第五話 お笑い達人の観察
 その行動には一見、何の意味もみられなかった。
 ドアが立ち並ぶアパートの前で、ヒューイはビーチパラソルを開き、ビーチチェアの上で寝そべっていた。
 最後の良識か、服装だけは何時もの服装であったが、何をしているかは不明であった。
 手首まで隠れるような服装では体を焼くのは無理であるし、日差しは真夏ほど厳しいわけでもない。
「ほえ〜、ヒューイさんなにしてるんですか?」
「ラミィはん、今のワイはヒューイやない。師匠や」
 何を言われたのか疑問符を浮かべたラミィであったが、ハッとある事に気付いた。
「な、なんでやねん!」
 以前教わった突っ込みを発動させるも、まだそれは早い段階であった。
 むくりと起き上がったヒューイの微妙な顔を見て、あれっと再びラミィが首を傾げる。
「ラミィはん、確かに人がボケたら突っ込めと言ったけどな、ものには順序っちゅーもんがあるんや」
「はい、ですぅ」
「ボケの内容もわからずすぐに突っ込むのは素人の証。玄人はそこから一歩踏み込んで、ボケを広げてやるんや。そこで目一杯広げてから突っ込み。ボケを生かさなあかん」
「なるほど、わかりました。師匠」
 何処まで真面目なのかわかりかねるやり取りであったが、ラミィと同じように部屋から出てきたモニカがすぱっと切り捨てた。
「ダメよ、ラミィ。変なのとかかわっちゃ。笑われるのと、笑わせるのは違うのよ」
「きっつ、きっついでチビッ子。あ〜あ、スレインはんやったらもうちょい広い心で対応してくれはりますのに」
「そうですよ、モニカさん。ヒューイさんだって一生懸命なんです。面白くなくても笑ってあげなきゃいけません」
「ラミィはん、それフォローになってへんから……」
 ラミィの援護射撃は、被援護対象であるはずのヒューイの胸に大きな風穴を開けていた。
 うな垂れてしまったヒューイをまえにラミィがオロオロとするも、モニカは余り気にせずというよりも、関わらないようにしてスレインの部屋のドアを叩いていた。
 一分も経たないうちに出てきたスレインは、戦時中のときと同じように指にリングウェポンをはめ込んでいた。
「もう、行きますかモニカさん」
「時間指定があるわけじゃないけれど、遅くなるまでには戻ってきたいから」
「なんやなんや、良く見ればチビッ子もリングウェポンしてるし。もしかして、また闇の総本山からの仕事の依頼かいな」
 誘ってくれないとは水臭いと立ち上がりながらヒューイが言うと、スレインが肯定してくれた。
「ただ今回は少し危ない目に会いそうなので念のため武装してるだけです。例によって場所が戦場ですから」
「ほなワイも一緒に行ってやりましょか。リーダーとの二人っきりやのうて、不満かも知れへんけど」
「別に、強い人は多い方が良いわ。性格はともかくとして」
「いちいちチビッ子の言葉には毒があるな。お礼の一つぐらい言ってもバチは当たらんで」
 ぐりぐりとモニカの頭を撫で付けると、ヒューイが元気良く先を歩き出した。
 スレインの前で馴れ馴れしくも髪に触れ、折角のセットを台無しにされさすがにモニカはむっとしていた。
 そこはスレインが手櫛で髪を梳かしながら撫で付けると、少しだけ機嫌を直してくれた。
「おーい、トランスゲートから別の街にいったん行くんでっしゃろ。はよ、しーやー」
 だが結局はヒューイの余計な一言で、モニカの機嫌は急降下してしまう事になった。





 トランスゲートを使い、別の街へと飛んでから目的の戦場へと訪れたまでは良かった。
 ただそこからはモニカやスレインが懸念したとおり、悪霊となった霊魂との戦闘へと移行してしまった。
 戦場で息絶えた元兵士は魔法戦士であったのか、スレインと剣を交える間にも器用に魔法を使用してきた。
 コレが普通の人間であったら詠唱の間にスレインが斬り込めるのだが、相手は霊魂であり、その体はある程度自由に変化していく。
 今はもう人の姿はほとんどとっておらず、半分泥のように崩れていた。
「二人とも気をつけて、魔法がくるよ!」
「そういうわけや、チビッ子はいったんさがっとり」
 いくら喧嘩寸前であったとしても、モニカは素直にヒューイの言葉に従い自分は下がった。
 直後に悪霊が放ったのは炎の魔法であり、懐にいたスレインの頭上を越えて後方に居たモニカとヒューイへと迫る。
 ヒューイが素早く詠唱を開始すると、相手の魔法が放たれてから届くまでの間に詠唱を終わらせてしまう。
「残念やったな、ウィンドカッターや!」
 炎のつぶてと風の刃がぶつかり合うと、一端炎が大きくなるも動きを停滞させそのまま消えていく。
 一瞬にして魔法が相殺されたことに悪霊が動きを止め、スレインが斬り込んで行く。
 だが悪霊が我に返り、剣だか腕だか判別できなくなったそれを打ち下ろす方が早かった。
 剣を振るよりも避けることを選んだスレインが横っ飛びで、攻撃をかわす。
「スレイン!」
 あの程度の相手にやれれはしないとわかっていても、心配する声がモニカの口から放たれていた。
 すぐに立ち上がったスレインが振り返らず腕をあげていた。
 胸に手を当ててモニカがほっとしていると、その肩をヒューイが叩いた。
「チビッ子、リーダーが心配やったら心配するより先に援護したり。はっきり言って、リーダーもチビッ子もあの頃からなまっとるで。まあ、平和な証拠やから文句も言えんけど」
「今後気をつけるわ。スレインを守る為なら、前以上にも私は強くなる」
「ならワイの作戦に乗ってや。チビッ子がナイフで奴の足を止めると同時に注意を下に向ける」
「そこで貴方がスレインを相手の頭上にテレポートで飛ばす、でしょ?」
 さすがに長い間一緒に激戦を潜り抜けてきただけあって、作戦を伝え合うまでもなかった。
 恐らくそれはスレインも同じであることだろう。
 ヒューイをしてもやや長くなるであろう詠唱を始めると、モニカはウェポンリングから創り出したナイフを悪霊の足元へと投げつけた。
 そしてスレインも直ぐに意図を察したらしく、体勢を低くして悪霊に斬りつけ始めた。
「こっちは準備オッケーや、リーダー!」
 ヒューイの合図を受けて、まずモニカが両手の指の隙間の数だけ計八つのナイフを造り出し投擲した。
 それぞれのナイフが悪霊の足を地面に縫い付けるように突き刺さり、苦悶の悲鳴を空へと向かい放たれた。
「風の精霊よ、頼むで。テレポートや」
 風の精霊使いの秘中の空間移動の魔法がヒューイの手によって発動された。
 スレインの体の回りを風の精霊が取り巻き、風になったように消えた。
 その姿が次に現れたのは、大口を開けて空へと咆哮を上げている悪霊の頭上である。
 スレインはバスタードソードを振り上げ、渾身の力を持って振り下ろした。
 深く突き刺さったバスタードソードが、スレインの体重を加味しながら悪霊の体を裂いていった。
 するとぼろぼろと乾いた泥がはがれるように悪霊だった部分が剥がれ落ち、中から等身大の人間が現れはじめた。
 そこに先ほどまでの禍々しさはなく、やがて笑顔と共にその姿が見えなくなっていく。
「スレイン、後は任せて。説得は私の仕事だから」
「ラミィちゃんも説得頑張りますぅ」
 入れ替わるようにスレインの元へとモニカとラミィが駆け寄り、今はもう見えなくなった霊魂へと説得を始めた。
 悪霊でなくなった今、スレインに出来る事はなくバスタードソードを消して下がっていく。
「おつかれさん、リーダー。所で気になったんやけど、やっぱただの霊魂の状態じゃ見えへんのかいな? ワイも闇の精霊使いやないから、今は見えへんけど」
「うん、まったく。でもいいんだ、逆に言えば見えない時にはモニカさんに危険がないってわかるから」
「リーダーは良くても、こっちにも事情ってもんが……」
「事情?」
「いや、なんでもあらへん。こっちのことや!」
 独り言を聞かれたぐらいで急に態度を変えたヒューイが、止める暇もなく提案してきた。
「チビッ子の説得が終わったら、なんか美味いもんでも食べにいこうや。リーダーも腹減りましたやろ?」
「まあ、それなりに。モニカさんも減ってるかな?」
 とりあえずモニカの名前を出せば意識をそちらに向けられるようで、二人に背を向けながら一人ヒューイはホッと胸をなでおろしていた。





 モニカの説得が無事に終わり、一度スレインたちはアパートへと戻った。
 仮にも戦闘を行った後なので、着替えてから食事にしようという事になったのだ。
 だからと言って後方支援だったヒューイは大して汚れてもいなければ、モニカのように入念なおめかしが必要なわけでもない。
 なのに二人と同じように部屋に戻ったヒューイを待っていたのは、弥生であった。
「出かけるのでしたら、私にも声を掛けてくださればよかったのに」
「すんまへんな、弥生はん。状況からわざわざ弥生はんを探して連れて行くのも不自然やったから。かんにんな」
 弥生が自分の部屋で待っていたことも疑問に思わず、あっさりと言葉をヒューイは返していた。
「確かに怪しまれて、警戒されたくもありませんわね。任務とは言え、お仲間だったスレインさんたちを騙し続けるのも気が重いですわ。それで、今回はどうでしたか?」
「リーダーは相変わらず。霊魂がちらりとでも見える気配はなさそうや。やっぱり、完全に精霊使いとしての力を失くしてもうたみたいや。わかってたことやけどな」
「そうですか、ではそのことを各精霊の総本山に」
「今から連絡する所や」
 ヒューイが目を閉じると、一人の風の妖精が近づいてきた。
 その妖精にヒューイが用件を伝えると、風の精霊は瞬く間に姿を消していた。
 妖精の中で一番足が速いことだけはある。
「さて、今日の仕事はほとんど仕舞いや。これからリーダーたちと飯食うけど、弥生はんもくるか?」
「そうですね。私のお仕事も終わってしまいましたので、お供させていただきます」
「もしかして、呼びにいかなんだの怒ってはる?」
「いいえ、そんな事はありませんわ」
 にっこりと微笑まれてしまったが、本当にそうなのか首をかしげながらヒューイは弥生と共に部屋を後にした。

目次