アパートの隣には、現在空き家となっている建物があった。 元々は二人の研究者が使用していた研究所であり、今もその遺産が所狭しと並べられている。 だが何時までもそのままではと皆で使えるもの、使えないものを選別して片付けようと言う事になった。 今現在その建物にいるのはスレインとモニカの二人だけである。 「皆はおいおい来ると思うけれど、どうしましょうか?」 「とりあえず細かいものだけでも集めておきましょう。大きなものを運ぶ時に躓いて転ぶかも知れないわ」 話がまとまると二人は、手分けして床に散らばる物体を集め始めた。 何かの魔法装置らしきものから、ガラクタにしか見えないものまで多種多様な物が散らばっている。 だがその扱いはぞんざいなもので、モニカなどは箒で無造作に集めている。 高価なものならば部屋主であった二人がそのままにしていくはずもないからである。 もはや片付けと言うよりも大雑把な掃除と言う感じであるが、この調子であれば皆が来る前には一通り床だけは綺麗になりそうであった。 そんな折、二人の視界の隅にキラリと光る輝きが目に映った。 それは部屋の片隅に置かれているトランスゲートからのものであり、今まさに誰かが転送されて来ようとしていた。 「モニカさん、ゲートのキーは持ってますよね?」 「ええ、しっかりと。悪霊退治で主に使うのは私だし。他にも誰かキーを持っている人がいたのかしら」 用心と言うわけではないが、自然と二人は互いが直ぐにでサポートし合えるように近寄っていた。 その間にもゲートの光は強くなっていくが、その時間が余りにも長すぎる。 本来ならばパッと光って直ぐ終わりのはずである。 「なんだか妙ですね?」 スレインが疑問の声を挟んで直ぐに、それは訪れた。 集束した光にゲートの中だけでは収まりきらず、限界を越えて爆発を起こしたのだ。 見知らぬ人が出てくるならまだしも、爆発するなどとは思えず咄嗟にスレインはモニカを庇うので精一杯であった。 床に投げ出され体を強かに打ちつけ、目に涙が溜まる。 「スレイン!」 自分を庇ってくれた恋人のつらそうな顔に、モニカは直ぐに爆発を起こしたトランスゲートをにらみつけた。 「ぶわっ、なんだこの煙は。火事か、ならば。こんな事もあろうかと、ワシが密かに開発しておいたこの何でも鎮火させる絶対鎮火君で!」 だが爆煙の向こうから聞こえてきた声に、怒りは霧散してしまった。 と言うよりも、この人が多少の失敗をしても何故だか納得してしまう。 晴れだした煙の向こうに現れたのは、大きなバッグを背負ったビクトルであったからだ。 「ビクトル……」 「むっ、その声は……まあ、すでに拠点を移したとはいえ、元ワシの研究室でそう言う事は感心せんな。まったく、最近の若いもんは」 こちらに気付いたビクトルがブツブツ言い出したのを見て、モニカは今自分が人からどういう風に見えるかを自覚した。 事情がどうあれ、スレインに強く抱きしめられるようにして床に押し倒されているのだ。 スレインもスレインで痛みからギュッと目を閉じており、一大決心をしてという風に見えないこともない。 カっと顔が熱くなりモニカはスレインを突き飛ばしてしまうが、さらに後悔させられる事となった。 ここはガラクタが多いビクトルの元研究室。 床の上で突き飛ばされれば、何かに頭をぶつける事になるのは明白である。 「痛ッ?!」 後頭部をガラクタにぶつけ、打ち震えるのではなくスレインは悶え始めた。 心配するべきか、謝るべきか珍しくオロオロとモニカが狼狽していると今度は研究室の玄関が開かれた。 「うぉ、なんやこの煙は。まさか先にきとるはずのリーダーとチビッ子の愛が燃えあガッ!」 さらに状況を混乱させそうなヒューイの台詞を遮るべく、とりあえずモニカはその辺のガラクタを投げつけていた。 スレインと同じように寝転がって悶え始めたヒューイを踏み越えて、アネット、グレイ、弥生が顔を覗かせた。 「うわ、なにこれ。なんでビクトルさんがいるのよ」 「掃除する前からやる気が失せる惨状だな」 「皆さん見事に足元のヒューイさんは眼中にありませんね」 一目で状況をわかれという方が無理な相談であり、皆の視線は一番状況がわかっていそうなモニカに集中していた。 それを知って知らずか、モニカは何よりも先に頭に上った熱を冷まそうとしていた。 一先ず、モニカが冷静になってから皆で円陣を組むようにして座った。 こちら側の説明としては掃除をしようと皆で集まったと言う事以上に言うべき事はなく、結局は突然現れたビクトルの話を聞くという形になった。 「実は今ワシはローランド王国を立て直そうというプロジェクトに関わっておる。もっとも国王もいない今では、ここと同じ連邦制の国ができるであろうがな」 「それで何故いきなりトランスゲートを爆発なんかさせたんですか?」 「いやあ、すまんすまん。アレは一から自分の技術のみで作り上げたトランスゲートを使ってな。どうやら接続に難ありというところだったんじゃろう」 そう言って豪快に笑うビクトルを見て、文句を言おうとしたモニカをスレインが止めた。 今さらビクトルの発明の失敗で文句をつけても無駄だと解っているからだ。 平常時のモニカなら理解しているはずなのだが、まだ頭に上った血が降りきっていないらしい。 「それで爺さん、一体何をしに戻ってきたんや。用もなしに、懐かしいからって戻ってくる爺さんでもないやろ」 「うむ、その通り。実はな、スレインとモニカに用があって戻ってきたんじゃ」 ヒューイの言葉を肯定したビクトルは、まず前置きを話し始めた。 「先ほどもいたがワシはローランド王国を立て直すプロジェクトに関わっておる。じゃが国を立て直すために一番必要な物資は何じゃ?」 「それは食料じゃないの? 何をするにもコレが一番、元々以前の戦争だってコレが殆ど原因だったし」 あまり思い出したくないという顔でアネットが言うと、正解だとでもいいたげにビクトルはうなづいていた。 「じゃが立ち上がったばかりのプロジェクトチームにあまり金はなく、今後の事も考えて自己生産が一番だと言う答えになった。そこでワシの出番じゃ。人手が食費が掛からず、しかも荒廃した大地を耕す労働力」 「どこの夢物語だよ。奴隷制でもつくろうってのか」 「甘いわ若造。このビクトルに不可能はない。食料の掛からない労働力とは、ある程度の思考能力を持った自動人形、言わばゴーレムじゃ。そしてその試作品の一つがこれじゃ!」 グレイの言葉に活を入れてから、ビクトルは持ってきていた鞄からあるものを取り出した。 それは鉄の棒を骨に見立てて繋ぎ合わせた、辛うじて人を模した事がわかる人形であった。 ただしあまり大きくはなく、精々がモニカに届くかどうかという身長である。 「あの、あまりこういったものに詳しくはないので口を挟むのはどうかと思うのですが……」 弥生が遠慮がちに言葉を濁すのもわかるとおり、とても全自動で田畑を耕してくれる便利な道具には見えなかった。 どう見ても、子供が人を驚かせようといたずらでくみ上げた鉄棒にしか見えない。 「まあ、姿形には拘らなかったからな。それはともかく、スレインとモニカに頼みたいのはこの自動人形についてなんじゃ」 「頼みたいと言われても、モニカさんはともかく、僕にビクトルさんのお手伝いが出来るとは思えませんが」 「私も機械のメンテは出来ても、一から作り上げるのは苦手よ。専門の勉強をしたわけじゃないから」 「なにもこれそのものを作るのを手伝えと言うわけではないわ。本当に手伝って欲しいのはこれじゃ」 そう言ってビクトルは自動人形を動かす為のボタンを押した。 すると膝を抱えるようにして座っていた自動人形が、ギリギリと鉄同士がこすれる嫌な音を立てながら動き始めた。 その動作はとても機敏とはいえなかったが、きちんと立ち上がり辺りを見渡し始めた。 この時点で奇妙さに気付いたのは、闇の精霊使いであるモニカであった。 自動人形ではなく、その背後にとある人間の姿が見えたからだ。 「ふむ、やはり最初に気付いたのはモニカか」 やがて辺りを見渡していた自動人形は、見当たりもしない口から声を挙げた。 「ああ、見える。動ける。ここは何処ですか、ローランド王国ですか?」 放たれた滑らかな声は、女性の声であった。 これも自動人形に込められた機能なのかと皆の視線がビクトルに集中するが、ビクトルは静かに首を横に振っていた。 次に皆が視線を集めたのはモニカであり、モニカは信じられないとでもいいたげに呟いていた。 「女の人の魂が宿ってる」 「ビクトルさんの言う通り、貴方には私の事がわかるのですね?」 自動人形の冷たい手に手を握られ、少しばかりモニカの顔はひくついていた。 霊魂が乗り移っていると知っていても、無機物が人のように喋り、動く様はどこかおぞましさを感じさせたのだ。 誰もがビクトルはこの自動人形に乗り移った霊魂を何とかして欲しいものだと気がついた。 全く持ってその通りなのだが、実際には少しだけずれ込んだ頼みごとであった。
|