第八十九話 奇襲


カーマインから知らされたローランディアからの援軍は、定刻を過ぎても一向に現れる気配はなかった。
何かトラブルでもあったのかと、ジュリアンが部下を偵察に向かわせると意外な報告があがってくる事となった。
バーンシュタイン兵に偽装した何ものかが渓谷の橋を落としてローランディア軍の行軍を遅らせていると言うのだ。
よくよく橋を落とされて邪魔をされるものだと橋との相性の悪さを呪ったジュリアンは、自軍の潔白を晴らす為に、自ら一部隊を率いて賊の討伐に向かった。
手際よく賊の見張りを排除すると、異変を知られる前に渓谷へと向かい部下達へと号令を出した。

「我らの邪魔をする賊を速やかに排除だ。一匹足りとて逃がすな!」

「アニキ、敵でぐぁッ!」

ジュリアンの号令の直ぐ後に突撃していったバーンシュタイン兵が、自軍に偽装した賊たちを打ち倒していく。
一応は偽装しているものの、偽装の仕方が荒くお互いがお互いを見間違える事はなかった。

「見張りの連中は何をしていたんだ! ええい、それより応戦準備だ!」

後ろを取られた事に気づいた賊からも声が飛ぶが、完全に後ろを取られた状態で反撃は難しかった。
ぽつりぽつりと諦め降伏するものがいる中で、ジュリアンは賊のリーダーを探していた。
烏合の衆をいくら倒しても余り意味はなく、逆にリーダーさえ倒してしまえばこの先邪魔される事はないからだ。
先陣をきるように、賊を切り払う中で、ジュリアンは一人の男と目があい確信した。

「お前が、この賊のリーダーだな」

「やれやれこの俺様もヤキがまわったようだぜ。よりにもよってインペリアル・ナイトに見つかるとはな」

「その言葉、肯定と受けとった。降伏はない、貴様はここで討ち取らせてもらう」

ジュリアンが足を踏み込み一撃を繰り出すと、片目の男は持っていたバトルアックスの柄で刃を止めた。
手加減した一撃などではないため、相手がただの賊のリーダーではないと思い、ジュリアンは一たび剣を引いた。

「血迷った馬鹿というわけではなさそうだな。お前の目的はなんだ?」

「簡単なことよ。この世で1番尊いもの、金のためだ」

「ふっ……私の思い過ごしだったか。やはり貴様は賊だ。いや、それ以下だ」

「俺が賊以下ならば、俺以外の者はみんなただの駒だな。俺様に金を運んでくるな。力の時代は終わる。これからは商売が世界を支配するのだ。どんな権力者も金には逆らえない。金さえあれば何でも出来る! 俺の作った武器がもっと金を運んでくるまで、この戦争は続けさせてもらう」

男が話を一方的に終わらせ、渾身の一撃をジュリアン目掛けて打ち込んできた。
受け流せない一撃ではないとジュリアンは、その一撃を剣で受け流してから男に切りかかる過程を連想し実行に移そうとした。
だがそこで予定外の事態がおきた。
男が打ち込んできたバトルアックスをそのまま投げつけてきたのだ。

「インペリアル・ナイトとまともに戦おうとは思わないんでな、あばよ!」

ジュリアンが受け流そうとしたバトルアックスは、人の手の支えを失い不安定な軌道を描いていた。
剣で刃部分を受け流そうとした為に、バトルアックスが回転してしまい柄の部分がジュリアンの側頭部目掛けてきた。
絡まるようにジュリアンの金髪にめり込んできたが、柄は何にもぶつからなかったように通り過ぎていった。

「トカゲの尻尾きりを予想しなかったと思うのか?」

確かに予定外では会ったが、予想外ではなかった。
避けられしかも、一足飛びで追いつかれるとも思っていなかった男の顔が驚愕に彩られ、恐怖を浮かべていた。
ジュリアンの剣が逃げ出した男の背中を流れてとおり、染み出した血が吹き上がる。

「ぐおぉっ! そんな……バカなッ!」

信じられないと言う言葉を残して倒れこんだ男は、それでも逃げようともがくが体に力が入らないようであった。

「ダメ。もっと、もっと金……金が…………か」

致命傷を受けて倒れた男に何の感慨も浮かべずに、ジュリアンは剣についた血をふき取り鞘に納めた。
それから部下達の状況を眺め、賊を全て討ち取ったのを確認すると、降伏してきた者も全て討ち取らせた。
普段ならば連行してしかるべき処置を加えるべきなのだが、これから現政権に反乱を行う状況が状況だけに、それが一番合理的であった。
それから対岸のブロンソン将軍と言葉をかわし、橋の作成のために部下を残して宿営地へと戻っていった。
自らが軍をあける心配はあったのだが、それが本当になってしまうとも知らずに。





カーアインたちがジュリアンが率いる軍の宿営地へとやってきた時には、明らかに様子が変であった。
地面に横たわって呻く見張りの兵や、混乱を極めて右往左往する兵士たち。
ジュリアンらしくなく、軍全体が混乱して機能しているようには見えなかった。
一体何があったのか、カーマインたちは手近にいた無傷の兵士へと駆け寄って説明を求めた。
正式な軍服を着ていない一行であったが、何度かジュリアンのそばにいたところを見られていたのか、兵士はすぐに混乱の原因を教えてくれた。

「ライエル様が、インペリアル・ナイトが陛下の命を狙って奇襲を。ジュリアン様がいない隙を狙われた!」

詳細まで聞く暇はなかったが、どうやら奇襲で一気に方をつけてしまうつもりらしい。
カーマインたちがここにやってきたのも、オスカー・リーヴスからアーネストが向かったと言う情報を受けての事だが、間に合わなかったようだ。
唯一幸運なのは、アーネストたちは真っ直ぐエリオットがいるはずのテントへと向かったらしい。
ジュリアンがいるはずなので、直ぐには大丈夫だと思っていたがそうも行かないらしい。
そのジュリアンが現在不在である事を聞くとすぐに、カーマインたちはエリオットがいるはずのテントへと走り出した。

「なんでこうギリギリなのよ。テレポートが使えるルイセちゃんがいなかったら、オスカーリーヴスって奴どうするつもりだったのよ!」

「今はそのような事を言っている場合ではないですよ!」

頭を抱えるティピと、それをたしなめるユニ。
どちらの気持ちもわかる中で、皆が見えてきたテントに視線を集めた。
直後、中から吹き飛ぶようにしてテントが崩れていった。
押しつぶすように崩れてい幕が一瞬浮き上がると破裂するように四散して行き、中から現れたのはアーネスト一人であった。
まさかもうと言う恐れを抱きながらも、皆が武器を構えた。

「賊を利用してジュリアンを遠ざけたものの……貴様達の仕業か?」

顔の表面上は解りにくいが、突然怒りの矛先を向けられ戸惑うが、問い駆ける権利はこちらにこそあった。

「土足で人様の陣地に上がりこんでおいて、エリオットはどうした?」

「知らぬと言う事は貴様らではないのか。してやられたのはこちらの方と言う事か」

「無視してんじゃねえぞ!」

「グロウ様?!」

グロウの言葉も殆ど無視して勝手に納得すると、背を向けそうになったライエルへとグロウが光の魔剣を掲げて向かっていった
渾身の一撃を繰り出すも、アーネストは双剣の一振りを持って刃と刃を滑らせた。
受け流される感触を味わいながら、もう一方の剣が自分へと向かうのを感じてグロウは無理やり頭を下げた。
頭上を通り過ぎる刃に背筋を凍らせながら、一旦グロウは下がることにした。

「危ねえ。くそ、まだ腕はあいつの方が上かよ」

「グロウ、落ち着いて。状況から考えてエリオットはまだ無事だ」

下がってきたグロウの肩を掴んだカーマインの言葉は、やけに確信めいていた。

「さっき彼が漏らした台詞から間違いない。多分ここにいなくて、彼の部下も探し回っているはず。ウォレスさんとミーシャは、エリオットを探してください。その間、僕とグロウ、ルイセとで彼を止めます」

「解った。ミーシャ、ついてこい」

「はい、ルイセちゃん気をつけてね」

命令を聞き入れて走っていった二人を見送ってから、ようやくカーマインはグロウの方からその手を離した。
いくら自分達が強くなってきたと言っても、まだ完全に体調を整えたインペリアル・ナイトに勝った実績はない。
危険を犯すよりも、歯がゆいがここは数人で取り囲むのが正解だと、カーマインもシャドウ・ブレイドの刃を生み出した。

「敵地で時間をかけるわけにも行かないが、偽者の代わりに貴様らの首と言うのも悪くはないな」

「認めてもらえて嬉しいような、嬉しくないような」

カーマインが首をすくめるようにおどけた格好を見せた途端、グロウが飛び出した。
光の魔剣を横なぎにして駆け抜けると同時にアーネストに斬りかかる。
余りにも無造作なその一撃は容易くさばかれ、真横を駆け抜けようとしたグロウの背中をアーネストの瞳が捉えた。

「背中が、がら空きだ」

「それは貴方の事ですか?」

グロウの背中へと目掛けて剣を振り上げ様とした所で、アーネストの背後からカーマインの囁きが届く。
決して回り込まれたわけではなく、アーネストがグロウを追う事で背中を向かせられたのだ。
大地を食い破るように踏み込み十分なカーマインの一撃が繰り出されるが、それで終わるほどインペリアル・ナイトは甘くない。
一度振り向き始めた体を止めて振り向きなおすよりはと、完全にカーマインに背中を向けたまま片足を軸にした体を回転させる。
渾身の一撃を外してバランスを崩したカーマインの背中に逆に回りこむが、そのまま斬りかかる事はせずに頭上で双剣を交差させた。
直後カーマインとアーネストを飛び越える勢いで頭上から切りかかってきたグロウの光の魔剣を受け止める。

「ちっ、感の言い奴だな!」

「場数が違うのだ」

光の魔剣を受け止めた事で体の動きまでも止まってしまったグロウを、アーネストの剣閃が真横へと弾き飛ばす。
続いて足元にいるはずのカーマインを射抜くように見たが、すでにその場にはいなかった。
代わりに聞こえたのは、タイミングを推し量ったような声であった。

「ルイセ!」

「我が魔力よ。我が力となりて敵を打ち砕け、ソウルフォース!」

双子しか戦力として数えていなかったアーネストに、ルイセの魔法は予想外であった。
さらには見た事もない程に巨大なソウルフォースに初動が遅れた。
頭上から一直線に落ちたソウルフォースは大地に打ち込まれると、大地をめくれ上がらせるほどにエネルギーの放出が始まった。
ちょっとした地震を辺りに引き起こすほどであり、これにはソウルフォースを放ったルイセ自身が驚いていた。

「や、やりすぎちゃった。ど……どうしよう?!」

「どうしようもなにも、死んでんじゃない。これ?」

ちょっと涙声のルイセに追い討ちをかけるような台詞がティピより放たれる。
だがカーマインも、一度斬り飛ばされてから戻ってきたグロウも気を抜いた様子は見られなかった。

「いえ、生きています。アレを見てください!」

二人の態度を肯定するように、未だ土煙が収まらない爆心地をユニが指差した。

「色々と、驚かせてくれる。光の翼に黒い悪魔、その次は皆既日食のグローシアンか」

薄れていく土煙の向こうから現れたアーネストは、少々薄汚れている程度でこれと言った怪我は見られなかった。
ソウルフォースが地面に空けた穴の横で彼が膝をついている事から、直撃をする事だけは避けたのだろう。
だがそれにしても、怪我がなさ過ぎるとカーマインとグロウがいぶかしむ。
タイミングも悪くはなく、これで怪我ひとつ負わせられないとは不可解すぎた。

「何故だと言う顔をしているな。インペリアル・ナイトの制服はただの制服ではない、繊維の一本一本にさえ魔力を通わせた特注品だ」

「つまり、ルイセのソウルフォースをいなしたその双剣も、と言う事ですか?」

「並の武器では、すぐに壊れてしまうのでな」

半分はまさかと言う意味を込めたカーマインが問いかけたが、ほこりを払いながら立ち上がったアーネストの答えは肯定であった。
ただ強いだけに飽き足らず、持っている装備までもが一流とはたちが悪すぎる。
アーネストが狙ってしたことなのか、身に着けている装備の事を話したことで、カーマインやグロウも二の足を踏んでしまっていた。
まだ負けてもない、むしろ押していた感触さえあったのに、追撃にためらいが出た。

「さて、どうやらここまでのようだな」

ところが、退いたのはアーネストも同様であった。
突然双剣を鞘に収めて、踵を返していた。

「あ、ちょっと逃げるつもり?」

「どうとでもとるが良い。この状況で、さらにジュリアンの相手まではしたくはないからな」

何処までも勝気がティピが吼えるが、アーネストは相手にした様子もなく走り去っていった。
さすがにカーマインもグロウも追いかける気にはなれず、アーネストの言葉の意味を察して後方へと振り返る。
また遠くて姿は見えないが、かすかに馬の足音が聞こえ始めていた。





肝心のエリオットの安否はと言うと、当然のように無事であった。
ウォレスたちがエリオットを探しに言った結果、何の変哲もない一般兵士用のテントにエリオットは身を隠していたのだ。
それを見つけたのはウォレスであったが、話を聞くに、非常時の行動はあらかじめジュリアンに聞かされていたらしい。

「はぁ、本当に寿命が縮まる思いでしたよ。インペリアル・ナイトに命を狙われるなんて……」

「申し訳ありません、陛下。まさかアーネストが直接くるとは思いもしませんでした。軽々しく本陣を離れた事をお許しください」

新たに用意されたエリオットのテントに集まってから、ジュリアンは深々と頭を下げた。
だがむしろエリオットは申し訳なさそうに慌てるのが精一杯であった。

「頭を上げてください、ジュリアンさん。ちゃんと事前に説明を受けて、離れる事を了承したのは僕です。それに緊急時の対応を指示までしてもらったからこそ、僕はいまここで無事にいるんです。ジュリアンさんには、なんの非もありません」

余程怖い思いをしただろうに、あっさりとジュリアンを許してしまうのはお人よしなのか、大物だからなのか。
非がないと言ってもらえてもジュリアンは、感謝の意を述べる事を忘れなかった。

「それにしても、お前達にも感謝しなければいけないな。いくら陛下を隠れさせたといっても、アーネストがいたとなれば時間の問題だったろう」

「彼にとって許された時間が短かった事が幸いだっただけだよ。三人がかりでも、時間に制限がなかったらどうなってたか」

正直な感想を漏らしたカーマインであったが、後ろから思い切りグロウに叩かれた。

「まだ負けてねえ。三人がかりってのも気にいらねえが。ああ、くそ。むかつくな!」

「グロウ様、ご自分の力の至らなさを八つ当たりで晴らさないでください」

ユニに指摘されたとおり、八つ当たりだという自覚はあったのかムッとした顔のまま黙ってグロウはテントの外へと出て行ってしまった。
カーマインやジュリアンに頭を下げてから、ユニがその後を追って飛んでいった。

「相変わらずの負けず嫌いだな。それにしてもアーネストは、奇襲をかけるほど何を急いでいたんだ? いくらこちらがローランディアの協力を取り付けたとはいえ」

「そうそう、アタシたちその連絡のためにこっちのきたのよ」

「どういうことだ?」

「実はダグラス卿の下に、オスカーさんが兵を連れて現れたんだ。それで、インペリアル・ナイトが忠義を尽くすのは本物の王ただ一人と言ってエリオットの配下に加わってくれたんだ」

それ以外にもカーマインの口から、ダグラス卿の軍がシャドウナイツに足止めされた事なども教えたが、やはり一番の驚きはオスカーが配下に加わった事らしい。

「そうだったのか。あのリーヴスが。彼はアーネストと同じように、最後までリシャール側につくと思ったのだが」

「でもこれで三人のインペリアル・ナイトのうち二人がこちら側なんですよね」

「そう言えばそっか。なら、もう勝負は見えたようなものじゃないですか?」

ルイセに続き、ミーシャが同意するが、ジュリアンはゆっくりと首を振っていた。

「そうもいかんさ。確かに私とリーヴスの隊だけでもかなりの兵力になるだろう。だが向こうにはインペリアル・ナイト・マスターであるリシャールがいる。奴の力は半端じゃない。まるで化け物だ」

「化け物、か。あまり言いたくはないが、ゲヴェルによって作られた兵士だからな」

一応カーマインの事を気にしながらのウォレスの台詞であった。
いい加減その事は自分の中で折り合いをつけていかなければならないため、カーマインは逆に微笑んで見せた。

「だがお前たちが協力してくれるんだ。希望がないわけじゃない。さて、もう次期にブロンソン将軍の部隊がこちらにやってくる。合流しだい、こちらは王都を目指す。カーマイン、父の方は頼んだぞ」

ジュリアンの頼みに答えてから、カーマインたちは再びダグラス卿の部隊へとテレポートで飛んだ。

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