「アレクが……」
目の前の青年の口から語られた事実を、信じられないといった表情で反芻するガラフ。それを受けてファルはにっこりと笑い、頷く。
「以前言ったように、私達にとっては捜し物を見つける事こそが絶対に優先すべき事。その為に今は時間が惜しい時期ではあるのですが……あなた達には以前お世話になりましたし、それに無辜の民が傷付くのは気分の良い物ではありませんからね。無理を言って彼に動いてもらったんです」
と、ファル。そこにファリスが口を挟んだ。
「以前から気になってはいたんだが……お前達は、一体何を捜しているって言うんだ?」
それは彼女だけではなく、彼女達4人が共通して持っていた疑問でもあった。あれほどの力を持つ彼等がこの世界の混乱を差し置いても探し求める物とは、一体何なのか。
その質問に対してファルは、ほんの僅かに眉を吊り上げ表情を変えたが、目立った変化と言えばその程度で、その眼も表情も、普段通り、戦いの中でも変わらない穏やかな表情のまま、返答した。
「………それは……この世界を……」
そう彼がやや躊躇いがちに言いかけ、
「世界………?」
話の途中だと言うのにバッツがそれを怪訝な表情で鸚鵡返しに尋ねた、その時だった。
「!! 何だ!?」
「ひっ!?」
「下から……!?」
「一体何が……?」
全員一様に、自分達の足下から形容しがたい何か。無理に例えるなら目には見えない100万匹の蟻が体を這い上ってくるかのような、そんな得体の知れない不気味さを感じ、体を震わせる。それは今まで感じた事のないようなおぞましい感覚だった。バッツ達にとっては。だがファルは違った。彼はこの感覚を知っていた。そして知っているからこそ、彼はその全身に冷や汗を浮かべる。
「これは……ソフィアの……下で何かあったのでしょうか……」
顔を青くしながらも、冷静な声で状況を分析するファル。そう呟いた彼の言葉に、ガラフが反応した。
「下で何かあったのか……? 下にはゼザもいる、滅多な事では大丈夫だとは思うが……」
そのガラフの言葉にファルははっとした表情になり、そして言った。
「それです。言い忘れましたけど、今のソフィアは無駄な戦闘を避ける為に、エクスデスの姿に変身しているんです」
「何?」
「じゃあゼザは……」
そこまで言って、思わず言葉を切るガラフ。そこから先は、口にせずともバッツ達3人にも理解出来た。何しろガラフ達暁の四戦士にとって、エクスデスは30年来の仇敵だ。30年前の戦いだけではなく、この世界にエクスデスが復活してからも、奴の為に数え切れない程の犠牲者が出ている。そのエクスデスが目の前にいたら、ゼザがどう出るか。それは想像に難くない。
一方エクスデスの姿に変身ししているソフィアからすれば、その変身とてどちらかと言えば雑魚と戦うのがつまらないからそうしている訳で、ただでさえ普段から好戦的で敵味方の区別すら曖昧な彼女の事。目の前に立ちはだかった”強い奴”を相手に、それを敵だと判断すればどういう行動に出るか。これも容易に想像出来る。
「二人ともお互いを敵だと誤認して、戦っている……?」
ファルはその結論に達した。そして戦っている最中に、ソフィアはゼザを真の強敵だと認め、その”能力”を使おうとしている……? 全く自分の推論でしかないが、少なくともそれで辻褄は合う。彼はギリッ、と歯を鳴らした。
「もし本当に二人が戦闘に至っているのだとしたら、止めなくてはなりません……!!」
「ぐっ……」
地下では、ゼザが目の前の女から発せられる、恐ろしく強く、それでいて禍々しい波動をもろに受けて、だがしかし、それに呑み込まれまいと頑張っていた。
彼は理解していた。ちょっとでも根負けしてこの波動に呑み込まれたが最後、一瞬にして自分の命は消えて去るだろう。常人であれば良くて発狂、人によっては本当にそれだけで死に至らしめる事が出来る程の闇のパワーを、目の前の女、否、女の姿をした”何か”は発しており、しかもそれは一秒ごとに強くなり続けている。
ゼザはその闇のパワーに耐えながらも、持ち前の冷静さを以て、この敵の能力を分析していた。
確実に首を切断したというのに、即座にコウモリに変身して再生したその不死性も凄まじいが、だがそれすらもこの敵の能力の一端、氷山の一角に過ぎないのではないか? 現に今、こいつから感じる闇の力は、歴戦の戦士である自分が今まで感じたことが無い程、深淵にして強大な物。あのエクスデスですら、ここまで禍々しい”氣”を放ってはいなかった。
「化け物め……」
額から流れ出た脂汗を拭いながら、ゼザはそう毒づいた。
化け物。この相手を評価するのに、これ程適切な言葉もまた有り得なかった。人は己の理解を越える存在をえてしてそう呼ぶ物だが、この女もまた、ゼザの持つ人智を越えていた。
ソフィアはその評価を聞いて、クスッ、と込み上げてくる笑いを堪えようとした。化け物という評価に、怒ったような様子はない。そして、今にもロザリオの鎖を引き千切ろうとしているその手に、更に力を込める。
ビキッ………
彼女の力に耐え切れず、ロザリオの鎖が悲鳴にも似た軋みの音を立てる。後、ほんの僅かに引っ張るだけで、鎖は断ち切られる事になるだろう。その状態になって、彼女から感じる威圧感は更に強い物へとなっていく。その中では、ゼザですら立っているのが精一杯だった。
「さあ……ここから先はこの世ならざる者の時間……真なる魔の力、とくとご覧あれ」
まるで舞台の始まりを告げる道化の如き口調で言うと、ソフィアはロザリオを掴む手に、最後の一押しとなる力を加えようとする。その時、
『ソフィア待って下さい!! その人は敵ではありません!!』
ゼザの懐からファルの声が大音量で響いた。彼が上階から、ガラフの持っていた”ひそひ草”を通して、通信を行ったのだ。それを受けて彼女も面喰らった表情で、しばらくゼザを注視した後、ロザリオを掴んでいたその手を離した。それと同時に彼女の掌の火傷は煙を上げて瞬時に治癒し、ヒビの入っていた鎖も自己修復がなされる。
それに伴って、彼女の全身から放たれていた異様なまでのプレッシャーが消えていく。いやこれは彼女の内側へ戻っていくと言った方が正しいだろうか。完全に元の状態に戻った所で、ソフィアは呆れたように、そして心底残念そうに、言った。
「チッ、あんたもここを破壊しに来たのならそうと言ってくれれば良いのに……まあ、言わなくてもそれはそれで楽しめたから良いんだけど……」
と、微妙に気になる舌打ちをして、さっと向き直り、右手の剣の切っ先をかざす。その先には、彼女とゼザが共に破壊しようとしていた、この塔の動力炉があった。
「じゃあ、さっさと壊そうか」
途端に態度を変えたソフィアに対して、ゼザはしばらくは呆気にとられていたようだったが、やがてこの女が敵ではないと言う認識に達し、自分の目的を思い出すと、彼は剣を構え、狙いを定める。それを見たソフィアもまた、彼にに倣うようにして、腰だめに剣を構え、標的、動力炉を睨み付けた。
「行くぞ!!」
「でやっ!!」
ゼザの声を合図に二人がタイミングを合わせ、それぞれ必殺の一撃を加える。甲高い音が響いて、動力炉の隔壁に、エックス字の傷が刻まれた。それはどうやら、この機械の機能を不能にさせるには十分な威力を持っていたらしい。不気味な唸りを上げて、周囲で動いていた機械の動きが徐々に不規則に、そして鈍くなっていき、ついには完全に停止した。
「どうやらやったらしいね」
ソフィアのその言葉にゼザは頷くと、再びひそひ草を手に、ガラフへと通信を入れた。
「ガラフ、こっちは動力炉を停止させた。アンテナの破壊は頼んだぞ!!」
第8章 激戦、バリアの塔
「了解じゃ。こっちは任せろ」
ひそひ草から聞こえてきた戦友の声に、ガラフはほっと胸を撫で下ろしたような表情でそう返した。それは隣でそのやり取りを聞いていたファルも同様で、やれやれと溜息をついた。ソフィアにゼザと戦う意志がなくなった事は、下から感じる魔の気配が消えた事で明らかだったが、こうして通信を送ってくる事で、彼の無事も完全に確認出来た。取り敢えずは一安心だ。
「申し訳ありません。私の身内がとんだ粗相を……」
ペコッと頭を下げる。だがガラフはそれに対して、
「詫びている暇など無いぞ。ワシ等も急いでバリアを破壊せねば」
そう返す。一見ぶっきらぼうな反応にも見えるが、それにはこの事はもう水に流す、と言う意味が含まれている事をファルは理解していた。彼が苦笑するような表情を浮かべると、5人は一気に最上階へと駆け上り、屋上へとたどり着く。
そこはかなり大きな広場のようになっており、その中央に、天に向けてそそり立つようにして、一本の巨大な柱が立っていた。その柱には全体に肉眼でも確認できるほどに強力な魔力のエネルギーの流れが走っているのが分かった。その力の流れは上空へと登り、エクスデス城を中心とする半透明の光の皮膜、バリアに注がれている。今この時にも、このアンテナがバリアにエネルギーを送り続けているのだ。
「こいつは……想像以上だな……」
想像を越えて巨大であったアンテナを前にして、圧倒されるようにバッツが言う。確かにこの巨柱は、人間など比べものにならない程に大きい。
「どうするの? これじゃあ力で破壊するのは無理よ? それに破壊しようとしても、あのエネルギーが流れている間は迂闊には触れられないわ」
と、レナ。その妹の呟きを捉えて、ファリスが言う。
「難しく考える事なんかない。触れられないなら魔法で壊してしまえば良いんだ」
言うが早いか彼女は黒魔導士にジョブチェンジし、アンテナに向けて右手をかざす。その手には炎の魔法力が宿り始めていた。
バッツ達はこれまで戦い続けてきた中で、その魔力や力は知らず知らずの内に磨かれている。魔力一つ取っても、ファイラやケアルラぐらいの魔法なら、今の彼等は詠唱無しで放つ事が出来る。その彼女を見て、ファルは自分の記憶の中の以前の彼女達と比較し、驚いたような表情を浮かべた。
『以前私と旅をしていた時は、まだこのレベルの魔法にも詠唱を必要としていた筈……素晴らしい。素晴らしい成長振りですね……この時代に、4つのクリスタルがこの人達を戦士として選んだのも、分かる気がしますね………!?……』
そんな思考にふけっていた彼であったが、その時ふと、何か違和感のような物を感じた。
「待って下さいファリスさん」
その違和感の正体は今イチ分からないが、取り敢えず今アンテナを攻撃するのは危険、と、本能的に悟った彼はファリスを制止する。今にもファイラを撃ちかけていたファリスは「何だよ」と不服そうにして彼を見る。が、そこに、
ゴゴゴゴゴゴゴ………
不意に周囲が揺れ始めた。地震か? 5人とも体を低くして、揺れに備える。だがそれは、地震ではなかった。
「……このまますんなりとアンテナを破壊させてもらえるとは思っていませんでしたが……やっぱり、こうなりますか……」
ファルがひとりごちる。その呟きを横で聞いていたファリスが、「え?」と彼を見て、言う。だが彼はもうファリスの方を向いたりはしなかった。彼の意識は既に、アンテナに、正確にはその手前の床に向けて集中されていた。
「気を抜かないで。来ますよ!!」
そう彼が叫んだその時、ちょうどそれを待っていたかのようなタイミングで床を割り、この震動の原因が姿を現した。
「………ッ、こいつは……」
戦士として数十年の長いの経験の中でも見た事のない異形の魔物を前にして、ガラフはしかし、戦士としての本能でこいつは一筋縄では行かない強敵である事を悟る。状況を鑑みるに、こいつはバリアを破壊されぬよう、エクスデスが配置した塔の番人だ。その迫力一つ取っても、雑魚とは比べるべくもない。
その魔物は、とても小さな手足を持ち、それとは不釣り合いな程に巨大な頭部、それもその殆どが口で占められているというアンバランスな体を持っていた。寧ろ頭部に直接手足がくっついているという表現の方が的確だろう。その目は左右非対称に全身に10個近くあり、それらが一斉に5人を見詰めた。そしてどうやら彼等を敵だと認識したらしい。その魔物から感じる殺気が、急速に膨れ上がっていく。
おもむろに、その魔物が口を開いた。
「「「「「!!!!」」」」」
その中にあった物を見て、バッツもガラフもレナもファリスも、ファルでさえも一瞬言葉を失った。そこには宇宙があった。比喩でも何でもなく、本当にこのモンスターの口腔内に、作り物とはとても思えない、小さな星空が広がっていたのだ。
「これは……」
敵の攻撃は物理的な物ではなく、何か超常の力の類か? と、考えていたその時、ファルは視界の端に何かを捉えた。
「?」
常人であれば見逃してしまうだろう些細な変化ではあるが、そういった物を捉え、対応出来るように、彼の感覚は訓練されている。もう一度、今度はその何かを捉えた所を、その魔物、アトモスの口の中の宇宙の片隅を、じっと見る。すると、そこに確かに動く物が見えた。しかもその数は一つではなく、かなり多い。だが一体何が?
そう思って、視覚では十分に捉えきれない事を悟り、今度は感覚の眼でそれを見ようとした。すると、今度は驚く程良く”観え”た。
「!! いけない皆さん、避けて!!」
彼は目を見張って、叫んだ。
だがバッツ達にはファルが見ていた物が見えていないので、一瞬反応が遅れる。その一瞬の差が明暗を分けた。アトモスの口の中に広がる宇宙。そこから彼等に向けて、隕石の雨が降ってきたのだ。その隕石群は、狙いはさほど正確ではないようだが、だがそれにしても威力や物量がかなりの物だった。次々にバッツ達の周囲に隕石の弾丸が着弾し、その衝撃で彼等の体が、まるで蹴られた小石のように跳ね飛ばされる。
「きゃああっ!!」
間近に着弾した隕石。直撃こそはしなかったが、体重が最も軽いレナはその衝撃で吹き飛ばされ、危うく塔から落下しそうになる。何とか空中で体勢を整え、手を伸ばす事で、塔の縁にぶら下がる事に成功した。しかしその状態が長く続くとは思えない。未だに無数の隕石群による攻撃は続いており、その衝撃で塔が揺さぶられ、彼女の手にもその震動が伝わり、腕が痺れてくるのが分かる。
このままでは、落ちる。そんな思考が彼女の頭をもたげた時、その腕を掴まれる感覚があった。レナが顔を上げると、そこにはバッツがいた。バッツはレナの腕を掴んで、力一杯、彼女を引き上げようとする。そしてもう少しで、レナの体が完全に引き上げられようとするその時、彼の背後から、今度は完全に彼を直撃する軌道で、数個の隕石が飛んできた。
レナは「バッツ、避けて」と、叫ぶが、バッツはそれよりも彼女を引き上げる事を優先し、その手を離そうとしない。そうしている間にも隕石が迫り、もう避けられない、当たる。そうレナが思った瞬間、横合いから雷光が走り、隕石を打ち砕いた。砕けて石ころ程の大きさの欠片になった隕石が、パラパラとバッツの背中に当たる。
その時になって、ようやくバッツの力もあってぶら下がり状態を脱したレナが見ると、そこには黒魔導士の姿になったガラフとファリスが立っていた。
二人ともレナとバッツの危機と見るや、素早くその援護に回ったのである。レナは短く「ありがとう」と礼を言う。仲間達は小さく頷いてそれに応えると、再び、それぞれ背中を護るようにして、アトモスをじっと見据える。そこに、走り回って隕石弾を回避していたファルも加わった。
「何とか無事、なようですね……」
彼等を見て、少しばかり茶化すように言うファル。が、すぐさまその表情を引き締める。
「成る程、口の中に亜空間への門(ゲート)を持つ魔物……隕石の雨でもって獲物の動きを止めて、亜空間に引きずり込み、捕食すると言う訳ですか……確かに厄介、ではありますが……」
「どうするファル? こんな狭い場所では、思うように避けられない」
と、相手の能力の分析と、状況の確認を行うファルとバッツ。ここがもっと広い場所なら散開して避ける事も出来たろうが、残念ながらここは塔の頂上。広めに造られているとは言え、動き回れる範囲には限度がある。それはアトモスの行う広範囲攻撃に対して、かなりのアドバンテージとなっていた。後半のバッツの問いに、ファルは答えない。代わりに、
「来ますよ」
その一言だけを返す。するとまたしてもアトモスの中の宇宙に動きがあり、その巨大な口から無数の隕石が吐き出される。しかも怪物なりに学習能力があるのか、今度の隕石弾は彼等を囲むようにして、縦横から迫ってきていた。これでは回避する場所が無い。またその時間も、無い。
動けない彼等を囲み、押し潰すようにして隕石が次々に落下し、巨大な爆煙を上げた。
「グッグッグッ……」
これで決まりだ。あれだけの隕石に押し潰されては、到底生きてはいられまい。アトモスはそう判断したのだろう、不気味な唸り声を上げると戦闘態勢を解除し、異界へと通じる門でもあるその口を閉じようとする。そうして口が完全に閉じきった、その瞬間。
ヒュ、バババババババ!!
空気が弾けるような音が鳴り、煙の中から無数の銀色の光のラインが走る。光のラインは次々とアトモスの口に突き刺さる。光の線に思われたのは、銀色に光り輝く短剣だった。
「ギッ……!??」
アトモスの眼が大きく見開かれた。これは人間で言う驚きに当たる動作だ。今の隕石弾によってバッツ達を仕留めたと思っていたアトモスにとって、反撃が来る事など全くの想定外。故に無防備な所に突き刺さった。その眼のいくつかが、眼前にある隕石の積み重なった山に向けられる。
するとその山の微かな隙間から光が漏れ出し、それは一際強く光り輝くと、周囲の隕石を全て弾き飛ばした。
そしてその下から現れたのは、ほぼ無傷と言っていい状態の5人だった。勿論、何の対策もせずに降り注ぐ隕石の雨を受けてはこうは行かない。あの瞬間、バッツ達にはもう迫り来る無数の隕石から身を守る術は残されていなかった。だが、ファルにはあった。
「これは……」
バッツが自分達の周囲にある物を見て、驚いたような声を上げる。
彼等の周囲には、札、いや本のページに近いかも知れない。数多の護符が浮かんでいた。そこには彼には解読する事は出来ないが、何やら難しい呪文のような文字がびっしりと書き込まれており、それらがまるで紙吹雪のように、彼等の周囲を包んでいたのだ。そしてそれに沿うようにして、淡く光り輝く障壁がドーム状に形作られており、これが先程の隕石の雨から、彼等を守ったのである。
「……人間である私は、純粋な力ではアレクやソフィアには遠く及びませんからね。それを補い、肩を並べて共に戦う為に、様々な技術を習得しているんです………こんな風に!!」
彼がそう叫び、手を一振りすると、次の瞬間には両手に十数本の短剣が握られていた。間髪入れず、それを全て、アトモスに向けて投げつける。それらは一本一本がまるで意志を持っているかのような複雑な軌道を描き、なおかつ、先程と同じく銀色の光線にしか見えない程の速度で、全てアトモスに命中、突き刺さった。
「グググ……」
戦闘がまだ終わってはいない。それを漸く認識し、アトモスは再びその口を開こうとするが、だが、既に遅すぎた。いつの間にかその口を開く事はおろか、その場から身動きする事も出来なくなっていたのだ。ファルの放った短剣は、閉じた状態のアトモスの口と両手両足を貫き、最大にして唯一の武器とその動きを封じる事に成功していた。
「相手の武器を封じる事は、戦いの鉄則。今です!!」
ファルが片手を振る。すると今まで5人の周囲に滞空し、風などまるで関係無きが如くに浮遊していた護符が、弾かれたように飛び散った。それと同時に障壁も解除される。すかさずバッツ達が飛び出して、それぞれジョブチェンジして、最大の攻撃を繰り出そうとする。
「行くぜ、これで決める!!」
「バッツ、タイミングはワシに合わせろ!!」
ナイトにジョブチェンジしたバッツが剣を振りかぶり、ガラフもバーサーカーとなり、斧を大上段に構えながら、身動き取れないアトモスへと突進する。二人の同時攻撃によってアトモスの頭部が砕けた。二人は反動を利用し、素早く跳んで距離を取ると、後ろを振り向く。そこには、
「レナ、あの傷口を狙う、やれるな?」
「はい、姉さん」
黒魔導士にジョブチェンジしたファリスとレナが、既に魔法を放つ態勢に入っていた。
「「地の底に眠る星の火よ、古の眠り覚まし、裁きの手をかざせ!! ファイガ!!」
詠唱を終えた二人の掌から、灼熱の炎、いや、既に炎というレベルを越えた熱光線が放たれ、バッツとガラフの攻撃によってつけられたアトモスの傷口へと、突き刺さった。それはすぐさま傷口からアトモスの全身に周り、その体を浸食する。
「グオォ………」
ファルの短剣によって口を縫いつけられているのでくぐもった声しか出せず、それでも断末魔の絶叫を上げ、アトモスの体は崩壊を始めていく。まだ何とか助かろうと滅茶苦茶に体を動かすアトモス。その時、右手の動きを縛っていた短剣が、その力に耐えきれずに抜ける。バッツ達は思わず身構えるが、さしもの魔物もそこが限界だったらしい。グラリと崩れ落ち、その拍子でアンテナをも倒してしまった。
アンテナが倒れると、今までは天空に放たれていたエネルギーが途絶えた為、上空にうっすらと見えていたバリアも消滅する。
ガラフは急いで懐からひそひ草を取り出すと、地下のゼザへと通信を入れた。
『ゼザ、聞こえるか、アンテナは爆破したぞ』
地下ではゼザの持つひそひ草から、ガラフの声が大音量で響いていた。だがそれすらも、動力炉に鳴り響く轟音によって掻き消される。今の動力炉は、今まではアンテナへと送られていたエネルギーが行き場を無くし、それがこの動力炉に再び戻り、一種の暴走状態となっているのだ。
彼の横にいるソフィアは、この状態を楽しそうな笑みを浮かべて見ている。
ゼザは、恐らくはここが破壊されると自動的に閉じるよう、前もって仕掛けられていたのだろう、今は閉ざされた、この動力室の唯一の出入り口を見て、そしてひそひ草に返事を返した。
「ああ……聞こえている。こっちは脱出は無理だ。お前達は急いでここを離れるんだ。もうすぐ、この塔が爆発崩壊するぞ」
「なっ……」
戦友から返ってきたその返事を聞いて、ガラフは絶句した。馬鹿な。脱出は無理だと? この塔がもうすぐ崩壊する? では、動力室にいるゼザはどうなる?
彼はその言葉を信じまいと頭を振るが、だが、その刹那、震動が彼等を襲う。それがゼザの言葉が紛れもない真実である事を、裏付けていた。
「クオオオーーン」
そこに、耳慣れた鳴き声が聞こえてくる。飛竜だ。クルルの飛竜が、野生の感覚で彼等の危機を察したのか飛んできたのだ。そして飛竜がここまで来れた事が、バリアの消滅の何よりの証拠だった。レナが飛び移ろうと言うが、ガラフはその手に握るひそひ草に向かって、大声で怒鳴る。
「待ってろ、今助けに行く!!」
『駄目だ、来るな!! 俺も後から行く!!』
「やめろ、死ぬ気………」
まだガラフが何か言おうとした時、ファルが横からひそひ草をひったくった。そしてひそひ草に向かって、言う。
「ソフィア、聞こえていますね?」
ややあって、返事が返ってきた。こちらの声はゼザのように覚悟を決めたような悲壮感も無く、まるで今日の夕飯の献立について話してでもいるかのような、穏やかな声だ。
『ああ、聞こえているよ。どうやら面倒な事になったようだねぇ』
「当初の予定を変更しましょう。あなたは後で私達が拾いに行きます」
『出来るだけ早く頼むよ。アタシは狭い所はあんまり好きじゃないんだから。じゃ、交信終わるね』
あくまで日常会話のようなやり取りがあった後、一方的にソフィアの方から通信が切れた。ファルは通信の役目を終えたひそひ草を荷物の中に仕舞うと、未だに納得の行かない、と言う表情のガラフに言った。
「ゼザさんの事は心配要りませんよ。ソフィアがついてる。必ず二人とも助かります」
ガラフはそう軽い調子で言うファルを、じっと睨み据える。彼はその中で一つの事に気付いた。この青年の目には一点の不安の翳りも無い。それはつまり、ソフィアを信頼しきっていて、そして信じているのだ。自分の仲間がこの程度で死ぬ筈が無いと。ならば、信じよう、自分も。短い間とは言え共に戦った、この戦士の言葉を。ガラフは心を決めた。
「よし分かった。急いでここを離れるぞ」
ガラフがそう言うと、レナ、ファリス、バッツと、次々に飛竜の背中に飛び乗っていく。ガラフも飛び乗り、最後の一人となったファルも続いて飛び移ろうとするが、走り出した所で、何の出っ張りも無いのに転倒してしまう。が、すぐに立ち上がると跳躍し、飛竜の背中に着地した。そうして5人乗った事を確認した飛竜が上昇を始めた時、塔があちこちから爆発を起こし、崩壊を始めた。
「脱出は不可能、だね。壁抜けも試してみたけど、どうやらここは魔導で閉ざされているらしい………あんた、知ってたのかい? こうなる事」
崩壊が進み、次々と落下してくる天井や爆発する機械の破片をかわしつつ、張り付いたような笑みを浮かべ、ソフィアは隣の、全てを諦めたかのように腰掛けているゼザに言った。剣士はそう問い掛ける彼女に、達観したような笑みを向ける。
「勿論、知っていたさ……だからこそあいつらをここにやる訳には行かなかった。ガラフ、バッツ、レナ、ファリス。クリスタルの欠片に守られし、新たな4人の戦士に全てを託す。打倒エクスデスも、この世界の未来も……俺は最初からそのつもりでここへ来た」
そうして一息付いて、ゼザはソフィアの目を見た。
「最後に、お前のような強者と戦えた事は……あの世へ行っても自慢出来そうだ。済まないが付き合ってくれるか……? もうすぐ終わりが来る……二人で死ぬのも、悪くはないかも知れん」
もう自分達が助かる術は、生き残れる可能性は、絶無。それを悟ったゼザが、自嘲気味に呟く。だがソフィアはそれを受けて、先程までの笑顔から一転、失望したかのような表情を彼に向けた。そしてその表情同様、不機嫌さを隠そうともしない声で言い放つ。
「はん、アタシはこんな所で死ぬつもりはないよ。ファルが成人して、あの子を妻として娶り、そしていずれは生まれるだろう二人の子供を見るまでは、死んでも死にきれないからね……まあ、もう既に死んでるけど」
最後の方はゼザには聞こえないように、小声でぼそっと呟く。
「それに……何も彼等だけが、クリス……!!」
更に彼女が何かを言いかけた時、大規模な崩落が起こり、同時に周囲の機械が一斉に爆発し、炎と瓦礫が全てを呑み込んでいった……
バリアの塔の一つが破壊され、その塔は崩壊し、後に残っていたのは只の瓦礫の山でしかなかった。
その瓦礫の山から少しばかり離れた所に、飛竜はゆっくりと高度を下げ、着陸する。バッツ達5人はその無惨な破壊の跡の中を歩き始めた。ファルの言葉を信じるのなら、ソフィアがどういう手段でかは分からないがゼザを助け出している筈だが、しかしこの惨状を見る限り、ここには人二人どころかネズミ一匹生き残っている気配が感じ取れなかった。
「おい、ファル……」
流石に不安に思ったガラフが、どうやって二人が助かっていると言うのか、それを先刻断言した青年に問い詰めようとする。すると青年は何も言わずに右手を上げると、底に魔力を集中させ、ファイラの魔法として撃ち出した。炎が瓦礫に突き刺さり、その周りの瓦礫ごと木っ端微塵に吹き飛ばす。
突然の魔法発射に驚いていた4人だったが、ファルが、
「さあどうしたんです? 二人を助けたかったら、まずはこの瓦礫をどかさなければ」
そう言って次々と瓦礫を壊し始めると、まだ納得の行く説明など何もされていないが、殆どその勢いに押し切られる形で、黒魔導士にジョブチェンジ。彼に倣って次々と瓦礫を黒魔法で吹き飛ばし、粉砕していく。しばらくそうしていると、バッツが「おい、ここに何かあるぞ」と声を上げた。他の4人もそれを受けて集まると、彼の見つけた物に目を向ける。それは、
「これは……棺桶?」
と、レナ。そこにはかなり大きめの、光を呑み込むような漆黒に染め上げられた棺があった。
4人は何でこんな所にこんな物が? と、完全に虚を突かれ、また棺という死を象徴する物を見て、不気味さを感じている自分を隠せなかった。そこに、ファルが臆する事なくその棺に近づき、その蓋をまるでドアをノックでもするかのような調子でコンコン、と二、三度軽く叩き、
「もう上に乗っかっている瓦礫はどかしました。出てきても大丈夫ですよ」
と、言うと。
ギギギ………
軋むような音を立てて、棺の蓋が内側から動いた。
「「ひっ!!?」」
これでは昔父や母から寝る前に聞かされた、吸血鬼の伝説の一節のようではないか。それを思い出し、幼い頃抱いた伝説の魔物への恐怖が蘇ったのか、バッツとレナは、それぞれ最も手近にいた者の体に、思わず抱きつく。つまりはお互いの体に。ファリスとガラフも、まるでオカルトのような光景に、言葉を失っていた。
そして棺の蓋が完全に開き切り、ありったけの闇を注ぎ込んだかのように暗い、その中から姿を現したのは、
「いやあ、やっぱり外は良いねぇ。いくら寝床とは言え、こんな暗くて狭い所は気が滅入るよ」
「まさか生きながらに棺桶の中に入るとは。こんな経験は中々出来る事ではないな」
気持ち良さそうに背伸びをするソフィアと、体のあちこちに手傷を負ってこそいるが、それでも致命傷は殆ど受けていないゼザの姿であった。彼の姿を認めたガラフは、思わず飛び出して、友と抱擁を交わす。ゼザもまさかこうして再び生きて、ガラフと会えるとは思っていなかった為、驚きを隠せないと言った表情だったが、快くそれに応じる。彼としても、喜びを隠すつもりも、またその必要も無かった。
「ふう、アタシが枕が変わると眠れないのが幸いしたね。秘術でこの棺を召還し、シェルター代わりにして爆発をやり過ごす事が出来た」
「お疲れ様です。今日はこのまま休んだ方がよろしいのでは? お日様の下では、あなたは気分が良くないでしょう?」
「なあに、アタシにとって太陽の光は大敵じゃあない。無論大嫌いではあるけどね」
と、こんなやり取りをかわすソフィアとファル。この二人、中々近寄りがたい雰囲気を醸し出していたものの、何とかその空気を突破するようにして、ファリスが声を掛けた。二人とも彼女の方を振り向く。ファリスは思わず腰が引ける自分を認識しつつ、だが戦いの時に使う物とは別の勇気を出して、尋ねた。
「……お前等は…本当に何者なんだ?」
それは失礼な質問であったかも知れない。それを受けて、座っているファルと、未だに下半身は棺の中のソフィアは目を見合わせた。ファルは分からないがソフィアはその瞳を見る限り、この質問に対して執着などは無いようだった。「良いんじゃない? 話しても」言葉にするなら、そんな感じの眼だ。ファルもそれに頷き、姿勢を正してファリスに向き直る。
その彼の態度から、これからする話が、かなり重要な物である事がファリスには感じられた。彼女は一度大きく息を付き、呼吸を整える。
刹那。
彼女の体を浮遊感が襲った。この感覚、これに近い物を以前にも彼女は感じた事があった。飛竜の谷で、バル城への空間転移をソフィアに掛けられた時だ。しかし、目の前のソフィアも、流石にこれには驚いた表情を浮かべていたので、これは彼女の仕業ではないらしい。
ファリスががはっと気付いて後ろを向くと、既にバッツ、ガラフ、レナの3人にも同様に、その魔法が掛けられているらしかった。珠のような物に包まれて、空中に浮き上がっていく。一体何が? そう思う暇も無く、4人の姿はこの場から消滅した。
後に残された3人、ソフィア、ファル、ゼザは戸惑いながらも、状況を分析しようとする。
「ファル、今のは……」
「召還魔法と時空魔法を組み合わせ、応用した術ですね。離れた場所にいる者を、瞬時に己の元へと呼び寄せる……しかし魔力は感じなかったから、術者からは相当な距離が離れている事になります。しかもそこから、1人や2人ではなく4人を同時に拘引するとは……これ程高度な魔法を使える者が、まだこの世界に……」
感心した表情を見せる二人。そこにゼザが口を挟んだ。
「……それほどの大魔法が使える者と言えば、一人しかいない……」
二人とも、それを聞いてゼザを振り向く。
「そう……あの御方は……」
気が付くと、バッツ達は水の流れる、静かな空間の中に立っていた。テレポに似た感覚だったが、今回はソフィアの時のように高さにズレがあるという事もなく、無事に床に足がついていた。そこにいた者は、ガラフとファリス、それに未だに抱き合ったままのバッツとレナに声を掛ける。その声は大きくはなく、穏やかながらも、静かな威厳があった。
「一人を除いて初めてお目にかかる。ようこそクリスタルに選ばれし戦士達よ。ワシの名はギード。賢者ギードとも呼ばれておるよ」
声の主、人間程もある大きな亀は、そう名乗った。
TO BE CONTINUED..