第五話 太陽、再び上る時なの(前編)
 今はまだ午後六時過ぎとは言え、平日のこんな時間にスーパーに立ち寄るというのはあかねにとって初めてのことであった。
 母親の買い物について行くことはあってもそれは休日のことであって、平日というのは経験したことがなかった。
 はやてとシャマルが買い物籠を載せたカートに食材を入れ、時に同じものを見比べる様を見ても何を見比べているのかが解らない。
 あかねにできることと言えば、はやてに言われるがままに車椅子を押すくらいのことであった。
「あかね君、お肉は好きか?」
「え、あ……はい、もちろん好きです」
「うちにはあかね君ぐらいの男の子がおらんからどのくらい食べるかわからんけど、これだけ買っとけば問題ないかな?」
「はい、そうですね。男の子は良く食べるっていいますし、それだけあれば大丈夫だと思います」
 はやてとシャマルが相談しながら値引きされたお肉コーナーで、パック詰めされたお肉を一段二段と積み上げ全部で五パックまとめてカゴに入れた。
 ザフィーラを数に入れても、一人ほぼ一パックの計算となってしまう。
 そんなに食べる量は変わらないと思いつつも、お呼ばれされる側である為に口出しははばかられた。
「外は寒いし、今夜はやっぱあったかお鍋やね」
「あの、はやてさん。本当に今さらなんですけど、よかったんですか? 僕が急にお邪魔しても……」
「今さら言うても、どの辺からや? たった今か、それとも病院の屋上で私の膝の」
「こんな所で言わないで下さい。あれは気が動転していたというか、色々と不安定だったんです!」
 いつ何時思い出してみても、女の子の膝にすがり付いて大泣きした事実は変わらないし、消えてしまいたくなるほどの恥ずかしさも変わらない。
 だがそのおかげで随分すっきりしたのも事実であった。
 涙と叫び声と一緒に鬱屈していた感情も全て吐き出すことができ、今はこうして普通に笑ったり恥ずかしいといった感情を表に出すことが出来る。
 ただし、このまま素直になのはに謝ることが出来るかどうかの答えは出てはいなかった。
 自分の行いは単純な八つ当たりだけに終わらず、なのはやフェイト、それにアリサまでも傷つけてしまっていた。
 単純な謝罪のみで許されて良いわけもなく、そう考えてしまうことであかねは謝りに行くと言う選択肢を選ぶことが出来ないでいた。
「屋上で、はやてちゃんの膝を。だから出会った時よりずいぶんすっきりしてたんですね」
 どうやら自分の様子がおかしかったのは、はやてのみならず、シャマルにもしっかりばれていたようだ。
 納得したとばかりに頷いたシャマルは、意味ありげに微笑んでいた。
「シャマルさんまで、からかうのはやめてください」
「でもそのことは、ヴィータちゃんやシグナムには秘密にしておいた方が良いですよ。ヴィータちゃんは特に、はやてちゃんが大好きですから」
「僕が自分から言わない以上、あとは二人の口の堅さにかかってきます。絶対に言わないでください、絶対にですよ」
「あかね君はこう言うとるけど、どないするシャマル」
「そうですね。私は結構お喋りな方で、黙っていられる自信はあまりないですね」
 わざとらしくはやてが相談を持ちかけると、シャマルがあえてあかねの不安をあおるような発言を行った。
 二人があかねをからかう為に冗談で言っているとしても、あかねの方は気が気でなかった。
 ヴィータとの面識は一度のみであるが、既にその性格ははやてとのメールを通じて把握している。
 絶対にはやてを取ってしまうような相手と思われてはいけない。
 思われたが最後、二度と八神家の敷居をまたげないことであろう。
 買い物を終えるまでずっとからかわれ続けながらも、あかねは辛抱強くヴィータだけにはとお願いを続けることとなった。
 思った以上に疲れた買い物を終え、外に出るとそのあまりの冷え込みに首を竦めるようにした後、はやてが両手を暖めるように息をはきかけていた。
 あかねやシャマルはずっと店内を歩き回り体が温まっていたが、車椅子に座りっぱなしのはやてはそうはいかなかったのだろう。
「はやてさん使ってください」
 特に寒そうであったはやての首筋を寒さから守るために、あかねは自分に巻いていたマフラーを外してはやての首に巻きつけるように掛けた。
「そんな、ええよ。あかね君こそ、寒くなってまう」
「大丈夫です。歩いてると結構暖かいんです」
「ほんなら家に着くまで借りてええかな。シャマル、荷物の方もうええか?」
 こちらは準備万端とばかりに、食材を手引きバッグに詰めていたシャマルへと振り返る。
 普段二人で買い物している時もそうしているのか、大量の食材は綺麗に詰め込まれていた。
 ただし、最後の仕上げとして閉じられようとしていたジッパーを中途半端な位置で止めたままシャマルは固まっていた。
「シャマル?」
「大丈夫です、ただちょっと買いすぎたせいかジッパーが締められなくて。あかね君がいるから、張り切りすぎちゃいました」
「確かに、バッグがパンパンですね。壊れないと良いですけれど」
 本当に壊れそうだったのか、慌てた様子のシャマルを後ろに従え歩き出す。
 以前は何処をどうしてはやての家にたどり着いたか覚えていなかったあかねであったが、スーパーからはさほど遠くない距離のようであった。
 冬と夜の冷え込みの中をお喋りを交えながら歩いているのだが、何処かシャマルはそわそわと落ち着きがなく上の空である。
 何か買い忘れでもしたのかと、はやての車椅子を止めて振り返ったあかねであったが、はやてがシャマルに喋りかける方が早かった。
「シャマル、ええんやよ行っても」
 何処へ何をしに、それが抜け落ちた言葉にあかねは意味を理解することができなかった。
 ただそれでもシャマルにとっては十分だったようで、言葉に詰まっていた。
「最近、皆がよう出掛けるようになった理由。やらなあかんことがあるんなら、私は別に止めへんよ。今日はあかね君もおるし、私は大丈夫や。もともとは一人やったことを考えたら、今までが賑やか過ぎたぐらいや」
 そう言ったはやては、戸惑っているシャマルへとよりいっそう微笑みかける。
「今はちょっと忙しくて家を空けることが多いですけれど、本当はずっとはやてちゃんのそばに居たいんです。皆本当にはやてちゃんが大好きで……だから、直ぐに戻ってきます。あかね君、はやてちゃんのことお願いします」
 スーパーでもずっと一緒にいたのに、何時の間にヴィータたちと連絡をとったのか。
 そばに居たいと言っているのに、家を空けることが多いと言うシャマル。
 何がなんだかわからないが、任された以上断ることも出来ずあかねは頷きシャマルが引いていたバッグを受け取る。
 最後にもう一度直ぐに戻りますからと、はやてに告げてから小走りに駆けて行ったシャマルを見送り、混乱しながらもあかねははやての車椅子を押し始めた。
 賑やかなスーパーからの帰りのせいか、やけに冬の冷たい風が耳に五月蝿く、ざわめきながら駆け抜けていく。
 あかねの位置からは今のはやてがどんな顔をしているかは見えなかったが、手に取るようにわかってしまった。
「はやてさん、少し前の僕と同じ顔でしたよ。笑っているつもりで、笑えていませんでした」
「やっぱり、そうやったんか。あかね君を見てから、そうやないかと思い始めとった。少し、話聞いてくれるか?」
「今度は僕が、はやてさんの悩みを聞き入れる番ですよ」
「皆が、なにしとるのか。なにをしたいのかは知らへんけど、本当は引き止めてしまいたい。そばにいて欲しい。それが私の我がままや解っとっても。あかん、止まらへん。屋上で泣いとったあかね君のこと、笑われへん」
 目元をぬぐう仕草をはやてが見せ、止まらないといったのが涙であることは明白であった。
 もちろん押し止め切れない思いもあるのだろう。
 あかねはシャマルから受けとったバッグと、はやての車椅子の取っ手を強く握ると同時に強く地面を蹴った。
「もっとそばに居たいのなら、家でおかえりと言うだけで足りないのなら、シャマルさんたちを迎えに行きましょう。迎えに来たと言って、一緒に帰って、さらにもう一度家でお帰りなさいって言いましょう。そうすればもっと一緒の時間が増えます」
「でも、皆は皆でやりたいことがあって。迷惑やないやろか」
「シャマルさんが言ってたじゃないですか、皆本当にはやてさんが大好きだって。きっと喜んでくれますよ。だから、荷物を置きに帰ったらすぐにまた皆を探しに向かいましょう」
「せやな、泣いとる暇があったらもっと笑わな。笑いながら、皆と一緒におらなあかん」
 ようやく本当の笑顔で笑ったはやてを連れて、あかねは大急ぎではやての家へと向かっていった。





 アリシアにとって、これほどまでに間近で他人の戦闘を目の当たりにするのは初めてのことであった。
 以前自分が苦戦を強いられたヴィータとのなのはの戦闘は、新たにレイジングハートに組み込まれたシステムにより互角の様を見せていた。
 ヴィータやシグナムの持つベルカ式デバイスが持っているカートリッジシステム。
 レイジングハートはミッドチルダ式のデバイスでありながら、様式の異なるカートリッジシステムを新たに搭載した状態でなのはの手にあった。
 デバイスとして歪に、扱いが難しくなったはずのレイジングハートを、なのはは持て余しながらも徐々に使いこなしていく。
 そしてアリシアが痛感するのは、半人前以下であった己の未熟さと、訓練と実戦を行ってきた一流の魔導師との歴然たる実力の差であった。
「アイゼン!」
「Explosion. Raketen form」
 ヴィータの声に促され、グラーフアイゼンがカートリッジを飲み込みながらその姿を変えていく。
 破壊力よりも突貫力に優れた姿へ。
 ハンマーの頭部の片側に杭を、その反対側にロケットブースターを出現させ炎を吹き出した。
 単純な加速に留まらず、ヴィータの小さな体を回転の中心として遠心力を増大させていく。
「なのはちゃん!」
 一度の対戦からその威力を知るが故にアリシアは叫んだが、なのはは若干の驚きを胸に秘めつつも眼差しを強く手のひらを前へと突き出していた。
「Protection powered」
 レイジングハートの呟きの直後、なのはの手のひらを中心に障壁が展開されていった。
 カートリッジを飲み込んだ影響からか、あふれる魔力がその場に留まることを許さず、絶えず障壁の上を流れていく。
 魔力の無駄遣いにも見える防御魔法の威力は、グラーフアイゼンとの衝突を迎えた瞬間に明らかとなる。
 互いの魔力の干渉から雷鳴にも似た音が辺りに響き渡り、削りあう魔力が火花のように散っていく。
 だが音は鳴れど、魔力の火花は散れど、押し切れないことでヴィータが歯噛み呟いていた。
「か、かてえ」
「本当だ」
 想像以上の魔力の上昇に自覚が乏しいのか、なのはまでもが驚きの言葉を口にしていた。
 そしてアリシアもまた、なのはの防御魔法を前に驚きを隠しきれなかった。
「あかね君並みに、それよりも凄い?」
「それはないと思うけど、これなら。レイジングハート」
「Barrier Burst」
 両者の魔力が衝突する音が甲高くなり、ある時を境になのはの張った障壁が割れ、破裂した。
 巻き上がる魔力の噴煙の中で、なのはは自分と同じように吹き飛んでいくヴィータを視界に捕らえながら、直ぐに体勢を整えレイジングハートを構えた。
 障壁が破裂すると思いも寄らなかったであろうヴィータは、困惑の中で体勢を整えるのが遅れている。
 射撃や砲撃を得意とするなのはにとって、これ以上ないほどの好機であった。
「Let's shoot it, Accel shooter」
「アクセルシューター!」
「Accel shooter」
「シュート!」
 なのはの足元に方円の魔法陣が広がった数秒後、十二の砲弾が放射線状に広がっていく。
「Control please」
 半年前、まだ魔法を手にしたばかりの頃と比べ、三倍近い数の砲弾である。
 撃った直後は驚いていたなのはであったが、レイジングハートの迷いのない声を聞き直ぐに制御に集中し始めた。
 瞳を閉じ、十二個全てが体の一部であるかのように感覚を研ぎ澄ませて行く。
 目標は、自分とやや距離の広がったヴィータである。
 放射線状に広がっていた十二個の砲弾の軌道を変え、一斉にヴィータへと向かわせるがまだ直撃はさせない。
 ヴィータの直ぐそばを衛星のように、十二個もの砲弾を互いに衝突させないように気をつけながら飛ばし続ける。
「あほか、こんな大量の弾全部制御できるわけがないだろ」
 本当にそうだろうかと、なのははヴィータの言葉を聞きながら不可能ではない今の自分とレイジングハートの力を自覚していく。
 使い古された表現ではあるが、針の穴をも通す行為、十二個全ての砲弾に対してそれが行える自信がなのはの中にはあった。
「できるよ、試してみる?」
「試してやるさ。アイゼン」
「Schwalbe fliegen」
 ヴィータは取り出した鉄球四つを目の前に並べ、グラーフアイゼンを叩きつけた。
 それぞれが異なる軌道を描いた鉄球は、なのは目掛けて四つの方角から襲い掛かる。
 少しでも身に危険が及べば、集中力が途切れ、砲弾の制御が利かなくなる。
 そう思っていたヴィータであったが、なのはは瞳を閉じて砲弾の制御に集中したままの格好を崩すことはなかった。
 そして十二の砲弾のうち、きっかり四つの砲弾だけがヴィータの周りから離れなのはのもとへと帰っていく。
「出来るわけ」
 ない、そう呟こうとしたヴィータの目の前で、鉄の燕たちが砲弾に打ち抜かれ砕けていった。
「Panzerhindernis」
 本当に制御できているのかと、自分の周りで旋回を続ける残り八つの砲弾を見てヴィータは驚いていた。
 そして迷うことなく防御魔法で守りに入った。
 だが何時まで経っても砲弾は襲い掛かってくることもなく、徐々に勢いを失うと全てなのはの下へと戻っていってしまう。
 不可解そうに防御魔法をときながら、ヴィータはなのはを睨みつけた。
「どういうつもりだ、てめえ」
「和平の使者は槍を持たない。さすがに一度襲われた手前、槍を手放すのは無理だけど。矛先を向けないことぐらい出来るよ。それじゃあ、駄目かな?」
「なのはちゃん、あの子は悪い子だよ。早く捕まえないと」
「アリシアちゃん、あのね」
 首から外したアリシアを手のひらに乗せささやこうとしたなのはであったが、ヴィータの大きな声がかき消してしまう。
「その声、今まで気付かなかったけど。この前のお前か、キンキラ!」
「キ、キンキラって言わないでよ、お子様うさぎ。アリシア・テスタロッサ・ゴールデンサンなの。別に呼んでもほしくないけど」
「誰がお子様だ。お前の方がよっぽどチビじゃねえか。チビ、チービ!」
「ああ、三回もチビって言った。う〜、なのはちゃん。あの子やっぱり悪い子だよ」
 一度目とは違い、多分に私情を入れてヴィータを悪い子呼ばわりするアリシアへと、なのははただ静かに微笑みかけた。
 確かにヴィータやシグナム、ザフィーラは魔力を持つ人や、管理局の人たちを襲ってきた。
 一般的な住み分けを行うとしたら、悪人と呼べることは間違いない。
 ただなのはは知っていた。
 悪いことを行う者が必ずしも望んで好んで行っているとは限らないことを。
 ヴィータたちの本当の目的はわからないが、正真正銘の悪人でない可能性があるとしたら、大空あかねがどういう行動をとっていたかを。
「確かに、力ずくで捕まえちゃった方が被害も少ないし、事件の解決は早くなる。けれど、それであの子の心は晴れるのかな? あの子は傷つかずにすむのかな? あかね君はそんなやり方、絶対にしないはずだよ」
「でも、それでもフェイトやなのはちゃんが傷つくよりよっぽど良い」
「私も痛い思いはしたくないし、以前のフェイトちゃんの時の様に戦わなきゃいけないときは戦うよ。ただ今はまだ、絶対に戦わなきゃいけない時じゃない」
 アリシアからヴィータへと瞳を移したなのはは、若干呆けた様子のヴィータが我を取り戻す様を見ることになった。
 ただ何かを思い直すように首を振り、真っ向からなのはの言葉を否定してきた。
「お前、馬鹿だろ。なんだかんだ理屈捏ね回して、結局は力を見せびらかした上での脅迫じゃねえか」
「うん、さっきも言ったけど私も痛い思いはしたくないから、これが私の限界なの。あかね君ならもう一歩踏み込めたかもしれないけれど、私だってただ諦めて撃つことは選択したくない」
「そうかよ、それともう一つ。脅迫ってのは立場が上の奴がするもんだ、私はまだ負けてねえ!」
 ヴィータが叫ぶと同時に、グラーフアイゼンがまた一つカートリッジを飲み込み魔力が生み出すエネルギーによる蒸気を噴出した。
 変わらないヴィータの戦意を前に、力で押し切るしかないのかとなのははレイジングハートを握る手に力を込めた。
 そしてもう一人、なのはの胸元で揺れるアリシアは、話の途中からシグナムと刃を交わしているフェイトに視線を奪われていた。





 どちらもひけを取らないままに付かず離れず、空とビルを足場にフェイトとシグナムは互いのデバイスをぶつけ合っていた。
 傍目には魔力光である雷光と紫炎の光が触れあい弾きあうようにしか見えなかったことだろう。
 唸り声を上げながら互いに渾身の一撃を振り合うも、ぶつかり合ったデバイスは軋み合うだけでその場から動けなくなってしまう。
 鍔迫り合いを行うこと数秒、らちが明かないと互いに弾きあい距離を取る。
「Plasma lancer」
 距離を置いた戦い方にはフェイトに分があったのか、シグナムより先に足元に魔法陣を浮かべていく。
 同時に小さな方円が幾つも浮かび上がり、その中心に制御された魔力が蓄積されていく。
 速射性はないかに見えたフェイトの攻撃魔法であったが、対するシグナムは深くレヴァンティンを構えたのみで砲撃を行う様子は見えない。
 やや不可解にも見える対峙から、フェイトが浮かび上がった八つの方円に指令を下す。
「プラズマランサー、ファイヤ!」
 バルディッシュが指令と共に振り切られた直後、方円の中心に集められた魔力がランスの形となって放たれた。
 八つのランスが一斉に襲い掛かるも、シグナムはレヴァンティンの刀身に魔力の炎を宿すのみで避ける素振りは見せていなかった。
 気合と魔力の一閃、レヴァンティンを振りぬくという一動作で襲い来る全てのランスを弾き飛ばした。
 フェイトの力負けにも見えた光景の中で、四方八方に弾かれたランスはシグナムを中心に一定の距離を保ったまま塵にも返らずその場に留まっていた。
「ターン」
 バルディッシュを持たない左手で行われたフェイトの指示に、一瞬意味が解らずシグナムが怪訝な顔を見せた。
 だが直ぐに辺りに視線を寄越してみれば、矛先をシグナムに向けた全てのランスが再び方円の魔法陣に包まれて放たれた。
 自らが多方向に弾き飛ばしたランスが戻ってくることで、囲まれる危険性を察知したシグナムは逸早く上空に逃れた。
 それでも逃れることは叶わなかった。
 シグナムの足元で互いの矛先をぶつけ合ったランスは、再び方円の魔法陣、発射台ともなるそれに包み込まれると変わらぬ威力で放たれた。
 並みの一撃では破壊は叶わず、逃げ切ることも出来ないと悟ったシグナムはただ一言呟いた。
「レヴァンティン」
「Sturm winde」
 レヴァンティンの鍔元からカートリッジの薬莢が吐き出され、爆発した魔力の蒸気が噴出される。
 答えは強烈な一撃での破壊。
「Blitz Rush」
 させまいと加速したランス目掛け、シグナムはレヴァンティンの斬撃に炎を同化させ投げ放った。
 レヴァンティンから広がった炎の帯が稲妻のランスを飲み込み、破壊していく。
 だが一息つく間もなく、シグナムは真横から自身へと距離を詰めていたフェイトへと視線を向けた。
「Haken form」
 振りかぶられたバルディッシュが新たにカートリッジを飲み込み、抑え切れない程の魔力を持って鎌の様な魔力の刃を生み出した。
「Schlange form」
 シグナムもまた、レヴァンティンの姿を連結刃の形へと変えて迎え撃った。
 近距離での魔力のぶつけ合いから互いの魔力光と同じ色の爆煙を生み出し、その中から正反対の方向へと距離を取っていく。
 一見して互いに無傷にも見えたが、フェイトは左腕に、シグナムは胸元にとわずかなかすり傷を負っていた。
 正真正銘、魔力を込めた渾身の一撃同士でもかすり傷程度しか負わせられない。
 それだけ二人の実力が同じレベルであることを示していた。
「強いな、テスタロッサ」
「Schwert form」
「それにバルディッシュ」
 自分と同じ実力の相手と戦闘を行えることが楽しいのか、嬉しそうに笑いながらシグナムが呟いた。
「Thank you」
「貴方と、レヴァンティンも」
「Danke」
 戦闘の緊張感だけは抜けない程度に、微笑を浮かべフェイトも返した。
「この身になさねばならぬことがなければ、心躍る戦いであったはずだが。仲間達と我が主の為に、今はそうも言っていられん」
 一度レヴァンティンを鞘に収めたシグナムは、居合いのような構えを見せながらその足元に魔法陣を浮かび上がらせた。
 言葉や眼差し、何故今になってレヴァンティンを鞘に収めるのか。
 フェイトにはそれが何を意味するのか解ってしまった。
 今までシグナムは管理局が用意した結界に捉えられた仲間を救う為に、仕方がないからとフェイトと戦闘を行ってきた。
 だが新たにシグナムが胸中に抱いたのは、フェイトを討ち倒すことが結果として仲間を救うと言う因果が逆転した決意。
「殺さずにすます自信はない。この身の未熟を、許してくれるか」
「かまいません。勝つのは」
 負けられないからこそ、負けないからこそ、許すも許さないもない。
 シグナムと似たような思いを呟こうとしたフェイトの声を遮る叫びが、段々と近付いてきた。
「そんなの駄目!」
 上空から落ちてきたのは、アリシア・テスタロッサ・ゴールデンサンであった。
 ぽこんっとフェイトの頭の上に落下し、慌てて差し出されたフェイトの手のひらの上に着地する。
「フェイトちゃん、ごめん。アリシアちゃんがどうしてもって」
 見上げれば、赤い少女を追って桃色の閃光となったなのはが叫びながら駆け抜けていっていた。
「アリシア、危ないことしちゃ駄目」
「駄目なのはフェイトの方だよ。なのはちゃんがあの子を止める為に戦うのは、まだ解る。だけど、フェイトみたいに命を賭けるのは駄目だよ。私、死んでた間のことは何も覚えてない。死んじゃったら、その先に天国なんてない。何もかもが止まちゃって、自分が自分であることもわからない」
 フェイトにも無駄に命を散らしても良いという考えも、命を賭してまで止めるという考えはなかった。
 ただシグナムの決死の思いに打ち勝つには、同じぐらいの気持ちで戦わなければならないと思っただけである。
 だがそれでも命と言う単語が出た以上、本当に一度死んだことのあるアリシアには我慢がならなかったようだ。
「フェイトは一対一であの人と戦いたかったかもしれないけれど、我慢して。お姉ちゃんが力を貸してあげるから、命のやり取りなんてない圧倒的な戦いをして」
「突然現れて何を言うかと思えば、それが出来れば当にしている」
 互いに実力が伯仲しているからこそ、命と言う概念を考慮に入れなければならなかった。
 好きで口にしたわけではないとシグナムが言うが、アリシアは一歩も引かなかった。
「出来るもん。フェイトと私が力を合わせれば、誰にも負けない。お願いフェイト、お姉ちゃんの力を使って」
 手の平の上に乗ってしまうほどの小さな姉の願い、これがまた他の誰かであったのなら自分の想いを強引に押し通したことだろう。
 だがフェイトは、この小さな姉の言葉に逆らうことが出来なかった。
 譲れないと思ってはいても、アリシアの言葉には心を容易に動かされてしまう。
 やはり自分は姉に甘いと思いつつ、手の平を丸めてアリシアを胸に抱く。
「シグナム、一対一と言う言葉を違えた私を、軽蔑してもかまいません。貴方をねじ伏せさせてもらいます。私と、アリシアの力で」
「その場合は単に、お前の力が上であったというだけだ。私は、構わない。だがそれでもヴォルケンリッターの将は負けん」
「ありがとうございます。アリシア、お願い」
 ペコリとシグナムへ頭を下げたフェイトが言うと、手の平の中にいたアリシアがその小さな体を輝きに包み込み始めた。
「あかね君以外の人とのユニゾンは初めてだけど、相手がフェイトなら。いくよ、ユニゾンイン」
 宝玉の姿であるアリシアの体から放たれた太陽の輝きに似た光が、フェイトの体から放たれる雷の光と絡み合い第三の色となって輝きを強めていった。

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