「貴様……一体何者だ……」
突如として現れ、自分を殺すと宣言した少女を前にして、エクスデスは警戒しながら言い放った。既にその全身からはミヤと名乗った少女に向けて殺気が放たれており、常人であれば呼吸する事すら叶わないだろう。
しかしそんな圧倒的な殺気の影響を、ミヤは全く受けてはいないようだった。彼女の全身から発せられる、肉眼でも見える程強力なオーラが空間に充満する殺気から、彼女を護っているようにも見える。その漆黒の輝きを身に纏いながら、ミヤは返答した。
「……わたしはあなたを殺す……ただそれだけ……それで……十分……」
そう言った彼女が無造作にエクスデスに向けて手をかざすと、そこから生まれた獄炎がエクスデスへと走った。
「ぬうっ!! ブリザガ!!」
エクスデスは素早く冷気系の魔法を唱えると、その炎を相殺した。二人の間の空間に、炎と氷の激突によって発生した膨大な量の水蒸気が立ち込める。バッツとファリスは意識の無いレナ、ガラフ、クルルの3人を庇いながら、その攻防を目を皿のようにして見ている。
「桁外れだ……」
思わずファリスが口走った。
突如として現れたあのミヤという少女。詠唱も何も無しであれほど強大な魔力を扱い、更にその威力がエクスデスと互角だとは。しかもあの幼さで。彼女が持っている魔力がどれ程強力な物なのか、たった一度のこの攻防からも窺い知る事が出来る。
「う……」
その時彼女の腕の中のレナが呻いて、その声でファリスは現実へと引き戻された。そうだ、今自分達が為すべき事は。
「バッツ、あの娘が敵か味方かは分からないが、とにかくエクスデスと戦ってくれている今の内に、3人の治療を!!」
彼女は耳元でそう叫ぶ。それを受けて数瞬前の彼女と同じく、ミヤとエクスデスの戦いに見入っていたバッツも我に返ると、慌てて意識のない仲間達の手当に取りかかる。
そうしている間にも、ミヤとエクスデスの戦いは、ますますその激しさを増していった。
第11章 四人目の戦士
「………凍れ……」
無感情な声でミヤが呟く。と、同時に彼女の指差した方向に氷柱の雨が降り、無数の氷柱は落ちた周囲を瞬時に白く凍り付かせていく。その氷の雨が最も強く降り注いだ場所にいた者、つまりエクスデスはその影響をもろに受けて、立ったまま氷像と化した。
「……………」
しかしミヤはそれを見ても戦闘態勢を解除しようとはしない。それどころか彼女が更に手を一振りすると、降り注ぐ氷柱の数はより多く、その大きさはより大きく、まるで極北の海の流氷がそのまま振ってきているかのような錯覚を、見る者に与える。
それは先程のように冷気によって敵を凍り付かせる事を目的とした攻撃ではない。凍り付いて動きの止まった敵を、降り注ぐ氷の質量によって粉砕せんとする攻撃だった。さしものエクスデスも、凍結している所にこれだけの攻撃を受ければ。と、レナの手当をしながら戦いを横目で見ていたバッツが思った、その刹那、
ボッ!!
今度は氷像と化したエクスデスから、先程ミヤが放ったのと同じぐらい眩く、大きく、そして熱い炎が発せられ、自らの周りにまとわりついていた物も、上方より降り注ごうとしていた物も全て、彼女の生み出した氷をまとめて溶かし切ってしまった。
それによって先程よりも遥かに大量の水蒸気が、濃い霧のように空間に立ち込める。その中に、仁王立ちするエクスデスの姿が見えた。
「………」
ミヤはそれを前にしてもまるで動じた様子も無い。ただ無表情に、かざしていた手を下ろす。彼女がした動作はそれだけだった。その表情は戦いの始まった時からずっと変わらず、無表情のまま。仕留め切れなかった悔しさも、強敵を前にしての緊張も、あるいはこの状況が想定の範囲内だという余裕も、本当に何も無い。ただ無表情なままだ。
「成る程ォ……」
エクスデスがそんな彼女を見て、静かに呟く。
今の激突した魔力の感触。それによって分かった事が二つあった。
一つは自分と互角の魔法を扱うこの少女が、未だに本気ではないという事。空恐ろしくなるような事実だが、魔導士であるエクスデスには魔力と魔力のぶつかり合いを通して、はっきりとそれが分かった。
自分もまだ本気ではないが、あるいはこの少女の真の力は本気になった自分のその上を行くかも。そう思うと、先程ガラフに対して抱いた物と同じ、ぞくりとした感覚が背筋を伝うのが分かる。それが恐怖という物だと、エクスデスは理解していた。
だがそんな恐怖も、自分の杞憂に終わるかも知れない。何故ならもう一つの事に気付いていたから。それは、
「貴様も暗黒魔導士だな……以前我の邪魔をしてくれたのは貴様だったか……」
「………」
「「!!」」
唐突にエクスデスの発したその言葉。暗黒魔導士というその言葉を受けて、ミヤの表情には何も変化はない。対照的にバッツとファリスの表情には衝撃が走った。エクスデスは落ち着いた様子で言う。
「暗黒魔導士は歴史上、少なくともこの1000年間は我を含めてたった2人しか存在しないと思っていたが……だが現実には貴様という3人目の暗黒魔導士が我の目の前に立っている……そしてまだ幼いながらもその実力に申し分は無し。これは僥倖、かも知れんな……」
エクスデスはその右手を、ミヤへと差し出した。
「ミヤとやら。我と組む気はないか? 同じ暗黒魔導士として、我と共に全てを支配する気はないか? 貴様になら我が宰相の地位を与えても良い………無論、貴様がこれまで我に対して敵対した事は、全て忘れよう……」
「…………」
唐突な勧誘の言葉。ミヤはやはりそれを受けても表情を動かさない。
バッツとファリスは少女がどんな返答を返すのか、それを注意深く見守っていた。下手をすればこの場でエクスデスとあのミヤという少女、二人の暗黒魔導士を同時に相手にしなければならなくなる。そうなった場合の勝ち目は、想像したくはないが殆どゼロ。だがそれでも、諦める訳には行かない。
返答次第では即座にミヤに斬り掛かるつもりで、二人は彼女の返答を待った。そして、
「……取引を……しない?」
彼女の口から出た言葉は『はい』でも『いいえ』でもなかった。これは先程のエクスデスの勧誘以上に唐突だったので、思わずエクスデスも「取引だと?」と、聞き返す。ミヤはその言葉に小さく頷くと手を動かし、エクスデスを、正確にはエクスデスの周囲に浮遊している物、4つのクリスタルを指差して、言った。
「……そのクリスタル……それを渡してから死ぬか……死んでからそのクリスタルを渡すか……どちらか選んで……」
取引などとは言ったものの、それは挑発だった。それもあからさまな。
バッツとファリスは、少なくともこの少女がエクスデスの味方となる可能性が無くなった事を悟り、我知らずほっと胸を撫で下ろした。エクスデスは交渉の決裂を認識すると、その両腕に再び魔力を集め始める。
「……我の物にならぬのなら、貴様の力は危険すぎる。ここで消えてもらおう」
そうエクスデスが叫び、その手を一振りすると、手が動いた軌跡の空間が裂けそこから宇宙が、バリアの塔でバッツ達が戦ったアトモスという魔物の口の中に広がっていたような宇宙、異空間が顔を覗かせた。その異空間は瞬く間に大きく広がるとミヤに迫り、彼女を呑み込もうとする。
「危ない!! 逃げろォ!!」
咄嗟にバッツが叫ぶ。その声が届いたのだろうか、ミヤがちらっと彼の方を振り向き、その唇が動いた。小声だったのか、それとも言葉を発してはいなかったのか、彼女の声はバッツには聞こえない。ただその唇の動きから、バッツは彼女がこう言ったように思えた。
『ありがとう……でも心配しないで…』と。
迫り来る異空間を前に、それでも少女は一欠片の焦りも見せない。彼女はスッと右手を上に上げる。その右手の掌に魔力が集まり始めるのがエクスデスにも、そしてバッツ達にも感じ取れた。しかもその魔力の強大さは先程のエクスデスと互角、いやそれ以上にも感じる。
「……全てを飲み込め……わたしの……魔力の宇宙……」
彼女がそう呟くと掌から、エクスデスが召喚した物と同質の宇宙が生まれる。ミヤはそれを、今にも自分の体を呑み込もうとする眼前の宇宙へ向けて押し出した。
宇宙と宇宙、互いが魔力によって創り出した異空間がぶつかり合い、エクスデスの生み出した宇宙が更に大きなミヤの宇宙に呑み込まれて、消えていく。彼女は自らの宇宙が完全に相手の異空間を呑み込んだのを確かめると、その右手を握り締めた。すると彼女の創った空間が急激に縮み、消滅する。後には何の変化も無い通常の空間が広がっているだけだった。
「やった、エクスデスのデジョンを破った!!」
「あの娘凄いな…エクスデスを相手に一歩も引けを取らないなんて……」
闘いを見守るバッツとファリスが言う。
だがここまで超人的な攻防を繰り広げたものの、お互いまだその本気には程遠いらしい。エクスデスはすっぽりとかぶった兜に隠されて分からないが、少なくともミヤの表情に焦りや疲労は見られない。と、ミヤが口を開いた。
「……魔力の……ぶつかり合いで勝負を決める……のは……難しそう……ね……」
少女が手を一振りする。その手には一振りの剣が握られていた。
「あれは……」
思わずファリスが声を上げる。ミヤの手に握られたその剣は、大きさは小柄な彼女に合わせて小さく、ショートソードに分類されるだろう物だ。その刀身はエメラルドのような、透き通った優しい緑色に輝いている。その剣は刃の色こそ違ってもアレク、ファル、ソフィアの3人が使っている剣と同じ物のように、ファリスには見えた。
その剣を、ミヤが八双に構える。
キイイイイイン……
すると彼女の握る剣が甲高い音を発し、輝きを放った。
「!!」
「これは……」
キイイイイイン……
そしてエクスデスの周りに浮かぶクリスタルの一つ、優しい輝きを発している物もまた、甲高い音を発して、輝きを放つ。
「あの剣とクリスタルが……共鳴しているのか!?」
脳に直接響いてくるかのような音に耳を押さえながら、バッツが叫んだ。その時彼の中に、二つの疑問が浮かんだ。
一つは何故あの剣とクリスタルが共鳴を起こすのか。
もう一つは、何故4つのクリスタル全てではなく、その一つだけがあの剣と共鳴するのか。
バッツの頭脳が響いてくる音に耐えながら、その答えを考えようとしたその時、共鳴が止んだ。そして同時に、ミヤが跳んだ。
彼女は前方へと、凄い早さで跳躍すると、次の瞬間にはエクスデスの背後に回っていた。そしてそこから、思い切り体を捻るようにして遠心力を乗せた一撃を、エクスデスへ向けて振るう。
ガキィィン!!
先程クリスタルやミヤの剣が響かせていたのとはまた違った甲高い音が鳴り、空間に反響する。エクスデスが咄嗟に、腰に下げていた剣を抜いて防御したのである。エクスデスは力を込めてミヤの体を押し返そうとするが、ミヤは逆にその力を利用して後方に跳び、着地すると、再びエクスデスへと挑み掛かった。
ギィン!! ギィン!! ギィン!!
両者の剣のぶつかり合う音が立て続けに鳴り響く。繰り出されるミヤの攻撃を、エクスデスは後退しながら防御していた。その攻防の中で、エクスデスは焦りを感じている己に気付いていた。
この少女は、強い。改めてそれを再認識していた。
魔力は自分と互角、あるいはそれ以上の物があり、なおかつそれを使いこなす技術にも長けている。だが力は。彼女はどう見てもまだ10代前半の小柄な人間の女であり剣の勝負なら、力や体格で勝る自分の方に分があると、エクスデスは思っていた。しかしこうして剣を交えている内に、それが自分の先入観に過ぎなかった事を思い知らされた。
魔導士だから直接攻撃は苦手、と先入観で思っていたがとんでもない。
剣を使わせてもこの少女は強い。確かに腕力、パワーは年相応の儚い程の物しかないが、スピードは。その速さは目で追い切れない程に速く、非力さをカバーして余りある物だった。それもただ速いだけではない。
いくら速くとも、その動きの軌道が直線的なら移動する方向を先読みして対応する事が出来るし、ずっと同じスピードで動き続ければやがては目が慣れる。
ミヤの動きはそういった「速さの弱点」を完全に克服した物だった。
まずその体術は独特な物で次に斬撃が来るのか、それとも横へ跳ぶのか全く予測がつかない。そしてその動きは緩急自在で、まるで風に舞う一枚の羽根か花びらのよう。決して立ち止まらず時にはゆるりと、次の瞬間にはその数十倍の速さで走り、エクスデスを翻弄する。
そしてそれらの要素が複合し、互いを更に高め合い、実際の彼女の速度よりも数倍の速さをエクスデスに感じさせていた。
「ぬうっ!!」
こういう、自分よりも速さで勝る相手と戦う時には、まず足を殺す事。セオリー通りではあるが、エクスデスはそれを実行すべく小柄な女剣士の足を払おうとした。
だが出来なかった。ミヤの足は常に空中に浮いているように見えて、薙ぎ払った刃も空を切るだけだった。少女は跳躍し、回転し、エクスデスが時折繰り出す攻撃をかわすか防御しては、見事な反撃を行う。徐々にエクスデスの手数が少なくなり、逆にミヤが繰り出す斬撃の数が増える。少しずつではあるが、彼女がエクスデスを圧しているのだ。
エクスデスが剣を突き出す。ミヤもそれに合わせて自分の剣を突き出した。
カッ!!
剣の切っ先と切っ先がぶつかり合い、刀身の部分の衝突よりもやや乾いた音を響かせる。
エクスデスとミヤは、切っ先の一点による微妙な力の均衡を保ったまま、お互いを睨み付け、それから一秒の十分の一だけ時間が過ぎた後には、お互い後方へと跳び、距離を離していた。ミヤは更にそこから攻撃を仕掛けようとするが、今回はエクスデスの方が速かった。
「ファイガ!!」
やや早口にそう唱えると、巨大な火球が放たれ、少女の体を呑み込む。
「!!」
バッツはそれを見て息を呑んだ。炎は暫くの間くすぶり続け、治まった時にはそこには黒く焦げた穴があるだけで、少女の姿は何処にもなかった。
彼女の体は跡形もなく燃え尽きたのか? と、バッツは思ったが、それにしては不可解な点があった。今のタイミング、ミヤの動きなら十分に反応出来た筈なのに、彼女は避ける素振りすら見せなかった。それともあの時、一瞬の油断があったのか? 次にそう思ったが、その考えは即座に彼の中で否定された。エクスデスの真上の空間から融け出すようにして、少女が姿を現すのを見たから。
ヒュン……
一瞬、風を切るような音が鳴る。
エクスデスはそれに反応し、上を見上げた。
上方からミヤが全身の体重が切っ先の一点にかかるような姿勢で、突進してきていた。エクスデスは転がるようにして動く。間一髪、ミヤの刃をエクスデスはかわした。目標を見失った刃は床に突き立ち、エクスデスのマントの一部を切り裂いただけに終わった。
彼女は剣を引き抜くと、無言のままエクスデスと向き合う。流石に呼吸が乱れ肩が上下していたが、それも数回深く呼吸を行っただけで、平常のリズムに戻った。
「ファイガをもろに喰らったと見せかけ、その実テレポによって回避、そして全ての予想を裏切る上方からの攻撃……見事としか言い様がないな」
エクスデスが感心したように呟く。ここまで来ると、もう誉めるしかないとでも言うように。
つまり、ミヤはエクスデスの攻撃をかわせなかったのではなく、かわさなかったのである。ファイガが直撃する一瞬前にテレポを唱え、生み出した空間の裂け目に自分の体を滑り込ませる。このタイミングが絶妙だった為、エクスデスやバッツにはミヤが炎に呑まれたように見えた。
だが実際にはミヤは既にテレポによって亜空間に退避しており、更にそこからエクスデスの真上に出現、攻撃を繰り出したと言う訳だ。
残念ながらその攻撃はエクスデスにかわされてしまったが、それもエクスデスが普通ではなかったからで、他の相手なら確実に致命の一撃が決まっていた。そのエクスデスにしても、微かな風切り音に反応していなければ避けられたかどうかは、正直怪しい。まさに紙一重だった。
「………」
賞賛の言葉を受けても、ミヤは相変わらず無言で無表情で、変化と言えばエクスデスを睨み据えるその眼光が、僅かに鋭くなったように見えるぐらいだ。しかし次の瞬間、
「「「……!?」」」
エクスデス、バッツ、ファリスの3人は、この空間の空気が変わった事を感じ取った。より鋭く、より冷たく。勿論それは錯覚なのだが、大気が無数の針となって肌に突き刺さってくるように感じられる。気を強く持たないと呑み込まれてしまいそうだ。
その状態でミヤが一歩、その足を踏み出して。
そして消えた。
「!!?」
驚愕するエクスデス。だが背中に感じた殺気に、反射的に振り向き防御する。
ギィン!!
ミヤが既に振り下ろしていた斬撃とエクスデスの剣が再びぶつかり合う。
ミヤはそこから素早く距離を取ると、床から天井、天井から壁、壁から壁へ、縦横無尽に飛び回った。その速度は明らかに先程よりも速い。エクスデスは彼女が時空魔法のクイックによってその速度を高めているのだと悟った。今のミヤの速度は殆ど肉眼では捉えられない。時折ほんの僅かに、空間に彼女の影が浮かぶ程度である。
『いいぞ、その調子だ』
治療を終えた仲間達を守りながら、バッツはそんな想いが込み上げてくる自分を認識していた。
あの少女が、このままエクスデスに反撃の機会を与えずに圧しまくれば、勝てる。
そうして手に汗握っていたその時、
「う……うん……」
すぐ横、ファリスの腕の中でレナが身動ぎして、その眼を開ける。彼女はまだ意識が朦朧としているようだった。
ギィン!! ガギィ!! ギィン!!
ミヤが立て続けに繰り出す攻撃は、徐々にエクスデスにダメージを与えつつあった。まだ致命傷にはならないものの、エクスデスの鎧には幾筋かの刀傷が付けられている。彼女の超高速の剣技が、エクスデスの反応を超えつつあるのだ。
「ぐうっ……貴様ァァァッッッッ!!」
咆吼するエクスデス。魔力を全方位へ開放する。その全身が発光し、一瞬遅れて衝撃が走る。バッツ達は未だに意識の戻らないガラフとクルルを庇うようにしてシェルを唱えて防御し、ミヤは咄嗟に剣を盾にして防ぐ。だが彼女は小柄で軽量である事が災いして、後方へと吹き飛ばされた。空中で体を捻り、体勢を整えて着地。ダメージはない。だがエクスデスと間合いが離れてしまった。
この距離はエクスデスの距離だ。魔導士に有利な、攻撃魔法を仕掛ける為の距離。
「……来る…」
ぼそりと呟くミヤ。今のエクスデスは全身から強大な魔法力が溢れ出ている。恐らく次に来る攻撃は、広範囲を破壊する強力な攻撃魔法。エクスデスはこちらの動きを捉えられていない。ならば次に来るのは”点”ではなく避けられない”面”での攻撃。彼女は身構える。
「もう許さん!! 死の世界へ行くがいい!!」
エクスデスの全身から発散された魔力が両手の掌へと集中、右手の物は巨大な熱エネルギーを持つ光球へと、左手の物は神聖属性を持つ白き光へと、その姿を変える。最強の攻撃魔法の一つ、フレアとホーリー。どちらもその強力さ故に封印された古代の魔法だが、暗黒魔導士であるエクスデスはその闇のパワーを用いて、これらの魔法を使う事が出来た。
「喰らえ!! フレア!! ホーリー!!」
ミヤへ向けて、真紅の光球と純白の光条、二つの破壊の光が放たれる。
そして、爆発。今までの物とは比較にならない破壊力に、衝撃が離れた所で見ているバッツ達にも、強烈に伝わる。
「っ……なんて威力の魔法だ…」
「それよりあの子は……?」
ゴクリ、と生唾を呑み込みながらやっとその言葉を絞り出すファリス。今の攻撃によって発生した爆煙を見て心配そうな声を出すレナ。
だがエクスデスは、未だに戦闘態勢を解いてはいなかった。前方の爆煙を睨みながら、どっしりと構えている。
今の攻撃、確かに手応えはあった。だが、
爆煙の中から、ミヤが走り出してくる。服の右肩の部分が破れ血が噴き出してはいるが、ダメージと言えばそれ位だった。
『やはり掠っただけか。だがこれなら』
持ち前のスピードでミヤが距離を詰めてくる前に、エクスデスは次の行動に移っていた。その両腕を大きく広げると、背後の空間が歪曲する。
「!!」
それを見て、ミヤはその足を止めた。この現象はまさか……
自分の知識の中から該当する事例を思い出し、ミヤはそれに対応する為に攻撃を中止したのだ。
彼女の予想は当たった。エクスデスの背後の歪曲空間から出現した無数の炎を纏う隕石が、彼女の頭上へと降り注ぐ。
封印されし最強の時空魔法、メテオ。
無数の隕石の弾丸、いやもはや砲弾と呼ぶべきだろうそれを、ミヤは素早い動きでかわし、避けきれない物は攻撃魔法を放って粉砕する。隕石は歪んだ空間から無数に、ハンマーのように、石弓のように、いくつかは互いに衝突もしながら、雨のようにミヤへと襲いかかる。
攻撃を避ける為に飛び回りながら、ミヤは僅かにその表情を厳しくした。このまま避け続けていても、防戦一方ではいずれはやられる。ならば、攻め手に回る必要がある。彼女は決断した。
飛来した隕石が彼女を押し潰すか押し潰さないかという瞬間、彼女は跳んだ。跳躍してその隕石の上に飛び乗ると、それを踏み台にして更に跳ぶ。
「!!?」
エクスデスが驚愕にその体を揺らす。てっきり回避に専念する物だと思っていたのに。しかしミヤはその予想に反して隕石から隕石へ、次々と飛び移りながらその弾幕の中を潜り抜け、徐々にエクスデスに接近しつつあった。
最初から数えて5番目の隕石の上に降り立った時、ミヤは右手に握っていた剣に力を込めた。
次の隕石を”抜け”れば、エクスデスに直接攻撃出来る。これは恐らくこの闘いにおける最後のチャンス。その好機を逃さない。
決意と共に、少女は精神を引き締めた。
そうしてその隕石から跳んだ、その瞬間だった。背筋得体の知れない悪寒を感じたのは。彼女はぱっと振り向く。
「!!」
視界に入ったのは、自分が上に乗って跳躍した事によって軌道の変わった隕石が、今にもバッツ達の頭上へ落ちようとしている光景だった。彼等は未だにガラフとクルルの意識が回復していない為、その場を動けない。このままでは確実に隕石に押し潰される。
ミヤは一瞬でそう判断して、その落ちようとしている隕石へと魔力を送り、それを掴んだ。隕石の軌道が床に達する寸前で不自然に変わり、バッツ達からやや離れた所へと、無害に落ちる。取り敢えずは、やった。ミヤはそう思った。だが彼女はそれをする事によって、自分の足下が疎かになった事に気付いていなかった。
「あ……」
少女は微かにそう声に出した。
彼女は隕石弾に着地出来ず、その衝撃を受けて真っ逆さまに落ち、そのまま床に転がった。
勝った。それを確信したエクスデスは勝利の雄叫びを上げた。この少女もここまで自分を追い詰めたのは誉めてやっても良い。だが所詮は人間でしかない。それが最後の最後で命取りになった。あそこでバッツ達を助けようとなど思わなければ、あるいは自分を倒せたかも知れない物を。結局のところ最後にして最大のチャンスを、自分の手で失ってしまった。度し難い愚か者だ。
エクスデスが愚か者と称した少女へと、一際巨大な隕石が落下する。「避けろ!!」「逃げて!!」「危ない!!」バッツ達は口々に叫ぶが、倒れたミヤは殆ど動かない。僅かに反応して、自分を押し潰そうとする巨大な岩の塊を見上げただけだった。
そして、
「な……あ……」
呆けたような声をバッツは上げた。
少女の小さな体を、隕石が押し潰した。
「ああああああああああっ!!」
青年は慟哭した。それは無力な、あんな少女一人救えない自分への葛藤でもあった。
「フハハハハハハハハ!! 我の勝利だ!! やはり我こそが闇の頂点、魔王となるべき者!!」
エクスデスは高笑いを上げ、凱歌を歌う。強敵は倒した。後は手負いの光の戦士達に止めを刺すだけだ。バッツ達が万全の状態なら兎も角、今の彼等ならクリスタルの力を得た自分の敵ではない。一網打尽に葬り去ってくれる。そう決めたエクスデスが再び魔力を手に集め始めた、その時だった。
キイイイイイイイイイイイイン!!!!
「何だと!? これは!!」
エクスデスの周囲を浮遊していたクリスタルが、先程ミヤの剣と共鳴した時のような音と光を発した。しかも今回はその中の一つではなく、4つのクリスタル全てが強い輝きを放つ。
何がどうなっている!? あの女は今死んだ筈。その事実を確かめるように、少女の上にのしかかった隕石を振り向く。瞬間、
ピッ………
隕石に亀裂が入った。
ピキィィィィィ……
亀裂は見る間にその数を増やし、そして遂に、
パキィィィィィン……
気持ちの良い乾いた音を立てて、隕石が砕け散った。そして、そこには、
「間一髪でしたが……どうやら間に合いましたね……」
青い髪の青年が、右手には彼の瞳や髪と同じ静かな輝きを放つ剣を持ち、左手にはミヤを抱き締めて、
「このアタシを差し置いて魔王だって? たった500年そこらしか生きていない若造が……思い上がるのもいい加減にするんだね……」
全身に銀の鎖と十字架を巻き付けた蒼白の肌の女性が、猛々しく輝く炎の色の双刃の刃をその手にして、
「そして何より」
真紅の瞳をした少年が、たった今隕石をバラバラに切断した高貴さを感じさせる紫色に輝く剣を構え、立っていた。
ファル、ソフィア、アレク、そしてミヤ。
彼等の持つ剣は、エクスデスの元にあるクリスタルと共鳴するように輝いている。
アレクの言い掛けた言葉を、ソフィアが引き継いだ。
「アタシの妹を」
「僕の娘を」
最後に、彼女を腕に抱くファルがその手の剣をエクスデスに向ける。
「傷つけた罪は何より重い。その代価、あなたの命で支払って頂きましょう……」
青年は静かな怒りと共に、そう言い放った。
TO BE CONTINUED..