グロウとウォレスが予想していたゲヴェルからの襲撃は、アンジェラを屋敷から連れ去って直ぐに行われた。 幽閉の為の屋敷として、堅牢な造りをしているだけに仮面の騎士たちも攻めあぐねていたらしい。 そこでカーマインたちがアンジェラを連れ出した時を好機とばかりに狙ったようだが、幾たびの戦闘を経験してきたカーマインたちの敵ではなかった。 たいした時間をかけずに返り討ちにしてしまった仮面の騎士たちは、命の灯火が消えた瞬間には何時ものように砂のような物へと変わって消えていった。 その様を見てエリオットの事を聞いたばかりの時の様に驚いているアンジェラへと、ルイセが呟いた。 「これが私達の本当の敵の私兵です。あなたの息子をすり替え、バーンシュタイン王国を、人間を裏から支配しようとする怪物ゲヴェル」 「本当だったのですね」 すり替えられたエリオットの話とは違い、ゲヴェルの事はどちらかと言うと半信半疑のようであった。 だが今の人ではない襲撃者を見て興味がわいたのか、ルイセがアンジェラの方から色々とゲヴェルについて尋ねられていた。 本当はすぐにでもテレポートで飛ぶべきなのだが、質問攻めのアンジェラに加えウォレスまでもが、文字通り崩れ落ちたゲヴェルの私兵を見て考え事をしていた。 「どうしたんですか、ウォレスさん?」 「ああ、俺はかつての自分を取り戻しつつあって、さらにはお前は現在のインペリアル・ナイトと互角に戦うまでになった。それでも、こうも簡単に俺の腕と目を奪ったゲヴェルの私兵に勝てるとは思えないんだが……」 「って、ウォレスさん。過去の自分を美化しすぎてるだけじゃない? 意外ともう越えてるのかもよ?」 確かにティピの言う通り、ウォレスは過去の自分を大きく考えすぎるきらいがある。 自分自身そう思ったのか、一旦考える事をやめようとしてすぐにまた考え込んでしまう。 「逆に、腕と目を奪った奴らを過大評価している可能性もあるな。突然襲われてウォレスが動揺してた可能性だってある」 「そうですね。グロウ様の言う通りです。それにインペリアル・ナイト級の私兵がゴロゴロしていては、こちらとしても困りますし」 「いや、ちょっと待って。ゲヴェルの因子を含んだ私兵が、ゲヴェルと同じようにグローシアンの波動に弱かったとしたら?」 思いついたようなカーマインの意見は、いたくウォレスを納得させる物であったらしい。 「それが一番近いかもしれん。そう考えれば、一番納得が良く」 「じゃあ、ルイセちゃんがいる限りアタシたちは安全ってことになるね。と言うか、グロウもグローシアンの王様なら」 「それはないな。よくわからんが、カーマインと同じように俺もグローシュの翼がない以上普通の人間だ。しかもカーマインと違って出し方がわからん」 「だったら出し方ぐらいヴェンツェル様に聞いておきましょうよ。いつもギリギリになってから出てきて、ハラハラするこちらの身にもなってください」 「あの爺はなんか気に食わん。頭を下げるなんて真っ平ごめんだ」 ゲヴェルの私兵の事から色々と話が派生したものの、ぷいっとグロウがそっぽを向いた事で一段落ついた。 ルイセの方もゲヴェルの説明は歩きながらでもすると言う事になって、テレポートでまずはオリビエ湖まで飛ぶことになった。 今回はエリオットに加え、さらにアンジェラまでもがおり、人数的に始めてのテレポートであったが、ルイセも何時までも同じ力量ではなかったようだ。 なんの危なげもなく成功したテレポートが終わった次の瞬間には、一向はグローシュの光が漂う湖の前にいた。 何度見てもしばらく足を止めていたいほどの光景であったが、そんなわけにもいかず直ぐに東へと向けて歩みを進めた。 しばらく外出のなかったアンジェラをつれての移動は、思いのほか本人に負担を強いる事になってしまったが、文句は一言も漏らされなかった。 「あ、関所だ」 道なりに街道を進んだ所で見えてきたのは、ルイセのいう通りローランディアとバーンシュタインの国土を区切る関所であった。 国を分ける建物だけあって、街道はもとより森や山の中へまでも大きな塀が通行を不可能にしていた。 「エリオット、頼むぜ」 「はい、あまりやりたくはないですが。文句を言ってられません」 本当に嫌そうにウォレスに返事をしたエリオットであったが、言葉通り文句を言うよりも先に先陣をきって関所へと歩いていった。 自然とカーマインやウォレス、グロウは護衛を勤めるように、エリオットの後ろに続き、ルイセやミーシャはアンジェラの後ろを付いて歩いた。 ローランディア側から歩み寄る一行を見て、当然のように関所を守る兵士が色めき立ったが結果は以前の門番と似たようなものであった。 「止まれ! ローランディアの者がここを通ることは許さぬ!」 「私を国に入れぬと言うのか?」 「こ、これは国王! それに、アンジェラ様まで!? 気づかぬとはいえ、とんだご無礼を……」 最初は職務通り問答無用で制止に掛かるも、エリオットの姿をリシャールと間違えた途端にその態度が急変した。 「私も忍びの外出ゆえ、通達を出していなかったのだから、仕方ないがな」 「ねぇねぇ、なんだかんだ言って、けっこう成りきってるじゃない?」 「しっ!」 幸運にもティピの茶化すような言葉はルイセが口を押さえたので、関所の兵士に届く事はなく興味を引くこともなかった。 突然リシャールが、しかもローランディア側から現れたインパクトを思えば当然だったのかもしれない。 関所の兵士には、エリオットとアンジェラしか映っていないようなふしがみられた。 「して、ここへはどのような……」 「うむ。母上をダグラス卿のところへ連れて行こうと思ってな」 「はあ…………」 「では通してもらうぞ」 不審と言うよりも、理解できないといった様子の兵士を置いて堂々とカーマインたちは関所を通過する事ができた。 似ているという理由だけで関所までもが通行できるのも、ある意味問題であるが、今はそれに感謝するしかなかった。 屋敷を出て最初の襲撃以来、順調に目的地へと近づいていた。 シュッツヴェルグは大きな街らしく、街道もよく整備されていて田舎道のような物に比べれば圧倒的に足への負担が少ない。 特にアンジェラのように旅慣れていないものには、その辺が大きかった。 「アンジェラ様、足の方はまだ大丈夫ですか?」 「ええ、ご心配には及びません。それに、この坂道を登りきればシュッツベルグの街は見えてくるはずです。それぐらいならば問題ありません」 ルイセの心配する声に、どこか自分に言い聞かせるようにアンジェラが答えてきた。 もっとも坂道を登りきったところでシュッツヴェルグが見えてくるのは、ウォレスが同意した事から本当の事であるようであった。 最後にもう一踏ん張りだとアンジェラを含め、ルイセやミーシャが足に力を入れなおしたとき、突然カーマインたちが剣を抜いていた。 「ウォレスさん、アンジェラ様とエリオットをお願いします。ルイセもミーシャも構えて!」 「え、なに。また敵なの?!」 驚いたようなティピの声が響いた直後、彼らは坂の上から現れた。 表情を表さない白い仮面と、夜の闇に似た紫色の衣を纏ったバーンシュタインのもう一つのナイトたち。 こちらの五人を越える数の彼らは何の警告を出す間もなく、襲い掛かってきた。 「カーマイン、一番体格の良いアイツは俺がもらうぞ!」 「グロウ?!」 元々好戦的な性格であるが、グロウの台詞と行動にカーマインは驚かずにはいられなかった。 まるで何か知っているかのように迷わずグロウは、現れたシャドウナイツの中で一番体格の良い相手へと向かっていった。 走りながら手に握った光の魔剣が輝く刀身を作り出し、シャドウナイトが持つ大剣と激しくぶつかり押し合う形となる。 「まだ決心は付かないようだな。言ったはずだぞ、お前ならカーマインと同じ光が当たる場所に出られるって」 「ああ、俺も言ったはずだ。人が皆自分と同じ価値観で生きてるわけじゃねえってな」 お互いに振り抜いた剣が弾きあい、それもつかの間で再度剣がぶつかり合った。 「お前こそ、なんでこんなことしてやがる。シャドウナイツがどんなもんか、知らないわけがないだろ!」 「ああ、知っているさ。決して表には出ず、公にはさばけない悪人なんかを裁くのが仕事だ。闘技大会でカーマインに負けた後、ガムラン様に誘われ俺は自分の矮小さを知った。決して表に出れなくとも、何かの為に戦っている奴らがいるって事に」 「ちょっと待て、ゼノス。お前、何を言って」 「だから俺は、例え相手が子供であろうと国家転覆を狙う奴ら手駒は許しはしない。それがカーマインであるなら、あんな卑怯な奴ならなおさらだ!」 グロウの手持ちの情報と、ゼノスが喋る情報とは明らかな誤差が生じていた。 そもそもシャドウナイトの定義からして、何かゼノスは誤解、騙されているような感じが見受けられた。 恐らく説得は無理であろう。 何か一つのことを信じきった相手に、間逆の事実を告げた所であっさり否定されるか、感情をあおって逆上されてしまうのが落ちだ。 自分とは違ってゼノスは後者だと、グロウは握っていた光の魔剣の柄へとさらに力を込めて握りなおした。 「色々言いたい事はあるけどよ、その前にお前を倒してボコる。大人しく話が聞けるようにな」 「残念だ、お前なら……解ってくれると思ったんだがな」 切り結びながらグロウがちらりとカーマインたちの方を見ると、なかなか苦労しているようであった。 ウォレスがどうしてもアンジェラとエリオットの護衛に回らざるをえなく、グロウがいないせいで前衛が足りなくなっているようだ。 こちらはこちらで早く区切りをつけたい物だとグロウは思っていたが、ゼノスの力量がそれを許してはくれなかった。 片腕では受けきれない力強い一撃を前に、どうしても受けるよりもかわす方を選択せざるをえずに、なかなか間合いの中に入りきる事が出来ないでいた。 だが完全にグロウの劣勢かと言われれば、そうでもなく、グロウはゼノスの戦い方に覚えがあった。 (力重視の戦い方だけじゃねえ。完全一致とまでいかないが、剣の振り方に踏み込む時の癖、カーマインに似てやがる) つまりそれはグロウがゼノスを相手に戦いなれているようなものであり、グロウと戦ったどころかその戦い方をほとんど見たことのないゼノスとの差は大きかった。 本人にはそのつもりがないのだろうが、腕力が強いだけに一発逆転を狙いやすいその傾向。 膠着状態が続いているこの状況ならと、次に剣をぶつけ合った瞬間グロウは吹き飛ばされたように自ら後ろへと吹き飛び、耐えた瞬間に膝を崩した。 「どうやら、ここまでのようだな!」 勝ち誇ったゼノスの声の後に振り上げられた大剣は、上段の大きく振りかぶった一撃であった。 それが振り下ろされる直前に、短く早くグロウが大地を蹴っていた。 ゼノスからすれば体制を崩したはずのグロウが消えたように見えたかもしれない。 いないはずの相手に止まらない大剣を振り下ろした時には、真横から首筋に光の魔剣を突きつけるグロウの姿があった。 「少し焦りすぎたみたいだな。もっとも、カーマインと何度も手合わせしてなきゃどっちが勝ってたかわかんねえがな。お前らの戦い方が似てて助かったぜ」 「俺とカーマインの戦い方が似てるだと?」 「ありえん話じゃないだろ。アイツがよく多用する技は、お前の見よう見真似らしいからな」 まさか負けると思っていなかったようで、信じられないと呟いたゼノスにグロウは説明をしてやった。 シャドウナイツの指揮をとっていたのがゼノスであったのか、敗北を確認するなりシャドウナイツが一人、また一人と退き出した。 ゼノス以外の全てのシャドウナイツが撤退したのを確認してから、カーマインたちが駆け寄ってくる。 「グロウ、勝手に動かないでよ。一人で何人もの相手して大変だったんだから」 「あんまりコイツと乱戦状態にしたくなかったからな。お前が勢い余って殺すのも避けたかったし」 「僕が……どういうこと?」 何故カーマインがシャドウナイツを殺すことを避けたかったのか、答えるよりも先にグロウは光の魔剣の刃を消して、何も言わずに目線でゼノスに命令した。 その視線の意味だけを察したゼノスは、何も言わずに被っていた白い仮面を取り去った。 仮面の下から現れた見知った顔に、カーマインやルイセたちがハッと息を飲んですぐにどうしてと言葉にならない問いかけを投げつけていた。 「ゼノスさん、どうしてシャドウナイツなんかに」 「お前がそう言うのかよ、カーマイン。別にこの仕事を恥じているわけじゃないがな、だったらどうしてあんな手を使った。闘技大会の決勝戦前に、暴漢にカレンを襲わせた!」 「どういうこと? 私達そんなことしてない」 「嘘をつけ 俺はガムラン様から聞かされたんだ! そしてこんな俺を哀れみ、カレンの手術を受けさせてくれた! 俺をシャドー・ナイツの一員として迎えてくれた!」 否定を否定で返されたルイセはその怒声に首をすくめ、黙ってゼノスの言葉を聞いていた。 だがその中に出てきた人名に反応したのは、ウォレスであった。 「おい、待てよ。今、誰と言った? ガムランと言わなかったか?」 「ああ。だがそれがどうした!?」 「お前は騙されてるぜ、ゼノス。ガムランの事なら誰より俺が知っている。奴は頭の切れる奴だった。だがまっとうな奴じゃない。自分の欲しい物を得るためなら、用意周到に仕組み、どんな悪どいことだってやってのける、そんな奴だ」 「私はガムランって人のことは知らないけれど、だってカーマインお兄ちゃんは準決勝の後ずっと怪我で医務室で寝てたんだもん。そんなカレンさんを襲わせるような命令できないよ」 「ひょっとするとカレンに毒を負う怪我を負わせたのだって奴の手の者かもしれん。奴がシャドー・ナイトになれたのはその残忍さと、毒物、呪術の知識のおかげだ」 「嘘だ。それじゃあ、俺がやってきた事は。正しいと思い込んでやってきた事は……一体」 信じてきた上司の事で揺らぎはじめたゼノスへと、グロウは今まで持っていた疑問を投げかけた。 「ゼノス、お前はガムランの言う嘘と現実のずれに気づき始めてたんじゃないのか? お前は俺に言ったな、光の当たる表舞台に出たいんじゃないかって。あれは知らずに自分自身に投げかけてた言葉だったんじゃないのか?」 「だがガムラン様は……」 揺らいでも欺瞞を持ってもそう縋ったのは、カレンを救ってくれたかもしれないと言う恩であった。 それそのものが嘘かもしれなくても、影の存在とはいえナイトの称号を与えてくれた恩人。 一体何が本当で何が嘘なのか、誰が嘘を付いて誰が真実を口にしているのか。 悩み苦しむゼノスと、それを見守るカーマインたちの耳へと何か地響きのような連続した音が聞こえた。 「何だ、この音は?」 「何かが転がってくるような……」 「転がる……皆様、アレを見てください!」 ユニが指差したのは、坂の上から転がってくる大岩であった。 すでに坂に到達する前から勢いよく転がるそれは、坂に差し掛かってからさらに勢いを増していた。 突然の事態に悩んでいたゼノスも岩に目を奪われたが、それ以上に坂の上から逃げるように去っていった元部下が目に入っていた。 ゼノスが巻き込まれるかを確認するようにしてから去ったその背中には、今までゼノスが信じていたシャドウナイツの姿はなかった。 「どうするんですか! こんなところに隠れる場所はありませんよ!」 「もうダメーーっ!」 ルイセが叫んだ時、向かってくる岩に向けて飛び出したのはカーマインであった。 確信があったのかシャドウブレイドすら抜くことなく、まるで手で受け止めるようにして飛び出したカーマインの目の前で、光の壁が展開されていた。 それによって大岩が止められたのは一瞬、すぐに弾かれるようにして脇道すらない崖の下へ方向がそれたまま落ちていった。 信じられない超常現象を前に、声も出ない皆の前で大岩へと飛び出したカーマインが振り返って見せたのは、道具袋の中で輝くシエラの指輪であった。 「ふう、うまくいったみたいだね」 「安易な方法を取ってんじゃねえ。効かなかったらどうするつもりだったんだよ!」 「痛ッた。グロウがその台詞言っても、思い切り説得力ないよ!」 思い切り殴りかかったグロウに対して、カーマインも他に方法があったのかとやり返す。 まだ皆が呆然とする中で元気な二人であるが、大岩とは異なる異音が辺りに、地方と言う単位で響き渡っていた。 それははるか彼方、北方で立ち上る竜巻であった。 まるでここで起こるはずであった人害を、そのまま別所へと映してしまったかのように、天をも貫く竜巻が当たり一体を吹き飛ばしていた。
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