『ファル………』

『……アレク、どうやら私は……ここまでのようです……後の事は……頼みますよ』

 その時の事はもうはっきりとは思い出せない。記憶にあるのは、静かに眠りにつこうとする息子の姿。それは、それだけははっきりと覚えている。少年は必死に手を伸ばし、彼の手を掴もうとする。しかしそんな彼を後ろから、彼の伴侶が抱き止めた。

『ソフィア、邪魔をするな!!』

『駄目だ!! 今二人に近づいたら、あんたまで封印に巻き込まれる!!』

『ぐっ……』

 彼女の言う事が正論だと、そう分かるぐらいの判断力はアレクにも残されている。今の彼にはその手を血が出るぐらいに強く握り締め、唇を千切れる程に噛み締めながら、徐々にファルの体を呪いが蝕んでいくその様を、ただ見届ける事しかできなかった。

 ファルの側では、既にミヤが水晶のような結界の中で眠りについている。もうすぐ自分もこうなるのだとそれが分かっていながらも、青年の表情は普段と変わらず優しい笑みを湛えたまま、凪の海のように穏やかだった。

『ファル、待っていて!! 僕とソフィアには永遠の時間がある!! だから、だからたとえ何十年、何百年かかったとしても、きっとお前とミヤを取り戻してみせる!! だから待っていて!!』

 いたたまれずに、少年は叫んだ。その炎の如き紅の瞳から溢れる涙を拭おうともせずに。

 その叫びを受けて青年はにっこりと微笑んで頷き。

 そして彼は自分を慕う幼い少女と同じ、永い眠りについた。

 それはずっと昔の出来事。

 二人が還ってきた今となってはもう忘れて然るべきである筈の、忌まわしき過去の記憶。

 だが………







「う……うう……」

 自分を取り巻く闇が淡い光へと変わっていく。それを感じながら、アレクはその目を開けた。そんな彼の視界に入ってきたのは、彼の家族の顔。3人とも心配そうに彼を覗き込んでいる。その彼等を代表するようにして、ファルが言った。

「どうしましたアレク? 随分うなされていましたけど……悪い夢でも見ましたか?」

 親が子供に対して言うような質問をするファル。アレクは額の汗を拭うと、溜息混じりに答えた。

「うん……昔の夢を……お前とミヤが僕達の前から喪われる、あの日の夢を……」

「……そう……ですか…」

 彼の答えを聞いて、ファルは沈んだ表情を見せる。それは彼だけではなく、側で聞いていたソフィアとミヤも無言で俯いていた。アレクは自分の肩を抱くようにして、震えながら言った。

「お前達が還ってきた今も……僕は怯えてる……またお前達を喪うんじゃないかって……僕は…怖い…喪う事が怖い……」

 そう言う彼の姿は、いつもの風や雲のように飄々とした物ではない。戦場において闘争の緊張と快楽に身を委ね、剣の一振りで万の軍勢を十把一絡げに吹き飛ばす戦神の物でもない。勿論幾星霜を生きた竜の物でもない。ただ怖い夢を見て、それに怯える外見通りの少年の物だった。

 そんな彼に、ファルはそっとその頭を撫でる。アレクは顔を上げた。

「大丈夫、永い間寂しかったのは私も、ミヤも同じですから……気持ちは分かります。あの孤独をもう味合わせはしませんよ。後70年か80年か……あなたやソフィアの果ての無い生の中では瞬き程の時間かも知れませんが……少なくとも私とミヤが生きている間は、ね……」

「喪いたくないのなら護り抜けば良いだけさ。アタシはそうするつもりだけど?」

「わたしは……ファルを一人にしない………それとあなた達が死んだらファルが悲しむから……だから……護る……」

 ファルに続くようにして、ソフィアとミヤもそれぞれの想いを語る。アレクはしばらく呆けたような表情を見せていたが、

「そうか…そうだね……僕は初めて出会った時からお前達を息子と娘だと思って育ててきたけど……そのお前達に僕の方が教えられる事になるとはね……」

 と、自嘲気味に微笑んで言う。その言葉にファルは厳しい表情で返答した。

「……悠長な事を言っている場合ではありません。私達の戦いは、既に始まっています」

「お前こそ何を甘い事を言っているんだい?」

 アレクは気合いを入れるように自分の頬を叩き、立ち上がる。その佇まいからは、既に先程の怯えは消えていた。

「あの戦いで完全なる勝利を収める事の出来なかった時から、僕達の戦いは……ただの一度も終わってはいない……僕達の役目はバッツ達光の戦士達を導く事……より高みへ、歴代のどの光の戦士よりも、僕達の誰よりも強い、至高の存在として……この戦いに、今度こそ勝利する為に」

 アレクの独白に他の3人もそれぞれ異議無し、と言うように頷く。その時、近くの草むらがガサリと動いた。4人とも一斉にそちらを振り向く。ソフィアが笑顔を浮かべ、「来たね」とそう呟く。

 彼女の言葉を裏付けるように、草むらからバッツ、レナ、ファリス、クルルの4人が姿を見せた。





第12章 受け継がれる意志 新たなる戦士





「ファル、ソフィア、お前達はミヤやガラフ達の手当をしろ……」

 突如として現れミヤを助けた3人の内、アレクが他の二人を制してエクスデスと対峙する。そう言われた二人は彼の言葉に素直に従い、負傷した者達の治療に回る。ちなみにその間ファルはミヤを腕に抱いたままで、こんな非常時だと言うのにミヤは赤面しっ放しだった。

 3人が自分の間合いから離れたのを確認すると、アレクはエクスデスに向き直った。

「さあ………ここから先はこの僕が相手だ……楽に死ねると思うなよ……」

 そうアレクが言った瞬間、彼の全身から凄まじい殺気が迸った。

「……なっ!! これは……」

「……っ……」

 バッツ達が何か言おうとするも、それは言葉にはならない。それ程までの殺気が放たれ、しかも刻一刻と強く鳴り続けている。レナが思わずアレクの方を見ようとするが、それを感じたファルが体で視線を遮った。

「レナさん……今のアレクを見てはいけません……」

 そう言うファルも努めて平静を装ってはいるものの、その額からは脂汗が流れている。彼程の力を持つ者であっても、この空間に充満する高濃度の殺気によってその肉体、精神の両方にかなりの負荷がかっているのだ。息苦しそうに、彼は言葉を紡ぐ。

「殺気だけで……殺されます」

 そう言いながらも、彼は震える手で手当を始めていく。

 レナも彼の言葉が誇張など一切無く、純粋に事実を述べているだけだという事が分かる。今はファルが庇ってくれる形になっているから何とか耐えられているが、それでもここにこうして生きているだけで、先程のエクスデスが放った殺意ある魔力のプレッシャー以上の圧力を受けているようにも思える。アレクに自分達への敵意などある筈もなく、エクスデスへ向けている殺気の余波だけで、だ。

 これを真っ正面で受け止めたら……

 自分の中に生まれた恐ろしい想像に、生唾をゴクリと飲み込む。弱い者はこの空間にいる事すら出来ないだろう。それ程の重圧。

 その時、アレクが言った。

「………殺してやる、殺してやる、殺してやる………!!」

 そうエクスデスへ向けて言い始めた瞬間、発散される殺気が更に強大な物へとなっていく。今のアレクが放つ殺気は、彼の周囲の空間が陽炎や蜃気楼のように歪んで見える程に強い。それが更に強く、強く、際限なくどこまでも膨れ上がっていく。

「ただ殺すだけじゃ足りない。眼球を抉り、舌を引き抜き唇を縫い合わせ!! 生きたまま生皮を剥いで!! 三日三晩昼夜を問わず鞭で打ち!! 手足引き千切ってバラバラにして!! 頭かち割って脳髄飛び散らせて!! 地獄の激痛の中で殺してやる!! 一度だけじゃ許さない、死んだって生き返らせてまた殺してやる!! 死を哀願する程の苦痛を与えて!! 何十回でも何百回でも殺してやる!!」

 普段の彼からは口にする事も想像出来ない狂気。だが今のアレクは、今の彼は一片の躊躇いもなくその言葉を実行に移すだろう。彼の放つ殺気が何よりそれを雄弁に語っている。彼にとってミヤを、自分の娘を傷つけるという事はそれ程の罪悪なのだ。

「まあ……その気持ちはアタシにも十分に理解出来るけどね……」

 と、この殺気の中で唯一平然としているソフィアが言う。むしろ彼女はこの息の詰まりそうな殺気の中でこそ、自分の在るべき所にいるように生き生きとしているようですらあった。彼女の言葉が終わるのと前後して、アレクが剣を構えた。

 それは明らかに普段の彼とは違う。元々普段のアレクは剣を構えたりはしない。構えはせずに両腕は自然に垂らし、ただ剣を支えているだけような姿勢を取る。

 対して今のアレクは剣を持つ右手を水平に、その体は前屈みに、まるで獲物を狙う肉食獣を彷彿とさせる異様な構えを取っていた。彼の放つ殺気がそのイメージをより強くする。今のアレクはまさに一匹の獣だった。

 そしてその体勢から、まさに襲いかかるといった表現が的確な、そんな勢いでエクスデスへと突進する。

「ぬうっ!! フレア!!」

 向かってくるアレクの姿にただならぬ物を感じたのだろう、エクスデスは最強の魔法の一つで以て迎撃を試みる。撃ち出された巨大な灼熱の火球がアレクへと向かう。だがアレクはそれを避けようともせず、直撃した。立ち上る爆煙。「やったか!!」思わずエクスデスは身を乗り出す。先程のミヤの時とは違う、今回は確かな手応えがあった。しかし、

「殺ァァァァァァァァッ!!」

 身も凍るような雄叫びと共に、爆煙の中からアレクが姿を現した。

 だがその姿は無事とは到底言い難い。体の半分が焼けただれ、左腕は吹き飛んでいて見るも無惨な姿。

 バチッ……

 それが傷口の部分に稲妻のような光が走ったかと思うと、

 ズキュン!!

 瞬時に再生した。半身の火傷は煙のように消え失せ、左腕は千切れていた着衣までもが完璧に復元される。バッツ達は思わず息を呑んだ。これ程の再生能力は見た事がない。アレクは一体何者なのだろうか、と。

 そんな疑問が生まれた刹那、アレクはエクスデスに肉迫し、剣を振り下ろした。速い。エクスデスは咄嗟にかわそうとするが、

「らああああああっ!!」

 アレクの剣速が見切りの上を行った。彼の剣は荒く、またミヤとは違い直線的な動きで振る前から太刀筋が読める。だがかわせなかった。剣の軌道は読めていたが、それ以上に振り下ろされる剣の速度が速い。エクスデスはそこにただ紫色の光しか見る事が出来なかった。

 ドサリ

 床に甲冑に包まれた腕が、エクスデスの左腕が落ちる。痛みを堪え何とか反撃のチャンスを整えるべく距離を取ろうとするエクスデス。だがそこに、その両眼を爛々と輝かせたアレクが迫る。一歩、また一歩と近づく少年。エクスデスはその度に、自分の死が近付いているのだという事を感じた。

「貴様……」

「言葉は要らない、死ね!!」

 無造作にアレクが跳ぶ。そのまま50メートルは上にある天井に着地し、それを蹴って矢のようにエクスデスに突っ込む。エクスデスは迎え撃つ為に右腕だけで剣を振るい、そして、飛んできたアレクと激突。衝撃によって再び爆煙が上がり、次の瞬間にはまた別の衝撃によって晴れる。

 ドン!! ドン!!

 ミヤの時とは全然違う音で剣と剣が激突し、その剣圧で周囲に衝撃波が巻き起こる。ソフィアが刃を振り回してそれがファル達に届く前に相殺しようとするが、完全には勢いを殺しきれず、彼女の後方にいるバッツやファル達にも幾分かの衝撃が伝わる。

 アレクの剣技はミヤやファル、ソフィアとは全く違った物だ。いやそれは正確には剣技ですらない。

 力任せに思い切り剣を振り回す。普段から彼の戦い方はただそれだけだ。

 ファルのような技もミヤのようなスピードも、ソフィアのような体術とのコンビネーションもない。パワーだけだ。と言うか彼にとっては持つ武器が剣である必要すらない。切れ味すらも関係なく、それが彼のパワーに耐えきれる物なら何でも良いのだ。たとえ木の棒だったとしても。その武器がたまたま、今持っている剣だと言う方が正しい。

 彼にとってはそれで十分なのだ。剣を振る、その速さだけならアレクはミヤ以上の物があり、なおかつ彼女とは比べるのも馬鹿馬鹿しい程の桁外れのパワーが彼にはある。武器がそれに耐えられる前提なら、そのパワーを高速で単純にぶつけるだけで効果的な攻撃となり得る。

 話だけ聞けば、世の剣士はそれはただの力押しではないかと鼻で笑うだろう。その通り。事実、力押しには違いない。

 だが今アレクがエクスデスを追い詰めている様をその目にすれば、その”力”が如何に恐ろしい物か一目瞭然だった。

 エクスデスは必死に残った右手でアレクの攻撃を受け流そうとするが、それは役に立っていない。血走った目でアレクが振り下ろす一撃一撃を必死に防ぐが、防御してもなお、アレクのパワーはその体にダメージを与えていく。加えてそんなパワーを叩き付けられているのだから、それを受けている剣も刃こぼれだらけとなり、次の攻撃で折れたとしても何ら不思議はない。

 そして更に数撃が叩き込まれ、

 バキン!!

 遂にエクスデスの剣が折れた。これでもうアレクの攻撃を防ぐ術をエクスデスは持たない。全身を覆う甲冑などアレクのパワーの前では紙の鎧だ。勝負は決まった。そう誰もが思った。だがエクスデスには切り札があった。

「「「!!」」」

 とどめの一撃を加えんとアレクが振り下ろそうとする剣の軌道上に、自らの周囲を回るクリスタルの一つを盾のように配置したのだ。

 どうだ。エクスデスは思う。ミヤの話から推測すると、彼等の目的もまたクリスタルらしい。ならばこうすれば、もうこいつは自分を斬る事は出来ない。攻撃すれば自分を倒せたとしても、クリスタルも砕け散ってしまうのだから。少なくとも一瞬は動きが止まる筈、そこを狙って反撃を……

 そう考えていたエクスデスの思考は、胸の部分に走る激痛によって途切れた。

「!?」

 何だ? 何が起こった?

 混乱しつつも胸の部分へと視線を動かす。そこには袈裟懸けに深い傷が付いていた。

「なっ……」

 エクスデスはそこから前方へと視線を動かす。そこには、

「あ………」

 バッツが思わず呆けたような声を上げる。

 エクスデスが盾として使ったクリスタル。だがアレクはそれにまるで躊躇する様子も無く剣を振り、クリスタルごとエクスデスにダメージを与えていたのだ。斬られたクリスタルは真っ二つに断ち割れて、

 パキィィィィィン……

 次の瞬間には砕け散った。それはほんの一瞬だけ、まるで星屑のような幻想的な美しさを周囲にもたらす。

 だが、それに目を奪われる者は一人もいなかった。

「くたばれええええやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 咆吼しながらアレクが思い切り剣を振りかぶり、最後の一撃を繰り出す。

 ドオオオオン!!

 渾身の力を込めた一撃。爆発が起こりその衝撃は周囲の全てを破壊し尽くし、長老の樹の分厚い内壁にすら馬鹿でかい穴を開ける。

「プロテス!!」

 ファルが咄嗟に防御魔法を唱え、発生した結界が衝撃波から全員を包み、守る。

 何とかその衝撃をやり過ごし、爆煙が晴れたそこには、剣を振ったままの体勢で立つアレクの姿があった。その視線は宙を睨み付けている。そこには左腕に続いて下半身も失ったエクスデスが浮遊していた。まだ残り3つのクリスタルによって何とか保ってはいるが、その姿はどう見ても満身創痍。

「ぐっ………我がここまで追い込まれるとは……だがまだ死ぬ訳には行かぬ……ここは退かせて貰うとしよう……」

 そう呻くと、エクスデスの姿はクリスタルと共にこの場から消え去った。ひとまずはという但し書きこそ付くが、アレクが勝利したのだ。







 それを認識したソフィアがその双刃の剣を下ろし、アレクに近付いていく。

「さてと……アレク、ご苦労だったね……もう……」

 エクスデスが消え去った後も虚空を睨み続けているアレク。その背後から近付いたソフィアが彼の肩に手を置いた、瞬間、振り向きざまにアレクの突き出した剣が彼女の心臓を貫いていた。

「な……」

「何で……」

 アレクがソフィアを刺した事に衝撃を受けるバッツとレナ。しかしアレクの瞳を見て、恐怖と納得を感じる。今の彼の瞳は、未だに消えない怒りに支配され、紅く染まっていた。仲間が刺されたというのにファルとミヤは慌てない。

「ったく……あんたはファルやミヤが傷つけられるとすぐ我を忘れるんだから……」

 と、心臓を確実に抉られたはずのソフィアが呆れたような声で言い、

「さっさと目を覚ませ!! このバカ亭主!!」

 アレクの顔面に鉄拳を炸裂させる。殴られたアレクはゴロゴロと転がって、そのまま壁に叩き付けられた。

「え……? ぼ、僕は一体何をやっていたんだ?」

 そのショックでようやく正気に戻ったらしい、少年は普段通りの優しい瞳に戻っていた。

「アレク………わたしの事で………そこまで怒ってくれるのは……嬉しいけど手当を………手伝って……」

 ミヤがたどたどしく、静かな声で言う。アレクは慌てて立ち上がると、倒れて動かないガラフややっと意識を取り戻したクルルの元へと駆け寄る。ソフィアも心臓に突き刺さった彼の剣を引き抜くと、同じように駆け寄った。

 既にファルの回復魔法やミヤの持っていたアイテムで、バッツ達は全快とは行かないが応急手当は完了している。ただガラフだけは、どんな回復魔法も薬も効果が無い。これは彼の生命力が尽きかけている証拠だった。枯れて朽ちた木は、いくら水を注ごうとも蘇りはしない。

「ガラフ死ぬな!!」

「お願い!!」

「目を開けて!!」

 バッツ達は口々に叫び、ありったけの回復魔法とアイテムを使う。だが効果はない。そもそもそれで助かるのならとっくに助かっている筈なのだ。もう手の施しようがない。その事実が絶望という名の確信となって、彼等の心を苛んでいく。

「おじいちゃん!! 死んじゃいや!! わたしを一人にしないで!!」

 クルルが祖父の体に縋り付くようにして叫ぶ。その声に反応したのか、ガラフが目を開けた。

「わしは……もうだめじゃ………」

「ガラフ!! 何言ってるんだ!!」

 戦友の弱気を叱咤するように叫ぶバッツ。だがガラフの声は弱々しく、今にも消えてしまいそうな程に儚く思えた。いままでずっと一緒に、色んな修羅場を潜り抜けてきたガラフがこんな所で死ぬ? ありえない!! そんな筈無い。バッツは必死に自分の中の不安を打ち消そうと頭を振る。

「クルルを……たの……むぐっ!?」

「えっ!?」

 ガラフが更に何か言い掛けた時、それをソフィアが遮った。そして周囲から驚きの声が上がる。

 何とソフィアは何を思ったのか、いきなりガラフの上にまたがり、ガラフに口づけしたのである。

「ちょ、ちょっと!! お姉ちゃん一体何を……」

「黙って!!」

 驚いたクルルがソフィアを引き離そうとするが、ファルに止められた。良く見るとガラフの喉は僅かに動いており、そこからソフィアは何かを口移しでガラフに飲ませているのだという事が分かった。だが一体何を?

 ソフィア本人とアレク、ファル、ミヤの3人以外の誰もがそう思った時、奇跡は起きた。

 あちこち焼けただれ、流血し、無くなった部位も多かったガラフの体が瞬く間に回復を始めたのである。数分もしない内に外傷は完全に治癒し、蒼白だった顔色に赤みが戻ってくる。ガラフが完全に回復したのを見計らってソフィアはガラフの上から降りる。ガラフは体を起こした。

「助かった……ようじゃが一体何をしたんじゃ?」

「おじいちゃん!!」

 瞳を涙で一杯にして抱きついてくるクルルを受け止めながら、ガラフが聞く。ソフィアが答えた。

「礼ならアタシじゃなくてアレクに言うんだね」

 そう言う彼女の言葉に従って彼等が視線を動かすと、アレクが右手首から出血しているのが分かった。そこから蒼い血が流れている。血の色が蒼。アレクが人間ではないという確信をますますバッツ達は強くするが、それにしても何故……?

 と、そこにファルが横からケアルを唱えてアレクの傷を回復させた。「そんな事しなくてもこれぐらいすぐに塞がるのに」と言いながらもアレクは嬉しそうだ。そしてバッツ達に説明を始める。

「なあに大した事じゃない、僕の血には治癒の効果があるのさ」

「えっ……?」

「竜の王の血をその躯に浴びた者は不死身になれるという伝説があるようにね」

「ですが死んだ者はもう生き返りません……もう少し処置が遅れたら危なかった……」

 アレクとファルの説明を受けてソフィアを見ると、彼女の口元には蒼い血痕が付着していた。つまり彼女がアレクの血を口に含んで、それをガラフに口移しで飲ませたのだ。説明が無かったから分からなかったが、確かにあの状況ではその方法が一番手っ取り早かった。おかげでガラフも助かったし、クリスタルが奪われたのは痛手ではあるが、それでも人が生き残るというのがどれ程尊い事なのか、バッツは改めて思い知った気分になった。

「さて……一つ……伝えなければならない事があります」

 ファルが言葉にするのを躊躇っているような口調で言う。

「何じゃ………?」

「ガラフさん、あなたはクリスタルの戦士として引退して貰います」

「!!」

 迷いを振り切るようにきっぱりと放たれたその言葉を受けて、一同に衝撃が走った。ファリスが「何で!!」と詰め寄る。その問いに対しても、ファルは冷静に返答した。

「……先程治療していて分かったのですが、ガラフさんの体は昔から無茶を重ねたせいで、あちこち痛んでいるんです。それは当の本人であるガラフさんが、自分の体に”淀み”の様な物として感じているのではないですか……?」

「………」

 青年の見立てに、思い当たる節があるのかガラフは目を逸らす。その態度は明らかに肯定の物であると、誰の目にも明らかだった。

「日常生活をする分には問題はないでしょうが……あなたはもう戦えるような体ではないのですよ……」

 冷徹に言い放つ青年。その彼に、ファリスが詰め寄った。彼女は戦友がもう戦えないという事実を、認めたくなかった。

「……っ、じゃあ!! 戦いはどうするんだ!? 4つのクリスタルの力がなければエクスデスは倒せない、それを……」

 更に彼女が言い募ろうとした時、

 ズアッ……

 ファルが腰の剣を抜いた。思わず後ろに跳んで身構えるファリス。だが青年は穏やかな口調で「大丈夫です、あなた達に危害は加えません」そう言うと、静かな輝きを放つその剣を敬礼するように構える。

「”こいつ”に判断して貰います」

 そうファルが言うと同時にアレク、ソフィア、ミヤの3人が立ち上がり、それぞれ彼に倣うようにして自分の剣を手に敬礼する。

 キィィィィィン………

 4本の剣が構えられたその時、それぞれの剣が共鳴を始めた。先程ミヤの剣がクリスタルに共鳴した時のように。

 そしてそれらの剣が、ファルの剣は静かな蒼の、

 アレクの剣は高貴な紫色の、

 ソフィアの剣は猛々しい赤の、

 ミヤの剣は優しい緑色の輝きをそれぞれ放つ。

 そしてそれらの光は一つとなり、クルルの体を包み込む。それは彼にとっても意外な結果だったのだろうか、ファルは目を見張る。だが彼はあくまで冷静な口調で言った。

「どうやら……ガラフさんの力を受け継ぐのはクルルさん、あなたのようですね。この剣と私達4人の力を以て、その力をあなたに移します……」

 ファルはそう言い、クルルを包む光は優しく、彼女の中へと入っていく。

 その継承の儀式の中で、クルルは感じていた。ガラフが今まで何を想い、戦ってきたのかを。

 永年の仇敵であるエクスデスを倒す為。無論それもある。だがそれ以上にガラフの心にあったのは自分の事だと、それが分かった。クルルにとってガラフがたった一人の肉親であったように、ガラフにとってもクルルはたった一人の家族だった。その彼女が平和に、幸せに生きる事の出来る、そんな世界にする為に。

 それが祖父の中にあった想いなのだと、クルルは知った。

 やがて全ての光は彼女の中へと吸い込まれ、ファル達は静かに呟く。

「新たなる光の戦士の、その誕生に……」

「導き手としての祝福と……」

「希望を司る土のクリスタルの……」

「その加護の、あらん事を……」

 祝詞のようなその言葉が紡がれ、彼等は静かに剣を下ろした。クルルは泣いていた。祖父の想いを知り、自分がどれ程幸せだったのが、どれ程何も知らなかったのか、どれ程愛されていたのか。それら全てを思い知り、静かに涙を流していた。

「クルル……」

 そんな彼女に、ガラフは背中からそっとその手を置く。彼女はその手を握り返し、そして毅然として言った。

「おじいちゃん!! 私戦う!! 戦って、エクスデスを倒して、今度は私がおじいちゃんと、おじいちゃんの生きているこの世界を守る!!」

 涙を拭い、決然たる態度で言う少女を見て、ガラフは驚いていた。少し前まではまだまだ小さな孫娘だと思っていたのに……

「この年頃の子供の成長は、親や祖父が思う以上に早い物なのかも知れないね……」

 アレクが茶化すように言う。そんな彼の頭にコン、と軽く拳を当てると、ファルが言った。

「私達はこれからエクスデスの居城へと乗り込みます……あなた達も準備が出来たら来て下さい。場所はエクスデス城の南西の森。私達はそこで待っています」

 そう言うと、彼等はその場から立ち去る。

 残されたバッツ達。その表情には、それぞれの決意が浮かんでいた。







 そしてそれから半日が過ぎて、エクスデス城近郊の森。そこで彼等は再び出会っていた。その中にガラフの姿はない。バッツによると彼はバル城へと帰還し、そこで残存兵力のまとめ上げを行っているらしい。

 新たな戦士となったクルルを含む4人、その彼等に対して、アレクが問う。

「聞くまでもないとは思うけど……覚悟は良いね? もう引き返せないよ」

 その言葉を受けて、バッツ達は頷く。そう、ここまで来てしまった以上、出来る事は前へと進むだけ。

「オヤジの代からの決着を付ける!!」

「お父様の仇を取る為にも!!」

「俺達はその為に来たんだ!!」

「この世界を守る為に!!」

 彼等の意志は一つだった。それを受けてアレクは満足そうな表情を浮かべると、ファルへと視線を向けた。青年はそれを受けて頷くと、高らかに叫ぶ。

「征きましょう。世界の敵を滅する戦いに!!」









TO BE CONTINUED..

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