レナの殆ど捨て身と言って良い行動によって、飛竜はその命を取り留め、そして回復した飛竜の背に乗って、4人はサーゲイト城の艦隊が停泊しているという、エクスデス城の東の沖を目指していた。
サーゲイト城は、バル城と並んでこの世界において強力な軍隊を持つ拠点であり、特に海軍の力を世界に誇っている。
手紙に書かれていた現在の状況は、時折バリアの内側からエクスデスの配下のモンスター達が攻めてくるが、そのどれもが少数で、エクスデスはサーゲイト軍の力を測っているのだろう。というのが、艦隊指揮官であるゼザ王の意見だった。
だが少数の部隊を使って戦力評価をしているという事は、近い内に大規模な攻撃が始まる可能性も、また否定出来ない。故にガラフ達は急ぐ必要があった。飛竜はその翼を一杯に広げて風に乗り、一気にエクスデス城の方角へと飛ぶ。
そんなガラフやバッツ達の与り知らぬ所、飛竜の谷の北東、大陸から離れ、ぽつんと浮かぶ島があった。
大人の足なら30分もあれば一周出来るぐらいの小さな島は、そのちょうど中央の部分に古びた小さな祠があるが、それ以外は一見すると、それはどこにでもある無人島にしか見えない。
しかしその島がただの無人島ではないと言う事は、見る者が見れば瞬時に悟った事だろう。
何故なら、その島のちょうど真上には、白銀の鎧を纏った巨漢の魔導士、エクスデスが浮遊していたからである。頭をすっぽりと覆う形の兜に隠されて、エクスデスがどのような顔をしているのかは分からない。しかしエクスデスは悠然とその島を見下ろし、そして、
「ファファファ……我の征く道に立ちはだかる者は、皆死ぬ事になる……」
楽しそうに笑うと、さっと手をかざし、魔力を集中させる。
エクスデスの全身からどす黒いオーラが吹き出し、それは周囲の自然にすら影響を与えていく。
小鳥たちはさえずる事を止め、近くの島の獣たちは我先にと少しでもエクスデスから離れようとし、それが出来なければ木の陰に隠れる。数分前までは穏やかな凪の海だった海面は、今は嵐の只中のように荒れる。そしてエクスデスの周りに、周囲の大気が集まるようにして動き出す。
だがこれ程の天変地異ですら、序曲に過ぎない。
これはエクスデスが魔力を集中する過程での出来事でしかないのだ。
そうして十分に自らの魔力が活性化し、これから行う事を達成する事が出来るレベルまで高まった事を確信したエクスデスは、その両腕を高く掲げた。すると、
ゴゴゴゴゴゴ………
不気味な地鳴りと共に眼下の小さな島を中心として局地的な地震が起こり、その島は徐々に海中に沈み始める。
「ククク……これであやつらに何らかの情報が渡る事も無い……」
目的が達せられた事を確信したエクスデスは、含み笑いをした。
今まさに海中に没しようとしている島には、賢者ギードがいる。
奴は700年の時を生きる賢者であり、エクスデスが部下に集めさせた情報によると、自分が封印されていた世界、あちら側の世界のクリスタルが砕ける事を予言したのもギードであるという。すると、あるいは奴なら自分の弱点となる物を握っているかも知れない。エクスデスはそう考えたのだ。
何しろ相手はその評判に間違いがなければ、自分が”エクスデス”としてこの世界に存在するよりずっと前からこの世界に存在してきた、この世界の生き字引と言っても過言ではない存在なのだ。楽観すべき事ではない。ならばそのような禍根は、さっさと断ち切っておくに限る。
そんな風に考えを巡らせている間にも、島全体を襲う地震は激しさを増し、島は海中へと浸かる面積を、徐々に大きくしている。もう少し、もう少しだ。後ほんの少しで、全てが完了する。その結末を、今か今かと待ちきれないかのように、その全身に纏った甲冑が音を立てる。
しかし次の瞬間、島を襲っていた揺れがピタリと止まった。
「……? な……に…?」
エクスデスは首を傾げるような動作をした後、確かめるようにして、その両手を、再び島に向ける。そして自分の中に残っていた魔力を、再び地震を起こさせるべく、解き放つ。だが今度は島はおろか、周囲の自然にさえも何の変化も無かった。
一体何がどうしたと言うのだ? これ程に驚き、そして混乱したのは生まれて初めてかも知れない。だがあくまで冷静に、と己に言い聞かせ、精神を落ち着かせると、今度は自らの中の魔力の流れに意識を向ける。
「………」
どうやら急に自分の中から魔力が無くなった訳でも、魔力を外部に向けて放つ能力が失われた訳でもないらしい。自分の中では先程までと同じく、魔力が活性化し、それが外部へ向けて放たれているのが感じられる。と、すれば、急にその効力が失われた原因は外部にあると言う事になる。
何者かが自分の放った魔力を中和しているのだ。
そうエクスデスが結論した時、それを確信させる出来事が起こった。
「こ、これは……」
何と半分海中に没していたギードの住まう島が、浮上を始めたのだ。無論こんな事をエクスデスが望む筈もないので、これで完璧に外部の何か、恐らくは何者かが、自分の邪魔をしていると言う事は決定的となった。しかし一体何者が?
真っ先に頭に上がるのは、この島の住人である賢者ギードだが、しかし祠からは何の魔力も感じなかった。故にギードの可能性は消える。次にガラフ達かとも考えるが、奴等は今頃は自分の居城に向かっている筈だ。よってその可能性も却下。次に頭に思い浮かぶのは、あのエクスデス城で出会った二人の小僧。確かにあの二人からは今まで自分が感じた事の無い、得体の知れない威圧感を覚えたが、だが、その彼等の気配もこの近辺には無い。
『では一体何者が……?』
そうエクスデスが考えた時、周囲に蜘蛛の巣のように張り巡らせていた魔力が、共鳴するようにして別の大きな魔力を捉えた。
これだ。間違いない。エクスデスは確信した。この魔力の持ち主こそ、今自分の邪魔をした者に違いない。その直感のままに、エクスデスは巨大な魔力の弾丸を生み出すと、その魔力の持ち主を探知した場所、近くの岬の突端へと放った。
ドオオオオオン……
漆黒に輝く球体が大地に突き刺さり、巨大な爆煙を上げる。
「やったか……?」
エクスデスは滞空したまま目を凝らす。だがしかし次の瞬間、
ドォン!!
「なに!!」
その爆煙のヴェールを突き破るようにして、金色の光を放つ魔力の弾丸が、エクスデスに向かって飛んできた。その威力と密度は自分の放った物と同程度か、あるいはそれ以上、しかも速い。エクスデスは驚愕しつつも、空中でその体を捻り、弾丸を避ける。避けられた弾丸はそのまま進み、上空へと消えていった。エクスデスはすぐさま体勢を立て直し、今反撃が飛んできた場所へと、更に攻撃を加えようとするが、
「……!! 逃げられたか……」
それを感じ、かざした手を下ろした。
先程までは目を閉じていても分かる程に強く感じていた強大な魔力は、今は欠片も感じられなくなっていた。恐らくはその持ち主はテレポか何かで、この場から瞬時に離脱したのだろう。それよりも驚くべきは、自分の放った攻撃を受けて即座に反撃を返してくる、その強大な魔力だ。それ程の魔力の持ち主が、自分以外にこの世界に存在していたとは。
「ここは一時退くべきか……」
エクスデスはそう呟くと、自分もテレポを用いて、そこから姿を消した。
二つの力がぶつかり合った後には、何事もなかったかのように元の静けさを取り戻した海に、小さな島が変わりなく浮かんでいた。
第6章 洋上の戦い
「異常は無いか?」
エクスデス城の東の沖に展開している、数十隻の軍艦からなるサーゲイトの艦隊の中で、一際大きな、国王の旗を掲げた旗艦の甲板で、甲冑を身に纏った中年の男が、部下に話しかけた。
男の全身からは決して威圧的ではない、だがそれでいて側にいるだけで体が引き締まるようにも感じられる、高貴さと威厳を兼ね備えたオーラが放たれており、その動きには一分の隙も無い。王として、そして一介の剣士として。その双方の特徴が、その男の佇まいからは感じられた。
彼こそはゼザ王。30年前、ガラフやケルガー、そしてバッツの父親であるドルガン達と共にエクスデスと戦った、暁の四戦士の一人である。彼に話しかけられた兵士は背筋を伸ばして敬礼すると、
「はっ、異常ありません!!」
と、大声で返事をする。ゼザはその兵士に対してねぎらいの言葉をかけると、別の兵士と、何やら相談を始めた。そして数分が経ち、ちょうどその兵士から報告を聞き終えたのと前後して、見張りの兵士の一人が叫んだ。
「エクスデス城の方から、飛竜が一匹飛んできます!!」
その知らせを受けて、弓兵達は次々に矢を番え、弦を引き絞ると、向かってくる飛竜へと狙いを定める。ゼザも望遠鏡を使い、こちらへと向かってくる飛竜の姿を確認した。が、エクスデスの攻撃にしては、その様子がおかしい事に気付いた。
たった一匹で飛んでくると言う事にそもそも違和感を感じていたが、その飛竜あまりにも真っ直ぐに、こちらへと向かってくる。もしこの船団に攻撃を仕掛けようとするなら、もう少しこちらが狙いを付けられないように、ジグザグに動いたりしても良い筈なのに。
そう思ったゼザは目を凝らしてみる。すると、先程より距離が縮まった事もあって、その飛竜の特徴がはっきりと見て取れた。そしてその背中に乗っている人物も、良く見えた。
「……ガラフ!! あれは敵ではない、矢を下ろせ!!」
ゼザが命じると、兵士達は慌てて言われた通り矢を下ろした。飛竜は悠然と船団の中央、ゼザの乗る旗艦の上空へと達すると、そこからゆっくり下降を始める。旗艦はとても大きく、飛竜が着陸するにも十分な広さがあった。
そうして飛竜が完全に着陸し、広げていた羽根を畳むのとほぼ同時に、ガラフはその背中から飛び降りていた。ゼザも駆け寄ってきて、二人は抱擁を交わす。これだけのやり取りでも、この二人の絆を見て取る事が出来た。
「久し振りじゃの!!」
「待っていたぞ、良く来てくれたな」
ゼザはそう言うと、ガラフの肩越しに、飛竜から降りてきた3人、バッツ、レナ、ファリスを見て、
「彼等は?」
と尋ねる。ガラフは頷くと、バッツ達の紹介を始めた。ぱっと見ただけでも、彼等が歴戦の強者だと言う事が、ゼザには分かった。またそうでなくてはガラフが連れてくる筈もない。それはバッツ達も同じで、既に体力的には下り坂であろうゼザから、未だに底知れない力が湧き出ているように感じていた。
「剣士ゼザでございます」
3人の紹介が終わった所で、ゼザは踵を揃えて、礼儀正しくバッツ達に一礼する。それは年の差など些末な事ですらなく、彼等を対等な存在だと、彼自身認めたからでもあった。そんなゼザにガラフが横から、「ゼザ王じゃないのか?」と、からかうように言うが、
「いやあ、どうも王というのは性に合わんよ」
それに対して、そう、豪快に笑いながら返すゼザ。ガラフも「確かに、わしもじゃよ!!」と、こちらも豪快に笑う。そんな二人に対して、バッツ達は少々置いてけぼりを喰らっているようではあった。そうして談笑していたゼザとガラフであったが、ガラフの方が真面目な顔になって、戦友に問い掛ける。
「それで、エクスデス城を攻撃するのに、何か有効な手段でもあるのか?」
と、ガラフ。途端にゼザの方もその表情を引き締める。
「ウム、手は打ってあるが、実行するにはもうしばらく時間が必要だ。ここまで来るのに飛竜に乗りっぱなしで疲れているだろう。今はゆっくり休め」
ゼザはそう言って、側にいた兵士の一人に声を掛けると、バッツ達を下の船室へと案内するように言った。兵士はその命令にも敬礼して返すと、バッツ達に向き直り、きびきびとした態度で、彼等を案内した。
通されたのは、流石に軍艦の中という事で、無駄な豪華さや装飾品などとは無縁の、質素な感じのする部屋だった。バッツ達はそこにあったベッドや椅子に腰を下ろすと、それぞれ武器の手入れや、座禅を組み、精神を研ぎ澄ます作業に入る。
そうしている間にあっという間に時間が経ち、取り敢えず今は体を休めておくべき、というガラフの意見もあり、一同はベッドに入り、体を休めた。
それから数時間ほどの時間が経った頃、にわかに外が騒がしくなってきた。この船室は下の方にあるので、外からの音などは伝わりにくいが、バッツ達が飛び起きるには微かな物音でも十分だった。ちょっとした変化にも対応出来るよう、彼等の感覚は訓練されている。
耳を澄ませると、「魔物だーっ!!」「敵が攻めてくるぞ!!」と言った兵士達の怒鳴り声に混じって、剣戟の音や、魔物の咆吼などが聞こえてくる。4人は互いの顔を見合わせて、そして頷くと、それぞれ武器を手に、船内の階段を駆け上がっていく。
甲板へと通じる扉を開けると、そこは既に戦場となっていた。
兵士達は手に手に武器を取り、船に乗り込んできた魔物達と戦いを繰り広げている。見上げてみると上空にも翼を持つ魔物が飛び交い、弓兵達が次々に矢を放ち、応戦している。今の所形勢は五分と五分のようだ。バッツ達は再び顔を見合わせると、誰が指図せずとも、バッツとガラフ、レナとファリスの二人一組に分かれて、迎撃に回る。
「レナ、お前は援護に回ってくれ。空から来る魔物は俺が相手する」
ファリスはそう言うと、クリスタルの力を借り、狩人へとジョブチェンジする。そして一度に数本の矢を番え、放つ。放たれた矢は、どの一本も外れる事無く、正確に上空の魔物達の急所に命中した。
一度に数匹の魔物を落としたファリスを見て、兵士達は歓声を上げる。
そんな声を耳のどこかで捉えつつも、ファリスは次の矢を番え、狙いを定めようとする。だが、魔物達も知性の高い物ばかりではないが、それでも本能で危険は察する。仲間達が一度に数匹も墜とされたのを見て、激しく動き始めた。これではいかな名手と言えど、命中させる事は難しい。
そう、並の名手なら。
しかしファリスは並ではなかった。彼女は矢羽根の一部を噛み千切ると、まるっきり見当外れの方向へと矢を放つ。これにはそもそも避ける必要など無いと本能で悟ったのか、上空の魔物は旋回しながら、彼女の方に向かう。
が、その時、空中を舞っていた魔物達に、次々と矢が突き刺さった。これは勿論ファリスの放った矢だ。ファリスは直線的に放っても魔物達を射抜く事が難しいと考え、矢羽根を千切る事で矢の軌道を変え、曲線の軌道で射たのである。だがこれは、如何にクリスタルの力を借りているとは言え、レナやバッツ、ガラフには真似する事は出来ないだろう。だがファリスには出来た。何故なら。
「伊達にガキの頃から海賊をやってないからな。風の流れを読むぐらい朝飯前だぜ」
そう言って、更に次の矢を番えようとするファリス。しかし彼女は気付いていなかった。撃ち落として甲板に落ちた魔物が、まだ弱々しいながらにも息をして、動いていた事を。その魔物は爪を尖らせると、背後からファリスを襲おうと飛びかかる。だが、その爪がファリスの体を引き裂く事はなかった。
「グオオオオ!!」
絶叫を上げる魔物。ファリスを襲おうとした瞬間、その全身が燃え上がったのだ。
「油断大敵よ、姉さん!!」
と、魔物を倒し、黒魔導士にジョブチェンジしたレナが言う。ファリスはばつの悪そうな顔で妹の言葉に頷くと、互いに背中を預けるようにして、戦う姿勢を取る。ファリスは弓矢で、レナは黒魔法の息の合ったコンビネーションで、次々と魔物を仕留めていく。
こうして彼女達の奮闘によって、上空の魔物はかなりの勢いで、その数を減らしていった。
船上での戦いでも、クリスタルに選ばれた戦士であるバッツとガラフ、そしてかつての暁の四戦士であるゼザの力は、際立って映った。
ゼザがその長剣を振り回すと、斧を構えていた人間型の魔物達が、まとめて数匹ずつ、紙のように斬れていく。バッツとガラフも彼に負けじと、バッツは侍に、ガラフはナイトにジョブチェンジして、目に映る魔物を片っ端から切り裂いていく。
背後から襲いかかってきた魔物を股間から頭へ、振り上げるように繰り出した一撃で真っ二つにしたゼザが、バッツとガラフに向けて、怒鳴った。こうでもしなければこの怒号の飛び交う戦場の中で、相手に声は届かない。
「ここは俺一人で十分だ。お前達は隣の船を助けに行ってくれ!!」
そう言われて二人が目をやると、成る程、隣の船でもサーゲイトの兵士達が、魔物を相手に猛戦している。そうしている間にも、新たな魔物が現れ、ゼザはそいつと戦い始めた。
加勢に行くか? とも思ったが、ここはゼザの力を信じ、バッツ達は隣の船へと飛び移った。そして着地するのを待たずして、刀と剣を振り、当たるを幸い魔物達を斬り倒していく。
二人の参戦によって、この船での兵士達の体制も整った、かに思われた。だが、
「ぎゃあーっ!!」
兵士の悲鳴が聞こえ、僅かな間があって、バシャーン、という水音が聞こえてくる。今、声が聞こえてきたのは舳先の方だ。バッツとガラフはそちらに目をやる。見えたのは、倒れ伏した数人の兵士達の姿。そしてその先、この船の舳先に悠然と立つ、見慣れた甲冑の背中だった。その男の右手には、今も兵士を斬り捨てたのだろう、血糊の付いた刀が握られている。
その背中に、バッツ達は見覚えがあった。同時にその男の強さにも。
警戒するようにして、バッツは左から、ガラフは右からと、追い詰めるようにして、ゆっくりと近づいていく。
舳先に立つ男は、ヒュッヒュッ、と剣を振り、付いた血を払うと、唐突に歌い始めた。
「青〜い空〜、広〜い海〜」
お世辞にも上手いとは言えない歌だ。しかも語呂が悪い。少々拍子抜けな気分を味わいつつも、これでバッツは確信していた。この脱力感。これは間違いなくあいつだ、と。
「こんなに良い気分に浸っている私を邪魔するのは………誰だ〜〜〜〜!!」
叫びながら振り向き、右手の剣を振りかざして襲ってくるのは、バッツの予想通り、ヘンな剣士、ギルガメッシュだった。
「やっぱりお前か!!」
「腐れ縁という奴にも限度があるぞ!!」
悪態をつきながら、二人は武器を構える。ギルガメッシュもそれに応じて、右手に持っていた剣ともう一つ、別の剣を左手に持つと、二刀流で襲いかかってきた。バッツとガラフも、それぞれ左右から同時に攻める。四つの刃がぶつかり合い、甲高い音を響かせる。
「やっぱりやるな!! そうこなくては!!」
ギルガメッシュはそう不敵に言い放つと、怪力で二人を弾き飛ばし、両手に持った剣を、左右まるで別の生き物のように振り回し始めた。こいつは二刀流も使いこなしている。
その独特の言動や仕草によって誤魔化されがちではあるが、強い。バッツはそれを改めて認識した。
ギルガメッシュは再び攻撃を仕掛けようと、距離を詰めようとするが、横から飛んできた火矢がそれを阻んだ。上空の魔物をあらかた片づけたレナとファリスが、この船に乗り込んできたのだ。これで状況は4対1。だがギルガメッシュは怯むでもなく、再び間合いを詰めると、バッツと激しく斬り結ぶ。
二人の腕前はほぼ互角と言って良かった。
ギルガメッシュが振るう二刀をバッツはかろうじてかわすと、そのまま凄い速さで懐に飛び込み、袈裟掛けに一撃を繰り出す。が、ギルガメッシュも然る者、素早くバックステップすると、次の瞬間にはそこから助走によって加速を付けるようにして前進し、その勢いのままに再びバッツと剣を打ち合わせる。
ガラフ達は、その戦いに割って入る事が出来なかった。両者の位置がめまぐるしく入れ替わっている為、下手に攻撃魔法を撃ってはバッツに当たるし、かと言って接近して割り込むにしても、中々その隙が見つけられない。その時、
ギィン!!
先程とは少し響きの違う金属音を立てて、バッツの刀が、折れた。先程までの激しいぶつかり合いで、刀の方がそれに耐えられなかったのだ。ここぞとばかりにギルガメッシュは距離を詰めようとし、逆にバッツは一旦距離を置こうと後ろに跳ぶ、が、
「あっ……?」
思わず間の抜けた声を出してしまうバッツ。悪い時には悪い事が重なるもので、後ろに跳んだバッツは、そこにあった出っ張りに足を取られ、転倒してしまったのである。この状況は、バッツにとっては絶体絶命の苦境であり、逆にギルガメッシュにとっては千載一遇の好機。それを逃すまいと、ギルガメッシュは左手の剣を大きく振りかぶる。
レナは急いで黒魔法を唱えようとし、ガラフとファリスは飛び出し、ギルガメッシュの攻撃を止めようとする。だが間に合わなかった。ギルガメッシュの剣が、バッツに向けて振り下ろされた。レナは頭から真っ二つにされるバッツの姿を想像し、思わず目を逸らす。
しかし、
「なにぃっ……」
聞こえてきたのは彼女の予想とは異なり、ギルガメッシュの驚愕の声。レナが見ると、何とバッツは振り下ろされた剣を両手で挟み込み、止めていたのだ。真剣白刃取り。今の彼のジョブである、侍のいた極東の国に伝わる武道最大の奥義。それを実戦の中、しかも生きるか死ぬかの極限状況で、バッツは成功させたのだ。
ギルガメッシュが、「くそっ」と毒づいて、右手の剣を振り下ろそうとするが、それより早く、バッツの繰り出した蹴りが胸に当たった。ダメージは皆無だが、その衝撃で後ろに倒れる。しかし受け身を取り、すぐに立ち上がる。その時にはバッツも、今の白刃取りによってギルガメッシュから奪った剣を手に、立ち上がっていた。
『こいつは……ヤバイかも……』
バッツ達4人を相手にして、ギルガメッシュは初めて不安を味わっていた。
このまま続けても、負けないかも知れないが、だが必ず勝てるとも思えない。最初に出会った時なら、まだこいつは1対1ならば自分の敵ではなかった筈。それがこの短期間でこれ程までの成長を遂げているとは。ギルガメッシュはそれを恐ろしいと思った。
『俺一人では勝てないか……?』
そんな考えが頭をよぎる。その時、彼の後ろの空中に、何者かが近づく気配があった。振り向くとそこには、背中に白い翼を持ち、毒々しい緑色の体をした、鬼のような外見のモンスターが浮遊していた。こいつは先程ゼザと戦っていた奴だ。
「おおっ、エンキドウ、遅かったな!!」
「………」
援軍の到着に、歓声を上げるギルガメッシュ。まあそれも当然だろう。エンキドウには回復の能力がある。これでこいつ等と五分以上に戦える。彼はそう踏んだのだ。バッツ達と向かい合いながら、やって来た相棒に声を掛ける。
「エンキドウ、手当を頼む」
「………」
が、頼りにしていた相棒は応えない。ただ空中に浮いているだけだ。ギルガメッシュは再度、「エンキドウ!!」と呼びかけるが、相変わらず反応は無い。流石にこれは妙だと思ったのか、ギルガメッシュは振り返り、エンキドウの方を向いた。空中に浮いているエンキドウには、別段、何も変わった所はない。と、その時、今まで無言を通していたエンキドウの口が、ピクリと動いた。
「つ……」
「?」
「強え……」
そう言った瞬間、エンキドウの左半身が、まるで斬られたようにして吹き飛び、緑色の体はそのまま海に落ち、そして沈み、すぐに海の青色に呑まれて見えなくなってしまった。相棒の突然の脱落に呆然としていたギルガメッシュだったが、バッツ達の背後、今自分達が戦っているこの船に飛び移って乗り込んできた男、ゼザを見て、おおよその事態を理解する。
恐らくエンキドウは奴と戦って、だが敵わないと踏んで、逃げ出してきたのだろう。自分に助太刀でも頼むつもりで。だがそれも遅すぎた。ゼザの一閃は、とうの昔にエンキドウを絶命させていたのだ。エンキドウは自分が既に死んでいる事すら気付かなかった。それを理解すると同時に、ギルガメッシュは自分を取り巻く状況が、更に絶望的になった事を理解していた。
今まで殆どバッツ一人を相手にしていて、それで何とか五分、それでもまだ押され気味だったと言うのに、まだ背後にはガラフ、レナ、ファリスの3人が控えている。更にそこに凄腕の剣士まで加わっては、こちらの勝ち目は薄い。ここいらが潮時か……?
そう判断したギルガメッシュの行動は早かった。まずは、
「これで勝ったと思わない事だな!! 御然らばだ!!」
常套の捨てゼリフ。そしてそのまま、一気に海へと飛び込む。ここまでは完璧。しかしギルガメッシュは、一つ、忘れていた事があった。
「しまったああああっ!!」
飛び込んでいきなりの絶叫。バッツ達もビクッ、となる。そして何事かと見ると、
「鎧が、重い、沈む………ウがばウ、ガボォ、ぶくゥ……覚えてろぉぉぉぉ……」
そう言ってギルガメッシュは沈んでいってしまった。そのオチも忘れない、ある意味実に見事な逃走劇に、全員何と言えば良いのか、奇妙な脱力感を感じていた。が、そんな不思議な空気も、ゼザの声によって、再び引き締められる事となる。
「何とか攻撃は凌いだな。今度はこちらから攻める番だ。戦いの後で疲れているとは思うが、もう一踏ん張りしてくれ」
その言葉に4人とも、決意も新たにそれぞれの武器を握り締め、頷く。そこに、ガラフがゼザに質問した。
「ゼザ、そろそろ教えてくれても良いじゃろう? エクスデス城を攻略する作戦とは、一体どんな方法なのじゃ?」
その質問を受けてゼザはにやりと笑った。彼のような策士がこんな笑みを浮かべる時は、決まって何かしら必勝の策を用意している時だ。彼は空を見上げ、日の傾き具合から、時間を確かめた。
「そろそろ帰ってくる筈だ……」
と、ゼザ。すると彼のその言葉を待っていたかのように、この船の、すぐ脇の海面を割って、巨大な鉄の塊が姿を現した。
ガラフ以外は、初めて見るその威容に、目を奪われているようだ。海賊育ちであるファリスですら、”こんな物”は見た事がなかった。ゼザはそんな彼等の反応を見て、今度は悪戯が上手く行った子供のような笑みを浮かべると、叫んだ。その声には、自国の技術への誇りと自信が満ち溢れていた。
「こいつはサーゲイトが誇る世界でただ一隻の潜水艦だ。この艦隊は囮、こいつを使って海底からバリアの塔へと潜入する」
ゼザの操縦によって、5人の乗り込んだ潜水艦は、海中を進んでいった。
バッツ達は、初めて見る海中の景色という物に目を奪われている様子だった。ここには、地上のそれとはまた違った趣がある。しかしいつまでもそれを楽しんでいる訳にも行かない。ゼザの「見えたぞ」という声で、全員が前方の窓に視線を集中させる。
小さな窓から見える岩壁に、ポッカリと穴が開いているのが分かる。
ゼザはその穴に潜水艦を入れると、浮上させた。ハッチを開けると、中には空気があり、穴の先はトンネルのようになって続いていた。ゼザに先導され、一行はそのトンネルを進んでいく。そうしてしばらく進むと、行き止まりに突き当たった。
距離感が正しければ、今自分達のいる場所は、既にバリアの展開範囲の内側の筈。バリアが地下にまで伸びていなかった事に、バッツは奇妙な安堵感を覚えた。
「測量が正しければ、この壁を越えた先は、バリアの塔に繋がっている筈だ。行くぞ!!」
ゼザはそう言うと、剣を振り、壁に数人が通れるぐらいの大きさの穴を開ける。破壊された壁の破片が地面に落ち、粉塵を上げる。ゼザを先頭に、その中を通って5人は前進した。そしてそれを抜けるとそこには、明らかに今まで通ってきたトンネルとは違う、金属の壁や天井が広がっていた。
間違いない。ここはバリアの塔の内部だ。全員がそう確信する。だがしかし、彼等の中で、誰一人として口を開こうとはしなかった。そこに広がっていた光景に、誰もが言葉を失っていた。バッツが、喉に何かが詰まったような声を上げると、言った。
「おい……これは一体……何があったんだ?」
彼等の眼前には魔物の死体が折り重なるようにして、無数に転がっていた。
TO BE CONTINUED..