いい勝負でしたね。

そんな言葉から始まり、エキシビジョンマッチに見入っていた主催者と試合の品評などして…表彰者二人の欠席も決定した為今後の予定を変更すると主催者が消える。
リシャールは傍らにいた兵士を呼んだ。もう一人の腹心に仕事を押しつけて連れて来たもう一人の腹心はすぐに彼の傍らに控えて言葉を待つ。
普段ならもう少し言葉をかわすのだが、今は兵士の振りをし通すつもりらしい。

「カーマインと内密に会いたい。無理やりにでも連れて来てくれないか?」

「…理由を聞いてもよろしいでしょうか?」

主人の命令に対して兵士は質問で返した。
スカウトするにしても今リシャールが会う必要は無いし、それまでの付き合いから考えると何か思う所があるように思われた。
リシャールの視線は担架で運ばれていくルーチェに注がれている。

「…まだ言えぬ」

続けて何か言おうとしたリシャールをアーネストが首を静かに振って止めた。

「了解しました。必ず連れて参りましょう」

声を残して兵士の姿がこの場から消える。
彼の起こした風がリシャールの頬を撫で、雲が日を遮り屋根のついている貴賓席を更に暗くした。
一瞬、金色の両目が輝き、それを隠すようにリシャールは小柄な外見通り、小さな手で顔を覆った。
初めて見たときから感じる既知感を思い出し、リシャールは立ち上がる。

「…奴は、私と同じなのか? 問題はそこだ」

戦事に関して頂点の地位にあるとされる少年は踵を返した。


ぐろーらんさー獣道 六話 コムスプリングス


ルーチェの体が動ける程度にまで体調を戻したのは、自分が担架に乗せられようとしている時だった。
それまで痛みで身を起こすのもつらかったが、体を起こすルーチェを係りの者が止め、担架に乗せようとするが無視して立ち上がる。
二人を気にしていた観客の誰かが健闘を称えるような事を言うのが耳に入ったが、気にせず状況を確認すると…
勝敗は決まっており、勝者であるジュリアンは控え室に戻ろうとしてたがルーチェが気がついたのがわかったらしく、振り向いて満足げな笑みを見せて去っていく。
ゼノスは担架に乗せられており、呂律の回らない口調でルーチェに何か言おうとしていた。
ルーチェが近寄ると彼女は動かない体に痺れを来したのか、右拳でルーチェの腹をコンッと叩いて運ばれていく。

「…変な奴」

何故そんな事をしたのかいまいちわからずそう言う。
ただ、ゼノスが自分の働きを見て株をあげたらしいと感じて、ルーチェは余り経験の無い奇妙な気分で控え室に向かった。
日差しが強いせいで真っ暗に見える控え室の入り口は、その周りをやるじゃないかと健闘を称え、詰め掛けた観客が身を乗り出している

「やったな! どうした? 手でも振ってやれよ」

入り口脇に立つ係りの兵士が親しげに話しかけてくる。
ルーチェは表情を見せない顔つきのまま促されるまま上を見る。
知らない人間ばかり、ただ顔を向けただけでまた声をあげる彼らを変に思いながら、言われるまま手を差し上げると彼らは手を伸ばしてルーチェの手を叩いた。

「お兄ちゃん!」

そちらに注意を引かれていて気づかなかった妹の聊か機嫌の悪そうな声に顔を向けると、走ってきたルイセに抱きつかれた。
いるのはわかっていた。観客席にルイセの姿を認めたからこそ、最後にジュリアンに一撃入れたのだから。

「凄いよ。観客席で見てたけど、惜しかったね。もうちょっとで…」

ただそのお陰で今度戦う事があれば、ジュリアンの実力にかなり近づいておかなければ今回の最後と同じ事になってしまうだろうが。
ルイセの頭に手を置いて、ルーチェは控え室に戻った。

「飛行装置は?」

「え? うん! 完成したよ! …でも、ちょっと問題があって」

控え室では、様子を見た誰かが連絡していたのか白衣を着た女性がゼノスに付き添い症状から毒を絞り込もうとしていた。
それを心配そうにしていたウォレスとティピがルーチェの顔をみて嬉しそうな表情を見せた。

「やったわね!」

「よくやったな」

「…そうだな。目的は果たした」

「なによその言い方。やったじゃない! 優勝よ優勝!! アンタも結構やるじゃないの!」

ティピが指を突きつけ念を押すように言ったが、ルーチェは普段どおり、無表情だがティピには不満そうに見えた。

「ふむ…満足してねぇか」

「鍛えろって事か」

ルーチェの返事にティピは面白くなさそうに鼻を鳴らした。せっかく自分が褒めてやったのにと悪態をつきながら肩に止まる。

「何よ。スカしちゃって」

ウォレスは違うと思った。確かに実力が足りないという事はあるが、それだけとは考えない。
だがウォレスはまだ言わずに置く事にした。この未熟者には考える事も必要だと思うからだ。

「その気があるなら今度フリーバトルにも出てみるか? 実戦とはちょっと違うが、あれはあれで出れば学ぶ事もあるだろう」

「ふむ…」

「まぁそれは後でゆっくり考えるんだな。ゼノスに何があった?」

ルーチェの言葉に意外そうな顔を見せてから、ウォレスはゼノスの事を聞いた。

「そうよ! ゼノスなんかおかしかったじゃない? なんかあったの?」

「毒だ「毒!?」

ティピが大声を出し、それに負けない勢いでまだしがみついたままだったルイセが真っ先に反応を見せる。
ウォレスは様子をみてなんとなく分かっていたようで、ただそうかと言った。

「ゼノスさん、大丈夫なの!?」

「ゼノスなら死にはしない。薬ももうすぐ与えられるだろう」

ルーチェはそう言ったが、ルイセとティピは余り納得していない様子だった。
医師はひとまず症状を緩和させる薬をゼノスに飲ませている。

「それなら心配はねぇさ。グランシルではけが人もよくでるからな。医療に関してはかなりのもんだ」

ウォレスの言葉にも、二人はどこか納得していない様子で、

「でも、お母さんには…薬、効かなかったよ?」

ルイセは顔を伏せてそう言った。ルイセにとって毒といえば今母親を苦しめているものだけなのだろう。
その考えは理解できなかったが、安心させるように苦しんでいるルイセの肩を抱き、ルーチェは部屋の隅にある椅子まで歩き出す。

「ゼノスは毒に対してかなり強い。それに、毒の種類も違うようだ」

ゼノスは、毒を受けてもこれまで体に影響がなかったと言う。サンドラを見た医者が用意した万能薬はほぼ全ての毒に対応するという。
…まさかなと考えている事は顔には出さず、ルーチェは言った。ルイセをつれ部屋の隅に移動して座る。

「でも、なんで毒なんて盛ったのかしら?」

ルイセを心配そうに見ながら呟くティピに、横たわるゼノスを見ていたウォレスが言う。

「ゼノスが勝つと困る奴もいるって事だ。例えば、大穴に賭けた奴とかな」

「そんな!?」

たかがそんな事で。信じられないと言葉を無くすティピにウォレスはそういう事も過去にあったと、淡々と告げた。

「ティピ。アリオストの方はどうなった?」

「あ。そうよ! あいつらすっごくムカつくからアンタも覚悟しときなさい」

あからさまに別の話題を振るルーチェにティピはコロリと表情を変える。その時の事を思い出したのか怒り一色だ。

「あいつら門前払いしようとしたのよ! しかもアンタ見たいなこーんな顔してこれまで頑張ってきたアリオストさんの事までまで否定してさ!

あんまり気にしてないようなこと言ってたけど…アリオストさんがかわいそうよ」

ルーチェの真似と言い張る真面目ぶった顔を作ったティピは、最後はしおらしい顔を見せてそう言った。
倒れたゼノスと、ゼノスを診る女性医師の隣で騒がしくするのはどうかと思わないでもなかったが、ルーチェは何も言わずに頷いて見せた。
ちょうどその時、扉が開いた。ゆっくりと開いた通路側の入り口から兵士が姿を見せる。
隣国バーンシュタインの兵士。皆の頭にゼノスが言っていたスカウトの話が思い出された。慣れた様子でウォレスが対応に出る。

「目覚めていたか」

「悪いが、少し立て込んでるんだ。スカウトの話なら」

対応に出るウォレスに首を振り、兵士は妹と二人並んで座るルーチェに顔を向けた。

「スカ…ウト?」

言葉に反応して体を起こそうとするゼノスを、医師が止める。
兜が作る影が顔を隠していたが、見える口元は形もよく肌がとても白かった。

「カーマイン。名前は明かせないが、ある方が内密に君と会いたいと言っておられる。一緒に来てもらえないか?」

ゼノスの名前が出なかった事に皆が驚きを見せた。だが兵士がそれを気にする様子もなく、返事を待つ。

「どういう…事だ!?」

「無理をするな。勘違いしているようだが、スカウトの話とは聞いていない。ただ、2,3聞きたいことがあるとの事だ」

しどろもどろながら声を出すゼノスに、兵士は答える。ルーチェはまだ沈んだ様子の妹を見る。

「行って来い。あまり無い機会だからな」

隣に座るルイセの様子を見るルーチェにウォレスは言った。それに顔をあげたルーチェと目が合う。
ルーチェは立ち上がった。

「わかった。ルイセ、ウォレス。すぐに戻らなければ二人で先にコムスプリングスへ向かってくれ。俺は後から行く」

「お兄ちゃん…」

自分を見上げるルイセの肩に一度手を置いて、ルーチェは兵士と共に部屋を出た。
その後すぐだった。控え室に負傷したニックが現れ、カレンが襲撃されたと皆が聞くのは。

ルーチェが戻るのを待つ余裕も無く、ルイセ達は医療技術の高さで名の知られる保養地ラシェルへと、向かう事になる。






「何故だ…?」何故かそう少年は言い、剣が振り下ろされる。
切り裂かれる感触、痛みを味わいながらルーチェは意識を手放し、カレンが襲われた事など全く知らずにルーチェは人の気配に目を覚ました。
落ち着いた色合いで纏められた部屋で身を起こす。長年を過ごした離れに置かれた幾つかの家具と同じく磨き上げられた木製の家具が、窓から入る光を反射している。
この屋敷だけではなく、塀の外にもどこか落ち着いた雰囲気が窓の外には広がっていて、グランシルとは違う街なのだとルーチェに思い出させた。
ただ、部屋の家具などに関して言うと、サンドラが選んだ家具よりはより素っ気無い細工でルーチェの目には少し地味に映ったが。
ここはコムスプリングス。有名な温泉がある隣国の都市であり、優勝商品である旅行券でルーチェ達が来ようとしていた場所だった。

全く傷が残っていない体に手を這わせて傷をなぞる。脳裏に現れた数人の姿に、ルーチェは興奮を抑えきれずに笑みを浮かべた。
だが…何か奇妙な気分だった。その正体を考える前に、言葉がかけられる。

「まだ眠っていたのか」

無視していた気配…ため息をついてそんな事を言う少年もここではルーチェと同じ客人のはずだった。
だが我が家のように寛いだ様子で、椅子に腰掛けてルーチェを見ていた。

「早く戻りたがっていた癖に、呆れたものだな」

「そちらこそ。客が寝ている所に押し入るのが王子のする事か?」

王子に対しては乱暴な言葉を最後に二人は黙り、窓から入る風と静けさの中お互いを観察していた。
ルーチェがまだ眠っていたのは先日、リシャールや呼びに来た兵士に叩き伏せられたからだった。

リシャールに呼ばれてからもう数日が経ったにもかかわらず…その間、話した事はけして多くない。
ただどうでもよい事を2,3聞かれ、ルーチェも簡潔に答えただけだった。
コムスプリングスに用があるというルーチェを連れてきてまでした事から、何か思うところはあるらしいが。

ちなみに、実質移動に掛った時間はバーンシュタインでも有数の力を持つグローシアンだと言う男のテレポートのお陰で一瞬の事だった。
怪我の治療も恐らくはその男の仕業なのだろう。

「…やはり違うのか?」

ルーチェを観察していたリシャールの口調は残念そうな音色だった。ルーチェもため息をついた。
何がしたかったのかは知らないが、リシャールの用は済んだのだと悟る。それに関する相槌を打つ間もなく部屋の扉が開かれた。
一人の男がティーセットを並べた台車を押して入室する。
男は白いシャツに多少装飾の入った黒いズボンといういたって地味な服装。部屋と同じく良い素材が選ばれており身に着ける男の物腰はメリハリがついていた。

「リシャール様。お茶の用意が整いました」

そう余り感情を感じさせない声で言い、二人の下まで来て陶磁器のティーセットを並べる男はゼノス並みに長身で、手足が長い。
短く切られた白髪とルーチェのように陽を浴びないから白いのでは無い、生まれついての白い肌。
整った鋭利な風貌を印象付かせる赤い目と引き締められた口元。
全てが感情を押し隠され、男に冷たい印象を持たせていた。彼がこの屋敷の主人で、名前はアーネストライエルと言う。

「インペリアルナイトを茶坊主にできるのは貴様位か」

言った途端、冷たい視線を受けて二人は口元を歪ませた。

「変わった奴らだ」

「興味があるなら我が国に来ればよかろう」

「次の機会があればそうさせてもらおう」

本気とも冗談とも取れるような口調で言い合う二人にアーネストは冷たい視線を送り続ける。
ルーチェが首を横に振り、アーネストがお茶を入れ終えた。
そのまま、護衛にでもつくように自然にリシャールの傍に立つアーネストへリシャールが手で合図を送ってソファーに座らせる。
一人格式ばったアーネストを間に挟み、二人はティータイムを楽しむ。
淹れられた紅茶の銘柄を当てて見たり、手製らしい茶菓子の隠し味を尋ねてみたり、腕を褒めたり…華やかさには少し欠けるものの悪くない雰囲気の部屋でゆっくりとおいしいお茶と菓子を味わった。

「リシャール様…つかぬ事をお聞きしますが、何か御用があったのでは?」

何か用があるというから無理やり連れてきたというのに、特に思わせぶりな会話もせずにただティータイムを楽しむ二人へ目覚める頃に合わせて茶を入れてきた家主がそう言う。
実の所、ここに来るまでの馬車の中までなら兎も角今はもう一人の客人が無遠慮に聞き耳を立てているのがわかっているのでさっさと退室して注意したかった。
二人は不思議そうな顔で茶を飲むのを止めた。お互いの顔を見てから言う。

「もう終わった…アーネスト。後は彼を送り出してこの件は終わりだ」

「…そうでしたか」

若干疲れた様に言うアーネストにリシャールは、ああと一つ用件を思い出したように言う。

「件の男に関して何か情報が入ったと聞いたが」

件の男とは、バーンシュタインの武器商人グレンガルの事だ。
武器を中心に商っているように見えるが、その実様々な商品(非合法なものまで)を扱い、盗賊との繋がりもある為調査させていたのだが…

「はい。ですがこの場では言いかねます」

ルーチェをチラリと見て言うアーネストにリシャールは首を振った。

「我々が動く必要がなくなるかもしれなんぞ?」

「……奴がフェザーランドに侵入しフェザリアンを誘拐しました」

報告に、リシャールは息をつく。面倒な事をしたというのが正直な感想だった。
フェザリアンに関してリシャールは無干渉という方針だったからだ。

「魔法学院から飛行装置を横流しさせたと聞いた時点で、手を打つべきだったか」

本当は手を打ちたかったのだが…今バーンシュタインは人手不足なのだ。
国外は愚か国内でもまだ騒がれてはいないが、バーンシュタインでは今失踪事件が続いていた。
ただの失踪事件など…こう言っては何だが、未報告のものを含めればそれなりにある。
今後の為、有望な者を調査していたリシャールでなければ気付かなかっただろう。

失踪したのは、宮廷魔術師長でありサンドラの師でもあるヴェンツェル、豪商ハウエル家の嫡子として将来を期待されていた男装の麗人ラルフを始め、ラルフと同年代の有望な若者。
それだけではなく、少しずつグローシアンも失踪している。

失踪したグローシアンの数だけでもここ数ヶ月で、前年度の10倍にも達していた。
その調査の為に人間を割いているのだが、芳しい報告は無い。

その対策に追われた結果が人員不足による今回の事態なのだからリシャールの口からため息が漏れるのも仕方が無かった。

この件、本来なら自国の人間だけで処理したい所だが…そういった事情でリシャールは、目の前で不覚にも少し表情を変えているルーチェへ白羽の矢を立てた。
ヴェンツェル関連の調査をする内に、ルーチェ達がフェザリアンに用があることは知っていた。案の定助ける気になったようで紅茶を口にして、思考に入る。

「多少予定外の事もあったのでしょう。ほぼ無傷の状態でラシェル東のグローシアン遺跡へ連れ込まれるのを確認済みです」

報告を聞き、リシャールは紅茶にまた口をつけてからルーチェへ笑みを見せた。
グレンガルの不穏当な動きは早々に片付けなければならないのだ。

「さて、聞いたとおりだ」

と、リシャールは早く救出に向かう事を促す。

「…都合の良い事がよく起きる。全て貴様の仕業かと思ってしまうな」

その返事に、アーネストが反応するのをリシャールは手で制した。

「だが都合もよい。勿論行ってくれるのだろう?」

「さて…どうするかは行ってから考えるさ」

立ち上がるルーチェ。

「アーネスト。案内と土産を頼めるか?」

「はい」

リシャールはアーネストに頼んで、外で待ちぼうけを食らっていたもう一人の仲間を待つ。
カレンの治療の為ラシェルに入ったというルイセ達にルーチェがラシェルに向かうと言う事を伝える手紙まで配達させる手はずは既に済んでいたので、リシャールがする事はもう特になかった。
去っていくルーチェは自分と同じ存在ではなかったが、この程度の事なんとかするだろうという根拠の無い確信をリシャールに持たせる男ではあった。

(これでこの件は片付くだろう。しかし…グレンガルが魔法学院と裏で繋がっているとは予想外だった。やはり)

リシャールはアーネストのおいていった菓子をナイフで切り分けながら心を決める。その間に、外で聞き耳立てて待っていた男は先程までアーネストが座っていた椅子に腰掛けた。

「リシャール様。彼で大丈夫なんですか?」

「グランシルの闘技大会優勝者だ。どうにかしてみせるだろう」

リシャールの返事に男はそれは凄いですねーと言いながらリシャールの切った菓子にフォークを刺す。

「彼がねー…ああ、グレンガルを監獄に入れる準備はもうすぐ整います。ここまで大変だったんですから、締めはリシャール様が頑張ってくださいね?」

アーネストとは違い遠慮なくソファーに寛ぐ腹心の言葉に、リシャールは頷き返した。

「任せておけ…私は、禍根は残さん」

二人笑みを交わし、その言葉が全く履行されないなどとは思いもしなかった。







アーネストに土産を受け取らせられ、あの後カレンが襲撃を受けた為ルイセ達がラシェルにいると聞かされたルーチェは不機嫌そうな顔で走っていた。
テレポートにより、帰りも楽をしたとは言え、遠回りしてばかりの状態に気分は余りよくなかった。
だが、今駆けているのは森。自然の森ではない。人の手入れの行き届いた美しい森の中、作られた道だ。少し気分は晴れた。
森は必要な条件さえ整っていれば放って置いても育つが、人の手が加われば更に良く育つ。
芽が出る種の数は撒かれた数より少なく、その土地が与える恩栄は全ての芽が十二分に成長するには足りないのだ。
途中で出会うリザードマンやガーゴイルは、ジュリアンやゼノスと比べるまでも無く障害にはならなかった。
彼らを退け、風が木々を揺らす音を聞きながら駆け抜けていくルーチェの前に、グローシアン遺跡が現れる。

無骨な建造物には飾り気も無く、ルーチェの好みからは著しく離れていた。

特に、ここを調査した魔法学院の仕業だろう、如何にも一度破壊して後から扉をつけて封印してあるのは最低だった。思わず踵を返そうかと思う程見栄えが悪い。
森は気に入ったものの囚われのフェザリアンを助ける気は無かった。
予想通りグローシアンに反応して扉が開く仕掛けのようであるし、こじ開けられた部分は厳重に封印されている。
そして、ここに来るまでにも時間を取られたのだ。もうフェザリアンが助け終わった後かもしれないと、考えていた。
実際はフェザリアンは既に救出を諦めているのだが、ルーチェにはそんな考えはなかった。毛嫌いしている人間に仲間が攫われたのだから、強力な武装に身を包んだフェザリアンが大勢で暴れ周り救出位さっさとしているだろうと思う。
それでも来たのはこの所よくないことばかり起きているからであり、存在も知らなかった遺跡自体に興味があったからなのだが、(盗賊に荒らされきった成金の家のようにさえ見える遺跡は)余り探検をしたい気にさせてくれる建物ではなかった。

(…ルイセ達と合流するか)

この付近にあるラシェルへ向かおうと遺跡に背を向ける。アーネストに聞かされた話では深手を負ったカレンを治療する為、テレポートと回復魔法を使用できるルイセ達はゼノスと共にラシェルに向かったらしいのだ。
そよ風が吹く。木々が音をたて、ルーチェは足を止めて目を閉じた。初めて聞く種類の鳥の声が聞こえていた。
気分が落ち着いていく。風に乗って、遺跡から綺麗な歌声も聞こえ始めた。
ルーチェは眉を顰めた。

「…気分の悪い歌だ」





ルーチェがそう呟いた頃、つい先日ラシェルにたどり着きカレンの治療も終わり、カレンの主治医を勤めることになりニックの恋人でもあり(ルイセには遠く及ばないが一応は)グローシアンでもあるアイリーンと会話を楽しんでいたルイセ達の耳にも、その歌声は届いていた。

「これは…小さい頃母さんが歌ってくれた歌なんです」

強い確信を持って言うアリオストの言葉に皆驚き、ついでアリオストの母かどうか(カレンが危険な状態であったため延期になっていたが)フェザーランドに行き確かめたいという言葉に「母親を思う気持ちは皆同じだ」とウォレスが言うように皆は同意を示した。
ルーチェが着たら待っていてくれるように伝えて欲しいとアイリーンに頼み、彼らはテレポートを行った。
ルイセはアリオストに関わってから兄とすれ違っているのに不満を覚えていたが、魔法を失敗する事はなかった。

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