ガラフのいたこの世界で、バル城と並んで強大な軍事拠点であるサーゲイト城。現在この城は、バリアの消滅と同時に、バル城の軍と共にエクスデス城へと突入した一隊を除いては、国王であるゼザを含む全ての軍が帰還してきており、厳戒態勢が敷かれていた。
如何にエクスデスの力が強大であろうと、おいそれとここを攻めてくる事は出来まい。兵士達は勿論の事、エクスデスの力を良く知るゼザですら、それは確信していた。
そのゼザであるが、今は玉座の間にはその姿はなく、彼の寝室にて、寝間着姿でベッドに腰掛け、大臣の持ってきた書類に目を通していた。いくつかの書類にサインし、それを渡すと、大臣は二言三言、「王の体は王一人の者ではないのですぞ」とか、「もう少しお歳をお考え下さい」とか彼に小言を言った後、その部屋を後にした。
ゼザの着ている寝間着の、肌が露出している部分からは包帯が見えた。彼はバリアの塔での戦いの後にガラフ達がギードによって召喚され、自分達もと後を追おうとしたのだが、その傷の為に駆けつけてきた部下達に止められ、渋々この城へと引き返し、今は療養状態なのである。
彼を治療した白魔導士の弁によると、「安静にしていれば命に別状はありません」という程度の怪我らしい。多少の怪我なら回復魔法ですぐに治してしまえるが、回復魔法は生物が持っている自己治癒能力を促進するもの。故に生命力が尽き掛けていたり、老齢であったりする相手には効果が乏しく、また深手を治す事も出来ない。
今回のゼザの場合は、彼が既に老齢と言える年齢である事、加えて若い頃から色々無茶をやってきて、そのツケが徐々に彼の体に顕れている事などが原因となって、回復魔法では効果が薄く、仕方無しにこの城で体を休める事になっていた。こんな体でノコノコ出て行っても、かえってガラフ達の足を引っ張る羽目になるのは目に見えている。
彼はそれが分からぬ程若くはなかった。しかし、理屈と感情は別物だ。どうにかしてまた戦いの場に立ちたい。そういう想いが自分の中にある事もまた、偽らざる彼の本心ではあった。
「……あの時、貴公がいなければ、間違いなく俺は死んでいた訳だからな。こんな事で悩むのは、贅沢という物かな…?」
と、自嘲気味に言うゼザ。そんな彼の視線の先には、漆黒の衣装に銀色の鎖と無数の十字架を纏った女性、ソフィアが立っていた。その佇まいには気配や存在感が一欠片もなく、目で見ていなければそこにいる事すらも信じられない。まるで亡霊のようだ。
その呟きを聞いて、ソフィアはほんの少し、鼻を鳴らした。
「ふン……人間はどこまでも現状に満足するようには出来ていないからねぇ……まあ、それが正常で健全ってもんじゃあないの?」
彼女は蓮っ葉な口調で、そう返す。その物言いは、どこか厭世的にも聞こえた。それを受けてゼザは、「確かに」と苦笑する。
「しかし……貴公の能力と剣技には、正直感服した。あのような場でなかったのなら、もう少し互いに満足の行く結末になったかも知れないが……」
ゼザが話題を切り替えた。それを受けて、今度はソフィアの方が困ったような笑顔を浮かべる番だった。彼女は頭をカリカリと掻くと、躊躇いがちに、言った。
「いやあ……アタシも最初は戦うつもりはなかったんだ。あんたを見て、エクスデスに変身しているアタシに突っ掛かるって事は、少なくともエクスデスの味方じゃあない、って、頭では分かってたんだけどね……」
言い訳をする子供のように弁解するソフィア。更に続ける。
「でもあんたの動き、その一挙一動を見て、確信したんだ。”こいつは強い”って。そしたら後は、気が付いたらあんたと剣を交えてた。昔っからそうなんだよね、悪い癖だ。アタシは……相手が強いと思ったら、ついつい我を忘れてしまう」
「本当に、戦う事が好きなのだな。貴公は……」
話を聞いたゼザの指摘に、彼女は即座に頷いた。
「ああ、好きだよ。大好きだ。殺す事が好き。殺される事が好き。死なせる事が好き。死ぬ事が好き。地獄に落とすのが好き。地獄に落とされるのが好き。勝つ事が好き。負ける事が好き。そして何よりも強い相手と戦う事が大好き」
まるで幼子のように、目を輝かせて言う彼女。それを見て、ゼザは理解した。この女は”戦鬼”という物に、最も近しい存在なのだと。闘争を至上の快楽とし、戦に生き、戦に死す。端から見れば冗談のような、そういう存在なのだと。だが……
「それだけではないだろう? あの、エクスデス城の探索の為にあそこに残った青い髪の青年……確かファルと言ったか。彼を見る目には、何か暖かさのような物が感じられたが?」
その指摘にソフィアは感心したような表情でゼザを見て、僅かに間を置いた後、頷いた。
「家族……だからね。私とアレクとファルと、そしてあの子は」
先程の物騒な言葉を紡いでいた時とは異なり、穏やかな表情でソフィアは言った。その彼女の雰囲気や表情は百戦錬磨の戦士の物でも、幾星霜を生きた魔族の物でもなかった。只一人の妻であり、母でもある女性が、そこにいた。今の彼女には、普段の妖艶な物とはまた違う、だがそれに勝るとも劣らない美しさが感じられた。
そんな彼女を見て、ゼザはからかうような口調で言う。
「フッ……俺が後30年若ければ、貴公に結婚を申し込んだかも知れんな……貴公が吸血鬼であっても、そんな事とは関係無く……貴女は美しい」
「ククク……アタシは年下には興味無いよ。ましてやあんたのような少年にはね。せめて後300年、男を磨いて出直して来なよ」
全く動じる事も無く、そう返すソフィア。ゼザはこれは一本取られた、と、膝を叩く。それにしてもこの年になって”少年”と呼ばれるとは思わなかった。まあ確かに彼女から見れば、自分など年端の行かぬ若造かも知れないが。そんな事を考えていると、ソフィアは窓を開け、そこから出て行こうとするかのように足を掛けた。
「じゃ、機会があればまた会おうじゃないか。それまで精々、その体を厭うんだね」
「ああ、貴公も達者でな」
ゼザがそう言って手を振った時には、既に彼女の体は無数のコウモリへとその形を変え、何処かへと飛び去っていった……
第9章 賢者との出会い、次なる目的地
「賢者ギード……この亀が?」
”賢者”という肩書きからの予想とは全くかけ離れた姿に、思わずバッツはそう呟いた。賢者というとつい、海老のように曲がった腰に、白髪と胸にまで届く白髭を持ち、杖をついたような老人を想像してしまう。それを聞いたガラフがじろりと彼を睨む。
「バッツ、口の利き方に気をつけろ。ギード様は……」
「まあよいガラフ。この姿ではそういう反応も無理からぬ所じゃ。ワシは気にしてはおらん」
と、その口から言うギード。ガラフを除いて、喋る亀など初めて見たので驚きを隠せない。
「あんたが俺達をここに呼び寄せたのか?」
今度はファリスが質問した。ガラフは今度も注意しようとしたが、言いかけた所でギードと視線が合い、諦めたように首を振った。ギードはその姿から想像出来るように、ゆったりとした動きで体と首を動かすと、彼女の質問に答える。
「その通り、ワシが魔法で、そなた等をここへと召喚した。あれほどの大魔法を使うのは久し振りだったから、少々疲れたが、の」
賢者と言うから、もっと気むずかしくてむっつりとした気性の相手かと思っていたが、ここでも予想に反して、ギードはあっけらかんとした性格だった。人間とは表情が違うのでよく分からないが、今の彼は笑っているように見える。
「……何の為に?」
と、今度はレナが。ギードは今度も数秒掛けてやっと彼女の方に向き直ると、神妙な声で言った。
「ウム、そなた等、新たにクリスタルに選ばれた4人の戦士に、伝えねばならぬ事があったのじゃ。本来ならガラフ、そなたの孫娘のクル……ククル……?」
「クルルでございます、ギード様」
ガラフが、彼だけはギードに対して丁寧な態度でそう訂正する。ギードは「おお、そうであった」と首を上下に動かすと、話を続ける。
「そのクルルに呼びかけて、この祠に出向いてもらおうと思っていたのじゃが……残念ながらそうしようと思った時には、そなた達は既にバル城を出てエクスデス城の攻略戦に参加していたのでな。バル城に戻るのを待とうとも思ったが、そんな悠長な事を言っている場合でもなくなったのじゃ」
そうして、彼等をこの祠へと召喚してきた経緯を説明するギード。それを聞いて、バッツは腕を組んで考える。現在、抜き差しならない状況になる、そんな原因となるべき者は、限られている。彼だけでなく他の3人にも、同様の存在が思い当たった。
「エクスデスの事か?」
「うむ」
ギードは再び、その首を上下に動かし、人間で言うと頷いているような動作を行う。
「色々と話すべき事はあるが、だがまずはエクスデスの、その目的から話さねばならんかの……」
そう言ってギードは一呼吸置くと、自分の前に立つ4人を見て、もう一呼吸の間を取る。これから話す事の重要さが、それによってバッツ達にも伝わる。
そのようにギードの話に意識を集中していた為であろうか。そこにいた中で、誰も気付かなかった。
自分達の頭上に一匹のコウモリが、まるでその話を盗み聞きするかのように、天井にぶら下がっていた事を。
一方、時を同じくしてエクスデスの居城では、バル城とサーゲイト城の兵士達が、バリアの消滅を確認すると同時に攻め入り、制圧する事に成功した城の内部を調査していた。不思議な事にその城内には殆ど魔物の姿もなく、不気味な程の静寂に包まれていた。
兵士達はそんな言い様のない不安を感じながらも、城の中を歩き回り、その調査を進めていく。
そんな兵士達の中で、一際目立つ人影が二つ。
一人はゼザがサーゲイト城へ帰還する際、この城を調べてみると言って残っていたファル。もう一人はそのしばらく後に、エクスデスの軍団を全滅させてやってきたアレクである。彼等二人も自分達の捜し物の為、城の中を歩き回っていた。
バァン!!
アレクが乱暴に、宝物庫の扉を蹴破る。そこには目も眩む程の輝きを放つ宝が、山のように積み上げられていた。
「「………」」
が、二人ともそんな物には目もくれず、それぞれ腰にぶら下げていた剣を抜いた。二人の手に握られた、蒼と紫の輝きを放つ刃。それをさっと、目の前に積み上げられた宝の山に向けて、かざしてみる。彼等の行った事はそれだけだった。
「「………」」
数秒間ほど何かが起こるか、と待っていたが、どうやら何も変化がない。二人ともそう判断すると、殆ど同時に剣を鞘に戻した。そしてお互い、困ったように顔を見合わせる。アレクが溜息混じりに、ファルに言った。
「反応は無し……これで城中捜し回ったけど、なかったね。僕はエクスデスが持っているかも、って思ったんだけど当てが外れたかな?」
と、まるで他人事のように、のんびりとした口調である。そこに、ファルが返す。
「それは可能性の問題でしたが……ですがもし仮にエクスデスが持っていて、どこかに隠しているとしたら、迂闊に奴を倒しては永久に見つからなくなる可能性もあります。あなたの判断も決して間違いではない、と、私は思いますよ。アレク」
その言葉の中にはフォローも入っていたのだろう、そう返す彼に、少年は頬を膨らませた。
「パパって呼んでよ。ファル……」
そしてしゃがみ込んで地面に”の”の字を書き始めるアレク。いじけてしまった彼を見てファルは肩を竦めると、ゆっくりとアレクに背後から近付き……思い切り体を捻ると、頭部に回し蹴りを入れた。蹴られたアレクの小さな体が吹っ飛び、宝物庫の壁にぶつかる。
「ぐえっ」
アレクが呻いた。
「そんな事やっている場合ですか。それに反応する所が違います」
と、呆れたようにファルは言う。壁にぶつかって逆さまになったまま倒れているアレクは、自分を蹴っ飛ばした息子を見て苦笑すると、
「やれやれ、過剰な愛情表現だね。反抗期なのかな?」
全然堪えた様子も無く、こんな調子。ファルは頭痛の時のように頭を押さえて、再度溜息をついた。
「……あなたがマイペースなのは知っていますが、あの時以来、私達が少し留守にしている間に、それがパワーアップしたんですか? 大体が……」
更にファルが何かを言おうとしたその時、
「「!!」」
二人とも表情を変える。逆さまになっていたアレクも立ち上がり、ファルも周囲を見回す。先程と同じく、別段彼等の周りには変化は無い。精々が、遠くから兵士達の足音や話し声が聞こえてくる程度だ。と、常人ならこの程度しか感じないだろうが、その軽く数十倍の鋭さを持つ彼等の感覚は、その場に起こった変化を確実に認識していた。そして、
「やあ、もう来ていたのかい? 出て来なよ、ソフィア」
と、アレクが言う。すると彼の足下の、彼の影がまるで水面にさざ波が立った時のように動き、そこから闇よりもなお濃い闇をその身に纏った女性、ソフィアの姿が現れる。完全にアレクの影から抜け出ると、ソフィアは思い切り背伸びをして、首をゴキゴキと鳴らした。
「ん、サーゲイトの王様は、ちゃんとアタシが城まで送り届けてきたよ? こっちはどうなんだい? ”あれ”は見つかったのかい?」
多少の期待を込めて尋ねる彼女であったが、アレクが首を横に振ると、「そっか……」とだけ言って、それ程顕著ではないにしろ、落胆したようだった。しかしファルが何かフォローを入れるよりも早く、その状態から立ち直ると、言った。
「そうそう、あの4人が召喚される時に、一匹だけアタシの使い魔を一緒に付けておいたんだけど、そいつから送られてくる情報によると、どうやら賢者ギードとやらが、何やら重要な話を始めるらしいよ。もしかしたら、何かそこにヒントがあるかも知れない」
「……賢者ギード、ねえ……たった700年しか生きていない赤ん坊の言葉がどれ程信じられるか分からないけど……まあ、今は四の五の言っていられる時じゃあないしね。掴める物なら藁であろうが芦であろうが掴もうじゃないか」
と、このような会話をファルの前で交わす人外二人。それを聞いて、やはり自分達はとんでもない人達に育てられたんだな、と、再び肩を竦め、大きな溜息をつくファル。その時、彼の眉間に、トン、とソファの指が当てられた。彼女は同じようにして、アレクの額にも、指を当てる。これは感覚の共有の為に必要な動作だ。こうする事によってソフィアが見ている物を、アレクとファルも同様に見る事が出来る。
彼女の指先から魔力を通して、使い魔であるコウモリが見聞きし、主であるソフィアに送られてくる光や音が、二人にも伝わってきた。
「奴が狙う物は、ムーアの森にある……」
と、バッツ達に切り出すギード。バッツが鸚鵡返しに「ムーアの森?」と聞き返す。
「サーゲイト城の西に広がる、生きている森じゃ。そこはエクスデスの生まれ故郷でもある……」
エクスデスの生まれ故郷。それを聞いて、今度はガラフがその目を驚きに見開く。彼にしても、エクスデスはどこまでも正体不明の存在だった。ある日突然にその姿を現し、この世界はおろか、次元を隔てて存在するもう一つの世界すらもその手中に収めようとして、その為に幾百の屍を作り、血の河を生み出した心持たぬ悪鬼。彼を初めとした暁の四戦士にとって、エクスデスとはそういう存在だった。
「生まれ故郷……とは、どういう意味なのですか? 賢者ギード」
レナが、その言葉の意味を尋ねる。ギードは再び、ゆったりとした動きで向き直ると、その問いに答えた。
「うむ……500年程前だったか。ムーアの森に封印された物に群がった邪悪な心が、一本の木を魔物に変えた。それが”エクスデス”という存在がこの世界に生まれた瞬間じゃ。ワシは永い間、エクスデスを封じ続けた、が、魔なる存在はその生きた年月に比例してその力を高める。その封印が30年前、とうとう破られたのじゃ」
「それが30年前の、暁の四戦士との戦い……」
バッツの呟いたその言葉を聞いて、ギードは頷く。
「そうじゃ。ドルガン達は良くやってくれた。エクスデスも再び、クリスタルの力によって封じてくれた。だが、奴は蘇った」
「俺達のせいで……」
俯き、消え入りそうな声でバッツは言う。自分達の世界で、エクスデスが復活したのは、向こうの世界の住人である自分達がクリスタルの力を使いすぎた為だ。
クリスタルの力を機械によって無理に強化して使っていた為に、それがクリスタルの崩壊にも繋がった。どれほど水の良く出る井戸でも、考え無しに水をくみ上げてしまえば、いつかは涸れる。そう言う意味では、彼だけではない。レナもファリスも、否、向こう側の、バッツがいた世界でクリスタルの恩恵によって生きていた全ての者が、エクスデスの復活に一役買っていたとも言える。
だがギードは、ゆっくりとその首を横に振った。
「いや、封印されていた者はいずれは蘇る。今度こそ蘇る事のないよう、完全に倒さなくては!!」
バッツは顔を上げる。そうだ。自分達はその為に来たのだから。自分とした事が、危うくその決意を忘れる所だった。彼は再び、ギードに尋ねる。
「奴は何処に?」
「恐らくはムーアの大森林に。そこに眠っている物を、エクスデスは狙っておる。頼む、エクスデスを倒し、この世界を守ってくれ!!」
ギードが懇願する。700年の時を生きる彼に、戦う為の力は既に失われて久しい。まあそれでもその気になれば戦えない事もないが、それでもパワーを全開のまま保てるのはほんの数分に過ぎない。故に彼に出来る事はその叡智で以て、今のこの時代に、クリスタルに選ばれた戦士達の力となる事だった。彼等の返答は、決まっていた。
「ムーアの大森林へ!!」
「今度こそ決着を付けてやるわい」
「エクスデスを倒す!!」
「行きましょう!!」
4人とも、次なる目的地へと向かう決意を固める。
ギードはそんな彼等を見て、しわだらけの顔を愉快そうに綻ばせると、忠告するように重い口調で言った。
「ムーアの森は生きておる。そこに入り込んだ者は、たとえそれが何者であろうと襲ってくるのじゃ。エクスデスはあそこで生まれた者だから、自由に森と外の世界を行き来できるが、人間であるお前達ではそうも行くまい。これを持って行きなさい」
ギードはそう言って甲羅の中に首を引っ込めると、ややあって再び首を出した。その口には、一本の木の枝のような物をくわえていた。ギードが口を開いてそれを放すと、枝はフワリ、と浮き上がり、バッツの手に収まった。バッツはその枝から、不思議な暖かみのような、そんな感覚を覚えた。只の一本の枝になっても、いまだにこうして、この枝が生きている、と言う事なのだろうか?
そんな疑問が顔に出ていたのだろうか。ギードが説明する。
「それは長老の木の枝。封印を守りし物の一部じゃ。それがあれば森の中に入れる筈……だが決して油断してはならぬ。既にこの世界で動いているのはエクスデスだけではない。お前達光の戦士にも、奴の軍勢にも属さない何者かも、動き出している。つい先日も、この島を沈めようとしたエクスデスともう一つ、恐ろしく強大な魔力を持つ”何者か”とが激突した。まあそのお陰でこの祠は水没しなくて済んだ訳だが、あの魔力は正直感じていて身震いした」
そう言ってギードはぶるっと体を震わせると、続ける。
「何と言えば良いのか……その魔力から感じた物は、虚無。言葉にするなら何処までも落ちていく、底の無い深い穴のような、そんな物を感じたのだ。それでいて、あれ程までに強大な魔力はこの700年の生の中で今まで感じた事が無い。まともにぶつかり合えば、恐らくワシでも敵うまい」
自分でも敵わない。その言葉に、ギードの力を良く知っているガラフは衝撃を受ける。時を経て衰えているとは言え、ギードの力は500年の永きに渡り強大な邪悪であるエクスデスを封印し続けていられる程に強力な物。そのギードが敵わないとは。
「良いか。心して行くのじゃぞ……森の入り口まではワシが送ってやろう」
もう一度、念押しするようにそう言ったギードがぶつぶつと唱えると、4人の体がここに召喚された時と同じく、珠のような物に包まれ、フワリ、と宙に浮く。そうして僅かな間があって、彼等の姿はこの祠から消え去った。誰もいなくなった虚空を見上げるようにして、ギードが呟く。
「頼んだぞ……クリスタルに選ばれし、新たなる4人の戦士達よ……」
祈りのようなその言葉が紡ぎ終えられると、まるでそれが合図であったかのように、あるいは主から指示でもあったのだろうか。天井にぶら下がっていたコウモリは飛び立つと、スッ、と闇に同化するようにして、その祠を離れていった。
「へえ……ムーアの森に眠る何か、か。中々興味深い話を聞かせてもらえたじゃないか。たまには子供の話に耳を傾けるのも、悪くはないねぇ」
再びエクスデス城の宝物庫にて。ソフィアはそう呟くと、二人の頭から指を放した。その瞬間に、二人の視界が切り替わり、ソフィアの魔力によって送られてくる映像から、自らの眼が見ている光景へと戻る。ファルがアレクに言った。
「しかし今の話を聞いていると、エクスデスの目的と、私達の目的は同じ物ではないか、と思えてきましたね。これは尚更、エクスデスを殺さずにおいて良かったのでは?」
またパパと呼ぶ呼ばないでごねられては面倒なので、語尾にアレク、とは付けないように意識しているファル。
「うん……まあまだはっきりそう決まった訳じゃあないけど、でも可能性はあるね。泳がせておいて正解、だったかな?」
こんな二人の会話に適当に相鎚を打ちながら、ソフィアは懐から地図を取り出し、それを床に広げた。現在位置とムーアの森の位置を確認する。アレクとファルの二人もそれを覗き込み、位置関係を確認すると……
「ここは……この辺の地域は、確かミヤが担当だった筈だよね」
確認するように言うアレクと、それに対して頷く二人。と、ファルが少しばかり早口に言う。
「私達も急ぎましょう。ミヤを信用していない訳ではありませんが、エクスデスを相手にたった一人では、万一の事が無いとも限りません」
そう言って走り出そうとする彼であったが、数歩走った所で、またしても床に何も落ちていないのに転倒してしまった。それを見たアレクとソフィアが、慌てて彼を助け起こす。ソフィアが腕を一振りすると、その手にはどこから取り出したのだろうか、車椅子が握られていた。彼女はそれを床に置くと、持ち前の怪力でファルの体をひょいっ、と持ち上げ、その車椅子に座らせる。
アレクがしゃがんで座っている彼に目線を合わせると、尋ねた。
「まだ……戻っていないのかい?」
その問いにファルは無言で、一度だけ首を縦に振った。それを受けてアレクは、一度溜息をついた。
「まあ……仕方が無いか。普通の人間だって病気や怪我で一月ほど体が動かせないだけで、かなり身体機能が衰えたりするからね。ましてやお前の場合、その体を使うのは本当に久し振りの事だから、無理も無いか……ミヤはまだ良かったんだけどね……」
「……心配要りませんよ。少しずつですが、思い通りに動くようになってきていますから…」
と、ファル。そこにソフィアが口を挟んだ。
「でもねぇ……そんな状態のお前をこれからも連れて行くのは、ちょっと気が引けるねぇ……ムーアの大森林にはアタシとアレクで行くから、お前は休んでいても良いんだよ?」
彼女も普段の飄々とした口ぶりではなく、言葉遣いこそいつも通りだが、一言一言慎重に、ファルに言葉を掛ける。青年はそれを受けて穏やかに微笑むと、だがしかし、頭を振って、言った。
「お心遣いには感謝しますが、でも、ミヤを放ってもおけませんから。私も行きます」
そう言って車椅子から立ち上がるファル。その瞳には確固とした意志の光が輝いている。それを一目見ると、ソフィアもまた、それ以上彼に何か言ったりはしなかったし、またそうしようとも思わなかった。もう何を言っても無駄だと、分かっていたから。
「言いだしたら聞かないからねぇ、お前は。でもまあ、複雑な心境だよ、アタシは」
「はあ……?」
突然意味の分からない事を言い出したソフィアに、ファルは首を傾げる。彼女はその視線に気付くと、困ったように笑った。
「お前がどんどん独り立ちして、大人になっていくのを見るのは嬉しいけど、でもそうしてどんどんアタシ達からから離れていくのを見るのは、寂しいよ……昔は、よく一緒の棺桶で眠ったりしてくれたのにねぇ……」
それを聞いたファルの頭には、先程のアレクの時よりも余程強烈な頭痛が起こったらしい。額を手で押さえ、その体は脱力したような状態になってしまう。そんな彼をソフィアは暖かさのこもった目で見ていたが……やがて自分の役目を思い出したのだろう。再びさっと腕を振った。
すると、彼女の影から数百匹のコウモリが湧いて出て、そのコウモリ達は一カ所に集まって合体し、一匹の大きなコウモリに。正確にはそんな形状を模した黒い扉のような物へと、変貌を遂げる。コウモリ達を媒介とした、空間転移の為の門(ゲート)だ。
「じゃ、アタシもムーアの森へ向かうから。あなた達も急いで来てね」
そう言って彼女はその扉をくぐる。それと同時に扉は再び数百匹のコウモリへと戻り、めいめいバラバラに、その場から飛び去っていった。それを黙って見届けていた二人であったが、アレクがファルを再び見ると、言った。
「じゃあ、行こうか。僕達も」
「…ええ」
そうしてファル達もまた動き出していたその頃、バッツ達4人はギードのテレポによって、ムーアの森の、その入り口に立っていた。
TO BE CONTINUED..