第七十七話 双子の事実


ルイセのテレポートでランザックへと飛ぶと、すぐさまカーマインたちはランザック城を目指した。
城門前でリシャールにそっくりなエリオットが勘ぐられたりと一悶着あったものの、先日のバーンシュタインとの戦闘時にジュリアンと戦ったカーマインを門番が覚えておりすぐさま王様にとりなしてもらえる事になった。
ランザック王は以前の不可侵条約の新書を持ってきたカーマイン、特にティピの姿を覚えていてくれた様だ。
アルカディウス王からの書簡を渡すと最初、中身について怪訝な顔をしたものの真摯に受け止めてくれた。
バーンシュタインとの戦争についても、せめてランザックとローランディアだけでも友好でありたい物だという言葉を貰ってからカーマインたちは謁見の間を後にした。

「あ〜やっぱ慣れてきたとはいえ、他国の謁見って疲れるわね。さて、後は例の魔法使いを……って、あれ?」

「それは私の事かな?」

謁見の間の扉が閉まると同時にティピが伸びをしていると、すぐ目の前に一人の老人がいた。
マントの中に羽織っているベスト以外は全て白く、染めた衣装を着た老人であるが、誰もがその老人に見覚えがあった。

「あなたは……以前、カーマインお兄ちゃんとグロウお兄ちゃんを止めてくれた人」

「私の事とは、貴方がもしやマスターの師匠のベンツェル様ですか?」

「ここでは詳しい話が出来ぬ。ついてこい」

それがユニの疑問に対する答えであるかのように、老人は目線で先を促してから歩き出した。
迷いのないその歩みに、王宮での慣れた振る舞いが見られ、カーマインたちはお互いを見合ってからすぐに後を追い始めた。
黙って先を歩く老人、おそらくベンツェルなのだろうが、彼が向かったのは王宮にいくつかある会議室のうちの一つであった。
扉の前で番をする兵士に一言かりるぞと告げるだけで借りる事を許され、カーマインたちも中へと入っていった。
ベンツェルはまたもや黙って会議室のテーブルにつくと、話が長くなりそうなのを見越してなのか、皆が席に着くのを待った。

「さて、ここなら話を聞かれることもない。いまさら名乗る必要もないであろうが、私がベンツェルだ。君たちが探している。元バーンシュタイン王国宮廷魔術師」

どうして探している事を知っているのか、誰しもの頭の中に監視されていた事が思い浮かんだ。
そう考えれば、あの時タイミングよくカーマインとグロウの闘争に割って入れた事が頷ける。

「それにしても、人の手によって作為的に作られた運命とはいえ、運命は運命という事か。予期せぬ形で自然と交わるものらしい」

「作られた運命とは、エリオットの事ですか?」

もってまわした言い方をするヴェンツェルに対し、カーマインが単刀直入に尋ねると、意外な答えが返ってきた。

「エリオットだけではない。グロウ、カーマイン。予定外の幸運として、ルイセ。しかし、エリオット。君は何をしているのかね?」

「何って…………」

「私は君の素性を記した書簡を君の育て親に渡し、ローランディア城へ向かわせたはずだ」

「それが……怪しい者たちに襲われ、手紙を奪われて。教えてください、僕は一体何ものなんですか? 何故バーンシュタインのリシャール王とそっくりなんですか?!」

今にも椅子をひっくり返して立ち上がりそうなエリオットを見て、ヴェンツェルはシワに隠れた目をさらに渋面に細めていた。
どんなに凄い人でも予期せぬ出来事という事はあるようで、本当に困った奴だとでも言いたげに小さく溜息をつく。
無言の圧力とでも言おうか、ヴェンツェルの落胆振りにエリオットが肩を落としそうな所で、ウォレスが割って入る。

「横からで悪いが、あまりエリオットを攻めないでやってくれ。コイツはコイツで、理由もわからず命を狙われ、両親とも離れ離れになりながらなんとかローランディアにたどり着いたんだ。失望する前に、きちんと全てを話してやってくれないか?」

「攻めているわけではない。失望しているのは、よみきれなかった自分自身に対してだ。では、今から私が言うことをサンドラにも聞かせてくれ。証人は1人でも多い方がいい。お前か、お前。どちらでもよい」

「私か、ティピですか?」

「あ、アタシはパス、ユニお願い。難しい話だと、送る情報が支離滅裂だって怒られそうだし」

ティピがあっさり降参を宣言するよりも先に、そうなる事をよんでいたのかユニがサンドラとの交信を始めた。
大体の事の顛末、無事にヴェンツェルと会えたことを伝えると、ユニから準備が整った旨が伝えられた。
これで何度目の事か、ヴェンツェルの話は意外な所から切り出された。

「まず、お前たちがゲヴェルについてどこまで知っているか、だが……」

「あの化け物の?」

「そうだ」

「それとエリオット君とが、どうつながるんですか?」

ウォレスの呟きに律儀に答えたヴェンツェルは、続いたルイセの問いかけに呆れた声を上げた。

「つながるも何も、すべては奴のせいなのだぞ? はるか昔、グローシアンは人々を支配するためにゲヴェルを生み出した。そして人間を救おうとするグローシアンが、魔法を駆使し、ゲヴェルを水晶鉱山に封じた。先日、オリビエ湖の遺跡でお前達はそれを知ったはずだな?」

「それは知っています。そのゲヴェルが18年前に水晶から現れたって事も」

「うむ。すべてはあの時から始まった。いま起こっている戦争でさえ、ゲヴェルが人々を支配するために起こしたものだ」

一様に皆信じられないといった顔で、ヴェンツェルの言葉に耳を傾けていた。
今前ゲヴェルは人に害をなす魔物よりも少しばかり知能の高い化け物ぐらいにしか思っていなかったからだ。
だからこそ、人を支配する為に戦争を起こさせたなど、世界がゲヴェルによって操られていたなどとても信じられなかった。
だからカーマインが次のような疑問を持っても仕方のないことであった。

「でも、どうして支配なんですか? 人を支配する事で、ゲヴェルの利になることでもあるんですか?」

「ゲヴェルとは人々を支配するためだけに産み出された存在。支配によって何かを得るのではなく、支配する事そのものが目的なのだ」

理解できないと、頭を振りながら椅子に座りなおしたカーマインを哀れそうにして見てからベンツェルは続けた。

「まずは奴は、過去に自分が敗れ去った原因である、魔法を得ようと考えた。魔法を克服しなければ、また以前の二の舞になる。だがどうやっても魔法を得られぬと知ると、別の方法を考えたのだ。『自分が使えぬなら魔法を使える者を部下にすればいい』とな。その時に裏から人間社会を支配することを思いついた」

もうすでにゲヴェルは化け物の域を超えていた。

「まず、奴は自分の驚異的な増殖能力を使い、生まれたばかりのリシャール王子の複製を作り、すり替えた」

「まさか、そのすり替えられたのが……僕?」

「その通りだ。エリオット、お前こそが本物のリシャール王だ」

それを知る為にランザックまでやってきたのだが、真実の確信を得ても誰一人喜ぶ者はいなかった。
当然の事ながらすり替えられたのなら、すり替えた者がいて、それがゲヴェルであったとは話が大きすぎた。
元々カーマインたちはゲヴェルの足取りを追ってはきたものの、ここへ来て相手の大きさにただただ圧倒されるだけであった。
相手の力が強ければこちらも強くなれば良い、だが人々の社会を裏から操るまでのゲヴェルの狡猾さには勝機を見出すのが難しかった。
一旦ヴェンツェルも語り続けるのを止め、静まり返った会議室の中で、一人声をあげたものがいた。

「やけに詳しいじゃねえか、爺。いや、詳しすぎると言った方が良いな」

「当たり前だ。王子の細胞を手に入れ、そして偽の王子とすり替えたのが、この私自身だからだ。バーンシュタインに起こったゲヴェルの策は、全て私が行ったといっても過言ではない」

突然の告白に、息を呑んでうな垂れる事すら止めて皆が驚いていた。

「あの頃の私はゲヴェルに従うしかなかった。なにしろ奴は驚異的な力を持っている。いつでも私を殺すことが出来たのだ。ゲヴェル自身が魔法を得るための研究。すり替った王子が政権を得るまでの面倒をみること。来るべきゲヴェルの支配のための地盤固めをする手駒として、私は20年近くも働かされた」

だからと言って望まぬ命令を二十年も聞かせ続けさせられ、その心境はいかなる物であったのか。
行ってきたゲヴェルの命令は別にして、その精神力と忍耐力は賞賛されるべきである。

「他の手駒と違って、宮廷魔術師という身である私は、かなり使い勝手が良かっただろうな。よほどのことがない限り殺すつもりはなかった。だが、そこに私の付け入る隙があった。奴の行動に目を光らせ、監視するには、手下のふりをするのが一番だったからな。だからこそ、始末されそうになった本物の赤子をこっそりと助け出し、育てることが出来た」

「それじゃ、僕がこうしていられるのもヴェンツェルさんのおかげ…………ありがとうございます!」

「正直に言えば、私はゲヴェルの計画をつぶす切り札を得るために君を利用しようとしたのだ。結果として君の命を救ったことになるだけだ。礼を言う必要はない」

「でも、助けてくれただけでなく、僕にちゃんとした教育を受けさせてくれました」

「お前は王位につくべき人間だ。王が無教養では、国に住む全ての者が困るだろう? 話を続けるぞ」

立ち上がって頭をさげたエリオットの礼もそこそこに受け流し、ヴェンツェルは続けた。

「先日の戴冠式で、ついにゲヴェルの操り人形が王位についた。役目を終えた私が奴らに始末されるのは、火を見るより明らかだ。私は魔法技術の確立されてなかったこのランザック王国、魔法を教えることを条件にかくまってもらうことにしたのだ」

「だから失踪という形になったのですねっとマスターが言っています」

サンドラの言葉を代弁したユニに、そう言えば中継してたっけと皆の視線が一気に集まった。
そんな風に見られるとは思っていなかったユニが、ビックリしてグロウの背後に隠れていた。

「あの……さっき、ゲヴェルがエリオット君の複製を作ったって言われましたけど、どうすれば、そんなことが出来るんですか?」

「我々の体を構成するものすべてには、その者の情報が詰まっているのだよ。例え髪の毛一本でもな」

何事もないこれまでと同じ説明であるはずなのに、この言葉に言いようのない不安を感じた者がいた。
カーマインとグロウ、この二人が同時に不安を感じお互いを見合って同じ事を感じ取った事を確かめ合った。

「子供が親に似るのは、両親の情報を半分ずつ受け継ぐからだ。だが1人の情報をそのまま受け継げば、まったく同じ人間が産まれる。簡単な例をあげれば、一卵性の双子だ。1つの卵が2つに分かれ、母親の体の中で同じ情報を受け継いだ存在が2体出来たのが、一卵性の双子だ」

ヴェンツェルの説明を聞くにつれ、二人の不安はどんどん肥大化を始めていた。
続きを聞いてはいけないと頭のどこかで警告の鐘が鳴り響くが、逆に聞かなければならないと訴えている自分もいた。
そう迷っている間に、二人の様子に気づけなかったティピの促しもあってベンツェルの言葉は続いていた。

「ゲヴェルは自分の身体から、自分の複製を作り出すことが出来る。この能力を利用してエリオットと全く同じ情報を持った赤子を作り出したのだ」

「それじゃ、あっちは偽者っていっても、本物と同じなんじゃないの?」

「半分は当たりだ。ゲヴェルが自分の意のままになる人形を作る時に、何の細工もしないと思うか? 例えばリシャールは、たったの十四歳でありながら他のインペリアル・ナイトを凌ぐ実力を持ち、ナイツ・マスターとなった」

「あ、なるほど」

「だんだん読めてきたぜ。エリオットの複製を利用して、自分にとって都合の良いように行動させる。ひょっとして、ティピとサンドラ様の関係同様、テレパシーで繋がって……繋がる?」

何処か違和感を感じたように最初にウォレスが気づいていた。

「まさにその通り。それ故、奴が表舞台に出ることなく、自分の手駒を動かすことが出来るのだ。さらに奴は他の人材から自分を守るための兵を作った」

「あ、それってあの仮面を被った……」

ゲヴェルが作った自分を守るために作った私兵、それがあの白い鎧の集団と聞いてすぐにカーマインは立ち上がっていた。
クレイン村の村長であるゼメキスの息子が言った言葉、カーマインを見て仲間割れだと思ったと。
白い鎧を着た男達の仮面の下にある素顔、まるでティピやユニたちのテレパシーのようにゲヴェルと繋がっている自分。
テーブルについて手のひらかが汗が滲み、嫌な汗がカーマインの全身を包み込む。
そのあまりの形相に不安げにルイセがみあげてきていた。

「ヴェンツェルさん、貴方は……」

「聞くな、聞かなくても良い。お前は違う!」

対抗するようにテーブルを叩いて立ち上がったグロウが叫ぶが、カーマインを止めるには至らなかった。

「貴方は僕が何ものなのかも、知っているんじゃないですか?」

「ああ、知っているとも。お前とグロウをタイミングを見計らってローランディアの路地裏に捨て、サンドラに拾わせたのもこの私なのだからな」

「言うな、言えば殺すぞ爺!」

「グロウお兄ちゃん?!」

「グロウ様、一体何をって、マスターまで頭のなかで叫ばないでください!」

驚くルイセや、頭を抑えて机にへたり込んだユニを置いてグロウは手のひらをヴェンツェルへと向けていた。
マジックアローの体勢に入って光が手のひらにあつまるが、今度はカーマインがシャドウブレイドの切っ先をグロウへと向けていた。
カタカタと音が鳴るほどに震えた腕で握られながらも、止めさせはしないという意思が見えた。

「グロウ、僕はもう君に守られてばかりいたあの頃とは違う。ちゃんと自分の事も、ルイセの事も守る事ができるぐらい強くなれた。ちゃんと事実を受け入れる覚悟だってある」

「てめえのチンケな覚悟なんでクソ喰らえだ。覚悟なんて要は自己満足じゃねえか。守るって言葉が本当なら自分の事よりも、ルイセを一番に考えてやれ!」

「カーマインさん、剣を納めてください。やりすぎです!」

「グロウもだ、お前もお前で相手に意見を押し付けすぎだ。落ち着け!」

エリオットとウォレスがそれぞれカーマインとグロウを後ろから羽交い絞めにして押さえつけ始めた。
こんな時にグロウをなだめるユニは、興奮したサンドラの影響でへたばっており、テレパシーを受け取っていなかったティピにさえその影響が出始めていた。
ヴェンツェルは傍観するつもりか、誰も止められないのではという所で空気を打つ様な叫びが響いた。

「止めてくださいッ!!」

鳴り響いたのはミーシャの怒声であり、直後に聞こえたのはルイセの泣き声であった。

「喧嘩しないでよ、グロウおにいちゃんもカーマインお兄ちゃんも……お互いの事考えてるなら喧嘩するなんておかしいよ」

息が詰まるように途切れ途切れに泣くルイセの背中をミーシャが撫でつけあやす中で、グロウは腕を下ろし、カーマインはシャドウブレイドの刃を消した。
そこを見計らったかのように、ヴェンツェルが閉じていた口を開いた。

「やれやれ、一方的に自分の意見を押し通す傲慢な所はそっくりと言うべきか。かつての歴史の場面が容易に思い出せるものだな」

「少し黙ってろ爺。残り少ない余生を今ここで終わらせたくなかったらな」

「傲慢というよりも、単に口が悪いだけなのか。お前もかつてのグローシアンの王であるのならば、それなりの口をきいたらどうだ?」

「誰が何だって?!」

「事実を言ったまでだ。それと安心するがいい、カーマインはゲヴェルの手下などではない。なぜなら、カーマインこそが過去のグローシアンが目指した完全体ゲヴェルなのだから」

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