最初は何も無い無の世界だった。

 ある時そこに光と闇が生まれ、そして四つの心が生まれた。それ即ち、

 希望は大地に恵みを与え、

 勇気は炎を灯らせ、

 いたわりは水を命の源とし、

 探求は風に叡智を乗せる。





 いつかまた無が全てを押し包む刻が来る。全てを終わらせ、そして始まりに還す為に。

 だが世界にはそれを拒む力もまた存在する。

 未来を紡ぐ因子を持ち、運命に抗う戦士達がいる。

 彼等は未来を勝ち取る事が出来るのか。

 全ての答えは未だ、闇の中に在る……





第1章 二人の剣士





「うっ……」

 バッツは目を覚ました。瞳を開けると、心配そうに自分を覗き込んでいる、二人の女性の顔が目に入った。

「バッツ……」

「大丈夫か?」

 至近距離であったので、思わず赤面して飛び起き、二人と距離を取るバッツ。その彼の行動は客観的に見るとかなり異様な物だった。

 当然、それは二人の女性、穏やかそうな顔立ちで桃色の髪をした、こちらはまだ少女と言った方が似合うかも知れない、レナと、精悍な顔立ちをした紫色の髪の女性、服装も男装のような彼女、ファリスにもそう映ったらしく、二人とも当惑したような表情になる。

 だがやや落ち着いた所で、現在の状況を把握しようとするバッツ。それは一瞬で出来た。自分達のいる部屋には、入り口の部分に鉄格子が嵌められている。自分達は捕まったのだ。彼はそれを思い出した。







 彼は、元々は悠々自適な旅の風来坊だった。そんな彼の運命の転機となったのは、タイクーンの近くを旅していた時、突然空から降ってきた隕石を調べてみようと近づいて、そこでゴブリンに襲われていた少女、タイクーンの王女であるレナを助けた事だった。

 その時、同じく隕石の近くに倒れていた記憶喪失の老人、ガラフや、海賊の頭領であったファリスと出会った。

 そして当面の目的地であった風の神殿の中枢、クリスタルの間に辿り着いた彼等に、思いもかけない出来事が起こる。

 彼等はクリスタルに選ばれたのだ。そして彼等に力を託し、風のクリスタルは砕け散った。

 他のクリスタルを守る為に、彼等は今まで旅をして、冒険を続けてきた。だが守れなかった。

 次々とクリスタルは彼等の目の前で砕け散り、そして最後の土のクリスタルが砕け散った時、レナと、そして彼女の姉であったファリスの父親、タイクーン王もその命を散らした。だがそれで終わりではなかった。

 この世界に、4つのクリスタルの力で封印されていた禍なる者が復活を果たした。

 30年前、異世界の住人であったガラフとその仲間達が追い詰め、そしてこの世界に封印した暗黒魔導士エクスデス。

 復活を果たしたエクスデスは、クリスタルの砕け散ったこの世界は放っておいても滅ぶ。そう考え、かつて自分の生まれた世界。ガラフの来た世界へと向かい、ガラフも彼を迎えに来た孫娘、クルルと共にエクスデスを追って、元いた世界へ帰って行った。仲間に別れを告げて。

 だがバッツ達は諦めなかった。

 レナとファリスにとってエクスデスは父の仇であったし、何よりもガラフはかけがえのない、多くの苦難を共にしてきた仲間だったから。

 彼等は学者であるシドと、その孫のミドの力を借り、世界各所に落下した隕石に残されていた力を使って異世界へと通じるゲートを開き、この世界へと来た。

 辿り着いた場所は無人島だった。

 取り敢えずテントを張り、野営をしていたバッツ達であったが……そこをエクスデスの配下に急襲され、捕らえられてしまったのである。







「くそっ……」

 何かこの牢屋から出る手立てはないか。バッツがそう考えながら腕を組んでいると…外へと通じる階段の方から、何か物凄い邪悪な気配が迫ってくるのが感じられた。レナとファリスも、その全身を緊張させる。この感じは、以前にも感じた事があった。

「エクスデス……」

 憎き仇敵の名を、吐き捨てるように言うバッツ。それに呼応するようにして、薄暗い牢獄の闇の中から、白銀の甲冑に身を包んだ2メートル超の巨漢が姿を現した。彼だけではなく、レナとファリスもこの相手に怒りを燃やしていたが、こうして面と向かうと、どこかで萎縮してしまう自分を感じてしまう。エクスデスはそれ程の威圧感を放っていた。

「ファファファ……ようこそ我が城へ。そしてこの世界へ」

 エクスデスは独特の笑い声を上げると、からかうようにして言い放った。いや実際からかっているのだ。暗に、「仲間であるガラフを助けに来たのだろうが、そのお前達が捕まってしまうとは、無様なものだな」という意味が、その言葉には込められていた。そこに一匹の魔物が現れ、エクスデスに報告する。

「エクスデス様、ガラフ達がビッグブリッジにまで来ています」

 その報告を聞いたエクスデスは、「大鏡を用意しろ」と部下の魔物に指示すると、牢の3人を見て、言った。

「お前達には役に立ってもらうとしよう」







 エクスデスの城の内部は、普段は無数の魔物でごった返しているが、今日この日は静かな物だった。この世界に帰還したガラフ王率いるバル城の大軍が攻め寄せてきたので、最低限の守備軍を除いては、全軍がその迎撃に向かっているのだ。

 とは言え、残されていた守備軍は言うなればこの城の主であるエクスデスの親衛隊であり、数多くの魔物の中でも選り抜きの強者達だった。

 もし、ここにいたのがその親衛隊の強さを良く知るエクスデスかガラフであったら、このエクスデス城内部の通路の有様を見て絶句し、そして己の目を疑った事だろう。

 そこには、無数の魔物達の死体が積み上げられていた。

 そのどれもが、抵抗する間も無く一刀の元に倒されたような傷をしている。

 死体の山の中で、二色の声が話し合っているのが聞こえた。

「で……どうしようか? ”あれ”がここにあると思うかい?」

「それを確かめに来たのでしょう? 現実が全てです。私達の目で、全てを確認しましょう」

 その返答に、最初に話しかけた方が頷いた。

「そうだね。で、どこを捜す? セオリー通りに行くと、最上階か宝物庫のどちらかだけど……」

「…いえ、地下の牢獄に行きましょう」

 今度の返答には頷かなかった。抗議する。

「何で? あんな所に”あれ”がある訳が……」

「そうではありません、あれを見て下さい」

 今まで返答に徹していた方が、吹き抜けになっている通路の窓から、上空を指さした。







 天空には、バッツ達の姿が映し出されていた。エクスデス城にあった魔法具の一つである、大鏡の魔力による物だ。そしてそれはエクスデス城へと通じる巨大な橋、ビッグブリッジにバル城の軍を率いて迫っていたガラフ達からも確認できた。何故彼等がここに? 動揺する反面、ガラフはああそうかと納得してもいた。

 自分もまた、我が身を省みずに彼等を助けたいと思った事がある。そう思って、そして行動した事がある。それと同じ物が、彼等の中にも生まれたのだ。ガラフにはそれが分かった。その時、声が聞こえた。だがそれは空気を通し、聴覚を通して聞こえてくる物ではない。頭に直接響くような、魔力を使った送念波だ。

 この黒々とした魔力によって縁取られた邪悪な力を、ガラフは覚えている。忘れようにも忘れられない者の力だ。エクスデスの。そしてその姿が上空のヴィジョンにも映し出され、エクスデスは言った。

「ガラフよ下がれ!! 下がらねばこの者達の命は無いぞ!!」

 仲間を見捨てるという選択肢を、ガラフが選べる筈がない。エクスデスはそれを見越していた。ガラフは部隊に撤退を命じた。そしてビッグブリッジから全員が退いたのを確認すると孫娘を、クルルを呼び出した。

「おじいちゃん……」

 14歳という幼さながら戦士として、とりわけ魔法には秀でた素質を持つ彼女は、祖父について前線へと来ていた。彼女は不安そうにガラフを見る。ガラフはそんな彼女の頭を、そっと撫でてやった。「心配するな」口にこそ出しはしないが、おじいちゃんがそう言っているのが、クルルにははっきりと分かった。そしてそれだけで不安が静まっていくのが分かる。

 彼女はそんな祖父に無言で頷く。祖父はそんな孫娘ににっこりと笑って応えると、彼女が共に連れてきた飛竜に飛び乗り、エクスデス城へと飛び立った。

「おじいちゃん、気をつけて!!」







「バル城の軍は退いたか。ガラフともあろう者といえど、所詮は人間という事だな」

「何だと……?」

 嘲りの響きを含んで発せられたエクスデスのその言葉に、バッツが噛み付いた。だがエクスデスはそんなバッツのささいな反感などまるで無視するように。次の言葉を紡ぐ。

「お前達の弱点はそこだ。哀しみや怒りに突き動かされて戦う。無益で愚かな情の為に大局を見失い、掴むべき物も掴めない。とても弱いが故に、独りで生きていく事が出来ない。仲間を見捨てられない。そうして取った行動で、結果として互いの命を縮めていく。滑稽な事だな……ファファファ……」

「ぐっ……」

 エクスデスの言葉に、バッツは返答に詰まった。こんな奴の言う事など聞きたくはない、認めたくなどないが、だがこいつが言っている事が、ある一面では真実でもあったからだ。

 自分達はガラフの助けとなる為にこの世界に来たのに、逆にこうして人質となり、ガラフの足を引っ張ってしまっている。レナとファリスも、この父の仇に言い返す言葉を持たなかった。無言でうなだれている。

 エクスデスは、絶望がこの若者達の心を包んだ事を満足そうに観察した。負の力をその力の源とする奴にとっては、人の怒りや憎しみ、恐れや絶望といった暗黒面の感情を感じる事は何よりも心地良い事で、どんな美酒を飲んでも味わう事の出来ない最高の愉悦なのだ。

 エクスデスは右手をバッツに向けると、そこから強力な魔力の塊をバッツに向けて撃ち出した。咄嗟の事で避けられず、吹き飛ばされて壁に叩き付けられるバッツ。

「かはっ……」

 衝撃で肺から空気を絞り出され、そのまま俯せに倒れる。

「バッツ……」

「バッツ……貴様ッ!!」

 レナが倒れて動けないバッツの側に駆け寄り、ファリスはキッ、とエクスデスを睨み付ける。幼少の頃から鍛練を積み、また仲間と共に今まで数々の修羅場を潜り抜けてきた戦士であるファリスの体から発せられる威圧感は、常人であればそれだけで腰を抜かしてしまう程に研ぎ澄まされた物だ。実際にエクスデスの側に控えている変わった形状の鎧に身を包んだ男は、多少なりプレッシャーを感じ、腰が引けている。

 だがエクスデスはそれさえも楽しんでいた。

 バッツという男の怒りも感じていて心地良いが、この小娘の魂も中々美しい。この娘の中にはゆらめく炎がある。その輝きがエクスデスには見えた。その炎の輝きが、この娘の魂の光である事が分かった。

 その輝きを絶対的な力で蹂躙し、曇らせる。これほどの愉悦があるだろうか。最高の娯楽だ。

 今殺すのは容易いが……だがそれでは足りない。まずはじっくりと自分の無力を思い知らせてからだ。時間をかけた方が、より楽しくなる。しかしあまり調子に乗らせていてもいかん。まずは軽くあしらってやるとするか。

 エクスデスはそう決めた。先程バッツに対してやってみせたように、今度はファリスに右手をかざし、そして魔力を集中させる。ファリスは襲ってくる衝撃を覚悟して、ぐっ、と身構える。バッツはまだ自由にならない体でエクスデスとファリスを交互に見て、レナは「姉さん!!」と叫んだ。

 次の瞬間、ヒュッ、と空を切る音がして、エクスデスの喉元に刃が突きつけられた。

 それは誰もが予想していなかった事態だった。エクスデスさえも。ガラフが彼等を取り戻しに来るかも知れないというのは想定の範囲内ではあったが、それにしても時間が早すぎる。ちらっと右を見てみると、視界には二人の人間が目に入った。

 一人は少年だった。

 レナやバッツよりももっと幼い、14、5歳ぐらいのあどけなさを残した顔立ちで、短い闇色の髪と炎のように紅い真紅の瞳を持った少年だ。着ている衣装は動きやすさを重視したのだろう、身軽な感じの物だ。その瞳は強い意志の光に輝いている。エクスデスはこの少年にも、牢の中の3人と同じ強い魂の力を感じた。

 その少年が今、エクスデスに突きつけている刃の持ち主だった。

 彼の持つ剣は、装飾などは殆ど施されていない無骨な拵えで、だがその1メートルぐらいの長さの刀身は透き通った紫色で、アメジストのような高貴な輝きを湛えている。

 もう一人は青年だった。

 年齢はバッツと同じ位、20歳前後で、腰まである蒼い髪に静かな蒼い瞳を持つ、落ち着いた印象の若者だ。服装はロングコートを羽織り、その下には、本来は何かの儀式の時にでも着用するのだろう、改まった感じの服を着ている。

 彼も剣を持っていた。

 造りや拵え、刀身の長さなどは殆ど少年の方の剣と同じで、違う所と言えば刀身の色。こちらは澄んだ青色をしており、サファイアのような、そして持ち主の瞳のような、静かな輝きを湛えている。

 この予期せぬ二人の闖入者の出現によって、この場の全員が次にどうなるのか、予想がつかなくなった。特にバッツ達からすれば、突然現れた彼等が敵なのか味方なのか、それはかなり重要な事だった。まあ、一人がエクスデスに剣を向けている事から少なくともエクスデスに与する者ではないというのは明らかだが、だからと言って自分達の味方であるとも限らない。

 レナとファリスも同じ事を感じているのか、不用意に言葉を口にする事はせず、成り行きを見守っている。と、青年の方が、隙有らば即座に斬り掛かろうとしているエクスデスの親衛隊長を牽制しながら、口を開いた。

「がっかりさせて悪いですけど……彼等を私達に渡していただきましょうか、エクスデス」

 その言葉を受けて、エクスデスは思わず笑いが込み上げるのを堪えた。そしてほんの僅かだけ体を動かすと、青年を見て言った。

「たった二人で乗り込んでくるとはな。勇敢だとは思うが、愚かすぎるな。多勢に無勢だぞ」

「そうかな?」

 今度は少年が、突きつけた刃を動かさずに、僅かに唇を吊り上げ、にやりと自信に満ちた笑いを浮かべながら言った。

「そうとも」

 エクスデスは即座に返答すると、右掌に蓄積されていた、本来はファリスに向けて放たれるはずだった魔力の弾丸を少年に放った。だが少年は素早く剣を動かすと、魔力の塊を刀身で受け止める。

「くっ!!」

 衝撃までは殺し切れずに、彼の体が2メートルばかり後方へと押されたが、そこまでだった。凝縮された魔力は勢いを失い、無力に拡散する。お互いにこれまではダメージを受けなかった。だが今の攻防で均衡状態が崩れたのは確かだった。少年は素早く前方に跳躍すると、エクスデスに向かって剣を振り下ろした。

 剣閃がエクスデスの体を切り裂き、そして二つになったその体は蜃気楼のようになって消えた。少年がチッ、と舌打ちする。

「テレポか。逃がしたみたいだね……」

 だがいつまでも悔しがっている暇は、無かった。彼等が入ってきた通路から、数匹の魔物がやってきたのだ。少年は即座に反応し、一匹を斬り捨てると、そのまま他の魔物と戦いながら外へ出ようとする。その少年に、青年が声を掛けた。同時にそこに控えていたエクスデスの親衛隊長でもある鎧の男、ギルガメッシュが斬り掛かってきたので、蒼く輝く剣でその攻撃を受け止める。

「アレク!! お前はそのまま城の魔物と戦って、奴等を引きつけて下さい!! 私は彼等を助けてこの城を脱出します」

 魔物の悲鳴や剣と剣のぶつかり合う音に混じって、返事が返ってきた。

「分かったファル、あんたも気をつけて!!」

「……無論ですよ」

 ファル。そう呼ばれた青年はギルガメッシュとの鍔迫り合いを続けながらそう返事し、そして会話が終わったと同時に後ろへ飛んで、距離を離した。

「へっ、中々やるみたいだけど、ここへ来たのが第一の間違い、そして俺を一人で相手にしたのが第二の間違いだったな」

 ギルガメッシュが挑発する。だがファルは全くそれには乗らずに冷静に返した。

「そう言って返り討ちにあった者を私は何人も記憶しています。あなたがその中で最も新しい一人になりますか?」

「ハッ!! よく言った!! それならこの俺にだって戦い甲斐がある!! 手加減は無しだ!!」

「したらあなたの負けですよ」

 戦士の社交辞令とも言える言葉に真顔で突っ込まれ、頭に来たらしい。ギルガメッシュは剣を仕舞うと、代わりに背負っていた薙刀を手にとって、風車のように振り回しながらファルに迫った。ファルは剣を正眼に構え、どっしりと動かない。

 そしてギルガメッシュが槍の間合いギリギリにまで迫ったその瞬間に踏み出すと、素早く剣を一振りした。槍は真ん中の部分から真っ二つになり、ギルガメッシュは「あ……」と、間抜けな声を上げる。だがすぐに気を取り直すと、今度は腰にぶら下げていた二振りの剣を抜き、その双方を回しながら、再びファルに迫った。

「あの槍は大枚はたいて買った業物だったんだぞ!! それを真っ二つにしてくれやがって」

 そしてその双剣を見事に使いこなし、恨み言を言いながら連続で攻撃を繰り出していく。

「だったら戦場になど持って来ずに、家で金庫にでも入れておけば良かったのです」

 だがその恨み言も、その反論によって封じ込められた。押し黙るギルガメッシュ。ぐうの音も出ない、とは正にこの事である。ファルはその場からは右にも左にも、前にも後ろにも殆ど動かずに、しゃがみ、仰け反り、あるいは剣を動かして一秒間に10回近く繰り出される攻撃を、捌く、またはかわすなりして封じ込める。

 彼の剣技は受動的だが、それ故に無駄な動きや隙が、それこそ皆無と言って良かった。

 ギルガメッシュは時にはフェイントを織り交ぜ、また攻撃の角度を変えたりしてその堅牢な守りを打ち崩そうとしたが、それは全て徒労に終わった。何度攻撃しても、ファルの構えに隙を作り出す事も出来ず、逆に攻め疲れで自分の方に一瞬の隙が生まれた。その一瞬をファルは見逃さなかった。

 凄い速さで前に出ると、今度は上へと振り上げるようにして、剣を振った。ギルガメッシュの左手の剣が根本から断ち切られて、刀身が床に転がった。

「ああっ、この野郎!! またやりやがったな!!」

 怒ったギルガメッシュは、右手の剣を繰り出した。素早く自分の剣を動かし、その攻撃を受け止めるファル。そしてそのまま今の攻撃の威力を利用して上に跳ぶと、天井に両足をついて、”着地”した。そしてその体勢のまま、ギルガメッシュに向けて剣の切っ先を向けた。彼のした事はそれだけだった。だが間合いが遠すぎる。その意図が掴めない。

「!?」

 一瞬だがギルガメッシュの動きが止まる。次の瞬間には答えが分かった。

 自分に対してかざされた蒼く輝く刀身から、炎が吹き出たのだ。

 魔法剣。それもこの火力はファイアとかファイラ程度の物ではない、ファイガ級の勢いと熱量があった。ギルガメッシュは慌てて飛び退いたが、完全にはかわしきれず、服の一部が燃え上がった。

 戦いどころではなくなった。

「あちちちちちち!!」

 ぐるぐると走り回り、転げ回ってやっと消火する。ふうっ、と一息ついて、そしてはっと気付いた。自分を見ているファルや、バッツ、レナ、ファリスの視線が、どうも拍子抜けしたような、そんな感じだ。ギルガメッシュは急に恥ずかしくなった。彼は残った右手の剣を腰に差すと、ビシッ、という効果音が聞こえてきそうな程見事に決まったポーズでファルを指差すと、叫んだ。

「きょ……今日の所はこれで勘弁してやるぜ!!」

 劇で演じる三流悪役のようなセリフを吐き捨てるギルガメッシュ。それに対して、

「そうですか。私はいつでもお相手しますよ。ただしアポ無しは勘弁して下さいね」

 生真面目に返答するファル。ギルガメッシュは調子を狂わされたようだったが、「ぺっ」と唾を吐くと、逃走してしまった。







「大丈夫ですか? 今開けますから、少し離れて下さい」

 脅威が排除された事を確認したファルは牢屋に近づくと、今の戦いを食い入るようにして見ていたファリスやレナに言った。

 ファリス達はその言葉に従い、鉄格子から離れる。ファルが無造作に剣を振った。蒼い刃がまるで扇のように繰り出され、それの動作が2回行われたその時には、鉄格子は切れる、いや、割れるという表現が的確だろう、パキン、という乾いた音と共に断たれ、人が出入りするには十分な広さの”穴”が出来た。

 彼はその穴から牢の中に入ってくると、レナに抱えられているバッツに近づき、腹部にそっと手を当てた。

「痛ッ……!!」

 バッツが痛みに顔を歪め、身をよじる。ファルは顔をしかめた。あばらが数本折れている。レナは心配そうにバッツの顔を覗き込んだ。ファルはそんな彼女を見て、安心させようとするかのように笑顔で頷くと、そっとバッツの傷の部分に手をかざし、目を閉じて詠唱を始めた。

「空の下なる我が手に、祝福の風の恵みあらん……ケアルガ!!」

 彼の手から白く淡い光が生まれ、バッツの傷を癒していく。数秒程そうしていた後、彼は手を引いた。同時に光も消える。バッツは殆どそれと同時に起きあがると、腹部をさすってみた。もう痛みは完全になかった。彼の傷は完全に治癒していた。

「あ……ありがとう、助かったぜ」

 元気になったバッツを見て、ファルは笑顔を浮かべた。レナとファリスが彼に話しかける。

「ありがとう、バッツを助けてくれて」

「……俺からも礼を言う。だが…お前は俺達の敵なのか? それとも味方か? まずは即答してくれ」

 純粋に礼を言うレナと、育った環境の厳しさもあってか強い口調で質問するファリス。レナは「姉さん!!」と咎めるような口調で言うが、ファルはスッと手をかざしてレナを制すると、穏やかな声で、ファリスに言った。

「心配しなくても、あなた達に危害を加えようという意志はありません。それは約束しますよ。それより早く脱出せねば……」

 と、自分が斬って造った鉄格子の”穴”を指差して言う。だがそれを言うと急にバッツ達は不安な顔になった。

「?」

 ファルは小首を傾げていたが、ポン、と掌を叩いた。彼等は囚われの身だった。つまり武器や装備は当然の事ながら取り上げられている事になる。そんな状態でこんな城の中を移動する事に不安を感じているのだろう。だが、

「まごまごしている暇は無い、どうせここに留まっていたって死ぬんだ。一か八か、やってみよう!!」

 と、バッツが叫んだ。その通りだ。レナとファリスの顔から不安の色が消え、立ち上がる。ファルも頷いて、「では、私が先導しますから、ついてきて下さい」そう言って立ち上がったその時、彼は腰の鞘に仕舞っていた剣を再び抜いた。

「どうした!?」

「誰か来ます……数は一人……新手? いやそれにしては殺気を感じない……?」

 気配を感じ、出口に向かって剣を構えるファル。バタバタと足音が聞こえ、気配の主がその姿を現した。

「みんな無事か!!」

「あなたは……」

「「「ガラフ!!」」」







「急いで、こっちです!!」

 城内の警備はファルとアレクが倒していた為か、比較的手薄だった。バッツ達も、ガラフが取り上げられていた武器・装備・道具を持ってきてくれていたおかげで、完全装備で戦いに参加している。

 途中で外に出る事があり、5人は屋外に造られた渡り廊下を走っていた。

「見て、あれは!!」

 レナが何かに気付いたように叫んだ。全員が彼女の指差す先に視線を向けると、そこには、ちょうど城の中庭だろう広場で、開け放たれた四方の門から次々と現れる魔物達と戦っているアレクの姿が見えた。彼は紫に輝く刃を振り回し、身を守ろうとしている。

「大変だ、助けないと」

 バッツがそこに向かおうとするが、ファルが肩を掴んで止めた。彼はすうっと息を吸い込むと、大声で叫んだ。

「アレク!! 私達は脱出しますから、お前も適当に戦ったら逃げて下さい!!」

 バッツ達は彼の言葉に驚いたが、「分かった!!」という返事が大声で返ってきたのを受けて、更に驚いた。

「大丈夫なのか? あんな子供を一人で戦わせて」

 心配そうな顔と口調で言うファリス。それを聞いたファルは少しだけ微笑むと、言い返した。

「彼の事なら、心配は無用ですよ」

 そう言って、「さ、ここを上れば出口の筈です」と誘導する。そして笑いながらもう一言、付け加えた。

「彼は強いですから。この私と同じぐらい、ね」







 四方八方から押し寄せてくる魔物達を、アレクは全く寄せ付けなかった。

 彼はファルのそれとは異なる、動的、かつ攻撃的な剣技を使い、向かって来る者は真っ二つに、立ちはだかる者はバラバラに、逃げ出す者は首を刎ね、鬼神の如き戦い振りを見せていた。

 接近戦では敵わぬと見たのか、魔物達は距離を取ると、魔導士系の者が前に出て、ファイラやブリザラを彼に向かって放つ。だがアレクはアメジストの色の刃を振ると、炎も冷気も、雷さえも切り裂き、偏向しながら大胆な足取りでズンズンと距離を詰めると、次々と魔導士達を斬り倒した。

 魔物達は作戦を変更したのは間違いだった事を思い知らされた。

 かくなる上は一斉攻撃、数の論理で押し潰すしかない。再びアレクの四方から魔物達が攻め立てた。

「そうだ、どんどん来い!! こっちはまだまだいくらでも行けるよ!!」

 彼は跳躍すると、空中で一回転し、魔物達が最も集中している所に着地した。そしてその場所で剣を回し、自身も回転しながら、次々に魔物達を斬り捨てていく。

 彼は戦いを楽しんでいた。

 ひりつくような汗、耳にまで聞こえる自分の鼓動、確かに今を生きているという事を実感できる息吹、そして背中合わせの緊張感。それらを感じて、その中に浸っていた。これが彼の剣技であり、闘法の真髄だった。彼の戦い方は戦闘の型以上の物なのだ。スリルと興奮に身を任せ、勝利の喜びを感じる事。それが彼の攻撃的、かつ強力な戦い方の中核にある物だった。

 控え目なエレガントさを持つファルの剣技とは、良くも悪くも対照的だ。

 だが斬っても斬っても、魔物達の数は一向に減る様子を見せない。流石はエクスデス、とアレクは思った。強力なモンスター共を、これ程の数抱え込んでいるとは。彼は感心していた。だが同時に、にやり、と唇を歪め、思った。

 そうでなくては、と。これ位の手応えが無くてはつまらない。

 彼はスッ、と剣を振りかぶり、

「喰らえ、音速剣!!」

 と叫びながら、紫の刀身が殆ど目に見えない程の速度で振った。何かが破裂するような音が聞こえ、音速を追い越した衝撃が、刀身に触れた物だけではなく、その振った軌跡の延長線上にいる者もまとめて、数十匹の魔物を一振りで仕留めた。

 その神業的所業、いや神業を見せつけられ、魔物達は動きが止まる。それを見て、アレクは叫んだ。

「さあどうしたんだ!!? かかって来い、ただ囲んでるだけじゃ僕は倒せない!! そっちが来ないのならこっちから行くぞ!!」

 彼は剣を振り上げると、魔物達に向かって突進した。再び壮絶な戦闘が開始される。

 その頃ファルとバッツ達5人は、やっとビッグブリッジに辿り着いていた。









TO BE CONTINUED..

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