第九十二話 戦う王


二人のインペリアル・ナイトが刃を向け合うのを瞳に納めながら、リシャールが玉座から立ち上がり己の愛剣を手に取った。
刃を鞘から解き放つその動作一つでさえ、流れるように美しくかつ恐ろしい。
これまで散々立ちふさがれたアーネストやオスカー、ジュリアンといったインペリアル・ナイツをまとめるナイツマスター。
インペリアル・ナイトを凌駕する実力とはどれ程の物なのか想像する事さえ難しく、ただ強敵だという漠然とした言葉しかカーマインたちの頭には浮かばなかった。
カーマインたちの緊張が伝わったようで、笑みを浮かべながらリシャールがその口を開く。

「どうした、見ているだけでは王座は手には入らぬぞ? 本来ならば、王者が謀反者を待ち受けるところであるが、私自らうって出てくれようか?」

どう攻めるべきか、まだ考えもまとまらないうちにうって出られてはたまらないと、カーマインは真っ先にエリオットへと下がるように合図した。
何よりもまず守らなければいけないのはエリオットであるのだ。
仮にリシャールを倒す事が出来ても、それまでにエリオットが殺害でもされてしまえば意味はない。

「エリオット、しばらく下がっていてくれ。ルイセのそばで護衛してくれていればいい。絶対に前に出ないで」

「そんな、僕だって気をそらす程度の戦力には」

「おら、カーマインの言う通りにしとけ。誰も最初からその程度さえ期待してねえよ」

「ああ、なぜ何時もそのような。もう少し言葉を選んでください、グロウ様」

グロウの言い方が余計で、言い縋りそうなエリオットへとカーマインは振り向いた。

「エリオット、王は強くあるべきだけど。武術が達者であるとは同義じゃない。たまたまリシャールが王でありながら、最強の兵でもあっただけなんだ。君の出番は、戦の後にいくらでもある。だから、今は自分が生き残る事だけを考えて」

「わ、解りました。それでもせめて、ルイセさんの護衛ぐらいには……ウォレスさんに手ほどきを受けて、僕にだってそれぐらいの自負はあります」

そもそもウォレスに手ほどきを受けろと促したのはグロウであり、気持ちがわからなくもなかったのだろう。
エリオットの気持ちを受け入れた事を示す為に、胸の辺りを軽く叩いてルイセのそばへと押しやった。

「だったら、ルイセは頼んだぞ。ルイセも何時も以上に距離はとっとけよ」

「うん、カーマインお兄ちゃんも、グロウお兄ちゃんも気をつけて」

「悠長な相談は終わったか?」

再びリシャールへと振り向いても、彼はまだ王座を立ち上がって一歩も動いていなかった。
最初に言葉では自ら手を出してくるような言い草をしていたが、王としてのプライドの方が高かったらしい。
余りにも待たせすぎてうって出られても困るので、カーマインとグロウはそれぞれの魔剣を握り締めた。
闇と光、対照的な魔力の刃が生まれ唸り声を上げる。

「シャドウブレイドと光の魔剣か。確かに魔力を刃に変換するその武器は、あの方への対抗手段として最高のものだろうな。だが、私にとってはただの剣にすぎん」

「だとしても、負けるつもりはこれっぽっちもない!」

「インペリアル・ナイト・マスターの実力、見せてもらうぜ!」

二人同時に飛び出すと、すかさずルイセの魔力が膨れ上がり声が響いた。

「我が魔力よ、彼の者達に更なる力を。グローアタック!」

魔力の加護により二人の筋力が膨れ上がり、攻撃も同時かとリシャールがやや身をかがめるような動作を見せた。
だがリシャールの予想に反して数メートル先で二人が左右に分かれて両脇に回り込んだ。
右と左、それぞれに回り込んだカーマインとグロウを視界ギリギリにおさめながらも、リシャールは最初に見せたやや屈みこんだ動作以外見せない。

「その余裕がいつまで、もらったッ?!」

剣を持たない左手側に回りこんだグロウが、ワンテンポ早く斬り込んだ。
驚くほど邪魔もなくリシャールの首筋へと光の刃が進むが、あと十数センチという所で見えない何かに刃が弾かれた。
見えない何かにである。
疑うまでもなくリシャールが持っていた剣によるものなのだろうが、それは真っ直ぐに降ろされた右腕にと視線をよこした所で気づいた。
体そのものは殆ど動かす事はなく、無造作に振るわれた右腕がリシャールの胸を回って気づかれもせずグロウの光の魔剣を弾いていたのだ。
見えないほどに速い剣の動きに呆気にとられたグロウの動きが一瞬止まった時には、リシャールの左手が腹部にめり込んでいた。
吹き飛んでいくグロウを見送る事はせず、すぐさまリシャールは反対側から斬り込んでいるはずのカーマインへと顔を向けた。
だが思ったよりも遅い踏み込みに不審に思う間もなく、頭上に輝かんばかりの魔力の柱が生まれていた。

「我が魔力よ、我が敵を打ち砕け。ソウルフォース!」

魔力の柱が落下を始めると同時に、タイミングを合わせてカーマインが床を蹴った。
同時攻撃はカーマインとグロウではなく、カーマインとルイセであったのだ。
あまりにも息の合ったタイミングにどちらを迎撃してもどちらかがリシャールの体を捉えるはずであった。
並の相手であったのならば。

「嘘ッ!」

遠巻きに見ていたティピが思わず叫んだのも仕方のないことであった。
頭上でやや斜めに剣を構えたリシャールは、刃の腹に合わせてわずかにソールフォースの軌道をずらしていた。
体を舐めるように落ちていくソウルフォースはリシャールとカーマインの間に落ちた。
奇しくもソウルフォースが盾となる形で立ちふさがってしまいカーマインは足を止めるしかなかった。
床を砕き穴を開けたソウルフォースから閃光がほとばしり、その中からリシャールの腕がカーマインの襟首へと伸びる。

「魔力の中を、どうやって?!」

「ある程度の痛みを覚悟したのならば、あとは進むだけだ」

ほとばしる魔力の中を突き進んだリシャールは、再び起き上がり向かってきていたグロウへと投げつけた。
慌てて光の魔剣の刃を消して抱きとめるが、受け止めきれずに床に投げ出される。

「痛ッ、なんて馬鹿力だ。さっさとどけよ、カーマイン」

「ああ、ごめん。見た目と比例しない異常すぎる力だ。まるで……」

「ゲヴェルの力を解放した自分と同じか?」

言わんとしていたことをリシャールに言われ、さらに思っても見ない台詞にカーマインやグロウたちも目をむいてリシャールを見た。

「似ていて当たり前だ。私が生まれた経緯は知っているだろう。ならば自ずと答えは見えてくる」

どういうことだと思案して直ぐに思い浮かんだのは、エリオットの肉体を複製して生み出されたという事だった。
そして赤子の頃にすり替えられたと思った所で、一つ気づく事ができた。
リシャールにはカーマインと同じように、赤子の頃があったのだ。
まるで人間のように赤子から成長し、今に至っている。
まるで人間の様にだ。

「まさかリシャール、君は僕と同じ人間をベースとして作られた……完全体?」

「ちょっと待て、それをゲヴェルは知っているのか? 完全体の作り方を!」

「安心するがいい。あの方はすでに完全体を諦めている。あの方が欲しいのは自らが完全体となる方法であって、完全体を造る方法ではないからな。おかげで私とお前も全く同じというわけでもないがな。決してゲヴェルを裏切れな……」

途中で言葉を止めたリシャールを不審に思っていると、ゆっくりのその手を首筋へと当てていた。
やや距離のあるカーマインたちからは見えなかったが、一度首筋から放したリシャールの手のひらには、滲んだ血が広がっていた。
ほんの小さな、かすり傷にも満たない傷が首筋に生まれていたのだ。

「どういうことだ? あの時完全に奴の刃は止めたはず……まあ、いい。このようなかすり傷で私は殺せはせぬ」

リシャールの言葉からようやく、最初のグロウの一撃がかすっていた事がカーマインたちにも理解できた。
それと同時に全く手も足も出なかったわけではなかったという事実が、リシャールが難しくても手の届く相手だと教えてくれる。
カーマインとグロウは、一旦リシャールとルイセたちの間に移動し立ちふさがると、仕切りなおしてそれぞれの武器を掲げた。

「グロウ、下手に策をうつのは止めて正攻法で攻めよう。策を返されると、どうしてもこっちが戸惑って隙が生まれてしまう」

「手の届かない相手じゃないってわかったからな。望むところだ」

「お二人とも、それでも気は抜かれないようにしてくださいね。それでも相手はインペリアル・ナイト・マスターなんですから」

百も承知の事を再度忠告され、カーマインはともかくとしてグロウは少し気分を害していたようだ。
隙を見て近くに寄ってきたユニを片手で近くに招くと、普段とは違う一瞬の口付けをユニへと与える。

「グ、グロウ様、こんな時にふざけないでください!」

「俺はいつでも大真面目だ。後でまたしてやるから、今はさがってろ。危ねえぞ」

「はいはい、ユニ。ご褒美を期待して、私達はルイセちゃんの所で待っていようね」

「子供をあやすような言い方をしないで!」

時の場合を忘れて顔を真っ赤にするユニを、羽交い絞めするようにティピが連れて行く。

「別れの挨拶は済んだか?」

「はッ、単なるデートの約束だ。気にすんな」

「できれば、今の行動はその時にして欲しかったけど……」

少し離れた場所で、戻ってきたユニに向けてルイセも似たようなことを呟いていた。
緊張感がないわけではないのだろうが、変わらなさ過ぎる態度もこういう場合には毒にしかならない。
幸いリシャールはその隙をつくような小さな相手ではないが、何時までも大人しくしているほど甘い相手でもない。

「さて、先手は打たせた。今度はこちらから行くぞ!」

初めてリシャールが玉座から一歩歩み、二歩目で掻き消えるようにその姿を消した。

「上!」

すぐに姿を見失ったグロウとは違い、カーマインにはその姿がしっかりと瞳の中に納められていたようだった。
居場所を示すように声を上げると、グロウが右手を上げてマジックアローを放つ。
ルイセのそれにくらべ通常の威力しか持たないそれは、剣どころか腕の一振りでかき消されてしまう。
だが二人が身をかわす時間を手に入れるのには十分な時間であり、振り下ろされた剣が床を割った場所に二人の姿はなかった。

「我が敵を貫け、サンダー!」

ルイセが放った雷の槍は、リシャールの刃に絡め取られ、あろうことか投げ返された。

「ふぇ?!」

「ルイセさん、伏せて!」

とっさに隣に居たエリオットが押し倒してくれなければ直撃は免れなかった。
伏せた二人の頭上を駆け抜けた雷は、背後の重厚なドアへと直撃して、表面を雷の残り火が走っていく。
まさか魔法をそのまま投げ返してくるとは思わず、背後の光景を目に納めた二人はぞっとした表情でリシャールを見ていた。
もはやここまでくると魔法の攻撃さえも頭から外して考えなければいかず、カーマインが叫ぶ。

「ルイセ、もうリシャールは攻撃しなくていい。補助だけ考えて魔法を使ってくれ」

「あ、うん。わかったよ、カーマインお兄ちゃん。エリオット君もありがとう」

「いえ、これぐらい。さあ、立ち上がりましょう」

二人が立ち上がる前に、すでにグロウとカーマインはリシャールへと走りこんでいた。
まともに魔法が当たらない以上、その余波は味方であるカーマインやグロウを苦しめるばかりである。
一度は首筋の傷から自分達を奮起させ、またその気をそがれ始めたカーマインとグロウであるが、リシャールの内心はまったく違った。
僅かに痺れた両手、からめとった投げ返したはずのサンダーが柄まで伸びていたのだ。
先ほどの首筋の傷にしても、完全に刃を弾いたと思っていたはずなのに、何かがズレている気がしてならなかった。

(まだ小さな傷ですんでいるものの……それはないか)

考え事をしながらカーマインとグロウの刃を退けている現状を思えば、そう考えるのもおかしくはなかった。
まだまだ二人と自分との実力差は、あきらかであるのだ。
特にグロウの方はカーマインと違って、時々動きについていけていない節が見えた。

「屈んで!」

「なに、うわッ!」

グロウの首へとなぎ払われるように向かう刃を避けるのが間に合わないと判断するや、カーマインはグロウの足を後ろから払っていた。
足が浮いた分首は後ろにそれて、刃が表面ギリギリを過ぎ去っていく。
カーマインが自分の足を払ったのだと瞬時に悟ったグロウは、払われた勢いのまま宙返りを続行し肩口からつきだした手を床につけた。
そこから伸ばした足が、剣を振り切った格好のリシャールの顎を打った。

「がッ!」

まさか足を払われた状況から攻撃してくるとは思わず、まともに蹴りを喰らったリシャールに初めて隙らしい隙ができた。
それを見逃すカーマインではなかったが、リシャールが体勢を立て直すのも早かった。
振り上げられたシャドウブレイドを薙いだ剣で弾く、つもりだった。
だが撃ち負けたのはリシャールの方であった。
馬鹿なと驚いたまもなく、斬り返したカーマインのシャドウブレイドが、胸の上を走る。

「馬鹿な、この私が撃ち負けたと言うのか?!」

「陛下!」

その光景が余りにも衝撃的だったのか、オスカーと対峙する事に集中しきっていたはずのアーネストが叫ぶ。
本来ならばすぐにでも追撃をするべきではあったが、思ったよりもはいりが浅かった一撃にカーマインは二の足を踏んでいた。
下手に踏み込んで思わぬ迎撃を恐れたのだが、その行為がリシャールに考える隙を生まれさせていた。

(ズレが、段々大きくなっている。何が、思い出せ。何が起きるたびにズレが)

カーマインとグロウ、ルイセとエリオット。
四人の中の誰が何をしてリシャールが思うズレが大きくなったのか。
後ろに足を突き出して体を支えたリシャールが真っ先に視線を飛ばしたのは、この場に似つかわしくない存在であった。
新たな王を決める戦場で、手折れば容易く折れてしまいそうに見えるルイセである。
だが姿に惑わされずにいれば、うちに秘めた力が垣間見える。
そう、彼女が魔法を使うたびに、グローシュを辺りに振りまくたびにそのズレは大きくなっていっていたのだ。

「うぅ……頭が、なんだこの感覚は」

何が自分へと作用しているのか自覚した途端、その影響がますます大きくなっていく。
そして遥か昔に封じられていたはずの意識が浮上を見せた。

「私は何をして……何故アーネストとオスカーが刃を向け合っている? 」

「リシャール陛下!」

リシャールの声から何かを察したのか、今度はオスカーが戦いを中断して叫ぶ。
だが直ぐにリシャールが被りを振る事で、浮上したそれは再び深い闇の底へと落ちていった。

(そうか、グローシアン。それも皆既日食のグローシアンの放つ波動が、本来影響を受けないはずの私へと……)

人間を、グローシアンを侮りすぎていたと痛感したリシャールは、思い切り地面を踏みしめていた。
自らの不甲斐なさに耐えるためでもなく、グローシアンがこの場にいたことを無視していた自分に苛立つわけでもなく。
そのグローシアンを排除する為に、踏みしめ蹴った。
苦しむような様を見せたリシャールが一転駆けたことに、カーマインですら反応しきれなかった。

「貴様か!」

「え?」

「ルイセさん、さガッ」

反応できなかったのはルイセも同様で、唯一動けたエリオットが背中でルイセを押し出すようにして割り込んだが、リシャールがその顔を殴打し無理やりどけさせる。
もんどりうって倒れこんだエリオットを追う間もなく、リシャールがルイセの心臓目掛けて剣を突き出した。
ルイセの瞳には、リシャールの剣の鋭利な先端のみが映っていた。
かわすなどという芸当ができるはずもなく、死を間近に感じた恐怖から目を閉じる事すら敵わなかった。

「死ねェ!」

毅然とし堂々たる振る舞いを続けたリシャールらしくない、呪詛にも似た声がとどろく。
繰り出された剣は肉を貫き、血の華を咲かせて、体を貫通していった。
その血の一部を顔と体に浴びたルイセは、何が起きたのか理解したくはなかった。
確かにリシャールの一撃は貫いていたのだ。
ルイセではなく、

「う、そ…………グロウお兄ちゃん?」

グローシュの翼を持ったグロウの体を、ルイセの身代わりとして間違いなく貫いていた。

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