アパートより歩いて数分も掛からない場所にあるいつものレストランで、食事も頼まず頭を抱えたままテーブルにうつぶせになっている者がいた。 顔すらもテーブルへくっつけるように伏せており、うんうんと何かを悩んでいるのはグレイであった。 元暗殺者と言う事もあって、今ではアネットの父から連邦の契約諜報員のようなことをしている。 そう聞くとハードな世界で生きているアウトローにも聞こえるが、レストランで頭を抱えている時点で格好良いもなにもあったものではない。 「まずい、まずい、まずい。結局二、三日考えても何も思い浮かばねえ。どうするんだよ、アネットの誕生日」 グレイを悩ませていたのは、口にした通りアネットの誕生日が近いことであり、その時に渡すプレゼントであった。 幼少期に両親を殺されていこう足先から頭の天辺まで裏稼業に手を染めてきたグレイである。 女性に何かを送ると言った事があるはずもなく、ここ最近はずっと頭を悩ませていた。 「さすがに猛毒を塗りこんだナイフとか、曰く付きの剣は駄目だろう。ましてやブレストプレートなんて送ったら確実に怒りを買って、ボコボコにされちまう」 それぐらいの事はわかっていたが、真っ先にプレゼントとしてそれらが浮かんだ時には死にたくなった。 いくらなんでも染まりすぎだとか、普通の生活に慣れていなさすぎて。 「あ〜、わかんねえ。このままアネットにボコボコにされる前に、誰かに助けてもらうか……」 やっと頭に浮かんだまともな意見に、さて誰に頼もうかとつらつら余り多くもない知り合いを頭に思い浮かべてみる。 「ヒューイはウザイから却下」 見上げた天井でややしつこい笑みを浮かべていたヒューイが、ショックを受けてキラキラと涙を振りまきながら走り去っていった。 想像の上でさえ笑いを追及しようとするヒューイの姿に、グレイはイラッとしていた。 「んじゃ、スレインは……却下。色々と腹立つから」 次に思い浮かんだスレインの人当たりの良い笑顔には、数回拳を叩き込んでおいた。 だいたい好きな女性へのプレゼントの参考を聞くのに、その女性が以前、悲しいかなもしかすると今も好きかもしれない相手の意見は聞けない。 余計にイライラを募らせてしまったグレイは、カツカツとテーブルを指で打ちながら少し方針を転換した。 アネットの父である連邦議長は最初から思い浮かべもせず、男ではなく女性に聞こうと思ったのだ。 誰にするかなと思い浮かべた所で、その相手は二人しか居なかった。 モニカか、弥生である。 男以上に知り合いがいなく、大丈夫か俺と自分が心配になったグレイは誰に聞くか一応決めた。 「弥生に聞くか。意見を聞くにせよ、一緒に来てもらうにせよ。モニカだと色々スレインが五月蝿そうだしな」 結局何も注文しないままにレストランを出たグレイは、アパートへと真っ直ぐ戻っていった。 アパートの表で管理人の女性と、何時の頃からか住み着いた一匹の犬に声を掛けて弥生がいるであろう部屋のドアの前へと行く。 ヒューイと二人して何をしに戻ってきたのかは誰も知らないが、部屋の中に居ますようにと願いながらドアをノックする。 幸運な事に数回のノックで何時もの東洋衣装を身にまとった弥生がやや驚いた顔でドアを開けてきた。 「意外だっつー顔だな」 「そうですわね、お互いにこうしてお話した記憶がございませんので。それでどのようなご用件でしょうか?」 「それがだな……非常に言いにくいんだが」 そこで言葉を一端止めたグレイであったが、妙な勘違いを巻き起こしたくなくて溜息一つついてから言った。 「もうすぐアネットの誕生日だろう。プレゼントを買っておきたいんだが、良い考えが浮かばなくてな。あいにく女の知り合いも多くないんで、よかったらアンタの意見を聞かせてくれないか?」 「あらあら、それは大変なお役目ですね」 そう言いながら弥生は部屋の外へと出ると、振り返ってドアを閉めてカギをかけていた。 意見が聞きたいといったのにどういうつもりか、浮かせて行き場のなさそうに手を上げたグレイへと弥生が言った。 「では参りましょうか。参考になるか解りませんが、私でよければお力になりますわ」 買いに行くのをついて来てくれるのかと気付いて躊躇したグレイであったが、ここは一つしたがっておく事にして二人で商店街へと足を向けた。 グレイが弥生から受けたアドバイスは決して特別なものではなかった。 小物やアクセサリーが良く、服や化粧品は特別な仲でない限りご法度である事。 後は最後に相手の事を思いやってプレゼントを選ぶと言う事であった。 「ありきたりなアドバイスで申し訳ありません」 「いいや、俺にとっては結構新鮮な意見だった。何しろまともな生活を送ってこなかったからな」 本当にグレイにとって新鮮な意見を聞いた上で、グレイは一つのアクセサリー店へと足を踏み入れた。 そうそう金が懐にあるわけでもないので高級店ではないが、まずまずの物がそろうお店であった。 少しでも意見がまとまれば後は行動あるのみであり、そこからのグレイの決断は早かった。 アネットの事を思って最初に浮かぶのはあの長い髪である。 アネットがアネットの母に憧れて伸ばし始めた髪をまとめる事のできる髪留めが良いと思ったのだ。 何時もはリボンでまとめていることが多いが、連邦議長の娘として何処かへ出向く時ではやや子供っぽいだろう。 店員に頼んで幾つか見せてもらうと、再度弥生に意見を聞きながら一つ選んで店員にラッピングしてもらう。 「あとはラッピング街だから先に外で待っててくれ」 「そうですわね。では外でお待ちしています」 ラッピングが終わるまでは時間は掛からないはずなのに、そう言い出したグレイの言葉にやや首を傾げてから弥生は先にお店を出て行った。 お店の前でしばらく待っていると、思ったよりも長い時間を掛けてグレイが出てきた。 あまり気にする事もなく歩き出そうとした弥生へと、グレイがラッピングのされていない小さな箱を軽く投げてよこしてきた。 「あの……これは」 「今日のお礼だ。考えてみたらアンタも結構髪長いからな。安心しろ、アネットのよりはかなり安いしろもんだ」 「そう言うことでしたら。ただ、タイミングがよろしくなかったようで」 「あん? げっ!」 苦笑いを浮かべた弥生を怪訝に思って振り返ると、そこには絶対にいてほしくない人間が居た。 真っ赤な髪をやや逆立たせた、剣呑な表情を浮かべるアネットである。 つまりは、ばっちり見られたということであった。 「へぇ〜、知らなかったわ。グレイってば、ほぉ〜」 口元がつりあがり、怒りつつ混乱しているのかアネットの口からは具体的な言葉が出てくる事はなかった。 腕を組んで睨むようにしてくるアネットに対して、本当の事を言った方が色々と自分の身が安全になる事はわかっていた。 だが数日後のアネットの誕生日の為には黙っていたく、グレイは直ぐに何かを言う事は出来なかった。 出来たのは精々無意味な言葉を羅列するようなことであったが、それはそれで疑惑を深めるだけのようであった。 「お、落ち着けアネット。俺は別に、な」 「別に、ね。私だって別に、よ。グレイが誰とどうなろうと知らないわよ」 「だから、それはだな」 ばらしてしまうしか、ややこしい事態を避ける術はないのか。 グレイが観念して全て話そうとする一歩前に、弥生がグレイの前へと進み出ていった。 「アネットさん、何か勘違いをなさっているようですわ。グレイさんをここへと連れてきたのは私の方なんですから。少々殿方の意見というものをお聞きしたく」 「それで、グレイをね。別に他のでもよかったんじゃないの?」 咄嗟の嘘で煙にまけるものではないと、弥生の後ろではグレイが慌てていたが、アネットよりも弥生の方が一枚上手であった。 「そうですわね。実は最初スレインさんに頼もうと思っていたのですが、モニカさんが勘違いをなさって妬いてしまわれると困ってしまいますので。やはりお好きな男性が他の女性と歩いている姿は見たくないでしょうし」 妬いている、好きな男性と言う場所にイントネーションをわざと置くと、アネットが言葉に詰まっていた。 さらに畳み掛けるように、アネットには考えさせないように弥生は言った。 「先ほどのコレも。実はこの後お礼としてグレイさんに何処かでご飯を召し上がっていただく予定でしたのですが、グレイさんがまともな助言が出来なかったのに悪いからとくださったものですわ」 「う〜…………わ、わかったわよ」 見事アネットを言いくるめた弥生に、感謝の視線を送るグレイであった。 確かに弥生の完勝といったところであったが、グレイの完勝とはいかなかった。 「ただし、グレイにご飯なんて奢らなくてもいいわ。私もいくから、グレイなんか奢って」 「はあ? いや、意味がわかんねえよ。何で俺が」 「いいから奢るの!」 何一つ弥生に言い返すことは出来なかったが、素直に納得しきる事もできなかったようだ。 グレイが躊躇でもすればそのお尻を蹴飛ばす勢いで、アネットがグレイの背中を押し始めた。 最初は抵抗していたグレイも、ややこしい事態になるよりはと諦めアネットの言うがままに歩き出した。 「弥生さんも、遠慮しないでこっちよ」 「遠慮するのは普通お前だ、お前。まったく」 「一度決まった事を男がグチグチ言わないの」 「へいへい」 大声で商店街の中を歩いていく二人を眺めていた弥生は、二人を見失わないうちに歩きだした。 「それにしてもアネットさんに加えてグレイさんも……お気づきにならなかったようですわね」 弥生が折角モニカを礼に出して、アネットが妬いた事を指摘したと言うのにアネット本人もグレイもその事に気がついていない。 アネットは多少自覚があって言葉に詰まっていたが、グレイはプレゼントを隠し通すことに終始してはっきりと妬かれていたことに。 ある意味では似たもの同士なのか、面白いカップルだと苦笑して弥生は未だ大声を出している二人のあとを追っていった。
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