ランザックの王都へと出向き、ヴェンツェルと協力してランザック王へとガラシールズの撤退を条件に追撃をしない約束を取り付けると、再びカーマインたちはガラシールズへと戻っていった。 今度は話が通っているらしく、入り口で番をしていたバーンシュタイン兵が、ティピとユニを見るなりカーマインたちを案内してくれた。 案内された場所は、かつてウェーバー将軍とシャドウナイトのリーダーであるガムランが会談を行っていた屋敷であった。 その庭先には、一般兵とは纏った鎧も雰囲気も一味違う、仕官クラスの兵が大勢集まっていた。 大勢の兵たちの前に立って見渡すようにしているジュリアンを発見すると、カーマインたちは駆け寄っていった。 「どうだった? ランザック軍の了承はとれたか?」 「ああ、もうここを動いても大丈夫だ。それで、お前の方は?」 「ちょうどこれから仕官クラスの者に説明するところだ」 「これからぁ?」 ウォレスが順調に進んでいる事を話したが、あまりにもジュリアンの方が進んでいなかった為にティピが何をしていたんだという意味を込めて叫ぶ。 「そう言うな。エリオット、いや陛下が一緒にいた方が、説得力があると思ってな」 肩をすくめてそう言うと、自分の隣へ来るようにとエリオットに手を差し出し自分の隣へと並ばせた。 行動としては単純な物であったが、詳細を説明するよりも前に、兵士たちの間で動揺の声が上がっていた。 一応バーンシュタインの国の事だからとカーマインたちは一歩下がり、それを見届けてからジュリアンは咳払いをしてざわめきを抑えてから声を張り上げた。 「これから皆に重要な発表をする。心して聞いて欲しい。まず、このお方を紹介する」 「あ、あの……どうも」 なんともしまらないエリオットの挨拶に、納まったはずのざわめきが再燃する。 「陛下……」 「あの傲慢な陛下が、どうして……」 「似ていると思うだろう?」 兵士たちの疑惑の声の中に、それを肯定するジュリアンの冷静な声が透き通り響いた。 ジュリアン自らが似ていると表現した事から、察しの良い物は押し黙り、悪くてもどういうことだと目を見開いている。 そこから一気に疑惑を爆発させるようにジュリアンは声を猛々しく変えて宣言した。 「それもそのはず、このお方が正式な王位継承者なのだ。今王位についているのは真っ赤な偽者。このお方こそが本当の王なのだ!」 兵士たちの口々にのぼる声をさえぎるようにして、ジュリアンは続けた。 「すでに我が父ダグラス卿が、アンジェラ様とともに王都へ向かう準備をしている。そこで私も簒奪者を討つために王都へ向かうつもりだ!」 「あ、あの……僕は今まで自分が王となる人間だなんて、知らないで育ってきました。ですが今の王は世界制服を企む悪者の手先なのです!」 ジュリアンの後に比べると、未だ役者が違うが、それでもエリオットは初めて見る大観衆の前で懸命に声を張っていた。 「このままではバーンシュタイン王国だけでなく、世界中にゲヴェルの魔手が及ぶでしょう。僕はそれをくい止めたい。この大陸の人々を救いたい!お願いです。みなさんの力を貸して下さい」 「いかに相手が偽王であろうとも、これからの戦に勝てねば、我々は、国に弓引く反逆者として闇に葬り去られるだろう。つまり、王位奪還をなしえるためには、偽王が率いる同胞たちを倒させねばならないのだ! 無理強いはしない。今の話を信じ、なおかつ協力してくれる者だけ残ってくれ」 頭を下げたエリオットの背中を軽く叩いて顔を上げさせると、最後の言葉をジュリアンは兵士たちへと向けた。 表向きには確信めいたものを浮かべるジュリアンであったが、内心は少し悔やんでいた。 いきなりゲヴェルの事を持ち出すなど、今はまだ王が偽者と言う事実の説明だけの方が解りやすく、余計な疑問を抱きにくい。 急がずに軽い打ち合わせぐらいすべきだったと思っていたジュリアンであったが、その思いは杞憂でしかなかった。 もっと言えば、ジュリアンは兵士たちの思いに気づいていなかった。 「どうしたものか?」 「決まってるだろ」 「うむ、そうだな」 「どうした? 反逆者になりたくない者は今のうちに本国へ戻れ!」 決断を迫る声を上げた時に向けられたのは、予期せぬ笑顔であった。 「お前たち……」 「我々は将軍に忠誠を誓っております。将軍がその方を信じるのであれば、それは我々が信じたも同然です」 「最後までお供させて下さい!」 「ありがとう、みんな」 まだ仕官クラスにしか説明していないが、今後の軍全体の動きは決まってしまったようなものであった。 ジュリアンが礼を言った後に兵士たちは部下への説明の為に散っていった。 詳しい文面はまたジュリアンから書面で通達されるであろうが、一仕事を無事に終えたことにジュリアンは軽く息をついていた。 「ねぇ、カーマインお兄ちゃん。ジュリアンさん、すごいよね?」 「そうだね。国と言うよりも、ジュリアンってインペリアル・ナイトに忠誠を誓ってるような感じだったね。凄い事だと思うよ」 国に仕えるのか、人に仕えるのか。 これから反逆を起こそうかと言うときの事なので、ジュリアンは何も言わずに軽くありがとうと述べるだけであった。 「とにかく、これで出発できますね」 「その前に、陛下にお頼みしたい事があります」 「へ、陛下だなんて……いったい、何ですか?」 「我が隊は見ての通りの少数です。この兵力で、本国の差し向ける部隊と戦わなくてはなりません。そこで陛下に我が隊に残っていただきたいのです」 「ぼ、僕が?」 突然の申し出ではあったが、王位の奪還と言うお題目が有る以上その象徴は必要であった。 王母であるアンジェラが北のダグラス卿の軍にいるのならば、こちら側にも何か象徴は必須である。 「はい。陛下に同行していただければ、兵の士気も高まるでしょう。その代わり、陛下のお命は、私の命に代えても守ります」 「わかりました。僕に出来ることなら、いくらでもやらせて下さい」 兵の説得の時にさえ頭を下げなかったジュリアンに下げられ、エリオットの決断は意外なほどにはやかった。 「申し訳ありません」 「いるだけでいいのですか?」 「実はもう一つありますが……それはこの戦いに勝利した後でけっこうです」 「そうですか。それではみなさん、今までありがとうございました。僕たちはこちらから王都へ向かいます」 急に一人見知らぬ人たちの中に放り込まれる事になったが、初めて出会った頃のようにエリオットの顔が不安一色に彩られる事はなかった。 もちろん不安は当然の如く持っているであろうが、それを踏まえた上で進もうとする強さがエリオットに見えた。 「このことをアルカディウス王に報告したら、俺たちも手伝おうぜ?」 「当然よ、ね?」 「何時も同じ場所でと言うわけには行かないだろうけど、同じ目的の為に戦おう。エリオット」 「はい、よろしくお願いします」 この場での口約束ではあってもと、ジュリアンが珍しく不安げに頼んできた。 「それなら父上の方の様子を見てくれないか? 父はもう歳だ。無理をしていなければいいが……」 「お父さん思いなんですね。全然構わないよね、カーマインお兄ちゃん」 「ついでにアンジェラ様の護衛もあることだしね」 了承の握手をカーマインがジュリアンと行ってから、ルイセのテレポートで報告の為にローランディアへと飛んだ。 ローランディアの城門の外へとテレポートしたカーマインたちは、王城を目指して歩き、一旦通り道にある家の前で足を止めた。 何時ものようにお留守番組であるグロウとミーシャとそこで分かれるつもりが、グロウがなかなか家へと足を向けようとしなかったのだ。 まるで城まで付いていくのが当然のような顔でいるぐらいである。 「グロウ、どうしたの?」 「別に、俺が城に行っちゃ駄目なのか?」 「本当にどうされたのですか、グロウ様。ご自分から城に出向こうとするだなんて」 これまで無理に呼ばれでもしなかったのに、急にそう言い出せばユニが心配するのも仕方がなかった。 なのに当のグロウと言えばあっけらかんとしたものだった。 「城に行かねえとレティシアに会えねえだろうが。だから行く。それだけだろ?」 ますます首をかしげる一行を待つのを飽きたのか、グロウは勝手に一人で歩いて行ってしまう。 わけがわからないが、グロウ一人では城門を開けてもらえない為に、慌てて追おうとしたカーマインへとユニが止めた。 「あの、ミーシャ様が残るみたいですし、私もお留守番します。グロウ様がお城で暴れないか、少し心配ですけれど」 「グロウもそこまで無鉄砲じゃないだろうけど、一応そのことは伝えておくよ」 何を急いでいるのか、すでにグロウはかなり歩いて言ってしまっており、カーマインたちは小走りで追うこととなってしまった。 「ねえカーマインお兄ちゃん、グロウお兄ちゃんも変だけど。ユニも変じゃなかった?」 「言われて見れば……」 「こういう事は余り得意分野じゃないが。自分を好いてる女に男が会いに行けば、お邪魔虫がついていくわけにもいかないだろ。何時もとは違うものを感じたのかもしれねえな」 ウォレスがそう言うものの、今回の任務でグロウの意識を劇的に変える何かなどあっただろうか。 強いてあげればゼノスがシャドウナイトにだった事が発覚したが、グロウとゼノスの共通点などカレンぐらいしかない。 急にレティシアに会いに行った理由にするには無理がありすぎる。 女の子一人に会いに行くだけで、よくもここまで人を振り回せる物だと半ば呆れるように走ると、城門の前で待ちくたびれているグロウがいた。 やはり思ったとおり、グロウ一人では城門を開けてもらえなかったようだ。 「遅い、速く来いよ」 「あのね、ユニの事なんだけど」 カーマインが開門を門番に頼んでいる間に、ルイセが簡単にユニの言葉を伝えた。 と言っても留守番をすると言う言葉しか伝えてはいないが、その心情を察したのか頭を抑えてグロウが馬鹿かと漏らしていた。 グロウが呆れている間に城門は開ききり、結局グロウから何も聞けないままにカーマインたちは謁見の間へと赴く事になってしまった。 一方グロウはというと、謁見の間の前でぼんやりと突っ立っているだけであった。 実はレティシアに会いにきたものの、何処にいるのか、誰に聞けばいいのかもわからなかったのだ。 しばらくぼけっとしていれば、レティシアの方からやってくるかと待っていたが、そう甘くもなかった。 「何にも考えてなかったからな」 「おい、君。あまりここでウロウロしないでくれるか?」 「ああ、わかったよ」 番兵に軽く注意されたグロウは、仕方が無いとばかりにサンドラの研究所へと向けて歩き出した。 今頃なら謁見の間でアルカディウス王と一緒にカーマインからの報告を聞いている頃であるが、視線の痛い王宮内をブラブラするよりはましである。 サンドラの研究室へと向かう渡り廊下へと出て、研究所内のドアを開けようとすると、扉の前に立つより先に勝手に開いていった。 「「あっ」」 出てきたのは、何故かレティシアであった。 「アホくさ、諦めた途端に会うか普通」 「グロウさん、いつお戻りになられたのですか? こんな所で、何か特別な御用でも。サンドラ様なら今はお出かけに」 突然グロウが目の前に現れた事で混乱でもしているのか、口から出る言葉が支離滅裂になりかけていた。 そんなレティシアを前に、グロウが笑いかけると、急に手を取って研究室内へと引っ張り込んだ。 何がなんだかわからないままに引っ張り込まれたレティシアは、次の瞬間にはグロウの腕の中に包み込まれていた。 だが運の悪い事に、突然に次ぐ突然の事態に、レティシアは自分からグロウを突き飛ばすようにして逃げ出していた。 今目の前で突き飛ばされた事を驚いている人物が、本当にグロウなのかと疑いながら。 「あれ? 嫌、だったか?」 「ちが……ちょ、待ってください。突然すぎてまだ心の準備が。と言いますか、こ、こういう事はきちんと言うべきことをおっしゃってから」 「好きだ」 「そうです。ちゃんと好きと……え? お願いです、混乱してます。何がどうなってますの? まさかまた記憶を失くされたりとか、違いますわよね?」 「失くしてねえよ。何度でも言うぞ、お前が好きだ。ユニと同じぐらいな」 最後に付け加えられた一言で、落胆の意を込めて首を落としたレティシアであったが、内心何処か納得もしていた。 何時ものグロウと変わらないし、唐突さも何時もの事である。 「とても嬉しいのですが、二つお聞かせください。急な心変わりの理由をお聞かせください。それとそのユニちゃんはどこですか?」 「一番の理由は弟離れだな」 「弟……カーマインさんの方が弟さんだったのですか?」 「知らねえけど、アイツか俺かだったらアイツが弟だろう。それは置いておいて……今回の任務中に言われたよ。自分の事は自分で出来るってな。だから弟離れの一環だな」 「微妙に筋が通っていませんし、理由が気に入りませんけれども……私の事を好いてくれるのならば、多少は目をつぶります」 理由が理由なので少し怒ったようだが、すぐさまもう一つの質問の答えを要求してきた。 「お前に会いに行くって言ったら、なんか勘違いしたみたいで家に残ったみたいだな。まあ、後でなんか買って帰るさ。それで、お前に会いにきた用なんだけど」 「その前に、心の準備が出来ましたのでもう一度抱きしめてください」 乞うようにして両腕を開いたレティシアを、グロウが抱きしめようとした瞬間、後ろのドアが音を立ててスライドした。 そこにいたのは当然の事ながらこの部屋の主であるサンドラであった。 開いたままサンドラが入室することなく、再度ドアは閉まっていった。 そしてまたすぐ開いた。 「貴方達は若いんだし、抱き合ったりキスの一つや二つかまいませんが。場所はちゃんと選びなさいね。少し散歩してきます」 またまたドアが閉まった後の、言いようのない沈黙。 そこに響く去っていくサンドラの靴音が大きく響いていた。 と言っても、気にしているのは二人のうち一人だけであったが。 「さて、お袋の許しが出た所で気兼ねなく」 「気兼ねします。もう、サンドラ様タイミング悪すぎです!」 サンドラ自身そう思っているであろうことには、さすがに今のレティシアには気づける余裕もなかった。
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