5話中編


試合後の休憩室には、次の試合を控えた選手達や既に試合を終えた選手が各々試合までの残り少ない時間を有用なものにしようとたむろしていた。
長年使われ続けた部屋はそれなりに綺麗に使われてはいたが、それでも血と汗の臭いは避けられない。
そんな中で一試合終えたルーチェとゼノスは休憩していた。戦場にいた事もあるゼノスはこのような場所にも慣れたもので鎧を着たまま寛いでおり、ルーチェも別段何を言うでもなく備え付けの冷たい石の椅子に腰掛るゼノスの隣に座る。

「さっきはよかったぜ」

大きな体を壁にもたれかけながら、ゼノスがふいにかけた言葉にルーチェは視線を向けた。
返事をしない相手にゼノスはルーチェの腰に下げられたボウガンに目をやる。

「それの事だ。うまく当てるじゃないか…昨日買ったばかりとか言うからてっきり、」

肩を竦めて、「うまく使えねぇんじゃないかと思った」

「そうか。お前の希望にも沿ったか?」

「それは駄目だ。旅行券が欲しいならもっと頑張らないとダメだな」

言いながらゼノスは選手が少し減り、空いたスペースを確保する。
試合に負けた者が徐々に担架で運ばれたり、あるいは帰っていくのを尻目にルーチェは頷きボウガン用の矢の状態をチェックし始める。
ゼノスはそれをボーっと眺め、次の試合を待った。二人とも次に誰が来るかに興味は無い。
ただ先程と同じように自分達の得意な事をするだけだ。

「…お前はさ。誰に習ったんだ?」

「…以前本を読んだ。昨日ウォレスにコレの使い方は確かめたが」

なんとなく、ほんの暇つぶしにでもという調子で聞いたゼノスの言葉にルーチェは答える。夢で自分が演じる人物が使っていただけなので、別に嘘ではない。

「マジかよ…? てっきり俺みたいに」

言うのを止めるゼノスを促すようにルーチェは視線を向けた。

「俺は、親父に教えてもらったんだ」

周りに然程人がいないのもあったが…ルーチェが二人に奇妙な感覚を覚えるのと同じように、ルーチェに奇妙な既視感を感じていたゼノスは言った。

「親父も傭兵だったからな。突然戻らなくなって、カレンを養わなきゃならなくなってな。親父の事も気になったし、教わったのはこれだけだったから」

「…本当に、習ったのは父親からだけか?」

遠くを見るように言うゼノスに、ルーチェは先程の戦いを思い出して言う。ルーチェが夢で見る太刀筋と、ゼノスのそれは一部が類似していると思ったからだった。

「ああ。…ま、いくらかは我流だけな。それがどうかしたか?」

「なに、少し気になる事があっただけだ」

(ゼノスの得手不得手に合わされ)確かに実戦で身に着いたらしい、多少毛色の違う部分があった。ただ機能美があるとルーチェは感じていた。ゼノスが肩をすくめる。

「何の事かは知らねぇけど…まっスカウトの目に留まるなら俺は何でもいいけどな」

そう言って難しい顔をするゼノスにルーチェは黙した。家族の話を聞く事ばかりのルーチェは会話を続けるのが得意ではないし、然程話を続けようという気も無い。

「優勝は絶対にするが、もしニックと当たったら俺に回せよ? 今を逃すと、次は来年になっちまう」

スカウトにアピールする場面の一つと考えているのだろう。言うゼノスにルーチェは無表情で頷いた。

「ゼノスも拘るな…」

戦いで余り拘ると足元を掬われる。夢でそう見たルーチェは単に拘ってるという事と余り拘らない方が良いと言う意味で呟く。
だが、親譲りの才能や本人の心がけにより今は跡が残るような傷はない綺麗な体とはいえ、筋肉の鎧にも覆われているがゼノスも綺麗な女性であり、カレンは大いに心配している。
だからゼノスは当然だと腕を組んだ。

「仕官すれば、このご時世だ。カレンに心配をかけることも無くなる」

収入も定期的だしなと言うゼノスにルーチェは確かにそれなら仕官も悪くないと単純に考えた。何せルーチェも手に職が無いし職歴学歴共に無い。
まぁコネもあれば義母に教育されてそれなりに能力もあるボンボンでありアリオストの故郷、ブローニュ村の様子をみれば農民も悪くないと思っているのだから目の前の大女とは立場がかなり違うのだが…家族に心配をかけず養いたいというのには大いに頷けた。
二人は怪我も無いのでする事も無く、ルーチェは瞼を閉じた。
ウォレスもこの程度の事でルーチェが顔色を変えるとは思わず、何も言っていなかった。聞こえてくる歓声と悲鳴。

「次、ゼノスカーマイン組み。準備を!」

案内役が張り上げた声に二人は立ち上がり、目を合わせた。

「行くぜ」

周りの選手の注目を一身に集めて歩く女戦士の後ろを、小間使いのようにルーチェは歩いていった。

「応援してるぜ。ま、どうせ死にゃしないから頑張りな」

気楽に言う案内役の言葉にゼノスが笑い返し…二人は入場した。
向かい側から出てくるのはバーンシュタイン兵らしき一組。ここからは一組ずつでの勝負。
相手も男女の二人組み。女は弓を男は鉄球のついたフレイルを持っている。
観客から声援だけはよく受ける中、ルーチェは相手二人の表情が気になった。
男の方が気の毒な顔をしているのに、女は笑みを見せていて…時折ルーチェを見ている。

「ルー…あー、カーマイン? お前、多分狙われてるぞ」

ゼノスの言葉にルーチェが頷き、開始の合図となるファンファーレが鳴った。
肩と胴を守る鎧に身を包んだ男が走り出す。二人は棒立ちで、ゼノスなど頬などかきながら相手が来るのを待っていた。
もうすぐ女の弓の射程に入る。その頃になりようやくルーチェは腰に取り付けたボウガンをとり、てきぱきと組み立てると矢を添えた。
女の弓の射程までもう少し。それはもうルーチェの射程の範囲だった。
ゼノスに獲物を残すため、ルーチェは弓を引き絞ろうとする女へ矢を放つ。矢は女の肩に刺さった。
パートナーを気にして、一瞬男の注意が逸れる。ゼノスは足を速めた。こちらも、ゼノスの射程を見誤っていた。男の予想を裏切る速さで踏み込み、刃が突き出される。
本気で振るえば弱い鎧など切断する大剣での突きは、男が思うより伸びる。咄嗟に構えられた鉄球の鎖を断ち切り、男の鎧に包まれた肩を強打する。
男が次の行動を始めるより早く、ゼノスは再度踏み込み男の胴を薙いでいた。
余り差があっても詰らんなと評価しながら、観客席にいたウォレスは酒を煽った。
ゼノスが、フレッシュマンの部門に出るには強すぎる。もう少し装備を整えればエキスパートでも十分通用する実力とウォレスは見た。
ルーチェも、思いつきで買わせたボウガンの扱いが妙に手馴れている。どうやら思う位置に当てられないようだが、相手選手からははずさない。弓よりも準備に時間はかかるが、遠距離では抜群に使えるようだ。
もう勝負のついた攻防を観察しながら、ウォレスは時折ピクリと足を動かした。自分ならそこで踏み込む、と。
苦し紛れの鉄球は掠りもしない。かわしながらでも軽々と大剣を振るうゼノスの身体能力に少し感心しながらウォレスは鳥を焼いた奴を頼んだ。
思いのほか大きい、ウォレスの手に収まらないものが差し出される。しかも思ったより高かった。

「ここ、座っても構いませんか?」

カレンだった。ウォレスは勿論かまわねぇと席を少し空ける。

「二人の様子はどうですか?」

「この分なら十中八九優勝するだろう」

「そうですか…!」

嬉しそうにするカレンの横でウォレスは一人焼き鳥にかぶりつく。
その次の試合が始まるまでに平らげるつもりなのだ。大きな鶏肉にかぶりつくウォレスの姿をカレンは変わったものでも見るように見上げていた。
大半を食べ終えてからウォレスはハッと気づき…余り深く考えない事にして全て食べつくす。
甲高いファンファーレが三つ四つ五つほどなりその頃には、次の試合が始まろうとしていた。ルーチェの相手はニック。優勝候補の一人で剛剣の使い手という話だ。ルーチェ達の試合が巡って来る。
ニックはがっしりとした体格、パートナーの射手も悪くないとウォレスは見た。と言っても、細かいところまでは見えないのである程度適当だったが。
ルーチェ達の方はよくわかった。知っている相手だからだろう…うすぼんやりとした視界ではあるが、ぼやけた像がちょっと動くと何をしたのかよくわかった。そして、何も問題は無いようだとウォレスは判断した。
もうすぐ試合が始まる。優勝候補同士の試合だけあって観客の盛り上がり具合は良いが、心配そうにするカレンの隣でウォレスは少し冷めていた。
両者の試合を見ていたウォレスからすれば勝負の決まった試合だ。

(間違いなく、ゼノスが勝つだろう…)

ウォレスが新たな酒を受け取る間に、試合は始まろうとしていた。
観客のざわつきは更に騒がしいものになったように、思える。ニック達も多少の緊張と共にこの試合を迎えようとしているように見えた。
ただ、ルーチェは余り緊張していなかった。こんなに注目を集めた試合に出るのは初めての事だったが、不思議と目の前の相手に脅威を感じていなかった。
ゼノスもその点は変わらないようだが、スカウトの目が無いかを気にしている。

「この感じなら、何とでもなるか…」

大剣を持ったまま体を伸ばすゼノスに、ルーチェは頷いた。

「わかってるよな?」

「それが望みなら…射手もやろうか?」

ニックとやる時は一人でさせろ。先程そういっていた事を思い出して、ルーチェは言った。

「そこまで気を使わなくてもいい。射手は任せたぜ」

苦笑して言う相手に頷き、ファンファーレがなる。
ルーチェを除いた残り3名が闘技場の中央へ向けて走り出した。
ボウガンを殊更ノロノロ構えるうちにゼノスは中央を越え、迎え撃つ射手の一撃を大剣を盾にして凌ぐ。
ニックの剛剣が風を斬り、砂埃が巻き上がった。ゼノスは急停止してその範囲から逃れている。床が砕かれているのを視界の端で確認し、ゼノスは足を取られぬよう配慮して突っ込む。
新たに砂を巻き上げながら連続して振るわれるニックの大剣。ゼノスほどではないが、巨大な剣が風を切る音がする。
だが既に、ゼノスも体全体を使い、身の丈ほどの大剣を素早く引き抜いている。
ぶつかり衝撃に震える剣を握力で。振り下ろされた勢いそのままに弾き飛ばされる剣の重みや遠心力に泳ぐ体をうまく操り二人は切りあう。
ゼノスが走り寄った分、そして射手のやる気分早く構えた敵の射手が放つ矢をゼノスは身を捩り鎧で弾く。
振るう剣はその分不十分となったがそれでも骨を砕く威力でニックに襲い掛かり、ニックはそれを容易く受け流し反撃に転じる。
それを尻目にルーチェはウォレスの細工分、より力を必要とするボウガンの弦を引いて矢をセットする。要求する力の分、矢は少し遠くからでも射手へと届いた。
だが矢は体を掠るだけで、射手の注意をルーチェに向ける。
矢を気にしないでよくなった分勢いを増した垂直切りがニックの剣を叩き落す。

「存分に」

ルーチェは射手に向かって歩きながら次の矢をセットする。相手の矢が自分の体のすぐ傍を通るのを感じながら、ルーチェは矢を放った。相手の太ももに突き刺さる。
それでも飛んでくる矢を気にせず次の矢をセットしながらルーチェはゼノスとニックを観察した。
体格とパワーはゼノスが上。それを実感したのか、できるだけ隙を小さく、コンパクトに剣を振るいだすニックの剣はゼノスより戻りが早い。ゼノスは鎧と剣で防ぐ。
よい動きを見せる二人の剣士に観客は歓声をあげて両者を応援する。
観客達が射手達へ一瞬視線を向けるうちに、ゼノスは本当に女かと観客の老人が唖然とする一撃でニックをヒヤリとさせ、ニックは普段余りしない繊細な剣捌きでゼノスの鎧を傷つけた。
ただ観客は当然もっと見てみたいと思うが…ニックからすれば時間がなかった。ゼノスの一撃は重く、防いだりかわすだけで彼の体力と精神力を削っていく。
自分の剣もうまく剣と時折鎧で防がれるとはいえ、肉体的な疲れで言えばゼノスの方に分があるだろうと感じていた。
だからより素早く、ニックはゼノスの隙を狙って何度も撃ちかかる。
対するゼノスは190近い体でよくかわし、体と同じ位の剣でニックを押し切ろうとする。父譲りの体力が苦もなく巨大な剣を振るわせた。
もう数十を数えても、剣に疲れは全く見せずニックを追い込んでいく。
ルーチェの三本目の矢で射手の肩を射抜くが、ニックはそれに気づかなかった。
予定通りに矢が予定の場所へは当たらず、射手に向かう速度を上げるルーチェに気づいてゼノスは少しだけ笑みを浮かべた。
そこを隙と見て、ニックが突きを繰り出してくる。「温いぜ」
ゼノスは斜めへ踏み出しながらニックの剣を小手で受け流す。体当たりを食らわせる為に。
鎧を着込んだゼノスの巨体が肩からぶつかり、後退させられたニックをゼノスは追撃する。観客の声援が騒がしくなるが、ゼノスの耳には入っていなかった。
蹴りを入れ、肩に一撃食らわせようと大剣を振るう…ニックは剣を掲げて防ぐが、万全ではない。
雄たけびを上げ、中途半端に守られた肩へ一撃入れる。バリケード(剣)など弾き飛ばし食らわせた一撃はニックの鎧にひびを入れて彼の肩を砕いた。
そして普段はやらないが、剣を首に突きつけて負けを宣告してからルーチェへ顔を向ける。

ルーチェは射手を蹴り倒していた。



*




グランシルで闘技大会の初日が終わる頃…エリオットは王都ローザリアの宿でため息をついた。
ルーチェ達がウォレスと出会ったその日、盗賊に追われていた所を助けられた少年は、盗賊を追うルーチェ達を待てずに両親と王都へ逃げ込んだ彼は宿に身を潜めていた。自分達を追う盗賊がまた村に来るかもしれないと考えるとルーチェ達を待つのも彼らと同行して目的達成を阻むのも躊躇われたからだ。
ここに来るまでにも一悶着あった。
村を出て暫くすると、予想通りオズワルドの手下と思われる者達にまた襲撃を受けたのだ。
両親とはその時、別れてしまった。こんな時の為に両親は手紙をしたためて置いたのだが、落ち着いた彼がそれを思い出した時、エリオットの着たジャケットのポケットに底は無かった。そういえば襲撃を受けた時、一度切られたっけと身震いして思い出すと、ため息が出た。
命はあったがこれではどうする事も出来ないのだ。金だけはあったので当面困る事も無いし、収入のあては無いものの安全の為ローザリアでも良い方の宿を選んだお陰か街に入ってから襲撃は無い。
その為良い方にも悪い方にも状況は動かず、ストレスの溜まる日々を過ごすしかエリオットには無かった。
いっそ襲ってこられた方がなどと不謹慎な事を考えるが、エリオットが止まっている宿は商店街と同じ通りにある。
サンドラの研究所から魔道書が盗まれるわまた進入されてサンドラは凶刃に倒れるわ…面目丸つぶれの警官隊と衛兵隊は、城と王都内の警備を日頃無い物々しささえ街中に漂わせるほど神経質になって警備に当たっており、改装を追え活気が戻りつつある商店街にオズワルド達は強くでれないのだった。
斜めに夕日の入る窓から身を乗り出して、エリオットは川を眺めた。
王都付近は多くの川が流れており、多量の湧き水もあるのか綺麗な水の流れがよく目に付いた。
かなり塀などの上を水が流れているのを見た時など、驚いたのだが…もうすっかりなれてしまってエリオットには何も心に響くものがなかった。
そんなエリオットの目線を、見知った影が横切った。

「彼は…」

エリオットを助けてくれた人の一人で…どこか他の人とは違う存在感と、美しい黒髪は覚えていた。
少し、気に入ってしまった可愛らしい少女の姿を無意識に探すが、少女の姿はなかった。
エリオットは、考える間もなく部屋を飛び出した。

(今なら追いつける…!)

彼らに興味があったし、少なくともエリオットをこの状況からどうにかしてくれるはずだという願望が、エリオットを突き動かしていた。
綺麗なソプラノで別人だと言われ断られるとは思いもせず。









大会初日が終了し、ウォレスは夕闇に包まれようとする街中を一人歩いていた。
ゼノスとルーチェのコンビの事は話題になっており、若い娘らから見物好きの男達、老人までもが二人の事を口にしている。
ウォレスが向かうのはゼノスの家だった。「よかったらうちで晩御飯を食べませんか?」そうカレンの誘いを受けたのだ。
最も、ただ食事をするだけでもない。大会は3日に渡り行われる予定。初日にフレッシュマン、二日目にエキスパート。そして、三日目にそれぞれの決勝と優勝者同士を戦わせるエキシビジョンマッチとなっている。
明後日に向け、今日の観戦を経て今夜と明日で何か策の一つも考える事になるだろうとウォレスは考えていた。
ルーチェはゼノスと先に行っているし、カレンは買出しに行くとのことで一人歩く。
よく知る街並みとはいえ夕飯の支度をする主婦達や仕事上がりの人々の中を行くのは慣れたものだが、昔を思い出し少しよくはない。
感傷に浸る趣味はないのだが、どうしても一人旅をしているとふいに襲われてしまう。ウォレスは足早に教えられたラングレー姉妹の家に向かった。
街の入り口近くにある家はログハウス風。暖かい、良い雰囲気は姉妹の間に流れるものと同じで…もしかしたら、手作りかもしれないと玄関先の階段を上りながらウォレスは思った。
ノックするとルーチェが顔を出す。中からは既に料理を始めているのか良い香りが流れ出した。

「フ、お前が出迎えとはな」

「ゼノスは料理中でな」

「ゼノスが?」

意外な言葉にウォレスが奥を見る。あの大女がという失礼な反応ではあるが、ウォレスの弱い視力では奥をよく見ることはできなかった。

「ルーチェ。誰だったんだ?」

「ウォレスだ」

「お。やっと来たか!」

返事にゼノスが顔を出す。

「よく来たな。まだ飯ができまで時間がかかる。適当に寛いでてくれ」

「あ、ああ…お前が作るのか?」

ゼノスは鎧を脱ぎ、フリルのついたエプロンなどしていた。勿論、色も可愛らしいピンクで…女性にこういうのはどうかと思うウォレスは口には出さなかったが、ぶっちゃけ似合わない。まずサイズが合ってないのだ。

「家ではいつも俺が作ってるからな。期待してろよ」

「わかった…」

去っていく背中になんとも言えずウォレスは頭をぽりぽりとかくと一人先に奥へ行くルーチェの後を歩き始めた。
と言っても、大して広い家でもない。姉妹の部屋と後はこのリビングだけの家でルーチェは勝手に寛いでおり、手作りらしい年季を感じさせる椅子に腰掛けて窓の外を眺め出し、ウォレスはする事もなく料理するゼノスの様子を見ることにした。
窓から入る風がほのかに暖かい。明日は暑い位だろうなと思いながらウォレスは料理が出来上がるのを待った。
ルーチェとは会話する事もないが、二人とも特に話をしない事をなんとも思わない所があるのでどちらかも口を開こうともしなかった。
次第に辺りが暗くなり、カレンが帰宅する。

「遅くなってごめんなさい。ウォレスさん、いらっしゃいませ! すぐ、晩御飯できますから…姉さん!」

スタスタと二人の前を通り過ぎ、カレンもゼノスを手伝い始める。
途端、夕飯の準備が騒がしくなり、ウォレスは多少居心地が悪くなった。ルーチェを見る。
ルーチェは変わらず何かを考えているようでもあるし、何も考えていないようでもあるように見えた。
ウォレスは暇つぶしに今日の事を口にした。

「ルーチェ。今日の試合だが…」

「何か?」

「今のとこはあれでいい。だが、そうだな…今後を考えるなら」

ウォレスは自分の経験と隊長に教わった事をルーチェに伝える。
それの方が今後ウォレスが離れた時の為になると考えるからだ。ウォレスには目的があるのだからサンドラが倒れて離れるのが遅れているが、近いうちに別れなければならない。
重要な事だけでもと離していくのだが、ウォレスは少し違和感を覚えた。

「そうだったな」ルーチェはそう言って余り詳しい説明無しに理解したような口を利く。頭が良いから、という感じではない。

疑問に感じた事を考えようかと思うウォレスに声がかかった。

「おいお前ら。並べるの手伝ってくれ」

ゼノスの言葉で動く二人。できた料理は美味そうだ。「いただきます」皆がそう言って料理を口にする。
予想外の美味さに二人は手を止めた。二人を見て姉妹が笑みを浮かべる。
特に、普段顔色を変えないルーチェの行動が気に入られたらしい。

「後でレシピを貰えるか?」

「あん? …お前、料理するのか?」

「偶にな。作ると喜ぶのがいる」

訝しげに言うゼノスにルーチェは言う。顔色など見られないよう下を向き、料理を口にする前に言った。
ゼノスがいいぜと言って、パンを口にする。それからは決勝の事とその後に控えている優勝者同士の対決、エキシビジョンマッチの話になった。
決勝の相手はゼノスのパートナーだった男のチームだ。
ゼノスは「あの野郎。何考えてやがる」と拳を打ち合わせえたものだが勝ちは動かないだろうと判断された。
足元を見なければ掬われる事もあるが、時間あるわけでもない。皆は自然エキシビジョンマッチをどうするかに焦点を置いた。

「勝ちたい、と言いたいけどよ。優勝するのは十中八九アイツだ」

ゼノスは一端食事の手を止め真剣な顔を作った。ウォレスとカレンも手を止める。

「今の俺達がまともにやって勝てるとは思えねぇ。悔しいがあの野郎の腕はマスタークラスだ」

「?…マスタークラスに登録されてる奴らが出てるのか?」

ウォレスは多少驚いたように言う。

「ああ。どういうつもりかは知らねーが、大会準備で闘技場が閉まる直前まで出て勝ち上がったふざけた野郎がいる」

「むぅ…まさかそんな奴がいるとはな」

深刻な顔をする3名と同じテーブルで一人表情を変えないルーチェは少し考え、結論が出た。

(そういえば、ティピは今いなかったな)

「…何の話だ?」

「知らねぇのか!?」

ルーチェの言葉に3人は信じられないといった顔を見せた。
ウォレスがため息をついて語る。食事が再開された。
闘技場は普段も開かれているのだが、そこでは有力者などが催す企画以外だけでなく参加者が金を払って戦うフリーバトルと呼ばれる試合があるのだ。
戦うのに金を払わなければならないというのは聊か馬鹿らしい話だが、勝てば払った料金より高額の品か賞金が出る事や何より名誉が与えられる為出場者はそれなりにいる。
試合内容と料金で幾つかのランクに分けられており、その最も上のランクがマスタークラスと呼ばれているのだ。
クラスが上がるごとに無茶な内容になっていく試合と参加に必要とされる金額の高額さに、マスタークラスにいる人間は三十に満たない。

「だがそれだけに、実力は本物だ。金に飽かせて用意した武具と桁違いの実力が揃って初めて到達できる」

装備一つにお前が買ったボウガンを2,30個買ってもつりが来る。
そうウォレスは語り、遠い目をした。残り少ない料理を食べる為のスプーンも止まっている。

「誰か知ってるのか?」

「いや、例外的に勝てそうな人を一人、思い出した」

ゼノスの言葉に、ウォレスは口の端を緩めて言った。

「どういう意味だ?」

「別に装備に金かけねぇでも勝てるだろうなって事だ」

「嘘くせぇな」

茶化すように言うゼノス。ウォレスは別に信じなくても構わんという態度で食事を再開した。

「アンタはどこまでいけそうだ?」

「今の俺では話にならん」

同じ傭兵としてウォレスの名を知っているらしいゼノスの問いに、ウォレスは言う。
この年だ。訓練はしているものの筋力的にも感覚的にも二年のブランクがそう易々と埋まるわけはない。

「昔の力ならどうだ?」

「実際にそいつらの戦いを見てみねぇとなんとも言えないが…出場する為だけに一々金を用意する余裕はねぇな」

「そうか…まぁ、そうだよなぁ」

同意を示しながらゼノスはスプーンを銜えたまま背伸びをする。ゼノスはマスタークラスに出る実力者を何人か知っていた。
皆金をかけて名工が作ったり付加をした武具を一つ二つ持っているものだ。まぁ、一部は純粋にそこで戦うのが楽しくてお偉いさんの護衛だのと言ったバイトをしながらというものもいるが。

「姉さん! お客様の前よ」

「硬い事言うなって」

「中々、美味かった。それで…ゼノスはどうしたい?」

ごちそうさまと手を合わせ、目を閉じてルーチェが聞いた。もう皿は空になっている。
耳に夜風に乗って夜行性の鳥の鳴き声が届いた。もう夜も更けていた。
行儀悪く椅子にもたれ、ゼノスの座る椅子の前足が床から離れた。
怒る妹の声を聞き流しながら、天井を眺める。

「一泡吹かせてやろうぜ。勝てれば言う事ないがな」

ルーチェは頷いた。

「それが希望なら協力しよう」

「…あの、明日、エキスパートの試合を見に行きませんか?」

どんな手を使うか知っている相手かどうかは存外に大きな事だと知り合いから又聞きしたのかカレンが観戦を提案する。

「そうだな…そうするか!」

「…おい、まだ決勝があるのを忘れてないか」

賛成してゼノスが椅子から立ち上がる。ウォレスの言葉は余り決勝の相手から意識を離すのはよくないと思って事だった。

「相手は決勝に向けて準備に余念が無いはずだ「任せとけって! あいつの事はよく知ってるからな……こう言っちゃ悪いが、二人とも俺の敵じゃねぇ」

当のゼノスがそういうのならウォレスは言う事もないと判断した。敵じゃねぇと言うゼノスを、信じる。

「行くか」

「おう! 寝坊すんじゃねぇぞ!」

女性らしからぬ豪快な笑みで言うゼノスを頼もしげにカレンが見る。

「相手の事はその時聞こう」ルーチェは帰り道ウォレスにそう言うつもりでもう一度二人に同意を示した。




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