第七十八話 双子の正体


事実を聞いて暴れ出そうとしたグロウをバインドとサイレンスの魔法で黙らせてから、ヴェンツェルは続けた。
二人は最初から双子などではなく、ヴェンツェルの手によって何もかも仕組まれた子供であった事を。

「良いか、私の最終目標はゲヴェルの殺害。だがゲヴェルの私兵やユングは被害こそ出るが軍隊で抑えられても、軍隊ではゲヴェルを倒す事はかなわない。それはそこの元傭兵であるウォレスが一番良く知っているはずだ」

「確かに、数でどうこうなる相手じゃない。一番最適なのは選び抜かれた精鋭をぶつけること、互角に戦えた隊長のような」

「だが自然発生するつわものを待つには時間がなさ過ぎた。だから私は二人の別個の可能性を作り上げた。それがカーマインであり、グロウだ。まず先ほども言った通り、ゲヴェルはとある人間を複製し、自分の私兵を作ったと言ったな」

確認するようにヴェンツェルは、唇をかみ締めて耐えるようなしぐさを見せているカーマインに尋ねた。

「それがなの僕ですか?」

「正確には少し違う。ゲヴェルは私兵を作ると同時に、自らの弱点である魔法を克服する研究も続けた。実際に研究したのは私だがな。だが完全体が完成する事はないまま数年が過ぎ、ある日私は気づいた。ゲヴェルをベースに完全体を目指すのがそもそもの間違いなのだと。ゲヴェルの私兵のように、元々魔力に耐性のある人間からゲヴェルを作ればいいのではないかと」

「僕がゲヴェル、奴と同じ……」

カーマインが思い出したのは、力を解放したときに沸きあがる破壊の衝動であった。
完全に開放しきった時の記憶は何時も殆どないが、あの状態では魔法も効かず、肉体的なダメージも瞬時にして回復してしまう。
あの状態の自分は死ぬ事を許されない、化け物であるゲヴェル以上の存在、そう深く考え込んだカーマインの服を引っ張る者がいた。

「同じなんかじゃないよ。カーマインお兄ちゃんは、同じなんかじゃない。だって、優しいもん。皆その事を知ってる。だから違うよ」

「ルイセの言うとおりだな。普段のお前は、何処にでもいる奴と変わらない」

「そうですよ。元が何であれ、お兄様はお兄様ですよ」

ウォレスもミーシャからも声をかけられ、カーマインは伏せていた顔をあげてヴェンツェルに先を促した。

「うむ、皆も知っての通り普段は人間と変わりない。私もゲヴェルには、通常の赤子しか生まれなかった失敗作だと伝えた。そして研究を断念させ資料一切を破棄し、カーマインを通常の私兵として扱わせた」

「僕の事はわかりました。ですがグロウがグローシアンの王だっていうのは、どういうことなんですか?」

「言葉の通りだ。ゲヴェルが髪の毛一本から本人を複製できる技術を持っていることを知り、私は即座にかつてのグローシアンの王の複製を作り上げた。私も実は魔法学院の元学院長と同じグローシアンの王の家系であったのだ。家に伝わる家宝の中に、複製に使えるものがあったのだ」

「じゃあ、叔父様が言ってた王たる証って言うグロウさんの翼って」

「かつてのグローシアンの王が使っていた大量のグローシュが集まった事によって出来る翼の事だ。とにかく、ゲヴェルを殺害する為に完全体ゲヴェルとグローシアンの王を作り上げ、正しく育てられる人物としてサンドラを選び拾わせた」

その後で、サンドラ自身がグローシアンであるルイセを生んだ事は、限りなくプラスに働いたとヴェンツェルは続けた。
ルイセが知らずに発するグローシアンとしての波動がゲヴェルの思念を打ち払い、カーマインとグロウの姿を隠し続けていたらしい。
その為にカーマインと同時に捨てたグロウの姿をゲヴェルから隠し、カーマインがゲヴェルの思念を受信しにくいのもルイセのおかげという事になった。
一度だけカーマインがゲヴェルの思念にのっとられた事も会ったが、あれは痺れ薬のせいで意思が弱くなったかららしい。

「さて、二人の謎解きが終わった所で本題に戻るぞ。ゲヴェルとの直接対決の前にするべきことがあるであろう」

「あ、そういや私たちってエリオットがバーンシュタインの王かどうか聞きにきたんだっけ」

「ティピ、忘れないでください。あとヴェンツェル様……グロウ様の束縛解いてくださいませんか?」

「それこそ忘れておったな」

やっとの事でバインドとサイレンスを解かれたグロウは、咳き込みながらお前らも忘れていただろと皆を睨みつけていた。
話の内容が内容なだけに、忘れていても仕方の無いことではあるが、カーマインを筆頭に皆が視線をそらしていた。

「まずお前達がすべき事は、バーンシュタインの王となったリシャールをその座から引きずり落とす事だ」

「ですがリシャール王も僕と同じ人間なんでしょ?どうやって証明するんですか?」

「確かに人として同一人物ではあるが、王家の人間だけあって何から何までとは行かなかった。エリオットがつけているその腕輪だ」

「これが?」

それは以前もレティシア姫が指摘した、白銀の下地に金銀の装飾が施されたエリオットの右腕にある腕輪であった。

「それはバーンシュタイン王家の習わしに従い、お前が産まれた当時の宮廷魔術師3人が、王家の安泰を祈願して作った魔法金属の腕輪だ。詳しいことはお前の本当の母から聞くがいい」

「本当の母って、王妃様?」

「ガルアオス監獄から更に東に行ったところに、王家の別荘がある。そこには王妃‥‥いや、今は王母か、アンジェラ様が幽閉されている」

ルイセの言葉を少々訂正しながら、ヴェンツェルは頷いていた。
子がいるのならば、母親がいて当然であるのだが、幽閉とはなかなか穏やかではなかった。
王宮にいられては会うことすら難しいのだから願ったりの状況ではあるが。

「僕の本当のお母さん……」

「リシャールを自分が偽者だと気づかれないために、アンジェラ様を幽閉したのだ。実の母ならば、お前の言葉を信じるだろう。この手紙を持っていくがいい」

エリオットがヴェンツェルから手紙を受けとると、ヴェンツェルから公の証明時には必ず駆けつけると約束された。
だがまだ自身はゲヴェルからの抹殺を恐れている為、引き続きランザックでかくまってもらうつもりらしい。
最後にヴェンツェルからサンドラへのメッセージとして、導いてやってくれといわれた。

「爺、最後に一ついいか?」

「何だ?」

「バーンシュタインのシャドウナイツに捕らわれた俺を救い出し、記憶を奪ってからラシェルに捨てたのはアンタか?」

「そうだ。あのままでは拷問の末殺されていたからな。記憶を奪ったのも止む終えない処置であった。まだお前はグローシュの翼に耐えるだけの強さがなく、多大なグローシュの影響を受けて自我が崩壊しかけていたからな」

「礼は言わねえぞ」

「期待しとらん。ゲヴェルを倒す為の貴重な手札であったから助けたまでだ」

グロウに代わってぺこぺこと頭を下げるユニもヴェンツェルは無視しており、素直じゃないわねとティピがどっちか解らない事をのたまっていた。
そんな中、ふとウォレスが気になったことを尋ねた。

「だがシャドウナイツはバーンシュタインの裏組織だろう。表の宮廷魔術師だったアンタが何故、シャドウナイツから救い出せたんだ?」

「シャドー・ナイツは私が先の王に進言して作ったものだ。もっとも、半分はゲヴェルに命じられたのだがな。そして私が初代マスターの座に就いていたからだ」

「それなら今のマスターは?」

「おそらくガムランだ。奴の狡猾さ、毒物や呪術の知識があれば当然のことだろう。だが奴は残忍すぎる」

「ガムラン……奴が」

ウォレスが憎々しげに呟くのを見て、珍しい事もあるものだと眺める中で最初にユニがその人物について思いあたっていた。
即座にガムランとは誰か、一緒にそれを見ていたティピに伝えるとああっと声を上げていた。
様々な謎をヴェンツェルに解き明かされた一向であるが、即座に王母であるアンジェラに会いにとはいかなかった。
沢山の謎を解き明かされただけに疲労は大きく、情報をまとめる為にも一旦ローランディアに戻る事にした。
それは珍しく子供の秘密を心の準備もなく聞かされたサンドラを気遣ったグロウの意見でもあった。





ローランディアにある我が家に帰ってきたカーマインたちを出迎えたのは、当然の事ながらサンドラであった。
玄関のドアが開くと同時に入ってきたグロウをまず抱きしめようと飛び出し、そしてあっさりとかわされてしまう。
思いっきり空回りした空振りを疲労したサンドラが恨めしげに通り過ぎた我が子を振り返り睨むと、思いっきりあくびの最中であった。

「眠いから寝る。お袋はカーマインの相手でもしてろ」

「眠いって、またですか?! お待ちください、グロウ様。マスター、すみません!」

相変わらずのペースで玄関から一気に二回へと続く階段へと足をかけたグロウは、そのままペコペコと頭を下げるユニを伴っていってしまった。
すっかり肩透かしを食らってしまったサンドラであるが、気を取り直して軽く咳払いをしながら自分を見つめるカーマインへと姿勢を正した。

「お母さん、ただいま」

「ええ、お帰りなさいルイセ。それにカーマインも。たった数時間の事なのに、今日は色々とありましたね」

「うん、色々と。母さんも聞いてたんだろうけど、本当に色んな事を聞かされたよ。アレだけ覚悟が出来てるって言ってたくせに、まだ驚いてる自分がいるよ」

言いながらカーマインが持ち上げた手のひらは、注意しなければ解らないほどに震えていた。
完全体ゲヴェルと言う事実を恐れているわけでも不安に思っているわけでもなく、純粋に動揺しているのだ。
恐れも不安も、動揺が収まるにつれて大きくなっていく事だろう。
出来るだけそうならないように、安心させるようにサンドラはカーマインをその胸に引き寄せ抱きしめていた。

「大丈夫ですよ。貴方が優しさを持つ限り、貴方が思うような事は決して起こりません。自分を強く持ちなさい。何者にも負けないように、強くありなさい」

「解ってる。グロウにも一度言われたことがあるんだ。あんな力がなくても、僕は強くなれるって。だから、大丈夫」

言い切ることで体の震えが納まり出したカーマインを抱くのを止めたサンドラが、今頃になってあることに気づいた。

「他の皆の姿が見えませんが……」

「ミーシャもウォレスさんも、エリオット君の事をアルカディウス王に報告して、今日は宿に泊まるんだって。今日だけは、家族だけで過ごした方が良いって言ってくれたの」

「気を利かせてるつもりらしいけど、もう居候って段階じゃない気がするけどな。客室が個室になっちゃってるし」

ティピの言う事も的外れではなく、確かにミーシャやウォレスは他人と言うには長い時間を共に過ごしてきていた。
それでも向こうが気を利かせたつもりならば、その時間を無駄にするまいと、サンドラはルイセと共に夕飯の支度を行う為にキッチンへと向かおうとした。
だがその直後に、閉めたはずの玄関からノックの音が響き、人影が顔を覗かせていた。

「失礼します。グロウさんがもう帰ってるとミーシャちゃんに聞いて来てしまいました」

玄関を開けたときのうかがう様な口ぶりから、何があったのかは簡単に聞いていたのだろう。

「レティシア姫…………ルイセとカーマインは先にキッチンで下準備をお願いできるかしら。私は姫と少し話がありますから」

「え、いいけど。ルイセ、行こう」

カーマインがルイセとティピを連れて行ってくれたことで、改めてサンドラは玄関に立ち尽くすレティシアへと振り返った。
もうこれでレティシアが城を抜け出すのは何度目の事か、もう単に恋に恋焦がれた末の行動などではないだろう。
純粋にグロウが心配だから、グロウの為に城を抜け出す苦労をいとわずにやってきた事は間違いない。

「レティシア姫、今から話すのは宮廷魔術師としてではなく一人の母親として。そしてローランディアの姫へではなく、一人の女の子へと話すつもりです。よろしいですか?」

「はい、なんでしょうか?」

サンドラの意味ありげな口ぶりに、レティシアは少しばかり裏声で返事をしていた。

「もしも本当にグロウの事が好きなのなら。あの子の見せかけの強さに憧れるのではなく、支えて欲しいと思うでもなく、逆に支えるつもりで接してはくれませんか?」

「グロウさんの強さが、見せ掛けのものですか?」

急に何を言い出したのか、繰り返し呟いてみてもレティシアはさっぱりサンドラの言葉の意味が解らなかった。
レティシア自身、城に閉じ込められるのを良しとせず、強くなってこれたのはグロウの影響が大きい。
そのグロウの強さが見せ掛けの物と言われても、意味が解らなくても仕方がなかった。

「恐らく気づいているのは母親である私と、ユニぐらいでしょう。理由まではわかりませんが、あの子は決して自分の本心を誰にも話しません。何もかもを自分の中にしまいこんで耐える事で、本来はないはずの強さを作り出しているのです」

「母親であるサンドラ様がそう言われるのでしたら、そうなのかもしれませんが……私にはとても信じられません」

「それならそれでかまいません。ただ、あの子がかりそめの強さを失い挫け倒れた時、打たれ慣れているカーマインと違って二度と立ち上がれないでしょう。その時あの子に必要なのは、強い人のはずだと当然の様に励ます人ではなく、苦しみを理解して弱さごと受け入れてくれる人なのです」

まだサンドラの伝えたい事を完全に理解しきれたわけではないのだろうが、それでもレティシアはグロウへと会いに階段へと足をかけた。
迷いながらも自分の気持ちに正直に進もうとするレティシアを見送りながら、サンドラは早くも次の物思いへと頭を働かせていた。
それは真実の全てを握っているらしき、自分の師匠であるヴェンツェルについてであった。

「本当に、アレが全ての真実だとは到底思えない。カーマインがゲヴェルの完全体であり、グロウが過去のグローシアンの王の複製体。本当にゲヴェルを倒す為なのかしら」

本当なら恩ある師匠に疑惑の目など向けたくはないが、すでに元魔法学院学院長と言う前例がある以上向けざるをえなかった。

「ゲヴェルを倒す為に戦力が必要なのはわかる。けれど、リーダーとなるべき人を二人も用意するのは妙だわ。ゲヴェルを根本から越えているカーマイン、ゲヴェルの生みの親となるグロウ。何か、何かが仕組まれている気がする」

普段寡黙すぎる嫌いのあったヴェンツェルが、ゲヴェルへの恨みがあるとはいえ今日はやけに饒舌であった。
一つ疑えば何から何まで疑わしくなり、最後にサンドラはあの占いを思い出していた。
戦いあう定めにある双子の天使、ゲヴェルを倒す為に生まれた二人がたもとを分かつのは何時なのか。
どうかこのままそんな日がきませんようにと、今のサンドラには祈る事ぐらいしかできる事はなかった。

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