第十一話 伝えて伝えて届く言葉なの(前編)
「Scythe form」
 鳴海臨海公園でアースラへの送還を待っていたあかねたちの耳に、聞き覚えのある機械音が届いた。
 小波が打ち寄せる海とは反対側、声に促され全員が振り返ったそこにはバルディッシュを手に持ったフェイトがいた。
 無事だったのと喜んだのも束の間、バルディッシュから生み出された魔力の刃が何を意味するのか。
 フェイトの虚ろな瞳が全てを語っているようでもあった。
「持っているジュエルシードを全て渡して」
「フェイト、まだそんな事言ってるのかい。もう戦わなくても良いんだよ。あの事だって黙ってりゃ誰にもわからない!」
 やや顔を伏せたフェイトはゆっくりと首を横に振っていた。
「嘘をついたまま友達になんかなれない。それにもう良いの。もう、どうでもいいの。友達も、母さんの事も。私はただ私自身の全てが許せないだけ。母さんを満足させられなかった自分、友達になろうと言ってくれた人を何度も裏切る自分。こうして自分を許せないと口にして同情をひこうとしてる自分」
「どうして、そんなに自分を傷つけることばかり。私少しだけどこの子たちと、その友達を見てきた。皆良い顔で笑ってそれを向け合ってた。フェイトもきっと良い笑顔で笑えるよ!」
「笑顔になんかなりたくない。私なんかが笑顔になっても良い事なんて一つもない!」
 初めてフェイトが声を荒げる光景を見て、真っ先に思い浮かんだのは自暴自棄だった。
 フェイトがアルフと一緒にプレシアの元へと戻った時、何があったのかはアルフは決して話してはくれなかった。
 それでも自分を傷つける言葉ばかりを放つフェイトを見て、良いことがあったなどとは絶対に思えない。
 フェイトは傷つきたがっている様に見えた。
 傷がもたらす痛みで頭を一杯にして、この世の全てを忘れてしまおうとしていた。
「フェイトちゃん、そんな悲しい事を言わないで。自分自身を許せないって思う事は誰にだってあるよ。私だってそう言う事はあった」
 呟いたなのはがレイジングハートを手に、一歩フェイトへと歩み寄る。
 脅えるようにバルディッシュを向けたフェイトに対して、なのはは恐れず真っ直ぐ瞳を覗きこむ。
「ジュエルシードに気付きながら、目の前の楽しい時間に目を向けて大好きなこの街を危険に追い込んだ事もあった。一人で戦うことに拘って、謝ってあかね君を撃った事もあった」
「Stand by ready. Set up」
 レイジングハートが生み出す桃色の光がなのはを覆い始めた。
 戦闘用のバリアジャケットを身に纏ったなのはは、杖となったレイジングハートを手にさらに眼差しを強くした。
 何があったかは解らないが、今のフェイトが確実に間違えてるとわかってしまったから。
 教えてあげなければならない。
「辛かった痛かった。心がもう嫌だって悲鳴を挙げて、でも私は自分を傷つけてそれでお仕舞いにだけはしようとはしなかった。あかね君やユーノ君が支えてくれたから。すずかちゃんやアリサちゃんが笑いかけてくれたから」
 友達を名乗る以上、間違いは正してあげなければならないとレイジングハートをフェイトへと突きつけた。
「だからフェイトちゃんには私が教えてあげる。自分を許せないからって自分を傷つけても何も変わらない。自分を許せなかったら、それの分だけ顔を上げてお空を見上げなきゃいけないって。お空を見上げて今いる場所から一歩でも進まなきゃいけないって」
「なら、証明して。貴方の言葉が正しい事を。持っているジュエルシードを全て賭けて」
「良いよ、私負けないから」
 なのはとフェイトが互いに持っているジュエルシードを一時的に放出する。
 フェイトは九個、なのはは七個。
 手元にあるジュエルシードを見せ合い、すぐに捕獲しなおす。
「成り行きでこうなっちゃったけど、私一人に任せてくれるよね?」
「私は異論ないよ。フェイトがこれで目を覚ましてくれるのなら」
「僕はなのはの意思を尊重したい」
 アルフとユーノから了承を得て、なのはは最後にあかねへと視線を向けた。
 一人で戦いたいとは、以前と同じ言葉であるが、込められた思いは以前の比ではない。
 フェイトの為を思い、その為に一人で戦いたいと言うなのはを止められるはずがない。
「見届けます、二人の戦いを。今の僕ではまともにフェイトさんを止められません。だから、以前僕がフェイトさんに約束した間違えたら叱りに行くと言う言葉をなのはに託します。フェイトさんをよろしくお願いします」
「うん、任されたよ。だからちょっとだけあかね君の勇気をおすそわけ」
 何故かそんな事を言い出したなのはが、あかねの右手を両手で包み込んで笑いかけてきた。
 負けないと口にしつつ不安だったのか、首をひねりそうになりながらもなんとかあかねは微笑み返すことに成功した。
 なんだか怪我をしてから妙になのはが以前より近い位置にいるように感じる気がするが、今は気にしている場合ではなかった。
 手を離したなのはが、フェイトを自由に戦える海上へとさそう。
「フェイトちゃん、海の上で」
「Flier fin」
「うん」
 飛んで行く二人を見送り、あかねは一人アースラにいるであろうクロノへと念話を飛ばした。
 目の前ではバルディッシュから魔力の刃を生み出したフェイトが構え、その数メートル先でなのはもレイジングハートを構えていた。
 両者が合図も無しに同時に空を駆け、己が武器を振りかざしぶつかり合い始めた。
『クロノさん、状況は見えていますね。フェイトさんが再び敵に回るのは予想外でしたが、何度も失敗しているフェイトさんに大事なジュエルシードを任せるとは考えにくいですよね?』
『考えるようになったな。その通りだ。恐らくはフェイト・テスタロッサが勝っても負けても以前のように横槍が入るだろう』
『はい、僕はそれを止める為に動こうと思います。指示をお願いできませんか? 今の僕では攻撃があるであろう事を想像するのがやっとです。どうやって防ぐかまでは頭がまわりません』
『良いだろう。ただし、ジュエルシードのいくつかはあえてプレシアに奪わせる。ジュエルシードの移動を捕らえ、プレシアの居所を正確に知るためだ。あかねたちは、彼女の攻撃からなのはとフェイトを守る事だけを考えるんだ』
 クロノから指示を仰ぎ、念話を聞いていたアルフとユーノに目配せをして散る。
 それぞれが所定の位置へと移動しながら、二人の戦闘からは一時も目を離さなかった。
 一気に接近戦へと持ち込んだ二人は互いのデバイスで鍔ぜり合いをしながら、互いを押し返しあった。
 接近での力押しは互角。
 魔力の刃を打ち消したフェイトが、砲撃の態勢に入る。
「Photon lancer」
 フェイトの雷の魔力がバルディッシュの表面上を走る。
 生み出された弾丸は四つ。
「Divine shooter」
 負けじとなのはもフェイトと同じ数だけの魔力の弾を生成し配下におさめて構えた。
 弾数が同じならば、差が出るのは弾速と一発一発の威力。
 お互いに負けないと強く互いを見つめ、精神を研ぎ澄まし撃つべきタイミングを見計らう。
 フェイトは気付いているのだろうか、なのはとぶつかり合うことで少しずつ瞳の色が戻ってきている事に。
 なのはがフェイトの間違いを指摘し、苛立ちや鬱積の心を受け止めてくれている事で、自分が普段の自分へと戻りつつある事に。
「ファイヤー!」
「シュート!」
 同時に放たれた魔力弾が二人に襲い掛かる。
 フェイトが放った雷色の魔力弾がなのはに襲い掛かるが、靴に生やした魔力の羽で体を左右に揺らして避ける。
 外れた魔力弾はUターンもままならないままに海の上に落ちて水しぶきの中に消えた。
 一方なのはが放った魔力弾もフェイトにかわされたものの、優秀な追尾能力を発揮してフェイトに追いすがる。
 振り切れない、そう判断したフェイトが防御魔法を使用し全ての魔力弾を受け止め散らしていく。
 だが息をつく間もなく、なのはが次弾を生成し終えていた事実にハッと息を止める。
「シュート!」
 なのはがレイジングハートを振ると、先ほどよりも一発多い五発の魔力弾がフェイトへと襲い掛かる。
 砲撃に関する能力は明らかになのはが上であると、フェイトは自分の得意分野に切り替えた。
「Scythe form」
 一度は消した魔力の刃が再び生み出される。
 上下左右三次元的に襲い掛かってくるなのはの魔力弾を打ち払いながら、なのはへの距離を縮めていく。
 届く、そう判断したフェイトが最後の一発を無視したままなのはへと一気に接近する。
「Round Shield」
 三日月の先端が、容赦なくなのはの防御魔法の上に突き刺さる。
 散らされた刃の魔力が火花のように飛び散り、魔力同士の衝突を派手に演出していく。
 近すぎる距離での力押しに互いに顔が険しくなる。
 フェイトはバルディッシュを握る腕に力を込め、なのはは防御魔法を維持しつつ別途魔力を制御し操った。
 なのはの魔力の流れに気付いたフェイトが、それに気付いて振り返った。
 全弾打ち払うべきだったと、戻ってきた残り一発のなのはの魔力弾に舌打ちしながら手の平を向ける。
 生み出される防御魔法の上に魔力弾が衝突し、振り返ってみればなのはは目の前から消えていた。
 急いで辺りを見渡すが、なのはの姿は何処にも見えない。
「Flash move」
「てぇーッ!!」
 いないはずのなのはの声とレイジングハートの声が聞こえた。
 なのははフェイトよりもさらに上空にいて、急降下で襲い掛かってきていた。
 魔力と重力をプラスされたレイジングハートがフェイトのバルディッシュとかみあった。
 互いの魔力が反発し合い、無差別な衝撃を生み出し空に広がっていった。
 削りあう様にすれ違った二人であったが、落下の力を取り込んだ分だけなのはが振り返るのが遅れた。
「Scythe slash」
 今度はフェイトが上からなのはを攻めてバルディッシュを振り下ろした。
 間一髪避けたなのはの胸元のリボンを斬り裂いた。
 だが避けることが精一杯だったなのはは、また一歩遅れた。
 逃げようとした先には、フェイトの魔力弾が今か今かと獲物を待っていた。
「Fire」
 バルディッシュの合図で全弾が発射され、防御魔法を使ったなのはを激しく揺さぶった。
 完全になのはに隙が生まれた瞬間であったが、フェイトからの追撃はなかった。
 撃ち落としきれないと判断したフェイトが一時距離を取っていた。
 連続で動き回るには呼吸が足りず、隙を突いてそれに失敗すれば逆に自分を追い詰める結果になりかねなかったからだ。
 二人とも互いにデバイスを突きつけながら、肩で息をして呼吸を整える。
「なのはもフェイトさんも、強い。特になのは……戦い始めた当初よりも別人です」
 まるで台本でも用意されているかのような二人の動きに、あかねは感心すると同時になのはに対して申し訳なさがこみ上げる思いであった。
 きちんと訓練を積んだフェイトに負けないぐらいなのはは強かった。
 多分これが本来なのはが持つ強さであり、今までそれを発揮してこられなかったのは自分のせいなんだろうと思わずにはいられない。
 あかねが欠陥魔導師であるゆえに、なのはは極端に戦い方を制限され力を発揮し切れなかった。
 自分と言う存在が足かせだったのだと、あかねは唇を噛んでいた。
『あかね、確かにそう言う側面もあるだろうけれど。それだけじゃないんだよ』
 あかねが知らず念話で呟いていたのか、それともユーノが察したからか、別の場所で待機しているユーノから念話が送られる。
『海上に出る前に、なのは言ってたよね。あかねから勇気をおすそ分けって。あかねの勇気を分けてもらったから、思いを託されたからなのはは強いんだ。なのはは多分、君の事が……』
『ライトニングバインド。まずい、フェイトは本気だ!』
 突如アルフの念話が二人の間に割って入ってきた。
 ハッと空にいる二人に意識を戻してみれば、空を振るわせるぐらいの大きな魔力をフェイトが生み出し始めていた。
 幾つもの魔方陣がなのはの周りに現れては消え、バインドで身動きの取れなくなったなのはを動揺させる。
 そしてバルディッシュが口にしたのは、今までフェイトが使ったことのない魔法の名前であった。
「Phalanx shift」
 これまでのフェイトの魔力弾とは違う、青白い光のプラズマがフェイトの周りに浮かび始めた。
 その数もコレまでとは違い、余裕で十を越え、下手をすると二十をも越えていた。
 アルフが何かを言わなくても、フェイトが本気なのは生み出される魔力の大きさで理解できた。
 なのはの強さを感じ取り、一気に勝負に出る気なのだ。
 そしてそれは並大抵の一撃ではない。
 今すぐなのはのもとへと飛んで行ってその一撃を代わりに受け止めてあげたい、そんな誘惑があかねの胸に湧き上がる。
 誰かに思いを委ねることがこうも辛いことだとは思いもしなかった。
『大丈夫』
 そんなあかねの心情をさっしてか、今まさに攻撃されようとしているなのはからあかねへと念話が送られてきた。
 バインドを解く為に、念話をしている余裕などないはずなのに。
『ただの意地や、使命感だったら耐えられないかもしれない。けど、あかね君がくれた勇気と託された思いがあるなら、私は絶対に負けない。これは自分の為の戦いじゃなくて、あかね君やフェイトちゃんの為の戦いでもあるから』
『自分の為の戦いでも良いと思います。我侭な女の子も、可愛いものだと僕は思いますから』
『その言葉で、一杯一杯やる気が出たよ。なのはは自分の為にも頑張ります』
 聞きようにようっては若干甘い会話がなされている間も、フェイトの魔法は続けられていた。
「アルカス、クルタス、エイギアス。疾風なりし天神、今導きのもとに撃ちかかれ。バルエル、ザルエル、ブラウゼル」
 フェイト特有の魔法の言葉の後に、閉じていたその瞳を見開いた。
 膨れ上がった魔力がプラズマに注がれ膨れ上がり、放電の音が遠くで見守るあかねの耳に届きそうであった。
 まだなのははバインドの解除に苦戦しており、もはやかわす事は不可能に見えた。
「フォトンランサー、ファランクスシフト」
 フェイトが最後の引き金を引く。
「打ち砕け、ファイヤー!」
 フェイトの周りで暴れまわっていたプラズマが一斉に放たれた。
 放たれてはすぐに補充される魔力弾が、次々になのはに撃ち込まれていった。
 着弾の煙でなのはの姿が見えなくなっても、フェイトは歯を食いしばって撃つことを止めない。
 なのはを撃つことで自分も傷つき、それが望みであるように手を休めない。
 フェイトが撃つのをやめたのは、撃ち疲れ再び肩で息をし始めた頃であった。
 それでもまだ足りないと、プラズマを掲げた手の平に集めて特大の一発を作り始める。
 少しばかり最後の一発の生成にフェイトが手こずっていると、潮風が着弾の煙を押し流し始めていた。
 その中から白いバリアジャケットが、なのはの二つくくりにしばった髪が見え、無事な姿が現れた。
 痛みに顔をしかめながらも、鈍らない戦意でフェイトに笑みを向ける。
「いった……撃ち終わると、バインドも解けちゃうんだね。今度はこっちの、番だよ」
「Divine Buster」
 攻撃されたばかりとは思えない魔力がなのはに集まり、レイジングハートの切っ先に集束されていく。
 放たれたのは砲弾ではなく、全てを押し流すような魔力の奔流であった。
 慌ててフェイトが生成途中だった一発を撃ち放つが、いくら威力があっても精細さに欠いた魔力は容易く飲み込まれてしまう。
 中途半端に一撃を放ったフェイトは、さけることも叶わずなのはの一撃を受け止めるしかなかった。
 防御魔法でなのはの一撃を散らそうとするが、後から後から流れてくる魔力に徐々に押され、自分自身よりも先にバリアジャケットに限界が訪れ始めた。
 始めに防御魔法を生み出していた手にはめられた手袋が、自分の体から一番離れていたマントが。
 魔力を削りに削られた頃に砲撃はようやく止んだが、なのはの攻撃は終ってはいなかった。
 どれだけの底力を秘めているのか、先ほどよりもさらになのはに魔力が込められていく。
『そろそろ決着がつきそうだ。三人とも、警戒を怠るな』
 いつの間にか二人の戦闘に見入ってしまっていた三人は、慌てて魔力に関する警戒を始めながらも目だけは二人を追っていた。
「受けてみて、ディバインバスターのバリエーション」
 なのはの足元に魔方陣が生まれ術式がくみ上げられていく。
 これまでディバインバスター以上の砲撃を撃ってこなかったなのはの、新しい魔法らしい。
 生み出された魔方陣は強く輝き、レイジングハートが魔法の名前を呟いた。
「Starlight breaker」
 光がなのはの生み出した魔法陣の中央に集まり始めた。
 天井知らずに集まる魔力は、すでになのはの体をまるまる包み込めるぐらい大きくなっていた。
 だが時間がかかりすぎていた。
 今ならまだ止められると動こうとしたフェイトを、なのはのバインドが動きを止めた。
「バインド?!」
 皮肉にも、ファランクスシフトを使う為に時間稼ぎをした方法を、なのはにとられたのだ。
 そして振りほどこうともがく間に、それは完成してしまう。
「これが私の全力全開。スターライト、ブレーカー!」
 放たれた一撃はフェイトを飲み込むどころか、海をも引き裂き大量の海水を空へと巻き上げた。
 結末を見なくとも、なのはの勝利で終わった事は揺ぎ様のない事実であった。
 ここからは自分達の出番だと、あかねたちは大雑把に広げていた三角形の方陣を一気に狭め始めるよう動き始めた。
 決着がついた今、なのはとフェイトの位置はかなり限定される。
 もはや大きく三方向に分かれて時を待つ必要はないのだ。
「Jet Flier」
 怪我をしていたあかねとアルフが陸上から、唯一万全の状態のユーノが海上の沖から一気に飛び出した。
 なのはは今力尽きて海に落ちたフェイトを拾いに海に飛び込んだ。
 今のうちに出来るだけ三方向から距離を縮め、密集しなければならない。
『あかね、アルフ急いで。二人とも遅れてるよ!』
『五月蝿い、こっちは怪我持ちなんだよ。もう少し待ちなよ』
 なのはが海中からフェイトを拾い上げ、バルディッシュが約束通りジュエルシードを九つ吐き出した。
『来た、前と全く同じシュチュエーションです』
 空の色が変わり、紫色の雷が雲の表面を走り始めた。
 空が割れ、光さえも逃げられず吸い込まれそうな暗黒が顔を覗かせた。
 そして暗黒の中からフェイトとなのはへ向けて容赦のない雷が落とされた。
「フェイト!」
「なのは、ゴールデンサン頼みます!」
「Wide area proteciton」
 あかねの防御魔法と、ユーノとアルフの結界がなのはとフェイトを自分達ごと包み込んだ。
 先ほどなのはが放ったスターライトブレーカーを越える一撃が、あっさりとあかねの左腕を奪った一撃が五人を襲う。
 三重の防御膜をあつらえてなお、空気が震え肌の産毛が総毛だっていた。
 あらかじめこうなる事を予見して覚悟していなければ、とても耐えられるような威力の魔法ではない。
 三人のなのはとフェイトを守ろうとする気持ちも大きかったが、プレシアのジュエルシードに対する思いもまた強かった。
 押され、どんどんと海面が近くなっていく。
「あかね君、ユーノ君!」
「心配しないでなのは。なのはの頑張りを無にしないためにも、絶対にここはしのぎきる。そうだよね、あかね!」
「その通りです。この一撃が僕を変えた。変わったのなら、その証明をしなければならないですから!」
 押されっぱなしだった防御幕がわずかに浮き上がる。
「アルフ!」
「そんな顔しないのフェイト。前は駄目だったけれど、今度こそアタシはフェイトを守るんだ!」
 三人が渾身の力を振り絞るも、Sランクの壁は大きかった。
 一度は押し返すもののあまりにもあっさり巻き返され、再び海面が近くなっていく。
 予想以上のプレシアの実力に、ただ防ぐだけではとあかねは何か別の力を欲した。
 なのはが見せたような新しい力が欲しいと、初めて防御魔法以外の力を欲していた。
「Brother, The sun rises again even if sinking. Show it. Only your attack magic」
 ゴールデンサンの言葉により、あかねの脳裏に一つの魔法が浮かび上がる。
「疲れているところ申し訳ないですが、なのはもフェイトさんも手伝ってください。お詫びにお見せします。欠陥魔導師の、欠陥攻撃魔法を!」
「欠陥攻撃魔法?!」
「わかった、少し魔力に不安があるけれど。がんばる」
 なんて不安な響きだと素っ頓狂な声をなのははあげたが、フェイトが素直に従ったため自分も従った。
 二人が加わったことで恐る恐る防御魔法を解いたあかねは、今にも自分達を喰らい尽くしそうな紫色の雷を見上げた。
 腕を奪われた左肩が痛みを訴え、相手にも同じ思いをさせろと言っているようにも思えた。
 だがそれでは駄目なのだと、あかねは右手を上げて太陽を掴むような仕草を見せた。
「セイブル、マジカル」
 太陽光に似た色の魔方陣が、防御膜の向こう側に浮かび上がる。
 半径五メートルはある巨大な魔法陣の上に、拳大の大きさの太陽の様な球体が生まれる。
 一つ生まれてはプレシアの魔法の前に消し飛ばされ、それでもまた生まれては消し飛ばされ。
 いたちごっこのように小さな太陽が幾つも生まれては消えていく。
「何をやってるんだい。真面目にやりなよ!」
 アルフが思わず叫んでしまったが、あかねはふざけているわけではなかった。
 その証拠に、相変わらず小さな太陽は生まれては消し飛ばされるが、太陽が生まれる速度が上がりプレシアの雷でも消しとばしきれなくなってきた。
 それに伴い、若干ではあるが防御を担当する四人の負担が減り始めた。
「攻撃は最大の防御。守る為には撃つ事も必要だろうけれど、撃つ事で必ずしも相手を傷つける必要も無い。僕が撃つのは……」
 魔法陣の上に、数え切れないほどの太陽が生まれ、ついにプレシアの魔法を退けた。
「相手の攻撃魔法そのもの。対攻撃魔法用攻撃魔法、サンライトサウザンド!」
 幾千の太陽が一斉に上り始めプレシアの雷を押し返し始めた。
 押し返すと言う表現は少々適切ではないかもしれない。
 サンライトサウザンドはあくまでプレシアの攻撃魔法そのものを攻撃し打ち消しているのだ。
 プレシアの攻撃が止まらない間は何度でも太陽はのぼり、攻撃魔法を打ち消していく。
 自らが打ち消されても、また生まれてはのぼる。
 まさに太陽を象徴する、しかもあかねらしい攻撃魔法であった。
「のぼれ、僕のサンライトサウザンド。プレシアの攻撃魔法を全部飲み込んで消してしまうんだ!」
 突き上げられたあかねの拳にいざなわれ、ついにプレシアの魔力が力尽き紫色の雷は姿を消した。
 それに伴いあかねが生み出した数え切れないほどの太陽も、本物の光の中にとける様に消えていった。
「すごい、私のスターライトブレイカーでも勝てないよね。あの魔法を打ち消しちゃって」
「大魔法を打ち消すには丁度良いんですけれど、中型の攻撃魔法を連発されたら対処仕切れませんよ。例えばなのはのディバインシューターとか。それにサンライトサウザンドには人を撃つ力も防御魔法を貫く力もありませんから。それに燃費もすこぶる悪いようです」
 ぐらりとあかねの体が傾き、慌ててなのはが支えた。
 魔力はともかく体力が回復しきっていない為、コレぐらいは当然の結果だろう。
 当面の危機は去ったと安心した皆の目の前を、忘れそうになっていたジュエルシードが割れた空へと吸い込まれていく。
 フェイトがあっと声を挙げたが、時すでに遅く九つのうち回収できたのはわずか二個であった。

目次