回り込むように燃え上がる炎は、完全にカーマインたちを包み込んでいた。 水分をたっぷり含んだはずの草原が激しく燃えていることから油か何かをあらかじめ撒き散らしていたのだろう。 炎は夜の闇を暗い尽くすほどに燃え上がり、余熱ですら肌を焼くほどに勢いを増していっていた。 炎から逃げるだけでも苦しいのに、さらには自分の犠牲を覚悟しているのかシャドウ・ナイツたちにも囲まれている。 唯一の突破口は燃え上がるもののない崖、草原へとやってきた時の橋であるが、そこにはシャドウ・ナイツの首領であるガムランが待ち構えていた。 だがガムランはカーマインたちを逃がすまいと力を入れるよりも、小馬鹿にしたような笑みを浮かべた後に言い放った。 「さて、これで始末するのには十分でしょう。あとは任せましたよ」 直ぐ傍らにいたシャドウ・ナイツに伝えると一仕事をすでに終えたかのように背中を向けた。 仕組むだけ仕組んでおいて手を汚す事は部下任せという姿に激昂したのはウォレスであった。 「相変わらずだな、ガムラン。逃げるのか!」 「貴様ら如きに、なぜ私の手を汚す必要があるのです? では、ごきげんよう」 「……チッ」 余りにも堂々としたガムランの物言いに、舌打ちをしたのは本人に任せると言われたはずのシャドウ・ナイトであった。 だが珍しく怒りをあらわにするウォレスはその事に気づけなかったようで、すぐそばのシャドウ・ナイトたちを無視して斬りかかりそうな雰囲気であった。 余程の因縁でも持ち合わせているのか、示し合わせたようにカーマインとグロウが叫んだ。 「ウォレス、あのクソむかつく親父を殺して来い。こっちは俺とカーマインだけで十分だ」 「その通りです。ルイセはブリザード、少しでも炎の勢いを止めて。グロウは道を作ってミーシャは援護。アンジャラ様は僕の後ろについてきてください!」 「わかりました」 唯一返事を返したのはアンジェラのみであり、皆がカーマインの命令の直ぐ後に動き出していた。 立ちふさがるシャドウ・ナイトへとグロウが切りかかった途端、ウォレスが弾ける様に飛び出していった。 勢いを増す炎と相反するルイセの作り出した冷気を背中に感じながら、ウォレスは一目散にガムランへと向かう。 「俺が大人しく逃がすと思うのか、ガムラン!」 「見逃す? 違いますよ、手も足も出ないと言う事を理解しなさい」 もはや言葉も不要とウォレスの右腕が、特殊両手剣を投げつけた。 轟音を上げながら一直線に向かってくるそれを目にしながらも、ガムランの優越に浸った笑みは薄らぐ事はなかった。 その答えは、二人の間に一人のシャドウ・ナイトが割り込んだことにあった。 ウォレスの特殊両手剣を前におびえる事もなく、振り上げた大剣を真正面からぶつけることで弾き返したのだ。 「だから言っただろう。お前は私に手も足もでないのだと。では、今一度ごきげんよう」 「待て!」 「すまない。奴に手を出されては困るんだ」 ウォレスの優秀な耳は、自らの特殊両手剣を止めた相手が漏らしたその声を聞き逃しはしなかった。 サシで言葉を伝え合った事は一度もないが、それでもしっかりと憶えていた。 「ゼノス、何故今だに」 「確かに正しかったのはお前達だ。だが全てが遅すぎたんだ。もう俺にはこうするしか、こうするしかないんだ!」 跳ね返ってきた特殊両手剣を手に取ったウォレスへと、ゼノスは躊躇いを持ちながらも斬りかかって来た。 ゼノスが渾身の一撃を振り下ろせば、ウォレスはその一撃を特殊両手剣の刃で滑らし起動を剃らせ、逆側の刃で斬りつける。 身を低くしてその刃をかわしたゼノスは再度大剣を振り上げる事をせず、近接なのを良い事にそのままウォレスの体へと体当たりをかけた。 ウォレスの体が大きくよろめき、好機だと今度こそ大剣を振り上げる。 だがウォレスの方も負けてはいなかった。 よろめき、倒れそうになりながらもウォレスの足が大剣を振り上げたゼノスの膝を激しく打っていた。 「グッ、この!」 後一歩の所での思わぬ一撃にゼノスの大剣は威力をそがれて、ウォレスの特殊両手剣に受け止められていた。 ウォレスは打ち据えられた反動と、腕の力を総動員して跳ね返すと素早く起き上がり距離を取る。 「完全なパワーファイターだな。俺が最も得意とするタイプだ。特に、よく鍛錬に付き合ってやっていたからな」 以前グロウがそう思ったように、ウォレスもどことなくカーマインとの共通点に気づいたようだ。 ゼノスも、以前グロウに指摘されたその点に気づいたのか、少々硬くなるように剣を構えなおしていた。 かと思えば、一度構えた大剣をすぐに降ろしていた。 「ウォレスさん!」 「早く走って、走って! もう直ぐそこまで来てるわよ!」 ゼノスが剣を降ろした事をいぶかしんでいると、自分達を囲んでいたシャドウ・ナイツたちを片付けたカーマインたちが後ろから走ってくるのが解った。 ティピの叫ぶとおり、炎は勢いが衰えるどころかますますと燃え上がり、こちらを飲み込もうとしていた。 もはやお互いに剣を交えている場合でもないかと、ウォレスも特殊両手剣を下ろして言った。 「ゼノス、何があったかは少し想像できるが。今は戦っている場合じゃない」 「だが、俺は。王母を……」 「自分から剣を降ろしたお前なら解っているはずだ。まだ自分がここで死ねない事を、来い」 ウォレスに説得されたゼノスは剣を納めると、被っていた仮面を炎の中に放り込んでから走り出した。 アンジェラはシャドウ・ナイトと和解したかのような光景に少し驚いていたが、迫り来る炎を前に小さな事だと何も言わず走っていた。 崖に唯一かかっていた橋を渡りきると、やがて橋にまで炎が燃え移ってしまった為仕方なくカーマインとグロウが斬り落としていた。 一先ず全員無事であった事に安堵しつつ、ウォレスと戦っていたシャドウ・ナイトがゼノスであった事に皆が驚いていた。 特にカーマインやルイセは、真実を知って抜け出したとばかり思っていたからだ。 「ねえゼノス、どうして? もうシャドウ・ナイツにいる必要はないんじゃないの?!」 「確かにお前たちの言ったとおり、すべてはガムランの仕組んだことだった。今までカレンをさらおうとした輩も、闘技大会当日の日も。それから綺麗事を並べ立て、なんの罪も犯していない人を俺に殺させていた事も」 「やっぱりな。奴はお前の力に目を付け、是が非でも自分の手駒にしたかったんだろう」 忌々しげに呟いたウォレスに対して、戸惑う事もなくゼノスは頷いていた。 「その通りだ。そしてその罠に俺はまんまとはまっちまった」 「でもそれがわかっていて、どうして……」 「言っただろ? 罠にはまったってな」 ルイセの問いかけに対して、ゼノスは自嘲的にそう呟くだけであった。 単純に罠にはまったと繰り返しただけであるが、ゼノスの言い方からして前後で意味合いが違ってきているのは間違いなかった。 前者は過去にゼノスが陥れられた事だとはわかるが、では今はどんな罠に陥れられているのか。 ガムランの事をよく知るウォレスはその事にいち早く気づいたようであった。 ゼノスの短い言葉から、ゼノスの一番の弱点、そしてガムランの性格を考えると何をしてくるのかは容易に知れるようであった。 「ゼノスさん、できる事なら話してもらえませんか?」 「カレンが……」 何時も気を張って明るくつとめてきたゼノスの、弱々しい声であった。 縋るように、どうすればよいのかわからず迷うような声であった。 「カレンを人質に取られた」 「くそっ! どこまでも汚い奴だぜ!」 唯一声を荒げたのは半ば予想していたウォレスだけであり、カーマインたちは余りの事実に声も出なかった。 「俺のせいで、カレンが……」 歯を食いしばって呟いた後、急にゼノスは皆へと背を向けてしまった。 そのまま何も言わずに立ち去ろうとしたゼノスへと、慌ててルイセが涙声で声をかけた。 「ゼノスさん、何処に行くの?」 「これ以上お前らに迷惑はかけられねえ。なんとかして、カレンを助け出す」 「探すとは言っても、あてはあるのですか? そもそもあてがあれば、そちらに」 「そうさ。あてがあれば助けに行っている。だがお前たちに勝てない以上、カレンを探すしか方法はないじゃないか!」 ユニの指摘に、陰鬱そうな顔をしていたゼノスが爆発してしまった。 だが直ぐにハッとすると、悪いと一言残して駆け出そうとし出してしまう。 そんなゼノスの足を止めるような言葉を放ったのはグロウであった。 「いや、あてならある」 「本当ですか、グロウ様?!」 「あまり借りを作りたくない相手だが、仕方がないだろう。記憶をなくしている間に、カレンには世話になったらしいからな」 本当に嫌そうにグロウが言ったことで、ゼノスは真実味を感じたのか詰め寄るようにしてグロウへと駆け寄ってきた。 「頼む、俺にできる事があるならなんでもする。だから、教えてくれ。そのあてって奴を!」 「お前一人じゃ、行っても会ってくれさえしねえよ」 今にも胸倉を掴みそうな勢いのゼノスを一旦押しのけると、グロウはカーマインの方を向いて言った。 「カーマイン、ちょっとの間、別行動とるからな。もう心配ないだろうけど、ヘマすんなよ」 「余計なお世話だよ。それと、カレンさんを探し回るのならルイセを連れて行ってよ。テレポート必要でしょ?」 カーマインに言われてルイセが、グロウの方へと駆け寄っていく。 すぐ後にルイセはグロウから行き先を聞かされ、テレポートの光でゼノスを連れて飛んでいってしまった。 話し込んでいる間にも向こう岸の炎は勢いが衰えておらず、夜の中で目立つそれに気づいた一段が駆けてくる。 その中にはダグラス卿も含まれており、かなり慌てた様子であった。 アンジェラの元まで走ってくると、怪我などないか見た後にまくし立てた。 「アンジェラ様、これは一体。突然の炎に驚いている所に、アンジェラ様の姿が見えないとの報告がありました。すぐに緘口令を敷きましたが、危うく大騒ぎになるところでしたよ」 「申し訳ありません。彼らと散歩していた所、シャドウ・ナイツなるもの達に襲われたのです。彼らのおかげで事なきをえましtが」 「君たちがアンジェラ様を守ってくれたのか。ありがとう。これからはもっと警戒を厳重にしなければならないな」 率直に礼を述べるダグラス卿へと、ウォレスは付け足して言った。 「ダグラス卿、襲ってきたシャドウ・ナイツの中に首領であるガムランの姿もありました。その事も含めてお伝えしたい事があります。軍の前に立ちふさがる魔物たちにも関係あります。時間をとってもらえますでしょうか?」 「そうだな。悪い意味ではないのだが、ローランディアの出身である君らの意見を積極的に聞き入れるのも問題だったが、アンジェラ様を救ったとなれば他の者も聞かずにはいられないだろう。アンジェラ様をご案内したら時間をとると約束しよう」 「ありがとうございます」 テントに戻ってしばらく休んだ後に、カーマインたちの下へとダグラス卿の部下がやってきた。 そして再度の作戦会議の場で、カーマインとウォレスの口から魔物を自在に操るシャドウ・ナイトがいるという情報を伝える事ができた。 もちろんローランディアの騎士が言う事だからという雰囲気もあったが、アンジェラを救った功績から、前向きに意見が取り入れられる事になった。 怪我の功名ではあるが、夜明けと共に魔物を操るシャドウ・ナイツを討伐する部隊が結成される事となった。 そしてダグラス卿のたっての頼みという事で、戦闘経験のあるカーマインたちも討伐部隊の一部隊として参加することとなった。 一方、グロウたちがテレポートで飛んだ先は、日差しあふれる気候のランザック王国であった。 ルイセはグロウに言われるままれテレポートしただけであり、グロウの言うあてとやらは、全く覚えがなかった。 ならばいきなり連れてこられたゼノスはもっとあての正体がわからず、先頭をきって歩き出したグロウに問いかけた。 「グロウ、お前を当てにしている身で悪いんだが。先に教えてもらえないか? お前の言うあてとは何なのか」 「シャドウ・ナイツの首領であるガムランは二代目だ。初代シャドウ・ナイツの知り合いがいる。そいつならシャドウ・ナイツが使う隠れ家をいくつか知っているかもしれない」 「そっか、ヴェンツェルさんならカレンさんの居場所を知ってるかも、グロウお兄ちゃん冴えてる!」 「そうですね。私とグロウ様も以前に、シャドウ・ナイツに捕らえられたときに助けられてますし」 ようやくグロウの言う当てを思い出す事ができ、そういえばとルイセもユニも思い至っていた。 だが二人の反応に比べて、ヴェンツェル自信を知らないゼノスは半信半疑であったようだ。 「シャドウ・ナイツの前マスター。し、信用できるのか?」 「信用か、はっきり言ってしてない。もっと言うなら、何故か気に入らない爺だ。だが知っていると言う事実は間違いない。利用するだけの価値はある」 「利用か。嫌な考えだが、今の俺は信用できる奴なんてほとんどいないからな。お前らぐらいのもんだ。それそうと、このまま行けば、城へいっちまうぞ」 ヴェンツェルが今何処にいるか知らないゼノスに、簡単に今ではランザックの魔術師範をしている事を伝えてやる。 もとシャドウ・ナイツ・マスターがと言う思いも当然ゼノスに浮かんだであろうが、小難しい理由があるためはぶいた。 市街を何度か曲がりくねりながら進み、見えてきた城門の前で二人の兵士が行く手をさえぎっていた。 そこを無視して進むかと思いきや、いきなり立ち止まったグロウは、急にルイセの後ろに回りこんで前へと押しやった。 「え、グロウお兄ちゃん急になに?」 「急にもなにも、俺とゼノスじゃ、城に入れないだろう。ローランディアの宮廷魔術師見習いのルイセの肩書きが必要だろう。ぱっと名乗ってずいっと入れ」 「で、でもそう言うのはいつもカーマインお兄ちゃんかウォレスさんがやってたから、グロウお兄ちゃんかわりにやってくれない?」 「アホか、お前は。肩書きがいるっつったろ。俺はただの一般人だ。人の話は良く聞け、馬鹿ルイセ!」 ルイセが側頭部で結い上げている髪の毛をそれぞれ両手で掴みあげると、グロウは兵士がみているのも構わずひっぱりあげた。 「痛い、痛い。名乗る前に変な事しないでよ。あ〜ん、カーマインお兄ちゃん!」 「おい、お前ら。馬鹿なことやってるんじゃねえ。門番が睨んでるじゃねえか。仕方ねえな」 ルイセへのいじめをやめさせると、ゼノスは睨んでいた門番へと近づいてなにやら話し始めた。 時折ルイセを指差しているようで、先ほどグロウが言った肩書きを説明しているのだろうか。 しばらくすると、話がついたようでゼノスが二人の下へと戻ってきた。 「なんか、あの門番お前達の事、特にユニの事を憶えてたみたいだぞ。ヴェンツェルって奴からも話が行ってるみたいで、入って良いってさ。いくぞ」 「わあ、優しいお兄ちゃんがもう一人増えたみたい」 「カレン様の事があるのに、大人ですね」 「優しいの形容詞が気になるんだが、俺はどっちのお兄ちゃんなんだ?」 ちょっとしたグロウの疑問を耳にしていたはずのルイセは、これ以上何もされないようにと何も答えずに城の中へと入っていった。 無視されたことでまた何度かグロウがルイセをいじめたりと、騒ぎながらヴェンツェルを探していると何時ものように向こうから現れてくれた。 ヴェンツェルが元シャドウ・ナイツ・マスターであるなどおおっぴらに会話できないので、またしても会議室の一つに通された。 そこで改めてゼノスやグロウから何があったのかを伝え、シャドウ・ナイツが使っている隠れ家等を聞いた。 だが返事は冷たい物であった。 「私がマスターの時に使っていた隠れ家は大体把握しているが。エリオットに王位を取り戻させる方が優先ではないのかね?」 「なんだそれ、詳しい事情はわからねえが。カレンの命が軽いって言うのか?!」 「そうは言わん。だがゲヴェルによって世界を掌握されれば、お前の妹どころの話ではない。人が全て滅ぶ可能性さえあるのだ。その危機を前に、グロウを最前線から外すのが得策とはとても思えないがな。お前も剣士ならば、こいつの魔法剣士としての実力はわかるであろう」 「世界が滅ぶとか、話が突飛過ぎてわからねえが、俺はカレンの方が大事だ。グロウが気に入らないって言った意味がわかったぜ、もう頼まねえ!」 今にも殴りたい感情を抑えて部屋を出て行こうとしたゼノスの腕を、グロウが捕まえていた。 一応は世話になったのでゼノスはゆっくりとその腕を放そうとしたが、グロウはしっかりと捕まえて放そうとはしなかった。 やがて振り払うのを諦めて、この場はグロウに任せることにした。 「爺、約束してやる。ゲヴェルは絶対に俺が殺す。だから教えろ、シャドウ・ナイツの隠れ家、知っているだけ全部だ」 「やれやれ、その様子では教えなければ無駄な時間をすごすのが目に見えているな。ならば雑用はすぐに済ませるべきだな」 カレンの救出を雑用といわれまたしてもゼノスがきれかけるが、グロウがしっかりと押さえつけていた。 「シャドウ・ナイツの隠れ家といっても自国ですらそう多くない。それに人一人をさらって国境を越えるとも考えられないとすれば、かなり絞られてくるはずだ」 呟きながらヴェンツェルは思いついた隠れ家をいくつか紙に書き込んでくれた。 それを受け取ってすぐに、グロウはゼノスの腕を放してからそとへと皆を促して走っていった。
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