第八十一話 それぞれの苦悩


ローランディアとは全く気候の違う、昼間でも肌寒さを味わえるシュッツベルグと言う街にジュリアンの実家であるダグラス家はあった。
その当主であるダグラス卿は、突然のアンジェラの訪問に驚いていたものの、すぐに彼の書斎へと招いてくれた。
今頃はエリオットの正体を話している頃なのだろうが、また同じ話の繰り返しになるであろうからとグロウは勝手に辞退していた。
すぐに屋敷の人間に別の客室に案内され、そこに備え付けられていたソファーに無遠慮に座り込んでいた。
いつもならば即座にあくびの一つでもして眠りこけそうな物だが、何処か物思いにふけるようなグロウへとユニが話しかけた。

「グロウ様、もしかしてゼノス様の事ですか?」

「ゼノスさん? あ〜、私は良く知らないんですけど、お兄様と闘技大会の決勝で戦ったって人ですよね?」

グロウと同じようにダグラス卿との話し合いを辞退したミーシャが、暇だったのかユニの問いかけにのってきた。
特に隠し立てするような事でもない為に、グロウは一度頷いてから口を開いた。

「俺だってゼノスの事はほとんど知らねえよ。カレンの兄貴だって事ぐらいしかな。ただ……アイツ、まずいぞ」

シュッツベルグにたどり着く直前でゼノス率いるシャドウナイツに襲われた時、まるでゼノスごと始末するように大岩が転がされてきた。
その時は、カーマインが持っていたパワーストーン。
ゼノスが言うには持ち主の意志を反映して、自然界の法則を曲げてしまう秘石のおかげで事なきを得た。
カーマインが持つ前はゼノスの父親が持っていたこと、自然の法則を曲げた反動が起こる事などを教えてからゼノスは確かめる事があると去って行った。
もしもゼノスごと始末しようとしたシャドウナイツの真意を尋ねに行ったのなら、これ以上危険な事はない。

「利用価値がないと判断されたか、ここまでだと判断されたのかはわからねえが。懐に飛び込んできた反乱分子を大人しく返すほど甘くはないだろ」

「それって、あの時みたいに始末されそうになっちゃうって事ですか?」

目の前を転がってくるあの大岩の光景を思い出したのか、両腕を抱くようにして恐ろしげにミーシャが呟いた。

「そんな、のんびりしている場合ではないのではないですか? すぐにでも追いませんと!」

「どこへだ?」

「どこ……何処でしょう?」

あの時、パワーストーンの事を教えてくれた後ゼノスは止める間もなく走っていってしまった。
方向的にはシュッツベルグではあったが、そのまま街へと入って行ったとも考えにくい。
そもそも裏の仕事を任されるシャドウナイツの隠れ家など、探そうとして見つかるはずもない。

「ヴェンツェルの爺なら、シャドウナイツの隠れ家のいくつかは知ってるかもしれねえが。そこにゼノスがいるかどうかは、別問題だな」

「残念ですけど、打つ手なしですね」

「カレン様を悲しませるような結果だけは避けていて欲しいものですけど…………グロウ様、なんとかできませんか?」

「できねえよ。今は何もチャンスがない。運よく次があれば、つかみとってやるしかねえな。あ〜ぁ、ちょっと寝る」

突然大あくびをしたかと思うと、肘掛に肘を付いて首を支えるようにして眠り始めた。
ゼノスの事を心配していたのではないのかと問い詰めたくなるほどに、いさぎよい居眠りであった。

「もう、手がないのは本当ですけど、これが女性の事なら全力で何とかしようとするくせに」

「否定はしないけど、ゼノスさんってもう良い大人でしょ? 騙されて知らずにシャドウナイツに手を貸して、コレがある意味責任なんじゃないのかな?」

「ミーシャ様、やけにドライな意見ですね」

「だって私は本当に何もしてあげられないもん。お兄様やグロウさんと違って、皆を助けるような力はないから。守るって決めたルイセちゃんだけで精一杯」

守る力がないと言う点では、ユニが一番それがなかった。
ないからこそ何とかしてあげたいと思うのか、だが力の有無は関係ないはずだとユニは眠りこけているグロウの肩に座り込んで傾いた首筋へと体を預けた。
勝手な期待ではあるけれど、グロウならば何とかしてくれるはずだと期待して。
そのままグロウと同じようにユニまでも眠りこけてしま、ダグラス卿への協力の要請が上手くいった皆が戻ってくるまで起きる事はなかった。
最初戻ってきた皆の中にカーマインの姿だけなかったが、直ぐに現れ、今度はランザックの方面へと急行する事になった。





ルイセのテレポートで飛んだのは、ランザックでも今はバーンシュタインに占領されてしまっているガラシールズの街であった。
街の中心部より離れた場所にある街の入り口では、ランザック塀ではなくバーンシュタイン兵が見張りを行い人の出入りを監視していた。
恐らくは街の住人以外は激しく出入りが禁じられているのだろうが、カーマインたちは街へと入らなければならない理由があった。
それはエリオットが王権を取り戻す為の、兵力の確保の為にジュリアンに連絡を取るためである。
ジュリアンを説得する為と、もう一つの手紙をカーマインはダグラス卿から預かってきていた。

「どうしますか? また僕がリシャール王のふりでもしますか?」

「いや、そいつは返ってまずいな。ガラシールズの南のすぐ目と鼻の先にランザック軍がいるはずだ。もしもリシャール王が直々に来たとなれば刺激しちまう可能性がある」

ウォレスの指摘通り、兵力の確保を行う前に兵力がそがれる事態だけはどうしても回避したい。

「かと言って、ローランディアの僕らが忍び込んだり、強行突破も両軍の緊張を崩して衝突しかねないし」

「運良くジュリアンさんが散歩にでもきてくれればいいんだけど」

「散歩か、ルイセの言うとおりジュリアンに散歩に来てもらうしかないか」

自分自身余り期待のしていない意見であったのだが、逆にカーマインに賛成されたルイセの方が驚いていた。
もちろん驚いたのはルイセだけではなく、他の皆も同様であった。
だがカーマインがティピとユニの名を呼んだ事で、驚きは直ぐに納得へと変わっていった。

「ティピ、それにユニも。こそっと忍び込んで、ジュリアンを呼んできてくれないかな? 散歩にでもきませんかって」

「そんなアバウトな。そりゃ、アタシたちなら見つからないだろうけど、妙なこと言って怪しまれたらどうすんのよ」

「その辺は私が考えます。ティピ、行きましょう」

ユニが説得を担当するならと、嫌々ながらティピも続いて飛んでいった。

「それにしても、上手くいくでしょうか?」

「それはあの二人のことか? それとも王位を取り戻すことか?」

ふいにエリオットが呟いた台詞の意味を、尋ねなおしたのはウォレスであった。
どうやら言葉に詰まった事から両方ではあったようだが、考え込むしぐさを見せたエリオットは自分の正直な気持ちを告げた。

「僕が王位についてからのことも含めてです。僕が本物だとしても、これからのバーンシュタインをまとめる器があるのでしょうか?」

エリオットが本当のバーンシュタイン王だと言う事が発覚してから、皆が一様にエリオットが王位に返り咲くのが当たり前だと考えていた。
彼自身、自分の正体を知りたいとは言っていたものの、王位につきたいと言葉にした事はない。
もちろん今のバーンシュタイン王であるリシャールがゲヴェルの傀儡である事を考えれば、エリオットも王位に付いた方が良いとは思っているだろう。
だがむしろ王位につく事よりも、それからの事が不安であることに間違いはなかった。

「正直に答えて下さい」

「きっと大丈夫だと思うよ。ヴェンツェルさんが言ってたじゃないか。王が無教養では困るって、つまりヴェンツェルさんが影ながらエリオットに与えてきた知識と教養で十分だってことだろ」

「後は自信を持つ事だな。自分なら、自分だからできるという」

「自信、ですか」

カーマインとウォレスの言葉を呟きなおしたエリオットは、確かに必要だがまだ自分にないそれを確認していた。

「そうよ、がんばらなきゃ!」

「それにもし何か困った事があったら、皆でまた協力してあげる!」

「そうですね。ありがとうございます。やる気がわいてきました!」

現金なものでルイセとミーシャ、女の子に励まされた途端、エリオットは急激に元気を取り戻していた。
もっとも心のうちは、ウォレスに言われたとおり自信と言う言葉を忘れてはいなかった。
今はまだ手元にない自信だが、王位を取り戻すまでにはと心を入れなおし、インペリアル・ナイトであるジュリアンを呼びに言った二人を待った。
二人が飛んでいってから三十分近くたった頃にようやく戻ってきた時には、ジュリアンからの伝言を持って帰ってきた。
それはガラシールズから南にある人の来ない洞窟で待っていろという承諾の伝言であった。





指定された洞窟で待つこと数分、一人の護衛もなくジュリアンが現れた。
敵対している関係上、用件を尋ねてきた声には硬いものが見られたが、エリオットを紹介した時の反応はアンジェラやダグラス卿と似たようなものであった。
一つ違う所を上げるとすれば、ジュリアンは以前にエリオットに会った事があるため、リシャールではないと見抜くことが早かったことぐらいだ。
それからカーマインがダグラス卿からの手紙を渡して読ませて、説得すると、苦悩しながらも答えてくれた。

「そういうことなら、協力せざるを得んな。だが気がかりなことがある。我々がここから軍を退いた際、背後からランザック軍の追撃を受ける危険がある。その被害は無視できない。この問題をどうすればいいのか」

「要するにランザック王国から追撃をかけなければいいんだな?」

「まあ、そうなるが……」

「う〜ん、どうするの?」

ウォレスが確認するように尋ねてすぐにカーマインに目配せをしてきていた。
ちょうど振り向いていたティピには見えなかったようで、すぐにカーマインは頷いていた。

「ジュリアン、僕らがランザック王に交渉してくるよ」

「お前が交渉に行くだと?」

「そうだね。私たち、ランザック王に会ったことあるし、ちゃんと話せばわかってくれると思うの」

「俺たちがランザック王を説得する。お前は部下に事情を説明しておくといい」

「わかった。私の方も、王位奪還に全力を尽くそう」

「あ、ちょっと待ってジュリアン」

すぐさま洞窟を出て行こうとするジュリアンに、慌ててカーマインが制止をかけた。
懐から取り出したのはもう一通の手紙であり、それは一番遅くまでダグラス卿と話していたカーマインが預かってきていた物であった。
それが何なのか怪訝な顔で受け取ったジュリアンであるが、差出人と宛名を見て目の色を変えていた。
差出人はダグラス卿であったが、宛名がジュリアとなっていたからだ。

「みんな。すまないが、少しの間、彼と二人きりにしてくれないか?」

「なんでだ?」

「グロウお兄ちゃん、こっち」

「終わったら呼んでくれ」

ぞろぞろと皆が席を外してくれたが、押し黙ってしまったジュリアンへとティピが尋ねた。

「手紙に、何か特別なことが書いてあったの?」

「フッ……私をダグラス家から勘当したことを、父が謝ってきたよ」

「ジュリアンって勘当されてたの?」

「インペリアル・ナイツは心技体すべてを兼ね備えた『男』であること。私が性別を偽っていたことが明るみに出ればダグラス家もただではすまされない。私と縁を切るのは、家を守るための仕方ない処置だ」

仕方がないとは言え、実際にそれを実行できてしまう所がカーマインとティピには理解ができなかった。
ダグラス卿のことは殆ど知らないが、カーマインたちの親の認識がサンドラしかいないため、なおさら理解には苦しんだ。

「自分を弁明するつもりもない。すべては私の責任だ。正直あのときは、自分がインペリアル・ナイツに入ることだけを考えていて、ダグラス家にどんな迷惑をかけるかまで、頭が回らなかった」

「ジュリアンがそこまで追い詰められてるなんて思わなかったよ。それに中途半端な答えを与えた僕にも、責任の一端はあるし」

「私が嫌いだった、父の口グセを教えてやろう。『お前が男だったらな』だ。父の口からこの言葉を聞くたび、私は自分を呪った。そしてあがけばあがくほど、冷静な判断が出来なくなっていった」

「そんな酷いこと言われたら、仕方ないと思うよ。アンタだってそう思うでしょ?」

「まあね」

確かに酷いとは思えたが、その言われた気持ちが理解できるかと言われればノーであった。
望まれた男ではなく、女として生まれたジュリアンの気持ちはジュリアンにしかわからない。
それでも、自分が自分として生きられない気持ちは少しだけならわかることが出来た。

「ほんとうに酷いわよねぇ。そもそも、インペリアル・ナイツに入る条件が『男のみ』ってのが、変じゃない? 実力があれば女だって入れてもいいじゃないさ?」

「確かにそうだが、戦闘などの力を使う任務は、男の方が有利だ」

「でもそれって、有利ってだけでしょ? 女には無理ってことにはならないじゃない。ようは、実力よ、じ・つ・りょ・く!」

「実力……」

「男だ、女だ、って話にこだわるから、そこに気づかないんじゃない!?」

「制度自体が間違っている?」

尋ねられ、カーマインは迷うことなく頷いていた。

「決められた制度が必ずしも正しいとは限らない。間違ったまま最初からそうだったからって、疑問にも思わない人は多いんじゃないかな。けれど、ジュリアンは気づいた。間違っていると気づいたのなら、するべきことは一つじゃないかな」

「どうやら私も、自分が女という事にこだわり過ぎていたらしい。なるほど。冷静に考えてみればお前たちの言う通りかもしれん。陛下に相談してみる価値はありそうだ。だが権威あるインペリアル・ナイツの規約を変えようというのだ。果たして周りがそれを許すかどうか」

「大丈夫だよ。きっとみんなわかってくれるさ。ジュリアンの実力なら十分、自信を持ってやればできるよ」

「そうそう、今まで戦ってきたアタシたちが言うんだから間違いないって!」

二人に励まされ、ようやく決心が言ったようにジュリアンは顔をあげた。
迷いも躊躇いも、女としての卑屈さもない、二人が初めて見る輝きがジュリアンの目に宿っていた。

「私の実力か。確かに、女がなれない理由はどこにもない。実力さえあれば、性別は無関係なはずだからな。これからはナイツの規約を変えるために、私は力を尽くそう。いや、ナイツ以外にも、おかしな制度は変えねばならんな。伝統よりも、実力か……目が覚めた気がする。まずは折を見て、陛下に頼んでみるとしよう」

「なんだか、ふっきれたみたいだね」

「ああ、これもお前たちのおかげだ。さて、まずは王位奪還が先決だな。私は本陣へ戻る。お前たちも頼んだぞ!」

洞窟を飛び出していったジュリアンを見送りながら、カーマインとティピも洞窟を出ると要領の得ない顔のルイセたちがいた。
ただなんとなくではあるが、これまでにない何かをジュリアンの中に見つけたようで何かが変わったことを理解していた。

「ジュリアンさん。なんだかすっごくいい顔してたよ?」

「まぁね。そのうちわかるわよ」

「そのうちね。なら、さっさとランザックに行こうぜ。ヴェンツェルの爺の顔は見たくねえが、また説明いるだろ?」

グロウの言葉にカーマインが頷き、ルイセがテレポートを始めた。

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