているらしいね………」





第14章 終わりの始まり





「うおおおおおっ!!」

 ナイトへとジョブチェンジしたバッツが、エクスデスに斬り掛かった。エクスデスも腰の剣を抜き、その一撃を止める。

 ズン!!

 重い音がして、その剣圧が周囲にまで及んだ。気を抜いていては周りのレナ達も吹っ飛ばされかねない程の威力を持った衝撃。エクスデスはその巨体やぶっ太い腕からそれだけのパワーを持っている事は想像出来るが、それに対して力負けせずに鍔迫り合いに持ち込めるバッツの姿に、レナ、ファリス、クルルの3人は少なからず驚いた。

 いやそれは彼女達だけではない。バッツと鍔迫り合っているエクスデスもまた、眼前の青年が、ちょっと前までは取るに足りない存在であったはずのただの人間が、自分と渡り合えるだけの力を付けている事に驚いている。

「ほう……この短期間でこれ程までに腕を上げているとは………」

 と、感心したように呟く。

「…………っ」

 バッツはその鍔迫り合いの形から一気に押し切ろうとするが、そこはエクスデスも持ち前の剛力によって中々そうはさせてくれない。その瞬間、

「だがまだ甘い」

「バッツ、下がって!!」

 エクスデスとレナが同時に声を上げた。そしてバッツはそれを聞くよりも早く後ろへ跳ぶ。戦士としての積み重ねてきた経験による直感が、危険を察知したのだ。そしてその判断に誤りはなかった。エクスデスはバッツと肉迫した状態から、左手だけで魔法を撃とうとしていたのである。

 跳び退いたバッツに向かって灼熱の炎弾が撃ち出され、同時に黒魔導士の姿となったレナがブリザガの冷気を撃ち出す。

 炎と氷とが激突し、その衝撃によって城が揺れる。

 ズウウウウン………

 先ほど下の階でアレクが察知したのはこの震動であった。

 激突によって発生した水蒸気が霧のように立ち込め部屋中に立ち込め、全員の視界が奪われる。

「むう」

 流石に視界が利かなくては戦いにくいのか、エクスデスは唸り声を漏らす。その時だった。

 暗黒魔導士の背後で、水蒸気の煙幕が僅かに揺れた。

「そこか!!」

 視界には入っていない筈なのにほとんど動物的な反射神経、あるいはカンとでも言うべきか、それによって接近する敵の存在を把握し、エクスデスは振り向く。振り向いたそこには、獣の革で作られた服に身を包んだ少女の姿があった。バーサーカーとなったクルルだ。

 振り下ろされる巨大な斧の一撃。エクスデスはこれも防御したが、その威力までは殺し切れず両足が地面にめり込む。

「おじいちゃんの代からの戦い……私の手で決着を付ける、付けてみせる!!」

 そう叫びながら力任せに斧を振り回すクルル。流石のこの攻撃は手に余るのか、エクスデスはじりじりと後退を余儀なくされる。

 バーサーカーの最も恐るべき所は、そのパワーにある。人間離れしたその膂力によって振るわれる巨斧の一撃を受ければ、身につけている甲冑が如何に頑丈で分厚くとも関係ない。そのまま内側の骨にまで食い込み、粉砕されてしまうだろう。

 となればその攻撃を捌くか避けるかであるが、捌くのは簡単ではない。何しろその強大なパワーは剣で止める、あるいは受け流したとしても、相応の衝撃が腕に伝わってきて、それによって徐々に握力や腕力が削られていくし、使っている武器もいつまでもそんな衝撃に耐えきれるという保証はない。

 つまりは攻撃を全て避けきるのが最善ではあるのだが、流石にこのレベルの戦いとなるとそれは難しくなってくる。特に今回の場合クルルはまだ幼く、パワーはクリスタルによって強化されているとは言え地力の違いもある為バッツやファリスには及ばない。だがその代わりに、彼女には身の軽さと小柄な肉体があった。それを活かして懐に潜り込まれると、巨体であるエクスデスには対応が困難だった。

 思い切り体を捻って繰り出されたクルルの斧がエクスデスの頭部を掠める。当たっていればそれで頭が吹き飛んでいた一撃であったろう。一瞬ひやりとした感覚がエクスデスに走る。が、次の瞬間には好機である事に気付いた。

 渾身の一撃であった為、それを外したクルルはほんの一瞬の事とは言え、今は完全なる無防備状態だった。

「そうだな。お前を屠り去り、決着を付ける事としよう」

 先程のクルルの台詞に返す形でエクスデスはそう言い放つと剣を構え、突きを繰り出す。と、思われたが、

「うぐっ!?」

 背中に感じた激痛によってその動作は中断される。首を回して後ろを見ると、そこには具足に身を包んだファリスがいた。彼女は侍にジョブチェンジし、その手にはギルが握られている。彼女は必殺の切り札である銭投げを繰り出したのである。

「むううっ………」

 エクスデスは戸惑ったようにファリスの方を見る。彼女との間合いは約5メートルといった所。剣は届かない。また魔法を使おうにも、”溜め”に必要な僅かな時間の差で、彼女が投げる飛銭の方が先に自分の体に突き刺さるだろう。

 一方彼女が投げる銭は、投げつけられるエクスデスの側からすると僅かな点でしかなく剣では落とせない。また周囲に隠れるような場所も遮蔽物も無い。更にギルを投げつけるタイミングを見計らっている姉に並ぶようにして、レナが攻撃魔法を撃つ構えを取った。

「合わせろレナ」

「はい、姉さん!!」

 そうファリスが言った瞬間、彼女は必殺の飛銭をその手から解き放ち、レナもまた掌の内で極限にまで増幅していた魔力を発射した。

「ぬうっ!! 舐めるな!!」

 が、エクスデスとてそう簡単にその攻撃を受けてくれる程甘くはなかった。

「はあっ!!」

 飛来するギルと魔力に対して、両腕をかざす。するとそこに魔力によって形成された障壁が出現し、物理と魔力、その双方の攻撃を受け止めた。

「「!!」」

 必殺の一撃を防がれ、レナとファリスの表情に動揺が走る。

 エクスデスが使ったのは防御魔法、物理攻撃に対して有効なプロテスと、魔力に対しての障壁となり得るシェル。その双方を併用する事によって銭投げと魔法、その両方の威力を無力化したのである。これは防御としてはかなり高度な物であったが、2つ欠点があった。

 一つは片手で二つの魔法を同時には使う事が出来ないという事。これはブロテスとシェルが、それぞれ物理と魔力、性質の全く相反する物に対しての防御手段である為だ。それ故、同時に迫り来る攻撃を受ける為には一度剣を手放し、両手を使わねばならなかった。

 そしてもう一つは、今回の場合こちらが特に重要なのだが、この魔法はどちらも壁状に障壁を展開する物であるという事。つまり防御が有効なのは一方向に対する攻撃のみで、その他の方向からの攻撃に対しては防御力が働かないのだ。

 一対一の戦いであればそれによって発生するデメリットは少ない。だがこの戦いは一体多数の戦いだった。

「ぐううっ!?」

 呻き声を上げるエクスデス。隙を突いて背後から接近したバッツとクルルが、その脇腹に剣と斧を食い込ませていたのだ。二人は即座に跳び退いてエクスデスから距離を取る。エクスデスもまた二人に合わせるようにして何歩か後退すると、この状況を打開すべく、事態の分析を始めた。

 強くなっている。

 勿論個人の能力もかなり成長しているが、たった今の攻防からしてもチームワークも格段に進歩している。正直、このままでは分が悪い。

「むうっ………流石、と言うべきかな?」

 エクスデスはそれを認めた。

「だが我とてここまで来て負ける訳には行かん!! 我が真の目的の達成まで、後一歩と言う所まで迫っているのだ!!」

 そう叫ぶと一瞬脱力したような姿勢から、高速で真一文字に腕を振り抜く。その瞬間、その振られた軌跡からは目には見えないが、強力な殺傷能力を持つ真空波が撃ち出されていた。それは人間を真っ二つにするには十分な威力を持つ一撃。だが、

 ギィン!!

 バッツが咄嗟にその軌道上に剣を振り、その威力を受け止める。

「!!」

「生憎負ける訳にはいかないのは俺達だって同じなんだ」

 と、バッツ。目には見えない真空波を防がれて、流石のエクスデスも少し動揺している。彼はそれを敏感に見て取った。

「よし!! 仕掛けるぞ!!」

「おう!!」

「ええ!!」

「行くよ!!」

 バッツの声に、ファリス、レナ、クルルの3人もそれぞれ応じる。

 如何に自分達が強くなっているとは言え、まだエクスデスの方が純粋な実力では少し上だろう。そんな敵を相手として勝つ為に、必要な事は2つ。一つは常に多数対一で戦える状況を整える事。これはあらゆる戦略・戦術に共通する、勝利の鉄則である。そしてもう一つは、

『この好機を逃さない、反撃の時間も回復の暇も与えない、最大の攻撃力で一気に叩く!!』

 バッツは幼い頃から父、ドルガンとの旅をしてきて、個人レベルでの武術や剣術などは彼から仕込まれているが、戦術などを学んだ事はない。だが学んだ事はなくともこれまでの経験から、この状況でこの強敵に勝利する為に必要な事とは何か、それが自然と分かっていた。

「地の底に眠る星の火よ、古の眠り覚し裁きの手をかざせ!! ファイガ!!」

「魔空の時に生まれた黒き羊よ、現世の光を包め………グラビガ!!」

 黒魔導士のレナと、侍から時魔導士へとジョブチェンジしたファリスが、それぞれ最大の攻撃魔法を放つ。

 炎を超えた熱と光のエネルギーがエクスデスを焼き尽くし、同時にその周囲に発生した重力異常がエクスデスの体に本来の何十倍もの重量とそれに伴う負荷を与え、押し潰す。普通のモンスターならこのどちらかでも斃すのには十分すぎるくらいだろう。だが足りない。

 エクスデスはダメージを受けたものの、未だに戦力を残している。それが分かった。

「おっ、のれ!!」

 魔王とさえ呼ばれた暗黒魔導士は灼熱の炎と重力の場さえ打ち破り、そこからなお反撃に出ようとする。

 バッツ達としては手負いの獣が一番怖い、ここは一旦離れるべきだ。

 そう、普通の使い手ならば判断する所であるが。

「その程度で怯むかよ!! クルル、援護を頼む!!」

 少女は頷き、クリスタルの力によってバーサーカーから白魔導士へとジョブチェンジする。今は千載一遇の好機。それをみすみす逃す事など考えられない。クルルにもそれがはっきりと分かっていたのだ。

「沈黙の光よ、音の波動のもたらす邪悪な影から守りたまえ!! シェル!!」

 その詠唱が終わると共に、彼女の魔力が薄い皮膜のような物へと姿を変え、バッツを包む。それは魔力による攻撃を遮断する障壁。先程のレナとファリスの同時攻撃を受け止めたエクスデスが使った物と同質の防御魔法だった。バッツはそれを確認すると剣を構え、エクスデスに向かって突進する。と、同時にエクスデスはその力を振り絞り、両手に魔力を充填する。

「あれは………」

「フレア!!!!」

 エクスデスは自身が使える魔法の中でも最上級の威力を持つ物を放ち、バッツを迎撃しようとする。

「まずい、逃げろバッツ!!」

 思わずファリスが叫ぶ。ミヤとの戦いでは彼女に直撃する事はなかったが、それでもファイガ以上の熱エネルギーの塊であるあれを受ければ人間など灰も残さず消滅する。その最悪の未来が、彼女の脳裏に駆け巡ったのだ。

 だがその声を耳にしてもバッツは立ち止まらなかった。

 目の前に、太陽の欠片と言い換えても良い程の熱量の塊である火球を前にしても。

 戦闘における極限の緊張と興奮が恐怖を麻痺させているのか? と、一瞬バッツは考えたが、すぐに頭の中でその考えを否定する。違う。そういった物とは断じて違う。

 何故だかは分からない。だが彼はどこかで判っていた。

 確信があるのだ。

 必ず勝てるという確信が。

 それを信じ、怯むことなく今や視界一杯にまで広がった火の玉の中へと飛び込む。

「ーーーー!!」

「「バッツ!!」」

 思わず息を呑むレナと、彼の名前を大声で叫ぶファリスとクルル。

 エクスデスもまた、今の攻撃でバッツを仕留める事が出来たのか、それを確認しようとするかのように僅かに身を乗り出して、彼を呑み込んだ火の玉を見る。

 その瞬間だった。炎の球が二つに割れ、その中からバッツ姿を現したのは。

「ぬっ!! 貴様!!」

 エクスデスは今の一撃でバッツを倒せていたか、そうでなくともかなりのダメージを与えられていた物だとは踏んでいた。が、その予想に反して炎の中から現れたバッツは、着衣はそのあちこちが焼け焦げて未だに燃えている部分もあり、その肌もあちこち火傷をしてはいるが、どれも致命傷には程遠い。

 これには理由があった。

 その一つは勿論クルルが事前に唱えていたシェルによって彼の体が護られていた事。そしてもう一つはこれはエクスデス自身気付かなかった事であるが、その前にファリスとレナの攻撃によって受けていたダメージが原因で、フレアの威力が完全ではなかったのだ。その二つの原因が重なった事によって、エクスデスの反撃はバッツを止める事は出来なかった。

「これで最後だ!!」

 叫びながら、クリスタルの力を使ってジョブチェンジするバッツ。彼の体が光に包まれ、全身を重厚な鎧によって守っている騎士の姿から、エキゾチックな衣装に身を包んだ剣士の姿へと変わる。剣と魔法、全く異なるその二つの力を融合させた戦闘術を極めた伝説の戦士、魔法剣士の姿に。

 バッツが持つ剣の刀身に灼熱の炎が宿る。繰り出されるファイガの威力を纏った一撃。

 それは覿面にエクスデスを捉え、その胸部に袈裟懸けの傷を付ける。

「ぐ………おお……」

 少し浅かったか? ともバッツは思ったが、どうやらそれは杞憂であったらしい。剣と魔法、その双方のダメージを受けたエクスデスはぐらりと倒れかけ、二、三歩たたらを踏むように後退する。だがそこで踏み留まった。

「見事なものだ……この我をここまで追い詰めるとは………だが、少しばかり遅すぎたな……」

「遅すぎた、だと……? それは一体……」

 どういう事だ? バッツがそう言う前に、エクスデスの方がそれに答えた。

「こういう事だ」

 パキン!! パキン!!

 エクスデスの背後にあったクリスタルが、突如として砕け散った。

 しまった。バッツは思った。

 自分達の戦いは護る為の戦いだ。いくらここでエクスデスを倒す事が出来たとしても、その時世界が滅んでしまったのでは意味がない。咄嗟に最後に残った1つのクリスタルだけは死守しようと駆け出すが、だがそれも間に合わなかった。

 パキィィィィン…………

 バッツが伸ばした手も届かずクリスタルは砕け、星屑のような光となって消えていく。

 と、同時に。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ………

 地震の時のような鳴動が起こる。それに耐え切れないのか、壁や床のあちこちにヒビが入る。

「エクスデス、貴様一体何をした!!」

 ファリスが叫ぶ。エクスデスは達観したかのような口調で、それに答えた。

「始める前に言った筈だ。世界をあるべき姿に戻すのだと……それがどういう意味なのか……お前達にもいずれ分かる……」

 言い終えた瞬間、天井が崩落してその巨体を押し潰す。

 これが世界を越えてまで追い掛けてきた宿敵の最期か。そう思うと、あまりにもあっけなさ過ぎるようにも思えたが、いつまでもそんな事を考えている場合でもない。ここから避難しなければ。全員が同じ結論に達し、走り出そうとしたその時、

 ぐにゃり。

 ちょうど擬音にすればそんな音が似合うだろう感じで、空間が歪んだ。それと共に、視界一杯が真っ白い光によって満たされる。

「これは一体……」

「うわああああっ!!」

 何が起こっている?

 そんな疑問が全員の頭をよぎったが、だがそれに対して考える時間も与えられぬまま、4人はその意識を手放した。









 ぴちゃ、ちゅぱちゅぱ、ちゅぱっ………

 同じ頃、エクスデス城の下層階、ソフィアの倒したモンスター達の死体が山積みとなっているそこに、生々しい異様な音が鳴っていた。

 その音を発しているのはソフィアその人である。彼女は獣のように四つん這いになりながら、床に流れた血を啜っているのだ。

 100人に聞けば200人が異様な光景だと断じるだろう状況だが、それを傍らで見ているアレクは別に気にした様子も無い。と、その時、ソフィアが体を起こした。

「不味いねぇ……モンスターの血は臭いし冷たい。やっぱり人間の、暖かくて甘い処女の血を飲みたいもんだよ」

「食事も良いがソフィア、感じないか?」

 と、アレク。ソフィアもその言葉を受けて口元の血を拭うと、周囲を見渡す。二人の周りの空間にも、徐々に歪曲現象が始まりつつあった。

「始まったね……」

 楽しそうに言う妻のその言葉に、アレクも頷く。

「あの時に付ける事の出来なかった決着……今度こそ付けてみせよう……今度は僕達の、完全なる勝利という形でもって」

 確固とした決意をその表情に浮かべ、少年が呟く。そう彼が言った刹那、二人もまた光に呑まれた。









「な、何だあ!?」

「どうやら、全て私達の思惑通りに事が進んだようですね……」

「…………」

 またそれと時を同じくしてファルとミヤ、そしてその二人と戦っていたギルガメッシュもまた、尋常ならざる事態が発生した事を感じ、戦闘を中断する。お互い今の所掠り傷程度のダメージしか負ってはいない。勝負はこれから、と言う所でこの異常が発生したのだ。

 だがそんな事態の只中にあっても、ファルとミヤの表情には些かの動揺も無い。

 まるで最初から何が起こるのか、それを知っていたかのように。それに疑問を抱いているギルガメッシュに気付いたのか、ファルが微笑んで言う。

「私達の当面の目的は達成されたようですし、先程の貴方の疑問にお答えしましょう」

 と、ファル。ギルガメッシュはそれに虚を突かれたのか呆けたような表情となる。そんな反応を楽しんでいるかのように、青年は続けた。

「私達の目的、それは世界を一つにする事だったのですよ……」

「世界を……一つに、だと?」

 鸚鵡返しに聞き返すギルガメッシュに、ファルは頷く。

「かつてこの世界は一つでした。ですが”大戦”の後、世界は二つに引き裂かれた………私達はクリスタルを破壊し、引き裂かれた世界を一つにする……エクスデスが復活した事から見ても向こう側の世界のクリスタルは、4つ全てが砕けている。後はこの世界に存在する残り4つを砕けば世界はあるべき姿へと戻る……」

「でも………わたし達に…は……クリスタルが……どこに……封印されて…いるのか? その場所…が………分からなかった……」

「ですから手分けして世界中を捜して周り、またエクスデスをこれまで泳がせていたのですよ。奴の目的と私達の目的……それは完全に相反する物ですが、その為の手段は同じ物でしたからね。エクスデスが先にクリスタルを見つけたとしても、奴は必ずそれを破壊しようとする。そこまでは私達としても何ら文句のある事ではありませんしね」

「そして……全てが……わたし達の望む形と……なった………クリスタルは砕け……世界が一つに……還る……」

 彼等のその言葉に、ギルガメッシュは内心で納得が行く。

 エクスデスを倒す事を明確に目的としているバッツ達に比べて、ファル達の行動はあまりにも神出鬼没で、なおかつその目的も不透明だった。積極的にエクスデスと敵対しようともせず、時折ほどほどにバッツ達に対して助力する程度。それはつまり、彼等にとってその段階でエクスデスを倒されては困るからだったのだ。

 疑問の一部は氷解した。だがまだそれで半分、もう半分は未だに残っている。

「じゃあ……お前達は世界を一つにして、一体何をするつもりだ?」

「……決まっています。世界を護るのですよ。私達もまたバッツさん達と同じく、希望を託され、未来を委ねられた戦士なのですから……」

「……」

 きっぱりと言い放つファルと、無言のまま頷き、彼の服の裾をきゅっ、と握り締めるミヤ。ギルガメッシュはそこから更に問い質そうとするが、

「どうやら時間が無いようですね。ここもまた空間が歪み始めている……話の続きは、次に会った時としましょう」

 そうファルが言った瞬間、彼等のいたその空間もまた歪み、彼等は光に包まれた。









「うっ………」

「レナ、大丈夫か……?」

 自分を呼ぶ姉の声を聞いて、レナはその瞳を開けた。彼女の視界に心配そうに自分を見詰めるファリスの姿がアップで映る。「ええ、大丈夫よ姉さん」と返してレナは体を起こした。周囲を見渡すと、そこはエクスデス城の魔物の胎内の如き空間ではなく、彼女達はどこか見覚えのある草原にいた。

 これはエクスデスの創り出した幻か? とも考えるが、エクスデス城に漂っていたあのむせ返るような障気も感じない。どうやらこの空間は本物らしい。

 と、そこまで考えて、レナとファリスは慌てて思い出したように側に倒れていたバッツとクルルを起こした。二人ともすぐに目を覚まし、レナと同じように急に周囲の風景が変わっている事に驚く。その時ファリスが驚いたように声を上げた。

「おいレナ、あれは………」

 姉が指差す先にレナが視線を動かすと、同じく彼女の顔も驚愕に彩られた。

「あれはタイクーン城……」

 見間違えるはずもない、自分が生まれてから19歳になる時まで過ごし、そしてガラフのいた世界へと旅立つ時、もう二度と戻る事は出来ないと思っていた故国の城がすぐ近くにそびえ立っていたのだ。

「私達は……還ってきたの……?」









TO BE CONTINUED..

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