第五話 太陽、再び上る時なの(後編)
 主であるはやてをあかねに任せ、現場へとたどり着いたシャマルであったが、何か行動を起こせていたわけでもなかった。
 結界のそばのビルの屋上で、外から結界の様子を見ているぐらいのことしかできない。
 これが一人か二人が維持する結界ならまだ方法はあったのだが、管理局は数で攻めずに数人の腕利きのみを結界内に向かわせただけであった。
 残りの武装局員たちは外から結界を維持することのみに力を注ぎ、さすがにシャマル一人で結界を解除することは不可能である。
 時間をかければ何とかなったかもしれないが、それでは結界を解除する前に発見され捕らえられたことだろう。
 特にバックアップ専門のシャマルの身では、発見されることと捕らえられることがイコールで結ばれてしまうのだ。
 結界を隔てた外で情報を集めることぐらいしか出来ず、もどかしい思いを抱えているシャマルへと、ザフィーラからの念話が届いた。
『かなりまずい状況になってきた。私やヴィータはまだそれ程力量に差はないのだが、シグナムが防戦するのみで手一杯だ。主が闇の書の真の所有者となった時の想定魔力と、相手の魔力が互角かもしれん』
『結界の外でも肌で感じられる程に、魔力が大きいわ。魔法のないこの世界に、容易に派遣されて良い人じゃない。本当に、管理局の人なの?』
『わからん。下手に話しかけると、シグナムの緊張の糸を切りかねない。ただ解っているのは、今すぐにでも退くべきだということだ。シャマル、外から何とかできないか?』
 その方法はずっと考えていたと、シャマルは脇に抱えていた闇の書を掴む手に力を込めていた。
『なんとかしたいけど、局員が外から結界維持しているの。私の魔力じゃ破れない。シグナムのファルケンや、ヴィータのギガント級の魔力を出せなきゃ』
『シグナムはもちろん、ヴィータも目の前の相手で手一杯だ。止むをえん、アレを使うしか』
『わかってるけど、でも……』
 迷っている場合ではないと思いつつも、ザフィーラの言うアレを使う決心をシャマルは抱くことができなかった。
 それでは何の為に、はやての意に背いてまで蒐集を行ってきたのかわからなくなってしまう。
 もちろん最悪の事態が目に見え始めている今、迷っている場合ではないと思う自分もいた。
 主と守護騎士、本来なら比べてはいけない両者を比べ、慣れない葛藤を抱いてしまったシャマルは、警戒を怠ると言う致命的なミスを犯してしまった。
 忽然と背後に現れた人の気配と、後頭部に突きつけられたデバイスらしき感触に息が止まる。
『シャマル、どうしたシャマル』
 異変を感じたザフィーラが必死の呼びかけを行ってくるも、シャマルには答える術がなかった。
「捜索指定ロストロギアの所持、使用の疑いで貴方を逮捕します」
 シャマルを補足したのは、戦闘をなのはやフェイト、アルフに任せ、ユーノと手分けして闇の書の主を探していたクロノであった。
 一度突きつけたデバイス、S2Uを決してそらすことはなく、確保寸前のシャマルを逃がさぬよう突きつけるように言い放つ。
「抵抗しなければ、弁護の機会が貴方にはある。同意するなら武装の解除を」
 武装も何も、シャマルのデバイスであるクラールヴィントには、攻撃魔法と言うものが備わってはいなかった。
 だからと言うわけでもなかったが、シャマルはただデバイスを突きつけられた状態で動くことができないでいた。
 仲間を救わねばならない状況で迂闊にも発見されると言う想定外の状況が、シャマルの頭の中を白紙に近い状況へと導いてしまっていた。
 だがある意味で、何も抵抗をしなかったと言うのは幸運であった。
「はッ!」
 それを知ることが出来たのは、気配と魔力を察知できる限界地点にて一度だけ行われたステップであった。
 シャマルの背後にて、気合の声の直後に響く打撃音。
 突きつけられたデバイスが離れていくのを感じながら振り返ってみれば、そこには仮面をつけた男が局員の代わりに片足を上げた状態で立っていた。
 足が指す方へと釣られてみれば、大きく歪んだ金網に寄りかかった少年が、蹴りつけられたらしき腹部を手で押さえながら呟いていた。
「な、仲間?」
 今度は呟きに促され今一度仮面の男へと視線を向けたが、顔以外の外見と言える髪にも服装にも見覚えがなかった。
「貴方は……」
「使え」
「え?」
「闇の書の力を使い、結界を破壊しろ」
 自分は相手を知らないが、シャマルが目の前の男が必要以上に自分たちのことを知っていることに驚きを隠せなかった。
 闇の書の完成を向かえる前でも、守護騎士になら蒐集した魔力を攻撃魔法として使えることは極秘中の極秘。
 例え主にでさえ容易に教えられない情報である。
「でも、あれは」
 だが一度蒐集した魔力を解き放ってしまえば、その分だけ再び闇の書のページが減ってしまう。
 闇の書の完成は守護騎士の存在理由であると同時に、今ははやてを救う唯一の方法である。
 そんな簡単には決断できないと、迷うシャマルの耳に、男の言葉が聞こえてきた。
「使用して減ったページは、また増やせば良い。仲間がやられてからでは遅かろう」
 命令や指示ではなく、まるで促し道を示すかのような男の言葉に、決断の遅かったシャマルの心が動いた。
『皆、今から結界破壊の砲撃を撃つわ。上手くかわして撤退を』
『『おう!』』
 自分の呼びかけに返って来た返事は二つ。
 ザフィーラに苦戦していると言われたシグナムからの返事はなかったが、自分が不利だからと仲間の撤退を押し留めるような人ではない。
 シャマルは闇の書を片手に砲撃の準備へと入ろうとした時に、何時の間にか男と局員らしき少年がいなくなっていたことに気付いた。
 ひきつけておいてくれたのだろうか。
 一瞬本当に味方だったのだろうかと思ってしまったシャマルは、直ぐにそう考えた自分を改め闇の書の制御へと神経を注ぎ始めた。
 不可解な相手ではあったが、今一番大切なのは、結界から皆を救い出し、はやてとあかねの待つ我が家へとそろって帰ること。
 直ぐに戻ると約束したのだ。
「闇の書よ、守護者シャマルが命じます」
 足元に広がる新緑の色の魔法陣が浮かび上がり、ビルの屋上全てを包み込むほどに大きくなっていく。
 闇の書はシャマルの手を離れ、自らの力で浮かび上がる。
「眼下の敵を打ち砕く力を。いま、此処に」
 これまで蒐集してきた数多くの魔力が闇の書の内部から引きずり出され、闇色の電撃となり吼え猛る。
 あふれ出す魔力はそのまま天を貫く柱となって上って行き、天候でさえも左右して雨雲を呼び起こしていく。
 結界の上空にて渦巻いた魔力は、雨雲を、自然の力を巻き込み飲み込んでさらに大きくなっていった。
 やがて渦巻く雲が台風の目のように中心に一定の空間を作り上げ、凝縮された闇色の雷が球体となって姿を現した。
 もうここまで大きくなると力を解き放った闇の書でさえも止められない、本来なら止める必要は全くなかったはずだ。
 だが多分に焦りを含んだヴィータの念話が、結界内よりシャマルへと飛び込んできた。
『撃つな、シャマルまだ撃つな。くそ、何でこんな所に。はやてが、あかねが!』
『はやて、ちゃん? どういうこと、ヴィータちゃん? そんなだって、待って。撃たないで!」
「Beschriebene」
 ヴィータからの突然の知らせを聞き、制止の言葉を闇の書へと叫ぶが止められないことは解っていたはずだった。
 無情にも放たれた破壊の雷が、上空から結界を撃ち貫いた。





 一度荷物を置きに家へと戻ったあかねとはやては、居場所も知れぬシャマルたちを探すのに話し合うことはなかった。
 まるでそこにシャマルたちがいることを知っているかのように、住宅地を離れ、海鳴市の中でも多くの高層ビルに包まれたビル街を目指していた。
 はやてが車椅子の為、厳密な意味でビル街を目指したのはあかねであったが、行き先に関してはやてが口を出すことはなかった。
 例えそのことを二人に尋ねても、なんとなくと言う似たような台詞が返ってきていたに違いない。
 ただ自分では制御しきれない五感とはまた別の感覚が、そちらへ行けとささやいていた。
 そしてはっきりと異変に気が付いたのは、ビル群に一歩足を踏み入れた時であった。
「なんや、急に人がおらへんくなってしもた」
「変ですね。さっきまで仕事帰りの人とか一杯いたのに……」
「それになんか空気が、変や。今は確かに夜やけど、普通の夜とは暗さというか、別世界に迷いこんだみたいに思える」
 あかねもはやても立ち止まったままに、消えた雑踏や違和感ばかりが残る辺りの風景に、しきりに視線をさ迷わせ始めていた。
 街灯は光っているのに、夜の闇を照らしきらずに中途半端なままで、視界全てにもやがかかったようにも見えた。
 ここは本当に自分たちの知っている海鳴市なのだろうかと、不審に思いながらもあかねは再びはやての車椅子を押し始めた。
 一歩一歩確かめるように、シャマルたちはここにいると直感のようなものが指し示す声に促されるままに。
 刹那、遥かビルの向こうにて複数の光が、花火のように光を撒き散らしながらぶつかり合う光景が瞳に飛び込んできた。
 白、橙、桃、赤、紫、金と多種多様な光が空にて踊り、轟音を響かせる。
「花火、平日でもお祭りってあるんでしょうか?」
「遠くてよう見えへんな。闇雲にシャマルたち探してても見つからへんし、ちょっと寄り道してこか」
「良いんですか?」
「これだけ不安にされたんや。綺麗な花火やったって自慢でもしたらな、私の気がすまへん」
 どこか開き直ってきた感じのあるはやてに促されるままに、あかねは車椅子を光が舞う区画へと向け押し出した。
 そして数歩も足を踏み出さないうちに、花火とは質の違う、夕立の際に耳にするような稲妻の音を耳にして空を見上げた。
 霧のように蔓延する夜の闇とは違うヴェールのようなものの向こうに、真っ黒な球体にも見える何かとそれが弾き出す紫電が目に映る。
 それだけではまだ危険を察知するよりも、一雨くるのだろうかと言う認識しか持てなかった。
 だが黒い球体が一枚の帯の様にもみえる紫色の雷を放ったことで、あかねははやての車椅子の取っ手を手放し前へと飛び出した。
「あかね君?」
 本能的な動きではやての前の前に飛び出しただけで、あかねは何故自分がそうしたのかは解らなかった。
 ただ際限なく増大していく不安の元は、壁にでも当たった様に前進を止められた雷が空へと描く波紋であった。
 波紋は空にひびを生み出し、雷はそのまま空を食い破ろうかとしているようにも見えた。
「はやてさん、ここにいると何だかすごいまずい気がします」
「でもあれ……花火の一種やないの?」
 はやての言葉は冗談でもなく、願いのようなものが込められていた。
 はやてもあかねと同じ様なものを感じてこの場に来ることを選んでおり、今何か大変なことが起ころうとしていることをあかね同様に気付いていた。
 空に生まれたひびが大きくなるにつれ、辺り一帯により濃い闇の色が滲むように落ちてくる。
 闇の色、そう気付いたはやては一冊の本を思い浮かべたが、直ぐにその考えを振り払う様に首を振っていた。
 闇の書による魔力の蒐集、そんなことはしなくてよいと約束したのだ、シャマルたちが約束を破るはずがないと考えに没頭するうちに空が砕けていた。
 雷が真っ直ぐアスファルトの大地に突き刺さり、眩いばかりの白光となって辺り一帯を包み込み始めた。
 光が自分たちを包み込むまで何秒あるだろうか、出来ることといえば意味のない思考であったが白光の中に別の光が混ざっていた。
 それは花火かとも思っていた金色の光、その後ろにはかなり遅れてはいたが橙の光も追随している。
「あかね!」
「フェイト、さん?」
 黒いレオタードの様な衣装の上から金色のマントを羽織っているのは、呟いた通りの人であった。
 その手には見慣れない武器にも見える鉄の棒が、それ以上に不思議だったのはフェイトが空を駆けていたことであった。
「キラキラしとる、天使? あかん、わけがわからへん!」
 はやてにはそう見えたのかもしれないフェイトが、胸に掛けていたペンダントを外し投げつけてくる。
 落ちてくるそれをあかねが手にするのと、白色の光があかねとはやてを覆い尽くすのは同時であった。
 なぎ倒されそうな風を浴びながらも、薄っすらと瞳を開けたはやてが見たのは金色に光るあかねの背中であった。
 今一体何が起きているのか、そもそも空が破れたり天使があかねへと何かを渡しに来る様なことが本当にあるのだろうか。
 はやてはあかねの背中を見ながら、今が夢か現実かも曖昧になりはじめていた。
「やっぱり、私だけじゃ……あかね君、思い出して。今思い出さなきゃ、あかね君もその子も」
 はやて同様に狭い来る光が生み出す風に抗い、目元を腕で隠しながら前を見たあかねは、自分が金色の光を生み出す魔法陣のようなものに守られていることに気が付いた。
 空を飛んで現れたフェイトから受け取ったペンダント、ゴールデンサン。
 今手の中にあるそれが光を放ちながら、自身へと話しかけてきている。
 思い出せと、それが空白の二ヶ月のことを指しているのか、解らないままにあかねは頭の中の空白部分へと手を伸ばした。
 以前もこうして誰かに、今みたいな少女の声ではなく、力強く見守られてきた気がする。
 今は、その人はどうしているのだろうか。
「思い出せ、僕はずっと誰かに守られてきた。皆を守りたいと思いながらも、僕が一番その人に守られてきた」
「そうだよ、思い出して。今その人はあかね君のそばに居ないけれど、ずっとあかね君のことを思ってる。思い出して、私たちのお兄ちゃんを」
 今目の前がそうであるように、真っ白で何も見えない空白。
 手を伸ばし空白へと手をつきいれ、念じながらそれが手に触れるまで延々と探し続ける。
 思い出したい、思い出せ。
 そして耳に届いたのは軋みひび割れる音、手に握り締めていたゴールデンサンに小さなひびが生まれていた。
「痛ッ……くないもん。太陽のお兄ちゃんは、もっとたくさんひび割れても、泣き言は言わなかった。砕け散っても、砕け散った後でも」
 さらに大きくなっていくひび、小さな宝玉に生まれたそれが空白の中に突き入れたあかねの手に触れた。
「我、使命を受けし者なり」
 一度触れたそれを放さぬ様に、強く握り締めながらあかねは呟き、叫んだ。
「契約の下、その力を解き放て。光は空に、命は大地に。そして輝ける太陽はこの背中に。この手に魔法を。ゴールデンサン、セットアップ!」
「戻った、あかね君の記憶が戻った。スタンバイレディ、ユニゾンイン!」
 太陽にも似た輝きが辺り一帯、真っ白に染まりきった光景の中を引き裂いていった。
 輝きの中心に佇むのはアリシアとユニゾンすることで姿を変えていくあかねである。
 ただその姿はこれまでとは違い、髪の色をアリシアと同じ金色に染めながらも短く刈り込まれた髪型から伸びることはなかった。
 バリアジャケットもまた女の子であるアリシアに合わせたミニスカートではなく半ズボン。
 金色のコートだけは変わらずあかねの姿を包み込み、暴走事故としてではなく完全に制御された状態で変身を終えた。
「アリシア、はやてさんごと包み込む広域の防御を。それとこの雷を全て吹き飛ばします」
「ワイドエリアプロテクション、それと撃つんだね」
「撃ちます。誰にも抗えないほどに、強力な攻撃魔法。それを貫く為に僕の攻撃魔法は存在するんです」
 アリシアのサポートにより、自分とはやてを防御魔法で包み込んだあかねは、ユニゾン効果による魔力の上昇を感じながら、後ろへと振り返った。
 謀らずも巻き込んでしまったはやてを気にしてのことだが、度重なる異常な状況にのまれすでに目を回してしまっていた。
 説明の手間が省ける、そしてこのままなら多くのことを誤魔化せる。
 申し訳ないがそう思ったあかねは、はやてを後ろに守ったまま防御魔法を左手で維持しつつ、もう一方の手を前へと突き出した。
 防御魔法の上に展開されるもう一つの魔法陣、そこから生み出されるのは幾千にも及ぶ小さな太陽たち。
 浮かび上がっては打ち消され、打ち消されては浮かび上がり、雷が生み出した白光を押し返していく。
「対攻撃魔法用攻撃魔法、サンライト!」
「サウザンド!」
 あかねに続きアリシアが叫ぶことで、魔法陣により生み出された太陽たちが一斉に各方面へと散らばり白光を打ち消し、押し返し始めた。
 一度上り始めた太陽は決して止まらず、例え反対に打ち消されたとしても新たに魔法陣の中から生まれ上る。
 辺り一面を覆おうとしていた雷の光は太陽の光に呑まれ、少しずつその勢力を削られていった。
 プレシアの時とは違い広域型の攻撃魔法だけあって全てを消し去るには時間がかかったが、全ての太陽が消えた頃には狂気とも言える攻撃魔法もまた消え去っていた。
 直ぐ近くではアリシアを渡しに来たフェイトがアルフに守られており、かなり遠い位置となるがなのはもユーノの魔法に守られていた。
 ギリギリであったが、なんとか思い出し守ることが出来た。
 膝に手を付き大きく息を吐き出したあかねは、変身を解除してひび割れてしまったアリシアをフェイトへと掲げて見せた。
「申し訳ありません、フェイトさん。アリシアのことお願いできませんか? 傷ついてしまって、大丈夫ですかアリシア?」
「全然平気、あかね君の記憶が戻ったことの方が断然嬉しいもん」
「構わないけれど、すぐになのはの所に」
「そうしたいのは山々なのですが、無関係のはやてさんを巻き込んでしまいました。気絶しているようですし、今のうちに連れて帰ります」
 アリシアをフェイトへと渡すと、あかねは何か慌てるようにはやての車椅子の取っ手を手にしようとした。
 まるで何かから逃げるようにも見えたが、一瞬なのはの方が早かった。
「Flash move」
「あかね君!」
「へ?」
 このままでは間に合わないと、高速移動の魔法を使ってまで追いついたなのはがあかねへとぶつかってきた。
 本人は抱きついたつもりかもしれないが、さすがに魔法を使った以上は抱きつきという言葉の枠に収まりはしなかった。
 あかねを押し倒し、それでも止まらずにその胸の中に額を押し付ける。
「本当に、戻ってる? もう、忘れてない? それとごめんね、無理に思い出させようとして。あかね君の気持ちも知らずに、私の思いを押し付けて」
「しっかりと思い出しているので、安心してください。なのはは何も悪くはありませんから。それにもう二度と、僕は誰も忘れたりなんかしません」
 飛び込んできたなのはの頭を撫で付けていると、二つ結びから方結びとなったなのはの髪にたどり着く。
 記憶を思い出した時には、自分がもう片方の髪の毛を結ぶ。
 そしてさらに、全てが終わった後にはなのは二人きりで伝えたいことがあるという約束もある。
 だがまだもう少しだけその約束を果たすのは先になりそうだと、あかねは気絶したままで車椅子に座るはやてを見上げて考えていた。





 クロノにも断りを入れた後、あかねは言葉通り無関係のはやてを家へと連れ帰っていた。
 はやてを部屋に寝かしつけると、直ぐにはフェイトのマンションに向かわずに居間のソファーに腰を落ち着けていた。
 もし仮に今はやてが気絶から目覚めたら、誤魔化さなければならないと言う考えはもちろんあったが、それ以外にも理由はあった。
 はやてと一緒に花火かと思い、見上げた空で火花を散らしていた複数の光。
 今思い返してみればあれは魔力光であり、そのうちのいくつかはなのはたちといった自分の知り合いである。
 ではそれ以外は、記憶の中にある光景を引っ張り出してみればあの時には解らなかった細部までも明確に思い出すことが出来た。
 なのはにはヴィータが、アリシアとユニゾンしたフェイトにはシグナムが、そしてアルフには恐らく人型となったザフィーラが相対していた。
 遅れて向かったシャマルもまた別の場所にいたのか、だが何故とあかねは頭を抱えながら俯いていく。
「はやてさんが寂しい思いをしているのに、それを知っていてなんであんなことを」
 聞かなければならない、そして聞いた上で自分は止めなければならないとあかねは思っていた。
 どういった事情があるにせよ、少なくともはやてはシャマルたちが戦う様なことを望みはしない。
 強く両手を握り合わせて俯いた顔を持ち上げたあかねは、玄関が騒がしくなったのを耳にしソファーから立ち上がった。
「はやて!」
 三人と一匹、時を同じくして帰って来たシャマルたちを迎えに玄関へと赴くと、今まで向けられたことのなかった敵意をヴィータから向けられる。
 シグナムとザフィーラは普段と変わらぬように見えるが、シャマルは明らかに動揺し視線をさまよわせていた。
「シャマルさん、はやてさんは二階の部屋に寝かせておきました。見てきてあげてください。その間に僕はシグナムさんたちに、いくつか聞いておくことがあります」
「シャマル、主のもとへ。ザフィーラ、念のため、付いていってくれ」
「心得た。行くぞ、シャマル」
「あ、はい」
 シグナムが指示を下すと、おろおろと落ち着きのなかったシャマルを連れて、ザフィーラが二階へと続く階段を上っていった。
 玄関先に残ったのはあかねとシグナム、そしてヴィータ。
 今にも噛み付いてきそうな程に睨んできていたヴィータを抑えるように、シグナムがその頭に手の平を置いて呟いた。
 ただし手を置いた方とは逆の手に、彼女のデバイスらしき剣が起動状態で構えられていた。
「簡潔に答えろ、お前は敵か、味方か?」
「味方です。僕の質問にも答えてください、一体貴方たちは何をしているんですか? 何のために、どうしてはやてさんのそばに居てあげないんですか?」
「私らだって出来ればそうしてえよ。でも闇の書を完成させねえと、はやてが死んじまうんだ!」
「死ぬ、はやてさんが?」
 思いもよらぬヴィータの言葉に、確認する様にあかねはシグナムを見上げていた。
 だが望んだ答えは与えられず、シグナムはただ静かに頷いていた。
「主はやては、闇の書に選ばれながら他者から魔力を蒐集することを拒んだ。それ故に、闇の書よりその体を侵食されはじめた。今はまだ足が動かぬだけだが、侵食は徐々に上半身へ、やがて体全部が麻痺に陥る」
「蒐集って言っても、死ぬわけじゃねえ。ちょっと魔力を貰うだけだ。なのになんで管理局の奴らは、はやてが何したって言うんだよ」
「それが」
 はやての死、それを回避しようとして管理局と敵対することになった。
 守りたいものがあるから、けれどとあかねは言い切っていた。
「悪いことだからです」
「てめえ、はやての友達じゃねえのかよ。死んでもいいってのか?!」
 自分より背の低いヴィータに胸元をつかまれても、あかねは一度放った言葉を曲げなかった。
「生きていて欲しいですよ。どうせなら元気な体で、聖祥小学校に通って欲しいですよ。けれど、それとこれとは話が別です。死ぬわけじゃない、ちょっと魔力を貰うだけ。本当にそう思ってるのなら、どうしてはやてさんに黙っているんですか? 後ろ暗い思いがあるからでしょ!」
「ぐっ……ああ、そうだよ。はやては優しいから、人に迷惑を掛けることを嫌うから。だから内緒でやってるんじゃねえか!」
「自覚があるのなら、こんなこと今すぐに止めて、もっとはやてさんのそばにいてください。はやてさんは、心の底から貴方たちが大好きなんですよ!」
 はやてを死から救いたい、寂しさから救いたい。
 ヴィータもあかねも抱える気持ちは同じで、守りたい対象も全く同じであった。
 なのにどうして口論へと発展し、互いの気持ちを一方的にぶつけ合うことしか出来ないのか。
「あかね、お前の想いは受け取った。だが我らは主あってのヴォルケンリッターなのだ。何よりも望むのは、主はやてが望むままに生きること。その為ならば、例え主の友人であろうと斬る覚悟はある」
「どうしても戦いを選ばなければいけない時があると言うことは、知っています。けれど安易に選ぶ前に、他の道はないんですか? 本当に全部探したんですか?」
 レヴァンティンを目の前に突きつけられた状態で発した言葉に、返答はなかった。
 シグナムもヴィータも揺るがない瞳で睨むように見るだけであり、あかねはそんな瞳が何を示すのか知っていた。
 かつて自分も持っていた、守りたい、救いたいと言う気持ちにとらわれ、一つの道しか見えなくなる視野狭窄。
 その結果失うことになった左腕を、今は幸運にも取り戻すことが出来た左腕を右手で強く握り締め呟く。
「一つ、聞かせてください。僕の魔力を蒐集したとしたら、何日分の蒐集に相当しますか?」
 普通の話し合いでは止められないと、あかねは歯を食いしばりながらも尋ねた。
「何を言い出すかと思えば、お前の魔力では精々……魔力が上がっている? ヴィータ、お前の見立ては?」
「高町なんとかと同じぐらいか、それ以上。一週間って所だ」
「私の勘違いではなかったか。だが、それを聞いてどうする」
「決闘を申し込みます。僕が勝てば、蒐集を止めてはやてさんのそばにいることを選んでください。はやてさんを救う方法は、管理局の協力のもとで僕が探します。貴方たちが勝てば、今のまま蒐集することを選んでください。僕の魔力を全て差し上げます」
 言葉で止められないのなら戦うしかない。
 以前になのはとフェイトが海鳴臨海公園にて互いの想いをぶつけ合ったように。
「それで、逃げられると思っているのか?」
「逃げません。疑うのなら、今この場で半分だけ蒐集というのを行ってください。それが僕の覚悟です」
 その際に、あかねの魔力を丸ごと蒐集してから斬ることも出来る。
 今のあかねの本気を伝えるには、無防備となる自身の体を差し出す以外に方法は残されていなかった。

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