第九十話 突入バーンシュタイ


ダグラス卿が北から、ジュリアンが南からバーンシュタイン本国へと向けて三日。
ようやく二つの軍が合流を果たした事で、エリオット派とリシャール派の戦争が本格的に開戦されようとしていた。
だがあくまで今回のことは王家の内部事情に端を発した戦争であり、最初から問答無用で打って出るような事はなかった。
まずは無血開城のための使者をダグラス卿が送り込み、今はその帰りを待っているところであった。
返答しだいでは本格的に開戦となるため、首脳であるダグラス卿やアンジェラ、オスカーやジュリアン、さらにはローランディア代表のブロンソン将軍と言った首脳陣が集まるテントは空気が張り詰めたまま一時間近く経とうとしていた。
そんな首脳陣が居座るテントの中には、カーマインたちの姿も何故か当然のようにみられた。

「重すぎる……このままじゃ、味方につぶされちまう。カーマイン、俺は少し外に出てるぞ」

「グロウ様、わがままをおっしゃらないでください。聞こえちゃいますよ」

ユニの注意も遅く、不謹慎なグロウの台詞にダグラス卿とブロンソン将軍のにらみが飛んでいた。
それにカーマインたちもローランディア代表の一部のようなものであり、不用意な発言も褒められたものではない。
何か他ごとを考えていたらしきカーマインも、仕方がないといったように肩をすくめ、視線でいってらっしゃいと言った。
これで開放されると嬉しそうなグロウがテントを出ようとした所で、向こう側から入り口の幕が開いて一人の兵士が転がり込んできた。

「使者がただいま城内より戻ってまいりました。そして、これを」

兵士が差し出したのはダグラス卿が無血開城を迫る文をしたためた筒の入れ物であった。
それに返答が入っているのかと思いきや、受け取り中を見たダグラス卿は文を読む前に溜息をついていた。

「エリオット陛下、無血開城はなしと言う事になったようです。開戦も近いので、私はこれで失礼いたします。細かい指令はオスカーに指示してありますので」

「ダグラス卿、私の軍もお供いたしましょう。カーマイン君、君もがんばってくれ」

「え?」

「ご苦労様です。お二人とも御武運を」

エリオット手渡された文は、ダグラス卿が送った手紙を真っ二つに切り裂いたものであった。
返答の筆を執ることもなく、鋭利な刃物で切り裂かれていた。
それと同様に気になるのは、ダグラス卿についていったブロンソン将軍が意味ありげにカーマインの肩を叩いていったことであった。

「オスカーさん、僕と皆にダグラス卿の作戦の説明を願います」

「了解しました、陛下。ダグラス卿が考え付かれた策は単純にして明快。エリオット派、リシャール派の両軍の被害を最小限に抑えるために、偽王リシャールを直接叩く事です」

「言いたいことはわかりますが、もう少し詳しくお願いします」

「まず我が軍と、ローランディアから借り受けたブロンソン将軍の兵、これらは全て囮です。バーンシュタインの市街入り口に配置して、攻め込む振りをしてその実防戦に徹します」

最初に攻める振りをしながら防戦と聞かされれば首を傾げただろうが、最初に作戦の要を聞かされているため首をかしげた人数の方が少なかった。
つまり、同じ国の民同士の戦争であることから、ダグラス卿は本当に被害を最小限に抑えるつもりなのだ。
全ての兵を使い時間稼ぎを行う間に、少数精鋭を送り込んで頭であるリシャールを討つ。
確かにそれが敵うのなら魅力的な話だが、問題点がいくつか浮上してくる。

「リーヴス、話は解らない事もないが、時間稼ぎが見抜かれでもしたら。それにどうやってリシャールのもとまで、なにより」

「ジュリアン、仮にも全軍を引き入るダグラス卿が何も考えていないとでも? まず間違いなくこの作戦は相手に見抜かれるでしょう。ですが、被害を抑えたいという互いの利害の一致からのってくる。なにしろ、向こうは例え今勝てたとしても次にはローランディアとランザックが待っているのだから」

確かにオスカーの言う通り、エリオット派としてはローランディアとランザックと話がほとんどついている。
だがリシャール派は、以降もローランディアとランザックと戦争を続ける心積もりなのだ。
被害を低くしたいのはむしろ向こうが望む事であろう。

「そして市街へと入り込み、王宮への道は私が知っている。そして、一番の問題。王宮へと行く人選だが、まずエリオット殿下は外せません」

「ぼ、僕がですか?!」

「リーブスさん、それはどういうことですか? 戦の初歩も知らない私ですが、それは易々とは了承できません」

突然の指名にエリオットが驚くと、それ以上の剣幕でアンジェラが批判の声を上げていた。
だがオスカーはすまなそうにしながらも、一歩も引く気配は見せていなかった。

「殿下、アンジェラ様。どうしてもこの戦い、エリオット殿下が自らで立ち、自らで鎮めたという証が必要なのです。なにも実際に表立って戦えと言うわけではありません。ただ、全てが終わってからのほほんと現れてもらうわけにも行かないのです。そうでなければ、王位を継いだ後に誰もついてきてはくれないでしょう」

「そう言うことなら、少し怖いですが……行きます。母上、わかってもらえますよね?」

立ち上がったエリオットをアンジェラが抱きしめ、終わるのを見届けた事でオスカーは続けた。

「案内である私と、殿下。そしてカーマイン君、君達にきてもらう」

君達と言ったオスカーの視線の中には、もちろんグロウやウォレス、ルイセたちも含まれていた。
突然の人選にカーマインは驚いたが、すぐにあの時ブロンソン将軍に肩を叩かれた事を思い出した。
このことはすでにブロンソン将軍は了承済みであり、となればローランディアの騎士としてこの要請に応えなければならない。

「ちょっと待て、俺たちの役目はここにいるはずだったエリオットやアンジェラの護衛じゃなかったのか?!」

「グロウ、黙って。それに呼び捨ては禁止」

「ぐっ……てめえ」

要請には応えなければならないのだが、一つだけカーマインには気がかりな事があった。
何故もっとも重要な突入部隊に、他国である自分たちを指名したのかである。
エリオットの護衛であるならば、自国の人間をあてればよいだけなのだ。
むしろ自分達でなければならない理由は……

(リシャールの強さは親しかったオスカーさんが一番良く知っている。つまい、リシャールに僕らを当てるつもり。勝てるのか? いや、ゲヴェルを倒すのであれば、リシャールに遅れをとるわけにもいかない。リシャールに勝てなければ、ゲヴェルを倒す事なんて夢のまた夢だ)

決断すると、迷いなき声でカーマインは答えた。

「ローランディアの騎士の一人として、承ります。ウォレスさん、ルイセ」

「同じくローランディアの騎士の一人として」

「同じくローランディアの宮廷魔術師見習いの一人として」

カーマインの声に続いてウォレスとルイセも了承の言葉を放った。

もうこうなれば、なんの位も持たないグロウの制止の言葉は何の意味も持たない。

「これで、以上だ。ジュリアンはアンジェラ様の護衛と、ダグラス卿の指令補佐だ。特にダグラス卿の休息時には軍を上手く動かしてくれ。時間が惜しい、カーマイン君たちはすぐにきてくれ」

「おい、リーヴス!」

まさか自分が突入部隊から外されるとは思っていなかったのか、テントを出て行ったオスカーを追いかける。
その一歩目でジュリアンの前に立ちふさがったのは、使者が持ち帰った文を持ってきた兵士であった。

「おやめ下さい、ジュリアン様。リーヴス様は……私は聞いてしまったのです。リーヴス様とライエル様の話を」

「詳しく話してくれ」

「ご存知と思われますが、ライエル様、リーヴス様、そしてリシャール陛下は、昔から、身分を越えた親友であらせられます。優しかった陛下は、突如乱心したかのように残虐な性格へ変貌してしまいましたが、2人とも親友である陛下を討つことは本意ではありません」

もちろんこのような事を、エリオットがいる場で話すべきことではないことは兵士も理解している様であった。
エリオットの様子を何度もうかがいながらも、その口が止まる事はなかった。

「しかしこのような状況になった以上、そのような我を通すことは出来ず、ある約束を交わされたのです。どちらが倒れても、恨まず、残った方が陛下を最後まで面倒見ようと」

「つまりリーヴスがこちらにつく事は、ライエルも知っていたと?」

兵士は答えるかわりに、一度だけ首を縦に動かしていた。
疑念が浮かびかねない内容の話であったが、インペリアル・ナイトの気高さの前にそれはなかった。
オスカーはすでに情を断ち切った上で、こちらにつくことにしたのだ。
それに元々リシャールを気遣っている人間は、こちらの首脳陣にもいるのだ。

「カーマインさん、以前にもお頼みした事ですが……」

「わかっています。出来るだけ、リシャールは死なせはしません。ゲヴェルを倒し、本当の彼に戻る時まで生きていてもらわなければいけませんから。行こう、エリオット。みんな」

「敵陣に突っ込むのは怖いけど、人助けだと思えば大丈夫」

「軽く言ってくれるが、相当難しい事だぞ。お前と、グロウしだいだな」

ウォレスはカーマインの肩を叩きながら、もう一人グロウのほうを向いたが、何故かすでに目つきが臨戦態勢であった。

「おい、人に呼び捨て禁止とか言っておいて、てめえが呼び捨てにしてんじゃねえ!」

リシャールを生け捕る云々はどうでもよいのか、グロウのつっこみはカーマインへと拳でしっかりと伝えられた。





「なにしている。おそ……本当に何をしていたんだ?」

テントからカーマインたちが出てきたのを見てすぐに、オスカーが放った言葉はすぐに途切れる事になった。
少々腫れあがった頬をおさえながら、カーマインが痛そうに顔をしかめていたからだ。

「言ってることが無茶苦茶な馬鹿をしばいただけだ」

「全く、本隊が時間を稼いでくれるとはいえ……始まったか」

戦の開始を意味する時の声が、市街入り口がある方向から轟いてきた。
オスカーの言おうとした通り、これからの行動の一挙一動が兵士一人一人の命を左右しかねない。
グロウとカーマインの行動に呆れていた顔を一変させると、オスカーは先陣をきって走り出した。
市街への入り口がある方向とは全く違う方向へと、外壁をつたうように走っていく。
おそらくそちらに隠された入り口でもあるのか、エリオットを囲むようにしてカーマインたちも走り出した。
戦の声が段々と小さくなり、殆ど聞こえなくなるほど遠くまで来るとオスカーがその足を止めて、外壁に手を触れたまま上を見上げた。

「この辺りで。おい、私だ!」

あたりを気にして低めの声で言うと、何故か上から縄梯子が下ろされてきた。
それを成したのはバーンシュタインの兵士であるようだが、オスカーの協力者のようだ。

「私がまず上る。その次に陛下、カーマイン君たちは後に続いてくれ」

言葉通りオスカーが不安定な縄梯子をするすると上っていったが、二番手のエリオットが見てる方が慌ててしまうほどにもたついていた。
オスカーの倍以上の時間をかけてエリオットが上り終わると、グロウ、カーマイン、ルイセ、ミーシャ、しんがりがウォレスと続いた。
城壁の上は見張り用の通路にもなっており、市街入り口あたりの戦場が丸見えであった。
遠目では大勢での押しくら饅頭以外には見えなかったが、本人達は命を賭けた交戦である。

「見とれている暇はありません。皆さん、先を急ぎましょう」

「私達の行動しだいで、あの人たちが……」

以外にも毅然とした言葉で先を促したのはエリオットであり、縄梯子で慌てふためいた人物と同じとは到底思えなかった。
息を呑んで思わず立ち上がりそうなルイセに背を低くかがめるように合図をしながら、ウォレスが尋ねた。

「そうだな。リーブス、ここから先の段取りはどうなっている。外壁を上る時のようにもたもたとはしていられないぞ」

「ここから先は、迅速な行動と強引な移動になります。階段から外壁を降りた以降、まずは王宮の手前、隠し通路のある場所まで移動しなければなりません。ですが肝心の王宮は」

オスカーが指差したのは、現在地から北西。
このまま外壁を伝っていけるような場所ではなく、一旦街に下りてそこから街中を突き進まねばならない。
迅速な行動はともかくとして、強引な移動という言葉から、変装などという悠長な方法も用意できなかったのか。
もしかすると協力者も先ほど縄梯子をくれた兵士以外に一人もいないのかもしれない。
だがカーマインの出した答えは、そのどれでもなかった。

「街中を……まさか、エリオットが街の兵士に見咎められるのも計算のうちですか?」

「その通り、エリオット陛下みずからが城に乗り込んだ。あとは誰がリシャール殿下を倒そうと、噂は勝手に一人歩きすると言う事です」

「虫も殺せなさそうな顔のわりには、色々腹黒そうな考えですね」

「だが作戦が決まっているのなら、あとは実行するだけだ。誰が一行の指揮をとる?」

ミーシャの遠慮のない言葉は置いておいて、ユニやティピを抜いて人数は七人。
グロウが心配しているのは街中の突破よりも、小隊としての行動であった。
普段とは違い飛び入りのオスカーに加えて、戦いに不慣れなエリオットまでもいるのだ。
できれば突入作戦はもっとはやく教えてもらいたかったものである。

「その点は心配しないでくれ。君達は何時も通り、五人の小隊のつもりで行動してもらえばいい。殿下は僕が守ろう。下手に連携をとろうとして失敗するより、最初から連携は頭から外した方が良い」

「解りました。最低限の合図はオスカーさんと僕の間でだけで、皆には僕から噛み砕いて伝えると言う事で」

話がまとまると、まずは外壁を降りる為に外壁の角度が変わる場所に建てられた塔を目指す。
ドアを開けて塔内部にはいりこむと、すぐに見つかった階段を下りて市街地へと続くドアをオスカーが覗き込んだ。
戦闘要員である兵士は殆どいないようだが、それでも見回りや後方支援、と言った役割を持った兵で街はあふれかえっていた。
だがオスカーは迷わず振り返り、カーマインへと合図を送っていた。

「いくよ、ウォレスさんしんがりは任せます。グロウ、オスカーさんに置いていかれないように先陣で道を開いて!」

カーマインが言い終わらないうちに、オスカーはエリオットをつれて飛び出していた。
続いてグロウが飛び出した頃には、名も知らぬバーンシュタイン兵が五人ほど地面に敷かれた石畳の上に倒れこんでいた。
エリオットが走ってついていくのがやっとなスピードで走りながらも、オスカーは大鎌を振り回しながらバーンシュタイン兵を切り裂いていく。

「インペリアル・ナイトか。派手に暴れてくれるな」

重量武器を相反する華麗な動きでふるうオスカーの動きに見とれているわけにも行かず、グロウも走り出した。
オスカーは無理でもと、こちらに目をつけ始めたバーンシュタイン兵も出始めていたのだ。
一箇所に留まり続ければ、瞬く間に囲まれて動きを封じられてしまう。
光の魔剣から魔力の刃を生み出し、向かってきたバーンシュタイン兵の一人を斬り裂いた。

「ルイセは全員にクイックを。ミーシャは詠唱の長い魔法は控えて、極力マジックアローだけで対処」

カーマインの指示が飛び、ルイセがクイックの魔法の準備に入る。
少しばかり先を走るオスカーとの距離が開いてしまっているが、補助魔法の力を借りればまだまだ追いつける。

「邪魔する奴は容赦なく斬る。道を開けろ!」

「我が魔力よ。彼の者たちに風の如き速さを与えたまえ、クイック!」

グロウが叫んだ直後に、ルイセのが唱えた加速の魔法が全員にかけられる。
体をグローシュの加護に包まれたカーマインたちは、先を行くオスカーの姿を目印に、グロウが強引にバーンシュタイン兵を打ち倒していく後で追っていった。

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