第五話 裸では付き合いきれない心なの?(前編)
 着替えやその他お泊りセットの入った大き目のバッグを床に降ろすと、あかねはそのまま自分のベッドに腰掛けた。
 時計を見上げ少しだけ時間に余裕がある事を確認し、手の平を上にしてゴールデンサンを握り締める。
 その顔は、なのはたちに誘われた温泉旅行を前に心踊らせている顔ではなかった。
 まるでジュエルシードの封印を行う直前のように、引き締められていた。
 瞳を閉じて、心静かに集中する。
「ゴールデンサン、最小出力で光の刃を」
 熱を帯びて光り出した拳には、確かに魔力が集まっているのを感じた。
 だがその魔力を実際に刃の形にしようとする所でゴールデンサンが何時もの音と台詞を奏でる。
「Error. Shein knife is fails」
 魔力が霧散していく様は、無駄に魔力を消費しているのと同義であった。
 やっぱりダメだったかとあかねはそのまま倒れこむようにベッドに背を預けた。
 頭の後ろで両手を組んで枕にしながら、天井を見上げる。
「欠陥魔導師か。なのははちゃんと防御魔法が使えるようになって、僕だけですから。それなりに気にもしますよ」
「Useless mage, Brother.」
「言葉はわかりませんが、確実に褒めては居ませんよね?」
「Of course. Uselessness is useless」
 なのはのレイジングハートと違って、持ち主に優しくないデバイスだと思うあかねであった。
 それは今は置いておいてと、あかねは攻撃魔法を失敗した手を見つめる。
 何故今になって確認するように攻撃魔法を試したのかと言うと、先日自分達のこれから敵対していくであろう少女と出会ったからだ。
 自分かなのはどちらか一人ではおそらく敵わない、砲撃と近接の攻撃魔法を使いこなす黒衣の少女。
 自分が防御を担当し、なのはが攻撃を担当する限り、その少女を止める為に攻撃しなければならないのはなのはである。
 それだけはならないと、あかねはゴールデンサンを握り締めた。
「撃たせちゃいけないんです。非殺傷設定だからなんて言い訳にもならない。だから僕がやらなきゃいけない、なのに……」
 攻撃魔法が扱えない自分をこれほどもどかしく思った事はなかった。
 いざとなれば直接殴る蹴ると言う選択肢もなくはないが、それができたら最初から使えない攻撃魔法に縋ったりしない。
 苦悩を示すようにあかねの眉間にシワがより始めた所で、ユーノからの念話が聞こえた。
『あかね、もうすぐあかねの家の前に着くよ』
『そうですか。なのはの様子はどうですか?』
『今のところは特に、ただ少し元気がないかな。気にしてるみたい。ジュエルシードが奪われた事や、奪っていったあの子の事を』
 気にしない方がおかしいよなと思いつつ、あかねは用意しておいたバッグを手に取った。
 玄関へといき靴を履いていると、母がもうそろそろかなと顔を出してきた。
 今日は休日であるのに、仕事前のように化粧をしてきちんとした格好をする事から挨拶でもする気なのだろう。
「あかね、言うまでもないと思うけれど、迷惑をかけちゃ駄目よ。ただでさえ、なのはちゃんの家にはたびたび迷惑をかけているんだから」
「人を問題児のように言わないでください。迷惑をかけたのは一度きりです」
「女の子を夜遅くに呼び出して、一度きりって言い切れちゃう所が駄目なのよ」
 この人は自分の息子を信じていないのだろうかといぶかしんでいる所へ、クラクションの音が鳴り響いた。
 さあ行こうかとするあかねを押しのけるように、母が外へと飛び出していった。
 後からゆっくり玄関を出て行くと、母が運転席から顔を出している士郎と桃子にぺこぺこと頭を下げていた。
 そんな母の後ろを通り過ぎざまに二人に会釈をし、あかねはスライド式のドアから乗り込んだ。
「おはようございます」
 レンタルしたと言う小型バスは十数人乗りで、最後尾にいつもの三人なのは、アリサ、すずかがいた。
 他には恭也とその恋人である忍、ノエルとファリン、そしてユーノを喋り相手にちょっぴり寂しそうな美由紀であった。
 全員から挨拶のお返しをされたあかねは、開いている席をぐるりと見渡してから美由紀の隣に座った。
「あれ、なのはたちの所じゃなくていいの?」
「はい、話し相手は平等に居るべきだと思います」
「そんなに寂しそうにしてた?」
「それもありますが、他に理由は二つあります」
 あかねがまず指差したのは、あかねを見てニンマリと笑っているアリサであった。
 あかねの事をからかいたくてしょうがないと言ったいつもの笑顔である。
 そして次に指差したのは恋人だから当然のように隣に座りあい、手を重ねあっている恭也と忍であった。
 順に指を挿したあかねは、未だ慣れないなと少し赤くなっていた。
「気持ちはわからなくもないけど、あかね君ってそう言う話平気じゃなかったっけ?」
「自分をネタにされても全く想像できませんから。でもああいう具体例が目の前にあると駄目みたいです」
「ふ〜ん、ちょっと可愛いかな。アリサちゃんがからかおうとするのわかるわ」
 美由紀に頭をぐりぐり撫でられていると、あかねの母と話していた士郎が振り返り言った。
「それじゃあ、そろそろ行くぞ。運転中は勝手に席を立っちゃだめだぞ」
「よろしくお願いします。士郎さん、桃子さん。あ、そうそう。あかね、もう良い歳なんだから、女湯に入っちゃだめだからね。何時もみたいに母さんだけじゃないんだから」
「普段から一緒に入ってませんよ。何を言い出しているんですか!」
「行ってらっしゃーい」
 さらりと爆弾を落とした母を置いてバスは走り出してしまった。
 文句を言おうにもにこやかに笑う母の姿はドンドン小さくなっていってしまう。
 窓から身を乗り出そうにも、当然のごとく美由紀に止められ小さくなった母が最後にスキップする姿を見るのがやっとであった。
 恥ずかしさに俯くあかねの背中を美由紀が慰めがてらぽんぽんと叩いてくれたが、そこかしこからする忍び笑いや後方からのアリサの大爆笑が耳に痛いあかねであった。





 高町家主催の旅行の行き先は、鳴海市の山間部にある温泉旅館であった。
 旅館の周りには青々とした木々が茂り、清流の湧き水を利用した池には大きな鯉が何匹も泳いでいた。
 バスを降りて直ぐにアリサとすずかは池へと駆け寄り、他の大人たちは荷物を持ってチェックインを、なのはは一人木々を見上げて背伸びをしていた。
 その表情はどこか晴々としており、一時とは言えジュエルシードやあの子の事を忘れられているようであった。
『あかねのおかげかな。あの笑い話のおかげで、なのはの気持ちも随分軽くなったようだよ』
『笑われたかいがありましたっとでも言うと思いますか? 直ぐに、即座に忘れてください。絶対に母さんへお土産は買って帰りません』
『まあ、ご愁傷さまというか、ご自由にというか』
 美由紀から預かったユーノを肩に乗せたあかねは、拳を握り締めながら爆弾を落としてくれた母への恨みを募らせていた。
 心で笑いながら先ほどの美由紀のように、ぽんぽんと肩を叩くユーノであったが、この後に訪れる苦難を彼は知らない。
 知っていたならば必死になってあかねを慰めて恩を売っておいた事だろう。
 そのうちにチェックインが終わらせた士郎が皆を呼びにきて、部屋へと荷物を運んでから自由行動ということになった。
「ちなみに僕と桃子さんはお風呂の前に散歩をしてくる予定だ。その後でゆっくり温泉に入るよ」
 一番最初に士郎が予定を言うと、もうっと桃子が照れながら肘のさきで士郎の事を突っついたいた。
 余り外では見られない光景に、あんたらは新婚さんかといった視線が幾つも飛んでいた。
「まったく、今日はあかね君や他の子たちもいるんだから、そう言う事は二人っきりの時にしてよね。私は温泉かな」
「恭也、私も温泉に入りたいから、また後で」
「そうか。なら俺たちも最初に温泉に入っておくか。あかね君」
 美由紀に続いて忍が温泉に入ると言うと、恭也があかねをさそってくれた。
 基本的に温泉旅館の中ですることといえば散歩か、温泉に入るぐらいしかない。
 まだお土産を見るには早いし、必ず完備されているゲームコーナーでは興がそがれるし、卓球は温泉の後と決まっている。
「お供します、恭也さん。ユーノさんも一緒に入りますか?」
「キュ……キュウ?!」
 フェレット語でもちろんと答えようとしたユーノを、あかねの肩からさらって行く手があった。
「アンタはこっち。私たちが綺麗に洗ってあげるから」
「キュー! キュー!」
 ユーノをさらっていったのはアリサであり、暴れるユーノを逃がさないようにしっかり抱きしめていた。
 なのはもすずかも一緒にはいりたそうにユーノをつっついていた。
 アリサやすずかは良いとして、なのはからでさえユーノはペット扱いであった。
『あかね、助けて。このままじゃ連れていかれちゃうよ!』
『今僕が口を出すと、確実に先ほどの話が蒸し返されるので嫌です』
『う、裏切りもの〜!』
 念話の癖にドップラー効果を残しながら、ユーノはなのはたちの手によって連れて行かれてしまった。
 まだ話の途中で最後にノエルとファリンからも入浴の予定を聞いて行動開始となった。
 数少ない男同士と言う事で、あかねは恭也と一緒に男湯へと向かう。
 でかでかと男湯と書かれた暖簾を潜り、脱衣所へと入っていく。
 天井が微かに繋がっているのか、単に壁が薄いだけなのかなのはたちの大騒ぎする声がまる聞こえであった。
 かごの入ったロッカーの前で服を脱ぎ出した恭也と二人で、声が聞こえてくる壁を眺める。
「まったく、他のお客がいるかもしれないのに騒ぎすぎだな」
「そうですね。誰も止める気配がないですし」
『ヴッ、ホーッ!!』
『ユーノさん、五月蝿いですよ』
『男湯へ、僕も男湯へ〜……』
 悶え苦しんでいるような声が鬱陶しくなり、あかねは無常にもユーノの念話を頭からシャットダウンしてしまう。
 何か忘れているようだがこれで落ち着けると一安心して服に手をかけると、上半身裸となった恭也が目に入った。
 思わず動きを止めて見入ってしまった。
 物腰が静かで穏やかな外面からは決して想像できない、鍛え抜かれた体躯がそこにあった。
 成長期すら訪れていないあかねとは比べ物にならない、それでも普通に生活するだけでは決して出来ない体だと解った。
 あかねに見られていたことに気付いた恭也がふっと笑っていた。
「これか、結構鍛えてあるだろ?」
「びっくりしました。服の上からじゃ全然わからなくて、何か運動をされているんですか?」
「少しばかり剣術をかじっているだけさ。あまり詳しくは言えないが、聞きたいと言うなら可能な限り温泉に浸かりながら話してあげるよ。じゃあ、お先」
 剣術と聞いて、あかねは乱暴に衣服を脱ぎ捨てて恭也の後を追っていった。
 剣術そのものが気になったのではなく、それを習っている恭也に聞いてみたい事があったのだ。
 余りに急ぎすぎてすぐに湯船に飛び込もうとした事を恭也に怒られ、ちゃんと体と頭を洗ってから恭也が浸かる温泉へと足をいれる。
 あかねの慌てぶりに苦笑を漏らした恭也が言った。
「そんなに聞きたかったのか。普段なのはたちと良く遊んでいると聞いたが、やっぱり男の子だな」
「ちゃんと約束したのは今回が初めてですよ。何も知らされないまま連れて行かれることが多かったですから」
「君も苦労しているんだな。それで俺に聞きたいのはどんな話だ?」
 ゆっくりと体を深くお湯につからせていった恭也が尋ねてきた。
 すぐにこうこうこれがと聞けるほど質問を考えていたわけではないので、一度あかねは頭の中で整理する事にした。
 浮かんできたのは先日出会った、自分達と同じく魔法を使う少女であった。
 それほど多くの言葉を交わしたわけではないが、彼女も自分達もジュエルシードに関して退けないものがある。
 彼女を止める為には、ぶつからなければ、攻撃しなければならないのか。
「相手にも退けない事情があって自分もどうしても退けない事情がある状況で、剣を振るった事ってありますか?」
「またやけに難しい事を聞くんだな。てっきりどうすれば強くなれるかとか、そう言う話だったら鍛錬をすればと答えたんだが。答えとしてはあると言えばあるし、ないと言えばない。かな」
「えっと、なぞなぞですか?」
「いや、退けないと思って剣は振るったが、それが本当に退けない理由だったのか。もしかしたら話し合いで解決できたかもしれない。要は絶対に退けない状況ってのはそうそうないものなんだ」
 確かに、どうしても退けない状況だなんてそうそうあるものではないだろう。
 あの子とはなのはも自分もほとんど言葉をかわしていない。
 ただ澄んだ瞳と躊躇のない行動から向こうに引けない理由があると感じていただけだ。
「それに剣が使えるからといって相手を止めるのに必ずしも斬りつける必要はない。剣を扱えるという事を示して、いかに斬り合うかが互いに損かを知らしめるのも良い。相手より実力があるのであれば全ての攻撃を防げば良い。剣が使えるからって、すぐにそれを振るうのは本来いけないことなんだ」
「剣が使えるからと言って、必ずしも斬り付ける必要はない。そうか、全部防げばよかったんですね」
 恭也の言葉に、あかねは光明を得た気がした。
 攻撃魔法を使えない事を知らずコンプレックスとでもしていたのか、あの子を止める為に攻撃魔法が必要だと思ってしまっていた。
 だが何もこちらから相手を攻撃する必要はなんらなかったのだ。
 あの子の攻撃を全て受け止め、疲れたところで言葉をかわす。
 だがふと、自分がとても危ないことを考えているのではと、あかねは気付いた。
 恭也が前置きしたとおり、それは相手よりも自分の実力が上の場合だ。
 あの少女との短い戦闘を思い出してみても、自分やなのはといったにわか魔導師とは明らかに違っていた。
「お、おい。あかね君、大丈夫か? まだそんな時間は経っていないのに、湯だってきてるぞ」
「す、すみません。お先にあがらせていただきまふ。あろがとうございました」
 考えているうちに必要以上に温まった頭がぐらぐらと揺れ出していた。
 恭也はまだまだ余裕そうだが、これが子供と大人の差なのであろう。
 単にあかねが考えすぎていただけかもしれないが、頭を揺らしながら温泉から上がっていった。





 旅館の中庭にある日本庭園を、縁側に腰掛けながらぼんやりとあかねは眺めていた。
 古き良き日本を眺めて悦に入るような趣味はなかったが、風通しが良く火照った体に丁度良かったのだ。
 太陽の日差しも十分で湯冷めという心配もない。
 そんなあかねの肩の上では女湯から逃げ出してきたユーノがへばっていた。
『酷い目にあった。酷いよあかね、見捨てるなんて。せめて話し相手になってくれれば、気を紛らわせることぐらい出来たのに』
『恭也さんと喋りながらユーノさんと喋るなんて芸当できませんよ』
 かつてユーノにはその芸当をさせておきながら、あかねはきっぱりと言い放った。
 瞳を閉じて浴衣と肌の間をすり抜ける風を感じ、ほっと息をつく。
 危険な手だとは思いながらもあの女の子に対する対応が決定した事はあかねの心を限りなく軽くしていた。
 ちゃんとなのはとユーノにも説明せねばならないが、それはこの旅行が終わってからしようと思っていた。
 そのなのはから見計らったかのように念話が届く。
『あかね君、そろそろ私たちあがるけど、一緒に旅館の中を探検しない?』
『良いですよ。中庭の見える縁側でユーノさんと休んでますから、偶然を装って歩いてきてください』
『あ、ユーノ君いつの間にかそっちに言ってたんだ。じゃあ、迎えに行くからまた後でね』
 遊ぶ約束をしてさあ立ち上がろうとしたあかねへと聞き覚えのない陽気な声が掛けられた。
「はあい、おちびちゃん。違ってたらごめんね!」
「Round shield」
 声に振り向こうとしたあかねが見たのは、目の前に迫る女性の拳であった。
 まったく気の抜けていたあかねにかわりゴールデンサンが防御魔法を唱えていた。
 ほとばしる光の向こうで、女性が舌打ちするのが聞こえた。
「優しいあの子の代わりに一発殴っておいてやろうと思ったのに。失敗、失敗」
 赤毛の女性はたった今殴りかかってきた事が嘘のように、拳をぷらぷら振りながら笑っていた。
 浴衣を着ているので宿泊客に見えないこともないが、普通の宿泊客はいたいけな小学生にいきなり殴りかかりはしない。
 しかもあかねの防御魔法の上から殴りつけて、痛そうに拳をぷらぷら振る程度ではすまないはずだ。
 ようやく目の前の女性が敵だとわかったあかねは慌てて距離をとった。
「そんなに慌てなくても良いよ。おイタが過ぎないうちはやりあわないつもりだからさ」
 その言葉が本当なのか、余りに無防備な動作であかねは上から下までじろじろと眺められる。
 小声でユーノが気をつけてと忠告してくれたが、目の前の女性は疑問符を頭に浮かべて小首をかしげていた。
「キンキラキンのバリアジャケットを着てるって聞いた時はどんな馬鹿かと思ったけど、いたって普通のガキんちょだね」
「いきなり殴りかかるわ、気に入ってる人の衣装を馬鹿にするわ。喧嘩売ってますか?」
「やっぱり気に入ってたんだ。あれは僕もちょっと……」
「ユーノさん、どちらの味方ですか?」
 あの衣装に不満をもたれていたとは思わず、あかねは肩で顔を背けていたユーノを睨む。
 それからもう一度女性へと振り向くとそこに姿はなかった。
 ハッ気がつくと、自分の真横を通り過ぎようとしていた女性が自分の頭の上に手を置いて二、三度叩いていた。
「その程度じゃ、あの子の敵じゃないから大丈夫だろうけど。あまり首を突っ込みすぎるとガブッといくよ」
 そのまま通り過ぎようとした女性は、向かいからやってくる三人の人影に気づいた。
「あ、あかねだ。そんな所でなにしてんのよ。ユーノも一緒に」
「あかね君は、卓球かお土産選びかどっちが良い?」
 アリサとすずかの言葉にタイミングが悪すぎると、顔をゆがめると気付かれた。
 むふっと笑った女性が、通り過ぎずにその場で足を止める。
 その顔は自分をからかう時のアリサの顔と酷似していたが、性質はこちらの方が悪そうであった。
 しゃがみ込んだ女性があかねの腕をぐいっと引っ張り、よろめいたあかねへその顔を近づけた。
「あーッ!」
「それじゃあねん」
 アリサの悲鳴が示すとおり、少しばかり距離の離れた所からは女性があかねにキスしたように見えたことだろう。
 だがその本当の所は、ズキズキと痛むあかねの額が答えを示していた。
『すごい音がしたけれど、大丈夫?』
「痛いですよ。不意打ちで、距離も近かったからゴールデンサンも」
 もともとアリサとすずかが見ている前では魔法は使えないのだが、涙目のあかねはそのことに気付いていなかった。
 だが女性の仕打ちの真の効果はここからであった。
 ようやく痛みが薄れ始めたあかねが顔を上げると、目の前でなのはが両手を差し出していた。
 危険を察してかユーノが大人しくなのはの差し出された手を伝って逃げていってしまう。
「あ、ユーノさん。なんだか皆さん顔が怖いのですが……」
「可愛い女の子が三人もあかねを探してるのに、当の本人は知らないお姉さんと遊んでる。良いご身分じゃない」
「私は、でもああいうのは良くないって思うから」
「ちゃんと迎えに行くよって言ったのに……」
 三種三様の感情に挟まれたあかねは、こんなことなら最初に殴られておけばよかったと激しく後悔していた。

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