「……妙ですね、静かすぎます。あまりにも……」

 無機質な岩作りの壁を眺めながら、ファルが言った。

 ファル達とバッツ達、総勢8人はエクスデス城の回廊を歩いていた。合流した彼等がエクスデス城に突入したその時、既にそこで調査に当たっていたサーゲイトの兵士達はエクスデスによって壊滅させられていた。累々たる屍の中でかろうじて息のあった者も、エクスデスが上の階へと向かった事を彼等に伝えると、その命の灯火を消した。

 次々に命が喪われていく。だがエクスデスの犠牲者は彼等が最初でもなければ最後でもない。ヤツを倒さねば、際限なく犠牲は増え続ける。あいつはこの世にいてはならない存在なのだ。バッツ達は改めて決意を固めた。

 以前は魔力で封印されていた為か開かなかった扉を開き、階段を上って、彼等は進む。

 この時の隊列は、まずアレクが先頭に立ち、その後ろにファル、バッツ、レナ、ファリス、クルル、ミヤの順に続き、最後尾にソフィアが付くといった物だ。メンバーの中で最大の攻撃力を持つ者が前後を固めているので、どちらから攻められたとしても瞬時に対応する事が出来る。

 何しろここは敵の本拠地なのだ。以前自分達が侵入した時はビッグブリッジに兵力の大半を出撃させていた為城内は手薄だったが、それでも百は軽く越える数の魔物がひしめいていた。ましてや今回はこちらが来る事はまずエクスデスは予測済みの筈。相当な数と実力の守備軍がいるとアレクとファルは踏んでいて、またそれを他の6人にも伝えていた。

 だが現実にはこの城に入ってしばらく経つというのに、未だに一匹の魔物にも出くわさない。

「みんなして昼寝中……な訳ないしね……」

 いつどんな罠が来るか分からない。他の者がそう思って警戒しているのを見て、雰囲気を和ませようと茶化するように言うアレク。だが彼自身全身に気を張り詰め、たとえ今目の前に魔物が飛び出してきたとしても返り討ちに出来るようなオーラを纏いながらなので、全く効果がなかった。

「………」

 余計に気まずい空気になったかな…?

 そんな風に言いたそうな表情をしながら、アレクは視線を動かした。その視線の先にはこのメンバーの中で2番目に年若い者、つまりクルルの姿があった。自分とソフィア以外は皆がぴりぴりと気を研ぎ澄ましているが、中でもクルルはそれが一目見ただけで分かった。

 と、言うよりも緊張しすぎ、焦りすぎだ。

 無理もない。アレクはそう思った。余程特殊な環境に置かれていない限り、彼女の歳であまり多くの実戦を経験する事はない。これはアレクは知らない事だが実際その通りで、彼女は祖父のガラフと共に戦場へ赴く事はあってもその役目はあくまで後方で負傷した兵士達の手当をしたりする事が殆どで、命懸けの戦いなどは経験していない。エクスデスと長老の樹の中で戦ったのが唯一の例外だろう。

 だがそれでもたった一回の死闘、たった一つの経験に過ぎない。この言い様のない殺気が充満した城の中で平静を保ち続けるにはとても足りない。

「ねえ、クル……」

「……クルル…………」

 そんな彼女にアレクが声を掛けようとしたが、そんな彼を遮って彼女に語りかけた者があった。ミヤである。

「えっ?」

 彼女の方を振り向くクルル。この中で一番幼い少女はクルルの背中にそっと手を当てつつ、静かな声で言った。

「………大丈夫……恐れないで……あなたは……強い……あなたが思っているよりも……ずっと……」

 無表情で、無感情で、だがどこかそこに暖かみの感じられる声でミヤは言う。だがクルルはそれを聞いても、その言葉はミヤが自分を安心させようとしている為に言っている事だろうと、曖昧な表情を見せる。そこに、

「ミヤの言う事は嘘ではありません。あなたは実際にバッツさん達と同程度には強い筈です」

 彼女達の前を歩いていたファルが振り返って言う。彼がいい加減なハッタリを使うようなタイプではない事は、この場の全員が判っている。しかしだからこそ、これにはクルルも含めてバッツ達は驚いた表情になった。

 クルルはいまだに14歳の少女でしかなく、実戦の経験もバッツ達よりも遥かに少ない。魔法の腕は確かに優秀だろうが、それでも黒魔導士にジョブチェンジしたバッツ達には及ばないだろう。彼女自身もそれは自覚しているし、バッツ達も分かっているからこそ、戦闘になればクルルには支援に回ってもらうつもりでいた。だがそこにファルのこの言葉。その真意がどこにあるのか、彼等が説明を求める目になる。

「簡単にで良ければ説明を」

「ファル!!」

 最後尾から声が掛かった。振り向くとソフィアが怒り半分呆れ半分といった表情で彼等を見ている。

「今そんな事話してる場合? アタシ等が敵地のど真ん中にいるのを忘れてない?」

 全くの正論である。が、ファルはそれに動じた様子も無く、

「大丈夫ですよ。あくまで簡単に、です。そんなに長く話し込むつもりはありませんから。それに貴女とアレクが周囲に気を配って下さっている限り、襲われる心配もないでしょう?」

 そう返す。その言葉を裏付けるように彼の愛用の剣はいまだに鞘から抜かれてはいない。

 その反撃に前を歩いているアレクは「成る程、これは一本取られた」と苦笑し、ソフィアは表情の半分を占めていた怒りが消えて呆れた表情になり、やれやれと溜息を吐いた。ミヤは変わらずに無表情だ。取り敢えず全員の了承が取れた所で、ファルは話し始めた。

「……では、お話ししましょうか。何故世界の危機に、それを救う戦士がクリスタルによって選ばれるのか……」





第13章 エクスデス城の決戦





「何故……だと?」

 ファルのその言葉を聞いて、ファリスが怪訝な声を出す。

「そうです。不思議には思いませんでしたか? 世界の危機を救うという事は、つまりはその危険をもたらしている存在を排除するという事。ならば必ずしもクリスタルに選ばれた戦士がそれを為す必要はない。強い者がそれを行えば、それで済む事だとは思いませんか?」

「それはクリスタルの力や知識を得た者でないと世界の脅威と戦えないから……」

 問い掛けるようなその言葉に、レナが自分の意見を口にする。青年はそれに頷いた。

「そう、その通りですね。では何故クリスタルに選ばれた者にはそれだけの力と知識が宿る? それを考えた事はありませんか?」

「!」

 その指摘に、レナは「うっ」と言葉に詰まる。確かに彼女の言う通りクリスタルに選ばれた者にはおよそ常人には想像も付かない程の力や技が備わる。それはその力を以て世界の脅威と戦う為。彼女やバッツ達もそう信じていたし、またファルの言葉からそれは間違ってはいないらしい。では何故そんな力や知識が宿るのか? そう問われると、その答えを彼女は持たなかった。

 ファルはそんなレナを見て微笑むと、その答えを口にする。

「それはね、クリスタルの中には蓄えられているからですよ。今までクリスタルに選ばれ、世界の敵と戦った戦士達の中で最高にして最強の力、技、魔力……そして記憶の全てが……だからクリスタルの戦士は強いのです」

「「「!!」」」

 彼の答えを聞いてレナ、ファリス、クルルの3人は驚愕を面に浮かべ、

「……どういう事だ?」

 バッツだけは首を傾げた。ファルは溜息を一つ吐くと、説明する。

「つまりですね。例えばバッツさん、あなたの前に3人、風のクリスタルに選ばれた戦士がいたとしますね?」

 と、ファル。バッツは頷く。

「そして一人は剣の達人、一人は槍の達人、一人は魔法の達人だったとします。すると彼等の力を受け継いでいるあなたは、剣と槍と魔法の達人という事になるのです。勿論これは一番単純化した場合の話で、実際は人それぞれ体格や筋力、魔法の素質などが違いますからある程度の慣れと言える物は必要ですが。ジョブチェンジは力は力、魔力は魔力、技は技。それらの力をより手っ取り早く、効率良く使えるようクリスタルに刻まれた記憶を呼び覚ます能力……といった所でしょうね。その力だけは私も初見です」

「成る程……」

 バッツと、その話を後ろで聞いていたファリスやクルルが頷く。彼の言葉は辻褄が合っている。もしその言葉の通りだとすれば、クリスタルの戦士は代を重ねるごとに歴代の中で最強の力と最高の技、最大の魔力を受け継ぎ、強くなっていく事になる。

 それはつまり普通の人間が何十年、いや一生を費やしたとしても到底得る事の出来ない物を一夜にして手に入れる事でもある。クリスタルの戦士が勝てないのなら、他の何者もその世界の脅威に打ち勝つ事は出来ないだろう。クリスタルの戦士はその世界における最強の武力なのだ。

 そしてもう一つ、クルルはその言葉が嘘ではないという事を確信していた。

 クリスタルの力を受け継いだ時、自分の中に入ってきたガラフの想い。あれはクリスタルに刻み込まれていた、祖父の記憶だったのだ。それがその力を受け継いだ自分に伝わってきた。

 彼の説明で一つの納得は行った。だが同時に新たな疑問が生まれる。

「……ファル、お前は何故そこまで深く知っている?」

 ファリスがそれを問う。青年の眉がその指摘にピクリ、と動く。

「それにお前が知っていると言う事はアレクにソフィア、ミヤも………お前達はどうして……」

 彼女は更に何か言い募ろうとしたが、それを遮るように先頭のアレクの声が掛かった。

「……話の途中で悪いけど、困ったね。行き止まりだよ」

 と、少年は気の抜けるような声で言う。それを受けてついついファルの話に没頭していた彼等が周囲に意識を戻すと、そこはホールのような広い空間になっていて扉はおろか窓もなく、自分達の入ってきた物以外には通路もない。

「どうする? 壁をぶっ壊して進むかい?」

 ソフィアが物騒な提案をする。確かにこれまでの道のりは一本道だったし、他に通路も無い以上それも一つの選択ではあるが、だがここは敵の居城であり、簡単には本丸に辿り着けぬよう入り組んだ迷宮でもある。迂闊にそんな事をするのは逆にこちらが危険だ。そう判断したバッツとレナが、今にも壁に穴を開けようとしていた彼女を止める。

 その時、クルルがはっとしたように顔を上げた。

「違う……この城の景色はエクスデスの創った幻……」

「えっ!?」

「そうなのですか?」

「………」

 彼女のその言葉に、ある者は驚きの声を上げ、ある者は彼女に聞き返す。そんな中でミヤだけは無言で頷き、クルルの側に寄った。

 クルルは先天的に強い魔力を持っていて、それは彼女が動物と心を通わせる能力からも証明されている。またミヤも詠唱を殆ど行わずに強大な魔力を行使する事ができ、彼女の魔力も相当な物である。そんな二人だからこそ、この空間の異常に気付く事が出来たのだ。

「……わたし……に……任せて……」

 ミヤがそう呟き、そして次の瞬間、彼女の全身を漆黒の光が包んだ。暗黒魔導士である彼女が持つ闇の魔力が活性化されているのだ。その魔力の強さは魔導士系のジョブにチェンジしていないバッツ達にも鮮明に感じる事が出来た。

「……その躯を喪おうともなお戦い続ける気高き竜の血族よ、この一時、その牙を我が剣として捧げよ……」

 そして彼女が詠唱を始める。彼女程の魔導士が詠唱を行って発動させる魔法。それは並々ならぬ威力を持つに違いないと、思わずバッツは生唾を呑み込んだ。

「シャドウドラゴン!!」

 ミヤが叫び、同時に開放された魔力の力場が空間を歪め、そしてその次元の歪みより”何か”が姿を現す。

 その者の姿は竜、いや影と言った方が的確かも知れない。確かにその全体像は一般的な竜という種族のイメージに近い物があるが、その体はぼんやりとしていて、まるで霧か霞のように頼りない。その佇まいからは重量感が全く感じられず、吹けば煙のように散ってしまいそうだ。

 だがその姿こそが、この黒き竜、影竜シャドウドラゴンの本質であった。この竜は生物として地上に発生した竜とは一線を画す、この世とは別の次元、霧や影、霊体の集まる力場に魔竜として実体化した竜の亜種であり、それが長じて召喚獣となった存在であった。

 その全身、通常の竜であればまだまだ仔竜と言えるだろう小さな、それでも5メートル近くはあるその体を完全に空間の歪みから出し終えると、魔竜はその両眼を開いた。それはその幽霊のような不気味さには似つかわしくない、幼い子供のようなつぶらな瞳であり、

「やあ、ミヤじゃないか。最近ご無沙汰だからてっきり死んだのかと思っていたよ」

 次にその口から出た言葉も、まだ声変わり前の少年のようなあどけなさがあった。その質問に対してミヤは無表情にシャドウドラゴンを見返すだけで、何も答えない。だがそんな少女に魔竜は気を悪くした様子も無く、寧ろ気遣っているような口調で言った。

「僕も心配してたんだよ? いや僕だけじゃない、モールモールのおじさんも、それにクロノス様もね」

 と、シャドウドラゴン。ここで初めてミヤが口を開いた。

「……心配かけたのは謝る……けど……貴方にやって欲しい事があるの……」

 少女のその言葉に影竜は辺りを見回す。

「成る程、この幻を僕の力で吹き飛ばせば良いんだね?」

 頷くミヤ。シャドウはやれやれと鼻を鳴らした。

「ま、君は僕のマスターだし、マスターに従うのが召喚獣のルールだからね……」

 そう言うが早いか、影竜は大きく息を吸い込み、その喉をぽっこりと膨らませた。そしてそこから一気に呼気として、竜族最大の武器であるブレス(息吹)を撃ち出す。影竜のブレス、それは金色に光り輝く風のブレス。黄金の旋風が触れる物を全てを断ち、更には空間に満ちる魔力にすら干渉し、幻影の帳を引き裂きそして吹き飛ばし、その外側にあった真実、現実の光景を露わにした。

「!!」

 それを見た一同の顔に、驚きが走る。

 そこにあったのは、およそ世の常識からは計り知れないような光景であった。まるで生物の内臓の如き生々しさを持つ壁、腐臭を放つ天井、不快感をもよおす感触を足裏に与える床。バッツとファルが、思わずその顔を見合わせる。どうやら自分達は掛け値無しに化け物の懐、胎内に飛び込んでいるらしい。

「ありがとう……シャドウ」

 ミヤが小さく言う。影竜は目を細めると、他の召喚獣がそうであるように静かに消えていった。

 クルルがミヤに言う。

「あれがあなたの……」

「そう……わたしの……召喚獣、シャドウドラゴン………」

 と言いながらミヤが前方を指差す。シャドウによって幻影の取り払われたそこには、先へと続く道が確かにあった。

「行きましょう」

 ファルにそう言われて、一行は再び足を踏み出す。その時、アレクが跳んだ。

「どりゃっ!!」

 気合いを込めて剣を振り、着地。一瞬遅れてその体を両断された魔物の死体が落ちる。それを見て全員がその表情を険しくした。

「面白くなってきたね……流石は敵の本拠地といった所か」

 酷薄な笑みを浮かべ、楽しそうに呟きつつ双刃の剣を構えるソフィア。彼女の言う通り床から壁から、無数の魔物がその姿を現す。その全てが彼等8人に対して敵意や殺意を持った視線を投げかける。そんな視線を受け止めて、銀髪の美女はなお笑う。

「こんな所で足止めされる訳にも行きません。急ぎましょう」

 ファルもそう言って、漸く剣を抜いた。彼の刃、その蒼く冷たい輝きが姿を現す。

「走れ!!」

 バッツが叫び、弾かれたように全員が開かれた通路を駆け抜ける。魔物達も当然彼等に向けて殺到した。







「僕が前衛を務めるから、援護を頼む!!」

 アレクが大声で叫ぶ。そうでもしなければ今の仲間達の耳には届かない。

 バッツ達が頷くのを確認すると、アレクは前方に向き直り、向かってくる魔物を次から次へと屠り去っていく。

「背中合わせに戦うんだ、死角を作るな!!」

 元海賊という事もあって集団戦に慣れているファリスが指示する。その時、バッツの背後から魔物が躍り掛かった。しかし次の瞬間には口の部分から刃が生え、その魔物は絶命した。後ろから魔物を突いたのはファルだった。

「ミヤ、上!!」

「…………ファイガ……」

 クルルの指示にミヤは僅かに頷くと、その手から火球を放って落下してくる魔物を跡形もなく蒸発させた。

 竜騎士となったレナがソフィアを背後から狙っていた魔物を突き刺す。そのソフィアもまたレナの後ろから迫っていた魔物の首をむんずと掴むと、そのまま力任せに引っこ抜いた。二人は束の間お互いに笑い合うと、再び背中を預けつつ、後から後から湧いてくる魔物達に向かって構えた。

「……キリがありませんね」

 振り下ろされた爪を剣で受け止め、一瞬の隙を衝いて眼前の魔物を両断したファルが言った。彼の言う通り既に8人の足下には夥しい数の魔物の死体が積まれている。にもかかわらず、向かってくる魔物の数は一向に減る気配すら見せなかった。

 それどころか天井や床から、文字通り”湧いて”きていた。これもエクスデスの魔力がなせる業なのか。

 そんな事を考えつつも、戦士として訓練された体が殆ど無意識に動き、目前の敵を排除していく。

「このっ……」

 何十匹目かの魔物がバッツに向けて飛びかかり、反射的にその魔物を斬り捨てる。

 バッツは汗を掻いていた。それは戦闘による疲労は勿論の事であるが、それよりも精神面の部分が大きかった。既にエクスデスはクリスタルの内、逆上したアレクが砕いてしまった一つを除く3つを手中に収めている。

 奴があれを使って何をしようとしているのかは分からないが、少なくともただ飾って楽しむためではない事は明らか。ここで徒に時間を浪費していては、エクスデスの企みが成就してしまう恐れがある。そうなればどれ程の災厄がこの世界に降り懸かるか。それを思うと、焦らずにはいられなかった。

 そんな彼の焦りを察したのだろうか、アレクが叫んだ。

「バッツ、ここは僕が食い止める!! お前達は先に行け!!」

「アレク!!」

「8人も一ヶ所に留まっていても仕方ないだろ!?」

 アレクは心配無用だと言うかのように、笑いながら魔物達を打ち倒していく。だがその姿を見ても、バッツ達は一抹の不安を隠せなかった。

「でも、貴方一人残していく訳には……」

 そうレナが言い掛けた時、彼女の背後からアレクの側へと、黒い影が走った。ソフィアである。

「じゃあアタシも残ろうかな。雑魚を相手にするのは趣味じゃないけど、たまには一番面白い相手を譲るのも、年長者の余裕ってヤツだろうし」

 美女はそう言いつつ、足下に転がっている魔物の死体を枕のように蹴り上げた。

 肉塊が彼女に迫っていた魔物に命中し、一瞬の隙が出来る。それを逃さずにアレクが剣を振り、その魔物を粉砕した。鮮やかな連携。ここは普通ならば流石は夫婦、と言うべき所なのだろうが、

「相変わらずえげつないですね……」

 と、ファルにコメントされてしまった。まあそれはバッツやファリスも少なからず思っていた事だが。ともあれ、今の連携を見て多少なりとも不安の薄れたのは確か。大丈夫だ。

 バッツは自分に言い聞かせるように頷くと、叫んだ。

「分かった、アレク、ソフィア!! ありふれた言葉だが、生きてまた会おう!!」

「お前達こそ気をつけてね」

「生きて会えたら、また楽しい殺し合いをしようじゃないか」

 二人ともここで散るつもりなど微塵もない。自信に満ち溢れたその言葉から、それが感じられた。

 そうして二人を残して、バッツ達は更なる先へと突き進んだ。

 残された二人、アレクとソフィアは通路を阻むようにして立つ。ソフィアが夫を見て、尋ねた。

「どういう風の吹き回しだい? さっきはああ言ったけど、あんたが一番面白い相手を誰かに譲るなんて」

 一番面白い相手。それはエクスデスの事に他ならない。彼女も、そしてその夫も、闘争を至上にして至高、至純の快楽とする戦鬼である。それが獲物を誰かに譲り、雑魚の足止めに回るなど考えられない事だった。だがアレクは言う。

「僕がまた彼等の前でクリスタルを壊したら拙いだろ? 今度は頭に血が上っていたからって言い訳は通用しない」

 ソフィアが苦笑しつつ「確かに」と頷く。いつもそうだ。ファルやミヤの事となると、この夫は周りが見えなくなる。尤も、自分も人の事は言えないが。

「まあ折角苦労して捜したんだから、自分の手で壊したくはあるけど」

 そんな会話を交わしつつも、二人はまさに一心同体の動きで魔物達を屠り続けた。







 先へ、先へ。

 前へ、前へと6人は走る。アレクとソフィアが足止めに回ってくれたおかげで、後方から来る敵はかなり少なくなってきていた。だがそれとは無関係に奥へと進むにつれ、立ちはだかる敵はよりその数を増し、より強くなっていく。

 恐ろしい咆吼を響かせながら竜が突進してくる。

「ミヤ、クルル!! 合わせて!!」

 レナがそれだけ、自分の背後の二人に言う。どちらも「何を?」などとは質問しない。

 レナとクルルはクリスタルの力で黒魔導士にジョブチェンジ、頭には三角帽子をかぶり、その体に黒いローブを纏う。そうして黒魔導士の力を備えた二人とミヤの3人が三位一体の構えを取り、そこから眼前に迫る竜へ向けて手をかざす。

「地の底に眠る星の火よ、古の眠り覚し、裁きの手をかざせ!! ファイガ!!」

「無念の響き、嘆きの風を凍らせて、忘却の真実を語れ……ブリザガ!!」

「…………サンダガ………」

 魔力によって生み出された爆炎と白き刃、そして神鳴る力の3つが竜の全身に叩き付けられ、倒せはしなかったもののかなりのダメージを与えた。竜は苦痛の叫びを上げ、その目に更なる殺意を宿らせる。

 しかしその眼光に捉えられるより早く、3つの影が走っていた。

「行きますよ、ファリスさん」

「応!!」

 竜の足下へと走るのはファルと、ナイトへとジョブチェンジしたファリス。狙うのは竜の巨体を支えるその足だ。

 だが竜の全身は鱗に覆われ、なまじの斬撃では弾かれ、逆に剣の方が折られる。二人ともすぐにそれを見て取って、戦法を変えた。

 ファルは剣の角度を調整して鱗と鱗の、その隙間に刀身を滑り込ませて中の肉を切った。紙一重の差が物を言うこの技は、彼の精妙な剣捌きあってこその物だ。ファリスの狙いはそれとは別にあった。体重を支える足の、その更に一点、爪先。指先の部分は普通の部位よりも繊細に神経が通っている。彼女はそこに剣を突き立てたのだ。

 鱗の内側を斬られる痛みと、指先を貫かれた痛み。その両方を同時に味わった竜は再び苦悶の叫びを上げ、意識が下、ファルとファリスの二人へと集中した。だがそれこそ今相手している人間達の思う壺だった。下へと意識が集中するという事は、上が留守になるという事。

 そうしてがら空きとなった上方には、竜騎士にジョブチェンジしたバッツが跳んでいた。そのまま自身の体重を乗せて落下。手持ちの槍が深々と竜の眉間に突き刺さり、竜は数瞬、その全身をおこりのように震わせると、床に倒れた。

「このまま一気に行くぞ!!」

 死体から槍を引き抜き、先頭を切って疾走するバッツ。そんな彼を追うようにして5人もまた走る。

 エクスデスは近い。

 誰が言わずとも、誰もがそれを確信していた。ずっと上から感じる嫌な感じ、黒々とした何か。そう形容すべき物が、上へと上るにつれどんどん強くなってきている。そしてそれがエクスデスの気配である事を、誰もが確信していたのだ。

 走っていくと、眼前に壁、否、巨大な扉が見えた。

「ノックしても開けてもらえるとは思えませんね」

「ならぶち破る!! レナ、ファリス、クルル!!」

「ええ!!」

「おお!!」

「分かったよ!!」

 掛け声と共にバッツとレナはモンク、ファリスとクルルはバーサーカーにジョブチェンジ、その拳と蹴り、そして巨斧と棍棒の一撃を以て見るからに頑丈そうな扉を砂の城を崩すかのようにして粉砕して見せた。その様を見てミヤはやはり何の反応も浮かべず、ファルは優しい笑みを見せる。だがすぐにその笑みも消えた。

「……あいつは……」

 その広間のちょうど中央に、一人の男が仁王立ちしていた。

 彼の者はバッツ達やファルにとっては最早見知った顔。ミヤだけが初見だった。

「ギルガメッシュ……」

「待っていた、必ず来ると思っていたぞ。バッツ、レナ、ファリス、ガラフ……ってあれ?」

 一人一人、自分の記憶の中の姿と重ね合わせるようにしてその顔を見据えつつ、その名を呼んでいたギルガメッシュであったが、ガラフの所でかつて彼が立っていた所に、今は見知らぬ少女がいる事に驚きを感じた。

 これだ。とバッツは思った。こいつは敵でありながらどこか抜けた所があり、それでいて嫌いになれない。もし出逢った形が違ったのなら、親友にも、そして仲間にも成り得たかも知れない。

 バッツは心のどこかで、こいつとは戦いたくない。そう思っている自分がいる事に気付いた。

 だが今は。迷いを断ち切り、剣を構えるバッツ。しかしその剣は後ろから伸びてきた手に押さえられる。彼が振り向くと、そこにいたのはファルだった。

「バッツさん、この方の相手は私とミヤが務めます。貴方達は奥へと向かって下さい」

「ファル、お前も……」

「今最も優先すべき事はエクスデスを打倒する事です。それを忘れて貰っては困ります。それに奥へ行く方が、むしろ大変な事であるという事を忘れずに…」

 感傷を口にしかけたバッツを窘めるように、蒼髪の青年が言う。バッツは頭から冷や水を浴びせられた気分になった。自分と違ってこの青年は分かっているのだ。今自分達が何を為さねばならないかという事を。いやそれは自分だって分かっていた筈だった。だが唯一つ、ファルやミヤに出来て、先刻までの自分に出来なかった事があった。

『今の俺に出来る事は、こいつらを信じる事だ』

 唯一つ、それの想いだけが足りなかった。

 そう心に決めたバッツを見て、ファルは再び笑顔を浮かべた。

「良い目になりましたね。今の貴方なら大丈夫。そして……」

 そう言って背後にいる、レナ、ファリス、クルルの3人を振り向く。青年はそこにいた彼女達の瞳にも、バッツと同じ光を見た。

「貴女達もね。必ず勝てます」

 剣を大上段に構えるファル。そして、

「………」

 ミヤも深碧に輝く愛剣を取り出し、八双に構える。二人の構えはその威風だけで、バッツ達の胸中に立ち込める暗雲を綺麗さっぱり吹き飛ばした。

「頼むぞファル、ミヤ!!」

 4人はギルガメッシュを素通りし、奥へと続く階段へと駆け出した。全身甲冑に身を包んだ剣士は、それを止めようとはしない。そうして4人の姿が見えなくなり、足音も聞こえなくなった所で、ファルが尋ねた。

「何故止めようとしなかったのです? 貴方の役目は私達の足止めではないのですか?」

 その問いに、ギルガメッシュは笑って答えた。

「どの道もう手遅れだ。たとえあいつ等でもエクスデス様は止められん。クリスタルは砕け散る……なら、無駄な足掻きの一つぐらい、させてやっても良いかなと思っただけさ」

「……そうですね」

 意外な事にファルはその言葉を肯定した。これにはギルガメッシュも驚いたのか、僅かに身動ぎする。

「エクスデスを打ち倒すのは可能かも知れませんが、クリスタルはもう間に合わない、砕け散るでしょう、確実に……ですがそれこそ私達の望む所です。その為にこれまでクリスタルを捜していたのですから」

「……エクスデスを泳がせていたのは……放っておけば……クリスタルを見つけるかもと考えての……事……」

「どういう意味だ……?」

 その質問に、二人は答えない。ただ青年の方だけが、変わらぬ穏やかな声で言った。

「……本当の戦いはクリスタルが砕けてから始まるのです。そしてその為に、バッツさん達には少しでも経験を積んで貰わねばならない……」

 まるで禅問答のような回答である。それは「お前には分からない事だ」と言われているようで、ギルガメッシュの癇に障った。

「……なら、力ずくで教えて貰おうか!! ギルガメッシュ!! チェーーーーーンジ!!!!」

 異様な叫び声、と言うよりも咆吼と共に、剣士の全身が光に包まれる。ファルとミヤの二人は思わず目を庇うが、これしきの光に紛れたぐらいで隙を衝けるような相手ではない事は、ギルガメッシュも分かっている筈。とすればその狙いは何か。光が晴れた時、その答えが分かった。

 そこに立っていたギルガメッシュの姿は一変し、極東の国の仏像の如く10本もの腕と、その腕の数と同じだけの武器を持つ異形と化していた。そこから感じる威圧感は、先程のものとは比較にならない。だがそんなプレッシャーをもファルは柳のように受け流すと、闘争の開幕を告げた。

「それでは始めましょうか」

「………あなたを……滅ぼす……」

「行くぜ!!」

 三者の刃がぶつかり合い、強大な衝撃が周囲の全てを吹き飛ばした。







 アレクとソフィアに送り出され、そしてファルとミヤに見送られ、4人は遂に城の最上階、玉座の間へと到達した。そこには予想に違わず3つのクリスタルと、そしてエクスデスの姿があった。巨漢の暗黒魔導士はジロリとバッツ達を見やると、嘲り笑うように言った。

「思ったより早かったな。今暫くの時があれば我の望みは叶ったものを……」

 バッツが他の3人よりも一歩前に進み出て、叫ぶ。

「エクスデス!! お前の望み通りにはさせない!!」

「我の望みが、それがお前達に分かるというのか? 世界を元の形に、あるべき姿に戻そうとしているのだぞ?」

「邪悪の世界にか!!」

 バッツ達にしてみれば、エクスデスは不倶戴天の敵、またエクスデスにとってのバッツ達も同様である。双方、このように言葉を交わしはしたものの、話し合いでこの場を終わらせる心算など露程にもなかった。

「お前達には分からんか……まあ良い、邪魔はさせぬぞ!!」

「来いエクスデス!! ここで全てを終わらせてやる!!」

 エクスデスは魔力を開放し、バッツ達は各々の武器を構える。

 この戦いはバッツ達だけの戦いではなかった。エクスデスだけの戦いでもない。

 これは光と闇との戦いだった。有史以来、気の遠くなるような時間をかけて繰り返されてきた、宇宙の根源にある戦い。

 その火ぶたが今、切って落とされた。









TO BE CONTINUED..

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