どれ程多くのモンスターが攻め立てても、アレクはびくともしなかった。
彼の剣がキラッと光ったかと思うと、それだけでモンスター達は紙のように切り裂かれ、その体を三つか四つにして、地面に転がる事となった。モンスターの返り血を受けた頬をグッ、と拭うアレク。そこに後方から、象のような巨体を持つモンスターが突進してきた。
彼は跳び退くと同時に剣を振るい、そのモンスターを後退させる事には成功したがバランスを崩し、剣を落としてしまった。彼自身は転がりながらも上手く受け身を取り、すぐさま体勢を整えたが、これが周囲のモンスター達にとって好機である事には変わりなかった。
「今だ、剣を奪え!! あれさえなければただの小僧だ!!」
一人の魔導士がそう叫ぶと、最も手近な所に立っていた人型のモンスターが、飛び込むようにして転がったアレクの剣を奪い取ろうとした。が、しかし、アレクがさっと剣に向かって手をかざすと、剣の方がひとりでに飛び上がって、アレクの手に収まった。そうして彼は再び戦闘を開始しようとしたが、その時、最初の半分程の数になったモンスター軍団に動きがあった。
最初に一匹が、何かの刺激を受けたようにしてビクッ、とその体を震わせ、それを皮切りに次々と他のモンスター達も、何かに気付いたように反応し、そしてもうアレクなど目に入らないかのように彼に背中を見せ、我先にと自分達が出て来た四方の門へと入っていく。アレクはそれを追い掛けようとしたが、その時彼も異常に気付いた。
「何だ? 背筋がゾクゾクする……」
この城の中で、恐らくは玉座の間があるのであろう高い塔。遠くから見ても目を引くそこに、口では説明しづらいが、何かとてつもなく嫌な感じ、悪意の塊。そう抽象的にしか表現できない”何か”が渦を為して集まっているような、そんな物を感じたのだ。
「……っ、嫌な予感がする。ここは引き揚げた方が良いかな? こんな時…ミヤがいれば……」
彼の頭ではこのまま城内を探索すべき、と声が聞こえているが、彼の体は、戦士として培った本能が、ここは迅速にこの城から離れるべき、と告げている。彼は迷う事無く後者の意見を採用する事にした。平時ならばいざ知らず、こういう場合は、大抵そちらの方が当たっているのだ。
「むんっ!!」
彼は気合いを込めて剣を振った。すると剣が通過した軌跡の空間が切り裂かれ、そこから星空のような、別の空間が顔を覗かせる。
アレクは素早くその異空間に飛び込むと、最後にそこから顔だけを出して、エクスデス城の様子を見た。城は先程までの戦闘の喧噪とは打って変わって、今は水を打ったように静まり返っていた。そして塔から感じる嫌な感じは、先程よりも強くなっている。
「やっぱりここは退くのが正解だったみたいだね」
彼はそう呟くと、今度こそその異空間の中に入り、それと同時に空間を切り裂いて創ったその異空間は口を閉じた。
アレクがそれを知るのはずっと後の事になるが、彼のこの判断は正解だった。この時エクスデスは送念波を用いて城にいる部下の魔物達を、全て建物内部へと退避させたのだ。これから自分が行おうとする事で、無用に自軍の戦力を減らす事の無いように。
第2章 5人の旅
「随分と大きな橋ですね」
ビッグブリッジの上で対岸へと向かって走りながら、ファルがそう感想を漏らした。この橋は軍隊が使用する事を前提として建造された物なので、多数の人間が一度に渡れるよう横幅も広く造られ、そして対岸への距離が長い事から、数箇所の塔のような建物が中継点として、橋と橋を繋いでいた。
ただ走り抜けるだけでも大変だと言うのに、今はエクスデス軍の魔物達が後から後から迫ってくる。彼やバッツ達は、それの相手もしなければならなかった。
「上から来る!!」
「任せて!!」
「俺も行くぞ!!」
言うが早いか、レナとファリスの体が一瞬光に包まれ、レナは緑色の軽装の服を纏い、矢筒を背負った狩人の姿に、ファリスは三角帽子を目深にかぶり、黒いローブを羽織った黒魔導士の姿へとジョブチェンジする。そしてレナが的確な狙いの狙撃で、ファリスがファイラの魔法で、上空から迫るモンスターを撃ち落とした。
「ほう、面白いですね。そんな事が出来るんですか」
人間型の魔物と戦いながら、それを見たファルが感心したように言った。敵が大きく武器を振りかぶった所を狙って、すかさず神速の一撃を入れる。その実に効率的な戦法によって、次々と魔物達はその死体を増やしていった。
敵は空と地上からだけではなかった。海からも半魚人のような姿のモンスターが次々と上陸し、襲いかかってくる。
「こいつら!!」
「バッツ、ここはワシ等がやるぞ!!」
今度はバッツとガラフ、二人の体が光に包まれ、バッツはエキゾチックな衣装に身を包んだ戦士、魔法剣士の姿に、ガラフは筋骨隆々の肉体を持つ格闘家、モンクの姿にジョブチェンジした。
「暗雲に迷える光よ、我に集い、その力解き放て!! サンダラ!!」
バッツが詠唱文を唱え、魔力を解放すると、彼の手から放たれた雷光が彼の剣に宿った。そしてそのまま攻撃を繰り出す。流石に相手が水棲系のモンスターなだけあって、電撃の効果は覿面だった。次々と黒コゲになっていく。ガラフも負けじと、手近なモンスターから(本当に)千切っては投げ千切っては投げして、海へと投げ返していた。
「これがクリスタルの力じゃよ」
と、ガラフ。ファルはそれに頷くと、5人はこのまま一気に橋を渡り切らんと走った。その途中に中継点に入り、ここだけはモンスターがいなかったのでそこで呼吸を整え、負傷を回復しながら、橋を進んでいった。
「まだ走らなくちゃいけないんですか!?」
この建造物の巨大さを身を以て思い知りながら、ファルがガラフに質問半分、ぼやき半分といった口調で叫んだ。彼だけではなく、他の者もガラフを含めて走り詰めで、そろそろ疲労の色が濃くなってきている。ガラフは叫んだ。
「もう少し、次の塔を越えれば対岸はすぐそこじゃ。もう少し頑張れ!!」
もう少しという言葉が、バッツ達にも活力をもたらした。ゴールがもうすぐそこに見えていると分かって、精神的にもかなり負担が軽くなったのだ。塔に辿り着くと、ファルが入り口の扉を開け、そしてさっと身を退くと、先にバッツ達が入るように合図する。バッツ達もそれに頷くと、レナ、ファリス、バッツ、ガラフの順で塔の中に入り、最後にファルが入り、扉を閉めた。
「ふーっ、何とかここまで来れたな」
バッツが額の汗を拭いながら、一息つくようにしていった。だがそれをガラフが窘める。
「安心するのは対岸に辿り着いてからじゃ」
「その通りよ、もう少し頑張りましょう」
そう言ってレナが外へと通じる扉を開けようとするが、その時、ファルが彼女の体を突き飛ばした。ファリスが咄嗟にその体を抱き止め、「何を!?」と叫ぶが、その答えはファルの口から説明されるまでもなく分かった。扉が向こう側から開き、全身を鎧と武器で固めた男が飛び出してきたのである。
「ギルガメッシュ!!」
バッツは叫び、剣を取る。ギルガメッシュは顔の大部分をカバーする形状の兜の為に良くは分からないが、間違いなく得意気になっているだろう。そうだと確信できる声で、言った。
「必ず来ると思っていたぜ!! この扉の向こうでずっと待っていて、来なかったらどうしようかと不安になっていた所だ!!」
「……………」
上機嫌に言い放つのは良いが、それが自分の間抜けさを自ら暴露しているのに他ならない事を、本人は気付いていない。それを聞いていた5人とも、どうコメントすれば良いのか、困っているようだ。だがギルガメッシュはそれを、自分の登場によって度肝を抜かれていると考えて、剣を取り、襲いかかった。尤も、その考えもあながち間違いではないのだが。
「おりゃっ!!」
「なんの!!」
バッツは今度は甲冑を纏った騎士、ナイトにジョブチェンジすると、ギルガメッシュの繰り出した斬撃を受け止めた。が、ギルガメッシュの攻撃はそれで終わりではなく、そこから蹴りを繰り出し、反応の遅れたバッツは後ろに飛ばされてしまった。
すかさず今度はガラフが反対方向から殴りかかるが、上手くかわされた。ギルガメッシュは反撃を繰り出そうとするが、モーションの途中で中止して後ろに跳ぶ。次の瞬間、先程までギルガメッシュの立っていた所に火柱が立った。ファリスの放ったファイラだ。隙を狙った筈だが、それをかわすとは。
「性格は兎も角、実力は一級品って事か」
ファリスは認めた。そしてちらっと、自分のすぐ横に立っている青年を見る。ファルはこいつに1対1で勝ったのか。
そうこうしている間にも、戦いに動きがあった。白魔導士にジョブチェンジしたレナによって回復したバッツがギルガメッシュに斬り掛かり、先程のお返しとばかりに、鍔迫り合いから肘鉄を打ち込み、倒れさせたのである。すると上体を起こしたギルガメッシュは両手を前に出し、まるで「止めろ」と言っているかのような素振りを見せた。
「俺が悪かった、5人相手じゃ…ヘイスト…手も足も…プロテス…出ないぜ…シェル……ってのは嘘だけどな!!」
話している最中に自分に補助魔法をかけ、俄然元気になって立ち上がるギルガメッシュ。バッツは「卑怯だぞ!!」と言いたい所ではあったが、今は戦闘中、勝利する事が全てだ。すぐさま頭を切り換えて、ギルガメッシュと斬り結ぶ。レナ達は彼の援護に回る。
ファリスは黒魔法を放ちギルガメッシュを遠距離から牽制し、ガラフは時魔導士にジョブチェンジしてバッツにヘイストをかけ、レナとファルはケアルラを唱えてバッツのダメージを回復させる。
『息の合ったコンビネーションですね。彼等が今までどれ程の修羅場を潜り抜けてきたのか、容易に想像できる……』
その戦い振りを見て、ファルはそういう感想を持った。彼が援護に回っているのは、彼の武器である長剣は間合いが大きいので、下手に戦いに加わっても逆にバッツの動きを阻害する事になると考えたからである。故にこの戦いでは、彼は回復役に徹していた。
そして遂に、バッツがギルガメッシュの剣を弾いた。弾かれた剣は空中で回転し、後方へと突き刺さる。そのままとどめの一撃を加えんとするバッツだが、ここでギルガメッシュが予想外の行動に出た。高く真上にジャンプしたのである。そして背中から、エクスデス城でファルに斬られたのとは別の槍を取り出し、そのまま急降下してくる。
「そんな物が当たるか!!」
が、バッツがそう言って素早く跳び退いた。
「へっ!?」
ギルガメッシュには翼などついていないので、当然ながら空中で体勢を変える事が出来ない。目標を見失った槍の穂先が床に突き刺さり、落下の勢いとギルガメッシュの体重を受け止めきれず、中程でベキッと折れた。そのまま床に投げ出され、ゴロゴロと転がるギルガメッシュ。この前もそうだったが、かなり間抜けな姿だ。
「…………」
かなり気まずい空気が流れる。ギルガメッシュは立ち上がり、わざとらしい動作を取ると、言った。
「おっと、急用を思い出したぜ!! 必ず戻ってくるからな!!」
そして今までバッツ達が走ってきた方向、つまりエクスデス城に向かって走り去って行ってしまった。もしかしなくても逃げ出したのである。どうも調子の狂う相手だ。敵だと言うのに、妙に憎めない。ファルは肩を竦めると、呆気にとられているバッツ達に言った。
「今はとにかく、急いで対岸に渡りましょう。何か嫌な予感がします……」
一同はファルの言葉に頷き、ギルガメッシュの出て来た扉から外に出ると、最後の力を振り絞って対岸へと繋がるビッグブリッジを走る。既に彼等の視界には対岸が見えていた。それにそこで手を振っている、可愛らしい金髪の少女クルルの姿も、見えていた。
「クルル!!」
「おじいちゃん、バリアが!!」
ガラフがクルルの指差す方を見ると、エクスデス城を中心として、赤いドーム状の輝きが広がっているのが分かった。しかもその光は徐々に、空気を入れられた風船のように大きくなって自分達の方にも迫ってきている。このままではバリアに接触して弾き飛ばされてしまう。ガラフは声を荒げた。
「急ぐんじゃ!!」
言われるまでもなく、全員が全力疾走する。だがバリアが展開される速度はかなり速く、あと一息という所で光に追いつかれ、5人は凄い勢いで弾き飛ばされてしまった。バリアの圏外ギリギリの所に退避していて難を逃れたクルルが祖父やその仲間達を捜すが、彼等の姿はもう、どこにも見当たらなかった。
「おじいちゃん、おじいちゃん!?」
「う……」
朦朧とした意識の中で目を開けてみると、ぼんやりと空が見えた。今は空は赤く染まっていた。そろそろ夕暮れ時なのかな……?
「!」
と、そこまで考えた所で完全に意識が覚醒し、ファルは体を起こした。そして素早く、同時に恐る恐る、自分の体の今の状態を確認する。バリアによって飛ばされて落下した時にあちこち打ち付けたのだろう、ずきずきとした痛みは残っているが、どうやら取り返しのつかないような損傷はないらしい。手も足も、問題無く動く。
今までの習慣と経験からそこまで確認した所で、バッツ達も一緒に飛ばされた事を思い出した。辺りを見回すと、自分の周り、さほど離れていない所に、4人とも倒れていた。ファルは彼等に駆け寄ると、その体の状態をチェックした。
「…………」
どうやら彼等も自分と同じで、大怪我を負ったりはしていないようだ。彼はほっと胸を撫で下ろすと、念の為にケアルを全員にかけ、それからバッツの頬をぺしぺしと叩いた。数回叩いた所で、
「ん……? うう…」
呻き声を上げながらバッツは立ち上がった。彼も最初は寝惚けていたようだったが、すぐに状況を思い出したのだろう、慌てた様子で剣を握り、周囲に気を配る。が、周りが最後に自分が見た光景とは随分と違った景色である事に気付き、自分を覗き込んでいる青年と顔を見合わす。ファルは溜息混じりに頷いた。
「ええ……ご明察の通り、どうやら私達はビッグブリッジとはかなり離れた場所へと飛ばされたようですね……」
バッツはその言葉を聞きながら、倒れている3人を起こし始めた。ファルも話しながらそれを手伝う。
「むむうっ……」
「ううん……」
「あつつ……俺達……生きてるのか?」
程なくしてガラフ達も意識を取り戻し、起きあがった。まだこの世界に来て間も無いバッツ達。ファリスが僅かに不安を滲み出させた声で、「ここは……?」と呟いた。ガラフが周囲の景色などをじっくりと見た後、腕組みしてその質問に答える。
「グロシアーナ大陸……凶悪なモンスターが棲む辺境の地じゃ……厄介な所に飛ばされたな」
バッツ、レナ、ファリスの3人は俯く。こうなってしまったのも、元はと言えば自分達が頼まれてもいないのに勝手にこの世界にやって来て、すぐさまエクスデスの捕虜となってしまった為だ。そのせいでガラフは作戦を中断せざるを得なくなり、しかもこんな場所に飛ばされる事となってしまった。
「ガラフ…すまない、俺達の為に……それにファル、無関係のお前まで巻き込む事になってしまって……」
3人を代表して、いつもの彼からは想像できない暗い表情と重苦しい声で謝罪の言葉を口にするバッツ。それを受けて、ファルとガラフは顔を見合わせたが…次の瞬間には二人とも明るい調子で返した。
「来ないでいいと言ったのに、全く世話の焼ける奴等じゃ……でも……嬉しいぞ」
ガラフは最後の方ははにかむような、照れているような調子で言い、
「私は自分の意志であなた達を助ける事を選んだのです。勿論アレクもね。あなた達が気に病む必要はありませんよ」
ファルは変わらない穏やかな口調で、それが自分達に気を遣っているとかそういう物では無い、それが彼の本心だという事が感じ取れるような優しい笑顔を浮かべながら、言った。二人のこの反応によって、バッツ達の表情にも幾分か明るさが戻ったようだった。雰囲気が変わった事を感じたガラフは、立ち上がると、
「ここからだと、近くにルゴルの村があるはずじゃ。そこへ向かおう」
そう言って、土地勘のない他の者を先導して歩き始めた。バッツ達も立ち上がり、その後に続く。ファルは最後尾をついて行った。彼は自分のすぐ前を歩く4人の男女の姿を見て、彼等には聞こえないように、口の中で呟いた。
「無関係の……ですか。果たして本当にそうでしょうか? 実は関係大ありかも、知れませんよ…?」
しばらく歩くと、彼等はルゴルの村へと到着した。この村はそれほど規模が大きい訳でもなく、交通の便が良い訳でもなく、住民の数もそれ程多くはない。だがこの村の名産品である酒は絶品で、時々これを手に入れる為に遠くから訪れる旅人達などから、収入を得ていた。
宿に着くと、店の親父が、
「おやおやお客さんとは珍しい。今夜だけはただにしとくよ!!」
と言ってきたので、普段ならファリス辺りが「ただより高い物は無い」と、疑ってかかる所だろうが、何分彼女も含めて全員の疲労もピークに達していた為、殆ど二つ返事で案内された部屋へと入り、倒れ込むようにしてベッドに入る。そうして全員、海よりも深い眠りの淵に落ちていった。
……筈だったのだが……
「いやあ美味い、これが幻のルゴルの酒か。五臓六腑に染み渡るわい」
その夜、ガラフは村の酒場で、村の名産の酒を味わっていた。バッツ程ではないにしろ、彼とて激動の一日であった筈。しかも60歳という高齢でありながら、どこにそんな体力が残っていたのか。既にボトル一本を空にして、更に追加の酒を注文する。その席に着いているのは彼だけではなかった。
少しばかり複雑な面持ちのバッツと、控えめなペースでグラスに入れた酒をあおっているファルの姿もあった。
バッツは余りに疲労が激しかったのか、それとも色々と考える事があったのか、まあ恐らくはその両方だろうが、眠れずにふらりと酒場に入った所でガラフを見つけ、ファルの方は、今日あれ程動いた後だと言うのに村の外れで剣を片手に鍛錬していた所をガラフが捕まえ、この酒場まで引っ張ってきたのである。
「ガラフ……すまない、俺達がいなければエクスデス城に攻め入る事が出来たのに……」
神妙な面持ちだったバッツは、たまりかねたようにもう一度、ガラフに対して謝罪の言葉を口にした。だがガラフはポン、と彼の肩に手を置くと、優しい口調で言った。
「いや、もしあのまま攻め入った所で、結局バリアで全滅させられていた。バッツ達がいてくれたおかげでそれを免れたのじゃ。気にする事は無い…」
「ガラフ…」
それが結果論であると言う事が分からない程、バッツは子供ではない。だがガラフの気遣いが、正直彼は嬉しかった。少しばかり淋しそうな笑顔を浮かべる。ガラフは二、三度バッツの肩を叩くと、テーブルの向かいで酒を飲んでいるファルに向き直って、彼にも言った。
「それにお前じゃ、ファル。ワシの仲間をよくぞ助けてくれた。礼を言うぞ」
「いえ……」
控えめな調子で少しだけ頭を下げて、ファルはそれに応じる。ガラフは手にしていたグラスをぐいっと飲んで空にすると、再びバッツの方を向いて、真剣な表情で彼に問い掛けた。
「それよりバッツ、元の世界には帰れないと知っていながら、何故この世界に来た?」
「……訳なんか、無い」
少しだけ考えるように俯いた後、彼はガラフの目を真っ直ぐに見て、そう言った。この言葉を考えていた訳ではない。どちらかと言うと、彼の中にはその質問に対する答えは数多くあった。エクスデスを倒す為、レナとファリスがこの世界に行く事を決意したから、ガラフの力になる為。そのどれもが自分がここに来た理由だった。だが、だから今、ガラフに言った言葉が嘘だったという訳ではない。
確かにそれが彼がこの世界に来る事を決断した理由には違いなかった。だが、それよりも先に立つ物があった事を、バッツは覚えている。理由なんてどうでも良い。ただ、もう一つの世界で戦っているガラフの元へ行かねばならないと、確信に似た想いが自分を突き動かした事を。
敢えて言うならガラフが自分の仲間だから。それだけで十分だった。
そしてそんな彼の想いは、言葉少なながらも確かにガラフに伝わったらしい。老人はしわだらけの顔をくしゃくしゃにして、涙ぐんだ目を彼に向けると、両腕を広げて抱きついてきた。その反応にバッツは慌てる。
「ありがとう、バッツ!!」
「わっ、よせよガラフ!!」
「フフ……」
そんな二人を、ファルは優しい表情で見ていたが、ふと、ガラフを体から離したバッツが彼に近づいてきた。
「なあ、少し失礼な事かも知れないけど、ファル、お前の名前って随分変わってるよな。それって本名なのか?」
その質問に対して、ファルの眉がピクッ、と動いた。彼は苦笑いを浮かべると、右手に持っていたグラスを弄ぶように揺らす。中に入った酒の中を漂う氷が揺れて、カラカラ、と落ち着いた音を立てた。
「……レナさんやファリスさんには内緒ですよ」
ばつの悪そうな顔で言うと、彼は続けた。
「私の本名は……ファルガバード・フォン・エッシェンバッハって言うんです。長ったらしくて大層な名前が嫌いですから、普段はファル、で通してるんですけどね」
その回答にバッツとガラフは一瞬目を丸くし、次の瞬間には大爆笑していた。予想できていた反応ではあったが、ファルは頭を抱えるとグラスの酒をあおり、困ったような笑顔を浮かべながら、深く溜息をついた。
「だから言いたくなかったんですがねぇ……仕方ありません。こうなったら今夜は徹底的に呑りましょう。勿論あなた方の奢りでね」
何が仕方なくて何がこうなったらなのか不明だが、その辺りはこの場のノリ、と言う物だったのだろう。加えてアルコールが入っている事もあり、バッツもガラフもグラスを高く掲げると、「「おおーーっ!!」」と調子よく叫んだ。そうして彼等は夜遅くまで飲み交わす事になるのだが……途中でファルが樽から直接酒を飲み、それを空にしてしまうという暴挙に走った為、バッツとガラフの懐はブリザドをかけられたようになってしまった。
そして翌日。
「いたたたた……昨日は飲み過ぎたわい」
「ウゲッ……頭が……」
二日酔いに悩まされる二人と、
「だらしないですね。あの程度で二日酔いになるとは」
彼等の軽く3倍は飲んでいたのに全く平然としているファルの姿があった。レナとファリスはそんな二人を呆れた目で見ている。こうしてガラフのバル城へと戻る為、一行は取り敢えず南下して、その方法を捜す事になった。本来は部外者であるファルも、「あなた達は面白い、しばらく付き合わせてもらいますよ」と、同行を申し出ていた。彼の腕は全員が知っているので、断る理由も無かった。
そうしてルゴルの村から南下する事数日。途中、霧が立ちこめていて一寸先も見えないような場所があったが、そこでもさしたる発見はなく、ひっきりなしに襲ってくるモンスターと戦いながら、彼等は山に囲まれた森へとたどり着いた。
「クポー……」
その森にはいると、背中に小さな翼を持ち、白い毛皮の生えた小さな動物が目に入った。大きさは人間の子供ぐらいで、愛らしい姿をしている。ちょうどぬいぐるみに命が宿って歩き出したらこんな感じだろうか。動物好きなレナが、ゆっくりと近づこうとするが、その動物は彼女の姿に気付くと、驚いて逃げ出そうとして、足下に開いた穴に落ちてしまった。
「モーグリか。こんな所におるとは」
「モーグリ?」
バッツが鸚鵡返しに聞いた。ガラフは頷くと、説明する。
「森に住む不思議な生き物じゃ。臆病で滅多に姿を現さん」
「助けてあげましょう!!」
その説明もそこそこに、レナがモーグリの落ちていった穴に飛び込んだ。その穴を見下ろしてファリスが、
「やれやれ、こういう時のレナは言いだしたら聞かないからな」
ぼやくように言うと、彼女もその穴に身を躍らせる。そしてお互いに顔を見合わせて、バッツ、ガラフ、ファルの3人も続く。数瞬の浮遊感があって、次に彼等の耳に聞こえてきたのは、
バシャーン!!
盛大な水音だった。穴の下は地下水脈になっていたのだ。突然の事に多少水を飲む羽目にはなったが、素早く状況を把握しようとする。水の流れは結構速い。モタモタしていると流されてしまう。彼等は泳ぎながら、上がれる所を捜す。と、近くの岩場に上がっているレナとファリスの姿が見えた。ファルとガラフはそれを確認すると、素早くその岩場へと上がる。バッツだけは落ちた所がやや離れていた為に、そのまま流されそうになるが、
「バッツ!!」
ファリスに支えられたレナが伸ばした手に掴まると、彼も無事に岩場に上がる事が出来た。そうして一息ついた所で辺りを見回すが、モーグリのあの白い姿はどこにも見当たらない。「手分けして捜してみるか?」と、バッツが提案したそこに、
「クポポポポポーーー!!」
独特の鳴き声が聞こえてきた。
「あっちだ!!」
バッツが洞窟の奥を指差し、全員がそちらへと走った。
モーグリと相対しているのは、一目でそれと分かるアンデッドモンスターだった。
ゾンビ系ではなくスケルトンのような骸骨系、ただし人型ではなく、古代の生物の化石に仮初めの命、邪悪な意志が吹き込まれて動き出したのだろう、体高8メートルはある巨体のモンスターだ。そいつはモーグリを生命力に溢れた餌だとでも思っているのだろう、余りの恐怖で腰を抜かし、動けない小さな生き物に向かって、一歩、また一歩と近づいていく。
その巨大な口が開き、モーグリの白い体を一呑みにしようとしたその時、どこからともなく飛んできた火球が口の中に飛び込んだ。
それを飲み込んでしまった為、体の内側から焼かれる痛みによって暴れ狂う巨体のアンデッド、ティラザウルス。今の火の玉、ファイラを放ったのは、黒魔導士にジョブチェンジしたレナだった。彼女に続いてバッツ達も次々に躍り出て、武器を抜き、戦い始める。
ティラザウルスは所詮は低級のアンデッドであり、意志を持たない。その行動は本能のままに攻撃するのみ。それだけなら幾多の戦闘で鍛えられたバッツ達の敵ではないが、問題はその巨体だった。その巨体それ自体が、当たれば一撃で大ダメージを被る強力な武器となり、バッツ達は簡単には近づけないでいた。
だがそれでもその注意はバッツ達4人に向けられた。レナはその隙に、ノーマークとなったモーグリを抱きかかえる。
モーグリは見知らぬ人の腕に抱かれて、怖くなったのだろう。爪を立ててじたばたと暴れる。それによって彼女の体のあちこちにひっかき傷が出来る。だがレナはその腕を放さなかった。そして囁きかけるように言う。
「大丈夫……私達はあなたを傷つけないから……ね? 安心して、もう大丈夫よ」
その声に暖かい物を感じ取ったのか、モーグリは暴れるのを止め、大人しくなった。
「クポー……」
そして反省したように弱い鳴き声を漏らすと、レナに付けた傷を舐め始めた。レナは優しい笑顔を浮かべて、モーグリの頭を撫でた。
「良い子ね……ありがとう」
それと同時に、バッツ達の戦いにも終わりがやってきた。
戦っている内に、徐々にではあるが、ティラザウルスの攻撃パターンが把握できてきた。一気に片を付けるべく繰り出された踏みつけの攻撃を、4人は背後に飛んでかわすと、ガラフは黒魔導士に、ファリスは白魔導士に、それぞれジョブチェンジした。
「地の砂に眠りし火の力目覚め、緑なめる赤き舌となれ!! ファイラ!!」
「清らかなる生命の風よ、天空に舞い邪悪なる傷を癒せ!! ケアルラ!!」
ファイラとケアルラの光が、ティラザウルスの巨体を包み込む。邪悪な生命力を白い光を纏った風に奪い取られ、同時に骨だけの体を大地より吹き出た業火に焼き尽くされ、アンデッドの竜は苦しそうに身悶える。勝機。その二文字がファルの頭に浮かんだ。
「バッツ、私が先に行きます。あなたは止めを」
「分かった!!」
返事をすると、ナイトであったバッツの体が光に包まれ、また別のジョブへとジョブチェンジを始める。その間隙に、ファルはティラザウルスに向けて走った。
「グオオオオオオオオーーー!!」
世にも恐ろしい咆吼と共に、骨だけとは言え、彼の胴回りよりもずっと太い尻尾が唸りを上げて飛んでくる。ファルは体を屈めてその攻撃を避けた。当たれば人間の頭ぐらい簡単に吹き飛ぶだろう巨大な凶器が、彼の頭の上数センチを通り過ぎていく。そしてティラザウルスの懐に飛び込んだ彼は、愛剣を振りかぶった。
ボッ!!
蒼い刀身が紅蓮の炎に包まれる。既に剣にファイガの魔法を纏わせていたのだ。
「アンデッドは大人しく、冥府へ還りなさい」
横薙ぎに繰り出された一撃が、剣本来の威力と膨大な熱量とで、ティラザウルスの両足を融解し、切り裂いた。その巨体を支える強靱な足を失い、地響きを立てて倒れるティラザウルス。
「今です!!」
ファルが叫ぶ。既に言われるまでもなく、バッツは走り出していた。既にジョブチェンジは終了し、今の彼の姿は、仕留めた猛獣の毛皮をその強靱な体躯に纏う辺境の蛮族の戦士、バーサーカーへと変わっていた。バッツは大型の斧を大上段に振りかぶると跳躍し、
「これでも喰らえ!!」
雄叫びと共に必殺の一撃を振り下ろした。
ズガアッ!!
既にガラフとファリスの攻撃によって脆くなっていたティラザウルスの骨格はそれに耐える術を持たず、頭部が粉々に粉砕される。彼等はそれでも残心を怠らなかった。アンデッドである以上、残された部分から再生し、活動を再開するかも知れない。注意深く様子を見るが、どうやら終わっていたらしい。残った胴体の部分も、急速に風化して消滅した。
「ふうっ」
バッツ達は戦いが終わった事を確かめ、ようやく張り詰めていた気を緩め、武器を収めた。と、その時、モーグリがレナの腕の中から飛び出すと、洞窟の奥へ続く道へと歩き出し、途中で彼等を振り返ると、まるでついてこいと言っているかのように手を振った。
「どうする? どこかに俺達を連れて行きたいみたいだが……」
「行ってみましょう」
どの道穴から落ちてこの洞窟に入ったので、来た道を引き返しても出口には辿り着けない。そういう判断も手伝って、彼等はモーグリの後を追った。長い上り坂を歩くと、前方に光が見えてくる。暗闇に目が慣れていた彼等は思わず目を細める。しばらくして目を開けた彼等の眼前には、グロシアーナの広大な砂漠が広がっていた。
TO BE CONTINUED..