ルーチェが初めて街の外へでてから数日後。

ローザリアの東を流れる川に掛かる橋へ一人、旅人が辿り着いていた。

通り過ぎる旅人の姿なら珍しくは無い橋で珍しく足を止め、水面をじっと見つめている。

川を流れてゆく透き通った水に写る痩せてしまった頬と少し痛んだ髪が、深い疲れを感じさせた。

道を外れれば森となる街道を吹く風は木々を揺らし木の葉を運び、旅人の少し癖のある、長いアッシュブロンドの髪を流してしまうが、それを気にするような事もなく川の流れを見つめている。

時折形は良いが、乾いてしまった唇をかみ締めて振り切るように頭を振り、旅人は携えた剣を投げ捨てようと手を上げては止める。

何度同じ事を繰り返したろうか、ついに剣を投げ捨てると逃げるようにその場から走り去る。

旅人は何かを堪える様に目を瞑って走り続け、その足が止まったのはデリス村に着いた後であった。

それからは宿に入るでもなく、村の中を散策するわけでもなく、切なそうな顔をして家々から離れた場所で剣を振るう親子を見つめる。

旅人が足を止めたのは、この村に仮の宿を取っているからではなかった。

ただ、耳に届いた親子の会話が、足を止めさせたのだった。

無造作に髪を束ねるリボンも着ている服も高価な物であった為、ただでさえ端正な顔立ちをした旅人は浮いて見える。

疲労し、やつれた様子がどこか儚い佇まいを与え、村の女性たちから熱い視線が向けられるが当人がそれに気づくことはなく、そのまま暫しの間剣の稽古をする親子を眺めた後に呟いた。

「…未練だな…」

自嘲気味な言葉と共に、旅人は踵を返す。

「すいませ〜ん! …あの、これ落としましたよ」

そこへ、声がかけられた。

振り向くその目に入ったのは空中に浮かぶ小人と、少女。

そして、捨てたはずの剣と青年…旅人は驚愕で目を見開いた。すぐに声が出ない。

「なぜ、それを…」

「さっき落ちていたのをお兄ちゃんが拾ったんです。
よかった。やっぱりあなたの物だったんですね」

やっと声を出した旅人に兄から剣を受け取った少女が、細い両の手でしっかりと持った剣を差し出す。

少し反りのある、使い込まれた様子の長剣。

捨てようと決めた全てに関係している長剣を、旅人は魅入られてしまったような熱の篭る目で見つめた。

そのまま、震える手でゆっくりと、少女等が首を傾げるほどにゆっくりと手に取り、胸にしっかりと抱く。

抱えながら浮かべた微笑みに、届けた者達は目を瞬かせた。

「ねえ…?」

空に浮かぶ羽虫がかけた声に、何処かから戻ってきたように目を見開く。

余り見かけないホムンクルスを連れている事を、普段なら疑問に思うのだろうが。

先程とは別の理由で震えだし、喚く。

「…これは捨てたのだ…!」

「何故?」

剣士は去ろうとして、かけられた声に足が止まる。

何故足を止めたかは本人にさえわからない。

「ただ捨てるだけでは後悔するだけでは?」

子供に理由を尋ねる時のような優しげな声音だった。

立ち入った事を聞くのは憚れると、少女と羽虫が咎めるように男を呼ぶが、そんな声など耳に入っていないように、男は色の違う双眸で相手を見続ける。

動揺していたせいか別に答える必要など無いのだが、どうしてか答えなければならないような気になって…彼は反発した。

「うるさいな! 一人にしておいてくれ!!」

肩を怒らせて去っていく剣士を見ながら、ルーチェはアンタあつかましいわよとティピに蹴られた。





ぐろーらんさー獣道 二話 他人との交わり





先日先で橋が崩れてしまった為ちらほらと旅人の姿を見かける村の中を、ルイセと宿へ向かいながらルーチェはすぐに剣士の事は忘れ、昨夜見た夢について考え始めた。

自分が創造主に創られた存在だと感覚的に納得してしまった事と、その創造主から時折知識や記憶などを得る事があると知ってしまった為、生まれてこの方義母サンドラ以外(見ている当人も)気にしていなかった変な夢について考える必要があると考えたからだ。

その夢は山中、崖の下に川が流れ微かに滝の音が聞こえる山道で始まっていた。

道は踏み固められて草も生えておらず、それなりに使われている様子だったので調べればどこかわかるかも知れないが、それは追々調べるとして…登場した者達が気にかかった。

登場人物は3名。創造主を意匠化したような形状の甲冑を身に着けた二人の男が、腰まである長い金髪をオールバックにし、髪質はさらっとしたストレート且つつぶらな瞳をしているというのに…190を超える長身のごついおっさんという嫌な風貌をしたおっさんに切りかかったのだ。

二人の太刀筋は、ルーチェと似ていた。

誰かの太刀筋を真似ただけの剣、自分のものにしきれない経験で動く肉体。

だからこそ男よりも素早く動いているにも関わらず、男は猛攻を防ぎきり…何かに気をとられ反撃に移れないでいる。

そんな事に気を向ける余裕などないだろうに、余程気になってしまったのか襲撃を受けた剣士は、それを気にして追い詰められていく。

ただでさえ二人の襲撃者は剣士を上回る身体能力を見せ、(たった二人相手に群れと感じるのはおかしな話だが)徐々にではあるがボスに率いられた狼の群れのように協力をし始めているのだ。

剣士が気をとられた理由を理解したのだろう、剣士が何かに気づいて目を見開いて動きを止めてしまった瞬間を、襲撃者達は見逃さなかった。

一人目の一撃が剣士の利き腕を切り飛ばし、痛みに呻きながら男がとっさに動いたのは正解だった…頭蓋を二つに分けるはずの一撃は剣士の両目を切り裂くに留まったのだから。

腕と両目を斬られた痛みと視界の消失によりバランスを崩した剣士は崖から落ちる。

剣士が落ちた辺りを襲撃者達はすぐに確認し、

「逃がしたか…だが、あの傷ではどのみち助かるまい」

そう言って口元を歪ませる襲撃者の一人が異形を模した、口元以外を覆う兜を脱ぎ去る。

襲撃者は二、三歳若くその目もオッドアイではなかったが…ルーチェと同じ顔をしていた。

「お兄ちゃん?」

ルイセの呼びかけにルーチェは思い出すのをやめる。

深く考え込んでしまったらしく、既にルイセ達は宿の中を見終わっている。

「どうしたルイセ?」

「どうした?じゃないわよ。ほら、あの人がマスターの言ってた人じゃないの?」

ティピに耳を引っ張られルーチェはそちらを見たが、反応を返さなかった。

「ちょっとアンタ。聞いてるの?」

「ああ。多分間違いないだろう」

三人がデリス村に来たのは昨夜物取りにあったお陰で(死んでいた黒服以外にも研究室への侵入者はいたらしく、最近書き上げたばかりの書類が紛失していたのだ)ルイセの課題をする暇さえなくなったサンドラの代わりに、義手をつけたウォレスという男に義眼を届ける為だ。

宿で待ち合わせているというウォレスの顔を三人は知らなかったが、宿の食堂にいるのはその男一人であり、精巧な義手までしているのだから間違いないだろう。

だが、その男はルーチェが先程まで思い出していた男。夢で襲撃されていた剣士だった。

背中に剣こそ背負っていなかったが、戦闘用の黒い皮のジャケットも同じ素材のズボンも…痛々しい傷跡の位置も、同じだった。

近寄りがたい印象の風貌に臆したのかルイセがルーチェのジャケットを引っ張り、確かめてほしいと目で言ってくる。

人見知りが激しいらしいというのをすぐ思い出した上に、早く行けとティピにせかされたルーチェは大男に近寄っていく。

「失礼。貴方がウォレスさんですか?」

「そうだが…君たちは?」

いきなり名を聞かれた大男の年相応に落ち着きある声は、ルーチェの後ろにいる二人の警戒心も少し緩ませたようで、ルーチェは名乗りついでに二人の事も紹介する。

「ルーチェ。大きい方がルイセで小さい方がティピです」

横からう〜だのてぃぴちゃ〜んっキーックなど聞こえるが無視してルーチェは続ける。

「義母のサンドラに急用ができまして…代わりに義眼を届けに来ました」

ウォレスは豪快に笑い、そうかと頷いた。

「お前達がサンドラ様の子供達か! …あの方も大変だな」

しみじみと頷くおっさんにどういう意味かと気にした様子の二人を置いて、ルーチェは荷物から取り出した金属性のバイザーを渡す。

「うむ、さすがサンドラ様が作られたものだ」

渡された魔法の眼を傷跡の残る眼にあわせてはめて満足そうに言うウォレスを元の顔より男前だなとルーチェは思う。

「本当にそんなんで見えるの?」

「ティピ、お母さんが作ったものだよ!」

横でまるっきりその性能を信じていない様子のティピが言うと、すかさずルイセが反論した。

「そうだけどさ」

遠慮のない台詞にウォレスがそれは嬉しそうに笑い、印象がグッと柔らかくなったように感じた三人は少し驚いた。

「ぼんやりと人や物の輪郭が見える程度だが、全く見えなかった時に比べれば段違いだ。
これでお前たちは用が済んだわけだが、すぐに王都に戻るつもりなのか?」

聞けばこの目では手紙が書けないので礼を言う為に同行したいというウォレスに、ルイセが頷き、ティピがそうよと答えようとするが、ルーチェは首を振った。

「いいえ。これから盗人を探すつもりです。」

「ちょっとちょっと、アンタ何言ってんのよ!!」

「そうだよお兄ちゃん。どういうこと?」

勿論そんな予定を聞いていなかった二人から抗議があがるが。

ウォレスは、ふむ…と少し考え込むと言う。

「盗人…サンドラ様の急用と何か関係はあるのか?」

頷いてルーチェはそのまま昨夜起こった事を説明する。

義母サンドラの研究室に侵入者が入り込み、最新の書類が盗み出された事。

その最後に、先日の夕暮れ時に先の橋が落ちたとう事はまだこの辺りに侵入者がいるかもしれないという考えと王都ローザリアにいるのかも知れないが、そちらで見つかるならそれはそれでよい、と。

ルーチェの説明にルイセとティピは納得し、息荒く同意を示した。

「アンタにしては考えてるじゃない! 探そう探そうっ!!」

「待ってよ。ティピ!」

飛び出していきそうなティピとルイセに手を引かれながらルーチェは頷き、ではとウォレスに別れを告げる。

ウォレスは首を横に振った。

「俺も行こう。なまった体を鍛えなおすのに丁度いい。
それにサンドラ様の子に怪我などさせられないからな」

「本当ですか!」

兄の手を持ったままウォレスの参加を喜ぶルイセの横を通り、ウォレスは宿の主人へチェックアウトを申し出に向かう。

それを、ルーチェの発言が止めた。

「…穏便に事を済ませる気はありません。
あなたを庇いながら戦う気はない」

三十を過ぎた男が重傷を負って一線を離れて二年…その間に衰えた体では足手まといになりかねないと告げるが、本当の理由は別にある。

今協力するというウォレスの態度が、仮にサンドラの子でなく見ず知らずの他人であったとしても同じ申し出をするのではないかと感じられるウォレスの人柄が、同じように何か他にトラブルがあれば手助けに入るのではないかとルーチェにウォレスの同行を遠慮させた。

(これが先日見惚れた自然に関すれば変わるのかもしれないが)見ず知らずの人間を助けに行くなど、家族だけと接してきたルーチェには理解できない。

そのように考えたルーチェには、元々戦うことを仕事にしているように見受ける目上の相手に対しての失礼な発言に、ティピからキックが決まった。

空中で綺麗なターンを決めるとルーチェにビシッと指を突きつける。

「アンタねぇ、せっかくウォレスさんが手伝ってくれるって言ってるのに失礼でしょうがっ」

蹴られたままの状態で謝るつもりなどなさそうなルーチェの頭を押さえ込み、ティピが謝ろうとするのを、ウォレスは手を上げて拒否した。

そして、義手を胸元まであげて、もう片方の生身の腕でなでる。

義眼が一瞬光を放ったように、ルイセには見えた。

「確かに俺は年だ。二年のブランク、目と利き腕は作り物だが…行方知れずの隊長に賭けてお前達の足手まといにはならん。
もしなるようなら捨てていってくれ」

言うウォレスの義眼をルーチェは眺め、少し重くなったように感じる空気に耐えられなくなったのかルイセがすぐに口を開く。

「お、お兄ちゃん…」

「よろしくお願いします」

断る方が時間を食うと考えて、ルーチェは承諾した。

頭を下げるルーチェにウォレスは言う。

「ああ、俺の事はウォレスと呼んでくれ。敬語も必要ない。リーダーはお前だ」

「ウォレスさんそんなこと言っちゃ駄目よ! コイツすぐ調子に乗るんだから」

「まぁそう言うな…あんまりミスが多いようなら、その時はまた考えるさ」

ルーチェの頭をぽんぽん叩きながら言うティピに苦笑しながらウォレスは言った。

ティピは心配そうな顔を崩さないが、ルーチェはウォレスを見て当然かと思った。

別にそれだけだとは言わないが、ウォレスは鈍った体を鍛えなおす足掛りにする為に協力するのだ。

長居するつもりはないのにリーダーになってしまえば後々抜けにくい…後に残るのが今まで自分がお守りをして成長の足りないガキ共となればなお更、抜けにくいだろう。

「わかった…ウォレス、まずは盗人を探そう。
(今もその格好でいるとは思えないが)黒尽くめに白い仮面をつけた男だ」

「いや…それなら多分必要はない」

荷物を背負い、チェックアウトを済ませてウォレスは答える。

「村の北東にある木こり用の小屋にな、数日前から怪しい奴がうろついているらしい。
そこへ昨日新たに一人が合流した。時間的にも合う」

十中八九間違いないと思っているらしく、自信ありげなウォレスの言葉を聞いてルーチェはルイセとティピを見た。

二人も異存ないらしく、頷きを返す。四人は一先ず山小屋へ向かうことに決めた。

王都側の入り口近くの宿を後にした4人は村の真逆側に位置する門へと向かって歩き出す。

木々に囲まれた村は橋が壊れてしまった為に足止めを食らった旅人や商人が多数いて、常日頃よりは活気があった。

余りいて欲しくない類の迷惑な人間も足止めされているのだろうが、今の所は騒動が起きる事も無いらしい。

ルーチェはウォレスと意気込んで少し先へ行くルイセとティピの後ろを歩きながら、それとなく村の様子を眺めていた。

そんなルーチェとは違い、ウォレスは前を行く二人を見ながら口を開く。

「人死にが出るかもしれんぞ」

「覚悟の上だ」

「そりゃ、お前の事は心配してねぇがな」

「ルイセも、覚悟…いや、納得してもらわなければ」

場合によってはたかが書類一つ奪い合って同種族で殺し合うという馬鹿げた事態もあり、必要なら殺してでも奪い取るという事を。

最後まで言葉にはしなかったが、ウォレスには伝わり無言で二人は村の出口へ向かう。

「その理由。俺には話せんか? 」

「言えばあんたに止められてしまう」

根拠が異形と接触した時の嫌な予感だけでは少し弱いだろうとも、ルーチェは考えたが言わなかった。

視界の端に剣の稽古をする親子と、それをジッと見つめて動かない剣士を見つける。

その剣士は先日剣を手渡した美青年で…相変わらず迷っているようだが、剣を強く握り締めていた。

二人の足が止まった。

「お兄ちゃん、ウォレスさん。早く〜!!」

なんとなく気になったルーチェは声をかけようかとしたが、ルイセの声にまた村の出口へとまた歩き出す。

が、ルーチェはすぐに走り出した。

向かう予定の道から、出口に立つルイセを突き飛ばしそうな勢いで走ってくる親子に、ルイセは二人を呼ぶのに夢中で気づくのに遅れていたから。

いきなり肩を抱いて引き寄せられたルイセがかわいらしい声をあげ、直前までルイセが立っていた場所を身なりの良い親子が通り過ぎる。

親子は息を整える事もせず村の中央まで逃げると、騒々しく村に入ってきた者へ視線を向けた皆に向け大声をあげた。

「助けてください!! 誰か、この子を…!!」

その言葉を聞く前に、ルーチェはルイセを連れてその者達と門の間まで移動した。

なぜなら、親子を追って数人の男達が村へと向かうのも見えてしまった。

面倒なことだとルーチェは顔に出さずに思った。







入り口から入ってきた野党3人のうち一人は、(ルーチェは気づかなかったが)先日カレンを襲っていたオズワルドだった。

鎧は新調されており、魔法を使える者がいるらしく顔の傷をカサブタが覆っていた。

「なんだてめぇか」

頬に間違いなく残ってしまいそうな傷をつけ、凄みを増したオズワルドはニヤリと笑みを浮かべた。

親子を視界に入れたままルーチェへ声をかけてくる。

「今日はあの時みてぇな助っ人はこねぇぜ」

「アンタ、あんなのといつ知り合ったのよ?」

「覚えがないが…初めて外出した日に倒し損ねた夜盗だろうな」

たかが夜盗をいちいち覚えていられるかと言いたげに答えるルーチェに呆れるティピ。

そこへウォレスが、親子を庇う為に移動しながらルーチェに言った。

「不味いな。村を囲まれている」

目が見えない分聴覚に優れ…これも嗅覚といっていいのだろうか、危険を察知する術に長けたウォレスには夜盗の仲間がまだいることを察知していた。

が、何度もこんな事に巻き込まれ解決してきたのか、戦う気満々と言った様子のウォレスに比べルーチェは乗り気ではなかった。

「…目標が移動しないとも限らない。前方の敵だけ倒す」

先日カレンを助けたのは理由は本人にもよくわからない…なんとなく、カレンが襲われているのを見たら体が勝手に動いた。

今はと言えば、勝手にしたら?という気分だった。

書類を取り返すという目的がある上に夜盗を相手にする理由も特に無いのだから、ルイセも仕方ないと思ってくれるだろうと…前にいる者だけ倒せばよいとルーチェは考えて、

「馬鹿野郎っ!!」

厳しい表情をしたウォレスにいきなり怒鳴りつけられた。

何事かとウォレスの方を見ると、蹴りを入れようとしていたティピがびっくりして蹴りの体勢で固まっている。

「見過ごせるか!? こいつらを全員蹴散らして行くぞ」

「その小僧だ!小僧を殺せ!邪魔な奴らも構わず殺せ!」

早くもトラブルに首を突っ込むことになったと思いながら、オズワルドの言葉にルーチェは微かに表情を変え、どうするか考えて動きが止まった。

「させるかっ!!」

ルーチェと、おろおろしながら兄からの指示を待つルイセを置いてウォレスはオズワルドの部下へと向かう。その数は4人。

夜盗達にウォレスを相手にするつもりなどない以上、半分以上は通り抜けてしまう事は誰の目にも明らかで…周りの村人が悲鳴をあげたのにルーチェはまた少し表情を変えた。

(どうして、こんなに簡単に他人を巻き込んだり進んで巻き込まれたりするんだ?)

少し不快感を覚えながらルーチェは言う。

「ウォレス。村の者に、―そうだな。あの辺りにでも集まるよう言ってくれ。
ルイセ、マジックアローであいつを撃て」

そのままウォレスの邪魔をかわし、向かってくる夜盗の一人の相手へ向かうルーチェにオズワルドが行きがけの駄賃にと斧を投げた。

以前と同じくルーチェに向かう部下を恐怖させるだけに終わって、斧はオズワルドへと戻る。

少し面倒に思いながらルーチェも先日と同じように一人を阻み、また同じように斧を投げてくるオズワルドを視界に入れながら…前とは違い横を抜けていく夜盗を放っておく。

ルーチェの指示を受けたルイセはマジックアローを放った。

魔法の輝きに夜盗達の動きが一瞬止まる。

ドンっ…

砂を巻き上げながら、マジックアローで吹き飛んだ夜盗へオズワルドの斧が突き刺さり…見てしまったその場にいた多くの者は温度が下がったような錯覚を覚えた。

「っ」

夜盗の舌打ちと村にいる者達の悲鳴が村に響き渡る中数瞬の判断の末、オズワルドが笛を吹く。

それはもしもの時にと村を囲わせていた手下を呼び寄せる為の合図。

思いのほか身軽な親子だけなら兎も角、ルーチェ達がいては拙いという判断だが…特にルイセの魔法がよくなかった。

その効果は、オズワルドには信じられないものだったのだ。

加勢に来た手下の一人も用意していたマジックアローを撃つが人ではなく道具屋へ命中し、売り物を弾き飛ばす。それだけなのだ。

だが、

「ルイセ」

だがルーチェの指示を受け放たれるルイセのマジックアローは…どこかぎこちない動きで素手で戦うウォレスと切りあう手下をふっ飛ばし、命中した者は血反吐を吐く。

幾つか骨も折れているだろう。

オズワルドがそれを見てカサブタのある頬を引きつらせ、痛みでまた顔を歪ませる時、確かにルイセの魔法は強力なようだとルーチェも思った。

これなら犠牲無しにどうにかなるだろうと判断する。

既に相手を切り殺していたルーチェは、男の死体が余り気にならないようにと自分の体で隠れる位置へ動いてよしよしと飼い犬が芸をうまくやった時か、あるいは子供が上手に何かしてみせた時のように、状況など全く気にせずルイセの肩に手を回して頭をなでた。

「お、お兄ちゃん…次、は、どうするの?」

頬を染めて嬉しそうにするルイセの言葉にルーチェは木々に体を隠してマジックアローを唱えている男、と共に出てきて村人を襲おうとしているゴロツキを指差した。

「アイツだ。後は(やることも無いだろうが)お前の判断に任せる」

走り出すルーチェの後を追いながら、ルイセはマジックアローを唱え始めた。

ルーチェは走りながら残りの夜盗を視界に入れようと村を見回し、もう村人を守る事も夜盗倒すことも簡単なことだと思った。

先ほどまで惚けた顔で件の練習をする親子を眺めていた剣士が、既に何人もの夜盗を切り殺していたから。

「後は任せたぜ!」

オズワルドも同じように思ったらしい。

ルイセが三度目のマジックアローを放った瞬間、オズワルドは逃走した。















程なく盗賊は全員倒され死傷者も無く、村人は沸き立った。

彼等を主役に開かれる宴、貴族の開くもののように贅を尽くしたものではなかった。

だが、彼等の殆どがそういったものとは無縁でったから関係はなかったし、縁があった者も心の篭ったもてなしに満足していた。

初めてこんな宴で多くの人間に声をかけられたルイセは緊張しながらも、それなりに宴を楽しんでいた。

自分より大きな食べ物に突入するティピを見て笑いながら、飲み物片手に周りを見る。

最初は宴の主役の一人として感謝の声が絶えなかったが、今ではそれよりも気の合う者との飲み食いに夢中になっている村人達を楽しそうに眺め、自然とその中に義兄の姿を探す。

月は雲に隠れておらず、グローシュと火の灯る村はそれなりに明るく探すのに不都合はない。

「…あれ?」

だが宴のどこにも兄の姿はなかった。

自分を取り囲み、口々に礼を言う村人に困っていた剣士も、慣れた様子のウォレスも見当たらない。

ルイセは兄の姿を探して、自分と兄の分の飲み物を入れた木製のコップを片手に歩き出す。

ティピはまだ食べていて、気づかれることはなかった。

きょろきょろと左右を見ながら、ルイセは少し歩いてゆく。

その耳に今朝出会った剣士とウォレスの声が入り、足を止めた。

「それより…お前の名前、貴方があの放浪のウォレスなのか?」

「懐かしい名前だな。そう呼ばれることもあるが、色々とあってな」

放浪のウォレス。各国から要請が来るほどの腕を持ちながら旅を続け厄介ごとを解決する姿からついた呼び名で、剣士のようなその筋の者達からすれば尊敬に値する人物なのだが、そういう方面には知識のないルイセは変わった呼び名だなとだけ感想を持った。

兄のことを聞こうと思ったのだが、ウォレスと手助けをしてくれた剣士の形成する話しづらい雰囲気にルイセは困って足を止めた。

そういえばと…ルイセは戦闘が終わってすぐウォレスが彼が迷っていると言っていたのを思い出す。

自分の振るう剣の意味に疑問を持ってしまった者が陥る迷いだと。

他に頼りにする相手もおらず、きょろきょろとしながらルイセは二人の話が終わるのを待ちに入った。

「あの貴方がそんな姿になるとは…一体」

すぐに返答を返さないウォレスに、剣士は謝罪する。

月明かりに照らし出された物言わぬ顔に、聞いてはならない事だったと己を恥じながら。

「すまない…言いづらければ答えてもらわなくて構わない。
少し、気になってな」

ぼんやりとした視界に移る剣士の姿にウォレス自身が迷った時の姿がダブったのかもしれない。

そう言って村人に薦められた料理を口にする剣士にウォレスは口を開いた。

「いや、構わん…突然だった。白い兜と、白い鎧。
統一された格好の二人組みに襲われ、瞬く間に目と腕を奪われた。
生きて居られただけでも運が良かったとしか言い様がない」

「貴方ほどの腕の持ち主が…だが、それなら、何故だ?
教えてくれ…何故目と腕を失いながらもなお、戦おうとする?
私の剣にないと言った信念。ならば貴方の信念とはなんだ!?」

そう一気にまくし立てた剣士の口調はきつい響きだったが、ルイセの目にはとても圧倒的な強さで数人の賊を切り捨てた者と同じ人物とは思えない弱々しい姿に映り、目をそらした。

だが、もうどこかへ移動しようとして目に入ったものに体が固まる。

「俺の話を聞いてお前の気が済むのならいくらでも話そう。恩人を探している」

そう言いながら、暗がりに映るバイザーをつけた表情は悲しげであったが、余裕のない剣士も顔を宴から離れた場所へ向けたルイセも気づかなかった。

「俺は昔、ある傭兵団に所属していた。
そんなある日、警備を請け負っていた鉱山で謎の怪物が暴れまわる事件が発生した。
その時多くの仲間が死に…恩人である団長は怪物を追って姿を消した。
俺はその怪物を追って行方不明となった団長を探している」

「それで、その団長は?」

「何年も探しているが手がかりさえみつからない。
もしかしたら既に、とは思うが……」

ウォレスは肩を落とし、当ても無い旅を続ける事に対する疲れを見せるがそれは一瞬の事。

すぐにそれが見間違いだったかと剣士が思う程の強い意志が、四捨五入すれば初老の域に入る肉体に宿っていた。

「それでも、団長に拾われた命だ。団長のために使いたい。
例え生きていなくとも、俺の中でけりがつくまでは探し続けるつもりだ」

「そうか…」

剣士が考え込むのと、ルイセが視線を止めた場所に向かうのは同時だった。

ルイセの進む先ではルーチェが地べたに座り込んでいる。

ただそれだけなのだが…その姿からは存在感が感じられず、少しの間ルイセは足を止めてしまったのだ。

「お兄ちゃん、こんな所で何してるの?」

火から離れ、何も持たず地面に座るルーチェは、飲み物を片手に持ってやってきたルイセへ視線を向けず返事を返す。

「グローシュと星を見てる…ルイセは、楽しんだか?」

「うん…」

上を向いて、ルイセの方を向かないルーチェに少し膨れながらルイセは返事を返す。

「私。こんなに沢山の人と話すのも、こういうのも初めてなんだけど…とっても楽しいよ」

途中でやっとルイセの方に顔を向けたルーチェに、最後は可愛らしい笑顔で言った。

「そうか。ルイセが楽しんでくれているなら…戦った甲斐はあったな」

そう言って視線をまた空へやるルーチェ。

「え? …うん。でも、危ない事はしないで欲しいかな」

やっぱり、と思いながらルイセは少しだけ苦い顔を浮かべた。

胸中には安堵と、この先を思っての不安がある。

親子を助けたことは義兄は別に乗り気でやったことではなくウォレスの言葉に惰性で従っただけ。

それなら安心だった。

だが…ルーチェの横に腰掛け、飲み物を義兄の傍に置きながらルイセの心はどんどんと不安になっていた。

こうした行為は良いことだと教育は受けているのだ。

ウォレスの影響を受けたらどうだろう?

人を守る。助ける…という事は危険に近づく事も多い。

義兄がそれを掃う事ができないとはルイセは思わない。大抵のことは容易く行うと思っているのだ…大抵の事は出来ないはずがないと妄信していると言ったほうがより正確だが。

だが、注目する者が増えるのではないか。必要とする人が増えるのではないか。

その逆も…あるのではないか。

もっと広い場所へ、もっと多くの人へ…当人が喜んでいるなら嬉しいのだが本心をいえば、ずっとあの離れで居てほしいというのにとルイセは思っていた。

そう考えるのを、気付かれていないか、表情に出てしまわないかも不安に思って、ルイセはコップを持っていない方の手を胸元で握る。

「心配するな。ルイセを置いて行きはしない」

そのまま、どこかに行ってしまいそうな希薄さで彼は告げ、立ち上がる。

「でも…」

不安は、今まで疑った事の無かった義兄の言葉に疑いを浮かべ、口に上らせた。

「心配するな」

言いながらルーチェはルイセの頭を撫でる。

子ども扱いされて少し不満そうな顔で髪を直すルイセにルーチェは聞きたいことがあったようで、視線をルイセに止めたまま暫くルイセを見つめていた。

「…遠まわしに聞いてもしかたがないか。
………今日、人を殺したが大丈夫か?」

「え? 別に…もっと、足を引っ張らないように頑張らないとだめだよね」

攻撃魔法の威力は周りへの影響では測れない。

それを受けた者の魔法に対する耐性などが大きく関係するからだ。

その点、(初歩の魔法とはいえ)ルイセの放ったマジックアローを受けるのに、昼間の盗賊は弱すぎた。

ルーチェは、普通人を殺す事に禁忌を覚えると教わっていたので、罪悪を感じ、刃を向けられた恐怖などがルイセに暗い影を落とすことにならないか気にかかっていたのだが…それはルーチェの思い違いで、ルイセにはそうしたものは余りなかった。

無いわけではないが、そうした感情はルイセにとっては義兄の足手まといにならないようにする、という事で頭が一杯になってしまい残る余地が無いのだ。

ルイセの返事を聞いたルーチェは、慣れて余裕が出ればまた変わるかどうか気に留めておこうと…つまりは今は様子を見ておこうととりあえず満足した。

そして、まだここよりは宴の中心に近い場所へ顔を向ける。

「さて、ここに居ては詰まらないだろ。向こうで話し込んでいるウォレスの所にでも行こう。
ここにいるよりはルイセは楽しめるんじゃないか?」

その視線の先では他の唯一の知り合いであるウォレスと剣士が真剣に話している。

ウォレスの名前は覚えたらしい。

しかし先ほどの会話を聞いていたルイセは邪魔する気になれず、他人にルーチェを近づけたくも無くてルーチェの手をとった。

「ううん…ここでいようよ。
お兄ちゃんと二人がいいな」

結局、宴を開いた理由を忘れ、いや口実にして宴を楽しむ村人を遠目に眺めながら、ルイセが眠くなるまでその場で過ごした。





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