第二話 精霊使いたちのお仕事
 スレインの悩みが解決して数日、モニカはご機嫌であった。
 今度はラミィとの文通にスレインが掛かりきりになる事もあったが、それはそれでなんとかなっていた。
 今日もまたスレインとのお出かけを控え、待ちきれなくなったモニカは少しだけ早起きをしていた。
 顔を洗っているモニカの元へとラミィが飛んでくる。
「モニカさん、なんだかお手紙が届いてますよぉ」
「スレインからラミィにじゃなくて、私に?」
 このところ届く手紙と言えば、九割方がそれなだけに何だろうとモニカは玄関へと向かう。
 玄関のドアの郵便受けには確かに封書が挟み込まれていた。
 誰からだろうと裏表を確認しても差出人は書いていないが、手紙に染みこんだ波長のようなものが引っかかった。
「ねえ、ラミィ。これって」
「闇の精霊使いのが放つ波長みたいですね。総本山からじゃないですか?」
「今頃になって、何かあったのかしら」
 シオンを倒してからとうに一ヶ月は経過していた。
 嫌な予感がしつつも見ないわけには行かないと、封書を開いて手紙を取り出す。
「なんて書いてあるんですかぁ?」
「ちょっと待ってて」
 いざ読もうとしたところで、玄関がノックされる。
 すっかり手紙に気をとられていたモニカは、相手が誰なのか確認する前にドアを開けて顔を出してしまっていた。
 幸運な事にノックしていたのはスレインであったが、モニカにとっては余り幸運ともいえなかった。
「あの……少し、早く目が覚めて。朝ごはんと言うか、すみません!」
 バンッと勢い良く閉められたドア。
 おはようが言えなかったと暢気な後悔をしていられたのは数秒、モニカは自分の姿を思い出した。
 今だおき抜けで顔しか洗っておらず、寝癖で髪は跳ね放題、極めつけにパジャマは少し着崩れていた。
 色々な意味でギリギリの格好であった。
「寝癖。ラミィ、服を。スレインに見られちゃった?!」
「モニカさん、落ち着いてください。服はちゃんと着てたから大丈夫ですぅ」
「これはパジャマ。それに、ああもう。スレイン来るのが早過ぎ」
 一時手紙の事など頭の外に放り出したモニカは、慌てたままで髪をとかしなおし着替え始めた。
 その途中で慌てすぎて足の小指をぶつけるなどしながら、なんとか着替えを済ませてから玄関をゆっくりと開けた。
 ドアの向こう側では今だ自分と同じように顔を赤くしたスレインがしゃがみ込んでいた。
 ある意味事故なのだから、出来れば気にして欲しくはない。
 とは言うものの、自分自身が一番気にしているのだから相手に気にするなともいえない。
「お、おはよう。スレイン」
「はい、おはようございます……モニカさん、それって」
「まだ読んでいないけれど、闇の総本山からの手紙。ご飯食べながら、読みましょう」
 ちょうど良かったので、事故を忘れる口実としてモニカは手紙の事を持ち出し先を促した。





 アパートから一番近いレストランで軽食を頼み、それからスレインたちは闇の総本山からの手紙を開いた。
 そこに書かれていた内容は、あまり穏やかとはいえない内容であった。
 かつてシオンが集めた五万という膨大な魂、それの解放は始まったのだが量が多すぎたらしい。
 壷の魂を冥界へと送る作業は進んでいるものの、処理しきれず壷から逃げ出した魂が各地で亡霊と化しているらしい。
 生き残りの闇の精霊使いが対応するも、人手不足は変わらず正式に登録されていない闇の精霊使いであるモニカにも亡霊の救済を頼みたいらしい。
 読み終えた手紙をテーブルの上に置いたモニカは、サンドイッチを口に放り込んでいたスレインを見た。
「私はいくべきだと思う。スレインは、どう思う?」
「僕も行くべきだと思います。もちろん、僕も一緒に行きますけどね。話の解る相手だと問題ないですけれど、危険な亡霊だっているんですから」
「ありがとう、スレイン。それじゃあ」
 朝ごはんが終わったら準備をしようと言おうとしたところで、何者かがモニカの頭に手を置いてきた。
「こんな朝っぱらからデートの相談とは、お熱いお二人でんな。そろそろチビッ子もチビッ子って言ってられへんわ」
「お久しぶりです、皆さん」
 特徴的な声と、チビッ子という言い回しにモニカが振り返ると、そこにはヒューイともう一人、弥生の姿があった。
 シオンを倒した後にヒューイは世界の放浪の旅に、弥生は月のお社に帰ったはずであるのだが。
「お久しぶりです、ヒューイさん、弥生さん。でもどうして」
「どうしてなんて冷たいなぁリーダーは。理由なんてどうでもいいでっしゃろ。かつての仲間が出会う事に理由なんかあらしまへん」
「私は月のお社の命でこの辺りに用があったのですが、ばったりヒューイさんと出くわしたのです。それでついでにと寄ってみたしだいです」
 確かに懐かしいし、二人が着てくれた事は嬉しい事である。
 スレインは純粋に喜んでいるようだが、モニカは作為的なものを感じずにはいられなかった。
 普段ならばそんな事は思わないのだが、今日は闇の総本山から手助けの要請がきたばかりである。
 とは言うものの、闇の総本山と風の精霊使いのヒューイと月の精霊使いである弥生の関連性はあまり疑えないし、疑うという言葉もあまり使いたくは無い。
「ん、なんやチビッ子その手紙は。さてはリーダーからの愛の手紙やなぁ」
「違いますよぉ。これは闇の総本山からお手伝いしてくださいっていう手紙ですぅ。なんだか大変な事になってるみたいですぅ」
「大変な事か、穏やかやないで。ほな、その大変な事手伝ってあげまひょ。どうせ行く当てのない気楽な旅やさかい」
「うわぁ、良かったですね、モニカさん。また皆さんとご一緒できますぅ」
 話が出来すぎている、またそんな疑いが頭をよぎるがモニカはすぐに振り払った。
「手伝ってもらえるのなら、お願いします。弥生さんは、用の方は済んでいるんですか?」
「いえ、すぐに終わる用でもありませんので。モニカさんたちをお手伝いする時間は十分にあります」
「じゃあ、お願いして良いんですね?」
「もちろんです、喜んでお手伝いします」
 話がまとまった所で、スレインとモニカは朝ごはんを切り上げた。
 最初に向かった先は、ビクトルが以前使っていた研究室であり、そこにあるトランスポーターが目的である。
 今では大陸中を繋いでいるトランスポーターであるだけあって、移動するのに大変便利なのである。
 手紙に書いてあった要請場所に転送先を合わせると、スレインたちはトランスポーターを通っていった。
 飛んだ先はビブリオストックであるが、すぐに街を出て北東へと向かう。
 戦時中は良く帝国の派閥による小競り合いが発生していた平原である。
 今でこそ行き来する人のための関所がある程度であるが、ほんの数ヶ月前には血と死体を見なかった日はない土地であった。
「おーい、チビッ子。どの辺りなんや」
「そこまで正確な情報は載ってはいないわ。この辺りで見たと言う情報しか」
 もう一度手紙を覗き込んだモニカが、眉根をよせた。
 何度読んでも胸が悪くなる内容なのであろう。
 そんなモニカの肩にスレインが手を置いて元気付けてあげていると、あっとモニカが声をあげた。
「見つけた」
「ああ、本当ですぅ。必死に誰かを探してるみたいですぅ」
 モニカとラミィがそう言うも、闇の精霊使いでないスレインたちには霊がそこに居る事がわからない。
 死んでしまった人の霊魂を見て感じ取れるのは闇の精霊使いだけの特徴でもある。
「まだ危険はないみたい。私が行って話をつけてきます。脅えさせるといけないので、スレインたちは待っていてください。」
「ラミィちゃんも一緒に行くので大丈夫ですぅ」
 そう言って誰もいない場所へとモニカが歩いていくのを見て、スレインが一歩踏み出そうとしたが弥生にとめられた。
 不用意に近づいてはならないと言う意味であった。
 何者かと話すモニカを心配そうにしていたスレインへと、ヒューイが当たり前の事を尋ねてきた。
「リーダー、モニカはんが誰と喋っとるか見えへんのか?」
「当たり前ですよ。僕にはもう、闇のロードとしての力どころか、闇の精霊使いとしての力もないんですから」
「そうか、そうやったな。悪い事聞いたわ。かんにんしてや」
 慰めるようにスレインの肩を数度叩いたヒューイは、スレインに見えないように弥生とアイコンタクトを取っていた。
 一生懸命霊魂へと話しかけているモニカを見ていたスレインは、その事に気づく事はなかった。
 モニカが危険がないと判断した以上、本当に危険はないのだろうがスレインは気が気でなかった。
 霊魂であろうと人を傷つける力は十分すぎるほどにあるのだ。
 むしろその気がなくても傷つけてしまう事すらある事を知っているわけだが、心配は杞憂に終わる事となった。
 ほっとした表情をモニカが浮かべ手を振るしぐさを見せた。
 説得が無事に終わり、あるべき場所へと霊魂が帰っていくのを見送るようなしぐさであった。
「モニカさん」
 もう大丈夫だろうと向かっていくと、振り返ったモニカの方がぶつかるようにスレインの胸の中に飛び込んできた。
 少しばかりビックリしながらモニカを受け止めると、向けられた瞳は潤んでいた。
「戦争で恋人を失くして、思い余って自殺しちゃった人だった。その失くした恋人をここまで探しに来たって言ってたわ」
「とっても可哀想な人でした。でもモニカさんが別の場所でその人が待ってるって言ったら、納得してくれたですぅ」
 もちろんラミィの言葉はスレインには届いていないが、元闇のロードであるだけにスレインにはその人のためにモニカが何を言ったかは解っていた。
「お疲れ様です、モニカさん」
 霊魂と向かい合う為には、闇の精霊使い以上の資質が必要である。
 自分を偽らず、相手を一心に思いやる心である。
 スレインはモニカがその心の持ち主である事を疑いはしないが、説得の疲労は計り知れない。
 慰めるようにモニカの頭をなでつけ、その疲労をぬぐいさろうとする。
「私も、貴方が居なくなったら耐えられないと思う。だからもっとずっと一緒にいて」
 もちろんその問いかけに対してスレインは、自分ももっとずっと一緒にいたいという言葉で持って返していた。

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