第七十九話 幽閉の王母


ガルアオス監獄から東、かつてレティシア姫の救出を行った場所からもさらに東。
バーンシュタイン本国へと続く道の途中にある王国の直轄地に、木々に囲まれながら一つの屋敷が存在していた。
リシャール王が王位へと付いて直ぐに幽閉と言う扱いとなった王母であるアンジェラが住む屋敷である。
王宮を取り囲む塀に勝るとも劣らない塀に囲まれた屋敷の入り口は正面の門が一つ、そこへと堂々と歩み寄るのはエリオットを連れたカーマインたちであった。
まるでそこが自分の家の庭であるかのように物怖じもせずに、門を守る番兵へと歩み寄っていく。

「止まれ! ここは王族の御領地だ。一般人は立ち去れ!」

カーマイン一向に気づいた番兵はすぐさま不審人物とみなして声を張り上げたが、次の瞬間には厳しくした顔を青ざめさせていた。
それは気弱な性格を欠片も見せずに、冷徹な表情を作り上げたエリオットがいたからだ。

「この私に立ち去れというのか?」

「あっ!? これは王……申し訳ございません!」

「職務に忠実な故の過ちとして見逃すとしよう。それより母上に会いたい。通してくれるな?」

すぐさまエリオットをリシャールと勘違いした門番は必死の平謝りであったが、それ以上に内心焦っていたのはエリオットの方である。
元々彼は礼儀正しい躾を受けて育ってきたものの、人の上に建つべき帝王学などは全く学んできていない。
今こうしてリシャールの振りをしている間も、威厳を持った人物としての態度に見えるのか自問自答を繰り返していた。

「はっ、今すぐ! しかし、その者たちは……」

だが疑わしげに向けられたカーマインたちへの視線が向けられても、エリオットの芝居がとける事はなかった。

「今回の件は人目を忍んでのこと。そのための偽装だ。このこと、内密に頼むぞ」

「ハッ!かしこまりました。どうぞ、お通りください」

「うむ」

こうしてエリオットがリシャールに扮する事で、固く閉ざされたはずの門は門番自身の手によってやすやすと開かれる事となった。
門の前までやってきた時と同じように、屋敷を目指し玄関を開いて入っていく。
玄関が閉じると同時に門番の視線は途切れた瞬間に、リシャールと言う仮面を被っていたエリオットが普段の雰囲気を取り戻しながら大きな溜息をついていた。
よほど緊張していたのか、溜息と共にその目じりには薄っすらと涙が浮かんでいた。

「は〜……怖かったぁ…………」

「何言ってんのよ、すっごくうまかったわよ!」

「うんうん、本物かと思っちゃった!」

「これならいつ王位を取り戻しても大丈夫じゃねぇか?」

ティピやルイセなどは純粋に褒めているようであるが、ウォレスは明らかに茶化した声をかけていた。

「もう、勝手なこと言わないでくださいよ!」

「エリオット、もう少しだけ頼んだよ」

軽く憤るエリオットへと、カーマインが小さな声で注意を促したのは、こちらへと早足で駆け寄ってくる初老の老人がいたからだ。
雰囲気から人目でこの屋敷を取り仕切る執事のようなものだと想像できた為、今一度エリオットはリシャールと言う仮面を被る。

「これはリシャール様、突然の来訪どうされました? 連絡の一つも入れていただければ盛大にお出迎え差し上げましたのに」

「余り公にしたくない用件であったのでな。母上はどちらに?」

「今の時間ですと自室でお茶をたしなまれている頃かと。ご案内いたします」

どうやら門番とは違って、公にしたくない用件と言う事から、カーマインたちのこともその部類だと勝手に理解してくれたようだ。
しつこく探られる事もなく執事であるらしい老人について、玄関から左の廊下におれて長い廊下を進んでいく。
右手にある幾つものドアの前を通り過ぎ、たどり着いたのは廊下の突き当たりにある部屋であった。
いつもリシャールがやってきた時にはそうしているのか、案内を終えると執事の老人はごゆっくりという言葉を残して姿を消していった。
門から王母のいる部屋まで、エリオットの心労は置いておいて順調に入り込め、ここからが正念場だと一度皆で視線を交し合ってからエリオットがドアを叩いた。

「失礼します」

「リシャール、なぜここに?!」

部屋の中にいたのは、十四の子供がいるようにはとても見えない若々しい女性がいた。
彼女が王母であるアンジェラなのであろうが、幽閉したと言う事実がそう言わせたのか、息子が目の前に現れたにしては不自然な驚きようであった。

「あの……アンジェラ様ですね?」

「そ、そうですが。あなた達は……」

エリオットの影からひょっこり顔を出したルイセが尋ねると、ますます驚きを増長させたようだ。

「初めまして、母上。僕はエリオット。あなたの、本当の息子です」

「えぇ? 何を言っているのですか? あなた」

「突然の事で信じられないと思いますが、まずはコレをお読みください。かつて宮廷魔術師であったヴェンツェル様から預かった手紙です」

すっかり混乱してしまったアンジェラが、手紙をエリオットから受け取りつつもそれを読むような素振りはみせなかった。
ひっしに言われた事を理解しようとしているのだろうが、エリオットがリシャールと似すぎているのが原因なのだろう。
嘘のように似すぎているからこそ、悪い冗談のように感じてしまうのだろう。
このままでは話がすすまないと、カーマインがエリオットとアンジェラの間に入り込んで言った。

「事の詳細は手紙に書かれていますが、手短に説明します。今王位についている奴は偽者で、ここにいるのが本当の王子なんです。まだ赤ん坊の頃、バーンシュタイン王国を手に入れようと企む化け物によってすり替えられてしまったのです。ですが、宮廷魔術師であったヴェンツェルが本当の王子である彼を助けて、隠れ育てました」

「それがあなたなの?」

「そうらしいです。自分でも信じられませんけれど。このブレスレットが証拠だそうです」

やっと少しずつ理解し始めたアンジェラへと、エリオットは証拠であるブレスレットを見せた。
それからは急激にアンジェラが理解を深めて、そのブレスレットが王位の腕輪だと言って見せた。

「このブレスレットでどうやって本物ってわかるのかな? あの偽者だって似たようなブレスレットしてたし……」

「そのブレスレットの内側には、王子の誕生を祝う宮廷魔術師3人の署名が彫り込まれているのです。おそらく偽者のブレスレットは表面だけを真似たものでしょう」

「それじゃ、これを外さないと本物だって信じてもらえないの?」

「そう言われても、これ、腕にぴったりくっついてて、自分じゃ外せないんですよ」

ティピ、ルイセ、エリオットと三人が本当に張り付くようにしてはめられている腕輪を外そうと奮闘し出したのを見て、アンジェラが安心させるようにエリオットの両肩に手を置いた。

「心配しなくても、それより確かな方法があります。後ろを向いて首筋を見せてください」

「え、はい……」

エリオットを振り向かせ首筋に掛かる後ろ髪をたくし上げるようにして、アンジェラは覗き込んでいた。
その行為にどんな意味があるのか、皆が首を傾げそうな所でアンジェラのほっとしたような、逆に嫌な予感が当たった時のような、両方が交じり合った呟きが漏れた。

「わずかだけど、ちゃんと残ってる。ああ、やっぱりあなたが私の子供だったのですね」

「あの、僕の首筋に、何が?」

「実はあなたは生まれたての頃、首筋にやけどを負ったことがあったのです。このことは私と、当時のメイド数人しか知りません」

「僕もはじめて知りました」

「あなたには、わずかですがその痕が残っています。ですが今の王にはその痕が見当たりません。私はそのことを気にしていたのですが……」

「そうか、同じ人間を作れても、生まれた後の傷までは真似できるものじゃない。しかも知らないのなら、なおさらだ」

まだ信じられないと言った顔をするアンジェラに、カーマインは一気にお願いに出た。

「言い出すタイミングを逃していましたが、僕らはローランディア王国の者です。貴方がこのエリオットを本物の息子だと確信を持ったのなら、僕達に協力していただけませんか? うまく行けば、今起こっている戦争を終わらせる事が出来るかもしれません」

カーマインが頭を下げた事に続いて、ウォレスやルイセたちもこぞって頭を下げた。
対するアンジェラは、戦争の事以上にエリオットが本当の息子であった事に戸惑いを隠しきれていなかった。
余りにも突然、今まで息子だと信じて、疑いすらしなかったリシャールが偽者と言われ、本物が現れたのだから仕方がない。
思案に暮れるアンジェラであったが、やがて王母としてしなければいけない決断を行ってくれた。

「解りました。あなた方に協力しましょう。ただ……一つ私の告白を聞いてくれますか?」

急になんだと頭を上げたカーマインたちに、驚くべき事実をアンジェラが告げた。

「この戦争の原因になった、グレッグ卿の事件……私はその真相を知っていたのです。リシャールが怪しげな男に命じて、偽のグレッグ卿を仕立てあげ、わざと自分に斬りかかるように指示しているところを、立ち聞きしてしまっていたのです」

「え?」

「ですが私は息子がそのような事を画策するはずがないと、見てみぬ振りをしてきました。ですが、それは間違いだったようです。おそらくリシャールはゲヴェルという異形のために、わざと戦争を起こすきっかけを作ったのでしょうが、偽者とは言え親子として接してきた以上、母として私が止めてあげるべきだったのでしょう」

「ですがもし、そうしたとしたら貴方はその時にでも」

「そうなのかもしれません。ですが私はこの幽閉による軟禁があの子の良心による結果だと考えたいのです。殺すことなら何時でも出来た。殺したくないからこそ、幽閉と言う手段を選んだのだと」

偽者だと知っても信じたいと思いながらも、倒す事に強力すると言ったアンジェラに、母としての元王妃としての葛藤を見ることが出来た。
やがてアンジェラが王母として心の区切りをつけて、切り出した。

「王位を取り戻すには他国であるローランディアの協力だけでは不可能です。あくまでバーンシュタインとしての軍隊が必要となるでしょう」

「確かに、むしろ他国が全面的に前に出ては逆に協力者が減ってしまう事にもなりかねないな」

「そこで、少し遠いのですが協力してくれるであろう人物を知っています。私を彼の元まで連れて行って下さい」

ウォレスの同意に頷いてから、アンジェラはそれが何処かを言った。

「北のシュッツベルグにいる貴族、ダグラス卿の元へ。彼は元インペリアル・ナイトであり先王の整然、よく相談事にのってくれていました。恐らく今回も、話せば快く協力してくれるはずです」

「ダグラスって……」

「ジュリアンさんの?」

「よく知っていますね。ダグラス卿は、現インペリアル・ナイトのジュリアン・ダグラスの父親にあたります」

もしかしてとティピとルイセが呟いた名前はすぐさまアンジェラに肯定され、奇妙な縁を感じると共に思いがけない幸運が舞い込んでいた。
もしもそのダグラス卿が全面的に協力してくれるのであれば、その子供であるジュリアンも協力してくれるかもしれない。
そうすればもう戦場で剣を交えあわせなくても良くなるかもしれないのだ。

「シュッツベルグは、方角的には水晶鉱山のずっと北だ。行くとすれば、北のローランディアとバーンシュタインが戦った戦場から東に行くのがいいだろうな」

「そうですね。本来なら、この先を北東に進みたいところですが、途中で王都を通らねばなりません」

「僕たちのことが、リシャール王にばれたら大変ですからね。ローランディア国内を通りましょう」

ウォレスとアンジェラ、エリオットが相談するように行き先を話し合う中、カーマインは一人窓際で外をうかがうようなグロウが目に留まっていた。
これまでずっと会話には加わらずに、ずっとそうして窓から安全を確かめるように何度も外をうかがっていた。

「グロウ、どうしたの?」

「ああ、少し気になる事がな。アンジェラが言ってただろ、リシャールが安全の為に軟禁と言う手段をとったって。あくまで希望的観測だろうが」

「たぶん、間違いじゃないよ。僕が力を使ってゲヴェル化した時、抗えないほどに破壊の衝動がこみ上げてくる。でもね、普段は違う。リシャールだって、ゲヴェルの影響がない間は普通の人間なんじゃないかな?」

「かもな、だけど……ゲヴェルまでもが計画の破綻の鍵であるアンジェラを生かしておくと思うか?」

確かに言われて見ればその通りであり、リシャール本人が嫌がれば別の私兵に殺害をさせればよいだけなのだ。
この屋敷は軟禁に使われていただけあって、外からの侵入者には過敏になることであろう。
それは入り口にいた門番の態度からも一目瞭然である。
さらにはアンジェラの殺害がゲヴェルの手による物だとリシャールに伝われば、多少の弊害が生まれる事になるだろう。

「つまり、僕らが連れ出したところで殺害すれば誘拐ってことになる。襲撃があるかもって事だよね?」

結論をカーマインが呟いたのに、その通りだとグロウが頷き返したが直後には、ぽかんと間抜け面をするカーマインとユニの姿があるだけであった。

「なんだお前ら。その顔は……」

「グロウ様がそこまで相手の手口を読むなんて、カーマイン様みたい」

「記憶を失ってた頃の、馬鹿っぷりが嘘みたいだ」

ユニへはでこピンを、カーマインへは思いっきりグーパンチを繰り出したグロウは思い切り語気を荒げていた。

「記憶を失ってた間のことは言うな。馬鹿ルイセを好きだなんて言ってた自分をくびり殺したいぐらいなんだ」

「異議ありです。私にもちゃんと好きだって言ってくれてました!」

「だから、思い出させるな。誰からかまわず、好きって言う俺を殺したい。もう忘れたい」

グロウがもう一度ユニをでこピンするも、めげずに周りを飛び回ってアピールをしまくるユニ。
大変だなと完全に人事の感想を思い浮かべたカーマインは、グロウの言葉を考慮に入れながらウォレスやアンジェラへと伝えた。
どうやらウォレスも似たような事を考えていたらしく、アンジェラを連れて行くのは今すぐと言う事にするらしい。
アンジェラ本人もその事には同意を示してくれて、屋敷を取り仕切る執事に後を任して屋敷を出る事となった。

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