第八十六話 カレンの捜索


デリス村の北、山間部にある猟師用に建てられたといわれている山小屋には、光もなく人がいる気配は微塵にも見られなかった。
人がいるのは山小屋の地下、軒下に作られた人工の洞窟であった。
壁には松明がかけられ、夜のせいかさら暗いその場所を明るく照らし出せば見えてくるのは煌く剣戟と魔法の光であった。
余り広いとはいえない場所で大柄な男が激昂のままに大剣を振るい、闇色の衣を纏った男達をなぎ倒していく。
自分が抱える苦しみや苛立ちをそのままぶつけるように、肉も骨も纏めてなぎ払っていっていた。

「ゼノス、長丁場は目に見えている。無駄に体力を消耗するような戦いはよせ!」

「抑え切れるもんかよ。こいつらが、こいつらが!」

「なら短期戦にして少しでも、わが魔力よ。彼の者にさらなる力を、アタック」

背後で援護に回っていたグロウが強化の魔法を唱えると、ゼノスの猛進がさらに勢いを増していった。
直接の戦闘を得意とは言えなくても、仮にもナイトと呼ばれるシャドウ・ナイツを紙くずのように切り裂いていく。
そんなゼノスの勇猛を目にしながらも、グロウの心はゼノス同様に余り晴れてはいなかった。
ヴェンツェルにシャドウ・ナイツの隠れ家の位置を聞いてから、飛び回ること四つ目。
今だにカレンに出くわす事もなく、シャドウ・ナイツの襲撃時の驚きようからここもハズレだと目に見えていた。

「おい、グロウ。ここも違う、かろうじて息をしている奴に効いてみたが、ハズレだ。次、次に行くぞ」

「勇む気持ちもわからん事もないが、あと行けて一つか、二つだな」

「おい、あの爺さんから貰った情報ではまだまだ行ってない場所がたくさんあるだろ!」

「カーマインがいない場所で無理させられるかよ」

シャドウ・ナイツを切り払ってますますいきり立つゼノスに対し、グロウの方は最初の勢いを失いかけていた。
助けなければいけないと思う反面、余り無理はさせられないと見えない天上の向こう側を見上げてから、洞窟へと降りてきた階段を上り始めた。
猟師用の山小屋と偽装された部屋では、うずくまるようにして息を荒くしたルイセがへたり込んでいた。

「グロウ様、ルイセ様の疲労があまり芳しくありません。あとがんばって一つか、二つかと」

「ああ、それも俺は考えていた。もうすでに一戦してる状態でテレポートさせりゃ、こうなるのは解っていた。さらにもうじき夜が明ける、ルイセは何時も寝るのは早いからな」

「だ……大丈夫だよ。カレンさんの命がかかってる状況で、がんばるから。大丈夫、アッ!」

壁に背をつけて無理やり立とうと試みたルイセは、すぐに壁を滑ってへたり込んでしまった。
苦笑いでもう一度試みようとする所を、グロウが頭に手を置いてやめさせる。

「フラフラで立てないやつが馬鹿言ってんじゃねえ。だが急ぎたいのが本音と言えば、本音だ。短い間で一つでも多いアジトに……」

「あの、グロウ様。予測ではありますが、まだ今日か明日ぐらいの時間は残されていると思われます」

「それだけしか、何故そう言えるんだ?!」

ユニの台詞に過剰に反応したのは当然のようにゼノスであるが、ユニは落ち着き払って言った。

「アンジェラ様が生きていて、ゼノス様が帰って来ない以上ガムランという人は裏切りだと考えます。私達とゼノス様の関係を考えた場合、殺される事はないと考えて。ですがすぐにはカレンを殺さない。と言うよりも、構っている暇がないと言った方が正しいと思われます」

「興味深い意見だな、ユニ続けてくれ」

「はい。そもそも何故シャドウ・ナイツはダグラス卿の軍を足止めしたのでしょうか? 風説など敵軍の足並みを乱す方がよっぽど自軍のためになりましょう。ともすれば、バーンシュタイン本国で何か起きているとしか思えません。ゼノス様、心当たりはありませんか?」

「心当たり……そういや、珍しくガムランの奴が焦っていた事があったな。インペリアル・ナイトが仲間割れだとかなんとか」

「ジュリアンの事じゃないのか?」

ジュリアンが反乱を起こしたとなれば、仲間割れには違いないと思い発言したグロウであるが、ゼノスに首を振られた。

「いや、ジュリアンはまだ新米で、バーンシュタイン内でインペリアル・ナイツと言えばマスターを除いたオスカー・リーヴスとアーネスト・ライエルの事だ」

「それかもしれません。オスカー様とアーネスト様が、エリオット派とリシャール派に分かれてしまったとしたら、バーンシュタイン国内はかなり混乱するはずです。やはり、まだカレン様に幾分かの時間は残されているはずです」

「かなり話がずれて、戻ってきたな。まとめるぞ、アジトの襲撃は次が最後。四時間の休息の後に続行。ゼノス、つらいだろうが耐えてくれよ。それにお前自身にも休息が必要だ、解ったな?」

「耐えてみるさ」

ゼノスに最低限の事を確認すると、グロウはヴェンツェルから貰った紙を覗き込み、今のアジトの欄に罰印を書き込んだ。
それから次のアジトの場所を確認すると、コムスプリングス、しかも金持ちの別荘があるような場所のど真ん中であった。
その事に少々驚きながらも、へたり込んでいるルイセの前にしゃがみ込むと、背を向けて負ぶさる様に言った。

「グロウお兄ちゃん、自分で立てるから」

「馬鹿野朗、誰もお前の事なんて心配してねえよ。カレンの救出の要はお前だ。潰れられたら困るだろうが」

「あの、グロウ様。今さら悪ぶられても、遅いですよ。心配なら心配と言ってあげてください」

「ああ、もううるせえな。ルイセもはやく負ぶされ、次行くぞ」

ユニの突っ込みに照れたように声を荒げると、グロウはようやく負ぶさってきたルイセを背負いなおした。
それから山小屋を出るとルイセのテレポートでコムスプリングスまで飛んだ。





観光地であるコムスプリングスを歩いても、まだ空が白む程度の時間帯では人の姿は地元の仕事人ぐらいしか見ることはなかった。
グロウはルイセを背負ったまま入り口から真っ直ぐ、フェザリアンの研究家であるダニー・グレイズがいる別荘地まで足を伸ばす。
別荘地となると仕事人の姿もなく、夜遊びが酷いのか人通りどころか物音一つ聞こえないほどの静寂があった。
そのような中にグロウたちがいれば目立ちすぎるので、アジトの近くまで来ると一旦別荘と別荘の間に身を隠し、疲れきっているルイセを降ろした。

「ユニ、お前は残ってルイセの事を見ててくれ。俺とゼノスで様子を見てくる。もしも当たりなら」

その時は連れて行くといおうとしたところ、ゼノスが後ろからグロウの肩を叩いてきた。
後にしろと振り向いたところで静かにとジェスチャーをされたあと、指差された方を見た。
すると目標としていたアジトから数人のシャドウ・ナイツが、辺りを警戒しながら出てきたと思えば直ぐに一方向へと向けて走り出した。
ざっと五、六人と言った所で、すぐに一方向を目指して消えていった。

「ありゃ、どう見ても仕事だな。すぐには戻ってこない。となるとアジト内に残ってるとしても少人数だぞ」

「今のうちか。よし、すぐに踏み込むぞ」

「ちょっと待って、グロウお兄ちゃん。私も行く。大丈夫だよ、久しぶりにグロウお兄ちゃんに甘えたら元気でた」

そう言って笑ったルイセの顔に疲労の色がないわけではないが、問答の時間が惜しかった。
ゼノスに先陣を頼むと、グロウはルイセの手を引いてアジトへと向かった。
アジトの入り口には鍵はかかっておらず、留守番がいるのか、それとも意外と直ぐに戻ってくるつもりなのかグロウたちは急いだ。
警戒心を強めてから建物の中に入ると、人の気配はみられなかった。
ますます急がねばと手当たり次第に部屋の扉をあけるも、カレンらしき人影は何処にも見られなかった。

「いない。クソッ、ここもハズレだってのか。一体何処にいるっていうんだ」

「いないのなら長居は無用だ。奴らが何時戻ってくるかもわからねえ」

「ルイセ様、大丈夫ですか? やはり外で待ってた方がよかったのでは」

「大丈夫、今すぐにでも次の場所に。ほら、元気、げ……あれ?」

壁に手をついたいたルイセが元気と言う事を示そうと胸をはって両腕を上げた所でよろめいていた。
グロウが手を伸ばすよりも早く壁に手をついたのだが、壁が動いたように奥へと僅かにずれた後横へと滑り出した。
偶然隠し階段のボタンでも押したのか、ルイセはそのまま奥へと倒れこんでしまった。

「いたぁ……グロウお兄ちゃん、やっぱり無理かも」

「いや、でかしたぞルイセ。手ぐらい貸してやるからもう少しだ。調べてみる価値は十分にあるぞ」

出現した扉に真っ先にゼノスが飛び込んでいき、ルイセを起こしてからグロウも中へと続いた。
隠し扉の奥は階段となっており、明るい別荘地に似合わぬ陰鬱さを持っていた。
一段降りるごとに薄暗さがましていき、そこの方にはわずかに松明のあかりが揺らいでいるのが見えた。
ここは慎重に歩を進めたかったグロウであるが、アジトないに罠を仕掛けるとも思えず、さらにどんどん進んでいくゼノスには無理な注文であった。
階段を降り切ったところで見えた扉を開けたそこは、監獄であった。
別荘地の地下にそんなものがあると誰が思うのか、一番奥の牢屋から誰かが鎖を引いたような音が聞こえた。

「カレン! いるのか、カレン!」

「その声は、兄さん。兄さんなの?!」

「待ってろ、こんなボロっちい牢屋なんてすぐにぶち壊して助けてやる。少し下がって」

すぐに一番奥へと走って行ったゼノスは、抱き合うよりも前に鉄格子の扉の前で大剣を引き抜いた。
カレンもそう望むように言葉に従うと思いきや、大剣を抜き去ったゼノスを止めるように鉄格子の近くへと駆け寄ってきた。

「待って、兄さん!」

「カレン、下がってろ。大丈夫だ、こんなもん俺の一振りで」

「違うの。私、行けないの。行っても意味がないの!」

「どういうことだ? あまり時間はないが、順を追って放してくれ」

「グロウ君、ユニちゃんも、ルイセちゃんまで。助けに来てくれたのは嬉しいのだけれど、私……あのガムランって人に呪いをかけられているの。私がどこにいても、ある言葉を言うだけで苦しめたり、殺したり出来るって。だから私がここから逃げ出しても同じなんです……」

思っても見ない事態に、ゼノスは振り上げていた大剣を鉄格子ではなく近くの壁へと思い切りぶつけていた。
砕け散った壁に頭を押し付けゼノスは呻いていた。
耐えられない苦しみを、むしろカレンの苦しみを変わってやりたいと願う気持ちをぶつけるように。

「どこまで、どこまで俺を苦しめれば気が済むんだ。俺だけじゃない、カレンまで」

「私がいるせいで。私がいるせいで兄さんが苦しむのなら、私、この命……」

「馬鹿な事言ってるんじゃねえぞ。てめえでてめえの命を断つまえに、俺がぶん殴るぞ」

「ぶん殴るのはどうかと思いますが、グロウ様の言う事も間違いじゃありません。あのような輩の思い通りにする必要などありません。呪いがかけられたのなら、解けばよいだけのことです。魔法学院に行けば、何か手段が解るはずです。ですよね、ルイセ様」

「うん、副学院長の研究が呪いだったはずだから、事情を説明すれば解ってくれるはずだよ」

グロウたちの言葉にまず説得されたのは、カレンではなくゼノスであった。
再び希望を見つけたように苦しむのを後回しにして、鉄格子の向こう側にいるカレンへと手を伸ばした。
そのまま鉄格子をはさんで抱きしめてやると、もう少しだけ待っていてくれと耳元でささやいてやっていた。
カレンの方もゼノスから勇気を貰ったのか、耐え抜いてみせる約束をかわした。





思いもしない事態が発生したとはいえ、何処にいるかわからないカレンを探すよりも、今後の指針は明確となっていた。
カレンにかけられた呪いを解くこと。
まずはユニの提案からカレンに出来るだけ詳しい状態や情報を聞き出し、それからルイセのテレポートで魔法学院へと飛んだ。
七階の副学院長室へと向かうと、秘書の人に話を通して半ば無理やり部屋へと通してもらった。

「失礼します。突然申し訳ありません、副学院長」

「おお、ルイセ君か。それにグロウ君も、突然どうしたんだね?」

本当はグロウは副学院長を覚えていないのだが、説明も面倒だと特に頭を軽く下げる程度にとどめた。
学院長が更迭されたおかげか、執務机の上は書類だらけであったが、人命が優先だとグロウはカレンのことを話した。
単刀直入に呪いをかけられた女性がいると言う事から言い、後からその経緯、シャドウ・ナイツのことを伝えた。
最初は呪いの話を聞いて、大陸位置の呪術研究家と言っていたが、呪いの詳細を聞くと少しずつその顔が曇り始めていた。

「キーワードだけで人を苦しめたり、殺したりできる呪いか」

「期待させといて、知らないとか言うんじゃないだろうな」

カレンの命がかかっているだけあって、凄んでしまうゼノスを前に慌てて副学院長は否定した。

「バカにしないでもらおうか。その呪いなら知っているとも。ただ、そのような呪いをこの現代で操る者がいると呆れておったのだ」

「確かに、すっごく嫌なお人です。人の風上にも置けません」

心底嫌そうに言ったユニと同じように、誰もがガムランを思い出して腹をたてていた。
副学院長は見知らぬガムランの性根を皆を通して理解したようであった。

「その呪いをかける儀式だけで、十日以上も対象を拘束する必要がある。まことに非効率的な呪いなんだよ。それをうら若き女性に行うとは、呪術研究家として許せんな」

「許せないというアンタの気持ちは嬉しいが、俺が知りたいのは、それを解く事ができるのかどうかなんだ。頼む、教えてくれ」

「もちろんだとも。解呪自体はさほど難しくない。いくつかの道具さえあればいい。解呪の道具を作ってあげるから、今から言う物を持ってきてくれないか。ある程度道具はそろっているのだが、決定的なものが二つ足りない」

「なんでも言ってくれ」

「まず、対象者の身体の一部。爪でも髪の毛でもいい。それから最も重要なのが『聖なる土』だ。グローシュが長年、大地に染み込んで出来た金色の土だ。オリビエ湖なんかが有名だ」

ユニやルイセは、かつて言った湖を思い出して、ああっと声をあげていた。

「カレンの髪の毛なら、家のブラシかなんかにあるはずだ。俺は手っ取り早く今から家に行って」

「なら、私とグロウお兄ちゃんとユニはオリビエ湖だね。すぐにテレポートで」

「馬鹿言ってんじゃねえ。お前どれだけテレポート連発したと思ってるんだ。ぶっ倒れるぞ」

率直に心配できないグロウは、軽くポカリとルイセの頭を叩いていたが、ルイセも負けてはいなかった。
全くの正論でグロウから真っ向に言い返していた。

「でも後三回だけ。行って戻ってきて、コムスプリングスに一回。カレンさんの命がかかってるのに、疲れたからなんて言ってられないよ。何時までも子供扱いしないで」

つい先日カーマインから弟離れをしたつもりが、ルイセからも言われたグロウは傷を突かれた胸を押さえていた。
それでもしばらく葛藤していたぐろうであったが、確かに自分が折れるしかないと解ってもいたので折れる事にした。
ただ、珍しくルイセを手招きして呼び寄せると、カーマインのように優しく抱きしめてやっていた。

「カーマインじゃなくて、悪いな。もう少しだけ、頼んだぞ」

「お兄ちゃんはお兄ちゃんだもん。こうしてもらえると、元気がでるよ」

自分から抱きしめたのに、その言葉を聞いたときのグロウの顔は奇妙に歪んでいた。

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