メンテナンスが終了したばかりで試験航行中であるアースラの会議室、参加者の殆どの視線はあかねへと集まっていた。 クロノの厳しい眼差しを、あかねは特に直視することが出来なかった。 逃れるように視線をそらし、包帯が巻かれている左肩へと触れると、熱を帯びたそこから痛みが電流の様に体を走っていく。 負けたのだと、想いが届くことなく敗北し、自分ははやてを照らすだけの力が無かったのだと痛みが教えてくれていた。 例え決闘の最中に予期せぬ介入があったとしても、守れなかった事実は、結果は変わらない。 「出血ほどには怪我の程も酷くなくて、安心したわ。駆けつけるのが早かったせいか、リンカーコアも蒐集されずに済んだみたいだし」 一安心だとばかりに呟いたリンディの言葉に、耳を疑いながらあかねは顔を上げていた。 「え、でも僕は……男の人に胸を貫かれて。そこから記憶が、でも確かに何かが引き抜かれたのは感じました」 見知らぬ男の腕が胸を貫き、はっきりとは解らないが力ある何かが体内より無理やり引きずり出された。 攻撃を受けた瞬間には気を失ってはいたが、それは間違いなかった。 「でも普通、リンカーコアを蒐集されたら、しばらく魔力は扱えなくなるんだよ」 「うん、私自身蒐集されたことがあるから知ってる。あかね君みたいに、直ぐに意識を取り戻すこともないんだよ」 シグナムたちにとっても予期せぬ介入が、蒐集を躊躇わせたのだろうかと思ったが、それも違う気がした。 例えそれが悪だとしても、蒐集を続ける。 絶対に変わらないシグナムたちの意思を曲げる為に、自分は決闘を挑んだのだ。 敗北者のリンカーコアを、蒐集しないと言う選択肢があろうはずもない。 「問題はそこじゃない」 無事だからよかったと有耶無耶になりそうな事態を止めようと、クロノが問題の本質を口にした。 「蒐集の有無はともかく、あかね。君は、彼ら闇の書の守護者たちとの面識があった。そして恐らくは、闇の書の主とも面識がある。そうだな?」 クロノでなくとも、簡単に見つけられる不可解な点。 転送魔法が使えないあかねが別の次元世界にいたこと、たどり着けないはずの次元世界で行われた闇の書の守護者たちとの戦闘。 そのことを事前に知っていただけに、なのはが心配そうにあかねを見つめていた。 「知って、いました。あの人たちの苦しみを知っていたから、止めたいと、救いたいと思いました。今の闇の書の主は、シグナムさんたちを守護者としてではなく、大切な自分の家族として受け入れていました」 さすがに思いも寄らない言葉に、クロノも言葉を失っていた。 「そして蒐集を行わずにいた結果、闇の書の主は闇の書からの侵食を受け始めました。体を蝕まれ続け、やがて死に至る。それを知ったシグナムさんたちは、闇の書の主に秘密にしたまま、蒐集を行い始めたそうです」 「次元震を引き起こすジュエルシードと言い、ロストロギアってのは。それが本当なら、闇の書も相当にろくでもない代物だね」 おいそれと係わり合いにはなりたくないとも取れる発言をアルフが行い、各自悩ましげに眉根をひそめていた。 たまたま試験航行に居合わせたロッテも、口を噤むように顔を伏せていた。 「それも、本人たちから聞いたのか?」 「はい、闇の書による主への侵食は直接聞きました。ただ、闇の書の主が彼女たちを家族同様に思っていることは、聞かなくても解りました」 「なら、これが最後だ。あかね、闇の書の主の名前をここで言え」 管理局として皆が闇の書、それに関わる守護者や主を追っている以上、その命令は当然のものであった。 事件の早期解決の為に、協力者が行う情報提供。 言葉にすれば当然の行いにしても、あかねは何処か躊躇いの心が生まれていた。 自身で口にした通りシグナムたちの蒐集と言う行為は悪であり、管理局の法に触れた以上捕らえなければならない。 落ち着き冷静に考える、クロノから一番最初に習ったその行為を行えば数秒もたたず当然の答えとして出てくる。 「闇の書の主は……」 なのに喉に言葉が詰まったまま、出てくることはなかった。 決闘を申し込んだ時から考えていた通り、シグナムたちを捕らえ罪を償わせ、はやてと闇の書の侵食について調べ解決をはかる。 それが最善だと解ってはいても、決闘に負けた自分が、口にすることを許されてはいなかった。 敗北者が行う情報提供、それはもはや密告や告げ口の様に思え、あかねには喋ることができなかった。 「言えません」 あかねならそう言うだろうなと溜息が幾つも漏れる中、訓練を通してしかあかねを知らないロッテが口を開いた。 「言えない、ですむわけないでしょ。どうするクロノ、許可くれるなら無理やりにでも吐かせるけど」 訓練の時に見せる笑みとは何処か違う凄惨な笑みに、背筋を凍らされながらもあかねは絶対に口を開かないと数日の師を相手に睨み返していた。 クロノからすれば睨み返すという行動は大胆すぎたが、喋らないというのは予想通りではあった。 「いや、良い。彼はあくまで民間協力者だ。ただ協力できないと明言した以上、即刻アースラから退去してもらう。以後、事件に関わることを一切禁ずる。現場に君の姿を見つけたときには、敵性と判断する」 「そんなクロノ君、そこまで言わなくても。フェイトちゃんも何か言ってよ」 「私はその……妥当な判断だと思う。シグナムたちと接触するにしても、せめてクロノかリンディ提督にだけは告げておくべきだった」 「そうね、そうすれば多少状況は違ったでしょうね。それからフェイトさん。妥当ではないわ。甘い判断よ」 口ごもりながらもなのはとは違う意見を口にしたフェイトであったが、その言葉を認めつつ一部否定する言葉をリンディが発していた。 「て、提督!」 「あかね君は管理局への協力を申し出ながら、秘密裏に被疑者たちと連絡をとっていた。これは純然たる裏切り行為、人が人なら提訴の可能性もあるわ。解るわね、あかね君。これはクロノから貴方への警告よ、二度はないという」 「わかり、ました。あのG4Uはどうすれば」 「それは貴方個人の所有物よ。それに新たな機能を付加したのも、プレシアさんという個人的繋がり。こちらがどうこうする権利はないわ」 リンデイの言葉を聞くと、あかねは頭を下げてすぐに席を立ちこの場を後にした。 少し迷った末になのはが後を追い、フェイトは迷いながらも席を動かなかった。 間違いを犯した友達を消極的な言葉とは言え正し、気落ちしているであろうあかねを慰めるのはなのはの役目である。 心配そうに伺っていたアルフの手をとり、フェイトは微笑み返していた。 「相変わらず、親子共々甘いよね。見込みあると思っていただけに、本当はキツイんでしょ?」 「別に、僕は裏切られたとまでは思っていない。ただ、彼が未熟なだけだ。記憶を失っていた期間を抜くと、こちらの世界に足を踏み入れて二ヶ月と少し。フェイトの言葉じゃないが、妥当なところだ」 「おうおう、一人前に言うようになったじゃないのクロスケ。まあ、執務官試験に二度落ちて以降、数々の失敗談を作り上げただけに、先輩の言葉は違うねえ」 「こら、その話は秘密だって。なんでわざわざ今、この場で言ったんだ!」 ほぼ完璧に見えるクロノの意外な過去を耳にした、フェイトとアルフは信じられないと言った顔つきでクロノへと視線を投じる。 気まずそうに視線をそらしたことがロッテの暴露を肯定しており、数々の失敗談と言うのも興味を惹かれるものである。 気まぐれな猫が素体であるためか、雰囲気を暗くしたかと思えば和やかにしたりとロッテは忙しい性格である。 少し雰囲気が和らいだ所で今後の方針をリンディが口にしようとすると、会議室のドアが開かれプレシアが姿を見せた。 「あら、あかね君はいないようね。これはこれで丁度良いのかしら。リンディさん、クロノ君ちょっと」 まだ大っぴらに出来ない報告でもあるのか、プレシアが二人を連れて行った。 「そうか。勝負は有耶無耶のまま、リンカーコアだけ。最悪の結果だな」 急ぎ帰ってきた三人の守護者たちの様子から、一部始終を聞きだしたザフィーラの第一声がそれであった。 あかねという存在の危険な所は、闇の書の主が誰かを知っている上に、主であるはやての友人であることから容易に手が出せない所にある。 あかねの性格を考えると、どのような内容であろうと約束は必ず守る。 例え自分の意にそぐわないとしても、自ら挑んだ決闘であればなおさらであった。 それが予期せぬ介入者により約束は成り立たず、リンカーコアを奪ってしまい、やり直しを要求することも出来ない。 「一両日中、あるいはもっと早くにも、主の両親の思い出が詰まるこの家をどうにか離れなければならなくなる」 「そんな、出切るわけねえじゃん。だってはやてにとって、こんな暮らしやすい家は他にねえよ。頷くわけねえ」 「それに理由の説明が。あかね君から蒐集したことがばれたら、はやてちゃんがなんて言うか」 ヴィータが口にした家を離れられない理由よりも、シャマルの言う通り家を離れることになってしまった理由の方が重要であった。 赤の他人からですから蒐集を行うことを禁じたはやてが、たった一人の友人から行われたことを知ってどう思うか。 罵倒されるだけならまだ良い、一番辛いのはその怒りが闇の書の主であることからはやて自身へ向かった時。 自責の念にかられたはやてが何をするのか、考えるのも恐ろしい。 「すまない、決闘相手をかってでておきながら功に焦ってしまった。あかねのリンカーコアを前に、手を伸ばさずにはいられなかった」 「シグナムのせいではあるまい。我とて同じ状況であれば、とった行動は同様だっただろう。それに過ぎたことよりも、如何にして主の安全を守るかが重要だ」 床に伏せていたザフィーラが、窓の外に見える庭へと視線を投じた。 「一応セキュリティは万全だけれど、あくまで侵入者を知らせる警報が主で、この世界だとそれ以上は問題が出てくるわ」 「念のためだ、シャマルはなるべく主のそばを離れん方が良い。連絡もこれまで以上に密に、が今我らに出来ることか。それにしても、何者だその男と言うのは」 「わからない、以前にも管理局に捕獲されそうだった私を助けてくれた。けれど、味方とは思いたくないわ」 特にシャマルは外部と遮断する結界を張っていただけに、進入に一切気付かなかった負い目がある。 しかし助けに来るにしても、どうしてあの場所が解ったのか。 以前ならば管理局が結界を張った上で戦闘を行っていたこともあり、目立っていたこともある。 だが今回は管理局の監視を恐れ、別次元世界に秘密裏に移動し厳重に結界を張った。 誰にも気配を悟られず、まして結界を張ったシャマル本人にすら悟られずと言うのは不可能である。 「最初からそこにいたのなら兎も角……」 「シャマル、今のはどういう意味だ?」 「結界の中に入り込むのは難しいけれど、最初から中に居たのなら気付けなくてもって」 ぼんやりとした考えを口にしたシャマルの言葉を受け、シグナムとザフィーラがまさかと顔を見合わせる。 「隠密の行動中に最初から尾行されていた、その答えが示すものは」 「すでにこの家はその男の監視対象に、主が主であることすらばれている。まずい、この考えが正しければ奴の目的は闇の書の利用。闇の書の完成を促すのもその為か?」 「ありえねえ。だって完成した闇の書を奪ったって、マスター意外には使えねえじゃん」 それはこの場にいる四人全員が知り、理解していることでもあった。 あくまで闇の書は、主であるはやて専用のデバイスのようなもの。 自ら主を選ぶ機能がついている闇の書が、主を誤認することもない。 「とにかく一度、それとなくはやてちゃんにお引越しをちらつかせてみて、反応を見てみましょう」 「絶対に反対すると思うけどな。あたしもこの家を気に入ってるし」 はやての機嫌だけは損ねたくないと思いつつも、急がねばならないと四人で一斉に重い腰を上げた。 連日シグナムたちがいるようになったために、はやては炊事にせいを出しすぎ、今は二階でお昼寝中である。 起こすには忍びないがと思いつつ、リビングのドアへと手を掛けると、天井に重いものでも落としたかのような音が響く。 これが夏場であれば開かれた窓から入り込んだ風により、机や本棚から何か落ちたと思う所だが、今は冬場。 窓など開いているはずもないと全力で階段を駆け上がり、はやての部屋のドアを蹴破る勢いで開いて入り込んでいく。 目の前に飛び込んできた光景は、床の上に倒れこんでいるはやてであった。 ただし全く床に伏せている状態ではなく、倒れた体を二本の腕で支えながら、少し気の抜けた瞳で自らの足へと振り返っていた。 「はやて!」 「はやてちゃん?!」 「主はやて!」 何事かと思い飛び込んできた守護者たちへと、はやては自分でも信じられないといった面持ちで呟いてきた。 「う、動いた」 「動いたとは、何のことだ主?」 犬に比べて大きな体をはやての横に伏せて、手置きに差し出しながらもザフィーラは訪ねた。 倒れたのは間違いないようだが、大事にするほどのものでもないのかと誰よりも我に返るのが早かった。 「足が、ピクッて。痙攣するみたいに。今までずっとそんなことあらへんかったのに。ほんまやで、そのまま立てるかと思って転んだけれど。ほんまに動いたんや」 「本当かはやて、もう一回」 「駄目よヴィータちゃん、無理をさせちゃ。それにはやてちゃん、転んだ時に何処か打ったりしてませんか?」 足が動いた喜びに忘れていたのか、シャマルに聞かれ自覚した途端、タンコブが出来ていた頭を押さえはやてが痛みに顔をしかめていた。 だが直ぐに忘れたように、その顔は痛みよりも動いた足を思い出し笑みが浮かび始める。 はやては直ぐに、動かない足を両手でマッサージしたりと、再び動かさせようと努力を始めた。 何度も嘘じゃないと、本当に動いたとマッサージを続けようとするはやての手をシグナムが掴んだ。 「主はやて、一先ず病院へ。シャマル、救急車を。頭を打ったとでも言って直ぐに来てもらえ。ヴィータは私と主を着替えさせる。ザフィーラは」 「ああ、留守は任せろ」 何時もとは違う含みを持ったザフィーラの言葉に、シグナムは短く頼むと呟いた。 はやてが海鳴市にきてからずっと専属で見ている石田医師は、検査の結果を記したカルテを手に、妙に上機嫌であった。 もちろん患者であるはやてを前に、務めて冷静でいようとしているようだが、やはり人間たるもの抑え切れない感情というものはあるようである。 そんなに検査結果が良かったのか、もしや足が回復に向かい出したのかとはやては胸を膨らませるが、放たれた言葉は月並みなものであった。 「頭を打ったと救急車で運ばれてきた時には驚きましたが、タンコブが出来ているだけで特に異常はみられませんでした」 「はあ、そうですか」 にこやか過ぎる笑顔の後に望んだものとはかけ離れた言葉を貰い、少し気が抜けた返事をしてしまったはやてであった。 ピクリとでも足が動いたのは見間違いや、願望がそう感じさせた幻覚の類だったのか。 期待が期待であっただけに、はやては迂闊にも周りからわかるほどに溜息をついてしまった。 もちろん直ぐに気付いて止めたが、病室内に少し気まずい雰囲気が流れ始めていた。 「なあ、先生。はやての足どうなんだよ。はやて動いたって言ったんだぜ。隠さないで教えてくれよ!」 ただヴィータだけは部屋の雰囲気も、ものともせずに、率直に石田医師に想いをぶつけていた。 「ヴィータちゃん、ここは病院よ。大きな声を出しちゃ駄目」 「だって……そうだ、はやて。はやても気になるだろ。動いたって信じたいんだろ?」 注意するシャマルの言葉にも止まらず、はやてへと直接問いかけてしまう。 はやての麻痺が上半身へと進行しているのは、本人にも秘密のことである。 石田医師にも伝えたくても伝えられないことがる、他のことならまだしも、はやてに関わることでヴィータは少し我を失っていた。 止めないかと、シグナムが手を伸ばそうとすると、はやてに大丈夫だと視線で止められてしまう。 抱きつくように迫るヴィータの頭を撫で付けながら、はやては驚くべき言葉を発した。 「石田先生、私知ってるんです。足の麻痺が上に来てること。自分の体は自分が良く知ってる、良く使われる言葉ですけど本当です。毎日がとても小さな変化でも、ちゃんとわかるんです。だから教えてください、私の足どうだったんですか?」 「はやてさん」 そこまで知っていてなお笑顔でいられるのかと、はやての強さに目頭を熱くしながらも石田医師は許可を視線で求めた。 シャマルとシグナム、実質的保護者が頷いたことで、本当のことを口にした。 「不用意な期待を抱かせたくなくて黙っていましたが、はやてさんの足は何も変わってなかったんです」 石田医師の言葉に奇妙なものを感じ首を傾げたはやてであったが、今しがた自分が言ったばかりの言葉を思い出しその意味に気付いた。 「何時もは検査のたびに徐々に麻痺が進行していたのに、先日の検査から殆ど進行していなかったんです。何か特別な薬や、大きな環境の変化などありましたか?」 その問いかけは、何が原因で麻痺の進行が停止、または遅れ始めたのか解らないと言っているも同然だが誰一人石田医師を責めなかった。 特にはやての麻痺の原因を知るシグナムたちは、責めようにも責められない。 ただ何が原因でと言う言葉を胸に受け、必死に思い出そうと考えをめぐらせる。 「薬は、石田先生が処方してくれたものしか。ご飯も何時も通りですし」 「特にマッサージ等も。教えられたものしか」 「何時も通り遊んでたぜ、ザフィーラの散歩も、はやては車椅子だし」 何も変わらない、そう順に呟いたがはやてだけが思いあたりがあるように考え込んでいた。 「環境の変化……」 呟き一人特別な少年を思い浮かべると、一気に顔を紅潮させ勢い良く振り払い始めた。 「なんでもないです。何時もの私です」 急にどうしたのか、はやての様子に首を傾げつつも、石田医師は急に遅くなった麻痺の進みに対して一体何がと頭をひねり始めていた。 その一方で、シグナムたちは確信はないものの、ある一つの仮説へとたどり着いていた。 今まで蒐集を続けてきた中ではやての足に影響がでたことはなく、この一週間はずっと収集を控えてきた。 だが一人だけ、蒐集を行った少年がいた。 たかが一人の蒐集で何が変わるのかと言う思いもあったが、すぐにシグナムがザフィーラへと念話を飛ばしていた。 『ザフィーラ、直ぐに闇の書を確認してくれ。あかねのリンカーコアを蒐集したページだ』 『主の症状はどうだったのだ、何か関係が?』 いぶかしみながらもザフィーラは言われた通りにしてくれたようで、しばし念話が止まる。 『どう説明すればいいのか、解らん』 『なんでもいいだろ。闇の書がどうなんだよ!』 『あかねのリンカーコアを蒐集したページが、妙な輝きを発している。そのせいか、闇の書の何時もの光が押さえ込まれている』 無理やり説明させても、全く意味の解らない状況であった。 確かに闇の書はその名に相応しい闇色の光を放つことが多いが、それが押さえ込まれているとはどういうことか。 「それで、今日はどうしましょう。このまま検査入院とするには、はやてちゃんは元気のようですし」 「私がいないと、皆の食事が大変なことになってしまうので、帰ります。石田先生、正直に話してくれてありがとうございました」 「いいえ。こちらこそ、はやてちゃんを気遣ってるつもりで気遣われてたみたいね。私も医師としてまだまだね。それと足が改善に向かうかもしれないけれど、今日みたいな無茶はしてはいけません」 少し念話と、闇の書に起こった異常事態に気をとられている間に、はやての即退院が決定してしまっていた。 もしかしてこのまま検査入院の方が、謎の男の監視等を考えるとよいのではと思っても遅かった。 すでにはやては帰る気満々で、車椅子を自宅に置いてきた手前、シグナムにおんぶをせがんでいた。 今日は失敗ばかりだと、何処か諦めの境地でシグナムはベッドの前にしゃがみはやてを背負った。 再度石田医師にお礼を言って、病院を出て行くと、冷たい風に打たれ少しだけ冷静さが戻ってくる。 一時的なことか永遠かはわからないが、あかねのリンカーコアが闇の書に妙な影響を与え、はやてへの侵食を押し留めた。 だがあかねは既に管理局側の敵に回った可能性が高く、話を聞くのは不可能に近く、はやての家も何時まで安全かも解らない。 はやての温もりを背に受けながら思い悩んでいるシグナムの目の前を、何かが通り過ぎ、そして凄い速さで戻ってくる。 「はやてちゃん、それにヴィータちゃんにシグナムちゃん。シャマルちゃんまで、私ってばすっごいついてるわ!」 シグナムの悩みとは天と地ほどもある差で叫んだのは、買い物袋をかごに入れた自転車にまたがるあかねの母親であった。
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