第十一話 伝えて伝えて届く言葉なの(後編)
 フェイトを伴いアースラに帰還したあかねたちは、一先ずブリッジへと向けて走っていた。
 全員が全員満身創痍に近い疲労であったがゆっくりと休んでいる暇はないように思えたのだ。
 アースラ内の空気が、出てくる前とは完全に違っていたのだ。
 ピリピリと今にも破れそうなほどに張り詰め、すれ違う局員たちも何処か緊張に包まれていた。
 特に張り詰めた雰囲気を持つのは、規則正しい足音を幾つも鳴らし、転送ゲートのある部屋へと向けて進む一様のバリアジャケットを着た局員達。
 彼らの手にはこれまた一様のデバイスが握られている。
「武装局員……正規の訓練を受けた戦闘のプロ達だよ」
「考えていたよりもずっと早く事態が動いてるみたいですね。急ぎましょう」
 気持ちだけは前へ前へと動いているのだが、怪我人であるあかねとアルフ、なのはのスターライトブレーカーの直撃を受けたフェイトの動きはかなり鈍かった。
 あかねはなのはに支えられながら、フェイトとアルフは互いを支えながら少しでも早くと足を動かしていく。
 果てしなく長く思えた廊下の先に見えてきたブリッジへの扉をあかねたちが潜るのと、作戦の開始を告げるリンディの命令はほぼ同時であった。
「武装局員、転送ポートから出動。任務はプレシア・テスタロッサの身柄確保です!」
「はッ!」
 リンディが魔方陣による映像通信で下した命令に、幾人もの武装局員たちが一糸乱れぬ声をあげた。
 次々に時の庭園へと武装局員たちが転送されていき、それに従い時の庭園内部の映像がブリッジへと送られてくる。
 辛い思い出ばかりが詰まっている場所とは言えど、見知らぬ男達が我が家とも言える場所に踏み込んでいくさまに若干フェイトが顔を曇らせる。
 だが視線だけは決してそらそうとせず、送られてくる映像を目に焼き付けていた。
 主人の気分を察したアルフが慰めるように頭を撫で付けていると、作戦が順調に開始された事で余裕が生まれたリンディが艦長席を立ち上がり振り返る。
「なのはさんたちは、お疲れ様。貴方がフェイトさんですね、前回はすれ違ってしまいましたが。初めまして」
 微笑みかけながらリンディはなのはとあかねに念話をとばす。
『母親が逮捕されるシーンを見せるのは忍びないわ。貴方達は、彼女を何処か別の部屋へ』
「平気です」
 なのはが言われた通りフェイトを連れて行こうと手を取った瞬間、フェイトは短くだがしっかりと自分の意志を呟いていた。
「辛くないわけじゃないけれど、逃げても何も変わらないから。私が母さんを止められなかった、これは罰だから」
「フェイトさん、罰はもうしっかりなのはから受けたでしょう?」
「それだけじゃない。きっとこの先避けては通れない事が待ってる。だからお願いがあるの、二人ともそばにいて欲しいの。もちろんアルフも」
「当たり前じゃないか、私はフェイトの使い魔だよ。絶対にそばを離れないから」
 アルフがいとおしげにフェイトを後ろから抱きかかえ、首に回された腕をそっとフェイトが握り締める。
 強く自分の意志を固めた様に見えるフェイトを良く見てみれば、その体は震えていた。
 何が待っているのかはあかねにもなのはにもわからなかったが、フェイトの並々ならぬ覚悟に頷かないはずがない。
「私もそばにいるから、フェイトちゃん。痛い思いをさせた分だけ、支えるよ」
「僕も、気持ちはなのはと同じです。立って歩けと叱咤しておきながら、放置するのは無責任すぎますから」
「ありがとう。私、頑張る」
 子供達のやりとりをリンディは微笑みながら見つめていた。
 どの子も強くてよい子で、その分だけたくさん辛い思いをしてきたんだろうと思わずにはいられない。
 だから大人である自分が情けない姿を見せられないと、艦長席に座りなおす。
 目の前のメインスクリーンに映し出される光景は、すでに玉座の間へと武装局員がたどり着いている所であった。
「総員、配置につき次第突入を開始」
 リンディの命を受け、武装局員たちが玉座の間への突入を開始した。
 蹴破る勢いで扉を押し開け、同時に最大限の注意を払い突入していく。
 気がつけば、フェイトがなのはとあかねの手をそれぞれ握り締めていた。
 何故なら玉座の間にはフェイトの母であるプレシア・テスタロッサの姿があったからだ。
「プレシア・テスタロッサ。時空管理法違反、及び時空管理局所属嘱託魔導師への攻撃容疑で貴方を逮捕します。武装を解除して、こちらへ」
 武装局員の一人が、玉座に座り全てを待っていたかのようなプレシアへと告げる。
 だがプレシアは微動だにしなかった。
 むしろ不適な笑みさえ浮かべる余裕を見て、武装局員たちをあざ笑っていた。
 投降の意志なしと見て、武装局員たちがプレシアがいる玉座をを取り囲む。
 その時、なにかを切欠にプレシアの目つきが一変した。
 持っていた余裕を全て投げ捨て、初めて武装局員をにらみつけた。
 発端は、武装局員が玉座の後ろに隠された通路に気がついたことであった。
 もちろんその映像はアースラのメインスクリーンにも映し出され、玉座の後ろに隠された部屋に安置されたそれをあかねたちに見せ付けた。
「え!」
「フェイト、さん?」
 なのはとあかねが呟くことで、より一掃フェイトが二人の手を強く握り締めた。
 まるでこの手を離さないでと懇願するように、反対に二人を信じるように自分に言い聞かせるように。
 メインスクリーンに映し出されたのは、子宮にみたてたガラス管のなかで液体に揺られるアリシア・テスタロッサの姿であった。
 若干の年齢差を覗けば、何一つフェイトと変わらない、だが何もかもがフェイトと違う少女の姿である。
「アリシア」
 我知らず呟いたフェイトへと、リンディやクロノが知っていたのかと振り返っていた。
 そして何故一度は投降したフェイトが再び何故自暴自棄になってなのはに戦いを挑んだのかをおぼろげながら理解する。
 全ての真実を知らされたのだと、少しだけ個人的感情を見せて拳を握り締める。
「こんな小さな子に、なんて仕打ちを」
 動揺を見せるブリッジとは違い、絶えず状況が変化する現場では均衡が崩れようとしていた。
 アリシアへと近付こうとした武装局員の数人をプレシアが魔力でもって撃ち払ったのだ。
 その様子に玉座に座っていた時の余裕は欠片も見られなかった。
 呼吸を荒げ、瞳孔は開かれ、幼子を天敵から守る様に立ちふさがる。
「私のアリシアに近寄らないで!」
 プレシアが見せた抵抗に武装局員たちがついにデバイスを構え、砲撃を撃ち放った。
 室内と言うこともあるだろうが、威力を絞られた砲撃はアリシアの前に立ちはだかるプレシアに傷一つ負わせる事はなかった。
 見えない壁がプレシアと武装局員たちの間にあるように、届くことはなかった。
 反対に、プレシアが煩わしげにあげた手の平に集め始めた一撃は容赦のないものであった。
「危ない、防いで!」
 危険を察知したリンディが命令を送るが、プレシアの一撃は武装局員たちの実力を遥かに凌駕していた。
 武装局員たちの悲鳴が時の庭園に、アースラのブリッジ内に響き渡る。
 あかねは今でもフェイトが手を握っていてくれた事に、感謝する事になった。
 放っておかれたら、また以前のように飛び出しかねなかったからだ。
 プレシアがあのフェイトに似た少女を大切にしているのは解ったが、何故その為に人を撃たねばならないのか、まだ情報が足りなかった。
「いけない、局員達の送還を」
「了解です」
 リンディの緊急の命を受け、エイミーがコンソールの上に指を走らせる。
 プレシアの嘲笑を前に武装局員たちが次々にアースラ内に送還されていく。
 今頃は転送ポートに待機していた医療班に措置を受けていることだろう。
 全ての武装局員が目の前から消えると、プレシアは嘲笑を止め、ガラス管の中で液体にたゆたうアリシアへと振り返った。
 いとおしげにガラス管に触れ、少しでもそばにいようとその顔を寄せる。
「もう駄目ね、時間がないわ。さらに数の減ったジュエルシード七つでは、奇跡を願うぐらいの確率しか残されていない。アルハザードへは恐らく届かない。グッ」
「母さん!」
 プレシアの口から血が滴り落ち、頬を寄せていたアリシアのガラス管に流れていく。
「今の私の姿を見て、まだ私を母と呼んでいるのかしら。ねえ、フェイト?」
「呼んでる、私はまだ母さんを母さんって呼んでる。もうやめよう、もっと自分を大切にしてよ」
 プレシアの呼びかけに、機転を利かせたエイミーが双方向通信の魔方陣を打ち立てた。
 プレシアからはフェイトだけが、フェイトからはプレシアだけが映し出される。
「この子を亡くしてから、毎日が暗闇の中だった。足掻いて足掻いて、光を取り戻そうと私は貴方を作り上げた。それだけに留まらず、アリシアの生前の記憶も植えつけて、貴方を娘と呼びさえした」
「母さんがどれだけアリシアを愛していたかは、知ってるよ。だってアリシアの記憶は、母さんが大好きだった記憶ばかりだから。だから私も母さんが大好きだった。私はアリシアじゃないけれど、アリシアと同じぐらい母さんが大好きだった」
「愛したかった、けれどどうしても愛せなかった私は、逆に貴方を憎み始めた。貴方の全てが憎くなっていった。どうして私を愛させてくれないのか。どうして私を笑顔にしてくれないのか。どうして貴方はアリシアじゃないのか」
「母さんも私も弱かったから。私は母さんに笑いかけて欲しいと思うだけで、母さんの苦しみも間違いも全部見ようとはしなかった。母さんは、アリシアばかり見ていて、本当の私を見ようとはしなかった」
 そこでぱたりと止んだプレシアとフェイトの会話は、止んでしまった。
 沈黙だけが誰の耳にも届き、意味を理解できたものは口を閉ざし、理解できなかったあかねたちは理解を求めてリンディたちを見た。
 答えてくれたのはエイミーであった。
「プレシア・テスタロッサがミッドチルダを離れる原因となった事故の時にね、実の娘であるあのアリシア・テスタロッサを亡くしていたの。彼女が最後に行っていた研究は、使い魔とは異なる使い魔を越える人造生命の生成。そして死者蘇生の秘術」
「フェイトと言う名は、その時の研究の開発コード。プロジェクト・フェイト」
 その意味を知ってユーノは驚いた顔を見せていたが、あかねもなのはも少し目をひらききょとんとするのが精一杯であった。
 魔法にたずさわるようになってそろそろ二ヵ月。
 自分達の知っていた科学技術とは違う事は知っていたとは言え、死者蘇生ともなると話は別だ。
 理解の範疇を越えてしまい、出来る事は今目の前にある事実に目を向けることだけであった。
 アリシアは過去に死んだ女の子で、フェイトは今現在生きている女の子である。
 複雑な考えなど何一つ必要はなく、フェイトと言う女の子が自分達の友達としてここにいる事が重要な事であった。
 あかねとなのはで二人顔を見合わせ頷くと、フェイトを支えるように身を寄せた。
「母さん、一緒に歩いていこう。今は目の前が真っ暗で何も見えないかもしれない。でも私が手を引くから、私の手は二人が引いてくれる。二人の手にはさらに大勢の人たちの手が繋がってる。私だけじゃない、皆で一緒に歩いていこう。そうすればいつかきっとそこは真っ暗じゃない。お日様のある場所に出られるから」
「言ったでしょう、時間がないって。いつか貴方を愛せるかもしれない時間を待つには、足りないの。だから私を行かせて頂戴」
 初めてプレシアがその顔にフェイトへの笑みを見せた。
 フェイトはもちろんの事、プレシアもまた間違いなくフェイトを愛そうとしていた。
 愛したくなかったわけじゃない、愛したくても愛せなくて歪んでしまったのだ。
 そしてその歪みが直せないところまで進んでしまっていることを自分自身で理解している。
 だからプレシアは手元にある七つのジュエルシードを掲げてあげた。
「大変、大変なにこれ。屋敷内に魔力反応多数」
「あれは傀儡兵か。数が多い」
「全部Aクラスの魔力反応を示してる。数も六十から八十、まだ増えてる!」
 プレシアの周りの床から、すり抜けるように金属の体を持つ兵隊が現れ始めた。
 手にはハルバードや斧といた武器を持ち、鋼鉄の瞳の中に魔力の灯火を浮かび上げる。
 エイミーが屋敷内にと表現したことから、クロノが傀儡兵と呼んだ存在はプレシアの周りだけではないのだろう。
 プレシアがジュエルシードの力を使い引き起こした事態は、まだ始まりに過ぎなかった。
「私たちは旅立つのよ。忘れられた都、アルハザードへ」
「アルハザード、まさか!」
「この力で旅立って取り戻すのよ、全てを!」
「母さん!」
 プレシアはもうフェイトの呼び声にも耳をかさず、止まりそうになかった。
 ジュエルシードが生み出す魔力によって時の庭園が揺れ、振動を繰り返し、その余波がアースラまでもを巻き込み揺らす。
 それが示す意味はすぐにアースラでも観測される事となった。
「次元震です、中規模以上」
「振動防御、ディストーションシールドを」
「ジュエルシード七個発動。次元震さらに強くなります」
「転送可の距離を維持したまま、影響の薄い空域に移動を」
「了解です。このまま次元震が拡大した場合、次元断層が発生します」
 再び慌しくなったアースラのブリッジで、あかねたちに出来る事は何一つなかった。
 差し伸べた手を振り払われたフェイトのそばに立ち、支えてあげる事ぐらいである。
「アルハザード……」
「馬鹿な事を!」
 何度もプレシアが呟いたアルハザードという言葉に覚えがあるのか、クロノが走り出した。
「クロノ執務官」
「艦長、僕がプレシア・テスタロッサを止めに行きます。ゲートを開いてください」
「僕も行きます。同行させてください、クロノ執務官!」
「ジュエルシードの暴走を、君のサンライトサウザンドで打ち消せるかもしれないな。ついて来い!」
「はい」
 クロノの後ろについて走り出したあかねであったが、足音が少し多いと振り返るとブリッジでは出来る事のなかった全員がクロノについて走っていた。
 自分に匹敵する実力を持ったなのはやフェイトの手助けはありがたいとクロノは何も言わなかった。
 ただあかねは出来ればアースラにいて欲しいと口に出した。
「待っていてはもらえないんですね」
「母さんは自分が暗闇の中から抜け出せないって信じ込んでいる。だからまずは私が母さんの手をとる事から始めなきゃいけない」
「使い魔は、何時もご主人と一緒だから。な、フェレット小僧」
「だから僕は使い魔じゃないって言ってるだろ。あかね、いい加減置いていこうとすると機嫌を損ねられること、覚えておこうよ」
 ちょいちょいとユーノが指差したのは、上目遣いであかねを睨むなのはであった。
「別にあかね君の許可なんてなくても行くもん。クロノ君の許可さえあれば良いんだから」
「君たち、喧嘩するぐらいなら全員置いていくぞ」
 決してそうする事はないとわかってはいても、念のためあかねとなのははは知りながら仲直りの握手をする。
 なのはが若干強めに握り締めたのは、全部終わったら覚えておいてねと言っているようであった。
「あの、一つ良いですか。フェイトちゃんおお母さんが言ってたアルハザードって何なんですか?」
「忘れられた都、アルハザード。失われた禁断の秘術が眠る土地」
「聞いたことがあります。危険視されるロストロギアのうち、その大半がそのアルハザードに端を発したものだと」
 フェイトも聞いた事があるようで、クロノが頷いた。
「そこで彼女が何をしようとしているのか。大体予測はついている。だが絶対にそんな事は叶えられるはずがない。どんな魔法を使ったって、過去を取り戻すことなんて出来るもんか!」
 クロノの言葉で皆が同時にプレシアの考えに行きついた。
 プレシアは今出来る技術をかきあつめ、アリシアに良く似たアリシアの記憶を持ったフェイトを作り上げた。
 だがフェイトを娘として愛する事は出来ず、アリシアそのものを求めた。
 アルハザードという場所で、アリシアの止まってしまった時間を再び動かすつもりなのだ。
 だがそれは同時にフェイトに母を失う悲しみを与える行為でもあるのだ。
 悲しみを取り戻すために新たな悲しみを生み出すのはどう考えても間違っている。
 それぞれの決意を胸に転送ポートへとたどり着いた六人は、時の庭園を目指して転送されていく。
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