第七話 信念、それは背中に宿るものなの(後編)
 時計の針が示す時刻は午前八時半、あかねは自室の机の前に立って、G4Uの宝玉につけてあるフェイトのリボンを外していた。
 代わりに取り付けるのは、本来つけられていた紐であり、つけ終わるとすぐに腕に巻きつける。
 ゴールデンサンがそばに居てくれた時と同じ格好であるが、別に願をかけたわけでもなかった。
 今日がシグナムたちと約束した、決闘の日。
 たった一週間、ブランクを取り戻し、いなくなったゴールデンサンの穴を埋めるには、余りにも短い期間であった。
 今やれるだけのことはやったつもりだが、とてもフェイトのリボンが無事で済む様に気を使う余裕はなかった。
 G4Uの付け具合を確認すると、あかねは学校へ行くと言うカモフラージュの為の鞄を持って部屋を出て行った。
 二階から階段を降りてそのまま玄関で靴を履き、キッチンにいるであろう母親に向けて言った。
「学校、行ってきます」
「ちょっと待ちなさい、あかね」
 気合の入っている状態に水をさしたくなかったのにと、渋い顔をしながら振り返った先で母親は妙な笑顔を見せていた。
 何か後ろ手に隠しているようにも見えるが、あかねは警戒心丸出しで訪ねた。
「なにか用ですか?」
「お母さんが待ちなさいって言ってるんだから、用も何もないでしょ。ちょっとそこで待ってなさい。渡すものがあるから」
「渡すもの?」
「良いから、そこで待つ」
 そう言ってあかねに人差し指を突きつけてから、母親は奥へと消えていった。
 一体何を渡そうと言うのか、早くしてくれと足でリズムをとるが一向に母親は戻ってこない。
 無視して行ってしまうべきか、それはそれで後が怖いと迷っていること数分。
 そこが我慢の限界であった。
「帰ったら、その渡すものを貰います。もう行きますからね」
 叫んでも奥に消えた母親からの返答はなく、あかねは玄関のドアに手を掛けて開いた。
 そして玄関から一歩外へ出てた所で、直ぐに立ち止まることとなった。
「おはよう、あかね君」
「なの、は?」
「あかね君の様子が変だからって、あかね君のお母さんに連絡貰ったの。つい、飛んできちゃった」
 おおっぴらに魔法を使ったことを悪びれもせずに笑ったなのはを前に、カモフラージュも全て読まれていたと、あかねは鞄を玄関先に放り投げた。
 すると先ほどは大声で呼んでも返事すらしなかった母親が、嫌な笑みを浮かべながらこそっと戻ってきて、鞄だけを回収してまた奥へと戻っていった。
 貴方は黒子ですかと突っ込みたい言葉を喉で押し留めていると、奥の扉からドキドキと顔を半分だけ出して覗く姿に心底腹が立った。
 だがとりあえずなのはがいる手前、様々な感情を飲み込んで振り返る。
「前に言ってた行く日が、今日なの?」
「はい、迂闊にも母さんにはばれたようですが、内容まではさすがに知らないと思います」
「そっか、それじゃあ」
 まだ見てるよあの人と半分だけ振り返り確認していると、なのはに両手をつかまれた。
「ずっと前。フェイトちゃんと戦う時に、あかね君からおすそ分けしてもらった勇気。今お返しするね」
 吐く息さえ白く凍る冬の朝の中で、なのはの手に包まれた手が少しずつ温まっていく。
 まるで本当に勇気をおすそ分けされたように、伝わってくる。
 やれるだけのことはやったと、そう思い込もうとしていた自分の不確かな自信にしみこみ、強く支え直してくれる。
 大丈夫だと、後はぶつかるだけだと。
 あかねはなのはの行為に応える様に、自分の手を包み込んでくれたなのはの手を胸に当て笑みを見せる。
「行ってきます。そして、救ってきます。今僕が、この手を伸ばすことの出来る人たちを……」
 詳しいことを何一つ説明できない自分に勇気を別けてくれたなのはへと呟き、あかねは玄関を飛び出した。





 クラールヴィントから放たれる淡い光が、リビングのソファーに身を沈め精神を統一しているシグナムへと降り注ぐ。
 見た目に解る程の外傷はなく、傷は殆ど癒えているのだが、感触を確かめるように手の平を握り、また開きと繰り返すシグナムは理解しているのだろう。
 体の外にではなく、内側にて癒えきらず残る疲労や傷跡を。
 驕る気持ちが全くないと言えなかったあの時、突然空から降ってきたデバイスとフェイトとのユニゾンを許してしまった結果である。
 防戦一方に追い詰められることなど、生まれて初めてのことであった。
「ごめんなさい、シグナム。これ以上は、時間をかけないことには……」
「謝る必要などない。休息は十分過ぎるほどにとった。それに今度の相手は、あの時のテスタロッサ程でもない。大丈夫だ」
 念の為に見てもらっただけだと口にしたシグナムへと、拭いきれない不安を胸にシャマルは尋ねた。
「もう後、一時間もない。本当に今さらだけれど、どうして決闘なんか。あかね君も、はやてちゃんを思う気持ちは私たちと同じなのに」
「同じだからこそだ」
「だったら、協力はしてもらえなくても、敵対する必要は」
「理由は幾つかある。管理局が本腰を入れて我らを追う今、特にテスタロッサと高町、両魔導師との衝突は避けたかった。私の体も休息が必要で、今までのような単独行動じみた蒐集はもってのほか。一週間なりを潜めたままで、高ランク魔導師の蒐集が出来る約束は魅力的だった」
 蒐集を行う理由が理由なだけに、安全策を選んだ気弱な自分を自嘲気味に笑いながらシグナムは続けた。
「そして最も大きな理由は、あかねの気持ちが我らと同じでありながら、目指す方向が全く違うからだ。今のままでは管理局と敵対する場面に現れ、状況を引っ掻き回しかねない。それがどう転ぶかは予測不可能だけに始末が悪い」
「そうね。以前にも不可抗力とは言え、はやてちゃんを結界の中に連れ込んでしまったんですものね。闘志を鈍らせるようなことばかり、ごめんなさい。ただあかね君がはやてちゃんの友達だから。とっても良い子なのを知ってるから、辛くて……」
 守護騎士の中で一番接点の多かったシャマルは、どうしても自分たちと敵対するあかねが想像できずに戸惑っていた。
 レヴァンティンを手に構えるシグナムに対峙する魔導師、これまでシャマルが接してきたあかねとは、とても結びつかない言葉である。
 病気と言うわけではなかったが、失くした記憶について苦しみ時には泣いて、何処にでもいるような少年であった。
 指にはめたクラールヴィントを抱くように胸に抱いていたシャマルを、真っ向から否定する声が上がる。
「良い奴なんかじゃねえよ。あたしは認めねえからな」
「ヴィータちゃん」
「あんな奴、はやての友達なんかじゃねえ。管理局の奴らと一緒で、勝手な正義を振りかざしてるだけだ。シグナム変わってくれよ、あたしが代わりにぶっ潰してやる。それでさっさと蒐集を再開して、はやての体を治してやるんだ」
 ムキになって叫べば叫ぶほど、友達じゃないと言う言葉を否定すると言うことに気付かないヴィータの頭へと、シグナムが手の平を置いた。
「焦るな、五分も経たぬうちに終わらせる。ヴィータ、主はやては?」
「上にいるよ。ザフィーラがついてるから心配はいらねえ。こっちの準備も万端だ」
「よし、奴と合流次第、出来るだけ遠い次元世界へと飛ぶ。到着次第、シャマルは結界の展開と維持を。ヴィータは念のためシャマルの護衛だ」
「おう!」
「まかせておいて、周囲への監視も今度こそ怠らないわ」
 約束の時を前に、ソファーから立ち上がったシグナムへと二人の騎士が後に続いた。
 あかねへと抱く気持ちは様々であれど、主であるはやてへの気持ちは皆同じであり、それぞれのやり方で敵対者となるあかねへの踏ん切りを心に抱き始めていた。





 地球より遠くはなれた次元世界、一面砂と日照りに覆われ、屈強な大型生命体のみが生息することを許された砂漠の惑星。
 管理局の監視を警戒して選んだ世界にて、砂に足を埋もれさせながら両者は対峙していた。
 あかねとシグナム、まだデバイスこそ起動していないものの揺れない瞳で見据えあう。
 この世界へと転送する前から四人そろってはいたが、特にあかねはまだ一言も喋ってはいなかった。
 もうすでに言葉で議論し合い、譲歩を持ちかけることすら無駄であることを理解しているからだ。
 本来なら分かり合うために存在する言葉の存在の無力さに打ちひしがれながらも、右腕に巻きつかれたG4Uの宝玉を手に取った。
「G4U、セットアップ」
「Stand by ready. Set up」
 容赦なく照りつける日差しをかき集めたような光に包まれ、聖祥の真っ白な制服が分解され、バリアジャケットに変わっていく。
 黒い半袖の上下に金色のオーバーコート。
 何処かで見た覚えのあるそれにヴィータがあっと声を挙げたが、直ぐに憮然とした表情に戻り口を噤んでしまう。
「レヴァンティン」
「Ja」
 小さな剣のついた首飾りを外したシグナムがその名を呼ぶと、シグナムの体が炎に包まれた。
 衣服を燃やし尽くす勢いで燃え盛る炎、手にしたレヴァンティンをシグナムを振り払うと炎は刀身に集約され、甲冑が姿を現す。
 開始の合図などはなく、すでに決闘は始まっていた。
 両者共に蹴りつけるべき地面、砂に足をより埋もれさせ、目の前の相手へと跳びだすその時を待っていた。
「やっぱり待って、あかね君、シグナム!」
 決闘の緊張感だけに留まらず、知り合い同士が火花を散らす、その緊張感に耐えられず上げられたシャマルの声が切欠となった。
 二人の足元の砂が爆発に巻き込まれたように空へと舞い上げられた。
「はッ!」
 砂の上と言えど決して出遅れなどはしない脚力を用い、レヴァンティンを上段に振り上げ踏み込んでいったシグナム。
「前へ!」
「Jet flier」
 足りない脚力をコートから吹き上がる炎で補ったあかねもまた一直線に突き進み、自分へと振り下ろされたレヴァンティンへと手の平を伸ばした。
 理解できない行動に一瞬戸惑いを見せたシグナムであったが、そのままレヴァンティンを振り下ろす。
「Small sheild」
 目の前に迫る刃に気後れすることなく伸ばした手の平の上に、限界まで圧縮された魔力の盾が展開された。
 その大きさは手の平よりもほんの少し大きい程度で、一歩間違えれば相手の攻撃を受け損なうほどである。
 小さく圧縮された魔力の盾によりシグナムの一撃を受け止めると、いなそうとした衝撃が体を通じ足元から砂礫を巻き上げた。
 通り抜けきらなかった衝撃が痺れとなって体に残っていくが、歯を噛み意志で無理やり体を動かし盾を持たない左手を伸ばす。
「足元、縛れ!」
「Ring bind」
 爆発し舞い上がる砂に紛れて視認出来ないシグナムの足元へと、魔力の輪が集束していく。
 あかねの指示で気付いたのもあるのだろうが、察知したシグナムは地面を蹴り上げ、あかねの盾に接触したレヴァンティンを支えに腕で自分を持ち上げた。
 そのままあかねの頭上を翻って行き背後に着地するや否や、振り向きざまにレヴァンティンを薙いでいった。
 さすがに背後からの一撃は手の平サイズの盾では受け止められないと、馴染み深い幅広の盾で受け止める。
 レヴァンティンを受け止めたまま振り返ったあかねへと、刀身を押し付けながら顔を近づけたシグナムが不可解な行動に問いかけた。
「何のつもりだ」
 決闘などという言葉を使った割には、攻撃の為に魔法も使わず武器も手にしていない。
 辛うじて攻撃と言えるかもしれないバインドも、レヴァンティンを受け止めた防御魔法に比べ、稚拙で、捕まえられたとしても抜け出すのに数秒とかからない。
 これではありえないと思っていたはずの、この決闘自体が管理局側の罠なのではと言う考えが浮かんでしまう。
「僕の考えを押し通す為に、シグナムさんを確保します。それが僕の決闘です」
「甘いことを。レヴァンティン、カートリッジロード」
「Explosion」
 レヴァンティンの柄元にある装置がスライドし蒸気を放った。
 魔力を貯蔵した弾丸を、文字通り爆発させることで保有する魔力以上の魔力を得られるカートリッジシステム。
 弾丸に込められていたシャマルの魔力を全て炎に変換させ、レヴァンティンの刀身が炎に包まれていく。
 膨大ともいえる魔力の圧力に負け、あかねの防御魔法にひびが入った。
「自分の言葉を押し通す為に、相手を傷つける覚悟もなく、決闘を叫ぶ。滑稽だ。それを人は臆病者と呼ぶのだ!」
 その程度の覚悟しかないくせに、主であるはやてを憂いていると言うあかねを、シグナムは心底叩き潰したいと防御魔法を押し砕いた。
 振り降ろしたレヴァンティンを手首の動きで旋回させたシグナムは、無防備となるあかねへと向けて斬り上げた。
 ガラスのように粉々に砕けては消えていく魔法の輝きの中を、炎に包まれたレヴァンティンが裂くように駆け抜けていく。
 残り半分の蒐集の為に殺しはしないが、相応の怪我は負ってもらう。
 躊躇も迷いもなく振られたレヴァンティンであったが、魔力を込めない状態で岩でも叩いたかの様な感触に動きを止められた。
「今さら、僕が攻撃魔法を使えないことに、何を言われても構いません。僕は欠陥魔導師であることを、自分で選んだから」
 レヴァンティンを止めていたのは、あかねの手の平に浮かぶ小さな防御魔法であった。
 例え圧縮されていたとしても先ほど同じ様に砕こうと力を込めるシグナムであったが、砕くどころかヒビ一つ入ることはなかった。
「けれど、はやてさんを救う為に人を傷つけることを選んだシグナムさんたちが、勇気ある人だとは思えない。思いたくない!」
「Hoop bind」
 連続した魔力の輪がシグナムを捕らえようとするが、レヴァンティンを受け止めただけでは足りず、身を引かれかわされてしまう。
 距離を取り、直ぐにレヴァンティンを構えたシグナムを見て、やはりこれしかないとあかねは思った。
 動いている傀儡兵をなんとか捕らえられる程度の腕で、動き回るシグナムをバインドで捕らえることなど到底不可能。
 ならば今まで通り攻撃を全て受け止める、そこからユーノに任せていた捕獲を自分で行う。
 ただ受け止めると言う、一つの動作以降何も出来なかった状態から一歩先へ。
 受け止め、捕獲すると言った二つの動作を素早く自分に求めていく。
「もしも世界がそれを勇気と呼ぶのなら、僕は臆病者でありたい!」
「Jet flier」
 一時退いたシグナムへと向けて、飛び出し手を伸ばす。
「勇気ある臆病者。それがお前の選んだ道ならば、もはや蔑まない。だが結果は、我らの考えは変わらん。我らは主はやての為に、力を振るわねばならない。他者を傷つけねばならない。それが守護者たる役目。主はやての為に、お前を斬る」
「Schlange form」
 レヴァンティンの刀身に切れ目が入り、刃を持った鞭、連結刃となってその身をうねらせあかねへと伸びていく。
 立ち止まったあかねが防御魔法を展開、防ぎ上空へと弾いた連結刃であるが、蛇のような動きを見せ急降下してくる。
 防ぎ弾いても止めきることが出来ず、斬りつけようとする刃は先端のみについているわけではない。
 破壊力と言った意味では剣の時よりも劣るが、その動きにつかみどころはない上に三次元的な攻撃を繰り出してきた。
 連結された刃一つ一つが絶えずあかねの体を切り裂こうと狙い、目の前を通り過ぎた一瞬に回りこんでいた刃に背中を斬りつけられかねない。
 フェイトの様にかわすだけの速さも、なのはの様に振り払うだけの攻撃力もなく、あかねはただ防ぐと言う行為に動きを制限されてしまう。
「なあ、意味あんのか? この決闘……」
 そもそもにしてこれが決闘と呼べるものなのか、両者の間に目を見張るほどの動きもなくなり、呟いたのはヴィータであった。
 一度はシグナムのレヴァンティンに防御魔法を砕かれながらも、二度目は受け止めきったあかねの防御魔法の硬さには確かに驚いた。
 カートリッジロードを行い、ようやくラケーテンハンマーを受け止めたなのはのよりも上かもしれない。
 だが結局はそれだけであった。
 攻撃魔法が使えないと言ったあかねには、最初から勝機が無かったようにも思える。
 だからこそ思う。
 この決闘に意味などあったのかと、あかねはこの決闘に何を求めていたのかと疑問が浮かぶ。
「解らないわ。けれどヴィータちゃん、気付いてないの? あかね君の魔力、段々大きくなってる。今はまだ良いけれど、このままだと私の結界で隠しきれるのか解らない」
「言われて見れば……けれど、どう考えてもおかしいじゃねえか。あいつ魔力の絶対量が増え続けてやがる!」
 あかねの変化にはもちろん、相対するシグナムが一番最初に気づいていた。
 切欠はあかねに攻撃を加えるたびに動きの鈍くなる、魔力の通しが悪くなるレヴァンティンであった。
「なんだ、これは……」
「Schwert form」
「レヴァンティン?」
「Macht geht nicht hinein. Wird nicht aufgenommen werden」
 カートリッジをロードした魔力を使いきり、シグナムの魔力の通りが悪くなった結果、レヴァンティンが不可解な言葉を漏らしながら何の前触れもなく剣の状態へと戻ってしまう。
 力が入らない、魔力が吸い取られるようだとはどういうことか。
 あかねはただ球体状の防御魔法に包まれ、迫り来る連結刃をただ防いでいただけである。
 攻撃を受け続け、防御魔法を展開し続けた結果、あかねは息を大きく乱し、両手を前に突き出したまま頭を落としていた。
 その顔が上げられ覗き込むことが出来た瞳には、変わらぬ意志が見え、何か奥の手をかくしているようにも見えた。
 レヴァンティンに起きた異常がそれなのか。
 胸に湧き上がるわずかな不安、増え続けるあかねの魔力もそうだが、長引かせるわけにはいかないと、シグナムはレヴァンティンの鞘を手に取った
「お前が何をしようと言うかは、解らん。だがレヴァンティンが持つ、もう一つの姿がで終わらせる。そして我らは押し通る」
「Bogen form」
 手にした鞘をレヴァンティンの柄頭へと繋げると、そのまま取り込まれ姿を変えていった。
 レヴァンティンが持つ最終形態、全ての力を一点に込めた矢を放つ、全てを貫く力である。
 カートリッジに込められた魔力を爆発させ、自身の魔力をも加えた一本の矢を生み出していく。
 引き絞り、狙いをつける。
「通させません。はやてさんの為に、貴方たちを止めます!」
 この時初めて防御魔法とは異なる魔法陣が、あかねの目の前に展開された。
 その魔法陣から生み出されるのは幾千にも及ぶ、太陽たちである。
「駆けよ、隼!」
「Sturm falken」
「輝け、太陽!」
「Sun light thousand」
 魔法陣から生み出された幾千の太陽たちが、一斉にシグナムに向かい放たれた。
 攻撃魔法に対して絶対的な威力を誇るあかねのオリジナル魔法。
 だが慣れない一対一の状況で、あかねは大きなミスを犯していた。
 サンライトサウザンドは強力だが、速攻性はない。
 プレシアの魔法も、闇の書の一撃も、まずは誰かが受け止め押し留めた上で、押し返してきたのだ。
 シグナムの放った隼は、幾千の太陽の中でもかき消されることなく一瞬のうちに駆け抜け、あかねの目の前に迫っていた。
 左肩へと突き刺さる隼は、あかねの肉体など最初から存在しないかのように貫通して血を浴びながら空へと消えていく。
「Panzerhindernis」
 迫る太陽に向かい防御魔法を展開したシグナムは、隼に貫かれ倒れていこうとする瞬間のあかねを瞳に収めていた。
 全く手応えのない涼風同然の太陽たちに一面視界を覆われながら終わったと、確信していた。
 弓を下ろし大きく息を吸うことで、緊張により多少硬くなっていた体をほぐしていく。
「シグナム、まだあかね君の魔力は増え続けてるわ!」
 シャマルの声に促されハッと前を見てみれば、眩いばかりの光の中を、左肩から噴き出すす血をものともせずあかねが突っ込んできていた。
「Hoop bind」
 フィンガーレスグローブであるG4Uの呟きの後、完全に油断していたシグナムの体を魔力の輪が捕らえようとしていた。
 大空あかねという魔導師を甘く見ていたと、縛りにくるバインドに対し抗おうとしたシグナムは次の瞬間、目の前の光景に動けなくなっていた。
 自分へと手を伸ばそうとするあかねの胸を貫く腕。
 左肩の傷に重ねられたその衝撃は大きく、あかねの瞳が瞳孔を開いて直ぐに瞼が被せられていた。
 あかねが意識を失ったことで太陽の光も全て消え去り、残ったのは砂漠が本来持つ日照りと乾いた風が運ぶ砂粒だけであった。
「貴様、一体何者だ?!」
 一対一であるはずの決闘の場に、三人目の男が存在していた。
「その手を……放せ!」
 決闘の最中に、それも自身の油断から見え始めた敗北を前にした介入に対して、怒りに震えるままにシグナムは斬りつけていた。
 あかねの胸を貫いた男、以前シャマルを救ったその男は、頭に血が上り鋭さの消えた一撃を避け、そのままシグナムの腕を掴むとささやいた。
「これ以上は、時間の無駄だ。何よりも大事なのは闇の書の完成、そうだろう。それに問答している時間はない。管理局が気付き、増援が来たようだ」
 男の手の平の上で光る水色の光。
 目の前で摘出されたあかねのリンカーコアに、シグナムの目が吸い寄せられた。
 決闘の間ずっと増え続けていたあかねの魔力、理屈は不明であるが、以前に使用し消耗した闇の書の力を補うには十分。
 さらに一週間分の足止めを埋めてなお余る、膨大な魔力量であった。
「くッ……シャマル、闇の書を」
 増援に手間取っているうちに包囲されてしまえば、また闇の書に頼らねばならない事態に陥ってしまう。
 苦渋の決断、不本意すぎる結末に苛立ちながらも、シグナムはあかねのリンカーコアを奪うことを決めた。

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