サンドラを助ける為にはローランディアの西端に住むフェザリアンに会う必要がある。

フェザリアンに会うにはローランディアの東端、魔法学院にいるアリオストの協力が必要である。

広いローランディアの端から端までと面倒な話だが、それしか術を見出せなかったので仕様がない。

家の者と医者にサンドラを任せたルーチェ達は、ローランディアと隣国バーンシュタインの国境に存在する魔法学院の敷地へと足を踏み入れた。

強い日の差す敷地は広く、ちょっとした街程の広さがある。

ここに来るまでに訪れた村では、デリス村とその先にある洞窟を抜けてすぐのブローニュ村を合わせても勝るかもしれない。

可能性に賭け、元気を取り戻したルイセが得意げに説明するには、学院とはいう名ではあるもののローランディアとバーンシュタインの共同出資による魔法の平和利用を目的とした研究施設といえるらしい。

魔法は便利な反面危険だから魔法技術が独占されたり、悪用されたりするのを防ぐために研究、管理する機関でもあるからだ。

資金はかなりかけられているらしく、入ってすぐの広場は運動場でもかねているのか何もない敷地が多いものの、奥に見える無機質な印象を受ける校舎は高さだけでいえば城以上に高く、歩き近寄るまでに見える場所はどこもよく手入れされている。

「ふ〜ん、なんだか難しそうでよくわかんないわ。兎に角、学校よね」

「ルイセはアリオストの居場所はわかるか?」

ティピのみもふたもない感想で妹の説明を聞き終えたルーチェは聞く。

「アリオスト先輩は、自分の研究室をもらえているからあっち。入った事はないんだけど、有名だから」

「有名? なんで?」

案内するように先を歩き出したルイセに着いていくと、ティピが首をかしげながら尋ねる。

「自分の研究室ってね、四十とか五十歳ぐらいの教授って呼ばれる人しか普通はもらえないの。でもアリオスト先輩は優秀だから、二十五歳って若さで、しかも研究生なのに自分の研究室を貰えたの」

「二十五?! 凄いわねぇ、二十五……」

どうしても実年齢が信じられないようでティピは黙り込み、腕を組んで頭をひねっている。

実の母のサンドラが十九で宮廷魔術師になったなど聞かされているルイセは得に実年齢に驚く事もないらしくで、ルーチェとウォレスを先導しようと先を歩いていく。

ウォレスはほぉ、と言うだけに終わり、ルーチェはサンドラが五十に満たない者を老人扱いしていたのを思い出して魔法学院は研究好きの老人達の王国らしいと言うかなり間違った感想を持った。

余談だが、卒業者に貴族の子女が少ないのはその年齢が理由になっている。

結婚年齢の平均は十八前後…早く卒業し、サンドラが宮廷魔術師になったのもその前後。

ローランディアでもバーンシュタインでも行き遅れというのは余り良いとされないので、最高学府の一つとはいえ普通の者では完全に行き遅れてしまう学院に入って行く貴族は少ない。

その分平民の優秀な者が出てくるのに必要な人数枠ができるのだから問題ないが。

広場を東へ向かうルイセの後を付いてゆくと、ルーチェとティピにはすぐにアリオストの研究室の位置がわかった。

そちら側には敷地が余っていることからまだ何か建設される予定なのかもしれないが、アリオストの研究室らしき建物しかなかったのだ。

家などとは違う、無機質な印象を受ける研究室は明りも点っておらず誰かがいる様子はない。

普通、家などの居住空間ならもっと採光に気を使うのだが、悪く言うならただの箱に申し訳程度に縦長の窓と扉をつけただけにも近い研究室では昼間でも明りなしでは十分な光を得られないのだ…薄明りが趣味ならこれでよいかもしれないが。

「アリオスト先輩。いらっしゃいますか?」

案の定、ある程度片付けられているものの、所狭しと本と用途不明の機械に埋め尽くされた研究所内にアリオストの姿はなかった。

「あ、なんだ。外出中だ。アリオスト先輩は図書館みたい」

「何でわかるの?」

薄暗い室内に足を踏み入れ、すぐにそう言ったルイセにティピが聞く。

「魔法学院では、何かしらの役職についている人は、できるだけ自分の居場所をはっきりさせなきゃいけないの。

だからこうやって伝言を書いておく人が多いの」

ルイセの指差す方へは壁に板がかけられていて、図書館と居場所を書いたプレートが貼り付けてあった。

下の方におかれたブロックには数字が刻まれており、帰還予定時間もわかるようになっているが、あいにく待つという選択は四名にはなかった。

「図書館は校舎の中か?」

「うん、四階。入ってエレベーターを使えばすぐつくよ」

「エレベーター?」

「行けばわかるよ」

ウォレスの問いに返事をしてルイセは研究室から出る。

「ん〜…それにしても」

すぐに向かおうとUターンして来た道を戻りながらティピが呟く。

「鍵もかけないなんて、無用心ねぇ…」

「そうね」

「まあな」

ルーチェは中に置かれた書物などに興味引かれながらも同意する二人の後を追う。

四人はそのまま取って返すと高さだけなら城よりも高い校舎へと足を向けた。







グローランサー獣道 四話







校舎に入ってすぐのエレベーターは、階段しか知らないルイセ以外の三名には奇妙な代物だった。

自動で開く扉の立てる音を聞き、出た先は確かに四階と目の前に書いてあるのだがただ入っているだけで浮遊感と共に上まで運ばれる。

何故だと理解できないティピは、四階と書いてある文字をしげしげと見つめては、騙されたのかと擦ったりしている。

ついたものはついたのだし、仕組みはほぼ想像がつくので暇な時にでも確かめようと考えながら、ルーチェは共に乗ってきた生徒や通る生徒からの視線を感じ、動き出す。

ティピが滑稽に見えるのか彼らがクスクスと笑う度にルイセは恥かしそうに俯いていたのだ。

とりあえず、ルーチェはティピを捕まえて何事もなかったようにウォレスが後に続いた。

「あ、こら。放しなさいよ!!」

「静かになったらな。図書館では騒がしいと捕まって学院の外に連れて行かれるらしい」

「えーっ!? ルイセちゃん、それ本当!?」

「え、あ…」

不服そうにしていたのも忘れてルーチェのでっちあげを真に受けるティピにどう答えたものか、ルイセは困惑顔になる。

嘘は苦手なのか返答に詰まる妹にルーチェは一つ頷いた。

「そ、そうだよ。怒られちゃうの。…だ、だから、あんまり騒がないでね?」

「そうなんだ……わかった! アンタも、気をつけなさいよ!」

兄に忠実なルイセは胸の内でティピに謝っているのか、他人が見れば表情を見ればすぐ嘘とわかってしまうような表情をしたがルイセを信頼しているティピは気づかない。

エレベーターから離れても結局物笑いの種になっているのにも、勿論気づかなかった。

「ああ。ルイセ、図書館はどっちだ?」

「あ、こっちだよ」

ウォレスの問いにルイセが指を指した方向から、何か積み上げた変な物体が走ってくる。

だが避ければよいと、男達は歩き出した。

「お前も人の悪い奴だな」

「あながち嘘でもないだろう。サンドラも読書は静かにしていたし」

「フっ…そうか」

その間も白い何かを積み上げた…足を見る限りは女性らしき物体は危なっかしい千鳥足で移動を続けている。

「どいて、どいて〜!!」

「ミーシャ!? お、お兄ちゃん、危なっ!?」

知り合いなのか、物体の声に反応を見せるルイセの言葉が終わらないうちに、物体はぶつかり…かけて余程バランスを崩していたのか、ルーチェの手前で勝手に足を滑らせた。

白い物体は紙の束で、そのまま散らばせても仕様がない。

知り合いがそんな事になればルイセは手伝ってしまうだろうからと、ルーチェは少し体を倒して紙の塔の下に手を差し入れると、崩れようとする塔を支えた。

崩れようと前後する塔を保持して体を元の体勢に戻す。

視線を向けると、尻餅をついたルイセとそう年の頃は変わらない少女がルーチェを見上げた。

「いたたぁ……もう、どこ見てある…………」

文句を言いながらルーチェを見上げた少女はポカンと口をあけ瞬きをした。

伸ばした赤に近い茶の髪をお下げにして、大きなメガネをかけた童顔が、赤く染まっていく。

「分量を減らすか誰かの手を借りた方がいい」

「あ、あの…えっと、ご………ごめんなさ〜い!!」

ルーチェを見てすぐ顔を赤くした少女は、そう言って走り去った。

あまり見ない反応に聊か呆然として少女を見送る兄に、ルイセが前に回りこんだ。

「ミーシャったら、もう。お兄ちゃん、私ちょっと行ってくる」

「あ、ルイセちゃん」

ルイセまでもが走って行ってしまい、これでは何の為に紙束を支えたのかわからないとルーチェはウォレスを見て肩をすかしてみた。

「この学院は、学問以外も教える必要に迫られているように思うんだが…?」

「流石に全員がこうって事はないんじゃねぇか?」

「ウォレスさんまでそんな事言ってる場合じゃないでしょ。

今は急いでるんだからさっさとルイセちゃん追ってその紙束返しなさいよ」

それについては反論もない男二人はルイセの向かったほうへと足を向ける。

紙束を片手で支えるルーチェにすれ違う生徒から変な視線を向けられながら、すぐにルイセは見つかった。

壁に向かって一人で喋り続ける、先ほどの女の子を見て声をかけ辛そうにしているルイセを。

「あ〜、まだドキドキしてるよ。これってまさか、恋!? あ〜でもでも!」

ルーチェ達はどう声をかけたものか迷ってそんな二人を見ていた。

「ルイセちゃん…あの子、いつもこうなの?」

少しして、ティピがやっとそう言った。

「う、うん。いつもは……こんなんじゃなかったと思うんだけど。ミ、ミーシャ?」

「でもこれってりんごの花だしぃ」

何処からともなく花を取り出す少女をルーチェは変わった生き物を見る気分を初めて味わった。

「ミーシャってば!」

「へっ、わ!? ルイセちゃんじゃないの。急に大声出さないでよ。びっくりしたぁ…」

「急にじゃないよ。ずっと呼んでたんだから」

少し表情をきつくするルイセに、しかしミーシャというらしい少女は調子を変えない。

こういう所がうまく働いてルイセと知り合ったのかもしれないが、困った性分だ。

「あ、そうなの。それより聞いてよ、さっきそこの廊下で……あー!!」

ミーシャがそのまま、年齢にしては豊かな胸が少し揺らしながらルーチェを指差した。

「えっと、私にお兄ちゃんがいるって話はしたことあったよね」

「え、ルイセちゃんのお兄ちゃん!? ……お兄様って呼んでもいいですか!」

ルイセの声の調子はあまり紹介したくなさそうに聞こえた。

その後に何か続けようとしたルイセの言葉を遮って兄と呼んでいいか聞くような少女ではしかたがないかもしれないが。

断ろうとしたルーチェの横を室内にも関わらず風が通り過ぎる。

「…ティピちゃぁん、キィィィィック!!」

いつもはルーチェが蹴られているのだが、今回は勿論ミーシャが蹴られた。

頭を蹴られてちょっと問題ありそうな音を鳴らした首を押さえながら、ミーシャは反抗する。

「痛ったぁ! なにするのよ!」

「いいから、アンタは黙って!
あたしたちは忙しいの! ほら、紙束受け取る!! アンタもね! こんな時はさっさと返せばいいの!!
ったくいっつも自分勝手なくせにこんな…」

まだぶつぶつと文句を言うティピを置いて、ルーチェはウォレスの方を向くが、ウォレスもどう反応するべきか少し迷うのか見るだけで何も言いはしなかった。

特に依存があるわけでも無し。紙束をさっさと渡さなければ今度は自分が蹴られるような気がして、ルーチェは紙束をミーシャに渡す。

「あ、ありがとうございます。あ!
急いでこれ持って行かないといけなかったんだ!」

またふらつくが、ルーチェ達には優先しなければならない用もあるので手伝いはしない。

走り出そうとするミーシャをルイセが呼び止めはしたが。

「ちょっと待って!! あのねミーシャ。アリオスト先輩を知らない?」

「アリオスト先輩? アリオスト先輩ならさっき図書館で会ったけど…もう研究室に戻るって言ってたような?
それじゃあお兄様、また会いましょう!!」

言うと元気に走り去るミーシャ。

逆に四人は力を奪われたような疲れを感じたが、気を取り直してもと来た道を戻る。

硬い廊下を急ぎ戻る四人に、急ぎ足さえ禁止されているのか一部の人間から視線を向けられたが、無視して歩く。

前方からはまた転んだのかミーシャの悲鳴が聞こえた。

「…ドジな娘ねぇ」

ティピの漏らした感想に頷きながらルーチェ達はエレベーター付近に戻り、目を疑った。

「これで全部のようだね」

「はい。ありがとうございます〜」

四人の前では、ルーチェが外出初日に出会ったままの笑顔を浮かべて、アリオストがミーシャと共に廊下にしゃがみこんで散らばった紙束を集めていたのだ。

「危なっかしいのが役に立つこともあるのね」

また頷きを返し、ルーチェは歩く早さをルイセにあわせるのをやめてエレベーターに向かった。

なにやら嬉しそうに(先日出会った時も笑顔だったので常に笑顔を振りまいているのかもしれないが)しているアリオストに今度こそ追いつかねばならない。

ルイセに合わせるのをやめたルーチェの歩速はそれなりに早く、会話に夢中でこちらに気づかない二人が扉を閉めるよりは早くエレベーターまでたどり着く。

ティピが一足先にエレベーターへもぐりこんだ。

ルーチェも閉まっていく扉に手を割り込ませてエレベーターの中へ顔を出す。

こんな時の為にあらかじめ用意されていたらしく、エレベーターが大した抵抗もなく扉を再び開いてゆく中、驚いている様子のアリオストに言う。

「失礼、アリオスト。頼みがあるんだが、時間はいいか?」

「別に構わないけど……次からはもう少し普通に声をかけてもらえるかな」

返事に頷き返してからルーチェは言う。

「ああ。今回ほど急ぐ事は早々ない」

「そうよっ! 私達すっごく急いでるんだから」

アリオストは癖なのか胸元にやっていた左手の人差し指で自分の顎をゆっくりとしたリズムで叩き、言う。

「……余程の事情みたいだね。場所を変えようか」

追いついてきたルイセ達に視線を向ける。

「僕の研究室でいいかな?」

先にエレベーターに乗り込んで、アンタどこで知り合ったのよ?とティピに尋問されるルーチェを笑いながらアリオストは聞いた。

ミーシャとは途中で別れ、アリオストの研究室には五人で戻る。

先ほど訪れた時と同様にこの辺りには殆ど人影はなく、街灯にも似たグローシュ収集機、送魔塔を見上げる老人位のもの。

他には人気がない為一休みに訪れた学生がいるのかもしれないが、目に入るところにはいなかった。

研究室に入ったアリオストは板に貼り付けていたプレートを剥がし、実験中。急な用件以外は翌日にお願いします。の二つのプレートを貼り付け、長い薄青い髪を四人を奥へと誘う。

所狭しと研究資料などが転がる研究室の奥、そこだけ片付けられたテーブルの上には人が背負える程度の金属製箱が置かれていた。

思い思いの場所へ座るように動作で促し、アリオストは半ばここで生活できるようにしてあるのか、戸棚からコップを取り出して聞いた。

「じゃあ、聞かせてもらおうか…ああ、飲み物はお茶でいいかな?」

「手伝います」

「いや大丈夫だよ。お客様にはお茶くらい出さないとね」

手伝おうとするルイセに断りをいれ、お茶を用意するアリオストにティピが現状を話し出す。

細かい部分はルイセやウォレスからフォローが入り、説明自体は全員の手元にお茶が行き渡るまでに済む。

話を聞いたアリオストはお茶で喉を潤しながら返事をした。

「うん。確かに僕の研究が役に立てそうだね。
まだ発表はしてないんだけど物をや人を単純に浮かすことだけならできるんだ。
だいたい二人分ぐらいの重さまでだけどね」

そう言って奥のテーブルに置かれた箱に視線を向けるアリオスト。

自然、皆の視線も集まるが、アリオストはだけど問題があるんだと悔しそうに言った。

「浮かんだ後は完全に風まかせなのさ。

高度によって風向きが変わる事もわかってはいるんだけど、風任せでフェーザーランドまで行くのは無理だ」

「とりあえずやってみたらいいんじゃないの?」

「風向きを間違えればそのまま海の中にドボンだからね。せめてもう少し確実な方法でないと試してみる気にはならないよ」

ティピの意見は、既に検討されていたのだろう、すぐに却下されてしまう。

落胆するルイセやティピの手前済まなさそうにしてはいるが、相変わらずアリオストの表情は笑顔だったしウォレス、ルーチェの表情も変わりない。

「…二人運べるなら一人が姿勢制御を、もう一人が移動を担当できねぇのか?」

「それも考えたんだけど…移動の為に魔法で風を起こし続けるのはかなり労力が必要なんだ。
かと言って、魔法でもないのに勝手に風を………」

アリオストの動きが止まり、左手を自分の胸元に持ってゆくと小声で何か言い始める。

「いや、待てよ。そんな道具を何処かで………」

邪魔をしないようにとアリオストを注目したまま三人は静かにし、ルーチェは空気を読まずにお茶を飲んでティピに蹴りを入れられる。

「そうだ、南にあるフェザリアンの遺跡。なんで今まで気付かなかったんだ!」

言うと、アリオストは四人を置いて駆け出した。

「少し待っていてくれ! この時間なら学院長は歪み計にいるはずなんだ。遺跡に入る許可をもらってくる!」

返事も聞かずに走り去るアリオストを、ルーチェはわざわざ追いかけはしなかった。

こんな事で嘘を吐くような男とは思っていないのはウォレスも同じなのか、別に追いかけはしない。

一人後を追いそうになったルイセにはルーチェが質問をしていた。

「ルイセ、歪み計とは?」

「うん。この世界は、二つの世界を重ね合わせる事で成り立っているとても不安定な世界でしょ?
その二つの世界のズレを時空の歪みとして観測する装置が校舎の屋上にあるんだ」

追いかけようとしていたルイセだが、ルーチェの言葉にあっさりと踵を返して説明を始める。

その肩にティピが腰を下ろした。

「なんでそんなもの観測するわけ?」

「それはねティピ。歪みが大きくなって二つの世界が大きくズレだしたら、私たちは元の世界に帰らなければならないの。

そもそも、元の世界は太陽の光が弱くなって死の世界へと変わってしまって、それが原因で今の世界にきたんだけど…」

「って事は、死の世界に帰るかもしれないってこと?!」

とても嫌そうにしながら体を震わせ、ティピは恐る恐る尋ねた。

ルイセもとても嫌そうな顔で頷き、返事をする。

「そうならないためにも、早期発見の為に歪みを計測しているの」

校舎が高いのはその為でもあると説明するルイセに、まだアリオストが戻るまで時間もあるだろうと判断したルーチェは疑問を解消しておくことにした。

「…グローシュでも計測しているのか?」

「え? うん。お兄ちゃん。どうしてわかったの?」

「偶然だ。それ以外に判断に使えそうなものを知らないからな」

世界のズレが大きい場所に多く存在するというグローシュなら、記録をつけて行けばデータとして使えるのではないかと思ったのだ。

入れてもらったお茶を飲みながら、もうひとつ聞いておきたい事をルーチェは口にした。

「異常があった時はどうするんだ?」

「そういえば、そうよね。ルイセちゃん、何か知ってる?」

「えーっと…それは」

それには興味があったのか、ティピは口を挟みウォレスまでルイセの返事を聞こうと視線を向ける。

だが、ルイセはもごもごと口を動かすばかりで、中々返事を返さない。

なみだ目にならない内にとルーチェは近寄って返事を聞いた。

「…多分、決まってないと思う。二つの世界を重ねる時に使われた遺跡はまだ見つかってないの」

「それって…計測する意味あるの?」

ルーチェは突っ込みを入れるティピを視界からはずし、またお茶を飲んだ。

戸棚に入っている研究資料の一つを読み出す。

「ティピ。意味がないというわけでもないさ」

「へぇ、何なのよ?」

「研究に使えると考える者が出るかもしれないし、早く気づけば間に合う事もあるかもしれないだろう? 今はティピの暇を潰す位の役にしか立たなくてもな」

二人の頬を引きつらせる事に成功したルーチェは資料を読み漁った。





*





アリオストが戻るのは本人が研究室を出てゆく時に言ったとおり、然程時間を必要としなかった。

「お待たせ。許可は下りたんだが…すまないけど、また2,3日置いてから来てもらえないかな?」

そして、戻ってきたと思えばすぐに四人に断りを入れて出かけてようとする。

無論いきなり出て行ってそんな事を言うアリオストにティピは大声をあげたが、アリオストは平然と手形を見せながら返事を返す。

「どうしてよ!」

「この許可証で入れるのは関係者2,3人って所なんだ。ルイセ君位は僕の助手という事にして入れない事もないけどね。

…今から装置の完成に必要な物を取りに行くとどれだけ急いでも帰るのは明日以降になるしね。流石に皆をそんなに待たせるわけにはいかないだろう?」

隣にいるルイセの相手もせずに今まで研究室にある資料を勝手に読んでいたルーチェが顔を上げる。

「それなら、ルイセだけでも連れて行ってくれ」

「ええっ!?」

驚くルイセにルーチェは顔を向け、目をあわせた。

「ルイセのテレポートがあれば早く戻れる。嫌か?」

「嫌ってわけじゃないけど…お兄ちゃんは?」

「何か俺にできる事はあるか?」

聞かれて、ルーチェはアリオストに言う。アリオストのような人間と信頼関係を築いてみるのもルイセにとって別段悪い事ではないと思うからだ。

アリオストは左手を胸元へやって考えた。今も毒に冒され死に向かう母親を置いて自分を訪ねてきた四人に待っていろというのは少し意地が悪かったかもしれないと思ったからだ。

暫くして、アリオストはそれならと地図を持ち出した。

「…わかった。じゃあ一つ頼もうかな」

アリオストはそう言って、返事も聞かずに自分が何をするつもりなのかを四人に話す。

風任せに移動することしかできない飛行装置の問題解決に必要な物が学園管理下の遺跡にあり、立ち入るには学園長の許可が必要。

その許可証を今もらってきたというアリオストにティピが聞いた。

「遺跡への許可証って、そんなすぐに出してもらえる物なの?」

「今のマクスウェル学園長の人柄っていうのもあるんだけど…その遺跡にあるのは大半がガラクタと、後は学問に関係する書物ばかりだからね。
直に頼めばそれ程時間はかからないのさ」

それでも必要な手続きを飛ばしたお陰で君達を連れて入れないけどねというアリオストの返事に、ルーチェが反応を示した。

「マクスウェルというと、サンドラの師の一人のか?」

「マスターの?」

今の学園長にサンドラが教えを受けた事があるというのは皆初耳なのか、ルイセまで揃ってルーチェを見る。

が、説明をせずに一人納得してまた資料を読み始めるルーチェ…勿論ティピに頭を蹴られ、面倒そうに補足を始めた。

「…サンドラはマクスウェル師にホムンクルスに関する技術を教えてもらったそうだ。
流れはずっと禁制に向かっているからとても有意義だったと言っていた」

「へ〜、でも…なんで禁制なの?」

自分を創る基礎をどのように習ったのか聞かされて、ティピは少し神妙な顔をして聞く。

それにはルイセが答えた。

「それはね、ティピ。もうかなり昔の話になるんだけど…魔法生物を生み出すのが流行って事件が起きたんだ。
だからもう限られた人しか魔法生物を生み出しちゃいけないって決まりを作ってあるの」

「ふ〜ん」

「その時に創られた魔法生物はまだローザリアの西にいるらしいよ」

「中々興味深い話だけど…そろそろ話を戻していいかな?」

アリオストはボードを一つ取ってこの辺りの簡単な地図を書いて行く。

「す、すいません!」

「いや、僕も興味があったしね」

赤くなって頭を下げるルイセに苦笑しながら、アリオストはその昔作られた大陸の図を見たことがあるので、簡単なものだがそこまで的はずれでもない地図に書いた点の一つを指差す。

「さっき言った必要な物がある遺跡はここ。

魔法学院の管理下にあって、調査も済んでいるから危険はない」

言って、アリオストは指をさらに下に動かした。そこまで行くと、もうローランディアの南の国境に近い。

「それで君達に頼みたいことなんだけど…ここにグランシルという街がある。闘技場と交易で賑わう街でね…」

「グランシル…? もしや、闘技大会か?」

「そう! これのフレッシュマンの部に出て優勝してほしい」

地図が見えない為に気づかなかったが、あだ名に放浪の、と言われてしまう程度に旅を続けていたウォレスは街の事も、アリオストの頼みも察しが着いたらしい。

ルーチェ達は思い思いに二人のどちらかを見て説明を待つだけだ。

空いているスペースを見つけ、何をするでもなく壁にもたれかかっていたウォレスが口を開く。

「…グランシルでは一年に一度、お偉いさんを招いて闘技大会が開かれる。
ここで優勝した奴は国からお呼びがかかるくらいに有名な大会だ」

「ウォレスさんは参加したの?」

「ああ。まだ利き腕と目があった頃に何度かな…
その大会に初めて参加する奴らが出るのがフレッシュマンの部だ」

「へ〜、で!で!どこまで行ったの?」

「エキスパート部門で何度か優勝している」

口を挟むティピにも律儀に返事をしてから、ウォレスはアリオストに聞く。

ティピはその間すごいすごいとウォレスを賞賛していた。

「優勝者への賞品が目当てか?」

「ああ。今年の賞品はコムスプリングスの温泉宿への旅行券なんだ」

「温泉宿〜っ!?」

笑顔で答えるアリオストに、ティピは素っ頓狂な声を上げる。

コムスプリングスの事ならルーチェ達も知っている。

ここから東の国境を越えた所にある…隣国バーンシュタインの温泉街は王侯貴族の避暑地として有名なのだ。

一般の行き来は制限されている為、一般の者は行く事はないのだが…何も今行く必要はないだろうとティピとルイセは口をへの字に曲げた。

「そう。コムスプリングスには、フェザリアンの研究者がいるんだ。
(僕はこの学院にあるフェザリアンの資料にはすべて目を通したけど)フェザリアンに関する事は大してわかっていない。
特に、コムスプリングスにいる研究者は筆不精なのか著書は一巻以降書かれてないんだ。
君達の目的を果たすにも僕の目的を果たすのにも一度話を聞いてみるのも悪くないと思う」

「なぁんだ!! それなら喜んで協力するわよ」

返事をしたのはティピだけだったが、他3名にも異存がない事は表情から知れた。

アリオストは満足そうに一つ頷く。

ルーチェが資料を置いて立ち上がって、自分を見ているルイセに気づいた。

「お兄ちゃん…頑張ってね」

ルーチェは頷く。

「うん!」

ルイセも。そう思いながら手ごろな位置にあったルイセの頭をポンポンと軽く叩いて、ルイセが頷くのを見てからルーチェは歩き出した。

それに、ウォレスが壁から背中を離す。

「俺も行こう。俺はフレッシュマンには出れないが、アドバイスならできるだろう」

ルイセは闘技大会のレベルをしらない上に兄を信頼しきっているし、見るからに熟練の戦士に見えるウォレスもついていったので、アリオストモ少しは期待が持てそうだと思いそのまま見送る。

所で、アリオストもウォレスも確認していなかったのだが…闘技大会のフレッシュマンの部は昨年ルール変更を受けてチーム戦へと姿を変えており、参加には2名必要なことに二人はグランシルについた後に気づいた。

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