「俺達を……殺す…?」

 唐突な殺害予告に、完全に虚を突かれた表情で尋ねるバッツ。それに対して、ソフィアはその端正な顔に、怪しい色気を感じさせる笑みを浮かべ、言った。

「ううん……少しばかり、無粋な言い方だったかねぇ? では言葉を変えるとするか」

 困った顔をしながらそう言って、いつの間にか右手に持っていた布によって巻かれた2メートルを越す棒状の物を彼等に向ける。状況から判断してそれは十中八九彼女の武器。長さから推測すると、恐らくは槍だろう。

「こんなモンスターだらけの世の中、ここまでやって来るなんて、あんた等は相当な剛の者なのだろ? アタシはその強い相手との一時を愉しみたい。さあ、剣を取って、アタシと戦いなよ」

 既に彼女の全身からは、先程の突風のようなオーラが再び吹き出し、バッツ達の周囲を押し包んでいる。バッツ達はそのプレッシャーに圧倒されまいと気を強く持つが、それでも、一瞬でも油断すれば即座に闘気の渦に呑み込まれそうだった。

 しかし、そんな彼等の中で、ソフィアの突風の如きオーラを耐え凌ぐどころか、その中で更に一歩踏み出した者がいた。レナだ。彼女は真っ直ぐに目の前の女性の瞳を見返す。その視線を受けて、ソフィアは嬉しそうに微笑んだ。そしてレナの口が開き、そこから出た言葉は、

「お断りします」

「…ほう?」

 その明確な拒絶の言葉を受けても、ソフィアの表情に失望や不満は見られない。まあいきなり見ず知らずの人間から、「自分が戦いたいから戦え」などと言われて、「はい、分かりました。お相手しましょう」と、戦い出す者などかなり少数派だろうし、この程度は彼女にとっても想定の範囲内なのだろう。

「あなたと私達……戦う理由が無い」

 彼女はきっぱりとそう言った。だが、未だにソフィアは余裕の表情を浮かべていた。

「私達はこの山を登って、頂上にある物を取りに行きたいだけ。どうかこのままここを通して下さい」

 今は飛竜の命が助かるか助からないかの瀬戸際。こうして会話をしている時間すら惜しい。焦る気持ちを必死で押さえながら、頼み込むレナ。だがこの場合、自分達がここに来た理由を明かしてしまったのは間違いだった。

「理由? 理由ねぇ……じゃあ、アタシと戦わなければこの先には行かせない。それでもあんた達には戦う理由が無いって言うのかい?」

「なっ……」

 相手の無茶な論理に絶句するレナ。一瞬、怯んだように見えた彼女に並ぶようにして、仲間達が前に出た。全員武器を装備しており、戦闘態勢は整っている。ファリスが彼女の肩に手を置くと、言った。

「レナ、今はとにかく急がなきゃならない……ここでコイツと問答している暇は無い…」

 バッツとガラフもそれぞれ剣を抜き、いつこの女性が飛びかかってきても対応出来るようにする。

「こんな無意味な戦いは避けたいんだが、そっちから仕掛けてくるんじゃ仕方が無い……」

「さっさと終わらせて飛竜草を捜さねばならんしの」

 レナも、明らかに渋々とではあるがそれに頷き、腰の剣を抜く。鈍く光を放つ白刃。その光を見て、ソフィアはうっとりとした笑みを浮かべる。そして右手の武器の布を取り払った。その下から現れたのは、

「「「………!!」」」

 バッツ、レナ、ガラフの3人は、姿を現したその武器の威容に目を見張った。

 その武器は剣だった。だが普通の剣ではない。柄の長さは通常の剣の倍程もあり、両端に1メートルを越える長さの刃が付いていた。その二つの刃は炎のような、あるいは鮮血のような、真紅の輝きを放っている。そして半身になって柄を持った手を水平に、前に突き出すようにして構えるソフィアの構えからは、そこに一部の隙も見出せない。

 この人は、強い。全員が改めてそれを認識する。

 だがファリスは、それ以外にもう一つ、別の事を感じていた。

『あの剣……形状は大分違うが……だが、あの輝きは……』

 ファリスはソフィアの剣に見覚えがあった。いや正確にはそれと酷似した物を、つい最近見た覚えがあると言うべきか。だがそれが何なのか、思い出しかけたその時に、ソフィアが口を開いた。お陰でファリスの思考は中断してしまう。

「そうそう、始める前に、一つ。あんたに聞きたい事があるんだけど」

 と、彼女はバッツを見て、言った。話しかけて隙を作る魂胆かも知れない。バッツは警戒しつつ、「何だよ?」と返す。だが、次にソフィアの口から出た言葉は、全員の予想の遥か斜め上を行く物だった。

「ねぇ、あんた童貞かい?」





第4章 黒衣の姫 真紅の刃





「ブッ!!」

 前後の文脈と壊滅的なまでに繋がりの無い、唐突に発せられたその言葉に、思わずバッツは咳き込んでしまった。その質問に面食らったのは他の者も同じだった。ガラフとファリスは「コイツは一体何を言っているのだ?」という表情で目を丸くして固まっているし、レナは頬を押さえて赤くなって俯いている。我に返ったバッツは気を取り直すと、慌てた調子で言った。

「なななな、何でそんな事を!!」

 と、そう言われたソフィアも、しまった、という表情になる。そしてペコッと頭を下げた。

「ああ、ゴメンゴメン。少し前までの習慣でね。若くてイイ男を見ると、ついついそう聞いてしまうんだ。ゴメンゴメン」

 全く悪びれた様子も無しに謝罪する彼女。バッツ達も唖然とするが、冷静に聞いてみると、今彼女が言ったのはかなりとんでもない内容だ。すると少し前までは、若い男を見る度に「童貞かい?」と尋ねていたという事なのだろうか? だがこの異常事態の只中にある事も手伝って、誰もそこまで気が回らない。

 気を取り直して、と言わんばかりにソフィアは再び双刃の剣を構える。それに対してバッツ達もそれぞれ剣を向ける。周囲の空気が静かに、張り詰めていく。一切の音という物が消え去ったかのように。その場の緊張感が極限に達し、「来る!!」と全員が直感する。次の瞬間!!

「あ、ちょっと待って」

 あっさりとソフィアは構えを解いてしまった。途端に周囲の緊張感も霧散してしまい、気を張り詰めさせていたバッツ達はカクッ、となってしまう。彼女はそんな彼等には構わない様子で懐に手を入れると、そこから二つの物を取り出した。

 一つは質素な造りの、だがどこかに気品を感じさせる小さな杯。もう一つは中ぐらいの大きさのボトルだ。

 それを一体どうするのか、と、バッツ達は警戒を解かずに観察していたが、やはり杯とボトルと来れば、やる事は一つだった。彼女はボトルの栓を抜くと、そこに入っていた血のように赤い液体を右手の杯に注ぎ、そして一気に飲み干す。「ふうっ」と息をついて、その顔が紅潮した。その様子を見て、ファリスが怒ったように彼女に詰め寄った。

「おい!! これはそっちから仕掛けた戦いだろ!? なのにその前に酒を飲むなんて、俺達を馬鹿にしてるのか!?」

 と、怒りを隠そうともせずにファリスは叫ぶ。だがソフィアはそれに対して目をパチクリさせ、やや間を置いた後、ああそうかと納得の表情を見せた。

「いやだねぇ。アタシは戦いの前に酒なんか飲んだりしないよ。そんな不謹慎な。これはただのトマトジュースさ」

「へ…?」

 そう言って彼女が差し出したボトルを受け取り、ファリスが見てみると、確かに貼り付けられているラベルには、大きなトマトの絵が描かれていた。その横に何故かコウモリの絵が入っているのが気になるが……そして注ぎ口に鼻を近づかせてみると、確かにアルコールの匂いはしなかった。彼女の言う通り、これに入っているのはただのトマトジュースらしい。

「納得してくれた? アタシはこれが無いと落ち着かなくてねぇ」

 照れた様にそう言ってソフィアはファリスからボトルを受け取ると、取り出した杯と一緒に懐に仕舞い、地面に突き刺していた双刃の武器を抜き、構えた。

「さあ!! そろそろ始めようか!!」

 そうして向かい合う彼女の発するオーラは、先程よりもずっと強大な物になっていた。先程まで彼女のとぼけた様子に気を緩めていたバッツやガラフも、慌てて気を張り詰め直した。

 今のコイツには、ちょっとでも気を抜いたが最後、殺られる。動物的な直感でそれが分かる。周囲の空間に、先程までと同等、いやそれ以上の圧迫感と威圧感が満ちていく。それはあたかも、空気を一杯に詰めた風船の様で。そして、

「行くよ!!」

 掛け声と共に、その風船が破裂した。







 ソフィアは手にする双刃の剣を唸りを上げて振り回しながら、そして自分も回転しながら、斬り掛かってきた。その動きは、かつてバッツ達の戦ってきたどんな敵とも違う独特の物だ。

 剣には剣を。ナイトにジョブチェンジしたバッツが、彼女を迎え撃とうとした。

 ソフィアは体を思い切り回転させながら、バッツの左側から薙ぎ払う様にして刃を繰り出してきた。勢いの付いた刃が彼を真っ二つにすべく迫ってくる。その剣速は速く、殆ど紅い光が煌めいているようにしか見えない。

 バッツはこの攻撃を、頭を下げてかろうじてかわした。そしてそのまま、右へと振るわれた刃が戻ってこない内に、自分の剣を叩き込もうとする。だがその時、再び彼の視界の隅に紅い輝きが入った。

「!! うっ」

 咄嗟に後ろに跳び退くが、紙一重の所でかわし切れず、頬に一筋の赤い線が走る。

 相手の武器が普通の剣ではない事を、バッツは改めて痛感させられた。かわしたと思ったその方向から、もう一方の刃が飛んできたのだ。ほんの刹那でも反応が遅れれば、間違いなく首を落とされていただろう。

「レナ、俺達も行くぞ!!」

「はい、姉さん!!」

 言うが早いか、ファリスは侍に、レナは竜騎士へとジョブチェンジ、武器を刀と槍に持ち替えて、ソフィアに突進する。二人は左右に分かれて、レナは左、ファリスは右から、同時に攻撃を仕掛けた。だが、この連携もソフィアの前では通用しない。

 ギィン!!

 金属音が響き、刀と槍が真紅の刃に止められ、鍔迫り合いに持ち込まれる。

 驚くべき事に、レナとファリスがいくら女性で腕力が弱く、また体が軽いと言っても、それでも全体重を乗せて打ち込んでいると言うのに、対するソフィアは右手一本、それも余裕綽々といった表情を浮かべている。その状態でもなお、彼女の力はレナとファリスのそれを上回っていた。明らかに女の、いや人間の力ではない。

「ほらほらどうしたんだい? そんな非力で、アタシを逝かせられるのかな?」

 そう言いながら、ぐっ、と双刃の剣を握る手に力を込める。双刃にかかる力が一段と強くなり、徐々に、レナとファリスの体は押され、拮抗状態が破られようとする。そうはさせじと二人は武器を握る手に力を込めるが、だがどうしてもソフィアの腕力を跳ね返す事が出来ない。

 その時、ソフィアはいきなり剣を後ろに、さっと引いた。前方に全体重を掛けていたレナとファリスは、バランスを崩され、つんのめるように前に出てしまう。それによって生じた隙を狙って、ソフィアは小さく跳躍し、蹴りでファリスの足を払った。

「あっ……」

 小さく叫び声を上げ、転倒してしまうファリス。レナがそちらを見て、

「姉さん!!」

 と声を掛けるが、矢継ぎ早に繰り出される攻撃に、すぐに目の前の相手の方に意識を集中せざるを得なくなった。

 この恐るべき使い手を相手に一瞬でも目を離して、それで斬られなかったのは幸運と言う他はなかった。

 この女戦士の手にする双刃の武器は、相対するの者の目にはまるで嵐のように見えた。その刃に触れる物は如何なる物でも両断せずにはおかない、血の色をした嵐だ。

 そしてその武器の特性を、ソフィアは完璧に把握し、使いこなしているようだった。見るからに扱いの難しそうな、一歩間違えれば敵を倒すどころか逆に自身を傷つけかねないその武器を、まるで己の手足のように違和感無く振り回す。上から下から、一秒間に5、6回は襲いかかってくる刃を、レナは槍を振り回しつつ、必死に防いだ。

 だがそれですら限界が近い。竜騎士の武器である槍はその長さ故に、一度懐に飛び込まれると不利だった。逆にソフィアの双刃の剣は明らかに至近距離での格闘戦に適した武器。今回の場合、そこに更に彼女の独創的な体術が加わり、今はレナが一撃一撃を防いでいるが反撃はおろか、この状態が長く保つとも思えなかった。そして、

 ギンッ!!

「ああっ!!」

 度重なる高速の連撃。しかも一撃一撃の重さ前に、遂にレナの槍が跳ね上げられ、上半身ががら空きになる。ソフィアはここぞとばかりに剣を振りかぶるが、だがそれを振るう事はしなかった。突き出す事もしなかった。彼女はそのまま、背後に跳んだのだ。

 その一瞬後には、彼女のいた場所を雷光が薙ぎ払っていた。黒魔導士にジョブチェンジしたガラフの放ったサンダラだ。そしてバッツも走り出し、再びソフィアへと挑み掛かって行く。既に立ち上がっていたファリスが声を張り上げた。

「数の優位を利用するんだ!! レナは背後に回って!!」

 姉のその言葉に頷くと、竜騎士の強化された脚力を使い、大きくジャンプするレナ。そのままソフィアの背後に降り立ち、着地と殆ど同時に槍を突き出すが、ソフィアは振り向きもせずに一方の刃を動かし、それを捌くと、そのまま前から向かってくるバッツとファリスに意識を向けた。

 先程と同じように、今度はバッツが右、ファリスが左に回って、そしてレナが後ろから攻め立てる。

 多面攻撃だ。今、自分達が戦っている相手が、今まで出会ったどんな恐ろしいモンスターよりも手強い剣士だという事は、既に誰もが口に出さずとも認めていた。1対1の決闘では、恐らく自分達の誰も到底勝てはしないだろう。だが自分達には仲間がいる。そうして自分達は今まで戦い抜いてきたのだ。それを信じる他は無かった。

「流石……と言うべきかな!?」

 3人に三方から攻め立てられ、更にそれとは別に後方から黒魔法で狙撃されては、ソフィアも先程までの優位を保っている事は出来なかった。徐々に攻撃の回数が少なくなり、その分の動きが防御に回される。

 だがそれでもなお、攻撃は相変わらず力強いし、守りも堅く、簡単には有効打を許してくれそうもなかった。

「やるね!!」

 攻撃を防ぎながら、ソフィアは素直にバッツ達の実力を誉めた。

 正直、これ程とは思っていなかった。如何にクリスタルの力を借りているとは言え、所詮は人の身である彼等がここまで技と力を練り上げているとは。だがそんな賞賛の言葉を聞く余裕も、それで何かしらの感情を抱く余裕も、今のバッツ達には無い。

 三方から迫り来る相手に、ソフィアは常に体を回転させながら、一方の敵に背中を見せる時間を出来る限り少なくし、更には双刃の剣を使った攻撃だけでなく、狙いすましたパンチや蹴りもその中に織り交ぜ、誰かのバランスを崩し、つまづかせ、転がして。そうした上で自分は移動し続ける事で、バッツ達が決して3人同時には攻められない状況を巧みに導き、作り上げていた。

 戦い慣れている。

 口に出せば何を今更、と思う事かも知れないが、ファリスはそう思った。

 彼女のこの戦い方は、誰の助けも借りずに、それでいて大勢の敵と戦う為に身に付けた物なのだろう。だからこそこれだけ攻めても簡単には隙を見せてくれないし、逆にこちらが死角へと追い込まれているようにすら感じる。仲間で協力し合って戦う自分達の戦い方とは対照的だ。

 そして今の、自分達との戦い振りを見れば、その戦い方がどれ程優れているかは明らかだった。

 今の所戦いの形勢は五分だが、イニシアティブは始まった時から変わらずにソフィアが持ち続けていた。この戦いの流れは彼女が完全に支配していて、自分達はその流れに逆らって戦っている。それには流れに乗って戦う時の何倍ものエネルギーが必要なのだ。このままではやがて誰かに疲れが出て……

 ファリスは必死に頭を回転させた。

 何でもいいから手を打つ必要がある。流れを変えなければ、このままではジリ貧になる。

「バッツ!!」

 ファリスは懐に隠していた予備の剣を抜くと、それを力一杯バッツに向けて投げる。一瞬だけ振り向いたバッツはそれを受け取り、即座に戦いの中に組み込んだ。

 彼は見事に二刀を使いこなし、目にも留まらぬ速さで、先程に倍する手数の攻撃を繰り出す。ソフィアはそれをも二つの刃を動かして捌いていくが、そこにレナとファリスが加わった。ファリスは右手には先程まで使っていた太刀を、左手には腰に差していた脇差しを抜いて持っていた。それを見たソフィアの表情から余裕が消える。

「くっ!! 考えたね!!」

 だがそれでも彼女は3人を相手に見事な立ち回りを見せた。最初は戸惑ったバッツとファリスの二刀流にも、一太刀交えた後にはすぐさま対応し、完璧に防御する。

 しかし、どうやらそこまでが彼女の限界らしかった。

 流石に三方から繰り出される5つの刃を防ぎながら、なお攻撃に転ずる事は出来ないらしい。ここぞとばかりにバッツが、レナが、ファリスが攻め立て、ソフィアはその攻撃を防ぐ事に専念する。

 ガラフはその戦いを、正直舌を巻く思いで見守っていた。

 自分はもう60歳、エクスデスと戦った時の若さは過去の物となり、体力も衰え始めている。そんな自分がこの凄まじい格闘戦の中に加わっても、真っ先に足手纏いになるだけだろう。

 今の彼の長所は、相手が次にどう動くか、それを長年の直感と経験で掴む力だ。

 ソフィアは次々に繰り出される突きや斬撃を防ぎながら、激しく動き回り、バッツ達を一度に相手するのではなく、順番に戦うように仕向けている。攻撃を右に左に避けながら、時に宙返りし、時に懐に飛び込んで、それを行っている。

 そして今も、バッツの横に振った剣を、フワリと後方に回転するようにして跳び、避ける。これで間合いが離れた。次はこの間合いをバッツが詰めてくる前に、レナかファリスを相手に。

 そう考えながら彼女が着地したその時を狙って、ガラフの放ったファイラの光が飛んできた。

「!! なめないでよ!!」

 気付いたソフィアはそう叫ぶと、己の武器を風車のように振り回す。

 それによって生まれた強大なエネルギーの流れが、魔力によって創り出された炎とぶつかり合い、吹き飛ばす。ダメージを与える事は出来なかったが、それによってソフィアは体勢が崩れた。だがその中でも、彼女は周囲に気を配る。次に来るのは誰だ!? バッツか、レナか、それともファリスか? だが、その誰にも目立った動きは無い。何故だ? この絶好のチャンスを。そう思った時、

「うぐっ!?」

 突然走った痛みに、彼女は顔を歪めた。見ると、自分の右足にギルが突き刺さっていた。

「銭投げか!!」

 極東の国の甲冑に身を包んだファリスに目をやり、毒づく。

 銭投げとは侍のジョブの切り札とも言える必殺の技で、ギルを撃ち出し、通常では考えられない程の破壊力で敵を攻撃する技だ。しかもモーションも小さいので、こういう乱戦にはうってつけの技と言えた。

 だがそれでも、普通に放ったなら、自分には当たりはしなかったろう。その場合は跳んで避けるか、あるいは剣で弾くか。今の攻撃は、自分がガラフの魔法を受けて体勢を崩した一瞬を狙ったからこそ効果的だったのだ。自分の動きを先読みしたガラフの洞察力と、戦いの転機を見極めるファリスの観察眼。見事な物だ。戦いの最中ではあるが、ソフィアは心底感心した。

「レナ、バッツ、今だ!!」

「ええ!!」

「おう!!」

 今の攻撃でソフィアは足にダメージを負い、素早い動きが封じられた。この絶好の好機を逃すまいと、彼女を挟み込むようにして左右から突進するレナとバッツ。

「やあっ!!」

 まず、レナが槍を突き出してくる。しかしソフィアも、ダメージを負ったとは言え、まだまだ冷静さは失ってはいなかった。

「調子に乗るんじゃないよ!!」

 体を沈めてその突きをかわすと、そのままカウンター気味に双刃を繰り出す。だが、そこに手応えは無く、紅い刃は虚しく空を切った。ソフィアは直感の囁く声に従って、殆ど反射的な速度で視線を上へと向ける。既にレナは彼女の頭上にいた。

 しまった。ソフィアは思った。今の突きは最初からフェイントだったのだ。反撃をジャンプして避け、本命の狙いは、

「はあああああああっ!!」

 ソフィアの背後に降り立ったレナは、そのまま思い切り体を捻るように回し、槍を振る。ソフィアもそれを迎撃すべく振り向きざまに刃を振ったが、モーションの途中で表情を歪めた。ファリスの銭投げによってやられた傷に負担が掛かったのだ。しかしその痛みにも構わず、そのまま刃を振る。

 ガキィン!!

 槍の穂先と刃の切っ先がぶつかり合い、そしてソフィアの剣が大きく上へと弾き上げられた。

 全身の力を込め、更にそれに回転の遠心力を加えたレナと、傷の痛みによって踏み込みを十分に利かせられなかったソフィアとの差だ。次の瞬間、

「!!」

 彼女の首筋に、バッツが剣を突き付けていた。彼女はしばらく無言で目を見開いていたが、突きつけられた刃と、そしてバッツの顔を交互に見て、フッ、とさっぱりとした笑みを浮かべた。そして言った。

「参った。アタシの負けだよ」







 そう言った彼女の体からは、先程まで周囲一帯を覆い尽くさんばかりに放出されていた殺気や闘争のオーラは消えて失せていた。今の彼女は、ただ一人の美しい女性、それ以外の存在では有り得なかった。バッツもそれを感じ取ったのだろう、突き付けていた剣を下ろし、自分の剣は腰の鞘に、ファリスから受け取った剣は彼女に返した。

 ファリスやレナ、ガラフも、ソフィアの変化には気付いていた。全員武器を下げ、戦闘態勢を解除する。

 それを待っていたかのようにソフィアは笑顔になると、彼等を見て、言った。

「いやあ話に聞いていた以上にやるね。ファルが気に入るのも分かるってもんだよ」

 彼女が笑いながら発した言葉を聞いて、その中に自分達の知っている人物の名前が挙がった事に、バッツ達は驚いた。

「ソフィアさん、あなたはファルを知っているんですか?」

 恐る恐る、といった口調で尋ねるレナ。そんな彼女に対して、ソフィアはこう返した。

「アタシの事はソフィア、って呼び捨てで良いよ。それか気軽に、お姫様、とでも」

 他人の事を気軽にお姫様などと呼べる訳がない。それを分かっていた上でからかっているのか、さもなくば素なのか。バッツとガラフはそれを聞いて、『どっちかと言えばお姫様と言うより、女王様だよなあ……』と、思っていたのは内緒だ。まあ確かに彼等の抱いている姫のイメージ(レナやクルル)とは、この女性はある意味対極に位置しているようなものだから無理もないが…

 そんな間があった後、ソフィアが語り始めた。

「アタシ等はこの世界中を旅して、ある物を捜している。アタシもそれを捜してこの山に来たんだ。結局”それ”はここにはなかったけどね。で、この前、ファルやアタシの亭主と念話で話し合っていたら、あんた達の事が話題に上ってね。それでこっちに向かっているって聞いたから、少し戦ってみたくて、ここで待ってたのさ」

「……じゃあファルはあんたの仲間なのか?」

 と、ファリス。ソフィアはその質問を受けて、即座に頷いた。

 それを受けて成る程、と、ファリスは思う。

 彼女の武器、どこかで見た事があると思っていたが、この透き通るような輝きを放つ剣は、色こそは違うが、ファルやアレクが使っていた物とそっくりだった。彼等が仲間だったと言うなら、それも頷ける。続いてバッツが彼女に質問した。

「じゃあ亭主、って言うのは?」

 彼女程の年齢なら結婚していても別に何の不思議も無い。だがその彼女の夫と、自分達が会った事はない筈だ。バッツはそれを疑問に思って聞いてみたのだが、これにはソフィアの方が困ったように首を傾げた。

「あれ? あんた達アレクには会った筈だけど?」

「「「「………は?」」」」

 軽い口調で発せられたその言葉に全員が固まり、その意味を理解するのに数秒を要した。

「だから、アレクはアタシの夫だって言ってるんだよ」

「「「「………」」」」

 またしても沈黙。そして数秒の間があって、

「「「「えええええええええええええええっ!!!!????」」」」

 岩が超音波で崩れそうな程の大声で、4人は絶叫した。ソフィアはその大声を何とかやり過ごした後、「何でそんな事でいちいち驚くんだい?」と、心底不思議に思っている表情で彼等を見返した。その反応を見る限り、これはからかっているのでも何でもなく、紛れもない真実らしい。しかしそれを見て、バッツ達はますます混乱した。

 エクスデス城で会ったアレクは、どう見てもまだ14歳ぐらいの少年だった。それに対してソフィアは、外見を見る限り年齢は20代後半。多目に見積もれば30歳前後にも見える。その彼女とあの少年が結婚しているなんて!? 

 世界にはまだまだ自分達の知らない謎がある。それが今、彼等全員の抱いた感想だった。







「ところで、あんた達はここに何を探しに来たんだい? アタシ等の捜し物とは違うみたいだけど……」

 と、懐から取り出した杯に入れたトマトジュースを飲みながら尋ねるソフィア。レナは今の自分達の状況を、可能な限り手短に伝える。

「ふうん……」

 話を聞き終えた彼女は、ふと、何かを考えるように顎に手をやると、再び懐に手を入れて、そこから何かを取り出した。そしてその手をバッツ達に差し出す。そこに握られていた物は、

「これは……飛竜草!!」

 レナが驚きと喜びの混じった声で、口を手で押さえながら言った。

 彼女もまた、元いた世界で一度、今は亡き父の飛竜を救う為にこの草を手にした事がある。そんなレナが、ソフィアの差し出したそれを見間違える訳もなかった。ソフィアは「やはりこれか」と呟くと、自分が飛竜草を手に入れた経緯を説明し始める。

「さっきも言ったように、アタシは捜し物をしにこの山に入ったんだ。そしたら頂上付近でこれを見かけてねぇ。珍しい草だと思って触ってみようとしたら、いきなり何十倍にも巨大化して、襲いかかってきたんだ。多分悪の波動を受けて魔物化していたんだと思う」

 魔物化していたと聞いて全員、ぎょっとした表情で彼女の手に握られた飛竜草を見る。ソフィアはその反応に吹き出してしまった。

「大丈夫だよ。アタシがやっつけたから、今は魔力は完全に抜けてしまっている」

「じゃあそれが……飛竜が絶滅した訳?」

 信じられないような顔で聞くファリスに、ソフィアは頷く。

「多分……ね。この山には飛竜の白骨がゴロゴロ転がっていたし。傷を癒そうとして飛竜草に近づいた途端、バクリ!! そうして飛竜達の体を養分にして、どんどん飛竜草は力を蓄えていったんだろうね……」

「酷い……」

 その話の内容に、それが彼女の推論に過ぎないと分かっていても、レナは俯いてしまう。だがすぐに自分達の役目を思い出すと、ソフィアに詰め寄った。

「お願いします、その飛竜草を私達に譲って下さい!!」

「いいよ。どうせアタシが持っていても仕方が無いし、アタシに勝ったあんた等への賞品として、進呈しようじゃないか」

 今度の申し出には、ソフィアはあっさりと了承した。彼女は両手を差し出して、恭しく、レナに飛竜草を渡す。手渡されたレナはそれをぎゅっ、と握ると、満面の笑顔を浮かべた。これで、飛竜を助ける事が出来る。そんな彼女の様子を微笑ましく見ていた仲間達とソフィアであったが、ふと、何かを思い出したように掌を拳で叩くと、言った。

「あんた達、飛竜の命を助けるのに一刻を争うんだろ? だったらこれからいちいち引き返すより、アタシが魔法で一気にバル城まで送ってあげるよ。さあ、そこに並んで!!」

 そう言う彼女に、殆ど流されるような調子で一列に並ぶ4人。と、彼等を見ていたソフィアの視線が一人に向けられて、止まった。バッツに。「? 何だ、どうした?」怪訝な表情を浮かべる彼だったが、ソフィアはスッ、と彼の鼻先にまで近づくと、顔に手をやった。彼の頬には、先程の戦いでソフィアに付けられた傷が残っている。

「ごめんよ。遊ぶつもりが少し力加減を誤ったみたいだ。傷を付けちまったね」

 次の瞬間、バッツの頬に、柔らかな感触があった。

 彼女はバッツの頬に付けられた傷を、ペロリと舌で舐め取ったのだ。その行為に対して、何故だかバッツは猛烈な悪寒を感じた。例えるならそれは背中に氷柱を突っ込まれたような。彼はマッハの速度で後ずさり、レナとファリスは目が点になる。ガラフは驚きのあまり顎が外れてしまったようだ。

 当の本人のソフィアと言えば、両手をほっぺたに当て、うっとりと、恍惚の表情を浮かべていた。

 この事件によって、バッツは暫くの間レナに口を利いてもらえなくなるのだが……それはまた別の話である。







 しばらくそうしていた後、漸く我に返ったソフィアは再び彼等に並ぶように言うと、両手をかざした。すると彼女の体が掌を中心にうっすらと淡い輝きを帯び始め、バッツ達の周囲にも、円を描くようにして、光が宿り始める。同時に彼等の周囲の空間が揺らいで見え始めた。

 魔力によって空間を屈曲させ、遠く離れた場所へと一瞬で移動する。時空魔法テレポを応用した、高度な技である。4人も同時に送るとなると流石に負担が大きいのか、額に汗を掻いていたソフィアだったが、どうやら成功したようだ。バッツ達の体を、上下左右という概念が消失したような、浮遊するような感覚が包んでいく。

 そして空間に融けるようにして消えていく彼等に、ソフィアは叫んだ。

「久し振りに楽しいダンスだったよ。夜でなかったのが残念だったけど!! 縁があったらまた会おうね!! その時はもっともっと強くなっていてよ!!」

 果たしてその言葉は彼等に届いたのだろうか。一瞬前まで彼等が立っていたそこは、今はその姿が完全に消失して、何も無くなった空間が広がっているだけだった。ソフィアは見上げるようにして、視線を空に移し、誰にともなく呟く。

「時々ああいう子達が現れるから、人間は面白い。ああいう強い力を持った心は、感じていて気持ちが良い……あの子や…ファル、あなたのようにね………まったく、永生きはするものだよ」

 独白が終わると、彼女の姿もまた、一陣の風と共にその場から消え去った。









TO BE CONTINUED..

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